そのままでいいんだ

Last-modified: 2022-07-03 (日) 21:49:16

アイドルにも、それぞれの生活はある。
現役の学生なら当然学校に通って授業を受け、しかるべき時期には試験もある。
私は先生のお話が面白くて授業もちゃんと聞いているから、たぶん次の試験も大丈夫だと、思う。
とはいえちゃんと試験勉強は、する。もし赤点とか落第なんてなったら、エゴサした時に、大変。
今日も寮に戻ってから勉強していると、芽衣ちゃんからSOSが届いた。
牧野さんにも聞いたら、だいぶピンチみたい。
月ストには同い年のメンバーがいないから、私に頼ってきてくれたんだと、思う。
牧野さんから助けてあげて、って言われたのもあるけど、やっぱり心配だから。
兵藤雫、一肌脱ぎます。

「メッセ見たよー!よろしくねー雫ちゃん!」
「うん、頑張ろうね…ってわっ」

寮に帰ってきた芽衣ちゃんに、猛ダッシュから抱き付かれてしまった。
おお…これは…。
顔いっぱいに同い年とは思えないふかふかに包まれてこれは…ダメになる…。

「むー!むー!」

持っていかれそうになった意識を総動員して、芽衣ちゃんの腕をタップ。

「あ、ごめんごめん」

やっとのことで解放された。とんでもない、危険物。

「ん、大丈夫。えっと、牧野さんからもちらっと聞いたけど、そんなにピンチ?」
「うーん、このままだと冬休みの間ずっと補習と沙季ちゃんの部屋に缶詰で勉強になっちゃうかもー」
「そんなになんだ…」

あの芽衣ちゃんの瞳から光が消えかかってる。これはマジなやつ…。

「わかった。じゃあ、芽衣ちゃんの部屋、行く?」
「んー、芽衣の部屋結構散らかってるし、ついついマンガに手が伸びたりしそうかも」
「それなら、寮のリビングとか」
「そうだねー。人の目があった方がやらなきゃってなるし、沙季ちゃんにもやってますアピールできるかも」
「アピールだけじゃなくて、ちゃんと勉強しないと…」
「あはは、だよねー…」

しょんぼり顔で「教科書とか持ってくるー」と部屋に戻っていく芽衣ちゃんを見送りつつ、私も一度自室に戻って教科書を手に部屋を出ると。
さっきの芽衣ちゃんと同じような顔で「すうがく…すうがく…」と呻きながら渚ちゃんに押されて部屋に向かう琴乃ちゃんの姿が。
渚ちゃんの凄くいい笑顔は…見なかったことに、しよう。

リビングまで戻って来たけど、芽衣ちゃんはまだ戻っていないみたい。
とりあえず自分の勉強をして待ってようと、数学の問題を何問か解いたところで芽衣ちゃんが走って戻ってきた。

「はぁ…はぁ…ごめーんお待たせー!いやー、教科書が色んなとこに埋まっちゃっててなかなか見つからなくてー」

…その状況も沙季ちゃん案件なのでは?そっちは自分で何とかしてもらおう…。

そんなこんなで勉強会が始まった…けど、これは…想像以上に高難度なミッション、かも。
芽衣ちゃんから聞いた試験範囲自体は、うちの学校とそんなに変わらない。
それでも、私にとっては復習になるような内容も、一から説明していかないといけなかった。
学校の授業を自分がしているような、そんな感じ、かも。

「雫ちゃん、説明上手だねー!先生の話よりわかりやすいかも!」
「ん…そう、かな?」
「なんだろう、大事なところがどこかとか、問題解く時の考え方とか、すっと入ってくるって言うか」

アイドルとして色々な場面でトークしてきたのが活きてる…のかな?
これならなんとかなるかも、と嬉しそうな芽衣ちゃんと見ていると、私まで釣られて笑顔になる。
…まだ1教科目、ということは言わない方がいい、かな。

「ほんとごめんなさい優ちゃん!助かります!」
「そない謝らんでもええって。うちも自分の勉強あるし、持ちつ持たれつですー」

そんなやり取りが聞こえた方を見ると、優ちゃんと愛ちゃんが並んで歩いてきた。

「あ、雫さんに芽衣さん!お疲れ様です!お二人も勉強ですか?」
「あ、優ちゃん愛ちゃんお疲れ様ー!そうなのー!雫ちゃんに先生になってもらってるんだー!」
「ん、頼まれて」
「雫ちゃんもなんやね。うちもなんよ」
「うう、ごめんなさい…。リズノワが赤点なんて取った日には莉央さんに絞め殺されるよ、ってこころに脅かされて…」
「絞め殺されるかは置いといて、印象はよくないわなぁ。そうならんように、しっかり勉強しましょかー」
「はい、よろしくお願いします!」

折角やしうちらも同席させてや、という優ちゃんの提案で、同じテーブルについて勉強を開始する二人。
私も優ちゃんとわからないところを教えあったりして、勉強会は順調に進んでいく。
進んでいた、んだけど。
私、気付く。気付いて、しまった。
テーブルに乗る、6つのふかふか。みんな同い年なのに、その質量たるや、同性の私でも思わず目を奪われてしまうほど。
芽衣ちゃんと愛ちゃんには気付かれなかったみたいだけど、流石はトリエルの参謀。
優ちゃんは私の様子がおかしいことに気付いて、察したみたい。

「…あんま気にせん方がええよ?」

二人に聞こえないように、そっと耳打ちしてくれるその気遣いが、痛い…!あと耳が幸せ…!

それから数日間、私と優ちゃんで芽衣ちゃんと愛ちゃんの勉強を手伝った甲斐があってか、どうにか二人とも(それに琴乃ちゃんも)試験は乗り越えられたみたい。
…芽衣ちゃんは結局沙季ちゃんに部屋を見られて、泣きながら片付けすることになっていたけど。
とにかく、みんなで冬休みを迎えることができた。(クリスマスにも色々とあって、牧野さんやトリエルは大変だったみたいだけど…)
今年ももうすぐ、終わり。
色々とあったけど、いい一年だったと、思う。
来年も、よろしくお願いします。

終わり