冬のある日のこと。
居間で炬燵に入り、蜜柑のお尻に指を入れ、橙色の皮を剥こうとしていた時のこと。
――ごめんくださーい。
家の入り口の方から澄姫の声が聞こえてきた。
「えっ!? 今の声って……」
幻聴じゃないよね?
「澄姫さんの声でしたかね?」
急いで確かめないと!
「とこよさん急ぐのはいいですけど――」
開け襖! スパーン!
「――開けた襖はちゃんと閉めてから」
っとと、襖の先に誰かが。
「ひゃっ」
「おっとっと、小烏丸ちゃん大丈夫? ごめんね急に飛び出して」
危ない危ない。
「いえ、大丈夫です。それよりご主人様、来客の応対でしたら私が」
「あ、いいよいいよ。私が出るから大丈夫だよ!」
本当に澄姫の声だったのか、私の目で確かめないとね!
急がねば!
「えっ、あっ、ご主人様」
――あっ小烏丸さん、ついでに襖を。
――はい。閉めておきますね。
「小烏丸ちゃんありがとー!」
急げ急げー! っと、着いた!
ふぅ。
……さあ、襖は小烏丸ちゃんに任せて駆け抜けてきたのはいいけど……、果たしてこの戸の向こうに澄姫は本当にいるのか……。
ごくり。
澄姫じゃなかったらどうしよう。
戸に手を掛けただけなのにちょっとドキドキしちゃうな。まあ走ってきたせいなのもあるけど。
さあ、開けるぞ……!
ふぅ。すぅ、ふぅ……。
よし。
開け戸! ……スス、ススススー。
わあ。
本当に澄姫がいる。
「澄姫がいる」
「なによそれ。こんにちは、とこよ」
「あっ、こんにちは澄姫」
「……」
「……」
会話が途切れた。
何この間!?
「ええっと、今日はどうしたの澄姫?」
「あっ、ああ! そうね! ……こほん。今日はちょっと遊びにきたのよ」
「澄姫が私の家に遊びに!?」
「何よ。そんなに驚くことかしら」
「だって。あの澄姫が私の家に遊びに来てくれるなんて」
なんだろう……このすごい感動!
「迷惑だったかしら」
「ううん、すごく嬉しいよ!」
「そ、そう。ならまあいいわ」
あっ。澄姫、今ちょっとほっとした表情なった。
ふふ~ん?
「で、あがってもいいかしら?」
「あっ。そうだね。どうぞどうぞあがってあがって」
「えっと、じゃあお邪魔します」
友人の家を訪ね慣れてないその感じ、すごく澄姫っぽくていいよ澄姫!
「初めまして。私はとこよ様に使役されている小烏丸です」
あっ。小烏丸ちゃんが上がり口にいつの間にか正座してる。
……気付かなかった。
……いつから見られてたのかな?
「澄姫様ですね。お話はご主人様からかねがね伺っております。澄姫様が寛げるよう、本日は私になんなりとお申し付けください」
「丁寧にありがとうございます。今日はお世話になります」
私の目の前で澄姫と小烏丸ちゃんがお辞儀し合っている……。
こんな光景が見られる日がくるなんて……!
「感動だなあ……!」
「ご主人様。嬉しそうですね」
「うん。えっとね、えっと」
どう伝えればいいんだろう。この感動。
「大方、私が家に遊びに来たのがよっぽど珍しかったんでしょう」
いや、間違ってはいないけど、うう~ん。
「ええっと、まあ、珍しいというか、遊びに来てくれるなんて思いもしなかったから、すっごく嬉しかったというか……」
ううう~ん。
「……うん。この喜びはとても一言では言い表せないね」
「よかったですねご主人様」
小烏丸ちゃんが小さく微笑んだ顔で嬉しそうにしてくれてる……!
「うん!」
一緒になって喜んでくれて、本当にいい子だなあ……。
「まったく、大げさね」
そう言いながらも少し口元が緩んだのを、私は見逃さなかったぞ澄姫。