日本製「先行者」開発プロジェクト 第二話

Last-modified: 2010-10-30 (土) 00:31:58

先行者を格納庫に入れ、操縦席から降りた僕を、機甲部隊の面々が迎えてくれた。
作業服を着た男たちの集団の中から、一人の少女が歩み寄ってくる。
 
「おかえりなさい」
 
彼女は王大尉の娘、王梨華(ワン・リーファ)ちゃんだ。
歳は少年兵の俺よりも下で、15歳だ。
肩で揃えた栗色の髪の毛が可愛い。
ちょっと内気気味で、儚げな雰囲気がある所が、なんていうか、いい。
 
恥ずかしくて口には出せないけど、密かに好意を抱いている。
妹が成長してたら、こんな感じになってたんだろうか?
 
だがそれは俺だけではなく、他の部隊員も
彼女に家族だったり恋人だったりの面影を見ているようだった。
そうして彼女は「機甲部隊のオアシス」と呼ばれているのだった。
 
「よう!」
 
後ろから肩を叩かれた。
振り返ると俺の親友がいた。

「無事に帰ってきたか? 先行者に傷なんてつけてないだろうな!」
「大丈夫、大した敵はいなかった。一発も喰らわなかったよ」

コイツもあの夏に先行者の操縦士に志願した一人だ。
俺と同年代だったので、すぐに打ち解けることができた。
訓練の成績はコイツの方が上だったのだが、何故か俺が操縦士に選ばれてしまった。
それが理由で出撃の度にからかわれている。
 
名前は無い。というか、知らない。
俺と同じく王大尉が認めてくれるまで名乗れないのだ。
さすがにそれでは不便なので、部隊内では「英雄」で通っている。
大層なあだ名だが、自分で「そう呼んでくれ!」と
喧伝しまくった結果なので全く度しがたい。
 
と、人だかりの向こうに王大尉が見えた。大尉も出迎えに来てくれたのか。
僕は大尉に駆け寄って一つ質問をした。
 
「大尉、次の出撃はいつですか?」
 
今回の敵部隊はあまり規模が大きいものでは無かった。
日本軍全体に与えた打撃もきっと大したことないだろう。
ならば、いつまでもグズグズしてられない。
早く戦場に出て、もっと日本軍を叩かなければ。
 
僕はこの戦いを終わらせるために先行者の操縦士になったんだ。
 
「……お前はいつもそれだな」
 
しかし大尉は、呆れ顔でそう言った。
 
「言っただろう、"帰ったら宴会だ"と。
 とにかく、ご苦労だった。今は体を休めておけ」
 
「ほら貴様ら、何してる!さっさと宴会の支度をせんか!」
 
王大尉の怒号を受けて、機甲部隊の人たちは慌ただしく散って行った。
 
……宴会か。そんなことをしてる場合ではないと思うのだが。
しかし指令が無い以上、焦っても仕方が無い。
黙って先行者を持ち出すわけにも行かないし……。
 
つかの間の平和になることを信じて、とりあえず宴会に興じようと決心するのだった。

 

 

「博士!首相から電話ですが……」
 
「分かった、通してくれ」
 
ここは日本の浅間山に聳える"早乙女研究所"。
宇宙開発用マシンの研究開発を、政府の援助を受けて行っている。
そんなわけで、政府関係者から電話がかかってくるのはそう珍しくなかった。
 
しかし、首相直々の電話はさすがに稀だった。
所長の早乙女博士は多少驚きながら電話に出た。
 
「……はい、こちら早乙女」
『やあ早乙女博士。調子はどうだね?』
「おかげさまで。今日は何の用件で?」
『君の所で開発してる、ゲッター線を用いたロボットについてなんだがね』
 
ゲッター線とは、近年早乙女博士が発見した宇宙線の一種である。
今まで見つからなかったのが不思議なくらい常に宇宙に満ちていて、
わずかな量でも膨大なエネルギーに変換できる。
そのため科学者たちの注目を一気に集め、"魔法の光体"と呼ばれ
持てはやされるようになった時代の寵児だ。
 
早乙女博士はそのエネルギー効率の良さと採集の容易さに着目し、
1年以上前からゲッター線を動力源にしたロボットを開発していた。
そして、それは既に8割方完成していたのだが……。
 
『あれを軍事用に改修してもらいたい』
 
「……何! 軍事用に? 何故ですか?」
 
『君は知らないと思うが、現在、中国軍が開発した新兵器が戦場で大活躍中だ。
 我が日本軍のRA部隊を蹴散らして、ね』
 
『困るんだよね、それじゃあ。日本製RAの性能アピールにならない。
 下手したらこの先のRA市場を中国に独占されてしまうかもしれない。
 それでは折角しかけた戦争が無駄になってしまう』
 
早乙女博士は"くだらない"戦争の理由を聞かされて、内心穏やかで無くなった。
しかし政府から援助を受けている手前、下手なことは言えない。
 
『日本の技術が奴らよりも上だってことをどうしても見せつけてやらねばならない。
 つまり、日本側も新兵器を開発しなければならない』
 
『そこで早乙女研究所の出番だ。ゲッター線は今の最先端技術だからな』
 
『先端科学であるゲッター線を用いたRA……。日本の技術力を示すにはピッタリだ』
 
「しかし、あれは惑星探査用に開発されたもので」
 
早乙女博士は反撃を試みた。
ゲッター線の研究を始めたのはここ最近のことだが、宇宙開発用ロボットは
この道に入ってからずっと続けてきた研究だ。
今開発してるロボットは、長年の研究がついに実を結んだ
"集大成"とも言える重要なものだった。
 
当然、博士はそんな大事なロボットを戦場送りにしたくなかった。
 
「戦闘用には向かないと思いますが……」
 
『何を言ってる。宇宙の過酷な環境に耐えられるならば、戦場にも耐えられるはずだ』
 
「それは……そうかもしれませんが」
 
なおも何か言おうとする早乙女博士を遮り、首相は続けた。
 
『嫌なら、もう資金を打ち切ってもよいのだぞ。
 私がRA企業の援助を受けていることは知ってるだろう?
 利益にならないことは続ける意味が無い』
 
『では、よろしく頼むよ』
 
そうして電話は切れた。
 
ついに抜かれた伝家の宝刀。
早乙女博士は「兵器を作るか、研究を中止するか」の2択を迫られる形になった。
 
確かにアレを兵器に転用することはそう難しくないだろう。
ゲッター線で精製した特殊合金は高い防御力を誇っているし、
数々の障害を排除するために最低限の武装もしている。
 
だが、自分の人生の集大成を兵器として使ってほしくない。
しかし、断ったらこの研究所自体が潰れてしまうかもしれない。
 
早乙女博士はため息をつきながら窓から空を眺めた。
今の気分とは裏腹に、雲ひとつない青空だった。