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徳川家康

Last-modified: 2010-03-02 (火) 10:01:48

生まれ Edit

どんな人? Edit

豊臣をやっつけて天下をゲット!
鳴くまで待って徳川幕府を作った日本一の政治家
この人に関しては、ココでいうコトほとんどなし
誰もが知ってるニッポンの将軍

おいたち年表 Edit

1542年12月26日1歳岡崎城主松平広忠と正室の於大の方嫡男として生まれる。幼名は竹千代
1544年9月3歳水野信元於大の方の兄)が織田信秀に随身して今川家に背いた為、
松平広忠於大の方と離別する  
1547年6歳駿河の今川義元のもとに竹千代を人質として差し出す。
が、その途中、田原城主戸田康光?により竹千代が奪われてしまい、
尾張の織田信秀のもとへ送られる  
1549年8歳24歳の松平広忠が家臣の岩松八弥?に暗殺されてしまう   
1555年3月14歳元服。松平二郎三郎元信と名乗る   
1557年1月16歳今川義元の姪である築山殿と結婚する(関口義広?の娘)   
1558年2月17歳初陣。今川義元の命令で三河寺部城を攻め、追撃してきた織田軍を破る 
1559年18歳正室・築山殿との間に長男・信康が誕生する  
1560年19歳桶狭間の戦い今川義元織田信長に討たれる   
1560年 歳今川家敗戦に紛れて三河を平定する   
1562年1月21歳織田信長との間に同盟を結ぶ  
1562年9月 歳今川軍を破る 
1563年22歳長男・信康と信長の娘・徳姫が婚約  
1563年7月 歳家康と改名する   
1563年 歳三河で一向一揆が起きる  
1564年2月23歳一向一揆を平定する   
1565年24歳三河にて三河奉行を置く。天野康景本多重次高力清長を奉行に任命する  
1565年 歳側室との間に督姫が生まれる  
1566年25歳徳川姓を名乗る。従五位下三河守に叙任   
1567年26歳長男の徳川信康徳姫が婚儀を行う  
1568年27歳武田信玄が駿府へ侵攻してくる   
1569年28歳遠江を平定する。武田信玄に対して不信感を持つようになる  
1570年2月29歳織田信長が上洛。一緒に行く。 
1570年4月 歳織田信長の朝倉攻めに従う  
1570年6月 歳姉川の合戦。浅井・朝倉連合軍を破る   
1570年10月 歳武田信玄との不仲が決定的となる。上杉輝虎?と盟約を結ぶ   
1572年12月31歳三方ヶ原の戦い武田信玄に大敗し、浜松城へ逃げる  
1573年32歳上杉謙信に太刀を贈る   
1573年4月 歳武田信玄が死去する   
1573年7月 歳榊原康政本多忠勝らに命令して武田軍の長篠城を攻める  
1573年8月 歳武田軍の奥平貞能奥平信昌武田勝頼を見限り、家康に内応する。
この時、家康は長女の亀姫奥平信昌に嫁がせることを約束する  
1573年9月 歳武田家の長篠城?を落とす  
1574年33歳側室のお万の方に次男が誕生(のちの結城秀康)する   
1574年4月 歳武田家の犬居城を攻めるが撤退する   
1574年5月 歳武田勝頼に高天神城を包囲され、落とされる   
1575年4月34歳家臣の大賀弥四郎が武田に内通していたため処刑する   
1575年5月 歳長篠の戦いに勝利する   
1576年4月35歳側室のお愛の方に三男の徳川秀忠が生まれる   
1576年7月 歳奥平信昌と亀姫が婚姻する   
1577年36歳武田勝頼が攻めてくるが、退去させる   
1578年37歳織田信長と鷹狩りを楽しむ  
1579年38歳側室のお愛の方に四男の徳川忠吉が生まれる  
1579年 歳織田信長に命令され、正室の築山殿を殺害し、長男の徳川信康を切腹させる  
1581年40歳武田の高天神城を攻め落城させる  
1582年41歳武田の穴山梅雪が家康に内応する   
1582年3月11日 歳武田勝頼が天目山にて自刃。武田家が滅亡する   
1582年3月29日 歳織田信長に駿府を与えられ、駿府・三河・遠江の大名になる   
1582年5月21日 歳織田信長に誘われ京都へ。その後堺で松井友閑の接待を受ける   
1582年6月2日 歳本能寺の変。信長死去を聞き、急いで伊賀超えして岡崎へ戻る  
1583年1月42歳織田信雄と会見する  
1583年 歳羽柴秀吉に明智光秀を討ったお祝いを贈る   
1583年 歳羽柴秀吉から太刀を貰う   
1583年9月 歳側室に五男の徳川信吉が生まれる  
1584年43歳従三位となる   
1584年3月 歳織田信雄が秀吉に通じていた岡田重孝らを殺害し、秀吉に対立する  
1584年 歳織田信雄を救援するため浜松を出る   
1584年4月 歳小牧・長久手の戦い。羽柴秀吉に勝利する   
1584年11月 歳織田信雄が家康の許可を得ず秀吉と和議。そのため家康も秀吉に従わざるを得なくなる   
1584年12月 歳秀吉のもとに次男の於義丸(結城秀康)を養子(人質)として送る   
 歳   
 歳   
 歳   
 歳   
 歳   

女性関係 Edit

正室には運がない
最初の正室・築山殿織田信長に殺されるし、二人目の正室旭姫豊臣秀吉の妹で政略結婚。どっちかというと旭姫のほうがお気の毒

女性のことは、子供を産む道具にしか思ってない感じがありあり
出戻りとか、とにかく子供を産める女性を側室においてた
じーさんになってからはピチピチギャル(今の中学生・高校生くらい)ばかりを側室においた

逸話 Edit



関連のある人々 Edit

父・・・松平広忠
母・・・於大の方

異母弟妹
松平家元
内藤信成
松平忠政
樵臆恵最
市場姫

異父弟
松平康元
松平康俊
松平定勝

正室

正室・・・築山殿(清池院) 関口親永?
継室・・・旭姫(朝日姫とも)(南明院) - 竹阿弥娘、豊臣秀吉

側室

下山殿(妙真院) ・・・秋山虎康の娘
お万(養珠院) ・・・ 正木邦時の娘
小督局(長勝院) ・・・永見吉英?の娘
西郷局(竜泉院) ・・・戸塚忠春の娘
お竹(良雲院) ・・・市川昌永の娘
茶阿局(朝覚院) ・・・花井某娘
お夏(清雲院) ・・・ 長谷川藤直の娘
お梶(英勝院) ・・・ 太田康資の娘
お梅(蓮華院) ・・・ 青木一矩の娘
阿茶局(雲光院) ・・・飯田直政の娘
お牟須(正栄院) ・・・三井吉正?の娘
お亀(相応院) ・・・ 志水宗清の娘
お仙(泰栄院) ・・・ 宮崎泰景の娘
お六(養儼院) ・・・ 黒田直陳の娘
西郡局(蓮葉院) ・・・鵜殿長持の娘
法光院
三条氏
松平重吉

男子
長男・・・松平信康(母:築山殿
次男・・・結城秀康(母:小督局
三男・・・徳川秀忠(母:西郷局
四男・・・松平忠吉(母:西郷局
五男・・・武田信吉(母:お津摩?
六男・・・松平忠輝(母:茶阿局
七男・・・松平松千代(母:茶阿局
八男・・・平岩仙千代(母:お亀
九男・・・徳川義直(母:お亀
十男・・・徳川頼宣(母:お万
十一男・・・徳川頼房(母:お万

女子
長女・・・盛徳院(母:築山殿) ・・・奥平信昌
次女・・・良正院(母:西郡局) ・・・ 北条氏直室のちに池田輝政
三女・・・正清院(母:お竹) ・・・ 蒲生秀行浅野長晟
四女・・・松姫(母:お梶
五女・・・市姫(母:お梶

養子

松平家治? ・・・ 奥平信昌次男、家康の孫
松平忠政 ・・・ 奥平信昌三男、家康の孫
松平忠明 ・・・奥平信昌四男、家康の孫
良純入道親王 ・・・後陽成天皇第八皇子

養女

小松姫(大倫院) ・・・本多忠勝の娘、真田信之正室
満天姫?(葉縦院) ・・・松平康元の娘、福島正之妻→津軽信枚正室
栄姫?(大凉院) ・・・保科正直の娘、黒田長政継室
阿姫?(光照院) ・・・松平定勝の娘、山内忠義正室
蓮姫?(長寿院) ・・・松平康直の娘、有馬豊氏
国姫?(栄寿院) ・・・本多忠政の娘、堀忠俊妻→有馬直純継室
亀姫(円照院) ・・・本多忠政の娘・小笠原忠真
万姫?(敬台院) ・・・小笠原秀政の娘、蜂須賀至鎮
久松院? ・・・松平康元の娘、田中忠政妻→松平成重継室
浄明院 ・・・松平康元の娘、中村一忠妻→毛利秀元継室
唐梅院 ・・・松平康親の娘、井伊直政正室
高源院 ・・・岡部長盛の娘、鍋島勝茂継室
清浄院 ・・・水野忠重の娘、加藤清正継室
貞松院 ・・・保科正直の娘、小出吉英
昌泉院 ・・・牧野康成の娘、福島正則継室
女 -・・・松平家清の娘、浅野長重
女・・・ 松平康元の娘、松平忠政(大須賀忠政)妻・菅沼定芳正室
女・・・松平康元の娘、岡部長盛継室

家臣

徳川十六神将
酒井忠次・・・徳川四天王
本多忠勝・・・徳川四天王
榊原康政・・・徳川四天王
井伊直政・・・徳川四天王
松平康忠松平家忠
平岩親吉
鳥居元忠
鳥居忠広
大久保忠世
大久保忠佐
内藤正成
服部正成
高木清秀
米津常春?
渡辺守綱
蜂屋貞次植村家政

他の家臣

大須賀康高
板倉勝重
戸田忠次
水野忠重
渥美勝吉
安藤直次
酒井重忠
松平定勝
本多俊正

祐筆の人物批評 Edit

由衣・・・人生の師ともいうべき人です。世界中で戦が絶えない中、日本は300年も平和を築いてきました。江戸幕府という形を作ったからです。

あいら・・・江戸っ子なんで家康が幕府開いてくれてよかったでーす [heart]

祐筆 Edit

●一番手・・・ハガクレ
●二番手・・・愛