図鑑/書籍/本文3

Last-modified: 2023-12-20 (水) 04:12:32

物語:キャラ/ア-カ | キャラ/サ-ナ | キャラ/ハ-マ | キャラ/ヤ-ワ || 武器物語 || 聖遺物/☆5~4 | 聖遺物/☆4~3以下 || 外観物語
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図鑑/書籍/本文3

連心珠

本文を読む

◆第1巻
―第一折・魚水縁―
生:範皆
旦:梓心
婆:張ばあ

『第一場』
(梓心出場)
(語)
梓心:潮は遠くの山々を反映し、そよ風は緑の岩礁をなでる。
(話)
梓心:私は漁家の娘、名を梓心と申します。埠頭で生まれ育ち今年で十六の歳を迎えました。
梓心:しかし、両親が年をとった今、私がここを引き継ぐしかありませんでした。
(東塘揺櫂)
梓心:泳ぐ魚をこうして網で捕まえては、生活の足しにしています。
(網を引く)
(東塘連江)
梓心:家計を立てるのは難しく、飢えや凍えにも耐え忍ぶ必要があります。
梓心:高値のお着物も羨ましいのですが、この腕にある腕輪で今は十分満足しています。
梓心:家に飾れる花もなく、今はお金を稼ぐことで精一杯。
(縄を結び、岸に上がる)
(東塘散櫂)
梓心:街で魚を売りに行く時間です。
(梓心退場)

『第二場』
(梓心出場)
(東塘導櫂)
梓心:魚はいかがでしょうか。
(張ばあ出場)
(数櫂)
張ばあ:生きがいい魚だね。今晩出汁にでもするかのぉ。
張ばあ:こんないい魚のだし汁、この婆も少しは若返るかね。
(話)
梓心:奥様、お名前を聞いても?
張ばあ:張じゃよ。この街で、花を売っておる。
張ばあ:娘よ、そんな小さな声じゃ、日が暮れても魚は売れんじゃろ。
張ばあ:こんな綺麗な娘にゃあ、大声を出す度量もないじゃろう。それじゃあ金にはならん。
(梓心下を向く)
(話)
梓心:ご冗談を。
梓心:あれ、こ、これ…
張ばあ:どうしたんじゃ?
梓心:普段腕につけている腕輪がありません。一体どうすれば?
(範皆出場)
(東塘原櫂)
範皆:金の光が波上で揺らぎ、拾えば美しい腕輪と気づく。
(話)
範皆:小生、埠頭で生計を立てている者。兄弟たちのおかげで、ここの統領となった。
範皆:今日は腕輪を一つ拾った。見たところ若い娘のもの。
範皆:返したいのは山々だが、悪人に騙されては元も子もない。
範皆:腕に跡があるか見てから決めることにする。
(東塘二六)
範皆:こんな暑い日は、魚と酒が一番合う。
梓心:ここの魚は新鮮で、どんな調理にも使えます。
範皆:虎を食う魚が一番いい、その魚がどんなものか。
範皆:前に来て見せてくれ。
(梓心前に)
範皆:やはり美しい方には上品な装飾品がお似合いだ。
(東塘連江)
梓心:お客さん、言ってることも分かりませんし、少し強引なのでは。
梓心:もう結構です。
梓心:礼儀をわきまえてください。
(話)
範皆:お嬢さん落ち着いて、さっきお嬢さんの腕に腕輪の跡が見えた。
範皆:この腕輪はきっとお嬢さんのもの。今お返ししよう。
範皆:私、名を範…
(口をおさえ、範皆振り向く)
範皆:いえ、私はこれで。
(話)
梓心:お待ちを――
(東塘揺櫂)
梓心:私の勘違いで嫌な思いを、お恥ずかしい。
梓心:あの方のお名前を聞いて、後日礼を言わなければ。
(話)
梓心:困りました。
張ばあ:これが縁というやつじゃの。美しい娘には、いい男がつくもんじゃ。

◆第2巻
―第二折・尋君帖―
生:範皆
旦:梓心
婆:張ばあ
丑:張三、李四、王二麻

『第一場』
(梓心、張ばあ出場)
(話)
梓心:近頃は気持ちが重く、あまりよく寝られません。
梓心:善行をしたあの方を間違って責めてしまったからでしょうか。
梓心:腕輪を私に返してくれたのに、感謝せず名前も訊けず、逆に罵声を浴びせてしまいました。
梓心:恩人を探しているのですが、この大きな港町でどうやって探したらいいのか。
張ばあ:娘よ、悲しむ必要も悩む必要もないと思うんじゃがな。
梓心:え、それはどういう?
張ばあ:人探しの告知を貼って、モラを報酬とすれば、彼は現れるじゃろ。
(単青原櫂)
梓心:人は言う――
梓心:酒は頬を赤らめ、財は心を操る。
(梓心、下を向いて歩き始める)
梓心:この方法で彼を探したいのですが、本当にこれで現れるのでしょうか。
(話)
張ばあ:グズグズせんで、早くやるんじゃ。
張ばあ:騙されたと思って試してみろ、損はせん。
(梓心、張ばあ退場)

『第二場』
(張三、李四、王二麻出場)
(数櫂)
張三:俺は張三。
李四:俺は李四。
王二麻:そして俺は王二麻だ。
張三:あの告知を見たか、報酬を貰おうぜ。
李四:告知主に聞かれるだろ、本当にお前かって。
王二麻:正直に話すバカが居るか?
(話)
張三:おい、梓心っていう子の所に行って、報酬を貰いに行くのか?
李四:そうだ。
王二麻:その通りだ。
李四:お前も梓心の髪飾りを拾ったのか?
王二麻:告知によると、耳飾りじゃなかったか?
李四:嘘言うな、髪飾りだろ。
張三:バカだな、香膏だったぞ。
王二麻:もういい、実際に拾ったかどうか、どうでも良くないか?
張三:あははは。
張三:はははは。
(張三、李四、王二麻、梓心へ顔を向ける)
張三:梓心ちゃんよぉ、香膏を拾ってやったぞ。報酬は準備できてるかな?
李四:あっち行け。俺こそ以前に髪飾りを返した李四だ、報酬は俺にくれ。
王二麻:二人とも黙れ。耳飾りを返してやったのはこの王二麻だ、報酬は俺が頂く。
梓心:えぇ…もう何が何だかさっぱりです。
梓心:皆さんに会った覚えはありません。もし本当に耳飾り、香膏、髪飾りを無くしていたら、私自身が知らないはずないと思います…
張三:きっと仕事が忙しくて忘れちゃったんだ。迷うな、俺に間違いない。
李四:モラでもいいから早くよこせ。
王二麻:くれないのならお前の店を潰して評判を落としてやる。
梓心:うぅ、何て恥知らずな人達。
梓心:全部張ばあが考えたアイデアのせいじゃないの。
張ばあ:焦るんじゃない、今すぐ追い払ってやる。
張ばあ:ダー!
(張三、李四、王二麻、一斉に地面に座り込む)
張ばあ:お前らみたいな悪党をとっ捕まえる為、わざとこの様な告知を貼ったんじゃ。
張ばあ:お前らが持ってきたものは全部偽物じゃ。梓心の耳飾り、香膏、髪飾りを早く持ってこらんか。
張ばあ:さもなければ…
張三:さもなければ?
張ばあ:金貴の琉璃百合を押し固めて成った髪飾り、夜泊石で作られた耳飾り、外国から輸入された香膏…
張ばあ:まとめて弁償じゃ!モラは?モラをはよよこせ!
(張ばあ、ほうきで張三、李四、王二麻を叩きながら追う)
張三:うわぁ。
李四:モラは要らないからもうやめろ!
王二麻:早く本物を拾った奴を連れてこい!

『第三場』
(張三、範皆を連れて出場)
(話)
張三:よくわかったぞ。お前があの子の物を盗んだせいで、俺らは大変な目に遭った。
範皆:この私、範皆はそんな卑猥な事をする人間ではない。勝手に疑われるのは困る。
張三:お前いい度胸だ。そこまで言うのなら、落とし主に会いに行けるか?
範皆:いいでしょう、名誉棄損を晴らすために。
(張三、範皆は梓心へ顔を向けた)
張三:無くし物をしたのは正に彼女だ、まだ言い訳する気か。
範皆:君だったのか!
(東塘連江)
範皆:この前はお嬢さんが突然怒り出し、話を聞いてくれなかった。
(東塘快櫂)
範皆:からかうのはよせ、私はただの埠頭の従業員だ。
範皆:私は潔白だ、女性の飾り物を盗む趣味などない。
範皆:面倒事にならないよう、拾った後すぐに返した。
(話)
梓心:範皆という名前だったのですね。
梓心:また私のせいで迷惑をかけてしまいました。
梓心:謝罪します。許してもらえないのなら、謝り続けます。
(梓心前へ、範皆に謝る)
梓心:先ほどは誤解でした。実は…
(範皆、後ろを向く)
範皆:ふん。
(梓心微笑み、再び前へ)
梓心:これには深い訳があります。
梓心:貴方が名も残せず去ってしまった故、この様や*告知を頼りに探そうとしたのです。
梓心:結果この様な予期せぬ事態になってしまったのは、全て私のせいです。
梓心:この通り、反省しています。お許しください。
範皆:なんと?
(東塘揺櫂)
範皆:まさか、誤解だったとは。
範皆:こういう時は落ち着いて、怒りを収めなければ。
(話)
範皆:ゴホン、では聞かせてもらおう。
範皆:この件について、先ほど誤解だと言ったな。
範皆:腕輪を拾ってくれた恩人を探し出す為に貼った告知が、危うく私を罪人扱いしてしまう所だった、そうか?
梓心:はい、間違いありません。謝ります。
(範皆、梓心に頭を上げさせる)
範皆:分かった、もう謝らなくていい。
範皆:私も大きな声を出してしまい、悪かった。
梓心:そんなとんでもない…
(範皆、お辞儀する)
張三:は!?なんであんたがペコペコしてるんだよ。結局モラはくれるのか?どうなんだ?
張ばあ:お黙り!二人が話してるんじゃ、あんたが口出す場じゃないよ。
張ばあ:みな雲菫の芝居を見るために来たんじゃ、あんたの茶番なぞ誰が望む。
張ばあ:早くそこをどかんかい。
(張ばあ、張三を退す)
梓心:考えてみれば、私は毎日ここで魚を売っていますが、なぜ会ったことが無いのでしょう?
範皆:私も毎日ここを通って仕事に行っている。
範皆:人混みが多いから、見つからなかったのだろう。縁があれば明日にでも会えるかもしれない…
梓心:そうですね…明日もここでお待ちしております。

◆第3巻
―第三折・二矢珠―
生:範皆
旦:梓心
婆:張ばあ
浄:呉旺
丑:呉一、呉二

『第一場』
(範皆、梓心、両端から出場)
(語)
範皆:早朝は犬が活気良く吠える。
梓心:日照は屋根の雪を薄めます。
(話)
範皆:もしかして梓心か?
梓心:はい、範皆さんだったのですね。
(東塘散櫂)
範皆:昨晩は夢の中で愛する人と会っていた。
梓心:別れの時は悲しいけれど、またお会いできました。
二人:願い事が叶った。
(話、声を揃えて)
梓心:範皆…
範皆:梓心…
(話)
範皆:朝日が海面に昇り、埠頭の作業が始まる。私は仕事に行かなければ。
範皆:梓心、私は先に行く。
(梓心、範皆を見送る。範皆、遠くで振り向く。梓心、頭を上げ下げし、範皆退場。梓心、手を胸に交わす。)
(東塘揺櫂)
梓心:別れの時は思いが湧き出てしまいます。
(梓心退場)

『第二場』
(緑の服を着た呉旺、呉一と呉二を連れ歩く)
(語)
呉旺:俺様は呉旺だ、この町の頭みたいなもんさ。
呉旺:今日は退屈だから、町に遊びに来た。
(話)
呉旺:呉一、呉二!
(共に話す)
二人:はい!
(話)
呉旺:何か新鮮な物が食いたいな。
呉一:エビのポテト包み揚げはいかがですか?
呉旺:豪華の食いもんは飽きたから、たまにはそういうのも良さそうだな。
呉旺:呉二、エビのポテト包み揚げが売ってる、いい店を探しに行くぞ。
呉二:かしこまりました。
呉旺:ただ、揚げ加減は重要だぞ。少しでも黒焦げになったやつは要らないからな。
呉二:黒焦げは要らないっと、はい、メモしておきました。
呉旺:そして、大きさは均一じゃないとダメだ。大きかったり小さかったりするのは――
呉二:大きさは均一っと、はい、これも覚えておきました。
呉旺:よし。
呉二:他に何かご要望がありましたら、遠慮せず言ってください。
呉旺:もしあの店が下手くそだったら、いつものやり方で――
呉一:いつものって?
呉二:モラを渡さない。
呉旺:それ、今回はなしだ。あの魚屋を見てみろ、べっぴんさんが居るぞ。
(東塘揺櫂)
呉旺:まず状況を訊ねてみよう、運が良ければ彼女が手に入る。
(呉旺、梓心へ顔を向ける)
(話)
梓心:お客さん、新鮮なお魚はいかがですか?
呉旺:ほぅ、どれどれ。お嬢ちゃんどこの人?ご両親は?
梓心:私は幼い頃からこの港町で育ちました。両親が年を取ったので、家族を養うためここで魚を売っています。
梓心:なぜこんなことを聞くのですか?
(後ろへ向き、独り言を言う)
呉旺:よしよし。両親が傍にいない今こそ良いチャンスだ。
(梓心へ顔を向ける)
呉旺:じゃあ、俺のお嫁さんになってくれないか?
梓心:ええっ、私はずっと仕事で忙しく、そのようなことは考えた事もありません。
梓心:それに、魚を買うのとあまり関係ない気がしますが。
(後ろへ向き、独り言を言う)
呉旺:よっしゃ。男がいないんだな。さらっても誰も助けに来やしない。
(梓心へ顔を向ける)
呉旺:好きな男はいるのか?
(梓心、下を向いて沈黙)
(東塘散櫂)
呉旺:あの様子だと、きっと好きな奴がいるんだな。
呉旺:野郎ども、このべっぴんさんをさらうぞ。
(呉旺、呉一、呉二、梓心をさらって退場)

『第三場』
(張ばあ出場)
(話)
張ばあ:雲菫の芝居をよくご覧になっている方なら、この後の進展も大体予想がつくじゃろう。
張ばあ:この後は他でもなく、激しい戦闘になってしまうのじゃ。
張ばあ:大英雄の誕生も、ちょいときっかけを与えんとなぁ。
張ばあ:悪さをする悪獣は、人の生活を混乱させ、平和の風を乱す。だがその無秩序こそ、英雄を作り出すきっかけになるのじゃ。
張ばあ:雄々しい勢いで事を沈ませれば、歴史に名前を残せる。だが、もしそこで逃げたら…
張ばあ:張皆だの王皆だの範皆だの、誰も名を覚えてくれんじゃろう。
張ばあ:ましてや、ただでさえ強い男が美女を救う話は人気があるんじゃ。
張ばあ:とにかく、範皆がどう出るか拝見するとしよう。
(範皆出場)
(話)
張ばあ:おい、遅かったじゃないか!
張ばあ:梓心がここの有名な不良に連れ去られたぞ!
(東塘快櫂)
範皆:まさか――そんな――
範皆:状況を知った私は驚きと怒りを隠せなかった、まさかこんな事件が起こるとは。
範皆:悪党にとって強盗殺戮など何でもあり得る。もしこの私が行ったら…
範皆:生きて帰れないかもしれない。
(張ばあ、腕輪を範皆へ渡す)
張ばあ:範皆よ、ど、どうすればいいんじゃ?
(東塘快櫂)
範皆:腕輪を目にした時、決意を決めた――
範皆:か弱い女性が悪党に勝てるわけがない。
範皆:腕輪を手に、剣を抜いた。あの呉旺と言う奴を、コテンパンに懲らしめてやる。
(呉旺、張ばあ退場)

◆第4巻
―第四折・挑燭灯―
生:範皆
旦:梓心
武丑:呉旺

『第一場』
(範皆左側から出場、梓心右側に座る)
(東塘連江)
範皆:女子を攫う賊が憎い。それに、意中の人の安否が心配だ。
範皆:法に従わない者たちに、この範皆が天誅を下そう。
範皆:参る――
(範皆、馬鞭を打って呉塞へ)
(話)
範皆:遠くから騒ぎを聞きつけ、ここまで馬を走らせた。
範皆:ここがその者らの拠点に違いない。
範皆:梓心を救いたければ、賊の拠点に潜りこんで探さねば。
範皆:ふむ、これしかない。
(範皆、壁を乗り越え退場)
(落花調)
梓心:中には蝋燭と灯のみ、外には賊たちが…
梓心:こんなことになるなんて…一体どうすればここから逃げられるのでしょうか…

『第二場』
(呉旺酔っぱらいながら、右側の門を開け出場)
(語)
呉旺:俺様は昔から好きにやってきた、神でさえ俺様の前では跪く。
(話)
呉旺:ハハハッ、なぜこんなに嬉しそうにしてるかって? へへッ。
呉旺:べっぴんな女を攫ったからさ。
呉旺:いつものように酒を楽しんでから、美人に会いに行くか。
(東塘原櫂)
梓心:酔った悪党がやって来ます。蝋燭を手にしなくては…
(話)
梓心:来ないでください。
(呉旺と梓心取っ組み合い。梓心蝋燭で呉旺を打つ。呉旺と梓心倒れる)
(東塘原櫂)
梓心:やみくもに打ったのが当たりました。早く逃げなくては…
(話)
梓心:灯りも何もありません。どうしてこんなに暗いのでしょう。
梓心:蝋燭を付けて――
梓心:いえ、もしあの者に捕まってしまったら、命はないでしょう……
梓心:このまま暗闇を少しずつ進んで行くしかありません。
梓心:そうですね、やはりこのまま行きましょう。

◆第5巻
―第五折・双珠還―
生:範皆
旦:梓心
武丑:呉旺

『第一場』
(範皆左側から出場、梓心右側から出場、呉旺両目を閉じ横たわる)
(二人は同じく呉塞の中、暗闇を進む)
(暗闇で互いの手に触れる、しかし相手が誰か分からない)
(呉旺起きる)
(話)
呉旺:この娘、いい根性をしてる。俺様に立ち向かうとは。
呉旺:もう近くにはいない。どうやら堂内に行ったか。
呉旺:フンッ、夜も遅い、門も閉まってる。
呉旺:壁を乗り越えなければ、外には行けない。たかが女に逃げられるわけがない。
(呉旺振り返り堂内へ)
(話)
呉旺:ケッ、こいつら酔っぱらって灯りもつけてないのか。
呉旺:灯りをつけてあの女を探そう。
(呉旺暗闇で範皆の足を踏む。呉旺と範皆驚く)
呉旺:お嬢さんここにいたのか、ハハハッ。
(呉旺両手を広げ範皆へ向かう。範皆それを躱す。両者駆け回る。梓心隅でうずくまる)
(呉旺、範皆を捕まえる)
呉旺:ハハハッ、やっと捕まえた。
(話)
呉旺:ん? ちょっと見ないうちに、だいぶガタイが良くなったんじゃないか?
範皆:寒かったので服を着たのです。
呉旺:ほう、たしかに寒い時は服をたくさん着た方がいい。
呉旺:じゃあなんで身長も伸びてるんだ?
範皆:舞台で歌うために、厚底の靴を履いているのです。
呉旺:ほう、それは大変だ。
呉旺:じゃあなんで手がこんなに荒っぽいんだ?
範皆:それは――耳をお貸しください。
呉旺:おう、いいぜ。
(範皆、剣で呉旺を刺す)
範皆:剣を持って貴様の命を取るためだ。
(呉旺倒れる)

『第二場』
(話)
範皆:悪党よ、剣の下で嘆くがいい。
梓心:あなたは、範皆さんでしょうか?
範皆:その声、梓心か?
(梓心、範皆と手を触れ合う)
梓心:範皆さん!
範皆:苦しかったであろう。
範皆:悪党はもうやっつけた。あとはその手下どもだけだ。
範皆:頭領を失った奴らは逃げるしかあるまい。
範皆:心配するな、すぐに門を破る。
(範皆、門を破る)
梓心:あなたが来なければ、私の命はありませんでした。
(東塘揺櫂)
梓心:私の心をあなたに捧げます。
範皆:共にどこまでも。
範皆:月光が差し花々が咲く場所へ。
梓心:この誓いを永遠に。
―完―

ハマヴァラーン戦記

本文を読む

◆第1巻
はじめに

出版社の新規作者の募集計画と、「この小説はすごい」コンテストの大人気ぶりもあって、この度異国の新鋭作家からも沢山寄稿を頂きました。編集長として、各国作者の稲妻小説事業への支持と、勘定奉行柊慎介様が便宜を図って頂いたことに、深く感謝申し上げます。おかげさまで、多くの良い作品を読者様にお届けすることができました。

ご存知の通り、「鎖国令」が発表される前、稲妻で活躍する異国の剣豪たちがいました。ハマヴァラーンもその一人です。遠いスメールから来た彼は、稲妻の国で人助けをしていた。その物語は一度大御所殿下の不変の治世に埋もれたけれど、この度新鋭作家である私の友人プルシナの手によって、再び語られることとなりました。

それでは、『ハマヴァラーン戦記』をどうぞご堪能ください。

◆第2巻
「遠海の嵐より、卒業できないことのほうが怖いだろう……」
稲妻行きの船の上で、若いハマヴァラーンはそう思った。

「早く論文を完成させないと、卒業が遅れると考えているでしょ」
よく知る声が船の外から聞こえた。

「うるさい、君は誰だ!」
「私か……それは重要なことかい?」

「そうだね、確かに重要ではない……」
「ちょっと――」

……

そうして、激しく揺れる嵐の中で、舷窓の外の小さな声と口論を続けた。嵐への不安も、論文への恐怖も、どうでもよくなった。

ただ……陸に上がるまで、あの舷窓越しの声は二度と現れなかった。

「遭難者の幽霊か何かだろう……」
ハマヴァラーンは自分に言い聞かせた。

幽霊とは、地脈の持つ死者の記憶だ。過去と今の共振でしかない。海に現れたのは少々不可解だが、まったく説明がつかないわけれ*もない。

「誰が幽霊だよ――!」
ハマヴァラーンが荷物を手にして、自分の妄想を解釈した時、あの声がまた聞こえた。

◆第3巻
……
「それで、君は幽霊じゃないの?」
「違う!私は死んでないもん!」
「でも生きてもいないみたいだけど?」
「うっ、それもそうね……」
自分のことを「式神」というおしゃべりな少女は大きく口を開けて団子を呑み込んだ。喉を詰まらせないか、ハマヴァラーンはひやひやしながら見ていた。

「しいていえば、私の場合、『使い魔』のほうが近いかな?」
「やっぱり霊の類じゃないか……」
「そういうのとは違うの!」
やいやい言い争っているうちに、ハマヴァラーンはようやく理解した。この子はスメールで言う「鎮霊」に似た存在なのかもしれない。
真名で契約を交わし、真名で使役する。世界の神秘術は皆本質的には似ているのだ。もしかしたらそれこそ人間の最も根本的な恐怖の一つ、掌握される恐怖を体現しているのではないか。

そんなことを考えながら、ハマヴァラーンは神秘学を履修しなかったことを後悔した。何故よりによって海洋生物研究なんて人気のない課程を選択したのだろう……
稲妻に行かないといけないし、生き地獄のような論文地獄が待っている……
にぎやかなやつが付いてきたのは、何かの転機なのかもしれないが……

朱鷺町物語

本文を読む

◆第1巻
序・狸の口述による稲妻略史

昔々、弱く短命な凡人たちが海を渡る術を持たなかった時代、稲妻は狸の国だった。
狸はものぐさで気まぐれな生き物だ。悩みは一晩寝れば忘れ、明日を憂うこともない。毎日がお祭り騒ぎで、あの頃の稲妻は狸の楽園だった。

少なくとも、狸一族のお年寄りたちは皆そう言う。

ある時、狐たちが海を渡ってきて、狸たちと争いをはじめた。戦は八百年、また八百年と続き、双方ともに甚大な被害を被り、ついに和平交渉を行った。狸は未だに負けてはいないと言い張るが、あの大きな大きな雷櫻を狐一族に明け渡すこととなった。

狐も悪賢く、変化を好む生き物だ。あの八百年、また八百年と続いた戦では、化かし合いを続けた狐と狸は、激しく移り変わる光景に目がくらみ、自分が何者か、何処から来たのかさえ見失う者が続出した。

そうして、茫然自失した妖怪から、凡人が生まれた。

これは、おしゃべりな天狗から聞いた話だ。

◆第2巻
与一の物語

天狗の名は「与一」という。花見坂の「朱鷺町」という小さな路地に住んでいる。彼女はそこで店を構え、酒を売りながら自由気ままに暮らしている。

「自由気まま」と言えば聞こえはいいだろうが、実質、「やりたい放題」である。

一般的に、酒好きは酒に強い。妖怪も然り。
だがはっきり言おう、与一の酒癖はかなり悪い。人間に混ざり暮らす間、天狗の悪癖を一つも直す気はないようだ。酒に酔えば妖怪の集まりに乗り込んで喧嘩を売り、凡人の少年少女を誘拐して夜通し遊び騒ぎ、空気を読まず勝手に舞台に上がり即興で天狗役を演じて主人公をコテンパンにする、などなど。
あいつは妖怪の中では位が高く、人間との交友関係が広い。そうでなければ、とっくに誰かが退治したのであろう。
朱鷺町では妖怪も凡人も与一に一目置いている。大権現様も今のところ大きな問題を起こしていないからと、本格的な制裁は下していない。

傲慢でだらしない性格だが、凡人と一線を画す大妖怪(自称)として、与一は物に執着しない。金が入れば酒を買う。もしくは八重堂で小説を買っては、斜め読みして捨てる。そんなわけで、あいつの部屋は何もないのだ。

あいつには惜しむべき家財がないのだ。唯一例外と言えるものといえば、いつも腰に差しているあの金色の扇子だろう。

大天狗の一族は数多の世界を横行する妖魔だった。いわくつきの戦利品を身に着けてもおかしくはない。あの扇子もそういうものなのだ。
とある月の明るい夜に、酩酊した与一が服をはだけ、その扇子の話をしてくれた――

あれは与一が訪れた世界の一つであったことだ。彼女は不遜な弓使いの青年となり、同じく傲慢な将軍に仕えた。彼女、いえ、「彼」と言うべきか、その弓矢を駆使し、ありとあらゆる敵を射抜いた。太った凡人の侍も、狸が化けた狡猾な忍者も、大柄な人食い鬼も、与一の矢には敵わなかった。

「ハハハハハ!名将なり、名将なり!汝の電光の如き眼差しは、さながら大天狗のようじゃ!」
将軍は偉そうに高笑いをする。無礼極まりないことだ。
その後も与一は妖魔や凡人を次々と倒し、数々の戦果を残した。どこまでが本当でどこまでが嘘かは、この際置いておこう。与一が名を馳せることになったのは、間違いなくあの異界での最後の戦いだった。

あれは嵐の中の戦だった。将軍と逆賊の戦いは海峡で繰り広げられ、双方合わせて、八百万、また八百万の妖怪と、さらにその上、数千万の凡人が参加した。乱戦の中、最低でも八十万隻の船が沈んだ。――この数字は、与一が窓辺にもたれかかり、黄色い液体を大量に吐き出しながら話した数字をもとに、計算したものだ。

物語によくある展開のように、戦況は膠着し、無数の首が落とされ、海水を赤く染めた。意地になった将軍たちに譲歩する気はさらさらない。

そんな時、ある月のきれいな夜、一隻の小舟が敵陣からゆっくりと漂流してきた。小舟の上には人影がゆらゆらと揺れ、その傍らにキラキラした棒が立っており、そのてっぺんに、金色に光る扇子が乗っていた。

「なんと、なんと、腹立たしい、実に腹立たしい!このような挑発は、看過できん!」
将軍は目を細めて、金ぴかの扇子を見るや、怒りをあらわにした。

与一には将軍の自尊心なんて理解もできないしする気もない。彼女、いえ、「彼」は大天狗として、鋭く船上の人影を睨みつけていた。

あれは女だ。与一と全く異なる女だ。

直後、一本の矢が月を横切り、夜空を裂いた。

「ハッ、いいぞ!」
将軍の喝采が人々の歓呼の声に溶けた。

「あのおっさんたちが何を失ったかを知ったら、怒りで爆発するんじゃないかな」
与一の得意げな笑みは、酔っぱらいそのものだ。大天狗はつくろうことなく好色な顔を浮かべ、嫌味なことこの上ない。

矢が命中した瞬間、与一は大きな翼を広げて海峡を越え、小舟とすれ違い様に、黄金の扇子と、扇子を手に驚愕の表情を浮かべる美人を掠め取った。戦場から飛び立った与一の起こした風圧が罵声を上げる将軍をひっくり返した。
美人をさらう天狗という定番の物語だ。
ただ――
「結果はほら知ってるだろ、あの猫ババァ、あっちこっち引っ掻きやがって……」
与一は苛立ちを紛らわすようにため息を吐いた。

「そうだ、今が旬の鯛があるんだ、持っていけよ」
「なんだよ、いつもケチな大天狗様が珍しい」
「あのババァにだよ!」
酔っぱらいの大天狗が凄んでくるから、慌てて包んだ鯛を懐に抱えておいとました。

◆第3巻
お千の物語

与一の家から出て、曲がりくねった路地を少し歩いて、狭い小道に入ってすぐに、あのババァの家がある。
暗い星空のてっぺんに、月が昇ってきた。猫たちが目覚める時間だ。
凡人はよく、百年ないし千年生きた猫は、妙齢の少女に化けていたずらをするとか、恩や仇などのために無関係な旅人を追いかけるとか、そんな逸話を伝えるが、それはあくまで凡人の願望だ。
化け猫は、怒る時になる少女の姿よりも、老人の姿を好む。そのほうがひねくれた性格に合うし、やさしそうな姿で通りすがりの客を騙せるからだ。

「ただじゃないのよ!」
声のする方へ見上げると、屋根の上に待ちぼうけた少女がいた。笑っているような、笑っていないような、顔は影に隠れてよく見えない。金緑色に光る瞳だけがはっきり見えた。月の光が露わになった肩から長い足まで、陶磁器のような肌を撫でていく。少女はつまらなそうにけん玉を遊んでいた。

このババァ、絶対すごく怒っている……

「また遅刻よ」
「へ、へい、申し訳ございません」

紙提灯の明かりが揺れ、羽虫がパッ、パッと提灯に体当たりをする音がした。
湿気た風が吹いて、程なくしてセミの声が止んだ。

髪を下ろしている少女は、糸車を動かしながら、怪しく笑う。なんて恐ろしい。
たとえ大天狗と盃を交わすこの狸であっても、化け猫には礼を尽くすのだ。平たく言えば、先程の無礼に伏して謝罪するのだ。

「まあ、よい。鯛も新鮮なものだし。苦しゅうない」
狸の丸い体を頑張って正座の姿勢に戻した頃に、少女が老婦人になって、やさしそうな顔で怪しく笑う。
「ありがとうございます、千婆様」
「お千と呼べと言ったろ!」

ようやく肩が軽くなった。
まだどこか奇妙な感覚が残っているけれども。

「アハハ。そういえば、あの阿呆はどうしてる?」
お千は鮮魚を丸ごと口に入れ、スポッとしっぽまで呑み込んだ。

そういえば、化け猫が語った大天狗との出会いは、皮肉な話、与一が話したものとは、まったく別のものだった――

お千はこことは違う、凡人がもっと跋扈している世界から来た。
とある夜、とある竹林で、幼いお千は行脚僧に捕まり、転々として、最後は将軍に買われ、「御化猫」なんてものになった。
あの日々は、お千はあまり覚えていない。ただ凡人の偉い人たちは何故か彼女を怒らせたがるし、遊びたがる。彼女を仇を引っ掻いてバラバラにするように仕向けたり、自分たちだけ楽しい遊びにつき合わせたりする毎日だった。
気が遠くなるほど長い日々だったが、妖怪は長生きだから、凡人よりは辛抱強い。

ある時、将軍は賊軍の将軍と戦を始め、お千は「忍者」とやらになった。

「その話はもっとつまらない……」
お千は目を細め、大きく口をあけてあくびをした。

あの夜、将軍は妙案を思いついた――
お千に貴婦人の装いをさせて、小舟に立たせる。金の扇を立てて、賊を辱めようとした。もし賊が踏み込んだとしても、千年の化け猫に返り討ちにされるだけだ。

それで、敵陣にいる与一は……
「それで、あの阿呆が突然前に出て、ギャーギャーと扇子を撃ち落とすなどと喚いた」
そうして、かの大天狗は……
「……足を滑らせて、派手な音を立てて海に落っこちたのさ」
猫顔の老婦人は耐えきれない様子でくつくつ笑いはじめた。

「酔っているからか、大波にさらわれたとでも思っているように手足をバタつかせたわ。あの夜は凪だったのに」
「ただまあ、何百年もあんな面白い生き物を見てなかったから、気を利かせて、扇子を揺れ落としてやった……そうしたら、向こうの船から称賛の声が上がって、まあおかしいったら……」

その後、大天狗は大きな翼を広げ、覆いかぶさるように貴婦人に向かって――
「その時弓矢の雨が降り注いで、あの子はハリネズミみたいになってまた海に落っこちた。もう表情を取り繕うことができなくなって、笑い転げたわ」
お千は海の中からかわいそうな大天狗をすくい上げ、脇に挟んで大笑いしながら双方の戦艦を飛び越えた。
その場にいた人間はこう言った。彼女は一飛びで八隻の船を跨ぎ、あっという間に姿が見えなくなった。
化け猫の笑い声は、三日間戦場をこだました。

「笑いが止まらなくなって、思いっきり引っ掻いてやった……あの間抜けな姿を思い出したらまた笑いたくなって、アハハハハハハハハ……」
猫が化けた老婆が止まらなくなる様子で大笑いした。

「その後、この世界に連れてこられて、何故か戦利品みたいに扱われて」
老婦人の顔がポッと怒った少女の顔になった。ただ、先程大笑いした名残か、頬が上気して、すこし滑稽に見える。
「戦利品なんかじゃないもん!」

「もしかしたら、これがあの子が私に会いに来てくれない理由なのかもしれないね」
少女顔の猫老婆が小さなため息を吐いて、また狡猾そうに笑う。

「そろそろ行きなさい。戸締まりはしなくて良いよ。また月が満ちたらいらっしゃい」
「そうだ、この蓑を旧友のところに届けておくれ」

◆第4巻
雨婆婆の物語

お千の家から出て、路地に沿って左と右に曲がり、湿気の多い庭に入れば、雨婆婆の家に着く。
素朴な庭の中、セミまで口を噤んでいる。水琴窟の中の水滴だけが静かに流れ落ち、鹿威しのリズムとともに合奏を奏でる。
自由な森の中で、霧を雨に変える女性は狸と狐の共同の友達だった。
もちろん、我ら妖怪は凡人と違い、複雑な煩悩もなければ、それぞれの地位やランクにも決まりがない。
しかし、雨や霧が弥漫している山の中で、囁く雨女はいつも多くの尊敬と思慕を得ている。
たが*その後、みなは大権現様に服従するようになった。凡人はいい生活を迎えたが、妖怪たちは各地に隠居するようになり、退治や鎮圧されるようになった…雨婆婆はその時に朱鷺町に引っ越してきた。鳴神大社の狐宮司様は、この屋敵を彼女に贈った。
一体どれほどのものを失い、どのような悲しみを背負えば、宮司様に特別扱いされるのだろう…

庭で佇み、池の中で揺れる弦月を見て、涼しく湿った夜風が彼女の声を連れてきた。

「失礼、お待たせしました。」
振り返ると、雨女が扉の隣に立っている。青白い月明かりに照らされ、白い長衣は濡れた光を放つ。だが、若くて細長い体からは年老いた悲しい気配がしていた。

私は俯き、お千から託された蓑を彼女に差し上げた。彼女のあの灰青の目を直視することができなかった。
凡人の間の噂によると、哀れな雨女は、溺死した人のように、大理石のような灰白色の目をしているらしい。その悲しげな目を直視した者は、解きづらい雨と霧の中で永遠に彷徨うことになる。
もちろん、それは凡人のつまらない噂に過ぎない。だが、「哀れな雨女の目を直視しないこと」という礼儀作法は、妖怪の間の暗黙のルールである。

「ありがとうございました。」
雨婆婆の声はいつものように優しく、霧の中の朝露のようだ。

彼女は私を部屋に招待することも、物語を語ってくれることもなかった。
ただ、私に木の匣を一つ渡し、私も悟った。
そして、月がまだ明るいうちに、庭から静かに離れた。

◆第5巻
権兵衛の物語

権兵衛は今年で七十六歳、朱鷺町に住みつく唯一の凡人である。
彼は農民だった、武士と職人をやったこともある。
手の中にある匣は彼が作ったもので、滑らかな黒漆の面に鮮やかな真珠層が嵌っている。これは海祇島の漁師から学んだ技術である。

「ご苦労。」
目の前の老人は深々と頭を下げた。
凡人は妖怪に対し、そのような礼儀作法をすべきだと私も思っているが、それでも彼の憂鬱を少し憐れんだ。

権兵衛によると、噂とは違い、彼と森を歩き渡る雨女とは、親友だったようだ。
ただ、あの時、彼はまだ若かった。地元の乾ききった畑に恵みの雨をもたらすため、村の年寄りの話を聞き、森に行って雨女の助けを求めた。
あの時の雨婆婆はもう若くなかった、人間の世の変化もよく理解していた。だが、森の中の生き物は凡人より単純で素朴である。

その後、若かった権兵衛は言葉にならないほどの過ちを犯し、山と海の生き物を騙した。それでも彼は、自分の嘘は地元のためだと今日まで言い張った。

その後降った雨のおかげで、彼の村も久しぶりの豊作を迎えた。
それから、戻る顔のない権兵衛は森から離れ、都市で暮らすようになった。

「本当にすまない。」老いた凡人は頭を下げたが、木の匣を受け取らなかった。
彼の家から離れた、月がまだ黒雲に覆い隠されないうちに。

◆第6巻
中盤

昔々、弱く短命な凡人たちが海を渡る術を持たなかった時代、稲妻は狸の国だった。
狸はものぐさで気まぐれな生き物だ。悩みは一晩寝れば忘れ、明日を憂うこともない。毎日がお祭り騒ぎで、あの頃の稲妻は狸の楽園だった。

少なくとも、狸一族のお年寄りたちは皆そう言う。

ある時、狐たちが海を渡ってきて、狸たちと争いをはじめた。戦は八百年、また八百年と続き、双方ともに甚大な被害を被り、ついには和平交渉を行った。狸は未だに負けていないと言い張るが、あの大きな大きな雷櫻を狐一族に明け渡すこととなった。

ただ、狐も悪賢く、変化を好む生き物だ。あの八百年、また八百年と続いた戦では、化かし合いを続けた狐と狸は、激しく移り変わる光景に目がくらみ、自分が何者なのか、何処から来たのかさえ見失う者が続出した。

そうして、茫然自失した妖怪から、凡人が生まれた。

狸一族の伝わってきた物語を振り返りながら、曲がりくねった路地を彷徨う。
結局、まだ営業している料理屋を見つけることはできなかった。

そろそろ帰ろう。
そう思って、狐おじさんのそば屋台から立ち上がり、背伸びをした。

すると、後ろから懐かしい気配がした――

新六狐伝

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◆第1巻

記憶にまつわる物語は、往々にして手に入れたはずのものを失う瞬間を描くものだ。

今作の筆を執った理由といえば、実は大したことではなかった。

あの夜、私は烏有亭で酒を飲んでいた。そこで偶然、久しく会っていない友人に会った――いつの間にか、隣に座っていたのだ。

「おや、誰じゃ、折角の良い夜に、一人寂しく酒を飲んでいるのは?」

そう問われて、適当に答えた。
「良い酒は良い買い手に会ってこそのもの。時には待つことも必要なのさ」

「陳腐な台詞ね……相変わらず面白くない」
今や編集長様となった彼女は盃を手に、興が乗った様子だ。
「暇を持て余すくらいなら、酒代を稼ぐ気はないかい?」

「今夜は、妾が奢ってやろう」
その言葉を聞くのは、恐らく三回目だろう。

「おかえり」
夜風にさらわれた神櫻の花びらが彼女の盃に舞い降りて、小さな月を砕けた。
何故か懐かしくなり、気付いたらその四文字が口から飛び出ていた。

「酔っているな」
不快そうな顔になった彼女の声から、有無を言わせない威厳を感じる。
それも束の間。彼女は盃を置き、息を吐いた。
「彼女が去った時、私はまだ生まれていなかった」

私も、ただの少年だった。

「彼女が話した物語は、もう君にしか語れないのだろう」

そう言われ、まんまと乗せられたわけだ。そういうわけで、また八重堂のために執筆することとなった。
筆を擱くと言っておきながら、勝手に覆したこと、読者の皆様には申し訳なく思っている。
しかし私もいずれ手に入る美酒のために蓄えなければならない。何より、あの夜の編集長様の好意を無下にはできないのだ。

◆第2巻
物語の前に、まず紹介しておこうと思う。
「新」六狐伝とは何か。
「新」があるなら、「旧」もあるということだ。本書は五百年前に流行した『有楽斎六狐伝』をもとに改変した新説である。拙い文章だが、どうぞご容赦ください。
有楽斎様といえば、私が幼い頃には既に名のある作家でした。斎宮様もその文章と茶の知識には一目を置いていた。狐一族の中でも、特に風雅な方だった。
しかし、世は無常。有楽斎様は大罪を犯し、罪を償うために自らこの地を去って、はや五百年……

閑話休題。『新六狐伝』の開幕は、高く聳えた影向山の山中からだ。
大狐白辰が生きていた頃、六人の弟子がいたと言われている。皆強い術を駆使でき、変化に長けた者たちだ。普段は白辰の補佐として、神社の事務や、影向山の守護に当たっていた。

六狐の首席は黒狐の達という。女であるが、がたいが大きく、性格が奔放である。ある時酒に酔い、神社の正殿で大暴れし、将軍様の御神体を壊してしまった。白辰は激怒し、反省するようにと、彼女を山から追放した。
しかし黒狐の達は、唯々諾々と下山したものの、すぐ師匠の教訓を忘れてしまった。なんと酒を買い、村に喧嘩を売りに行ったのだ。

◆第3巻
前回の続き。黒狐の達が村へ喧嘩を売りに行こうとした。途中、道端に木こりの格好をした二人の女が立っていた。二人とも七尺の野太刀に、小太刀と脇差を腰に差している。

地面を揺らし、土埃を立てて大股に近づく大きな黒い影を認め、二人は刀に手を置き、警戒しながら問うた。

「何者!もしや妖怪か!」

影はこう答えた。

「ハッ、その通りだ!」

二人はすぐさま刀を抜き、斬りかかった。しかし妖怪はすんでで躱し、身を捩り二人の手首を掴むと勢いを殺さぬまま捻り上げた。カタンと音を立てて、七尺の大太刀が落ちた。二人は痛みに顔を歪め、小太刀を抜こうとしたが、その前に黒狐が掌底で一人を倒し、もう一人の首根っこを掴んだ。一人を持ち上げて、一人を大きな下駄で踏みつける形になった。

「『戸隠の双鬼』?お前ら姉妹は去年も村人をいじめただろう。懲らしめてやったのに、まだ懲りてないのか!」

女強盗たちはハッとなり、悔しい思いをしながら、ひたすら命乞いをした。黒狐は二人を解放して、こう言った。

「まあいい。白辰様に追い出されたからには、主なき妖怪だ。お前ら二人、アタイと一緒に旅をしろ。そうしたら退屈しなくて済みそうだ。

◆第4巻
前回の続き。黒狐の達は女強盗「戸隠の双鬼」を仲間にして、旅に出た。

三人が紺田村でひと休みをしている時、ある親子と出会った。
親子ははるばるセイライ島から来た楽師だ。婦人の名字は葉山、少女の名は優。お祭りに参加すべく、稲妻城に向かっている。村の瓜売りが「善意」でスミレウリを提供してくれたが、食べた後、ありえない値段を払えと言われたそうだ。旅芸人に大金が払えるはずもなく、困っていると……
「戸隠の双鬼」は気性が荒い。親子の話を聞いて、悪徳商人を八つ裂きにしてやると、怒りをあらわにした。黒狐の達は何か思いついたようで、双鬼姉妹を止めた。

「いい、わかった」

そして、親子をなだめた。

「お二方、どうぞご心配なく。話をつけてくる故、少々お待ちを」

そう言って、悪徳商人に会うべく、大股に立ち去った。

◆第5巻
前回の続き。黒狐の達は悪徳商人に会うべく、大股に立ち去った。

瓜売りの土左衛門は元侍だ。稲妻に平和が続いたため、商いを生業とし始めた。悪巧みばかり学んで、人相が悪いことも相まって、誰も文句が言えず、結果、土左衛門は大儲けをした。

その日、土左衛門は屋台で休憩していた。すると、いきなり地面が揺れ、土埃がたち、屋台よりも大きな影が土左衛門を覆った。

「お兄さん、瓜を頂戴!」

土左衛門は目を見開き、来客を観察した。がたいが大きく、柄も悪い。今にも斬りかかってきそうだが、なんと女だった!

「いくらほしい?」

客は答えず、生板の上の脇差を凝視していた。

「良い刀だ。」

「その通り。これでも武家の出なんだ。貴重な家宝くらい置いている。」

意図はわからないが、当たり障りなく答える土左衛門。

「瓜を切るにはもったいない。」

棘のある言い方は、土左衛門の癇に障ったようだ。

「瓜を買いにきたのだろう。無駄話をしないでさっさと買ってきな?」

「はいはい、仰るとおりで。」

黒狐の達は申し訳なさそうな顔をして、ヘラヘラと笑った。

「スミレウリを一升、皮は剥いてください。」

不審げにしていたが、特に追及もせず、土左衛門はスミレウリを切って、秤に乗せた。

「お兄さん、その秤、調子が悪いんじゃない?」

その言葉を聞いて、土左衛門は刀を握りしめた。

「ねえ、その秤、ちょっとおかしいよね!」

「姉さん、買う気があるなら、先にモラを払ってくださいよ。」

土左衛門はムカッと言い返した。

「へっ、先払いをしても良いが、受け止められるかね。」

「それは払ってから言え!」

「本当に?」

「男に二言はない!」

黒狐が「ほらよ!」と怒鳴り、ずっしりしたモラの袋を土左衛門の顔に向けて投げた。受け身も取れず、土左衛門は仰向きに倒れ、手に持っていた脇差も落ちてしまった。よく見たらまあびっくり、なんとモラの袋で鼻がぺしゃんこになっていたではないか。

黒狐の達は二歩進んで、土左衛門を踏みつけた。何も言わず、拳を叩き込んだ。殴られた土左衛門はカンカンカンと耳鳴りがした。もがいて起き上がろうと、地面に落ちた脇差に手を伸ばしたところ、黒狐に見つかり、また拳を食らった。その時「ポン」と土左衛門の頭に狸の耳が飛び出して、しきりに命乞いをしはじめた。

達はというと、口をあけて大笑いをしている。この悪徳商人も妖怪だった。それも小汚い狸だったとは!

見逃すかわりに、狸が盗んだ脇差を没収し、その全財産を村人と楽師の親子に分け与えた。そうして、黒狐はまた旅路についた。

◆第6巻
黒狐の達の話は一段落したが、ここでもうしばらく、筆者の談話にお付き合いいただきたい。
当時の有楽斎様が何をして斎宮様の怒りを買ったのか、今となっては知り得ないこと。ただその時の八重様は、二三四五六七八杯ほど多く酒を飲んだせいで、自らが経験した歴史の一部を私に話してくれた。
また、この談話ではすべて実話を記すつもりだ。
当時狐斎宮様が白辰の野を離れ、鳴神大社に赴任した時、八重様はまだ生まれていなかった。そのため、彼女は幼い頃から斎宮様の物語を聞きながら育った。彼女は斎宮様を愛し、尊敬していた。
それが原因からか、八重様も最後には鳴神大社に赴任した。

血脈が近いことから、斎宮様は幼い八重様の面倒をよく見ていた。しかし今の八重様は、あの頃の日々をできるだけ思い返さないようにしている…
――実話を保証しているとはいえ、編集に削除される可能性があるため、八重様の過去についてはこれ以上明かさないようにしておこう。

話は有楽斎に戻る。当時、有楽斎様がなんの理由で斎宮様の怒りを買ったのか、今となっては知る由もない。ただ分かっているのは、彼の所為がアビスの侵攻に関係しているかもしれないということだ。
しかし有楽斎様が追い出された後、狐斎宮様は鳴神大社から天守へ移り変わった。

「天地を巻き込む災厄が訪れる。私には民と主君を守る義務がある。そのため一刻も早く、将軍様のもとへ向かわなければならない。」

斎宮様が二度目に離れた時、八重様はまだ少女の年齢だった。ずっと追いかけていた人が再び彼女のもとを去ってしまった。斎宮様の言葉の意味を理解したのは、災厄が島を襲った後のことだった…
すべてが遅すぎた、すべてが思いとは裏腹になった…
斎宮様が三度目に離れた時、それは同時に、永遠の別れを意味した。

五百年の時は凡人にとって長きものだが、その間に起こった喜びや悲しみは、朝生暮死の存在であろうと、永遠不滅の存在であろうと、簡単に拭い去れるものではない。

沈秋拾剣録

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◆第1巻
「しかし、シェール陛下の野望が実現したとして、何をもたらすのでしょうか?」
軍務尚書のファランギースが窓の外の星海を眺める。銀河と星々が彼女の顔を、長い髪を、蒼白く照らす。
初めてこの舷窗から星を一望した時のことを思い出す。けれど、あの頃の畏敬の感情は、もう思い出せない。遠く数百光年先にある故郷の姿も、ぼやけてしまった。
「無礼を承知で申し上げます、親王殿下。この戦争は長すぎました。シェール陛下の夢のために、我々は数多の星区を駆け、謀略と策略で幾千万の命を消し、未知だった星区を一つずつ配下に加えました。しかし、シェール陛下の見た幻は我々に何をもたらしたのでしょうか?不幸が重ね、敵が増え、銀河中に溢れるそれらが、いずれ我々を呑み込むでしょう……」
「兄上の帝国は永遠の国になる。そこには恐怖や貧困がなく、人々の幸福が少数の人の手に握られることもなければ、誰かが誰かより地位が高いこともない。無能を罪と呼ぶこともない。故に……この理想を理解できぬ敵は、排除されて然るべきなのだ」
ゴパータ親王は首を振り、淡々と語った。
星区反遊撃戦争が奪ったのは彼女の片目と片腕だけではなかったようだ。目の前の彼女は、ファランギースが知る明るい少女とは程遠い。
「私は兄上の決定を信じます。あの人は私利私欲で動いたりしません。だから、たとえあなたでも、このような人心を揺るがす言葉は、これ以上は許せません」

◆第2巻
このような綿密な防御、ヤズタ級戦艦からなる大艦隊を持ってしても、有効打を与えられないだろう。
帝国の技術に慢心するゴルダファリード大将は夢にも思わないだろう。ゴパータ親王自ら設計し、シェール陛下から「アーヌシャルマン」と名付けられたこの強大な星海要塞の弱点に、反乱軍が急接近していること。
ペシータヌは高速艇ラハーシャを駆って、入り組んだ通気孔を走る。噴出される有毒ガスや元素雲を避けながら、自動迎撃する火器を振り切る。高速艇のあまりの速さに目眩を起こす。
「時が来た」
動力システムのエネルギー核が見えた。ペシータヌはこう思った。
「時間だ」
ゴルダファリード大将が星の軌道上にきらめく光のかたまりを眺めながらこう思った。
そして、星への無差別攻撃命令を下した。
時を同じくして、ペシータヌも要塞の核に攻撃を仕掛け――

「地団駄を踏むゴパータ親王/親王殿下を見てみたいものだ……」
その瞬間、奇しくも二人の考えは同じだった。

◆第3巻
――十年前――
――二十五光年先――

駿河幕府の統治下、国中の民が貧しい生活に喘いでいた。
その頃の駿河幕府は今川征夷大将軍氏真が治めていた。四年前、大将軍が紆余曲折を経て魔王彈正忠の首を取った時、恐怖の時代の幕が開いた。
そんな時代、そんな国に、自由な剣豪が流浪していた。
その人こそ、新九郎と呼ばれた侠客、備中九兵衛。
備中九兵衛は昔は浪人ではなかった。大将軍の側近であり、兵法の指南役だったという噂だ。無実な罪を着せられ、大将軍が人を信じない性格であることもあり、やむなく幕府を逃げ出し、荒野をさまよった。

今、新九郎は丘の上から遠くを見渡している。一体、何を見ているのだろうか。
眼下に広がる田んぼ?否。
遠くに聳え立つ山々?否。
延々と続く道?然り。だがそれだけではない。

新九郎は、何を望んでいるのだろうか……?
米を報酬に剣豪に依頼した農民たちは畏縮して、誰も問うことができなかった。

答えは、沈黙の剣客の心の内にある。

◆第4巻
「もうすぐ秋だ。収穫の季節だ。」
斎藤鬼佐が言った。

忍者は、戦乱の世において、大名たちに雇われていた軍隊だ。
戦争によって生まれ、権力によって強くなった。これは忍者の機。
戦争の終わりとともに滅び、権力を失うと同時に崩れる。これも忍者の宿命。

今川大将軍が国を統一した。今時、用なしとなった忍者は殺されるか、軍に再編されるか。落ちぶれて、山賊に成り下がった者もいる。
斎藤鬼佐がそういう者だった。

「急ぐことはねえ、村人たちに米を詰めてもらってからだ」
米又左が言った。

山賊は、武道に疲れた侍や、死に直面した農民からなった。
戦争によって生まれ、狡猾さで大きくなり、大きくなったため跋扈する。
それ故、戦争が終わり、平和が戻った今、山賊の勢力は弱まる一方だ。

米又左は農民の家に生まれ、四十代から山賊になり、意外と上手くいき、一帯を牛耳る頭領となった。
最も悪い賊は、最も虐げられた人間だ。

「その後だ。火をつけて、一人残らず殺せ」

これが、乱世の余韻だ。

◆第5巻
浅田村の地形は三日月の形をしている。
低地に入ってすぐ、新九郎はそこに目をつけた。
十分な人数を集めて高所から待ち伏せできれば、長い移動で疲れた敵を向かい打てる。村人の人数は山賊より多い。包囲することは不可能ではない。

だが問題は、山賊を谷に誘い込むには、誰かに囮になってもらわなければならない。長く乱世に苦しみ、今も幕府の過分な徴収に苦しんでいる村人たちは、皆保身に慣れてしまった。どうしたら大勢のために自分を差し出すことができるだろう。

それだけれ*ではない。戦乱時代の軍隊なら、火攻めが定石。谷の中で火を起こせば、大きな打撃を与えられるだろう。
しかし、今自分が率いているのは村を守ろうとする農民たちだ。自分たちの家や食糧を燃やすなんて……
その気持ちはわかるが、徹底的に山賊を殺傷できなければ、待つのはさらなる報復だけだ。

新九郎は思い耽て、黙ってその場に座り込んだ。

◆第6巻
「おそれながら艦長、さっき会議中に居眠りしていましたよね。」
「おっと、気付かれてたか。」
「背筋を伸ばしてはいましたが、そういうのはもう見慣れています。艦長、武人の修行で得た成果をそんなところで使わないでください。艦隊司令官様に知られたら、報告書だけでは済みませんよ。」
そうは言ったものの、マハスティーは分かっていた。少なくとも当分の間、この上司に刃向かうほどの人物はこの艦隊に現れないことを。連合艦隊司令部は、絶妙なバランスで保たれている。彼の上司――備中九兵衛、今は「すみまる」といういい加減な発音で呼れて*いる新九郎は、中年の隊長であり、全勢力を篭絡しようとする人物。そして、この状況を打破する可能性をもっとも持つ人物であった。
あの事件から、もう十年も経ったのか――
新九郎は心の中でそう思った。

浅田村での勝利は、あとから見れば新九郎が持つ軍事の才能、その片鱗を発揮させたに過ぎなかった。しかし、当事者たちにとっては災いの始まりである。
そのような知謀に長けた人物を野放しにするなど、大将軍側はやはり看過できなかった。
その後すぐのことである。新九郎は両目を刺され失明し、牢に入れられた。
今より五年前のこと、今川氏は相模出身の大名である多目氏率いる連合軍の遠征により、首を落とされた。ようやく、この国の民は平和に暮らせるようになったのだ…
新九郎は獄中で、この話を新任の征夷大将の口から直々に聞いた。
平和で豊かに暮らす民、それは新九郎が見たこともない光景であった。その見知らぬ将軍は、決して慈悲深い道徳的な人物ではない。しかし、民の心を掴むために一般的な恩赦は必要な行為であった。
昔のことを思い出し、新九郎は心の中で思わず嘆いた。今も昔も、結局自分は不本意ながら渦の中心にいることになるのだと。

「この国にとって我々は反逆者だ。そして、この広大な宇宙の中でも、そうだ。」
将軍は地に腰を下ろしている新九郎を見ながら、淡々と言った。
「帝国の税金は、この宇宙の片隅にあるような、取るに取らない*惑星が負担できる範疇を超えた。そして君の才能も、銀河の中で開花するはずだ。」
「君の名と姓はすでにあの今川という悪党に奪われた。しかし、そんな過去はもう捨てろ。これからは『蝉丸』と呼ぶ。」

こうして過去を持たず、二度と広大な宇宙をその目で見ることができなくなった人間の前に、宇宙が広がったのである。

亡国の美奈姫

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◆第1巻
平和十三年、戦国の世の頃だった。
近畿から離れた北の諸国も、時代の波に呑まれ、戦火に見舞われた。
全ての戦争のように、死闘を繰り広げた後、一方は敗北した。そして、城は燃やされ、廃墟となった。その主の家眷と残党も山の奥に逃げ込んだ。
この舞台にも特別なところは何もなかった。

だがその時、ある華麗な服装を着ている浮浪武士が現れた。
いや、華麗な服装を着ているというより、正確には……
そう、女装だ。
それと反対に、彼と同行していたのは、大きすぎる羽織を身に纏っている小柄な女性だった。
とにかく、どう見ても、彼らは怪しい人物にしか思えない。
彼らはそれに気づいていなかったようで、堂々と山の麓にある関所まで歩いた。
予想通り、彼らは関所を守る足軽に止められた。
「何者だ!」
通常これはただの決まり文句のはずだが、今回は心の底からの質問のようだ。
「見ての通り、ただの通行人だ。」
説得力のない答え。
武士のその疑う余地のない一言にひるんだのか、質問した足軽は少しためらったようだ。
「とにかく、ご同行お願いします。」
「やっぱりだめか……」
失望の色が武士の顔に浮かんだ。突然、三人の足軽は声と同時に倒れた。
「やっぱり最初からそうするつもりだったんだ。本当に性悪なやつ。」
後ろの女性は小声でそうツッコミを入れた。

◆第2巻
「違う。」
突如出た言葉だった。
名の知らぬ野寺の中で、長い黒髪の姫は正座している。火の光に照らされる顔は、光と影の間を行き来していた。
「いや、なんで違うって言った?」
条件反射のような答え。
「あのさ、バカ武士、破滅をもたらす姫について、まさか何の評価もないの?」
「評価というなら、そうだな、聞いたところ個性的な名前だ。」
「そういう評価じゃなくて。」美奈姫の言葉には仕方ないという感情が込められていた。「私を助けてくれたことを言ってるの……」
「いや、正確に言うと、俺はお前を助けたことがない。」
武士はこう訂正した。
「あの時は、姫としてのお前が俺に、ここから連れ出せと命令しただけだ。つまり、お前を救ったのはお前自身。」
「武士はそんなことを気にするの?」
予想通りのツッコミ。
本当は責任から逃げたいだけだ、武士はそう思った。

「破滅をもたらす姫も、戦争の言い訳に過ぎない。」
無気力な口調を少し変えた。
「それに、」
武士が振り返えると、虚ろな目に光が付いた。
「世界を破滅するなんて、くだらない話だ。お前ももうすぐ分かるはずだ。」

◆第3巻
人々はよく戦場を地獄に例えるが、それは例えに過ぎない。
だが、目の前にある情景は、文字通りの地獄である。
荒れ果てた地、枯れた木、それと歩く屍のような民たち。
生命力が汲み取られたかのように。
「実は、」
武士は枯れ葉を一枚拾ったが、すぐに灰となって散っていった。
「ここの生命力は確かに汲み取られている。」

近畿の戦争は百年も続いた。
戦争の十年目から、諸国の物資も財力も使い切った。
戦争が今まで続けられるのは、奈苦羅の術と呼ばれるものがあるからだ。
奈苦羅の術というのは、全ての生物と大地の中から生命力を汲み取り、それを上位の武士と戦争に使う恐ろしい術である。
こんな非道な術で国を支配しているのは、奈苦羅大名と呼ばれる盗国者たちだ。
大名たちは互いに攻伐していた。だが、戦争の結果が何であろうと、大地の生命力はさらに奪い取られる。
これは、この百年に渡る近畿諸国の戦争の実態である。
「この術を作り出したのは、世界の中心にある空の塔にいる陰陽師たちだ。」

目の前の情景に動揺した美奈姫を無視し、武士は静かに話を続けた、
「破滅をもたらす姫と言うが……この世界は、とっくに破滅に向かっているじゃないか?」

◆第4巻
濃神国、生き物は存在しない荒れ果てた地。
果てのない荒野に囲まれているのはとある砂丘だ。武士の恰好をした二人が対立していた。
そのうちの一人はこの物語の主人公で、区別をつけるために、ここでは青い武士と呼ぶ。
もう一人は本巻で初めて登場した人物のため、蒼い武士と呼ぼう。
剣戟映画であれば、ここは中段の構えをするはずだが、二人は勝負をつける考えがないようで、向き合っているだけだ。

「地獄から戻ってきたのか。」
どれくらい経ったのかは分からないが、着い武士はやっと口を開いた。
「懐かしいな。」
青い武士は喜んでいるようだ。
「俺はあんなものを懐かしいと思うことはない。」
蒼い武士はそっけなくに話を遮った。
青い武士は過去という名の深淵に落ちたかのように、目をつぶった。

「魔王を倒せば全てが終わるなど、あの頃の俺たちはそんな甘い考えを持った。だが、あれは悪夢の始まりだった。
十三人の武士たちが協力し合い、盗国の奈苦羅大名を倒した。
だが、大名のいない濃神国は新たな始まりを迎えなかった。土地の中の生命力も失われていった。
それだけでなく、支配者のいない国は、かえって隣国が恣意的に略奪する楽園となった。
魔王を倒した勇者たちも、国を守ることができなくなった。
最後まで生き残ったのは、二人の逃走兵のみ。」
「追憶編はいい加減にしろ、俺たちにはまだ解決していないことがあるだろ!」

◆第5巻
「私は世界を救うことに決めた!」
美奈姫はそう言った。
「だから言っただろう、世界を救うなんてありえない。俺みたいなバカ共が何回試したかは分からないが、この世界は壊れていく定めなんだ。」
「そんなこと知らないわ、私は姫よ。姫は世界を救うものでしょ?」
「いや、そんな設定は聞いたことがない。それに、俺の知る限り、お前は破滅をもたらす姫だろ。」
「誰かが言ったじゃない、破滅も新たな始まりだって。」
「どこからそんなことを聞いたのかは知らないが、その設定は古すぎだ。もし誰かがそんな物語を作ろうものなら、さっさと常夜国に捨てた方がいいだろう。」
(耳を塞ぐ)

空の塔の頂上で、武士と姫は傍若無人に、その無意味な会話を続けている。
そうは言っても、実はその場には陰陽師の恰好をした人が数人いた。
「お前たちの知っての通り、奈苦羅の術は最初、衰亡していく世界の中の生命力を保存するために使われていた。」
この会話にもう耐えきれなかったのかもしれない、ストーリーを急ぎで進めるNPCのように、そこにいた最年長の陰陽師はやっと口を開いた。
「その保存された生命力を使うことができるのは……」

「だから、その考えを捨ててくれないか?」
武士は何も聞こえなかったかのように、長者の話を耳にしなかった。
この茶番はいつになれば終わるのだろう?

◆第6巻
「ところで、世界は救われたのだろうか?」
物語の最後、武士は独り果てしない砂漠を歩いていた。
空の塔の計画はおそらく完成しただろう、世界に残された生命力も集められた。
新たな世界が作り出されたかどうかは分からないが、この世界は確かに破滅した。
さすがは破滅をもたらす姫。
「いっそもう一つの世界も破滅しよう、もしそれが本当に存在するのなら。」
武士は新たな旅を始めた。

……

(本書の残り部分は設定資料集であり、小説の中で登場しなかった魔王と魔獣たちをまとめたものである。)

フィッシュル皇女物語

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◆第1巻
「極夜の幻想組曲」

「…夢はまだ生きている。」

上記のこのセリフは各ストーリーの中段に出てくる、それに、そのほとんどは幽夜浄土の皇后が言ったものである。これは読者たちが最も関心を持つシリーズの謎ではないが、それでもストーリーはここから始まる。

【オズヴァルド・ラフナヴィネス】
強大な鴉の王。もしフィッシュルの戦闘力が十で、世界の獣の平均の強さが十五であれば、オズヴァルドの戦闘力は十三もあるかもしれない。第1巻に彼が単騎で「黄昏」を壊滅した戦績から、その強さが分かるはずだ。
※しかし、そもそも 夜の帷幕」は「黄昏の色」の天敵である。
オズヴァルドのフィッシュルへの感情について、九先生本人は愛ではなく、鳥類の刷り込み現象かもしれないと考えている。
(編集長の一言: 作者の見解を気にする必要はありません。読者の皆さん、お好きなように心の中の幽夜浄土の人物関係を描いてください。)

鴉の王は貴い肩書きではない。そもそも鴉一族は、陰謀を企む者と巫術士が多いことで有名である。オズヴァルドがこの肩書きに執着しているのは、恐らくただの「夜の王」では「幽夜」と相容れないからだろう。

【世界の獣・最高傑作Gesamtkunstwerk】
一種の可能性によれば、今回の幽夜浄土にて直面する「世界の獣」は、その戦闘力が三十ほどある。
遠い昔の因果の中で、もし「哲人・ツァラトゥストラ」を選ばなかったら、オペラの作家は世界意志の勝利を勝ち取るはずだっただろう。
世界末日の歌劇場の中で、『最高傑作』が上演すれば、多くの宇宙の中心にいる世界の獣が召喚されることは避けられない。
最後の巻で、【世界の獣・七涙の聖徒】(戦闘力はフィッシュルと同じで、十である) は常識を超えるほど弱かった。最初の選択についても責められる点がないようだった。聖徒はただ、ツァラトゥストラのために涙を流した。
ツァラトゥストラも演奏家も、断罪の皇女を讃えるために生きている。一人は彼女の心の苦難を語り、もう一人は彼女の旅の壮大さを語っている。だが、皇女は後者を選ばない、なぜなら、恥ずかしいから。

【夏夜のガーデン】
伝説の中で、魔道の大能力者は独立の意志空間を持っているようだ。この者への愛、恨み、憧れ、嫉妬、追随、狂熱な魂が、全てそこに置かれている。他の小説とフィクションの中では、この空間は夏土(Summerland)と呼ばれている。
皇女の「夏夜のガーデン」もその象徴であろう。最後にこの要素をよく発掘できなかったとは、正直残念だった。

【疑似永劫輪廻】
ストーリーでの多くの細かい点から、幽夜浄土の皇后もフィッシュルと同じことを経験したと思われる。
フィッシュルの父は間違いなく幻の影ではない。彼は強く威厳ある方で、フィッシュルに迷いを論してあげていた。フィッシュルの母の行動からみれば、彼女は豊かな個性を持つ方だと分かる。しかし、彼女は一つのセリフしか言わない。それは本編の始まりで言及した――「夢はまだ生きている。」
最後の巻で、フィッシュルの母はすでに消失した。そのため本巻では当然、前半のセリフが登場することはなかった。
だが、宇宙が結末を迎え、全てのものが幽夜浄土に流れ込む時、彼女も意味の分からぬ言葉を言った――
「どこで意義を求めるの。夜はもう更けている…」

「どこで意義を求めるの。夜はもう更けている、夢はまだ生きている。」
読者の皆さんが、太陽が毎日昇る世界で幸せに暮らせますように。

(応答集録)
Q: 九先生、『神香折戟録』の中の「天帝の末娘」はフィッシュル・ヴォン・ルフシュロス・ナフィードットとどういう関係ですか?
A:『神雪折戟録』第5巻の結末で、私はこう思った。このような悲劇になったのは、ストーリーに男性主人公があった上に、「天帝の末娘」がその主人公のことが好きだったからだ。だから、男性主人公がいらない断罪の皇女を作りたいと思い、この『フィッシュル皇女物語』企画が上がった。
しかしやはり、『神香折戟録』第6巻については、何とか結末をよくした。同時期に書いたせいで、この二つの作品の雰囲気は似ているが、私個人的にはとても気に入っている。

Q: フル状態の弥耳の父 (阿修羅と大魔剣)と「世界の獣・最高傑作」はどちらが強いですか?
A: 元々この質問に答えるつもりはなかったが、答えないと次の企画が破棄されると編集長に言われた。
だからコインを一枚投げた、最高傑作の方が強いということで。

Q: 九先生が『さようなら、マダムワールド』の後書きで言及した脱毛症って、今はよくなりましたか?
A: 八重堂はこのような質問を集録しないでくれないか。新版にこんなものが書かれて、読みたい人なんているのか?
(編集長のコメント: 読者たちは関心を持っていますよ。みんなこれ目当てなんですから。)

研澄真影打ち珍説

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「張りし引は弦月の如く、研がれた刃は透き通る玉壁の如し」

鳴神が降りてきた日、刀の鍛造法を伝えたと言われている。幾千の星霜と、何百もの豊穣を経て、凡人の刀工は鳴神様の寵愛を受けられるほどの宝刀を鍛造できるようになった。そこで、大社と幕府は神事としてある祭礼を定めた――この世でもっとも素晴らしい名刀を大社に奉納し、その名を「御神刀」とすると。刀を奉納する祭りはとても賑やかなもので、今も廃れることなく続いている。だが、「御神刀」の裏に隠された数々の出来事を知る者はそれほど多くないだろう。
とある名工が刀を鍛える際、必ず一振り以上の刀を打つ。その中でもっとも出来の良い物を「真打」として選び、主君や神へと奉納した。それは殺生に用いられないため、清浄を保ったままであった。残りは「影打」と呼ばれ、武器として近臣に与えられた。血によってしばし汚れるため、その多くは穢れに染まっている。

大御所が稲妻の地に降り立ってから、「鳴神権現・初代将軍」は妹をそばに置いていた。眞と影、表と裏にいる二人は朝廷を斡旋し、戦場で戦った。その妹は「ゑい」という名であり、文字に起こせばおそらく初代将軍の名と対になる「影」という字になるだろう。その者こそが第二代幕府「影将軍」である。
周知の通り、俗世を席巻したあの大戦では、七神のみしか残ることができなかった。影将軍は神業のような武芸と無双の剣術を誇っていたが、自分はあくまでも武人であり、人の心を理解できないと思っていた。そのため、彼女は自ら命を絶ち、姉が「天上の京」へと赴き、稲妻を泰平するのを後押ししたのだ。そうして、「眞」将軍は幕府を開き、稲妻を治めることとなる。旧情を想った鳴神権現は、「影」の神識を呼び戻し、身体を作り直すと「影武者」として彼女を御側付きとして置いた。

白夜国地理水文誌

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海淵の下の土地は、地上の風景と大きく異なり、常識が通用しない。
かつてあった地理や水文学の知識も、直接天上から伝えられたものだ。
我々が生きている世界についての研究は、その方法でさえ自らで模索するしかない。
すべてを、一から始めるしかないのだ。
この本を読んだ者は、自分の送っている人生が普通のものだと考えないほうがいい。
千年も経てば、人々はこの生活に慣れるだろう。しかし、これだけは覚えておいてほしい——
天に日月がない生活が異常であることを。
たとえ賢者がここで太陽を描いたとしても、その光を借りて巨大な影を生む卑しい者が必ず現れる。
この本は、人々に自分の住む世界を理解し、再び光を取り戻すことを忘れないでほしいという思いを主旨にしている。
(本書は時代の変化によって改訂され、名前も海淵の土から「常世国」、そして「白夜国」へと変わった。
その後、海祇の憐憫により、淵の下にいた民が海の上へと帰った。だが「海淵の土」には特殊な意味があるため、一律で改訂は行われていない。)

  • 風と水の話
    白夜の国土にある山には走向がない。そのため、山系について論じることに意味はないだろう。
    だが、我々の祭司と賢者はあることに気付いていたようだ。たとえ海淵の下であっても、
    「不滅風」と「水」の力が存在していると。「不滅風」、
    人格化させた表現を用いれば「常世大神」のことである。
    また、詩的な表現を用いるならば「千の風」や「時の千風」となる。
    「水」はアビサルヴィシャップのヴィシャップ界の力を指すものだ。
    我々にはすでに「陽炎」と風、水の関係を推算する学問がある。
    そのため、土や木に手を加える前に、まずは水門と不滅風の影響を考慮する必要があるだろう。
  • 白夜国の境
    白夜の国土は、三角形を描くような三つの角によって区切られている。
    かつて、そこは人間勢力とヴィシャップ勢力が繰り広げた戦いの境界であった。
    白夜国の時代に、三界の塔が三つの角に建てられた。それは三界を調和するものだ。
    古代の名はすでに失われており、海祇がここへやって来てから今の名となっている。
    三界の塔は非常に重要なものであり、風と水の系統に属さないもの。
    むしろ、それは真逆の存在であり、白夜国の傾きを正常に保ち、白夜国の風と水を制御していた。
    三界の塔に問題が生じると、白夜国全体に災いが降りかかる。
    そのため、ある秘法によってそれは隠されており、巫女と御使いのみが呼び出すことが可能であった。
  • 狭間の街
    狭間の街は、かつて山壁とその周辺の地に囲まれていたことからその名が付いた。
    しかし、白夜国の極端かつ異常な地理変動により、数百年後、周辺の地はアビスへ崩落していた。
    その結果、狭間の街はかえって広大な土地となったのだ。
  • 蛇心の地
    先祖がこの地を発見した時から、ある不思議な現象がここには存在していた——
    それは、空間がある一点で重なり合うというものだ。
    後に、この現象は我々の先人たちによって利用され、蛇心の祭壇が作られた。
    人々はこの場所で、機密の管理や囚人の監禁を行ったという。
    そして、幻想によって生まれた大蛇「ウロボロス」への崇拝も、この地で行われていた。
    かつて、この地はデルポイと呼ばれていた。その名の意味は蛇の地である。
    海祇大神がここへやって来た後も、蛇の地という名前は変わらなかった。
    通常、過去の絵画に鱗のないヘビが描かれている場合「ウロボロス」と呼ばれ、
    珊瑚のある蛇が描かれている場合「オロバシ」と呼ばれる。
  • 大日御輿
    もっとも古き名を「ヘリオス」、賢者である阿倍良久が設計した高塔だ。
    風、水の中でも黄に属するものである。
    預言によれば、賢者が見せた太陽とは、それのことを指すのだろう。
    それを使い、光を知らない洞窟を照らしたのだ。同様に、預言によれば、
    それは巨大な影を作ることにも利用されたという。

日月前事

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我々が記録したいのは、天上の意志がいかにして大地で形態を持ったかについてだ。ああ、天上の神よ、これらの創造はすべてあなた方によるもの。であれば、絶え間ない記録のためにも、どうか我に神なる英智を授けたまえ。

【鳩が枝を運んだ年】
天上から永遠の王座が訪れた時、世界は生まれ変わった。真の王である原初のあの方は、旧世界の主である七名の恐怖の王と戦いを繰り広げた。その恐怖の王とは、龍のことである。
原初のあの方は、自ら光る影を作った。その影の数は四つであった。

【パネース、或いは原初のあの方】
原初のあの方、或いはパネース。翼を生やし、王冠を被り、卵から生まれ、雄と雌の判別がしがたい。だが、世界を創造するのならば、卵の殻を破らなければならない。パネース——原初のあの方——は卵の殻を使って、「宇宙」と「世界の縮図」を隔離した。

【枝を運んだ後の四十余年】
四十回の冬が火を埋葬し、四十回の夏が海を沸かした。七名の大王はすべて敗れ、七つの王国は天上にひれ伏した。そして、原初のあの方は天地の創造を始めた。「我ら」のために——もっとも惨めな人間の子供たちがこの地上に現れる。

【枝を運んだ四十余年】
山と川が生まれ、大海と大洋が反逆者と不従順な者を運ぶ。原初のあの方は、影と共に鳥を創造し、走る獣と魚を創った。花や草、木も一緒に創っていた。そして最後、人間を創った。我らの先祖の数は、未知に包まれている。
その時から、我らの先祖は原初のあの方と契約を交わした。そして、年号も変わったのだ。

【箱舟が扉を開いた年】
原初のあの方は、人間に対して神聖な計画を抱いていた。人間が喜べば、あの方も喜んだ。

【箱舟が扉を開いた次の年】
人々は土を耕し、初めての収穫を得た。人々は採掘をし、初めての金を得た。人々は集まり、初めての詩を書いた。

【狂歓節の年】
飢餓があれば、天上から食物や雨が降り注ぐ。貧困があれば、大地が鉱物を生む。暗鬱が蔓延すれば、天が声を上げて応えてくれる。
唯一禁止されたのは、誘惑に負けること。だが、誘惑へ通ずる道はすでに閉ざされている。

【葬火の年】
天上から第二の王座が訪れ、創造の始まりを彷彿させる大戦が起ころうとしていた。あの日、空が落ち、大地が割れた。我ら海淵の民の先祖と、彼らが代々住んできた土地は、ここに落ちた。
そして、暗黒の年代が始まったのだ。

【暗黒の元年】
七名の大王の民は、かつてアビサルドラゴエアが支配していた海に受け入れられた。我らの先祖は、それらと戦った。
先祖は千の灯を使って、やつらを影に追いやった。だが、やつらは影の中で人間を狩り続けたのだ。そこは闇のみが存在する、やつらの狩場であった。
人々の祈祷によって築かれた歌も、原初のあの方と三つの光る影には届かない。

【太陽の比喩】
暗黒の洞窟の中で、光を見たことのない人々が暮らしていた。太陽を見たことのある賢者が、光の下での生活と太陽の偉大さを洞窟の人々に伝えた。人々が理解に苦しむのを見て、彼は火を灯した。やがて人々は火を崇拝するようになると、それを太陽と見なした。そうして、人々は闇と光の生活に慣れていく。
賢者が死した後、ある者が火を独占した。火を通して、自らの巨大な影を作ったのだ。

【忘憂蓮の比喩】
一目見れば憂鬱を忘れられる蓮花。長き旅の中、帰り道を探していた船長は、この蓮花を食する人々に出会った。ある者は残り、ある者はその誘惑に耐えた。
生きることそのものが、無限の苦しみなのだ。我々は帰り道を探しているに過ぎない。

【暗黒の三年目】
唯一、我々を見捨てなかったのは、「時間の執政」だった。彼女は時であり、終わりのない瞬間であり、千の風と日月の秤であった。彼女はすべての欣喜の瞬間であり、すべての憤怒の瞬間であり、すべての渇望の瞬間であり、すべての恍惚の時である。そして、彼女はあらゆる錯乱の瞬間だった。
我々は彼女を「カイロス」、或いは「不変の世界の統領と執政」と呼んだ。秘密に包まれた真名を口にすることはできない。だからここで、一回だけ、あえて逆に書こう——「トロタスイ」。

【盲目の年】
賢者アブラクサスは神なる智の啓発を受け、手中から光を放つ奇跡を見せた。先祖たちは彼を首領とし、「ヘリオス」を建造した。

【日明の年、或いは日月の元年】
「ヘリオス」——太陽の神車が、ついに完成した。白夜が訪れ、常夜が消え去る。
日月の年号が始まった。

【日月の二年目】
地表の大戦は、もう終わっただろう。そう思った先祖たちは、帰路を探した。
だが原初のあの方、第一の王座は、禁令を下した。先祖たちは、家に帰る道を失った。
つまり、原初のあの方は後に来た二人目を倒したということだろう。
アブラクサスは太陽の子によって、監禁令を下された。

【樹の比喩】
王の庭師は、王室の庭の木霊に恋をしていた。しかし、王は彫刻が施された小屋の梁を修繕しようと考えていた。そのためには、もっとも霊気を宿す霊木を切り倒さなければならない。王は原初のあの方の化身である。ゆえに、庭師は王に逆らうことができない。庭師は王の祭司に祈った。その祭司は、大いなる常世大神の化身である。
祭司は庭師を憐れみ、こう告げた——霊木の枝を折って来なさい。庭師は枝を折り、王の命令に従って霊木を伐採した。
その後、祭司に言われた通り、庭師は霊木の枝を植えようとした。だが、庭師が言葉を漏らす——霊木が成長するのに五百年はかかると。すると祭司は、一念で千劫の辛労を尽くせばよいと答えた。そして、庭師が自家の裏庭にそれを植えると、その瞬間、細い枝が新しい木に生まれ変わったのである。その木に宿っていた木霊も、元の精神を引き継いでいた。
なぜなら時の神は、「種」にある「瞬間」を過去と未来へ持っていくことができたのだ。

【日月の十年】
アブラクサスが亡くなってから長い時が経った。日月よりも前のことはすでに多く記録されている。すべてをありのままに書き記す度胸がなければ、常世大神の書記は務まらないだろう。
扉の外から甲冑の音が聞こえた、ここで終わりとしよう。

常世国龍蛇伝

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造化は神秘を隠し、太陽と月は吉凶を示さん。
三隅は闇を切り離し、五聖は虚空に隠れん。

「宇宙には、始まりも終わりもない。かつての大地もそうだった。ただ、私たちにとっては何の意味もない。私たちを育んだ土は、もう終わりなき永遠とは関係がないのだから。」
——唯一の賢者である阿倍良久は、初代の太陽の子にそう言った。太陽の子は、かねてより阿倍良久に誅を下すつもりであった。その日、問答のため呼び出したのは、彼を懲らしめ、拘束しようとしたからである。
言い伝えによれば、阿倍良久は常世大神より啓示を受け、太陽の見えない淵下宮から光を掘り出したという。しかし、太陽の子は彼の才能に嫉妬し、最期の時を迎えるまで彼を監禁したそうだ。だが、太陽の子たちは気付かなかった、彼が地下に太陽を作っていなければ、自分たちも存在していなかったことに。
「…天と地は元々卵のようなものであり、龍と蛇も一つであった。」この言葉を発してすぐ、賢者阿倍良久は待ち伏せしていた兵士たちに押し倒された。

太陽の出現により、淵下宮に息をする余裕ができたのはこの時だった。闇に近く、光を恐れる龍の後継者も放埓な行動ができなくなった。それが引き金となり、龍の後継者が人々を支配し、人の命を粗末にする時代は終焉を迎えた。淵下宮の民たちは龍の後継者に抗えるようになったのだ。
しかし、この隠れた災いが根絶する前に、人間の黒い部分が露呈してしまった。人々は「太陽の子」を選出し、王として崇めたのだが、かの者は信仰者たちを支配すると蹂躙したのである。

数年が経ち、淵下宮のある少年が仲間と賭けをした。たった一人で龍の後継者の痕跡を避けながら三隅の外へと行き、龍骨花を探しに行ったのだ。そして、彼は見たこともない大蛇と洞窟で遭遇した。 少年は、その巨大で不気味な蛇を見ても、恐怖を感じなかったという。むしろ、親しみを覚えたそうだ。
「我は蛇神であり、幾百幾千の眷属を従えている。我の影に住む信仰者は、一人もいない。今日ここに落ちて汝に出会ったのも、一つの縁であろう。汝は我の民ではないが、それでも人間の子である。何か望みがあれば言うがよい。」
「深淵の底にいる我々の神になってはくれないだろうか?」

こうして、太陽の子が持つ王権と龍の後継者の侵略へ立ち向かうこととなり、人と蛇の物語が幕を開けたのである。

アビサルヴィシャップの実験記録

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…本日よりドラゴエアの実験課題を、海祇大御神が直々に指定した課題へと切り替える。海祇年号元年より以前の資料はすべて破棄。書類番号の表記もアルファ、ベータ、ガンマ、デルタ、イプシロンなどの古海祇語の使用を禁止する。それに代わり、地、水、火、風、エーテル、虚空を新たな分類とする。
注釈や引用は(【】)内に書くものとする。書類名-番号-題名-著者の順に記し、著者は省略するか、研究所内の番号を書いても良いが、研究員の古白夜国/淵下宮または現代海祇/鳴神/稲妻式の名前を明らかにすることは厳禁とする。
なお、実験記録に日記、恋文、幻想小説の記載は禁止とする。


ドラゴエア(以下、通称アビサルヴィシャップ、ヴィシャップ)の進化能力は計り知れない。(【水巻-壹〇壹-ドラゴエアの進化·一】)。
我々は耐熱性の高いヴィシャップの幼体に対し、生存可能な環境温度を下げようと試みた。だが、そのヴィシャップは成年後に衰弱してしまった。おそらく彼女の体内には、その環境に対抗するための「種」がなかったのだろう。しかし、彼女の子供たちは皆、体脂肪率が高く、過眠と氷元素の特性を持っていた。(巻末に記載された実験資料を参照。試料三にある特異資料は、助手が飢餓状態の実験対象に同情し、個人的に餌をあげたことによるもの。)
この時点で、ヴィシャップたちの子供を過酷な高温環境に送り込んだ。すると、それらは先代と同じように、成年後に耐熱特性を持つようになった。ただ、現在のところ炎元素特性はまだ現れていない。
結論を導き出すのは時期尚早だが、推測を裏付けるには十分である。アビサルヴィシャップは成年する前に、自身の「種」を自由に覚醒させることができるのだ。また、ヴィシャップの母体が未知の過酷な環境に遭遇した時、新たな「種」を作り子供に残すことも可能なのだろう。
つまり、アビサルヴィシャップは我々淵下宮の民に遭遇する前から、すでに体内に兵器を備えていたのだ。

知能実験は驚くべき結果となった。(【虚空-贰零柒-ヴィシャップの知能研究】)。罰と報酬の並行体制による厳選(以前の研究からして、ヴィシャップは一つ一つの個体が完璧な適応力を持っているため、実際は厳選が必要ないと分かった)を通して、四世代後のヴィシャップは、その言語能力が十二歳の人間の子供に匹敵するものであると判明した。より厳密に言えば、ヴィシャップたちは元より自分たちの交流手段を有しており、これにおいては彼らが学習能力を発揮したに過ぎない。
我々は、この研究を中止すべきだと考えた。以前、リザードマンの幻想物語を書いた者がクビになったが、今思うと、それはまるで私たちの認識が浅はかなものだと言っているかのようだ。
預言によれば、水の龍王は人の姿で生まれてくるという。淵下宮でそのようなことがあってはならない。

以前の移植は失敗した。(【虚空-玖零柒-海祇大御神特令·一】)。海祇の血を許容できず、ヴィシャップの身体に様々な副作用が現れたのだ。身体的な力が不足していたのが原因なのか、その詳細は分からない。ヴィシャップの進化経路を計画したことで、理論上、最強のヴィシャップの育成ができるはずだ。

移植は成功と言えるだろう(【虚空-玖零柒-海祇大御神特令·三】)。拒絶反応が起こったのは、ヴィシャップの光界生物(或いは元素生物とも言う)としてのものであり、大御神及び珊瑚眷属である人界との殺し合いが主な原因だろう。

これにて実験記録はすべて終了。この実験において、全ドラゴエアは寿命による老死を遂げており、実験による死亡例は一つもない。
海祇大御神の慈愛を讃えん。

光昼影底集

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謎題1. 朝は四本足、日中は二本足、夜は三本足、どんな生き物?
答え:昼に人に化けて舞踏会に参加し、足をくじいて杖を使うことになったヴィシャップ。
この答えだが、実は賢者たちがもっとも気に入っているものだ。正解を言い当てられるのは、そのほとんどが子供となっている。ヴィシャップが人間に化けることは、大人たちからすれば恐ろしいこと。古代の預言によると、水元素の龍王は必ず人の姿で生まれ変わるという。子供たちにとっては、相互理解の可能性を示しているのだろう。
しかし、このようにヴィシャップを可愛らしく見せるのはある種の問題にもつながる。確かに恐怖心を取り除けるかもしれないが、子供たちの警戒心も解いてしまうのだ。
(アビサルドラゴエアは他の元素にも進化しており、すでに純度を失っている。そのため、彼らの一族から龍王が誕生することはない。)

謎題2. 口の数は一、足の数は四、二、三。他の姿に化けることはできないが、地と海と空を行くことができる。歩く足が多くなればなるほど、生きる力が弱くなる。どんな生き物?
答え:人間。
人間は赤ん坊の頃に四つん這いで移動する。成長すると二足歩行になり、老齢になると杖をつくようになる。紛れもなく、この謎題の答えは人間だ。

謎題3. しゃべる口は一つ、足の数は四と二、さてこれは何?
答え:畜牧の生活。
この謎々は非常に古いもので、昔は畜牧の意味を「文字」だけで理解していた。四つの足はそれぞれ「宇子」、「宇麻」、「伊野四四」といった生き物を指している。白夜国が地の底に崩落した後、これらの生き物は繁殖するための環境と食物を失い、二世代のうちに絶滅した。
海祇大御神が訪れてからというもの、一部の住民はすでに海の上で家を築き、文化の交流をしている。そのため、これらの生き物の通り名を調べることができた。御使いと大御神の預言によれば、遅かれ早かれ全員が海面の上に出ることになる。そのため、名前の校正は必要だ。
「宇子」はウシ、「宇麻」はウマ、「伊野四四」はイノシシとなる。

謎題4. ある姉妹は毎日のようにお互いを産んでいる。その姉妹とは?
答え:日と夜、つまり白夜と常夜。
この謎題は非常に簡単だろう、昼と夜の移り変わりだ。白夜国においては、大日御輿による白夜と常夜の回転を指す。大日御輿が建てられる以前はずっと常夜だったが、人々がかつて白昼の光を見ていたことに影響はない。
加えて説明すると、白夜国特有の蜃気楼現象と罪影は、最初「エイドロン」と呼ばれており、人々から両者は本質的に同じ物だと考えられていた。後に海祇大御神が訪れたことにより、人々はこの二つの現象を理解し、名前を分けた。白昼はないが、白夜に蜃気楼の現象が現れることを「陽炎幻」といい、常夜に現れるものを「不知火幻」と呼んだ。時間が経つにつれ、両者は原理の一致から「陽炎幻」に統一された。

謎題5. 我は光の父であり、闇の子である。我は無翼の鳥であり、地から天へと昇る。我を見たものは涙を流すが、哀愁はない。そよ風に吹かれ、生まれて間もなく消えてゆく。
答え:煙。鳥は空を飛ぶ翼を持った生き物。淵下宮で見られないのも無理はない。

謎題6. ある父親には子供が十二人いた。その子供にはそれぞれ六十人の姿が異なる娘がいた。娘たちは白と黒が一人ずつ、その繰り返しである。一家のものはいずれも不老不死で、ひっそりと消えるのみ。父親は誰?
答え:「年」。六十人の黒と白の孫娘は、白夜国の民には理解しがたいものだろう。だが謎題4を理解できれば、どういうことなのかが分かる。
また、この謎題は遥か昔に後続版が存在した。おおよその内容は、それぞれの孫娘が十二人の子供を産み、その子供たちもそれぞれ六十人の孫を産んだ。そして孫たちも、それぞれ六十人の子供を産み、その子供も自分たちの子供がいた。そして最後、すべての子孫たちが唯一、原初となる子孫を産むことになる。その子孫こそが常世大神であり、百四十億の「年」の母である。
海祇大御神は、この謎題の流布を禁じた。

「付録」- 歴史上の人物、伝統ある名前-鳴神式名前の一覧

カイロス-常世大神
…ス-有栖
アブラクサス-阿倍良久
カロン-華…
スパルタクス-須婆達
エマ-絵真
…-鯉
アンティゴネ、アンティゴノス-安貞


エレボス-烏帽子
エキーオーン-江木
ウダイオス…-宇陀
アスクレピオス-栖令比御