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かやちゃんの血

Last-modified: 2018-03-02 (金) 11:34:24

突発真祖ちゃん怪文書祭りに書いたらばらかやに乗っ取られた
呼び方とか口調とか色々あやしい

 

ぅ……

 

「……何かしら」
その日、部屋で本を読んでいたかやのひめは、ふと何かの物音を聞いた。
読んでいた本に押花の栞を挟んで閉じ、耳をそばだてる。

 

……うぅ~……
「……人の、声……かしら……?苦しそうな声……」
数多くの式姫が暮らすこの屋敷で、人や式姫の声はありふれた生活音であった。
しかし、聴こえてきたその音を声とするならば、その響きには何か不穏なものがあった。

 

「隙間風とかなら良いのだけれど……」
手に持ったままだった本を机に置き、立ち上がる。
「……何かあったら、大変だものね」
そうしてかやのひめは、不安と少しばかりの好奇心や使命感をもって、部屋を後にした。

 

……うぅ~……、 ……
「……こっちね」
耳をふるふると震わせ、音を拾ってはそちらへと歩を進める。

 

そうしてすこし歩いて、ふと周りを見渡す。
「ここは……夜行性の式姫達の……」
そうして誘われた先は、雑木林が日の光を遮り、昼過ぎの今でも薄暗い区画――
――屋敷の真裏に位置し、かやのひめがあまり足を踏み入れない場所であった。

 

(……少し、肌寒い……)
雪景色も記憶に薄れ、桜も間近になろうとする季節。
日中であれば日の光のあたたかさが寒さを忘れさせてくれるものだが、その日光は今や木々に隠され、足元に欠片がちらつくのみである。
風に木々のざわめく音、すっかり遠くに離れた喧噪の音、そして、やにわに騒ぎ出す自らの心臓の鼓動。
そのような音ばかりを拾いつつ、まるで異界に迷い込んだかのように少しずつ歩を進めるかやのひめの耳に……
「う~~ん……うぅ~……」
探していた物音が、真横の障子越しに飛び込んできた。
「……ここだわ」

 

「……失礼するわね……」
そろりと襖を開け、中の様子を伺う。
部屋の中は、廊下より一層薄暗く――ゆえに、
畳に零れる大量の赤い液体。そして、抜けるような白さの、何か……手のようなものがゆらりと揺れるのが、はっきりと目に映った。
「……ッ!!」
血。血。血。暗闇。白い手。唸り声。
かやのひめの頭の中で、何か恐ろしいものが急速に像を結び始め……

 

「ぅ~……だぁれ~……?」
しかし、聞き覚えのある声がそれを霧消させた。

 

………………
…………
……

 

「それで……常備していたトマトジュースをこぼしてしまい、空腹で動けなくなっていた……と」
「ん~~…………そぅ…………」
部屋で倒れていた真祖を布団に寝かせ、こぼれたトマトジュースを掃除しながらいきさつを聞いていたかやのひめが、ようやく得心のいったという表情で内容を纏める。
空腹でまったく活力のなくなった真祖の語り口は普段以上に要領を得ないものであったが、なんとか経緯は理解できた。

 

「それにしても……今、もうお昼過ぎよ?もしかして、ずっと倒れていたの?」
「ん~……そかも……ちょっとたいへーん…………」
そう言って儚げに笑う真祖に、かやのひめは驚きを隠せなかった。
いつも飄々としている彼女の真に辛そうな仕草を見るのは、これが初めてだった。
気紛れなちょっとした冒険が知人の危機を発見した事に、かやのひめは感謝した。

 

「そういえば真祖さんって、おなかが減ると小さくなってしまうんじゃなかったかしら」
「ん~~…………もうすぐ……くる、……かも…………」
「……小さくなると、ジュースを飲むのもちょっと大変そうね……」
 私、台所から取ってくるわ、トマトジュース。少し待っててね」
「ぁ~~待ってぇ……」
急いで立ち上がるかやのひめを、真祖が呼び止める。

 

「どうかした?何かしてほしい事、あったかしら?」
立ち上がり、障子を開けようといった所で呼び止められたかやのひめは、軽く振り返って布団の中の真祖を見る。
「ん~~…………トマトジュース、もう……ないかも~…………」
「……どういう事?」
「昨日の夜~…………もう全部、おいてなくて~…………これで、最後……なの~……」
「えっ……」
そう言われたかやのひめは、ふと昨日の夕食を思い出す。
魚のトマト煮。心なしか、いつもの物よりもトマトの風味が薄かったような気がした。
「これ……部屋にあった、飲みかけの~…… でも、こぼしちゃって~…………」
これ、と言いながら、真祖は畳の赤い染みを指差す。
「う~ん……」
買いに行くとなると、それなりに時間がかかってしまう。急を要する今、あまり採りたい手段ではない。
それしかないか、ほかに何か手は……
そう思案していたかやのひめは、ふと一つの案をひらめいた。
「真祖さんって……血、吸えるわよね?」
「んん~…………」
そう尋ねられた真祖は、少し考えるように布団に顔を埋め、寝返りを打った。
「もちろん、できる……けど~…………」
「だったら……私の血、少しなら飲んでいいわよ。不本意ながら、吸血された経験はそれなりにあるし……」
かやのひめにとって、それは相手が喜ぶであろう提案だった。
薔薇姫から、自分の血は美味しいと聞かされたことがあった。であれば、空腹の吸血鬼相手にはよい食事になるだろう、と。

 

「んん~…………」
しかし、真祖は依然として難色を示していた。
「駄目……かしら?」
「嬉しい……けど~……かやのひめちゃんが、危ないの~…………たぶん…………」
「……危ない?」
その危惧は、かやのひめにとって想像しがたい物だった。
かやのひめの知る吸血とは、すこし頸筋がちくりとして、わずかな倦怠感が残る、その程度のものだった。
「たぶん……本気で吸っちゃうから…………」
「本気って……でも、辛くなくなるまで飲んだら、あとはトマトジュースを買ってくればいいわ。その程度なら大丈夫でしょ?」
「……んん~…………」
いつまでもぐずる真祖に、かやのひめの語気は少しずつ荒くなっていく。
「だって、このままにしていたら、真祖さんも辛いわ。町まで結構遠いし……私なら大丈夫よ」
「別にぃ……ちょっと待つくらいなら……大丈夫なの~…………」
「全然大丈夫に見えないからこう言ってるの!私の事なら気にしないでいいから!」
かやのひめがここまで空腹の真祖と接する機会はこれまでになく、目の前の彼女の言が本当かどうかは判断が難しかった。
ただ、どうしても同じ吸血鬼の友人の姿がちらついた。記憶の中の彼女がこれほどに空腹で衰弱している姿は見たことがなかった。

 

「でもぉ~……………吸いすぎちゃったら……かやのひめちゃんが~…………」
この期に及んでまだ尻込みをする真祖に、かやのひめは我慢がならなかった。
着物を脱ぎ、襦袢だけの姿になって、そのまま真祖の布団に潜り込む。
「ひゃぁ」
真祖が驚いたような声を上げる。
そのまま布団の中で襦袢を少し外にずらして、透き通るような頸筋をあらわにし、それを真祖の口元へと持っていく。
「どうぞ」
かやのひめはそう真祖に言葉を投げ、吸血を待ち目を閉じる。

 

「……フー……フゥー…………ヴゥーッ…………」
「……?」
少しの時が過ぎ、尚も目を閉じ待っていたかやのひめは、頸筋に荒い息遣いを感じて何かと薄目を開ける。
「……ッ」
そこにあったのは、血走った目を見開き、頸筋を射殺すように凝視する真祖の姿。
剥き出された吸血歯はらんらんと輝き、しかしすんでの所で口は閉じられ、また我慢ができなくなったかのように口を開く。
おあずけを食らった猛獣。かやのひめはそのように感じた。
真祖はかやのひめと目を合わせると、悲しげに眉を顰め、言葉を紡いだ。

 

「ごめんね」

 

「っ、づぁ、……っ、ひ、!?」
直後、稲妻が走った。
痛みと甘いしびれとを煮詰めて爆発させたような刺激が頸筋から生まれ、脳を、そして全身を貫く。
「あ゛、あ゛、あ゛ぁッッ」
かんしゃく玉を頭の中で何個も弾けさせたように、純粋な刺激がかやのひめの頭の中を揺らした。
かやのひめが思っていた吸血への印象は最初の一瞬で藁のように吹き飛ばされ、後はただ激情の暴風に振り回されるだけだった。
「はぶっ、ぢゅ、じゅるるるるッッ」
ちかちかと星がまたたく中、頸筋から何か大切なものが急速に抜けていくのを感じる。
「はひっ、はひ、はひッ、ひッ」
なんとか横目で真祖を見やるも、見えるのは精々が真祖の不気味なまでに煌めく瞳くらいであり、今まさに何かが行われているそこを見ることはできなかった。

 

「っ……な、にゃに、ひっ……」
肩から精気が抜ける一方で、下腹部は狂うように熱気に渦巻いていた。
手足の末端から徐々に感覚が抜ける一方で、刺激が下腹部に突き刺さる感覚の鋭敏さは増し続け、甘いしびれがひっきりなしに下腹部にもたらされる。
「あ、あぢゅい、い、さ、ざむ、っ」
太陽を胎に宿し、そしてそれに内側から灼かれるような、逸脱した刺激。そして、生命の根幹が吸い上げられるような底知れない寒気。
それらは、かやのひめの知識や経験のまったく埒外にあるものだった。

 

「ずっ、じゅるるっ……んぶッ」
「あ゛ッッ」
真祖の牙が血を求めてかやのひめを一層貫き、その拍子に異常な量の刺激がかやのひめを襲う。
「あ゛ああああぁ……あぁぁ……」
子宮が両の手で押しつぶされ、引き延ばされ、爆発する。卵巣がはじける。
身体の芯を通った雷光はかやのひめにそのような幻視を抱かせ、そうしてかやのひめの秘宮は陥落した。
全身は下腹部からの波にゆったりと痙攣し、視界は溢れ来る官能の津波にもはや一面の星で埋め尽くされた。
下腹部がじんわりとあたたかくなるが、それが何によるものであるかすら、吸血と絶頂で混沌としたかやのひめには判別がつかなかった。

 

「ぁ…………」
星の海の中で、かやのひめは理解した。
これが、捕食。
自分は獲物で、この悦楽は、獲物を逃げられなくする殺意。

 

後悔や恐怖を感じる事も、痺れた頭ではもはや難しかった。
そうして、徐々に意識は薄れ――

 
 

「……ッ!」
かやのひめはがばり、と布団から起きた。
知らぬ間に自分が咲かせたのか、一面に舞い散っていた花びらが巻き上がる。
いつしか部屋は真っ暗の闇に包まれ、枕元の燭台に灯る火がかろうじて橙色に部屋の様子を映すのみであった。

 

「あ、起きたー……!」
「な、薔薇姫……」
起きたかやのひめの視界にまず飛び込んできたのは、この世で最も見慣れた顔。
「よかったー!!かやちゃー!!!!」
「へっ!?あ、弓……あっちょっと!」
いつものように矢を番えようとするも手元にはなく、薔薇姫の体当たりめいた抱擁で布団に押し倒される。
「かやちゃん大丈夫?だるいとか、怪我とか、あと、えっと……」
「ちょ、ちょっと待って……何が何だか……何で、薔薇姫がここに……」
状況に混乱しつつ、かやのひめは辺りを見渡す。
(真祖さんの部屋……よね)
夜になってその全景はつかみにくくなったが、昼間に見たそれと同じ部屋であるように思えた。
何より畳にはまだ、薄暗い中で見えるほどの赤い染みが残っていた。

 

「真祖が呼んだのー。二人で看病したのー」
「あ……真祖、さん」
障子を開け、部屋に入る人影。
燭台によって下から照らされたそれは、軽快に歩く真祖であった。

 

「その様子だと……元気になったようね。よかった」
かやのひめは慌てて身体を起こす。
「うん。ありがとうね、かやのひめちゃん。……あと、ごめんねー。やっぱり吸いすぎちゃったの」
「あぁ……何だか、すごい様子だったものね……私の方も、ちょっと……早計だったかも」
かやのひめは、血を吸う直前の真祖の様子を思い出す。
目の前の理知的な姿と同一人物とは思えなかった。

 

「そうだよー!!」
「あっ、ちょっと……もう……!」
薔薇姫がかやのひめをぎゅっと抱きしめ、頬ずりする。
「吸血をちょっとで止めとこうって我慢するの、すっごく大変なんだよ!おなかが減ってる時には、もっともっと……」
「真祖もね、頑張ろうって思ったけど……かやのひめちゃんの血、すごく美味しかったから。ちょっと無理だったー」
「……そう、なのね。でも、吸血があんなものだったなんて……」
血を吸われた時の感覚を思い出す。
快楽と震えで何もできず、ただ自分の中身を吸われるあの感覚。
かやのひめは、ぶるりと小さく震えた。
「うん……一応、する前に止めたんだけどー。詳しく説明できなくて。ごめんなの」

 

「……でも、薔薇姫にやられた時はあんなのじゃなかったわ。どうしてかしら」
「あ、あはは……それは……」
薔薇姫に目をやると、言いづらそうに髪をくるくると手慰み、下を向いていた。
「ほとんど、飲んでないんだよ。少しでも口に入ったら、すぐ離してるの」

 

「……それじゃ、意味ないじゃない。おなかだって全然膨れないでしょ」
かやのひめが怪訝な顔で疑問をぶつけると、薔薇姫は恥ずかしそうに告げた。
「かやちゃんの血なら、一滴でもすっごく幸せな気分になれるから。それでいいの。
 もっと飲んだら、多分止められなくなっちゃうし……それでかやちゃんが倒れちゃったりしたら、絶対に、自分を許せなくなるから……だから……」
そこまで言った薔薇姫は、口をきゅっと結んで顔をそらす。
頬は、仄暗い部屋の中でも分かるくらい、赤らんでいた。

 

「な、ぁ…………ふんっ…………恥ずかしい事、言わないでよね」
かやのひめは、薔薇姫とは逆の方に顔をそらす。
「一滴だけ、なんて……味も何も分からないでしょうに」
ふぁさ、とかやのひめの尻尾が揺れる。
薔薇姫から隠すように、かやのひめの後ろに一輪の花が咲いた。

 

「……にやりー」
「……? どうかした?真祖さん」
「んーんー。……でもさー、かやのひめちゃんの血、また飲みたいなー。今度はそんなにおなか減ってない時にー」
「えっ!?そ、それは……」
かやのひめが吸血された時の記憶を思い出し、口ごもっていると、ふと。
「だ……だめー!!」
「わぷっ」
薔薇姫がかやのひめを覆うように抱きしめる。
「か、かやちゃんが、また倒れちゃうから……だからだめ!」
「んー、そだよねー。おいしかったけど……残念ー」
さして残念そうでもなさそうに真祖が返す。

 

「まー、それにー……」
そして、かやのひめと薔薇姫を見渡しながら、続けて喋る。
「かやのひめちゃんの血は、薔薇姫ちゃんの物だもんねー?」
「えっ!?ちっ違うよ、そっ……そんなんじゃ……」
恥ずかしそうにわたわたと手を振る薔薇姫。

 

「……馬鹿」
かやのひめが口の中でつぶやいたその言葉は、薔薇姫の耳に届く前に闇に溶けてゆく。
さきほど咲いた花に寄り添うように、もう一輪、花が咲いた。