室町時代のできごと の変更点


&size(30){室町時代年表};
''この日本の歴史ウィキでの室町時代は1333年の[[鎌倉幕府]]滅亡から1467年の[[応仁の乱]]まで、であろうと推察します。''

*室町時代の始まるまで [#pf18d50b]
詳しくは[[鎌倉時代のできごと]]へ

鎌倉時代も末期となると、[[悪党]]と呼ばれる[[武士]]の集団が[[荘園]]を襲い、[[年貢]]を奪ったりしていた。
時の天皇である[[後醍醐天皇]]も[[倒幕]]を目指すものの、1324年に露見してしまい、[[後醍醐天皇]]は「知らぬ事」と言い処分を免れたものの、[[土岐頼兼]]や[[多治見国長]]らの武将は討伐され、[[日野資朝]]や[[日野俊基]]らは「自分らが企てた事だ」と言うも、幕府は、資朝に関しては死刑にすると言いながらも隠岐に流し、俊基らについては放免した。([[正中の変]])

1331年には、[[足利貞氏]]が没し、家督を[[足利高氏>足利尊氏]]が相続した。
1333年、高氏は後醍醐天皇より尊治の一字を賜り、尊氏と改名する。


*1333年---持明院統・正慶2年---大覚寺統・元弘3年--- [#m34d6a45]

[[鎌倉幕府]]滅亡。

*1334年---建武元年--- [#p9899e4c]

[[護良親王]]、京へ護送される。

*1335年---建武2年--- [#u20cc2e9]

3月 鎌倉宝戎寺、建立祈願。
   [[後醍醐天皇]]が発願し、[[足利尊氏]]が実行する。
7月 北条時行が挙兵する。
   足利方を破り、鎌倉へ。
   
11月 [[新田義貞]]が、朝廷の命により尊良親王を奉じて東国へ向かう。
12月13日 [[足利尊氏]]は、箱根を越えて伊豆国府を攻め、[[新田義貞]]勢を破る。
   19日 [[朝廷]]が[[新田義貞]]に帰洛を命じる。

*1336年---------------------------------- [#qe9bde97]

1月11日 [[足利尊氏]]が京に入る。

       [[北畠顕家]]が兵をおこして鎌倉を襲い、尊氏軍を急追し、
       近江坂本で[[新田義貞]]勢と合流する。
    
1月30日 [[足利尊氏]]は丹波に脱出。

2月12日 [[足利尊氏]]が九州へ逃れる。
      途中、[[光厳上皇]]の[[院宣]]を入手する。


2月20日 [[足利尊氏]]が長門赤間関に到着する。


2月25日 [[少弐貞経]]は子息である頼尚を尊氏を迎えに送る。


2月29日 [[少弐貞経]]が[[菊池武敏]]に攻められ自害する。


3月2日 [[多々良浜の戦い]]
     [[足利尊氏]]は多々良浜で[[菊池武敏]]を破り、太宰府に陣を構える。

4月3日 [[足利尊氏]]が九州を出発する。

5月10日 [[足利尊氏]]は海路、[[足利直義]]は陸路を進む。

5月25日 [[湊川の戦い]]
      後醍醐方の[[楠木正成]]が一族と共に自刃。
      [[新田義貞]]は丹波に敗走。

5月27日 [[後醍醐天皇]]が京から比叡山に移る。

6月14日 [[足利尊氏]]が、[[光厳上皇]]・[[豊仁親王>光明天皇]]と共に京に戻る。

8月15日 [[豊仁親王>光明天皇]]が即位し、[[光明天皇]]となる。

10月10日 [[後醍醐天皇]]が、[[足利尊氏]]との間に和睦が成立し、京へ戻る。
       [[新田義貞]]が越前金崎城に向かう。

11月2日 [[後醍醐天皇]]が[[光明天皇]]に神器を授ける。(この神器は偽物だった。)

11月7日 [[足利尊氏]]が[[建武式目]]を定める。

12月21日 [[後醍醐天皇]]が[[神器]]を持って、密かに京を脱出。
       吉野に御幸する。

       南北朝の分裂が決定的となる。

*1337年---------------------------------- [#pb5621f8]

3月 [[高師泰]]率いる[[足利尊氏]]勢の攻撃に金崎城落城
   [[尊良親王]]と[[新田義顕]](義貞長子)が自刃。
   [[恒良親王]]は京に護送される。
   [[新田義貞]]は杣山城へ逃げる。

8月 後醍醐勢の[[北畠顕家]]が、利根川で足利方の[[上杉憲顕]]・[[細川和氏]]を破る。

12月23日 [[北畠顕家]]が鎌倉攻略。

*1338年---------------------------------- [#ecff2257]
5月 2日 [[北畠顕家]]、[[高師直]]勢と和泉で戦い、討死。

      [[新田義貞]]、越前藤島で[[斯波高経]]、[[斯波家兼]]勢により、討死。

8月11日 [[足利尊氏]]、北朝から[[征夷大将軍]]に任ぜられる。([[室町幕府]])

*1339年---------------------------------- [#m348df2e]
8月16日 [[後醍醐天皇]]崩御。[[後村上天皇]]即位。

*1340年---------------------------------- [#bad24088]
5月 [[高師冬]]が常陸駒城を落とす。

*1341年---------------------------------- [#nbe7ed09]
6月 [[北畠親房]]が[[高師冬]]を破る。

*1342年---------------------------------- [#z2216eb5]
5月 南朝の征夷大将軍である懐良親王が、薩摩に到着する。
6月 懐良親王勢が足利方の島津貞久を破る。

*1343年---------------------------------- [#x758ff4c]
11月 関・大宝の両城が落ち、北畠親房は吉野に敗走する。

*1344年---------------------------------- [#s9393286]
3月 足利尊氏・直義兄弟が高野山に参詣する。

*1347年---------------------------------- [#jebeee68]
  楠木正成の子・正行が、紀伊・河内などで活動を始める。

9月17日 細川顕氏が、河内藤時にて楠木正行と戦い、敗れる。
11月26日 細川顕氏が、摂津住吉にて楠木正行と戦い、敗れる。
12月 九州にて懐良親王の動きが活発化する。

*1348年---------------------------------- [#s9a91901]
1月5日 楠木正行が、河内四条畷で高師直勢に敗れ、敗死する。([[四条畷の戦い]])

この年、後村上天皇、紀州賀名生に避ける。
また、幕府は島津貞久に薩摩の南朝方誅罰を命じる。

*1349年---------------------------------- [#f0ad27fa]
4月 足利直義の提案により、足利直冬が長門探題に任ぜられ、この月に京都を出発する。

6月7日 足利直義と高師直の不和。
     足利尊氏と足利直義が会議し、
     高師直は執事職を辞職させられる。

8月14日 高師直がクーデターを起こし、足利尊氏邸を包囲する。後に和解する。
      足利直義は出家し、上杉重能・畠山直宗は越前に流される。

8月下旬~9月上旬? 足利直冬が不穏な態度を見せていた事から、尊氏が直冬追討令を下す。

9月 足利直冬が鞆津にて高師直勢により襲撃を受け、九州へ逃れる。

12月 高師直の指示により、上杉重能・畠山直宗は殺される。

*1350年---------------------------------- [#x0b59683]
6月 高師泰が九州に向け出兵する。
   これに乗じて、直義は京都を脱出し南朝に降る。

10月 足利直義・直冬が、少弐・大友などを味方につけて大宰府にて挙兵。
    足利尊氏は、高師直と共に大軍を率いて京を出発。

11月 足利直義が高師直・高師泰の討滅名目で御教書を出す。

12月 足利直義が後村上天皇から論旨を与えられる。

    高師冬が上杉憲顕に追われ、甲斐へ逃げ込む。
    足利尊氏は、そのため京へ兵を返す。

*1351年---------------------------------- [#rf9d060d]
1月4日 直義方の桃井直常が、近江の坂本へ討ち入る。

1月15日 足利義詮は京を放棄。
     一方、桃井直常は京に兵を入れる。

1月16日 足利尊氏・義詮が四条河原にて桃井直常と激突する。
     尊氏・義詮は播磨へ敗走。

1月17日 高師冬が上杉勢に追い詰められて自害する。

2月17日 足利尊氏勢が兵庫打出浜にて敗れる。

2月21日 足利尊氏が申し出た和議が成立。

2月26日 高師直と高師泰が出家、足利尊氏一行と京に向かう。
     途中、上杉・畠山の兵により、高師直・高師泰は殺される。

7月19日 足利直義が政務を辞退する。
     足利義詮がその職を代掌する。

8月1日 足利直義が京を脱出。

11月4日 足利尊氏が、足利直義追討軍を率いて東国へ向かう。

11月15日 足利直義が鎌倉へ入る。

*1352年---------------------------------- [#ua407451]
1月2日 足利直義が相模早河尻で敗れ降伏する。
2月10日 足利義詮が北畠顕能と楠木正儀に追われ近江に遁走する。
2月26日 足利直義が死去。
3月 足利義詮が京に戻る。

*1353年---------------------------------- [#ue025eef]
6月 足利直冬・山名時氏らの攻勢により、足利義詮は京を奪われ、自身は美濃へ敗走する。
7月 足利義詮、京に戻る
9月21日 足利尊氏、京に到着

*1354年---------------------------------- [#s6f800f0]
4月17日 北畠親房が亡くなる。

12月 足利直冬が南朝方大将として、京都奪還を目指す。
    足利尊氏が後光厳天皇を奉じて、近江武佐寺へ逃れる。

*1355年---------------------------------- [#m9d53d13]
1月 足利直冬が桃井直常・斯波氏頼・山名時氏と京に入る。

2月足利尊氏・義詮が南朝勢を破る
   続く洛中の激戦でも勝利を得る。
   後光厳天皇が京に戻る。
*1357年---------------------------------- [#t4454281]
2月 光厳・崇光上皇、直仁親王、南朝から帰京する。

*1358年---------------------------------- [#kd086c02]
4月 足利尊氏が背中にできた腫れ物が原因で病床につき、30日に亡くなる。

8月23日 足利義満が生まれる。

12月28日 足利義詮が征夷大将軍に任ぜられる。

*1359年---------------------------------- [#lbc630f3]
7月 九州の南朝方・菊池武光が、少弐頼尚を攻撃する。

8月 [[筑後川の合戦]]が起こる

11月 畠山国清が足利基氏の御名代として上洛する。

12月 足利義詮が大軍を率いて京を出発する。

*1360年---------------------------------- [#aa4448f9]
4月 畠山勢が、紀州竜門山の四条隆俊を破る。

5月 細川清氏が南朝方・楠木正儀の赤坂城を陥落させる。

7月 畠山国清・細川清氏・土岐頼康・佐々木道誉が、政敵である[[仁木義長]]の討滅を計画する。

*1361年---------------------------------- [#s67fe6d9]
9月23日 細川清氏が若狭に逃げ落ちる。

10月 細川清氏が南朝に降る。

11月 畠山国清が足利基氏に背き伊豆へ去る。

12月 南朝方、四条隆俊を大将として、楠木正儀、細川清氏、京に迫る。
    足利義詮、天皇を奉じ近江へ難を避ける。

12月26日 南朝方が京を引き上げる。

12月26日 足利義詮が京へ戻る。

*1362年---------------------------------- [#n425916d]
1月 細川清氏、四国阿波へ落ちる
    山名時氏、足利直冬、備中、備前で幕府側を押す
    足利義詮、軍勢を派遣、鎮圧に努める

2月 後光厳天皇、京へ還幸。

7月 細川清氏が従兄の細川頼之と戦い、討死。

9月 足利基氏が畠山国清を箱根合戦で破る。
    畠山国清が足利基氏に降る。

*1363年---------------------------------- [#c3aad9cf]
9月 山名時氏が幕府に降伏する。
    足利直冬が遁走する。

*1364年---------------------------------- [#hfa57ae9]
7月10日 光厳天皇、崩御。

*1366年---------------------------------- [#yb8544ca]
7月 斯波高経と佐々木道誉が対立する。

8月8日 斯波高経が病死。

*1367年---------------------------------- [#j57a977a]
4月26日 足利基氏が病死。

9月 足利義詮が病に伏せる。

12月 足利義詮が病死。
    足利義満が後を継ぐ。
    細川頼之が執事となる。
*1368年---------------------------------- [#t0346bf1]
3月 後村上天皇崩御。長慶天皇が即位。

4月15日 足利義満が元服する。

12月30日 足利義満、征夷大将軍に任命される

*1369年---------------------------------- [#k2f1f946]
1月 楠木正儀、足利義満に降る

2月 三井寺、叡山対南禅寺争いの対策上、細川頼之と土岐頼康の間に不和が生じる

*1370年---------------------------------- [#b3345d9c]
12月 土岐頼康、離京、美濃へ去る

*1378年---------------------------------- [#f6c51b1e]
3月 足利義満、室町新邸へ移従

*1379年---------------------------------- [#n7c07c3b]
この年、興福寺と抗争が起こる。

2月 洛中騒動
   細川頼之が失脚する。

この時期、足利氏満が謀反を決意する。

3月8日 上杉憲春が謀反を思いとどまる手紙を書き切腹し、
     結果、氏満は謀反を思いとどまる。

4月14日 細川頼之に下国の命が下る。

4月16日 細川頼之が讃岐へ戻る。

4月28日 斯波義将が管領に任ぜられる。

*1382年---------------------------------- [#h9d45195]
4月 後小松天皇が即位する。後円融上皇は院政。

*1385年---------------------------------- [#sa10ce13]
3月 足利義満が禅殺宝幢寺を建てる。

*1386年---------------------------------- [#u5777a59]
足利義持、誕生。
*1391年---------------------------------- [#u4fac2ea]
この年、細川頼之、養子頼元と共に上洛する。

4月 斯波義将に代わって、細川頼元が管領に任ぜられる。

*1392年---------------------------------- [#ub589898]
3月2日 細川頼之が病死する。

8月 足利義満が相国寺を建てる。

10月2日 南朝の後亀山天皇が帰洛。嵯峨大覚寺に入る。

10月5日 神器の帰座。

*1393年---------------------------------- [#kb7d0ea7]
4月 細川頼元が管領を辞任し、斯波義将に代わる。

*1394年---------------------------------- [#y69f9b4b]
6月13日 足利義教が誕生する。

8月 長慶法皇 崩御。
8月 長慶法皇が崩御する。

9月24日 相国寺 炎上。
9月24日 相国寺が炎上する。

11月より相国寺を再建開始。

12月17日 足利義満が征夷大将軍を辞する。
足利義持が後を継ぐ。

12月25日 足利義満が太政大臣に任ぜられる。

*1395年---------------------------------- [#c064c96f]
6月20日 足利義満が出家。
      後小松天皇の制止をも振り切る。

*1397年---------------------------------- [#i5136337]
6月20日 足利義満 北山第(金閣)工事着手。

8月5日 足利義満が明へ遣明使を派遣する。

*1407年---------------------------------- [#jf1b0935]
7月24日 足利義量が誕生する。

*1408年---------------------------------- [#p34baacc]
5月6日 足利義満が病死。

*1411年 [#caeb6178]
後小松天皇 崩御。
後小松天皇が崩御する。

*1412年 [#j7437191]
8月 [[持明院統]]の[[称光天皇]]が即位。

*1416年 [#b181e8d5]
10月 [[上杉禅秀の乱]] 勃発。

*1417年 [#aa4db837]
1月10日 上杉禅秀が一族と従者と共に、鎌倉にて自殺。
      足利持氏が関東公方の座に戻る。

*1419年 [#u08e41fe]
6月 応永の外寇 勃発。

7月20日 足利義持が日明絶交の国書を出す。

*1423年 [#vad8f6ce]
3月18日 足利義持が将軍職を足利義量に譲り、自身は出家する。

*1425年 [#hd2493a6]
2月27日 足利義量が病死する。

*1428年 [#d167800e]
1月8日 足利義持が病に臥せる。

1月18日 足利義持が病死する。
      くじ引きが行われる。
3月12日 
      青蓮院義円が6代目将軍に決定する。
3月12日 青蓮院義円が還俗して名を義宣と改める。

*1429年 [#g1e57ecd]
3月9日 足利義宣が元服。

3月15日 足利義宣が征夷大将軍に任ぜられ、名を義教と改める。

9月 永享と年号が改元されるが、足利持氏は翌年の8月まで旧年号を用いる。
    さらに持氏は、幕府が行っていた鎌倉五山住持任命を勝手に行い、幕府方の大掾氏及び山入氏の討伐を始める。

*1430年 [#l2c0357a]

*1431年 [#rc90c7d9]

*1432年 [#tdebe3f3]

*1433年 [#n83bfba4]

*1434年 [#a442751f]

*1435年 [#wcbc0271]

*1436年 [#a26d9b6e]

*1438年 [#d21666f4]

*1439年 [#v7290caf]

*1440年 [#jad429be]

*1441年 [#n07a0909]

*1442年 [#rf26a509]

*1443年 [#kce38a80]

*1445年 [#padc47ac]

*1446年 [#id3324da]

*1449年 [#sd306389]

*1450年 [#r2685480]

*1453年 [#nf4fef3a]

*1455年 [#j1b32d9d]

*1458年 [#d8ee69cb]

*1459年 [#w93b30f1]

*1461年 [#o854ed7e]

*1462年 [#p2f24f63]

*1463年 [#s4ccd3e3]

*1464年 [#o0db3afa]

*1465年 [#u3abfe18]

*1466年 [#l765ef19]

*祐筆 [#u77afa7e]
一番手・・・鱒