21スレ/約束

Last-modified: 2014-04-16 (水) 18:36:24

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  *
「…どうしても、なの?」
ほむらが頭を抱えて力なくつぶやく。
「…どうしても、だよ」
まどかは静かに、だがはっきりと答えた。
その言葉を最後に、二人の間を重い沈黙が流れる。
事の発端は数十分前。ある夜、まどかが突然ほむらの家を訪れた。
その表情は決して明るいとは言えず、何事かがあったと悟ったほむらはすぐに中へと招き入れた。
正面に腰を下ろして率直に問いかけた。
「何かあったの?」
するとまどかはうつむいていた顔を上げて、決心した顔で言った。
「…私、魔法少女になる」
  *
「以前話したわよね?私は貴女と約束をしたと」
「…うん」
「『キュゥべぇに騙される前の私を助けてほしい』と言われて、『必ず助ける』と言ったことを」
まどかがこくりと小さく頷く。
「貴女が契約してしまったら、私はその約束を守れなかったことになる…そしたら、私はまた…」
ワナワナと肩が震えだす。
必死に抑えるけれど、一向に止められない。
責任感と、恐怖と、無力感と。
さまざまな感情が混ざり合って圧し掛かってくるようで。
竦んで、怯んで、声を出すことができなかった。
そんなほむらの目を見て、まどかは落ち着いた声で話し始めた。
「…あのね、ほむらちゃん。 ほむらちゃんはもう、約束は果たしてるんだよ」
「え…?」
「私はもうキュゥべぇに騙されてなんかいない。 私は自分の意思で、魔法少女になるって決めたんだ」
「だけど、そんな…貴女だって、魔法少女がどういうものか知ってるでしょう!?」
「うん、知ってるよ…危険と隣り合わせのことも、誰も助けてくれないことも、いつか魔女になっちゃうかもしれないことも」
「だったらなんで…!」
「だからだよ、ほむらちゃん」
言葉を遮ってほむらにそっと近付く。横に腰を下ろして、なおも目を見続けながら言った。
「ほむらちゃんが一人で戦ってるのに、私だけ平和な暮らしを続けるなんて…耐えられないよ」
「それは…それが、私の望みなの!貴女が平和に暮らしていてくれることが、それだけが望みなの!」
「…そういうほむらちゃんの気持ちは痛いほど伝わってくるし、すごく嬉しいよ…。 だけどね…だからなんだよ、ほむらちゃん…」
ほむらの手を取り、強く握り締めた。
「ほむらちゃんが私の幸せを守ってくれているように、私もほむらちゃんの幸せを守りたいって思っちゃダメかな…」
まどかの声が震える。さっきまでのはっきりとした声ではなく、力の無いか細い声になっていた。
「私はこれからも、ずっとずっとほむらちゃんと一緒にいたい…そのために、私もほむらちゃんを守れるようになりたいよ…」
その言葉が、ほむらにかつての自分を思い出させる。
まどかに守られるのではなく、まどかを守れる自分になりたいと願った、あの時の自分を。
もしまどかが、あの時の私と同じ気持ちでいてくれているなら…
思ってはいけない。 そうわかってはいたのに、止められない。
嬉しかった。 まどかのその気持ちを、純粋に嬉しいと思ってしまった。
「私ね、眠るときにいつも不安になるの…もしほむらちゃんが今魔女と戦ってて、もしやられちゃったりしたらって…」
「傍にいられたらいいのにっていつも思っちゃって…だけどそれはほむらちゃんが苦しむことだからって…私…わたし…」
声にならない嗚咽がもれる。 大きな瞳から涙があふれる。
一緒なんだ。 今のまどかは、あの時の私と。
「だから…私決めたの……ほむらちゃんに嫌われたっていい…ほむらちゃんを守れるようになりたいって……」
そこまで言って、後はもう言葉にならなかった。
決壊した感情が止め処なく流れ出て、それが涙となって次々にまどかの頬を伝った。
もうまどかの悲しんでいる姿なんて見たくなかったのに。
泣き出してしまうほどに私のことを心配してくれていて、思ってくれていて。
今は私の為にその心を擦り減らしてくれているんだ。
そんな姿を見て、ほむらの意思が揺らいだ。
まどかの望みが、私の道しるべだった。 ならば今ここでまどかを否定して、それでどうなる?
頭が回らず出すべき答えが見つからない。
否。本当に正しいと思える答えは見つかっていたのに、それに対する反論を探そうとしていて、それが見つから無かった。
もしまどかのことを思うなら、ここで突き放すべきなんだろう。
そうわかっていてもそんなことが出来るはずもなかった。
まどかがいたから、私は今日この日まで生きてこられたんだ。
私にはまどかが必要で、そのまどかが私に寄り添おうとしてくれていて。
それなのに、どうして…
  *
泣き声が少しずつ小さくなっていく。 まどかは少しずつ落ち着いてきたらしい。
しかし私のほうは依然として頭が混乱したままで、結論が出ない。
まどかの平和を優先すべきか、それとも、まどかの意思を尊重すべきか。
天秤に掛けられたそれらのうちどちらが重いのか、まったく判断できなくなっていた。
「…少しは落ち着いたかしら、まどか」
「……ぐすっ…うん…」
声に力が戻ってきていた。 改めて、まどかは強いと実感した。
空いていた右手を頭に当てて、どうにか思考を巡らそうと試みる。
それでもやはり、結論は出ない。
「…どうしても、なの?」
まどかの声が聞きたくなって、思いついた言葉をそのまま投げてしまった。
「…どうしても、だよ」
はっきりとした声でそう返ってきた。
そう言われて、また何も言えなくなってしまった。
重い沈黙の後、再び口を開いて問いかける。
「私はもう、どうしたらいいのかわからないわ…」
できることは、素直に胸中を打ち明けることしかなかった。
「私はまどかがすごく大事で…魔法少女なんて危険な世界に足を踏み入れてほしくない」
「それは約束でもあるし、何より私個人の思いでもあるの。 何事もなく、平和な暮らしをして、そこで幸せを見つけてほしいと願ってる」
「だけど、今貴女にそう言ってもらえてすごく嬉しかったのも本当のこと… まどかが傍にいてくれたら、それだけで私は頑張れるから」
「ほむらちゃん…」
「私って、やっぱり弱いままなのかな…どれだけ頑張っても、貴女の前じゃ元の自分に戻ってしまう」
「そんなことないよ…ほむらちゃんは、すっごく強くて、かっこいいよ」
「ありがとう、まどか。 …でも、貴女を突き放すこともできない私は、きっと弱いままなのよ」
そこまで言い切ると、肩の力が抜けてしまった。
もう自分を覆い隠すものがなくなってしまって、眼鏡を掛けていたころの自分に戻ってしまった気がした。
「どうしたらいいのか…私、わからないよ…」
そっと、肩に重みがかかる。 まどかの腕が伸びて、私を包むように抱きしめてくれた。
「ねぇ、ほむらちゃん。 ほむらちゃんの言う私の平和って何?」
「それは…魔法少女とかそんな危険がなくて、普通に学校に行って、進学して、就職して…」
「そうじゃなくって…その中に、ほむらちゃんはいるんだよね?」
「それは…」
まどかの平和の中に、私はいられるだろうか。
…そんなわけない。 魔法少女と関わりがある限り、危険だってすぐ傍にあるのだから。
その考えに思い当たって、表情が沈んでしまう。
「…いないんだね?」
こくり、と頷く。
「だったらそれは平和でもなんでもないよ。 私の平和は、ほむらちゃんが居てこそだもの」
「でも、それじゃ…」
「危ないって言うんでしょ? でも私は、それなら平和よりも危ないほうを選ぶよ」
抱きしめていた腕により力が入った。
「そんな危ない世界にほむらちゃんが一人でいなきゃいけないなんて、そんなの絶対イヤだよ」
「私はほむらちゃんと一緒にいたい。 一緒にいられるなら、どんなに危ないところでも、どんなに大変なところでもいい」
「それが私の願いだよ。ほむらちゃん」
「…まどかはずるいわ。 いつもそうやって私が欲しい言葉をくれる」
「私は私の気持ちを正直にお話しただけだよ」
抱きしめていた腕の片方が緩んで、私の手を握ってくれた。
「私はほむらちゃんの全部を知りたいし、全部を知ってほしい。 だから、ほむらちゃんもお話してよ」
「…うん」
まどかの手を握りながら、今度は私から話を始めた。
ゆっくりと、時々詰まりながら。 恥ずかしくなって顔が赤くなったりもしたけれど。
それでもまどかはただ私の話を聞いてくれて、答えてくれた。
そして話していくうちに、まどかの意思は、想いはどうやったって動かないくらい硬いと知った。
そういえばまどかは意外と頑固だったな、なんて思い出したりもした。
夜が明けて、外が明るくなったころになって、ようやく私の決心がついた。
これからはまどかと二人で歩いていく。 そう決めた。
  *
契約はほむらちゃんの家で行うことにした。
キュゥべぇを呼び出して、願いを口にする。
「…わかった、契約は成立だ。 君の願いはエントロピーを凌駕した」
体が眩い光に包まれて、体の内側から何かが出てくるような感じがする。
引っ張り出されるようで少し苦しかったけど、それはほんの短い間の出来事だった。
光が止んで、胸に当てていた手を広げてみる。 ピンク色の光を放つ卵形の宝石がたしかにそこにあった。
「…これで私も、魔法少女なんだね」
「そうさ。 しかしよく君がそれを許したね、暁美ほむら」
「余計な詮索は不要よ。 さっさと立ち去りなさい」
「やれやれ…やっぱり君たち人間は理解できないよ」
キュゥべぇはあまり小言も言わずに去っていった。 心なしか喜んでいたようにも見えた。
「…まどか」
「うん…ほむらちゃん」
じっとほむらちゃんを見据える。 これでようやく、一緒の場所に立てたんだ。
ここからはずっと一緒。
どこまでだって、ほむらちゃんの隣を歩いていくって決めたんだから。
強くならなくちゃ。 魔法少女として、ほむらちゃんのパートナーとして。
後悔なんてない。 これからは、まどかと支えあっていけるんだ。
そう思えるだけで心の奥から力が湧いてくる気がした。
まどかは弱い私も受け入れてくれたけど、それじゃダメよね。 もっと強くなるから。
あの時と同じ気持ちで、これからも、いつまでもまどかを守れるように。
「あ、あのね…ほむらちゃん」
「なに?まどか」
「お願いがあるんだけど…」
モジモジと恥ずかしそうに指を動かしている。
いったい何だろうか… すこし考えてみたが、思い当たらなかった。
「わっ私のソウルジェム、ほむらちゃんに持ってほしいなぁって…」
「…え?」
言葉の意味が理解できず、聞き返してしまった。
「ちょ、ちょっとまってまどか。 それは貴女自身で…」
「うん、わかってるよ。 これは私自身だから、その…」
「一番大事なほむらちゃんに、持っててほしいなって…」
「そっそれって……!」
ようやく意味がわかって、思わず顔が熱くなる。
気付けばまどかの顔も心なしか紅潮しているようだった。
「ず…ずっとそばにいるって意味で…あの、えと…///」
見る見る内にまどかの頬は真っ赤になっていった。
そんな顔をされたら、私まで恥ずかしくなってきちゃうじゃない…
「そ、それなら…私のソウルジェムは、まどかが持っていてくれるの?」
「えぇ!?///」
「いえ、その、私だけが持ってるなんておかしいし…それに、そうしていれば私もいつだってまどかと一緒に…///」
「…えへへ、そうだね」
小さく笑って、まどかは心底嬉しそうな笑顔を向けてくれた。
「なんというか…いざ素のときに言おうとすると気恥ずかしさは抜けないものね…」
「本当だね…じゃ、じゃあほむらちゃん、手を出して…」
「え、ええ…」
ソウルジェムを外したほむらちゃんの左手を受け取って、薬指に私のソウルジェムを嵌める。
何の抵抗もなく滑るように指輪は進んで、元々そこにあったみたいに収まっちゃった。
私は今、ほむらちゃんの左手にいるんだ。 ほむらちゃんの、あんなにそばに。
そうしていることがすごく嬉しくって、すごく幸せで。
魔法少女になれて本当によかったと、そう思ってしまうのでした。
「綺麗なピンクね…私にはもったいないくらいだわ。ありがとう、まどか」
「もったいなくなんかないよ。 ほむらちゃんにしか似合わないんだから」
「…あ、ありがとう……///」
「もっもう!照れないでよ!恥ずかしかったんだから///」
「ご、ごめんなさいつい……」
大きく息を吸って気持ちを整えた。
「…それじゃまどか、手を」
「…うん」
まどかがしてくれたように、私のソウルジェムをそっと嵌める。
左手の薬指なんてまるで結婚指輪のようだとも思ったけれど、きっと間違ってはいないんだろう。
私の魂が私の体を離れてまどかの元にあるというのも不思議な感覚がした。 でもそれ以上に、満たされるような安心感が私を包んだ。
私はまどかの傍から離れない。 まどかは私の傍から離れない。
私たちのソウルジェムには、そんな約束の意味も込められているんだから。
「えへへ、これでもう離れられないね」
「ええ。 これからはずっと一緒よ」
どんな苦難だって、どんな試練だって、乗り越えていける。
傍にはいつだって、大切な人がいてくれるんだから。
そんな希望が、二人のソウルジェムに灯っていた。
「…でも、まどかが家に帰ったらその時点でアウトよね……」
「ほむらちゃん!いっそ鹿目家に嫁げばいいんだよ!!」
「えええっ!!?///」
  おわり
  おまけ
「やれやれ、やっとまどかの契約が取れたよ…これでノルマは達成だね」
「え?まどかが契約のときに何をお願いしたかって?」
「『ほむらちゃんとずっと一緒にいられますように』…ではないよ。」
「そんな事を願ってしまったら、僕たちクォリティーで捻じ曲げられてとんでもない事になるだろう?」
「まどかの願いは…『このSSを最後まで読んじゃった君の脳内でまどほむが砂糖を大量生産しますように』だそうだ」
「『そしてそれを少しでもおすそ分けしてくれたら嬉しいなって』とも言っていたね」
「君たちにとってはその砂糖は重要なものなんだろう? 高血圧・高血糖に注意して、砂糖製造機になってよ!」
  ほんとにおわり