生まれ
いしかわさだきよ
生まれも没も不明
どんな人?
豊臣秀吉に仕えていた
秀吉のもとでは、金切裂指物使番として仕えていた。
関ヶ原の合戦では西軍に入り、居城の犬山城で籠城した。
一緒に籠城したのは稲葉貞通・稲葉方通?・加藤貞泰・関一政・竹中重門ら。
が、一緒に籠城?してた仲間は密かにに東軍の井伊直政に密書?を送って内応していたため、引き上げてしまう。
そのため貞清は犬山城を出て本戦に参加
宇喜多秀家隊の右翼、口北野付近に陣したが敗北してしまう
その後所領は没収されちゃうんだけど、犬山籠城?中に東軍に加担した木曽郷士らの人質を解放したことが評価されたのと、池田輝政の働きかけにより黄金千枚で助命された
剃髪して京で隠棲し、茶人・商人(金融業)として余生を過ごした。
逸話
●子孫は商人となった
●石川貞清の妻は、真田幸村の七女おかね(於金殿)
関連のある人々
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祐筆の人物批評
祐筆
●一番手・・・ハガクレ