IT's Show Time

Last-modified: 2012-01-18 (水) 07:58:44

「俺達の時代は終わったんだよ・・・」
ライブ終了後、楽屋に入るなり、仲間の一人が、うつむいて、そうつぶやいた。
そのつぶやきは、何よりも大きく、俺の胸に響く。
「んだとっ・・・お前っ!!」
頭に血が上り、俺は、思わずそいつにつかみ掛かった。

俺達の夢の結晶である、このバンド。
はじめたのは、今から10年も前のことだ。
10年前のある日、整備された並木の下で、俺は独り、ストリートミュージシャンとして、
ギターを片手に、自前の曲をただただ弾いていた。
その頃は、まさか、本当にメジャーデビューするなんて、思ってみなかったな。
毎日毎日、学校の授業が終わると、友達と遊ぶことも忘れて。
いつも、ギターを持ち歩いていたし。
そこまで、俺は音楽が好きだった。

今のメンバーと知り合ったのも、この時期だった。
それは、高校の教師との、進路相談のとき。
いつも、勉強そっちのけで音楽に打ち込んでいる俺は、学校にとっては
つまはじきの劣等生でしかなかった。
だが、学校としての名声を高めるためには、どんな劣等生でも、
「立派な」大学に入れる必要があった。
だから、その時は、俺はこっぴどくやられた。
「このままでは、お前の将来はすさむ一方だ!!」と罵声を浴びせられる。
・・・ムシャクシャした。
頭に来て、俺も言葉を返しては見たものの、やはり、歳の差でついた
向こうの話術にはかなわない。
だから、それが終わった後、俺は、クラスメイトにも何も告げず、学校を後にした。
後にして、そのまま、いつもの並木のところへ行く。
そして、ギターを取り出すと、何かに取り付かれたかのように、弾き語り始めた。
最初は、ただ通りすがりざまに見ていた人たちが、次第に、俺の周りに集まり始め、
俺の演奏に聞き入っていた。
・・・やっぱり、俺には才能があるんだ。
実際、この事で、俺は何度も救われてきた。
何度叩かれようが、このギターが、俺を慰めてくれていたようなものだ。
そう思うと、余計に、歌にも熱が入った。

演奏が終わる。
巻き起こる拍手。
と、その時だった。
その人だかりの中から、数人の男が、こちらへと向かってきたのだ。
そいつらの格好といえば、当時流行っていた服装そのまんま。
よく見ると、そいつらも、スコア(楽譜)を持っている。
俺は、その場から立ち上がると、「Thank you!」と観客に言いながら、
そいつらのほうへと向かって行く。
すると、その中の一人が、いよいよとばかりに、俺に声をかけてきた。
「お前、歌上手いな!」
・・・妙に気さくだった。
とりあえず、ありがとうと礼を言う俺。
すると、もう一人のほうが、今度はこんな事を言う。
「その声があれば、プロになれるぜ?」

・・・ん?プロ?
その言葉を聞いたとたん、俺は、うれしいのやら困ったのやら、複雑な気持ちになった。
そりゃあ、やっている以上は、これで飯を食っていきたい。
だが、オーディションも何もなしに、いきなり「プロになれる」といわれても・・・。
そんな感じだ。
だが、相手は話をやめようとはしない。
「俺達、バンドやってるんだわ。」
相手の、妙に部分をはしょり過ぎている言葉に、俺は、はぁ、そうですか・・・
と、心の中でつぶやく。
しかし、相手はお構いなし。
「そこで、だ。俺達とコラボレーションしてみないか?曲はお前ので良いから。」
突然の申し出。
俺は正直、焦った。
焦る俺をよそに、こいつらはそそくさと楽器の用意をすると、俺のスコアを勝手に
手に取り、何やらうなずいて、楽器を構えた。
・・・どうやら、こいつら、相当強引なヤツららしい。
仕方なく、そいつらと、即興で共演した俺。
いきなり、何の前触れもなく会った人間と音楽して、うまく行くはずがない――
そう思った俺だったが、結果は意外にも、大好評だった。
人だかりは、さっきよりも増して膨れ上がり、いつしか、
通行の邪魔だと思えるくらいの大渋滞。
曲が終わった頃には、感極まって泣き出す奴まで現れた。

これは・・・もしかして・・・。

それが、俺達バンドメンバーの出会いだった。
それから、俺達は、インディーズで訓練を積み、メジャーデビューを果たす。
バンド名、それは「True's」。「真実」を信念とした、ロックバンド。
実に忙しい日々を送った。
学校にはほとんどより着くことはなくなり、いつしか、自然に自主退学をしていた。
音楽で飯を食う、と言う俺の夢はかなったのだから、もはやそんな所に行って、
イライラをつのらせている必要もなかった。
幸せだった。
人生で、最高のひとときが、流れていく。

だが・・・。

その知らせを聞いたのは、俺達が「期待の新人」として、
音楽番組に出演する直前のことだった。
いつまで待ってもやってこない、メンバーの一人で、ドラムを担当している「河野」。
本番が迫っている中、それは起こった・・・。
突然、ひどく慌てた様子で、番組関係者が、俺達の楽屋に飛び込んでくる。
「たたた、大変です!」
その慌てっぷりは、まるで、地球が滅ぶとでも聞いたかのような形相だった。
「な、何ですか!?」
番組関係者の顔にびっくりして、思わず俺は敬語を使う。
「河野さんが・・・バイク事故を起こして、亡くなったそうです!」

・・・!!

その場の雰囲気が、一気に険しくなった。
河野が、死んだ・・・。
当然、俺達には、にわかには信じられないことだった。
そのうち、メンバーの一人が、番組関係者の胸座をつかみ、怖い顔して言う。
「おい、冗談言ってるんじゃねぇよ!」
しかし、番組関係者は、「冗談じゃありません、事実です!」と、一歩も退かない。
そのうち、番組の本番は始まってしまった。
時と言うのは、そう都合よく待ってくれるものじゃないようだ。
番組の中で、「皆さんに、大変悲しいお知らせがあります――」と切り出す司会者が、
改めて、河野が死んだことを告げる。
一気に、その場に動揺と悲鳴が上がる。
ほ、本当のことなのか・・・!?
メンバーにも、激しい動揺が走った。

出番が終了した後、俺達は、河野の遺体があると言う病院に、急いで向かった。
できるなら、嘘であってほしい。
そう言えば、今日はエイプリルフールだよな。
だから、あいつは生きている。
俺達をだますため、そして、ひっかかった俺達に「ドッキリで~す!」と笑いながら
現れるに違いない。
そう自分に言い聞かせながら、車を走らせた。

だが・・・。

俺の考えは、外れていた。
病院の医師に通された霊安室に横たわっていたのは、間違いなく、河野だった・・・。
くっ・・・くそぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!

つかみ掛けたものが、一気に崩れていくような、そんな錯覚に陥っていた。
それは、他のメンバーも同じ事だった。

それから・・・。
俺達は、誓ったんだ。
もう演奏したくてもできない河野の分まで・・・。
死ぬまで、曲を歌いつづけよう、と・・・。

だから・・・。
「もう終わりだ」と言った、生き残りのメンバーが、どうしても許せなかった。
あの誓いは嘘だったのかよ!?
俺は激しく怒鳴りつけた。
つかみ掛かられたメンバーは、「だって、だって」と繰り返している。
確かに、俺達の人気は、あの時と比べたら低くなってしまった。
だが、それが、俺達のバンドが「もう終わり」であるなんて、思いたくもない。
だから――
言った。
「俺達は死ぬまで演奏しつづける、そうだったはずだぜ!こんな事で弱気になる奴ぁ、
True'sにいる資格はねぇ!!」
その言葉が、決定打になった。
つかみ掛かられたメンバーは、その場に崩れ落ちると、「すまない、すまない」と、
俺に謝り続けた。
河野が死んでから、メンバーを補充すると言う意味で入ってきた
今のメンバーが駆け寄り、そいつを慰めている。
俺は、昔からの性根だからか、ただ、「ケッ」と突っぱねるだけ。
そんな時間が、激しく過ぎていった。

そして、時間は過ぎ、夜の公演が始まる時間が迫っていた。
その頃になると、さっきまでの殺伐とした雰囲気が、さぁ、これからやるぞ!
と言う雰囲気に変わっていた。
「スタンバイお願いしまーす」
スタッフの声がかかり、俺達は、乱れた髪型とかを簡単に直すと、
ステージへと向かった。
暗がりから、そっと、観客席を覗いてみる俺達。
よく見えないなかでも、昼間の公演より、人が多い気がする。
と、その中に、うすらぼんやりと、光って見える人が、一人いた。
そいつは、今のファッションからすると、ダサいの一言に尽きる、
派手な格好をし、こちらをじっと、見つめている。
その横顔は・・・河野そっくりだった。
「おい、見てみろよ!」
俺は思わず指を指し、他のメンバーに、その位置を教える。
すると――
「河野・・・?」
「あれ、河野だよな?」
目の前の信じられない光景。
見に、来てくれたのか、天国から――

そして、ついに、夜のライブが始まった。
スポットライトが俺達に当てられ、あの時のように沸き返る観客。
その中に、河野がいる・・・絶対に、いるんだ。
そう思うと、俺は、デビュー当時の緊張感そのものに包まれた。
いい心地の緊張だった。

行くぜ、みんな!

Everybody,It's Show Time!Here we go!
俺達の、「真実」が始まる。
まだ、捨てたもんじゃない。
そう、河野が、10年越しに、教えてくれた。
俺達の夢を、壊してはならない。
バンドをやっている俺達は、俺達の夢、そのもの。
そして・・・河野、そのものなんだ――