剣の行方は?

Last-modified: 2012-01-27 (金) 23:14:57

【○×年 一月】
 
本日、かねてより刀鍛治の剣福殿に依頼していた業物が当家に届き、それを嫡男へと託した。
刀身には一族の悲願である、朱点童子打倒の祈願を込め『童子斬丸』の銘を刻んである。
ようやく立ち上がれるようになった幼子に初めて与えるのが玩具では無く、
鬼を斬るための得物であるなど、並の親であるならばさぞ眉を顰める事であろう。
だが、惜しむらくは我らの一族には、人並みの幸福を享受する時間が無い。
今はただこの一振りが、倅の未来を切り開く一助にならん事を願うのみである。
 
 
 
【○×年 十二月】
 
先代の法要を終え、久方振りに双翼院への出陣を行う。
四代目当主として初めて指揮を執り、院内にて六体の鬼を斬るも、
それ以上のめぼしい戦果を挙げる事は叶わなかった。
「この剣には、携えし者の魂が宿る」と、亡父が事ある毎に語っていたことを、今更のように思い出す。
今はまだ、剣は何も応えてはくれない。
一人の武芸者として、そして一族の当主として、
先代の名に恥じぬように、精進を積み重ねていかねばなるまい。
 
 
 
【×△年 八月】
 
会心の一撃!
今日の朱点童子打倒選考会において、当家は抜群の働きを挙げ、帝より格別の恩情を頂戴した。
勝負の明暗を分けたのは、我が童子斬丸の一太刀であった。
だが、一方で都に上れば、中傷の類も度々耳にする。
曰く「当家の剣士の上げる戦果の数々は、先達の磨き続けた宝刀の加護があればこそ」云々云々。
まったくもって洒落臭い!
先代の加護が俺を支えていると言うのならば、その力で鬼どもを斬りまくって、
やがては俺の剣名で以って、この刀の銘を天下に轟かせてくれようではないか。
 
  

【 ○年 二月】
 
亡き兄様の形見分けの折、一族の神刀、童子斬丸を拝領した。
代々当家の嫡男に引き継がれてきたこの一振りが、傍流の私に託されたのは、
兄様の戦死により、直系に剣士の血が途絶えてしまった事による。
いざ手にした憧れの剣は、兄様が嬉々として語っていた印象よりも、遥かに重く、禍々しい。
刀身を震わす亡者の嘆きが、平時でもこの身を苛まんばかりである。
イツ花が言うには、この剣は敗走の折、鬼の大将の呪いを浴びてしまったのだと言う。
剣に再び輝きを取り戻すには、彼の怨敵を倒し、その仇を雪がねばならないのだ、と。
一族の皆が、呪われしこの身を気遣うが、しかし今の私には、この痛みこそが救いなのだ。
刀より響く怨霊の声は、兄様の怒りであり執念だ。
死して尚、あの人はこの剣と共に戦っている
この剣が傍らにある限り、私はまだ、あの人と共に戦えるのだ。
私もいずれは、この剣の贄となる、そして、その時は。
 
 
【△×年 九月】
 
親王鎮魂墓最深部にて、七ツ髪を打倒。
これにより、残す髪はあと三匹となる。
神刀継承の際に、イツ花が素っ頓狂な声を上げた理由も、今宵、身を以って知った。
輝く刀身より燃え上がる紅蓮の炎は、先代が仇敵『赤猫お夏』を討ち果たし、
一族の仇を雪いだ折に、新たな加護を得たものだと言う。
先代ばかりではない、剣に宿る輝き、胸を焦がさんばかりの高揚感は、
当家歴代の剣士達が研鑽を積み重ねてきた証だ。
携えた剣が、困難なる道程をいつだって照らし出してくれる。
この家に生まれてきて本当に良かったと、僕は心の底から言える。
この素晴らしい人達と共に戦えた誇りを、僕の生涯忘れまい。
 
 
 
【△○年 三月】
 
本日、一族の者達が黄泉坂に旅立つのを見送る。
この大事の時に役目を果たせぬ我が身が恨めしいが、胸中に不思議と不安は無い。
今朝方見た、子供たちの自信に満ちた表情がありありと瞼の裏に蘇る。
若い力は永劫の呪いの連鎖の果てに、ようやく雄飛の時を迎えようとしている。
彼らならばきっと、朱点童子打倒の宿願を果たし、今生の無間地獄に終止符を打つ事が出来るであろう。
 
ただ、今一つだけ、気になる事がある。
歴代当主によって代々継承されてきた御神刀・童子斬丸の事だ。
まっすぐに刀身を見つめる少年の、あの奇妙に煌いた瞳が、頭の隅にこびりついて離れないのだ。
それが今は亡き先代、大叔父の瞳の色にそっくりであった事を、今更のように思い出す。
そのように考えると、ぽつりぽつりと疑念も沸いてくる。
例えば、刃に宿る多様な神通力もそうだ。
イツ花は加護などと言葉を濁していたが、恐らくはそんなに生易しいものでは無い。
あれは間違い無く、斬り捨てた鬼の力を、刀自体が取り込んでいるのだ。
のみならずあの剣は、所有者の力量までを取り込んで、一層に輝きを増していく。
それはあたかも、神々との禁忌を繰り返しながら血の濃さを増していく、我が一族の縮図のようですらある。
 
もし、今一度この身が動くならば、剣を生み出した剣福殿に問い質す事も出来ようが、
我ながら、気付くのが一手遅かったようだ。
一族が無事に朱点を討ち果たしたならば、この身を苛む呪いからも開放されるのだと言うが、
残念ながら、全ての真相を探るのは、次の世代への課題となりそうだ。
 



 
 
「この日が訪れる時を心待ちにしておりました、……殿
 やはり血は争えませぬな、こうしていると、あの御方に剣の依頼をされた時の光景が
 ありありと蘇るかのようでございます」
 
「私の来訪を……?
 それならば、私の用件も分かっておられるのであろうな、剣福殿」
 
「……その前に、まずは一度、
 童子斬丸を検めさせては頂けませぬか?
 
 ……おお! 何という凄まじい輝き。
 よくぞ、よくぞこれほどまでに研鑽なされた。
 これほどの輝きあらば、失われし御神器の代わりに、存分にお役目が果たせまする」
 
「……? 剣福殿。
 一体何の話をしておられるのだ?」
 
「いやはや、失礼致しました。
 あなた様が知りたいのは、この剣の由来でございましょう?
 それならばまずは、この剣の生まれし場所にご案内仕ろう」
 



 
 
「全く知らなかった。
 都にほど近い山中に、まさかこのような遺跡が眠っていようとは」
 
「遺跡ではございませぬ。
 これはかつて、古の民が作り出した戦船の名残でございます」
 
「船? 海はおろか、湖も沢すらも無いこの山の中に?」
 
「水の上を行く船ではありませぬ。
 この船はかつて、星々の大河の間を往くために建造された代物なのです」
 
「まさか」
 
「私の言葉が嘘かどうかは、この扉の向こうに行けば分かりまする」
 
 
 
「……! こ、これは、何と面妖な……!?」
 
「落ち着きなされ。
 これなるは実体ではなく、遥かな空の果てで繰り広げられている戦いの一部を写した
 立体映像に過ぎませぬ」
 
「映像? それは例えば神々の使う幻術や、遠見の術の類、と言う事か?」
 
「根源的な原理としては同じです。
 ただし我が一族の技術はは神々の奇跡ではなく、
 船に用いた唐繰りの働きを動力としております」
 
「我が一族?」
 
「さ、どうぞこちらへ……
 あなた様の知りたがっていた剣の秘密は、この通路の先にございます」
 
 
 
「このまやかしは、今なお空の上で続く戦いの一部と、
 確かそう仰られたな、剣福殿。
 見たところ、片方の神々だけが一方的に打ち破られているようだが……」
 
「その、敗れていく勢力こそが、我々の同胞です」
 
「何故だ? なにゆえ彼らはこのように勝ち目の無い戦いを……?
 いや、彼らにこれほどの出血を強いる【敵】とは、一体何者なのだ」
 
「分かりませぬ。
 ただ一つだけ言えるのは、星々の間を飛び回れるほどの実力を持った神々が集まって尚
 その正体を掴めぬほどに彼奴等は強い、と言う事のみです」
 
「…………」
 
「例えば、幼子が力任せに積み木を崩す行為に理由を見出せぬように、
 奴らもまた確たる理由も無く、単なる衝動のままに、
 天地の全てを無に帰そうとしているのやもしれませぬ。
 いや……、あるいはそう言った存在こそが、本来の意味での【神】なのかもしれませぬな」
 
「愚かな事を……」
 
「そう、愚かな事です。
 ゆえに我らは一命を賭し、何一つ勝機の見えぬ戦に身を投じているのです……
 
 ……余談が過ぎましたな。
 さて、ようやく着きました。
 その剣の起源は、この扉の奥に封じておりまする」
 



 
「これは……、鉄の神体か!?
 鎮魂墓に封じられていた土偶器に似ているようだが
 しかしこれは、なんと雄大な」
 
「これがかつての戦いで、私の用いていた兵器です。
 神々の奇跡ではなく、大気に満ちた【ゲッター線】を動力源としています。
 尤も現在では既に大破し、まともに動かすことも叶いませぬが」
 
「げっ、たぁ……?」
 
「天空より降り注ぐ、ある種の意志を持った光の事です。
 少量を浴びても直接的な害はありませぬが、
 それ内より生命の根源に働きかけ、様々に成長を促す効果があると考えられております。
 例えばそれは、妖術や神通力の類として発露したり
 あるいは寧猛な爪や牙、角と言った形に顕れて、様々な異形を生み出したり……」
 
「……随分とまわりくどい言い方をする。
 つまり、お主の言を借りるならば、
 八百万の神々も魑魅魍魎も、全ては太古の昔に降り注いだ光を起源にしている、という事か?」
 
「あくまで可能性としての話でございます。
 けれども、鬼共の多くや彼の神々が、
 その身に並外れたゲッター線の輝きを宿しているのは事実なのです。
 そして、神と人の混血であるあなた様の一族の体内にも……」
  
「……我らの中に?」
 
「その事に気が付いた時、私の中で一つの妙案が生まれました。
 大破した神体や船の代わりに、この京の都に溢れるゲッター線の力を用い、
 新たな兵器を生み出す事は出来ないだろうか、と。
  
 手始めに私は神体の持つ大斧を鋳潰し、より純度の高いゲッター鋼を精製しました。
 膨大な鉄塊を惜しみなくつぎ込み、残ったのは人の手に収まる程度の欠片のみでしたが、
 私はそれがゲッター線と共鳴し、やがては神域に至る強度を得る事に期待したのです」
 
「それがこの刀の前身と言う事か」
 
「ええ、けれどもそれだけではまだ不十分でした。
 大気に満ちたゲッター線を収集するのみでは、望みの強度を得る前に、私の寿命が先に尽きてしまう。
 もっとより直接的に、膨大な光を吸収する方法が必要でした。
 そこで私はナノマシン……目に見えぬほどに微細な唐繰りを施し、金属に二つの特性を付与しました。
 一つは金属に触れた生物のゲッター線を吸収する装置。
 今一つは、ゲッター線を浴びた生物の血液を解析し、より攻撃的な因子を取り込んで進化する能力です。
 
 あとは金属を武器の形に変え、鬼退治を生業とする者に提供するだけ……。
 問題は、誰にこの剣を鍛える役を与えるかでしたが、最適な候補もすぐに見つかりました。
 短い生涯をひたすら闘争に明け暮れる一族。
 神々との交配を繰り返し、代を重ねる度にゲッターの因子を高め続ける一族……」
 
「……ッ!?
 剣福! お主、我ら一族の呪いを利用したのだな。
 ただひたすら、最強の兵器を生み出す事のみを目的に!」
 
「左様、なれど誤解なされるな。
 私はただ都合の良い流れに乗ったまでの事。
 童子斬丸はあなた方一族に十分な貢献をしてくれたはず、
 彼の神々があなた方に施した運命の過酷さに比べれば、随分と割りの良い取引ではありませぬか」
 
「貴様ッ!」
 
「あくまで私が許せぬと申すのならば構いませぬ。
 我が身を如何様にでもなさいませ。
 あなた様の一族にその刃を託した時から、いつかこのような日が来る事を覚悟しておりました。
 神々をも凌ぐほどの強大な力を得た今のあなた様にならば造作も無いはず。
 ……なれど、私を始末する前に一つ、やらねばならない事があるのではありませぬか?」
 
「……この刀の、処分、か」
 



 
「全ての戦いを終えたあなた様が、私の許を訪れるであろう事は明白でした。
 今や天下無双の剣士となったあなた様の鍛えた剣は、錆びる事も朽ちる事も無く、
 圧し折る事も鋳潰す事も叶わない」
 
「そして、人の手に過ぎたるその威力は、地上の何処に封じようと……、仮に天界に持ち込もうとも
 いずれは誰かが禁を破り、都にいら去る災いを持ち込む事になる」
 
「災厄を退ける方法はただ一つ、
 その剣の力を必要としている異世界に、跳ばしてしまうことのみです。
 さ、後はその台座の前に」
 
「この船を、もう一度天空へと飛ばすのか?」
 
「いえ、この船には、もはやそれほどの力は残っておりませぬ。
 ですがただ一度のみ、その台座に納めた物体を異世界に転送できるようにしてあります。
 名残は尽きぬでしょうが、後はあなた様のお気持ち次第です」
 
「……これで、剣とも今生の別れか」
 
「お気持ちはお察しいたします……、ですが、その剣をこちらの世界に留め置けぬ事は、
 理解しておられるはずでしょう。
 その剣を手離した時、それでようやく、あなた様は全ての呪いから解き放たれ
 人並みの幸福を得られるのでございます」
 
「……幸福、か」
 
「……?、如何なされた?」
 
「やはり私には出来ぬ相談だよ、剣福。
 君は信じぬかもしれないが、剣に宿るは【げったぁ】の光ばかりではない。
 我が一族の剣士達の喜びも、痛みも、苦しみも、全ての想いが煌き
 この刀身を輝かせているのだ。
 彼ら一族を切り捨てねば得られぬ幸福など、私には必要ない」
 
「……殿、なれど……」
 
「なれどこの剣を、こちらの世界に留め置く事は出来ぬ。
 ならば是非も無し、とるべき道は一つのみだよ
 剣福殿、貴殿の言う戦場とやらに、剣もろとも私を飛ばして貰おうか」
 
「……! それだけはなりませぬ。
 この船で飛ばせるものは、ただ片道のみ。
 その先は未来永劫、修羅の世界が待ち受けるのです。
 ようやく全ての呪いから解き放たれたあなた様が、何ゆえ今、茨の道を求められる!」
 
「剣がざわめいておるのだよ、剣福。
 ただひたすら復讐のみに費やされた我らの生涯。
 この闘争の果てに、我らが屍を踏み越え続けた意味があると言うのならば、
 是が非でも、私はそれを見定めたいのだ。
 なぜならそれが、一族の中でも剣士として生を受けた者の運命であり、特権だからだ」
 



 
――時は一○三七年三の月。

京の都を騒がせし鬼の総大将・朱点童子は、ついに勇者の一族によって打倒され、
日ノ本に平和がもたらされた。
 
長きに渡る戦いに終止符を打ち、短命の呪いから解放された戦士たちは、
その身に宿る強大なる力を自ずから封じた後、めいめいに各地へと散った。
 
――ある者は都に留まり、武人としての本懐を全うし、
 
――ある者は仏門に帰依し、生涯を行脚の旅の中で費やし、
 
――ある者は市井の一員として、ささやかなる一生を終えた。
 
……ただ一人、家宝の神刀を携えた赤髪の青年がいずこへと消えたのか、その行方を知る者はいない。