幕間「戦鬼の笑み」

Last-modified: 2010-02-19 (金) 16:03:46

ゲッターロボ昴
幕間「戦鬼の笑み」

 

――――かつて戦いがあった。
遥か遠き異次元から人類を、否、ゲッター線を否定するため現る異形“鬼”。
それら異形の存在はゲッター線を弄ぶ地球人類に対し攻撃を仕掛け、日本列島を主に襲撃した。
対しゲッター線分野で人類最高の頭脳を持つ早乙女研究所は、戦闘用ロボット兵器【ゲッターロボ】を開発、
犠牲を払いながら“鬼”を撃退し続ける。数多くのゲッターロボ・パイロットや民間人が死することとなった戦いは数年に及び、
最終的に新宿の壊滅、早乙女研究所の決死の自爆による敵諸共の消滅によって日本の戦いは幕を閉じ、
凄惨な真実は数多くのカバーストーリーによって覆い隠され、数年の歳月は日本と言う国から危機感を拭い去った。
……いや、真実を知る生き残りたちが遠い異世界へ去り、人々が戦う力を失った以上、そうせざるをえなかったのかもしれない。
だがしかし、人類粛清を意図した<神>にとって、同胞すらも滅ぼしたゲッターロボとその一部である地球人類は明確な脅威だ。
故に――神隼人と武蔵坊弁慶が去った惑星【第97管理外世界】……地球は、未だ狙われている。
無辜の人々を……否、人類という種を存続させるため……人類は戦い続けていた――――。

 
 

 
 

……日本列島本土、東北地方南部――山脈に覆われ落葉樹林の生い茂った山間の集落。
ひどく、寒い土地だ。日本海側から吹き付ける潮風は山脈によって冷えて豪雪を降らせ、
積み重なった雪は圧縮されてプラスチックスコップでは歯が立たない硬度の氷となる。
農業に代表される地元の産業は雪の季節に停滞を余儀なくされ、人々は春先までの長い冬を暖を取って過ごす。
そんな何処にでもある、貧しくも豊かでもないド田舎で異変は始まった。ある日、小さな――些細なことがあった。
地元の民宿に、スキー客でもない綺麗な少女が泊まりに来たのだ。
保護者も同伴せずに現れた異人に、小さな集落は少しだけ驚いた。
だが彼女は雲に覆われた鉛色の空を、色の抜け落ちたモノクロの世界を、

 

「美しい」

 

そう評し、気さくな話術で人々を惹きつけた。
格安料金でしか宿に泊まらない者が多い昨今、小さな村にお金を落とす少女は貴重な客人であり、
何時しか人々は極自然に彼女を受け入れたのだ。小さな村の、小さな交流。
……それだけで終わればどれだけ良かっただろうか……だが現実は残酷であり、村は―――“汚染された”。
そのような長話を通信機越しに聞いていた青年が、目蓋を開けて皮肉な笑みを漏らした。

 

「オイオイ、どうしたんですかミチルさん。まさか“いい話”で終わりじゃ――」

 

通信機の向こうで事態の概要を説明していた上司へ向け、青年は無遠慮に感想を漏らした。
返答は短く冷たい。

 

《来栖、貴方の思っている通りね。おそらくこの集落はもう駄目》

 

他人などまるで信用してなさそうな冷血美女――よく言えばクールビューティ、悪く言えば鉄面皮――の顔を思い出し、
彼の苦笑はつり上がった笑いへと転じる。精悍な猛獣の印象を与える176センチの肉体はしなやかで、
防寒装備の上からでもその兇器じみた四肢の冴えが分かった。今は冬山に隠してある戦闘マシンのコクピットで通信しているが、
このような文明の利器よりも銃器や刀剣のような兵装のほうが似合いといわざるを得ない、獣じみた闘志が滲み出ているのだ。
整った顔――明るいスポーツ少年のようなユーモアのある表情――を持つ青年の名は“来栖丈(くるす・じょう)”。
通信機の向こうの相手――彼の天才【プロフェッサー早乙女】の名を継ぐ者、“早乙女ミチル”の私兵である。
現実には日本政府や軍から訓練および装備、資金を提供されているとはいえ、その実態は限りなく私兵部隊に近い。
早乙女財団――ゲッター線関連技術を地球上で唯一実用段階まで進め、現在も運用する組織。
その首領たるミチルは、冷然と言い放った。

 

《“鬼”はこの集落の住民のほとんどを掌握したわ。良くて洗脳、多分――》
「――精々、連中と同じ化け物ってわけですか」
《そうね。だから見かけ次第、交渉を飛ばして射殺していいわ》

 

それはいい。こちらの犠牲を少なくしながら、効率的に敵を殲滅できる。
来栖はふと、今回の作戦に同行する日本軍――新宿壊滅を期に軍組織へと再構築された――の連中のことを考えた。
この国の軍隊は練度が高いのが売りであるが、果たして人間用の装備で何処まで“奴ら”に通用するのか。
何より、だ。ありとあらゆる吐き気のする行為を行う、異次元からの敵に対し“愛国心”だけで戦えるのだろうか?
そのことをミチルに聞くと、

 

《そのためのゲッターロボ、そして我々よ。貴方一人でも動かせるよう調整されている“それ”もね》
「ミチルさん、軍隊は人間を護るのが仕事だ。でも、あれらは違う。根本的に、人間じゃ勝てない」
《来栖は死ぬと?》

 

ミチルの冷笑――来栖は凄まじい笑みを浮かべる。
あまりにも戦闘的な、あまりにも猛獣じみた笑みだった。

 

「まさか。俺は、ゲッター線の真贋を見極めるまで死ねないんですよ」
《なら、さっさとやりなさい》
「了解」

 

コクピットから降りると、来栖はマシン外装にくくり付けていたコンテナを開く。
現るはガンメタルの無骨で禍々しい銃身――長さは1メートルを超えるだろう――を持つ重機関銃。
俗にM2キャリバーなどと呼ばれ、12.7x99mm NATO弾を使用する、日本軍や米軍で一般的な重火器だ。
断じて歩兵が携行するものではない重量物を青年は軽々と持ち上げ、あらかじめ踏み固めていた雪の上の三脚に載せる。
独自の改造の結果、弾丸の有効射程距離に合わせたスコープが乗ったそれを構え/支え、来栖丈は神妙な顔で照準。

 

「こりゃ酷い」

 

スコープの先には地獄が広がっていた。拡大視界の先は、濃密な血臭がしそうな光景だった。
逃げ惑う僅かな生き残りの人間……小さな子供たちや屈強な大人を、死体のような黒ずんだ肌の異形/ヒトガタが、

 

――――喰らっている。

 

喉笛を噛み千切る、内臓を引きずり出す、四肢を引っこ抜く、牙を突きたてて生き血を啜る――――。
そのように人間の尊厳を冒す黒ずんだ肌の化け物こそ、異次元の因子に犯されたヒトの成れの果て。
鋭いカギ爪と重傷を負わない限り蘇る異能、そして憎悪と食欲に突き動かされる怪物だった。
唯一の救いはその怪物に人間だった頃の面影はなく、知性や人格すらも消え去っていることのみ。
だからこそ、だろうか。来栖丈は燃え盛りそうな正義感と嫌悪感を押さえつけ、
ただ一人の“簒奪者(ゲッター)”でいられた。
そう、奴らの天敵、ゲッター線を矛とする兵器を駆る者。
獰猛な溜息を吐き、スコープ越しに失われる命を見つめて敵の密集を待つ。
敵の中枢である“来訪者”を誘き出すための、犠牲を強いる作戦。
果たしてどれほどの時刻が過ぎ去っただろうか。
みっしりと集まった鬼の群れ/ヒトだった犠牲者。
今が、そのときだ。

 

「さようなら」

 

引き金が静かに引き絞られる。
それは、そう。戦士にとっての哀悼と憎悪と狂気の時。
圧倒的な暴力が、12.7ミリの破壊の顎(あぎと)が、恐るべき精確さで銃身から吐き出された。
歓喜を告げるが如きマズルフラッシュの炎と共に、火薬の破裂音が響く。

 

――――ドガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッッッ!!

 

ザクロのように頭蓋骨の欠片と脳漿が撒き散らされた。
引き千切られた四肢が軽々と宙を舞った。
子供の姿をした鬼が人間と同じ色の鮮血を噴出した。

 

死んでいく。死んでいく。ただひたすら無力に死んでいく。
肉食獣と狩人の間にある決定的な差が露呈し、獣の群れが無残かつ残虐にミンチに変わる。
だがしかし。それでも三千人に及ぶであろう住人のほとんどが、鬼となったのである。
つまりその銃火は焼け石に水、如何にも派手だが物量を埋めるほどではない。
優秀な指揮官に操られる鬼――その群れは、来栖のいる山に向かって殺到した。
殺意の塊となった醜悪な死者の群れ。まるで津波だったが、狙われている青年の顔には笑みさえ浮かんでいた。

 

「バァカ」

 

刹那、重砲の恐るべき炸裂が花開く――軍の支援砲撃だ。
あっという間に砲火の衝撃に飲み込まれ、雪を肉片と血で染め上げる鬼の群れ。
まるで砂塵のように宙を舞う死骸は、さしずめ銀世界を汚す悪魔のそれだった。

 

『―――嗚呼、なんて愚かしい』

 

不意に、ぞっとするほど冷ややかな声が集落全体に響く。

 

『人間は斯くも惨めな存在だというのに、何故抗う?』

 

甘い響きを持ちながら、何処までも人間を嘲笑する魔性の声。
すなわち――来栖丈とミチルたちが待ちわびた、敵の指揮官の登場だ。
それは成る程、どう見ても人間の少女――それも極限まで美しさを磨いた魔女のような――だった。
淡く揺れる漆黒の髪の毛、雪色の白く滑らかな肌、魔人のみが浮かべうる、絶対的悪意に裏打ちされた笑み。
スコープ越しでさえ分かるのは、その少女が人間ではなくもっとおぞましい何かだという確信だ。
あるいは恐慌だろうか。その場を支配し、蹂躙するキルゾーンを形成する軍の攻撃が、少女に集中した。
頭が弾ける。脚がもげる。臓腑が撒き散らされる。焼夷弾が跡形もなく灰に還す。
そうして、少女と呼べた存在は崩れ落ちる。ほっと、軍の人間たちも息を吐いた。
来栖の顔は、だが安堵などしていなかった。

 

「……化け物め」
『あは、あはははははははっ!』

 

ぐちゃぐちゃの肉と灰に分解されたハズの少女が、哂った。
如何なる妖術だというのか。原形を留めぬ原子の一欠けらさえもが、少女の姿をした魔人に御され、
再び極上の美少女を形作っていく。美麗な存在の修復でありながら嫌悪と狂乱のみを呼ぶ光景だ。
やがて、髪の長い裸婦となったそれが、うふふふふ、と微笑む。

 

『黒平安京を継ぐ私、陰陽師“芦屋道満”に、汝らの火が効くものかァ!』

 

すっ、と左手が翳された。陰陽の呪術陣が瞬時に描かれ、

 

『死ねよやぁ!』

 

極太の黒い光となりて、砲撃陣地が敷かれていた山腹を消し飛ばす。
ジワジワと伸びた暗黒の光線は、しかし逃げる暇もなく軍人たちを暗黒の質量体へと塗りこめ、
何一つ知覚出来ない闇――人格を陵辱する漆黒によって破壊。悲鳴と絶叫が山彦になって響いた。
続いて山という極限の質量の塊はあっという間に崩れ去り、砂山の如き土石流が付近の村や峠を飲み込んだ。
文明など無かったといわんばかりの破壊……まさに、地獄。

 

『あははははは! なんと弱い、なんと惨めだ、まるで虫けらだ!』

 

圧倒的絶望。
或いは、ヒトはそう形容するのかもしれない。
人間には抗えぬ悪意であると、そう諦めるのだろう。
却説(さて)、しかし簒奪者は違う。来栖丈は、違うのだ。
彼は戦闘マシンのコクピットに乗り込むと、休眠していた悪魔の心臓を稼動させる。
緑色の燐光が機体の動脈を駆け抜け、ギギギ、と炉心の復活を祝福している。
禍々しい波動を感知し、少女――“芦屋道満”が来栖の、否、マシンの潜む山を睨む。

 

『っ! まさか――』
「バカが。勝ち誇るのは勝った後だろうがァァァ!!」

 

――――来栖に宿る戦意はもはや、冷徹に制御されながら鋼鉄の血管を駆け巡る燃料であり、焔そのもの。
故に彼という簒奪者は戦場に満ちる絶対的悪意を笑い飛ばせる、いや、跳ね除けて握り潰す。
そうしなければ、先人たちが駆け抜けた真理の扉へ行き着くことなど出来ぬのだから。

 

魔人、芦屋道満は叫ぶ。

 

『お前は、お前は――――!!』

 

山が、崩れた。
現れるのは、刃金。
重厚にして覇者の輝き、ゲッター線の光輝だ。

 

《そういうこった、ゲッターロボよォ!!》

 

蛇腹状の長くしなる腕が雪原を突き破る。
太く逞しい二本の脚が大地を震撼させる。
この世の如何なる兵器よりも分厚い正面装甲が、灰色に輝いた。
丸いヘルメットのような頭部に、緑色のツインアイ。
その巨人の名は<ゲッターロボ改>……早乙女財団の保有する最強・最悪の対鬼獣用殲滅兵器。
通称“ゲッター3”と呼ばれる重火力、高出力の局地戦対応形態である鋼を操るものこそ。

 

《新生ゲッターチーム、来栖丈。お前たちの天敵だ!》

 

時空(とき)を超え、戦士たちは出会うだろうか。
……運命の邂逅まで――――僅かな時の針が回る。