――次の日。関東地区、東京都と埼玉県の境目にある陸上自衛隊、朝霞駐屯地。
そこにはベルクラス専用で増設されたドッグベイが唯一存在し、本艦は今そこに着陸し補給と整備を受けている最中である。
そして竜斗はというと艦内の座学室で早乙女と個人講義、いわゆるタイマンで行われていた。
「…………」
彼は眠たそうだ。元々学校での成績は悪くないが、授業は正直好きではない。
朝の九時から開始と、まるで高校の授業の延長上のようだ。
だが生徒は自分だけで早乙女が付きっきりで教えているものだから寝れそうに寝れない。
小休憩もあるが二十分ほどしかない。
ましてや早乙女である、もし寝ればどんな恐ろしい仕打ちを受けるか分かったものではない。この後にはマリアによる講義があるようだが、早乙女曰わく自分以上に厳しいらしいと聞く。彼はゾッとした。
「――竜斗、ちゃんと聞いているのか?」
「は、はいっ!」
うたた寝していた竜斗はビクッと反応した。
やはり興味の持てない科目の授業は誰でも辛いものである。
だがこれは命に関わる大事な授業。早乙女やマリアも自分が生き残れるための授業を自分の時間を割いてしてくれているのだから――そう思うと意外と割り切れて頑張れる。
「――これで今日の私の授業は終わりだ。マリアの座学は午後一からやる。それまでは昼食と休憩だ」
「はい……」
講義の終わりを告げられた彼は、限界がきて崩れるように机に顔面をつけた――。
食堂に行き、昼飯を盛る。今日の献立は日本の定番カレーライスだ。エミリアはどこかにいっているのか、今日は彼一人で昼食を食べていた、が――。
「やあイシカワっ♪」
「っ!?」
彼の手が止まる。彼の目の前に現れたのはそう、愛美である。
ご飯も盛らずにすぐに彼の隣に着く。
「アンタあの『げったあ☆』について、頑張ってるみたいね♪どう、楽しい?」
「…………」
彼の顔が青くなる一方で、愛美はそんなことお構いなしの笑みを浮かべた。
「恐がらないでよ、マナと石川の仲じゃん☆ね?」
端から見れば仲良さそうに、そして人懐こく話しかける彼女。しかし彼は知っていた、これの裏側に潜むは悪意の塊であると。
再び彼女はスマートフォンを取り出して、例の写真を彼に押し付けて見せつける。
「ーーーーっ!!」
「ほら……マナに返事くらい返しなよ。またこんなことになりたくなかったら……ね?」
小声でそう囁く愛美。その時、幸いにもエミリアが食堂に訪れた、そして二人の姿を見た時彼女はすぐに異変に気づいた。
「アンタ、リュウトになにしてんのよオ!!?」
「チッ……!」
愛美はすぐに彼女の存在に気づき、その場から一目散に離れ、食堂から走り去っていった――そして慌てて彼の元へ駆けつける。
「リュウト、顔色悪いけど大丈夫!?」
「……あ、うんっ……なんでも、ないよ……っ」
無理して造り笑顔をする竜斗。
「ミズキになにされたの?アタシにいってごらん!」
親身に気遣う彼女だが竜斗は、
「……気にしないで。いつもみたいに絡まれただけだから……っ」
竜斗は立ち上がると、ほとんど口にしていないカレーライスの皿を返却棚に戻し、暗い表情で去っていった――。
「…………」
エミリアは彼の後ろ姿をもの悲しい目で見ていた。
竜斗はイヤなことがあっても吐き出さずに溜め込む傾向がある。
それを察知して彼のために動こうとするのが彼女、エミリアである。いつもはそうしてきた。
彼女はいつもの経験と勘から感じ取っていた、これは何かあると――。
――午後一時。竜斗はそのままマリアの講義へ入る。
内容が専門語ばかりの初歩的の戦術論がほとんどだった早乙女とは違い、初歩的な医学と応急処置についての講義だった。だが、マリアも竜斗の異変に気づく。
「――竜斗君、どうしたの?元気ないわねえ」
「い、いえ――」
それはそうだ。愛美によるあんな吐き気を催す出来事に加えて、昼飯をほとんど食べなかった彼に快調とは程遠い有り様であった。
そんな状態で授業が終わった頃には彼の体力、精神的にも限界がきていた。自分の自室に入るいなや、倒れ込むように自分のベッドに寝転んだ。
(もう、疲れた……何もかも忘れてずっと寝ていたい……、明日なんてこなくていい……)
そう思いながら眠りについた――。
その頃、エミリアは一人、通路を歩いていると、ちょうどマリアと出くわした。そして二人は並んで通路を歩く。
「エミリアちゃん、竜斗君どうかしたかしら?」
「えっ?」
「なんか私の講義している中、元気がなかったように見えたの。あの子、見た目活発ってわけじゃないし、普段からあんな感じなの?」
「…………」
するとエミリアは彼女にこう話す。
「実はリュウト、昼食中にミズキに絡まれていたんです……」
「ミズキってあの……あなたたちと仲の悪い、日本では『ギャル』っていうタイプのあの女の子?」
「はい。リュウト、学校内であのコとその友達によく絡まれて、いじめられてたんです。リュウトが気の弱いことをいいことに……」
「聞いたわ、司令から。やっぱりイジメはこんなご時世にもなくならないのね……」
「ミズキのヤツ……今度はリュウトに何したのかしら……っ、何かあったら絶対にユルさないんだから――」
するとマリアは彼女にふとこんな疑問を聞いた。
「エミリアちゃんはなんでそこまで竜斗君を守ろうとするの?
あなた達は恋人として付き合ってるってワケじゃないでしょ?」
「…………」
「もし差し支えがないのなら教えてくれないかしら?それは誰にも喋らないから安心して」
エミリアは顔を赤めらせてもじもじしながら話し出した。
「……リュウトはアタシが日本に引っ越してきた時に初めて友達になってくれた男の子なんです……」
エミリアは昔の追憶をする。
「ワタシ、小学生になる前に母の出身地のアメリカ、オハイオ州からここに引っ越して来たんですが、来てしばらくは友達がいなかったんです。
文化の違いもありますけど最大の原因は日本の子と言葉が通じなかったことですね。
その時は英語が標準語で父の母国語、ドイツ語を少々、日本語については両親からほんの少しだけ教えてもらったぐらいだったんです。
あの頃のワタシは結構人見知りな方で、日本の子と遊ぼうとしても馴染めず毎日、家で寂しくて泣いていた覚えがあります。
あれはもう、小学生に入る寸前の三月ですね。
一人寂しく家の庭で遊んでいたら、そこに現れたのが笑顔でサッカーボールを持った男の子、リュウトなんです。
その時、彼を見たのは初めてじゃなくて引っ越して間もない時に近くの公園で触れ合った子達の中にポツンといた目立たない近所の子だったんです。
そこからアタシはリュウトと仲良くなりました。
彼は運動神経はあまりなかったですが人一倍優しくて器用で要領がよく、言葉の通じないアタシに色々ジェスチャーとか、分かりやすいように日本語を教えてくれたんですよ。
それに他の子と仲良くなるための架け橋になってくれたんです。
アタシはこれほど嬉しく思ったことは今までにありませんでした。
リュウトと出会なかったら多分、今より日本を好きになってませんでしたから。
彼と出会ってからワタシはもっと日本のことを知りたい、リュウトと日本語でいろいろ話したいと強く思いました。
アタシ、彼と違って不器用でスゴく要領の悪いから苦労しましたけど周りの人達を観察したり、独学で勉強したりして日本語を覚えて、そして日本の知る限りのことを学んだんです。
その上でワタシは両親と同じく日本が大好きになりました。人種と出身は違いますが、心は日本人です。そして死ぬまでこの信念は変わらないと思います」
マリアは心から感心した。
英語から日本語を標準語に変えるのは並大抵のことではいかない。
そもそも自分を日本人と胸を張って言えるのは、彼女は根っからの努力家であることと同時に、竜斗は彼女からすればそれほど物凄く大切な人となっているのだろう――と。
「だからワタシにとってのリュウトは、友達以上の特別な人です。
彼氏、いやお嫁さんになりたいくらいです。
だからアタシは、何があってもリュウトの味方でいたいんですっ……て、キャっ、いっちゃったっ!」
とても可愛らしい乙女の笑みでそう答えたエミリアにマリアの心は暖かくなった――。
……一方、早乙女はと言うとドッグベイ内のとある格納庫へ来ていた。
「…………」
彼は黙って見上げる先にあるのは、全体が銀色一色で施された、各フォルムの違う戦闘機が三機の乗るカタパルト……これは一体……。
「『ゲッター計画(プロジェクト)』の完成形……だが今のままではポンコツの鉄葛以下だ。
いつ完成の日を迎えることやら……しかしやらねば――」
『ゲッター計画(プロジェクト)』。ゲッターの名を冠するということはこれもゲッターロボに分類されるのか。
しかしどう見ても人型ではなく、戦闘機だ。
これでもゲッターロボと言えるのだろうか――?
……竜斗はふと起きた。部屋の時計を見ると、五時となっている。
夕時かと思い部屋のモニターで外を見ると、駐屯地内から綺麗な朝焼けが見える。
「……もう朝か……っ」
彼はモニター越しの外をボーッと眺める。
外の景色はこんなに明るいのに自分の気分は晴れない。
慣れないこの生活もあるのかもしれない。これから自分はどうなっていくのだろうかと言う不安。
そして――愛美に、あの写真で脅迫、何をされるか分からない恐怖、あの写真以上な苦しみを味わうかもしれないということ――。
その時はエミリアが助けにきてくれる……いや、それじゃあいつまで経っても自分自身が成長しない、だけどその一歩が踏み出せない。
学校で散々イヤな思いをしてきた彼にとって、愛美の存在はまさに恐怖の対象だった――打ち勝つにはどうすれば……そもそもなんで自分ばかり狙ってくるのか――考えると頭が重くなった。
彼は部屋を出て、食堂へ向かう。早乙女の話には飲料は時間問わず食堂でただで飲めると聞いていた。
誰もいない食堂でコップを持って業務用ジュースサーバーからオレンジジュースを入れて味わいながら飲む。
彼はオレンジジュースが大好物であり、計三杯続けて飲み干す。
「……やっぱりオレンジジュースは100%果汁だよな」
満足顔の竜斗はコップを近くの洗い場で洗ってから戻し、食堂から後にした。
その時――竜斗は固まるように立ち止まる。入り口から出た瞬間、出くわしたはあの女、愛美である。パジャマ姿の彼女は自分と同じくどうやら飲みにきたらしい。
「あら、オハヨー」
「あ、ああ……おはよ……っ」
ぎこちない返事を返す竜斗に愛美はフッと笑みを放つ。
「そうだイシカワァ。いまからマナがあんたに指令を出すね」
「え……シレイ……っ?」
「あんた軍人になったんなら指令は忠実に従うものよ?」
「……なんの指令だよ……?」
すると彼女はとんでもないことを言い出した。
「今からあんたはマナがいいと言うまでトイレ禁止ね?」
「なあっ!?ふ、ふざけたことをゆうなよ……っ!」
こればかりは耳を疑ったが、彼女自身は本気の表情だ。
「マナにバレないようにトイレに行こうとしてもムダだから。ずっと暇だから見張っててあげる……もし無視して行くものなら……反逆者はどうなるか分かるわよね?」
彼は唾を飲み込んだ。しまった、さっきのオレンジジュース三杯も飲んだことが仇になってしまった。
「フフフ、さあてあんた授業中どうなることやら楽しみだわ♪オシッコおもらししちゃうのかしら、それとも……ねえリュウトちゃん♪」
「…………」
竜斗は一気にどん底の堕ちたような絶望感を味わった――
そして朝の九時。早乙女の授業が始まる。今日の授業は昨日の続きについてのようだ――。
竜斗は今、不安だった。愛美に言われた『あの指令』を。
まだ尿意が襲ってきてはないのが幸いだが、一時間、二時間経つ内に……。
「竜斗?」
落ち着きがなくなってきている彼に不審に思う。
「トイレに行きたいのか?」
やばい、もう限界が来ている。行きたい、トイレにいって楽になりたい。
「……ちょっとトイレに行ってきてもいいですか!?」
「ああっ」
座学室から出た時だった。
「どこにいくのかなア、石川?」
「ひいっ!」
なんと今朝言ったとおりに愛美が腕組みしながら待ち構えていた。
「トイレにいくのダメだったわよね?」
「……行かせてくれ、こんなのムチャクチャだよ……」
「ダ~メ。これ以上な目に遭いたいの?」
また写真を見せつけられる竜斗は、
「……こんなことして何が楽しいんだよ……?」
その問いに彼女の答えは、
「ただ楽しいからに決まってんじゃない」
だが竜斗は彼女を無視してそのまま、トイレへ走り去っていった。
「あ、石川っ!」
自分の命令を無視された彼女の表情は、一転して阿修羅のような顔になった。
「……許さない。あとで覚えておきなさいよ、あのチ〇カスヤロウ……っ!」
トイレに駆け込み、そして漏らさずに事なきをえた竜斗の顔は安心のため息をはいた。
だが急な不安感に襲われた。愛美の言うことを無視したことによる報復である。
かなり根を持つタイプだ、自分に何をしてくるか分からない。
だが、少し嬉しいこともあった。あの愛美についに逆らったことである、今までなすままにやられ続けてきた自分が反抗できたのである。
今の彼の暗闇だらけの心中に一筋の光が差し込んだような気分になった――。
座学室に戻り、席に座る。
「竜斗、前みたいにもらさなかったみたいだな」
「早乙女さんっ!!」
「ハハッ、冗談だ」
どこか溝みたいなものがあった二人の距離が近づいたかの如く、笑顔になる竜斗達だった―。
そして午前中の授業が終わり、竜斗は大きくあくびをした。
「午後は、私とマリアでゲッターロボについての概要と操縦訓練を行う。集合場所は格納庫だ。開始前にはパイロットスーツに着替えておけよ」
「はいっ、早乙女さん」
「竜斗、今から早乙女さんと呼ぶな。早乙女『指令』と呼べ。
君は建て前上であるが軍人となるわけだ、立場を分かっておいたほうがいい。それに制服着用時で自衛隊員達の前で私を呼ぶときに『さん』が出ると変に思われるからな」
「はい、早乙女『指令』」
――竜斗は昼飯を食べてまだ時間があるので、休憩しようと部屋へ戻る。
「…………」
イヤな視線を感じる。そういえばあれから愛美の姿は見ていない、これはまさか――。
一目散に部屋へ戻り、ドアロックするとベッドにドサッと座り込む。
(……まさか……っ)
急な不安感に襲われた。出たら、待ち構えているのではないか……そう考えると部屋から出る気がなくなる。だが講座があるから結局行かなくてはならない。
時間が近づくにつれて彼の胸の鼓動がドクドクなり始める――。
格納庫まで突っ走ることを考えた竜斗はロックと解除して部屋から飛び出した。どうやら左右の通路には誰も見当たらない。
安心しつつも、彼女に出くわさないよう祈りながら、格納庫へ駆け出していった。
――そして三機のゲッターロボを置かれた格納庫。無事に着くとすぐに内部の更衣室に入り、パイロットスーツに着替える、ぴっちりしているが動きやすく、身体を動かすにはちょうど良い。
ヘルメットを持ち、更衣室から出ると空戦型ゲッターロボのドッグに早乙女とマリアが待っていたのですぐに合流、講座が始まる。
「まずゲッターロボについての概要から始める……」
まず早乙女からの説明が始まった。
ゲッターロボとは早乙女による、対恐竜帝国殲滅プロジェクト『ゲッター計画(プロジェクト)』の産物である最新鋭SMBである。
従来型のSMB十機分の性能を持ち、各国でも群を抜く驚異的な性能を持つ機体である。
ゲッターロボは計三機開発されており、それぞれ空、陸、海の環境や地形に対応すべく各武装や機能は違う。
このゲッターロボに使われている動力が機体の名にも使われているエネルギーが、ゲッター線(またはゲッターエネルギー)と呼ばれる、宇宙から降りそそぐ放射線の一種である。
微量でプラズマエネルギー以上のエネルギー増幅率を持ちながら、放射能のように今のところ人体には有害だった件はまだ出ていないため、そして実験において爬虫類等に有効であると、発見者の早乙女が急遽、対恐竜帝国用戦力としての開発、研究を急がせた。
彼はそのエネルギーの有用性、神秘性に惹かれており、人生かけてでもこれからも研究していきたいという。
「……というのがゲッターロボの概要だ。竜斗、質問は?」
「あ、はい。空戦型と陸戦型のデザインは初めて見ました。しかし海戦型がどこか自衛隊の使用しているSMBとスゴく似ているんですが……」
「ああ、BEETか。それはな海戦型はBEETタイプをベースに造られた機体だからだ。言うなれば『ゲッター線駆動のBEET』だ。だがその性能は元機とは比ではない性能を持つ別物だよ」
「はあ。分かりました」
「質問が以上か?なら操縦訓練といくか。今日は竜斗、空戦型ではなく他の二機にも乗ってみるか?
お前の扱いやすい機体を選ぶのもいいだろう――」
「はい……あ、了解!」
そして竜斗は今回乗り込んだのは三機の一つで白く、スマートなフォルムの機体、『陸戦型ゲッターロボ』だ。
“竜斗君、使い方は概ね空戦型ゲッターロボと同じよ。だけど左手の大型ドリルの扱いには十分気をつけてね”
「了解です」
竜斗は通信越しで早乙女とマリアから詳しく教えられて、コンピューターパネルを操作してシステム起動。操縦レバーを握り込む。
そしてターンテーブルが回転し、外部ハッチまで横に滑るようにテーブルが右に移動する。止まると同時に外部ハッチが開かれた。
“竜斗、外に出たらいいと言うまでまっすぐ歩け。
先にSMB操縦用地下訓練場がある”
そしてカタパルトが射出されて、外に飛び出す陸戦型ゲッターロボ。
その細い脚部に似合わぬ左腕の、直撃すればどんなモノでもミンチになるであろう大型ドリルと右腕の掴んで潰す用途しか思い浮かばないペンチ状アーム。白く尖った頭に睨みつけるようなその瞳(アイ)。
空戦型と比べて別の意味でいかつくて強そうである。
外に出ると竜斗はレバーをゆっくり押して前に歩き出す。
すでに外部には訓練すると伝えてあるのか、誰もいないこの内部で途中、機体一機分が通れる程の通路に差し掛かるも足を止めずに歩いていく――と、
“竜斗、止まれ。ここが訓練場だ”
目の前にあるのは何もない地下空間、広さは……先が見えない。四方八方、そして何キロあるのかと感じるほどの広大な地下訓練場である。
竜斗は思った、よく日本の地下にこんな場所を作れたなと。
「よし。今から自由にこの中を動け。その上で君に各機能の操作を教える」
訓練場の上には防弾ガラスに守られた個室、監視室が。
そこには多数の最新コンピューターと早乙女、マリア、そしてなぜかエミリアがいた。
「リュウト、聞こえる?」
“エミリア?なんでここに?”
「実はあたしも見学したかったからサオトメさんに許可もらってたの。ここで応援してるから頑張ってね。けど、ケガだけには気をつけてね」
“ああ――”
そして操縦訓練を開始する。
――これは本当に凄い。僕がこんな凄まじい機動兵器を操縦するなんて夢にも思ってなかった。
すでに二回、いや今回ので三回ゲッターロボを操縦しているが二回は急の戦闘により無理やり操縦させられたのでテンパっていて考えられなかった。
今、訓練として冷静に操縦してみると色々と分かる。
特に操縦が簡単だ。早乙女さんの言うとおり操縦方法がまるで楽で、左右の操縦レバーで大体の動作が可能、手前のコンピューターパネルでシステム起動と火器管制。
全視点モニターで360度確認でき、死角も横の3Dレーダーで補える。
そしてエネルギー残量や各機関、部位の被害状況、そして通信も全部前面、側面モニターが表示してくれてしかも非常に見やすい。
そして左右の操縦レバー横についた赤いボタンは各攻撃制御用……ドリルが時計回りに高速回転し、ペンチ型アームがガチガチ挟む。
足元のペダルは各機体の装備ユニット起動――と、ちゃんと役割がはっきりとされている。
最初は戸惑うかもしれないが、慣れればまるで自分の手足のように扱える。
あのメカザウルスをも一蹴できる機体がこんなに楽な操縦だなんて……これを動かす者によっては正義の味方になることや、逆に悪魔になることさえ可能である。
そう考えると怖くなって僕の身体は身震いするのだった――。
“竜斗、足元のペダルを踏め。この機体を『走らせる』”
「走らせる……?」
言われた通りにペダルを踏むと、ゲッターの両踵が縦に開き、中からキャタピラーのような車輪とジェットブースターと思われる推進機関が出現。
車輪が凄まじく回転し、ジェットブースターが点火した瞬間。まるでスホーツカーが最大速度で地上を走るかの如く、凄まじい速度で急発進した。
「うわあっっ!!」
竜斗はその負荷にびっくりして翻弄されて、ゲッターはバランスを崩して叩きつけられるように地面に轟音をたてて転がりこんだ――。
その様子を監視室から見ていたそれぞれ三人の表情は様々であった――。
「だ、大丈夫リュウトっ!?」
「し、司令……なんの説明もなしに『ターボホイール・ユニット』の起動はヒドすぎませんか……?」
「フフ、自転車の練習と同じで転んで転んで身体で覚えるもんだ、心配いらない」
――そして竜斗はコックピット内で頭を天井にぶつけてピクピクしていたのであった――。
「……ヒドいよこんなの……っ」
……この後、約二時間はこの機体で操縦し、これで今日のゲッターの操縦訓練は終わった。
竜斗に異常がないか、マリアの手で医務室で精密検査を受けることになった。
彼は検査を受けている最中、こう考えていた。
――どうやら陸戦型よりも空戦型の方が僕に合っているような気がした。
空を飛べるし、なによりも操縦の感覚がもう慣れているからというのが一番の理由だった。それにあんな機能には懲り懲りだと――
精密検査が終わり、特に異常なしだと診断されて今日はもう終わりだと言われる。だが予習等はしておくようにと、早乙女から釘を刺されてしまう。
部屋に戻り、夕食まで時間があったのでシャワーを浴びて、着替えてベッドで休憩していた。
その時、入口ドアをノックする音が聞こえて竜斗はすぐに向かう。ドアを開けるが誰もいない。
「……?」
不思議に思った彼は、ドアから足を踏み出たその瞬間。
「――――っっ!?」
凄まじいほどの寒気と同時に右腕を何者かにこれでもかというくらいに掴まれたのだ。
「やあっとつかまえた♪リュウトちゃん……」
「水樹っっっ!!!?」
彼は戦慄し身体中に冷や汗が大量に流れ出た。そこにいたのはまるで悪魔のようなドス黒い笑みを浮かべたあの愛美だった――。
「ウフフ、逃げよったってムダよ。裏切り者はどうなるか……わかってるわよねえ、イシカワァ♪」
「~~~~~~!! 」
今まで、学校内でも見たことのない恐ろしい顔をした彼女に圧倒されてなすがままに連行されていく。
そして、近くの倉庫内に無理やり連れていかれた竜斗。入るなり愛美は入口に横スライド式の鍵をかけて、立ちふさがるように彼の逃げ道をなくした。
「さあて、どんな処罰がいいかなあ☆」
掃除用具用ロッカーからブラシを取り出して、両手で持ち掲げ、殴りかかる体勢となる。すると竜斗は、
「……やりたいんなら好きにしろよ……っ」
「え…………っ?」
「……もう逃げるのはイヤだ。こんなことじゃあメカザウルスの奴らにも立ち向かえない……俺はもう逃げない、来るなら来いよっ!」
なんと竜斗が自ら愛美に反抗の意思を見せたのだ。
そして彼女も初めて支配していた人間に初めて噛みつかれたような思いに激怒し、ついに――。
「そう……ならアンタを徹底的に痛みつけてやるわ、覚悟しろオ――っ!!」
……ちょうど、倉庫前に通りかかったエミリア。
(…………?なんか変な音聞こえるけど……)
倉庫の中から叫ぶような声と叩く音が聞こえてドアに耳を済ますと、それが愛美だと分かった。彼女が怒号を張り上げているようだが、次第に何に対して怒っているのかが分かった――。
(……まさか、リュウト!?)
彼女は急いでドアを開けようとするが、中から鍵を掛けられていて開かない。すると彼女は後ろへ下がり、足に踏ん張りを入れると渾身の力で突撃し、ドアへ前蹴りをかました。
彼女の火事場の馬鹿力か、スライド式の鍵が壊れてついにドアが開く。
そしてエミリアが中で見たのは、うずくまる身体中傷だらけの竜斗へ、足蹴にしながらブラシをぐりぐり押し付ける愛美の姿が。
「リュウトーーっ!!」
エミリアは我を忘れて、とっさに愛美を突き飛ばし、うずくまる彼を抱きかかえる。
「しっかりしてリュウトっ!」
すると愛美の先ほど左手に持っていたスマートフォンがエミリアのそばに落ちている。
ふとそこに視線を通した時――そこで彼女の目がぐっと広がった。
「な……なによこれぇ……っ!?」
彼女はそれを手に取り、画面を見ながら大地震を受けているかのように激しく身震いした。
ついに見られてしまった、愛美による竜斗があの『リンチ』されている最中のあの画像を。
自分でさえ知らなかった、竜斗がこんな惨い目に遭っていたという決定的瞬間を捉えた画像。
彼女にこれ以上ない怒りが混みあがった。
ヒステリックになったかのごとく奇声にを上げながらスマートフォンをその場に叩きつけて破壊、何度も何度も踏み潰した。
そして頭をぶつけながらもゆっくり起き上がる愛美も、自分のスマートフォンを憎き相手によって破壊される瞬間を目撃、頭の何かがキレた――。
“一佐!!”
司令室でマリアと会話していた早乙女に乗組員から突然の通信が。
「どうした?」
「艦内の雑用倉庫であの子達が――」
事情を聞いた二人はすぐにあの倉庫に駆けつけるとたくさんの雑務の人だかりが。
掻き分けて入ると、中ではエミリアと愛美による二人の女の修羅場が繰り広げられていた。
とりあえず乗組員達に取り押さえられているも、その血と傷、アザだらけの二人を見ると類を見ない取っ組み合いの大喧嘩をしたようである。そしてその横で同じく傷だらけになり怯える竜斗の姿が。
「放しなさいヨオ!!このビチグソガイジン、今日こそブチコロしてやるぅーー!!!」
「やれるもんならやってみろよォーーこのファ〇クビ〇チがァーーーーっっ!!」
女性とは思えない下品な罵言を吐きまくっている二人。
「ふ、二人ともやめてっ、落ちつきなさい!!」
マリアは血の気を引きながら二人の仲介に入るが、しかし一向に止まる気配はなかった。それに対してマリアがついに、
《オマエラ大人しくしろつってんのがわかんねえのかゴラァーーーー!!!》
「「ぴいっっ!!?」」
魔王の如く怒りを見せるマリアの前には二人も一気に消沈した。
「マリアっっ!!」
「あっ……ごめんなさい……っ」
早乙女の一喝によって普段のような冷静沈着の表情に戻る彼女。彼女を怒らせるとこんなに違うとは……怒らせてはダメだと悟るエミリア達。
「……とにかく三人とも酷い傷じゃないの……直ちに医務室へ。みんな歩ける?」
「は、はいっ……なんとか」
「「…………」」
……医務室で治療を受ける竜斗達。竜斗は自衛隊内の男性医務官に、エミリアと愛美の二人はマリアに、そしてその二人についてはまた険悪になることを避けて別々に治療を施された。
そして後からこの三人に何があったか面談すると……マリアも気分がすごぶる悪くなった。
だが早乙女は……いつもの如く平然といて無言であった――。
「…………」
その夜、自室のベッドで安静にする傷だらけのエミリアは真天井を見ながらとある決心がついた、それは――。
(アタシ……リュウトと同じゲッターパイロットになる。そしてもうリュウトばかり苦しめない――)