ゲッターロボ+あずまんが大王 第1話
「ひっく…ひっく…」
雨に打たれる校舎の中、一人の少女が奇形じみた息を吐いていた。
季節外れの雨によるザーザーという音と教室の喧騒に混じり、それは響く。
「おい、大阪!」
大阪と呼ばれ、常にとぼけているかのような瞳が首とともにゆっくりと動く。
視線の先から、自らに迫るものがいた。
「ちょええええええ!!!!!!!!!」
力の入るような入らないような奇声が、一瞬、他の音を掻き消した。
身構えることもできず、無慈悲な一撃が少女の鳩尾を貫いた。
「はうっ」
小柄な肉体がくの字に歪み、膝をつく。
その一撃により、彼女を苛むしゃっくりは――。
「ひっく」
止まらなかった。
「相変わらずガンコなしゃっくりだなあ」
「智ちゃん、ほんまひどいで…」
眼に涙を浮かべる少女―大阪を尻目に、
智と呼ばれた少女は企んでいるような笑いを返した。
ふふん、と鼻を鳴らし得意そうなのは、自分の繰り出した一撃に満足しているためなのか。
傍迷惑さは尋常ではない。
「でも放っておいたら死ぬぞ。一日中やってたら死ぬって、死んだばーちゃんも言ってたし!」
「その前に私が智ちゃんに殺されてまうわー」
「大丈夫だって。人間の身体はガンジョーにできてるんだ。それはよみが毎回ダイエットで失――」
「ダブルチョップ!!」
おご、と呻き大げさに倒れる。
大阪と呼ばれる春日歩、奇声を放った滝野智、
オーバーキルな突込みを入れる眼鏡少女の水原暦。
教室の一角で、今日も漫才じみたやりとりが続いている。
「なにすんだこの突っ込みメガネ!!」
「この暴走馬鹿が!人の不幸をネタにするな!!」
「へえ、また失敗したんだ」
ぎく、という表情を暦はした。
「あはははは!!今度は大丈夫ってほざいてたのはどの口でしたっけー?」
態度が一気にでかくなる。
うりうりと肘を押し付ける様はギャグマンガのキャラクターを思わせた。
「身体が丈夫ってのは、ほらあれだよ。何度も太っては痩せを繰り返すのに、全部の肉が脂肪にならない私の幼馴染の――」
「ダァアアブルチョォオオオオオップ!!!!!!!」
見敵必殺の絶技の如く、それは見事に決まった。
「二人とも、元気やなぁ」
にこにこしながらそう告げた直後に、しぶといしゃっくりが続いた。
「あいつら、まぁた朝から飛ばしてんなあ」
喧騒を見つめながら、肌が浅黒く焼けたシャギーの少女、神楽がぼやく様に言った。
「仲がいい証拠ですよ。小学校からの友達がいない私はうらやましいです」
身長156センチと、小柄に入る少女よりも更に下方で、やたらと高い声がした。
言葉を放つたび、特徴的なおさげが上下に揺れるのが、小動物じみていて可愛らしい。
高校に混じった小学生にも見えるが、れっきとした女子高生。
天才少女の美浜ちよである。
飛び級ゆえに、それまでの友人はここにはいない。
11歳の心に生じた寂しさからの言葉だった。
「何言ってんだ。ここでの友達は私ら、だろ」
にっと歯を見せて笑いながら、神楽はちよの背中を叩く。
バシっという一撃は、痛みよりも励ましを少女に与えた。
「…ありがとうございます」
年相応の、天使のような笑顔を、小さな女子高生は返した。
とことこと歩き、喧騒な一角へと進んでいく。
それを見ると、神楽は窓辺を見た。
清涼という言葉が相応しい、長い黒髪が見えた。
「おうい榊ィ! 今日、放課後暇か?」
その声に、椅子に座りながら窓際を向いていた顔がゆっくりと向く。
髪型に勝るとも劣らない美顔が神楽の方を向いた。
「新しいMTB買おうと思っててさ、やっといいのが決まりそうなんだ。
もしよかったら帰りにちょっと行かないか?ついでに買い食いとかもしようぜ、タイ焼きとかさ」
少年のように眼を輝かせながら雑誌を広げる神楽に、榊と呼ばれた長身の少女は
僅かに哀しげな眼を作った。
「ごめん、今日は用事があるんだ」
眼とは対照的に、声ははっきりとしており、そして澄んでいた。
「ちょっと、久々に人に会うことになって…ごめんな」
原因は、自分とその用事のせめぎ合いだろう。
それならば、無理に引き止める必要は無いと神楽は判断した。
「いいよいいよ。気すんなって! ところで、その会うのって…男?」
少年のような口調の中に、少女の感情が混じった。
男という言葉を口にするその頬は、ほのかな赤に染まっている。
こくりと榊が頷くと、それは更に色を増した。
「…幼馴染」
仏頂面を基本とした表情の中に、柔らかな笑みが生まれた。
「どんな人?かっこいい?」
机の上に両手を突き、突き詰めるように身を乗り出して聞いた。
親友でありライバルのことは、自分のこと以上に興味がある。
少し迷ったような表情を見せ、榊は
「かみねこ……みたいな人かな」
と言った。
かみねことは、学校近辺に生息する黒猫である。
外見は可愛いが、凶暴性については定評があり、それは
榊の両手に刻まれた無数の傷が示している。
「…それは、やばいんじゃないのか?」
狼狽する神楽に、
「……ちょっとだけ」
と、榊と呼ばれた少女は、絆創膏だらけの手を見ながら言った。
その表情には微笑みがちらつき、どこか満足げだった。
その背景では、
「びよーんびよーんびよーん!」
「あわわわ~ともちゃんやめてください~~」
と、大人げの欠片も無い暴走バカによってちよのおさげが弄ばれていた。
呆れて突っ込む気も起きない眼鏡のニーソックス少女の傍らで、
ひっく、ひっくと相槌のように、しゃっくりはまだ息の根を保っていた。
・・・
「うげ、またかよ」
けだるそうな声が、職員室の一角で上がった。
乱雑極まる机の上で、ウェーブがかった長い髪が、ぐでっと伸びた
身体の動きに沿って揺れている。
「どうしたのゆかり? ……また、例の学生運動?」
青っぽいジャージを着た女性が、その傍らに立った。
両耳を覆うように垂れ下がる艶やかな髪が印象的な体育教師は黒沢みなもといった。
ゆかりと呼ばれた女性の姓は、谷崎という。
「武装学生集団、校舎の一部を乗っ取る」
格言を読み上げるかのようにどこか芝居がかった口調で、ゆかりは記事を読んだ。
「現代の愚連体。狂犬集団。新革派によるものと思われるテロ行為、今月だけで8件」
うわ、呻くようにみなもは言った。
「そゆこと。全く、やってらんないわよ。こんなの許してたら益々ガキどもが付け上がっちまうっつうの」
ただでさえこの学校と近いのに、とゆかりは加えた。
「でも、学校も不正をしてたんでしょう。この子達もまだ子供なんだし、話せば分かってくれるはずよ」
「じゃああんた、教え子に水泳部室一帯を乗っ取られて、『神楽の校しゃ』なんて呼ばれるようになったらどうする?」
「…え?」
予想に無い言葉に彼女の眼は丸くなった。
「アルコールランプで火炎瓶を作る体育少女」
嫌だ。
「玩具の車を使って、お偉いさん襲撃を企む暴走バカ」
かなり嫌だ。
「で、それを指揮する関西からのド天然娘」
「嫌ああああ!!!!!」
最後は声に出た。
そこに、
「勿論、スク水でですよね」
と擦り出たような声が入った。
生徒教師を問わず校内で有名な変態として通っている
この古文の教師は幽鬼のような姿と動きで、会話に割って入った。
「き、木村先生。いらしたんですか…」
「ええ、教師ですから」
くいと眼鏡を上げ、痩せこけた顔にあんぐりと開いた口が応えた。
「ああ、彼らがみんな、美しい少女たちだったのならよかったのに…」
そう言うとぎくしゃくした動きで自分の席へと彼は行った。
生ける屍のようにも見える動きを、ゆかりとみなもは呆然とした様子で眺めた。
「あの人、なんで教師でいられるんだろうな」
「…さあね」
狼狽した表情で、時計を見た。
授業の開始まで、あと僅かだ。
・・・
教室で、職員室で、人々は動き始めた。
ある者は教科書と筆記用具を広げ、またある者は早弁と称して、
鞄の中からスチール製の弁当ケースを二つ、広げ始めた。
ぷんと流れるスパイスの香りに何人かがそこを見た。
たこさんウインナーに擬態しているかのような髪型の少女が偽インド人
のような格好をして、どろどろとしたそれをかき混ぜている。
「君達は、めくるめく早弁の世界に耐えられるか~!?」
などと吐き、付け髭や帽子まで被る有様である。
メルトダウン級の馬鹿であることは誰もが認めているが、それ故に注目を集めている。
ルーとライスが交わるときに、それは起きた。
何の前触れも無く、校舎が大きく揺れ動いた。
校庭に面した窓枠が大きくぶれ、窓ガラスの全てが引き裂けるように割れた。
平和な風景を一変させる破壊音に、教室の中の眼は一斉にそちらを向いた。
この時、ガラスが刺さり尋常ではない流血をした者もいた。
ほんの数秒前に、全身全霊でふざけあっていた者達もいた。
ほぼ等しく、全員が雨と風の洗礼を受けた。
そして今。
全てが、一様に心を支配されていた。
「なんだ…あれ…」
職員室で、ゆかりが呟いた。
季節外れの豪雨は強さを増し、雷光が次々と落ちていく。
その中で、巨大な影が蠢いていた。
校舎との距離は100メートルもない。
それは、校庭の中にいた。
校庭に刻まれた400メートルトラックを覆ってのたうつそれの
先端に、何か尖った物が見える。
牙であると分かったのは、大蛇のようなそのシルエットが校舎よりも高く
首をもたげ、その口を開けて吼えたときである。
ぎええ、と身の毛がよだつ叫びがした。
今までの人生で聞いた事も無い音であり、見たことの無い存在であった。
いや、見たことはあった。
幼少の頃、親と並んで読んだ本。
夜寝る前に、眼を輝かせて覗いていたもののなかに、確かにそれはいた。
太古の世界を支配した爬虫類、恐竜である。
からん、ぐしゃり、と物が落ちた。
暴走女子高生と呼ばれる少女の手が、全身が。
捕食者を前にした弱者の、本能的な恐怖で震えていた。
彼女だけではなく、総てが同じ様を晒している。
そのうちの誰が、恐竜の長い首の奥に、
場違いとしか思えない鉄の塊が並んでいるのを確認できたか。
首長の肉食竜の首の根本は、装甲で覆われていた。
岩塊のような肉と鉄がグロテスクに交わり、
機械でできた、古めかしい玩具のような、もう一本の首を構築している。
智は、それが見えた。
震える眼と精神の中、機械の首のその奥にもう一つの首が伸びていることも観えた。
その先を眼で追ったとき、視線の先は血の様な赤で塗りつぶされた。
ギヤァァァァァァァァ!!!!!!!!
怪物が吼えた。
悲鳴であった。
呼応したように雷が落ち、周囲を昼間の光で満たす。
怪物の背後に、明らかに怪物のものではない巨大な鋭角が見えた。
その根本の更に奥に輝くものが何であるかは、この時誰も知らなかった。
怪物の頭を、手の形をしたものが砕いた。
雨に逆らい、血の噴水が上がった。
再び、雷が落ちる。
まばゆい輝きの中、一際光を放つものがあった。
振り翳された、戦斧であった。
戦斧に切り裂かれ、怪物の岩のような身体の断面が見えた。
分厚い皮と装甲の中は、メカニズムで溢れ、それは雨に流されるように溢れ、零れた。
豪雨のざわめきを遮って、大質量の残骸が轟音と共に地に落ちる。
中央の首に光が宿り、その根本が火を噴いた。
原型と比較して十分の一ほどの大きさとなって切り離されたそれは
弾丸のような勢いを持って飛び、濁った雲を貫いた。
弾かれた雲から、光が降りる。
光の中に、巨大な人型が立っていた。
校舎と対峙したそれは、全身が血に塗れたかのように赤く、
がっしりとした手足が、白い寸胴の胴体から生えていた。
敵に与える恐怖と、自らが外敵に抱く敵対心を象徴したかのような
頭角は、地獄から這い上がってきた悪魔を思わせる。
そして、その根本に穿たれた鋭い切れ込みは、
獲物を逃さぬ捕食者の眼光だった。
猛然と降り注ぐ雨の中、赤い悪魔の背後で何かが広がった。
それは溢れるように広がり、旗のように靡き、炎のように揺れた。
一際大きくそれが動いたとき、それは真紅の翼となり、40メートル近い巨躯を宙へと促した。
推進力と揚力を含む、あらゆる法則の存在を完全に否定するかのように、それは飛翔した。
怪物が開けた雲の穴を暴力的な勢いを持って、爆砕した。
雲に囚われていた陽光たちが広がり、世界に光が満ちた。
巨人が飛び去るのと時を同じくして、雨も逃げるように絶えた。
「…なんだったんだ。あれは……」
そう暦がつぶやけたのは床に落ちた時計が二回ほど、12の数字を廻った時であった。
「しゃっくり…とまってもた」
雲が消え去った外界を前にして、一人の少女がそう呟いた。
突っ込みは、上がらなかった。
その日が事実上、決定的な開戦の日となった。
人類と種を違えるものとの、地球の覇権を巡る長い闘いが、幕を開けた。
続く