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選手/女子選手/エリザベータ・トゥクタミシェワ

Last-modified: 2019-10-23 (水) 22:08:23

基本情報 Edit


エリザヴェータ・セルゲーエヴナ・トゥクタミシェワ

Елизавета Сергеевна Туктамышева

エリザベータ・トゥクタミシェワ
画像出典
所属ユビレイニー(サンクトペテルブルク)
コーチアレクセイ・ミーシン
タチアナ・ミーシナ
振付タチアナ・プロコフィエワ
シェイ=リーン・ボーン (2019SP)
E. Grez (2019FS)
元コーチスヴェトラーナ・ヴェレテンニコワ(グラゾフ時代)
愛称リーザ(Лиза/Liza)、女帝(Empress)
身長157cm
出身地グラゾフ(ウドムルト共和国)
生年月日1996/12/17
スケート開始2001
パーソナルベスト(ISU新) 234.43
(ISU) 210.40
(国内) 229.12
家族父:2011年4月に死去
母:エレーナ(数学教師)
妹:エフゲニア(7歳年下)
(彼氏:アンドレイ・ラズキン)
教育国立レズガフト体育大学*1
M・クズネツォフ記念オリンピック基金(奨学金)
SNSVK
Instagram
twitter(新)
Twitter
Ask.fm
Youtube
2019-20 ロシアナショナルチーム (シニア正代表)
功労スポーツマスター(ЗМС)
 

ハイライト Edit

2015年3月世界選手権優勝
2018-19シーズン再び3Aを跳ぶ。2019-20シーズンは3Aを合計3本跳んでいる。

 

経歴 Edit

ロシア連邦ウドムルト共和国のグラゾフ出身。4歳半頃スケートを始め、地元グラゾフでスヴェトラーナ・ヴェレテンニコワの指導を受けていた。2006年、9歳のときベルゴロドで開催された競技会で優勝したことが、現在のコーチであるアレクセイ・ミーシンの目に止まる。指導を受けるため、2週間ごとに片道27時間をかけ故郷からヴェレテンニコワコーチと共にサンクトペテルブルクへ通い、全ての基礎技術の矯正を行う。

 

2019-20シーズン Edit

日付大会名SPFS合計備考
2019/12/24ロシア選手権
(国内/シニア)
出場予定
クラスノヤルスク
2019/11/08GP中国
(国際/シニア)
出場予定
2019/10/18GPアメリカ
(国際/シニア)
5位
67.28
動画
3位
138.69
動画
3位
205.97
 
SPとFS合わせて3本の3Aに成功
EX
大会結果
2019/10/11CSフィンランディア杯
(国際/シニア)
2位
72.66
動画
2位
139.87
動画
2位
212.53
 
SPとFS合わせて3本の3Aに成功
大会結果
2019/09/28サンクトペテルブルク杯
第1戦
(国内/シニア)
1位
80.60
動画
1位
148.52
動画
1位
229.12
 
SPとFS合わせて3本の3Aに成功
大会結果
2019/09/13CSロンバルディア杯
(国際/シニア)
1位
73.66
動画
2位
140.72
動画
2位
214.38
 
大会結果
 

2018-19シーズン Edit

ロンバルディア杯 優勝 206.07 SPプロトコルFSプロトコル
フィンランディア杯 優勝 202.85 SPプロトコルFSプロトコル
GPS2カナダ 優勝 203.32 SPプロトコルFSプロトコル
GPS日本(NHK杯) 3位 219.02 SPプロトコルFSプロトコル
GPシリーズ2戦で1位、3位となり、GPファイナル出場が確定した。

 

12月 GPファイナル 3位 215.32
12月 ロシア選手権 欠場
2月 ドラゴントロフィー 優勝 188.11 大会結果

2月 ロシアカップ・ファイナル 2位 大会結果 SP FS
フリーは1位、3Aに成功しTES76.34点となるが総合では2位となった。しかし2月下旬のロシアスケ連の会議で世界選手権の代表選手には選出されなかった。

 

国別対抗戦 3位 234.43

 

2017-18シーズン Edit

GPS中国
SPは67.10の5位、129.58の6位総合7位

ロシアナショナル 女子7位 202.06 プロトコル(SP) プロトコル(FS)

 

2016-17シーズン Edit

中国杯で3位、スケートカナダで4位となり、2季連続でグランプリファイナル進出を逃す。ロシア選手権は前年と同じく8位。ユニバーシアードに出場し、4位となった。

 

2015-2016シーズン Edit

スケートカナダでは2位となり、銀メダルを獲得。エリック・ボンパール杯は、パリ同時多発テロ事件の影響でFSが中止となったため、SPの5位で順位が確定し、グランプリファイナル進出を逃す。チャレンジャーシリーズでは最終2戦に出場し連続優勝。ロシア選手権では8位となった。

 

2014-2015シーズン Edit

チャレンジャーシリーズにはフィンランディア杯・ネーベルホルン杯・ワルシャワ杯の3試合に出場し、全て優勝。スケートアメリカでは2位、中国杯では優勝し、グランプリファイナル進出を決める。グランプリファイナルでは、SPとFSいずれも1位となり初優勝を飾る。ロシア選手権では2位。欧州選手権ではSP2位から逆転し、FSでは自身初の140点台を出し初優勝。世界選手権では、SPで自身初の3回転アクセル着氷に成功し、自己ベストを大きく更新して1位。FSでも1位でイリーナ・スルツカヤ以来10年ぶりにロシアの女子選手として世界選手権優勝を果たした。

 

2013-2014シーズン Edit

ジャンプの不調に悩まされたシーズンであった。スケートアメリカ・ロステレコム杯ともにジャンプのミスが目立ち4位。初めてグランプリファイナル進出を逃す。また、ソチオリンピック選考も兼ねたロシア国内選手権では、SPの3回転ルッツ-3回転トウループで転倒、FSではSPで転倒させたコンビネーションジャンプを成功させたものの、3回転フリップを転倒した。同世代とジュニアクラスの台頭もあって、10位。この時点で欧州選手権にも派遣されず、ソチオリンピックの代表入りを逃した。

 

2012-2013シーズン Edit

スケートカナダで4位、エリックボンパール杯で2位となり、2季連続のグランプリファイナル進出を決める。グランプリファイナルは、5位であった。ロシア選手権では初優勝を飾る。初出場の欧州選手権ではSP4位と出遅れたが、FSで1位と巻き返し、トータルで3位、銅メダルを獲得した。同じく初出場の世界選手権は10位に終わる。

 

2011-2012シーズン Edit

このシーズンからシニアに移行する。グランプリシリーズに初参戦し、デビュー戦のスケートカナダで初優勝を飾り、グランプリシリーズ史上初めてデビュー戦で優勝した女子選手となった。続くエリック・ボンパール杯でも優勝し、グランプリファイナルへの進出を決める。しかし、表彰台が期待されたファイナルではSPでの出遅れが響き、4位に終わった。続くロシア選手権でも、グランプリファイナル同様にSPで出遅れる形となり、6位と不本意な結果で終える。しかし、翌月のインスブルックユースオリンピックでは立て直し、アデリナ・ソトニコワを破って優勝した。

 

2010-2011シーズン Edit

出場可能年齢に達したため、ジュニアグランプリシリーズに初参戦。ブラショフ杯とブラオエン・シュベルター杯で2戦優勝を果たし、ジュニアグランプリファイナルへの進出を決める。ファイナルでは同じくロシア代表のアデリナ・ソトニコワに次ぐ2位で銀メダルを獲得。ロシア選手権は昨年に引き続き3位となる。ロシアジュニア選手権では、初優勝を果たした。初出場となった世界ジュニア選手権では、ファイナルと同様にアデリナ・ソトニコワに次ぐ2位となり、銀メダルを獲得した。シーズンオフは、ステファン・ランビエールの元で、表現力を磨く。

 

2009-10シーズン Edit

ロシア選手権ではSP10位からFSで124.57の高得点を得て3位となり、2年連続で表彰台に立つ。ロシアジュニア選手権では4位となり、表彰台を逃す。

 

2008-09シーズン Edit

ノービス年齢ながら、ロシア選手権で2位となる。続くロシアジュニア選手権でも同じく2位となり、銀メダルを獲得する。

 

2007-08シーズン Edit

スケートに集中するためサンクトペテルブルクに拠点を移すことを決意。単身で移住し、アレクセイ・ミーシンに師事する。この年のロシアジュニア選手権では9位、ロシア選手権では10位となる。

 

技術・演技 Edit

3回転アクセルを含む6種類全ての3回転ジャンプを跳ぶことができる。3Lz+3T、3S+3T、3T+3Tの3種類の3回転3回転のコンビネーションジャンプを跳ぶことができるが、現在プログラムに入れているのは、3T+3Tがほとんどである。2015年の世界選手権SPで3回転アクセルに成功。女子シングル史上6人目、世界選手権での成功は4人目、SPでの成功は3人目の快挙であった。またこのSPは、女子シングル史上初、4度の3回転を決めた演技となった。

 

プログラム Edit

 

関連リンク Edit

ISUバイオ
fskate.ruプロフィール

 

関連記事 Edit

(2019.10.20) sports.ru記事(日本語訳)
3位も悪くはない。次の試合に向けて前向きの感情で準備する

 

(2019.10.12) sports.ru記事(日本語抄訳)
ミーシン「チンギスハンの子孫のトゥクタミシェワを指導することを誇りに思う。発音はTuktamYshevaであり、TuktAmyshevaではない。」

 

チンギスハンの長男ジョチの子孫で中央アジアを支配したジョチ・ウルス(キプチャク・ハン国)の君主トクタミシュ・ハン(~1406)をルーツとする。
名前に関する参考情報:参考1参考2参考3参考4

 

(2019.10.11) 8歳の頃グラゾフ時代の動画(紹介ツイート)

 

(2019.09.19) sport-express.ru記事(日本語訳)
4回転ジャンプ習得の計画はある、など

 

(2019.08.21) business-gazeta.ru記事(日本語訳)
「今季のリーザはシェイリーン振付で3Aを3本」

 

(2019.06.26) ゴールデンスケート記事(日本語訳)
「トゥクタミシェワはSPを変更する。新しい方向性を探求している。」

 

(2018.10.27) FS Gossips記事

 

(2017.08.13) 車の運転免許を取得した(写真)

 




*1 正式名称は「レズガフト記念体育文化スポーツ健康民族国立大学」