盲目

Last-modified: 2012-01-18 (水) 07:50:05

「俺、さ。おまえのこと・・・」
・・・忘れられない。あの言葉。
忘れられない、あの人。
あの日に帰れたらいいのに。

私が高校に入ってすぐのことだった。
ちょっとぎこちない制服に身を纏った私は、その日も、友達作りに懸命になっていた。
でも、できるだけ良い印象を与えよう、なんて考えてはいない。
素の私を受け入れてくれる友達ができればそれで良い、そうも思っていた。
実際、私の性格は、人から見れば明るくて良い子、という風にうつっていた。
でも、誰も、私のことを知らない中での友達作りは、結構大変。
夢中になりすぎて、周りなんか見えていなかった。
そう、私のほうに向けられている、その一途なまなざしさえも。

そして、お昼休みがやってきた。
このころになると、溶け込むのが早い子はもう、
何人かのグループを作って談笑していた。
私も、その中の一人だった。
中学生のころどうしていたか、とか、その辺の、よくある新入生同士の会話。
私の中学生活といえば、昔からの友達に囲まれてた事に終始している。
でも、男の気なんてなかった。
「マジ~?彼氏いないの~?真奈美、かわいいのに~」
・・・もう呼び捨てである。
でも実際に、そんなのはいなかった。
「加奈はいるの?彼氏」
さりげなく、私は、先ほどされた質問をそのまま返した。
「いるよ、そりゃあ」
加奈と言う名の同級生は、まるで当たり前じゃないといわんばかりの口調で答える。

・・・その時だった。
私は、何かの視線に気がついた。
さっきからだろうか、私をじっと見詰める、誰か・・・。
男子だった。
「うへぇ~、真奈美にストーカーがついてる~」
そいつのことをこぞって馬鹿にする、私の周りの女の子たち。
その声を聞いたその男子は、ストーカーといわれた事がショックだったのか、
すごすごとその場を去っていった。
あんな人、いたっけ・・・?
存在感が薄かったというかなんというか、まるでゴーストみたいだった。
「――どうしたの、真奈美?」
呼ばれていることに気がつき、私ははっと我に返った。
「どうしたのよ、さっきからぼーっとしてて?」
「まさか、さっきのストーカーにほれちゃった、とかぁ?」
そ、そんなわけないでしょ!!
とっさに言い返す私。
でも、気になってしょうがなかった。

それからも私は、誰かと一緒にいることが多かった。
私を見つめていた男子はそれから、現れることもなく、一日が過ぎていった。

次の日も。また、次の日も。
私は、中学生のころと変わらない生活を営もうとしているのに、
ひっそりと気づいていた。
友達といると楽しいし、いないとつらい。
このままでも良い、そう思う自分と、そろそろ恋愛がしたいなぁ、
という自分が、心の中でせめぎあう。
そんな時だった。
授業の関係で教室を移動する直前、あの男子が、私の前に現れたのだ。
顔は、どこにでもいるような人。
取りたててカッコイイわけでもないけど、だからってダサダサ・・・
というわけでもなかった。
そいつは私をしばらく見つめつづけていると、不意に私のほうに近づいてきて、
挨拶をしてきた。
「おはよう。」
「お、おはよう・・・」
その異様とも取れるオーラに、私は圧倒される。

「俺のこと、覚えてるか・・・?」
・・・え?
「そっか、忘れちゃったのか。」
・・・何の話?
「まぁ、もう10年経ってるからな・・・」
・・・どういう事?

私にはその意味が分からなかった。
彼は私のことを知っていたようなのだ。
「えっと・・・勘違いしてない?私はまな――」
「やっぱり、真奈美ちゃんじゃないか。」
・・・!!
その時、私の中で、何かが呼び起こされるように、記憶が鮮明に蘇えってきた。
「倉田くん!?」
10年前、あの時・・・
私は、一人の男子に告白されたことがあった。
もちろん、その時はまだ小学生。
その子は、目が見えなかった。
私も、病気がちで、養護学校に通っていた。
なんで、こんな私が明るくなれたか・・・。
その答えが、この人だったような気がする。
でも、目が見えなかったはずの彼が、何で、私を見ることができるのか・・・。

そう言えば・・・。
私は、彼に告白の返事を返していなかったのも思い出した。
好きだったけど、そのころ付き合うなんて頭なかった気がする・・・。

気がついたら、私は授業に遅れそうになっていた。
「あ、ヤバッ!!」
急いでホームルームから飛び出す私。
その時は、何で、彼の目が治っているのかなんてわからなかった。

それから、私の頭の中はその人のことでいっぱいになった。
また好きになったわけではない。
どうして、目が見えないはずの彼が、今、私の目の前で、普通の高校に通っているのか。
ぼーっとしているように見えるのか、私は授業の後で呼び出され、説教された。
その間も、聞いているフリして実は聞いていなかった。
なんで、彼の目は治っているのか・・・。
その事だけが、頭の中で渦巻いている。

そして、またお昼休みの時間が訪れた。
私はこの間と同じように、友達に囲まれておしゃべりしていた。
倉田くんの視線を感じつつ。
「ねぇねぇ、また来てるよ、あいつ。」
倉田くんを指差して、友達の一人が言う。
「あの人、昔の知り合いなのよ・・・」
「そ、そうなの?なぁんだ、てっきりストーカーかと思った。つまんないの~」
その言葉に私が出した答えで、友達の一人はさもがっかりそうな声を挙げて笑う。
「それじゃあ、呼んじゃえ呼んじゃえ、カップル誕生の瞬間が見たいわ、あはははは」
・・・御気楽な。
しかし、事は私の知らないところでどんどん進んでいく。
私の友達に呼ばれた倉田くんは、いそいそと私のところへとやってきた。
私は思わず、彼の目をまじまじと見ていた。
周りでは、まんざらでもないぞ、と言った感じで勝手に盛り上がっている。
なんで、目が治ってるの・・・?

学校の帰り。
私は倉田くんに呼ばれて、校舎の裏へと向かった。
このシチュエーション、どこかベタなところがある。
「倉田くん、用って何?」
とりあえずやってきた私に、倉田くんは左手を差し伸べた。
「触ってみてよ」
・・・は?
いきなり来た素頓狂な言葉に、ぽかーんとしている私。
しかし、彼は本気のようだった。
と、とりあえず、触ってみる。
え・・・?
冷たい・・・?
「俺、この日を待っていたんだ。俺の目が、君を捕らえられる間に、伝えたかった。」
な、何を言い出すの・・・?
「俺、冷たいだろ?」
「う、うん・・・でも、何で・・・?」
意外な展開に、私は狼狽した。
でも、彼は動じずにしゃべりつづけた。
「俺、さ。おまえのこと・・・ずっと、見守ってるからな。」
「・・・何、何で?」
「・・・死んだんだ、俺。だから、もうすぐ、君を自分の目で見ることができなくなる。
また、見れなくなるんだ。
だから、君の前に現れた。
・・・好きだから、今も・・・」
「そ、そんな・・・じゃあ、あなたは・・・」
幽霊だった。
彼は、目を苦にして、病院の中で一人、自殺したそうだ。
彼は、今度、いつ転生できるかわからない、そう言っていた。
「だから、会いたかった。消える前に、会いたかった。」
私の両目から、自然に涙が流れる。
いくら忘れていたとは言え・・・この人は、私の素を変えてくれた人だったから。
引きこもりがちだった私を、変えてくれた人。
その人が・・・死んでたなんて・・・。

涙が頬をぬらした後、彼はうっすらとしていった。
私の目が、彼だけを見えないようにしているかのように。
私は、彼にだけ、盲目になった・・・。

忘れられない言葉。
忘れられない人。
その日から、私は・・・
常に、彼の視線を探している。
そして、私のクラスの名簿には、「倉田」の文字はなかった。
小学生のとき、告白の答えを返していたら、きっと違ったのかな・・・。