前橋藩

Last-modified: 2010-03-24 (水) 13:29:06

前橋藩 まえばしはん

現在の群馬県前橋市にあった藩

厩橋藩(うまやばしはん)とも呼ぶ

藩の成立

1590年に徳川家康豊臣秀吉に命令され関東に行くことになりました。

その時に徳川家康が家臣の平岩親吉にこの地に3万3千石を与えた

1600年に関ヶ原の合戦があり、徳川家?が勝利すると、平岩親吉甲府藩?転封される。

そして酒井重忠がこの地にやってきた。

それまでこの地は厩橋と呼ばれていたが、酒井家?が入った時前橋という名称になった。

江戸時代の前橋藩の様子

●三代目藩主となった酒井忠清は、将軍・徳川家綱の時代に大老に抜擢され、大活躍した。

忠清は江戸幕府に仕えていたため、ほとんど前橋藩の藩政を行うことが無かった。

●九代目藩主の酒井忠恭?江戸幕府において老中首座となった。その際に播磨国?姫路藩?転封となり、新たに姫路から越前松平家が前橋藩の藩主となった

●1699年に水害があり、城が半壊してしまう。財政難のため城を修復することができず、一時は廃藩にまでなってしまった。
が、1863年に再び修復が始まり、前橋藩が復活した

廃藩置県によって前橋県となり、その後群馬県に編入となった。

居城

前橋城?

1699年にものすごい水害にあってしまい、利根川が氾濫し城の半分が壊れてしまった。

歴代藩主

一代目・・・酒井重忠(さかいしげただ)
二代目・・・酒井忠世(ただよ)大老になる
三代目・・・酒井忠行?(ただゆき)
四代目・・・酒井忠清(ただきよ)大老になる
五代目・・・酒井忠挙?(ただたか)
六代目・・・酒井忠相?(ただみ)
七代目・・・酒井親愛?(ちかよし)
八代目・・・酒井親本?(ちかもと)
九代目・・・酒井忠恭?(ただずみ)老中首座になる
十代目・・・松平朝矩?(まつだいらとものり)
十一代目・・・松平直克?(なおかつ)
十二代目・最後の藩主・・・松平直方?(なおかた)

祐筆