小説/18話「宿泊・第五篇」

Last-modified: 2023-08-23 (水) 23:08:38

18話「宿泊・第五篇」

著:てつだいん/こいさな 添削:学園メンバー

自給自足サバイバルレース(11) ~愛梨の噂~

【現在の他班コイン】
1班…2
2班…2
3班…0
4班…0

 

南沢「枝川~~ww 押し倒すなんてやるじゃん~」
枝川「あ、あのな…………(汗」
面倒臭そうに頭をかいて答える枝川。
南沢「しかも敵に向かってだぜ??ふぁ~wwwwww、さっすが枝川だわ~、もうあれじゃね?あいつ、敵ながらも、恋に落ちちゃうんじゃね?w」
枝川「もうその話はやめてくれ!!」
枝川はあの時のことは話したくないそうで、必死に拒否している。
雪姫(あのとき……なにか心の中がもやもやしてた……何故でしょうか…)
想良雪姫。それはアンタが既に枝川に惚れているということだ。
菊池「本当、あの時はびっくりしたわ」
南沢「その割には無表情だったけどな」
菊池「…………。」
菊池はあのような自体のときでさえも動揺した様子を見せず、いつものポーカーフェイスだった。おそらく彼女とババ抜きをしたら心理戦を楽しめないであろう。

 

枝川「…………さて、ゴールまであとたったの1km!!ラストスパートだ、行くぞ!」
もう少し譜面交換をしたかった気もある。するとすれば、ゴール地点だろう。ゴール地点にはグループ全員が集まるわけだから、ゴールする直前ならいろいろな班と会えるはず。
レースもいよいよ大詰めだ。

 
 

一方、2班も同じ考えだった。ゴール前でもう少し譜面交換をしようという作戦だ。
谷城「ってことは隊長、もしかして逆転優勝もある……と!」
Felix「それは知らんが……」

 

もちろん4班も自ずとそのような方針になってくる。
笹川「よーし、ここでついにアイの出番というわけなのだな!!」
涼介「あ、あぁ……()」
優「う、うん……!(汗)」
笹川「アイの太鼓さん次郎で、相手をボッコボコにしてやるのだ!」
優(アイちゃん怖くなってるー!?(汗笑))

 

1班も同じような様子だったのだが、他とは少し違った。
音哉「お疲れ。これでだいぶ揃ったんじゃないかな」
森「じゃあ……これで何枚……?」
音哉「1、2、3、4、5、6、7、8、9!!」
森「9枚!?」
ゴール地点に近づいているということは、やはり他の班との衝突はだんだん増えてくる。みんなゴールに向かっているのだから当たり前なのだが……そのおかげであれから道中より高い頻度で譜面の交換を行えた。
さらに、相手に『終盤なんだし、せっかくなら多めにコインを恵んでくれ』と懇願したところ、大体皆応じてくれて一回に3~4枚程貰えたのだ。少しずる賢かったかな。でも実はそれ以外にも作戦を施していたのだ。
古閑が手で『グッド』を作った。少し笑みが見えた気がする。
師音「でも、きっと1位はもっと稼いでいるんだろうなぁ」
音哉「流石に優勝は無理か……」
日はそろそろ沈む準備を始めている。刻限の17時まではあと45分ほどであった。この調子で歩いていけば、問題無く到着できる。むしろあと一回くらいは交換の時間を確保できるかもしれない。狙うならそこだ。

 

音哉「そこで待ち伏せをするんだ……」
森「ん?音哉くん……どうしたの……?」
音哉「い、いやぁ~、聞かなかったことにしてくれ」
森「気になるなぁ……」
音哉「んん……まあ隠すほどのことでもないか……実は、ある作戦を考えてる」

 

実はさっき、このような話を聞いていた。

城戸「今の一位はおそらく渡辺の班」
音哉「渡辺って……あの5組の……渡辺愛梨か!?」
城戸「そう。優勝は諦めな」
入学式の日に出会った他クラスの生徒、城戸 太陽から伝えられた事実だった。
一位と言われている渡辺愛梨という奴……それははっきりと記憶に残っている。歌唱大会の時に5組内で揉めていたあの女子だ。過度の面倒くさがりだとか……
音哉「ちなみに……何枚なんだ?」
城戸「…25枚」
音哉「25枚!?」
最初に持っている自分の班のメダルは10枚だけだと言うだけで、その枚数の異常さはよく分かるだろう。……ということは、数々の譜面交換の中で、よほどの好成績を残しているということだろうか?

 

また、他の班にも出会った。
黒野「あぁ、愛梨な。全く呆れるぜあの班は」
音哉「何か秘策でもあったのか?」
黒野「あの班はずるい手ばっかり使ってやがるんだ。ルール違反スレスレでな」
音哉「それはどういうことだ?」
黒野「あいつが毒舌だってのは知ってるだろ」
音哉「ああ」
黒野「それをうまく利用しやがってさ…… つまり脅しだよ、脅し」
音哉「脅し!?」
黒野「奴は最初の譜面交換の時から既にこのイベントのルールがじれったくてイライラしていた。何がしたかったのか分からないが、いきなりこちら側に向けてスプレーみたいなものを吹きかけたんだ」
音哉「いや、いきなり出てきたそのスプレーってなんなのさ……」
黒野「俺に聞かれても困る。でもそれが大成功だったみたいでな…… 向こう側の班員が『メダルを見てみろ』って言った。何が起こったかというと、メダルに刻印されていた班の番号の周りが少し溶けて歪み、分からなくなっていたんだとか。最初はなぜか愛梨本人もきょとんとした顔をしていたが、何が起こったのか理解したみたいで…いきなり得意げな表情に変わりやがった」
スプレーをかけただけでメダルが溶ける……? それでも人間に害は全く無さそうだったという。
その『スプレー』が分からない以上なんとも言えないが、刻印を削って無くす技術はおそらく愛梨ではない誰かが作ったものだろう。それに加えてあの愛梨の威圧感では、誰がどうやって作った仕掛けだと尋ねる者なんてそうそういるはずがない。
音哉「随分と大胆というか…うまくできた話だなそりゃ。この小説はいつからSF小説になった?普通そんなもの登場しないだろうよ……」
言いたいことはもっともだが、メタ発言はご法度である。
黒野「でも、ルールのどこにも書いていない。コインの破損がどうとかってのは。違反であれば今頃とっくにkou長に指摘されているはずだしな…… そう、それで、刻印が消されたメダルを指差して、こう言ったんだそうだ」

 

『このメダルにもう価値なんて無い。他の班に出会ってメダルを交換しようとしても、誰も取り合ってくれないわ。代わりに私が交換してあげる』

 

被害にあった方の班員もきょとんとしていた。そうしたら愛梨は、本当に理解力の無い人たちね、と言わんばかりに舌打ちをして、目線を自分の班員に向けた。

 

『あぁ分かった俺が説明しろってことか……?はぁ…… メダルってのは、他の班のものを持っていて初めて価値がつくんだろ…… だから、班の刻印が消えたら、それが他の班のものだって証明ができなくなる』

 

もちろん全員ドン引きだった。班の刻印が消えるってことは、どこの班のメダルか分からなくなるわけだから、そのメダルにもう価値は無くなるわけだ…… あまりにも強引すぎるだろ?自ら他人のメダルを破損させといて、それは使えないから交換してやる……だから譜面の評価をしろって」
音哉「その作戦、全部あいつが考えたのか?愛梨のこととはいえ、あいつらしくないというか、微妙に方向性がおかしいじゃん」
黒野「あいつ一人じゃない。班のメンバーもきちんと共犯だからな。誰かが考えた作戦なのかもしれない」
音哉「はぁ…………」
思いっきりため息をついてしまった。
黒野「それで、相手はあの渡辺愛梨だから断るわけにもいかないだろ?『まさか、断るなんて言わないでしょうねぇ』とかな。それで、渋々と譜面交換をして、大量にメダルを交換してもらっていたそうだ。10枚まるごと、とかな」
音哉「なんだそれ…… 」

 

それよりも気になったことがひとつある。

 

音哉「い、いや、でもそうしたら愛梨のほうが何の儲けもないんじゃないか?名前が無いメダルを貰っても、価値がないって自分で言ってたじゃないか」
黒野「そこが疑問なんだ。あいつはそのメダルをどうしようとしているのか……」
音哉「……分かるのはそのくらいか。いろいろ教えてくれてありがとう」
黒野「ま、優勝は無理ってことだ」
音哉「ん……ちょっと待った!ちなみに2番手の班はわかったりしないか……?」
黒野「そんなもの俺にもわからん。でも1番との差は圧倒的だって話も聞いているから、せいぜい10枚ちょっとだろう」
音哉「そうか……」

 

そういうわけだ。音哉たちは優勝は諦めていたが、それとは別にできること……
つまり、暴走している愛梨の班を阻止することくらいできないものかと思って、それでとあることを思いついた。
俺はその作戦を班員に告げることにした。

 

森「…………なるほど……!?」
師音「言われてみればそうだけど……それは上手くいくの?」
古閑『それは良さそう』

 

愛梨の作戦の謎……それを解くピースが綺麗にはまった。そしてその作戦の仕掛け先、それは恐らく………… 他でもない、俺たちだ。愛梨ならきっとそうする。いいや、間違いなくするだろう。俺だからこそそう思えた。
そしてその愛梨の作戦を全てひっくり返す事の出来る、特段の策までも、完璧に……

 

【現在の他班コイン】
1班…9
2班…2
3班…0
4班…0

一方その頃、5組の渡辺愛梨の班では……
***「それで……あの……そろそろ、例の名無しのコインを…………」
愛梨「うるさいわね……そんなこと分かってるわ」
***「は、はい……」
愛梨「というか、刻印無しなら意味がないってルール、本当に正しいんでしょうねぇ。もし間違っていたらどうしてくれるのかしら」
***「ひ、ひぇぇっ!ぜ、ぜぜぜ絶対に合ってます……! だって、私たちがこんな事をしてもkou長は私たちに何も干渉していないですもん! だからおそらくきっと……いえ、いえ絶対に……!」

 

今まで愛梨の番の時は必ず使っていたスプレー。あれは実はリンとノヴァという奴らから貰ったやつだった。というのも、山の中を歩いている途中、草陰にふと目をやると彼女がいた。話しかけたら急に腰を抜かしたように怖がって、これあげるんで私たちのことは他に広めないでください、と泣き泣き頭を下げてきたのだった。
愛梨は最初こそは悪用するつもりは無かった。だが、班員の一人が『勝つためにはどんな手段でも使いたい。たとえこれを使っても』と言ってきたのと、このレースのルールにうんざりだったので、ついここまで協力してしまったのだった。
本人たちから効能は聞いていたものの、初めはどのようなものかわからなかった。自分のメダルでやるわけにもいかないから、ぶっつけ本番で他の班にかけてやったら大成功だったというわけだ。

 

???「あ、あの…… 向こう側に音哉たちの班が」
愛梨「ん……?笛口音哉……?」
愛梨は鋭く舌打ちをした。笛口音哉と言えば、あの陽キャ気取りの笛口音哉のこと。彼女が学園の生徒の中で特に嫌っている生徒だ。誰彼構わず話しかける陽キャタイプの奴というのは彼女の一番の苦手タイプだったのだ。
一度完膚なきまでに打ち負かしてスカッとしたい願望を持っていた愛梨にとっては絶好のチャンス。見逃すわけにはいかない。
愛梨「そうね…………」

 

急に笑みが浮かび上がった。ついに自分の理想のシナリオが完成したと言わんばかりに……
愛梨「フフッ… ちょうどいいわ。この名無しメダルの餌食、憎きあいつになってもらえばいいのよ」

 
 

自給自足サバイバルレース(12) ~決着~

時刻は既に夕方といえるほどまでになってきた。空の色がほんのり赤く染まり始めている。
制限時間30分前ということもあり、早い班はもうゴールをしている。山登りに疲れてゼーハーゼーハー言っているのもいれば、余裕と言わんばかりにジャンプして喜んでいる班もいる。
一方で、ゴール前で待ち伏せして譜面の交換相手を探そうという班も多く見られる。
その中で音哉の班も、ゴール前で待ち伏せをしていた。でも交換相手は誰でもいいわけじゃない。目的の班がいるのだ。目的でない班との交換は、申し訳ないが断っていた。
音哉「来た……!」
森「ついに……」
師音「その時が来た……」
目の前に見えて来たのは、さんざん噂されていたあのトップ班……そう、渡辺愛梨をリーダーとする5組2班だった。
表情は昨日の歌唱大会でちらっと見た時とは一変、何故か自信に満ち溢れているような顔だ。……もっとも、威圧感があることに変わりはない。でもそこには殺気とは別の何か恐ろしいオーラが取り巻いている。
彼女らはゆっくりとこちらへ近づいてきて来る。ここで音哉は、『俺たちと戦う意思があるんだ』と確信した。
ついに目が合った。一人でいるのが好きという彼女だが、この時に限ってはその面影も見られない。表情は一瞬憎たらしいような顔をほのめかすが、それは一瞬のうちに消え、すぐまた自信に満ち溢れたある意味不気味な顔を映し出した。

 

愛梨「……お互いにとって有益なことをしよう」
音哉「有益な……?」
愛梨「貴方たちは今メダル何枚を持っているの?」
音哉「全部で9枚だ」
愛梨「ほぅ…… そうか…… じゃあ6~9枚の中で評価だ」
音哉「……え?」
愛梨「どんなに酷くても最低6枚、そして最高9枚のメダルを出せっていうの。私もそうする」
音哉「うん…………分かった」
こうしてこのレース最後の譜面交換が始まった。今言った通り、メダル交換枚数は最低6枚、最高9枚出すという約束で決まった。最後に相応しい、大規模な交換といえるだろう。
もちろん交換をするのは愛梨と音哉だ。
愛梨にとっても音哉にとってもこれはいわゆる作戦勝ちというものである。評価がどれだけ高かろうが低かろうが、互いが仕掛けたトリックによってレースの勝敗は決まる。
だが愛梨はそれでも音哉には必ず評価で勝たねばならないと決心していた。次郎勢学園の生徒たるもの、やはり憎き相手を負かすなら第一は次郎で、だろうと。次郎で勝ってこその完全勝利。
もちろんその気持ちは音哉も一緒だ。

【現在の他班コイン】
1班…9
2班…2
3班…0
4班…0
5組2班(愛梨)…25

 
 
 
 

愛梨が満を辞したような顔で見せてきたその譜面は…?

 

音哉「み…Midnight City Warfare」
愛梨「そう。幾多の譜面大会の常連曲よ。」

 

jubeatのボス曲のうちの一つ、Midnight City Warfare。ハイテックな低音と綺麗な高音の交わるメロディーが人気を博す曲。

 

スペースキーを押すと、☆×10と書いていた割には比較的単純な譜面が流れてくる。
これなら音哉の実力でも余裕を持って捌けそう、という塩梅だ。

 

が、大音符の号令でゴーゴーに突入すると、それまでよりも高速になるに加え、16分音符が多数入り、リズムが不規則になってくる。

 

とその直後。

 

3000122122122122,
1222122122122122,
1222122122122122,
1222122122104000,

 

音哉「!?!?」

 

突然姿を見せる長複合に戸惑い、不可を連発してしまう。
面で縁を区切っている綺麗な複合ではあったが、それを見切れなかったためごちゃごちゃとガチャ押ししてしまう。ここまでに貯めて(稼いで)いたゲージは一気にすり減り音哉の気力は消え去ってしまった。

 

束の間の休息後、再び訪れたゴーゴーでは210210210や120120120といった複合の繰り返し、そして最終盤は加速し、作譜の達人が上手に使うと言われる「12222122221」を取り入れながらのフィニッシュ。音哉はクリアまでのゲージを溜め切ることが出来ずノルマ落ちとなった。

 

音哉「うーん、すげえ譜面だ…」

 

音哉の困惑、それはその場で息を飲んで彼を見守っていた、愛梨以外の全員が感じていたことと同じだ。
この譜面は何故か文句の付け所がまるで見つからない。
この調子じゃ勝てるわけがない…!

 

焦る音哉を脇目に、愛梨は自分の次郎に映る曲名を確認しながら、一言感想を述べた。
愛梨「Daisuke、ねえ…その曲じゃ勝てないと思うけど」

 

音哉が選曲したのはDaisukeだ!音ゲー曲の中でもかなりの人気を誇る曲。

 

早速譜面をスタートさせると穏やかなドラム合わせの複合が流れてくる。
ザ・☆9といった感じの譜面がしばらく続き、ゴーゴーに入るとそれがより速く、より鋭くなり、複合処理能力がないとまともに捌けなさそうだ。
ただ、プレイヤーの愛梨に関しては、おおよそ楽しめてはいるように見える。
型にハマってはいるが、特段悪いところもない。そういった仕上がりのままラストを迎え、最後は定石である大音符で締めくくった。

 

音哉「……………で。どうだったんだよ、俺の譜面は。」
愛梨「先にプレイしたのは貴方じゃない?貴方の評価から聞かせて欲しいわ」

 

音哉「じゃあMidnight City Warfareだけど、この譜面は良い譜面にすることを良く考えられてる。特に終盤のメロディー的な音符の置き方が楽しかったし、全体的に音と合った譜面を置けていたね。」
愛梨「………ふーん。もっと否定的になるのかと思ったわ、6~9枚のコインだと何枚なの?」
音哉「俺は8枚が良いとこって感じだと思う、1から4なら3点って感じ。」

 

愛梨「ここで私が0枚って言ったらどうするつもりなの?」
音哉「え、おい」
愛梨「私も本気で勝負するうもりで譜面を作ってきたからそんなことはしないわ、それより貴方の譜面について…」
愛梨「どうしても憎めない譜面だけと、所詮は初心者の譜面の中に収まってるわ。次があれば密度の高低差を意識してみると良いかもしれないわね。100点中65点くらいがお似合いかもしれないわ、コインは7枚ってとこね。」
音哉「そうか……」
両者はお互いにメダルを交換し合った。メダルを受け取る時、彼女には勝利を確信したような笑いが顔に表れていた。それはまるで、憎き敵を、ライバルを打ち負かした時のように。横顔でこちらを睨んで、フフッという笑いを見せると、堂々と後ろにいる班のメンバーのところへ戻っていった。

 

7枚対8枚。もちろんその数字の通り、譜面交換の勝敗は瞭然。軍配は愛梨のほうに上がっている。僅差にして、目の前にいる敵に勝ちを許してしまったのには悔しさが残る。音哉は自分の実力不足を悟った。

 

しかしそれで終わりではない。譜面交換は終わったが……まだだ。音哉は受け取ったメダルを見ると、なんの動揺もせずにあることを確認する。
音哉「やはり、例の名無しメダルを渡してきたな……」
手に握られていたのは愛梨の班番号が刻まれたメダルでも、他班の番号が刻まれたメダルでもない。そう、噂に聞いていた、刻印が無いメダルだったのだ! 愛梨が他の班を脅して強奪したとも言えようこの名無しメダル、無価値メダル。ついに最後の交換で俺の手に回ってきたと言うわけだ。

 

無価値なメダル7枚を受け取った俺らの班は言うまでもなく大損。だがルール上問題はない。"メダル"の交換さえしていれば、どんな物であろうと違反にはならないのだから。
最後の最後でこの名無しメダルを俺らに喰らわせ、順位を最底辺まで落とす。それが愛梨の企みだったのだ。
そしてこの策の中には、愛梨たちが価値のない刻印無しメダルを積極的に受け取っていた謎のタネも隠されていた。
愛梨らの持っていたメダルは表面上は25枚だが、そのうち実際に価値のある刻印ありメダルは5枚。もちろんこのままでは優勝出来ない事は分かっていた。
ここで音哉らとのメダル交換が活きることとなるのだ。刻印無しメダルを大量に押しつけて、刻印ありメダルをほぼ同量だけ貰うことで、今までの状況が一変。愛梨らが持つ刻印有りメダルは十数枚に及ぶ。これで晴れて優勝を飾れる、というシナリオだ。
(……だから、この作戦で重要なのはとにかく"誰かと"メダルの大量交換を行う事。誰と行おうなどというのはどうでも良かったが、愛梨の個人的な怨念を晴らす目的も兼ねて、そのターゲットが音哉の班へと決まったのだった)
……だが、音哉はそこまでの作戦を完全に読み切っていた。

 

愛梨「フフフ…………これで私たちの勝ちよ。そして笛口音哉、その受け取ったメダルを見て存分に絶望するといいわ」

 
 

ついにゴールの時がやってきた。刻限まではあと5分……もう次の譜面交換をする時間もなく、愛梨と音哉の班以外は全員既にゴールをしていたのだった。

 

勝った……勝った!この馬鹿馬鹿しいゲームを制して、憎き笛口音哉を負かし、ついに優勝を手にする。考えていたシナリオ通り、最高の締めくくり方だ!

 

愛梨「さぁ、行くわよ」
愛梨の班はついにゴールの線を踏み越した。
音哉「俺たちもだ」
森「残念だった……ね……」
音哉「……………………。」
音哉の班もゴールした。
kou長「全員が無事ゴールしました!!おめでとうございます!!」

 

愛梨「さ、早く結果を発表してちょうだい。誰が勝ちなんて、確認するほどのものではないわ」
音哉「優勝、か…………」
師音「無事ゴールできただけで、十分だと思うよ」
古閑『お疲れ様』
音哉「優勝、か…………」
森「音哉……君?」
音哉「優勝、か…………」
不気味なまでに同じ言葉をつぶやく音哉の視線の先を見ると、そこにいたのは愛梨だ。
愛梨「ふふん、流石貴方たち。このメダルの存在も既に知ってたというのね。でもこれは正当な勝ち方よ。負け惜しみだなんて、ここまできて随分と諦めが悪いのね」

 

だが音哉のその目は負け惜しみしているようには見えない。音哉のその口は負け惜しみしているようには見えない……!音哉の表情は……!!!負け惜しみしているようには見えない!!!

 

愛梨(不気味な笑みとはまさにこのこと……音哉は何を考えている?)

 

音哉「フフフフフッ…………」
愛梨「何がおかしいのよ?!」
音哉「お前たちは、確かにルールに従ってメダルを稼いだ。でもそれは、違反ギリギリとも言える、いわゆる『ずるい』手だな?」
愛梨「言い方というものがあるでしょ!」
音哉「自分たちの実力だけで必死に稼いでいる班がたくさんいるってのによ……それこそ、飢え死にしそうなくらいメダルが足りないところだってあったんだ。それなのに……」
愛梨「………………」
音哉「とにかく、そういう班に対して失礼極まりない奥の手を使ったことはやはり許せない」
愛梨「…………それが今更言うこと?もうゲームは終わっている。貴方たちがどうあがこうと、結果は変わらない」
音哉「そう。結果は変わらない。お前たちが優勝できないと言う事実も永遠にそのままだ」
愛梨「どういうこと?冗談のつもりなら殺す」
音哉「冗談じゃない。お前、さっき俺たちにこう言ったな。『その受け取ったメダルを見て存分に絶望するといい』、と……。 その言葉、そっくりそのままお返しするぜ」
愛梨「どういう事よ!」
音哉「さあ、さっき渡したメダルを確認してみろ」
愛梨「何が言いたいのかさっぱり。ほら、このメダルのどこがおかし…………………………」

 
 
 
 
 
 
 

『5組2班』

 
 
 
 
 
 

愛梨「私の……メダル!?」

 

場は騒然とした。

 

音哉「そう。俺がお前に渡したのは他でもない。お前の班が刻まれたメダルなんだ」
愛梨「…………!!」

 

音哉「そしてもちろん分かってるな?点数になるのは、『他の班のメダル』だけだ」
愛梨「貴方……まさか!」

 

音哉「そう。実は終盤で、お前の班のメダルをいろいろなところから集めてたんだ。そっちはいろいろな所と交換してたんだってなぁ。そのおかげで、お前たちの班のメダルを持ってる人はそこら中にいた」

 

交換の時に、もし5組2班のメダルがあればそれを出して欲しい、とお願いしていたわけだ。

 

音哉「最終的に8枚も集まったよ。これは運が良かった。そしてそれをさっきの交換でぶつけてやったわけ」
愛梨「くっ……………!」
音哉「俺たちは他班のメダルを8枚渡し、刻印の無いメダルを7枚受け取った。つまり7枚損。それはお前が考えていた作戦だな? だがそっちは7枚の名無しメダルを渡し、受け取ったのも価値の無い自班のメダル。ここで8枚儲けるはずだったメダルが全てパーになったってわけだ」

 

そして……このレースにおいて元々2位と噂されていた班が……
音哉「師音、そうだよな」
師音「そう。今聞いて回ったところ、2位は1組1班の『11枚』だったんだ」
愛梨の班員全員の顔色が変わった。
音哉「お前たちが今まで掲げてきたのは偽りの1位。それを俺らとの交換でうまくすり替えて本物の1位を獲るつもりだったんだろうが————見ての通り、お前たちの1位は偽のまま。代わりにその11枚の班が優勝になった、というわけだ」
愛梨「…………………………!!」
師音「そっちがどんな手を使ってでも優勝を狙っていたんだから、こちらも手段は選ばずに阻止させてもらった。それだけのこと」
音哉「だな! ……愛梨。譜面製作の技術では負けた。俺の実力不足だ。だがそれ以上に、正々堂々とイベントに参加しようとしない、その態度が俺は嫌いだ!!」

 

愛梨「うるさい!!」

 

音哉「!?」

 
 
 
 

その一言を残し、愛梨の班は背を向けてどこかへ去っていってしまった。彼女からの言葉は、それだけだった。

 
 

 
 

音哉「作戦成功、だな」
師音「うん」
音哉「みんな、協力してくれてありがとう」
森「このくらい、どうってことないよ」
音哉「古閑も、今日は本当にありがとう。色々迷惑かけてすまない」
古閑はひとつ頷くだけだったが、その顔には少し微笑みが見えた気がした。

 
 

kou長「それでは、優勝班の発表です!!」
ポチっ
『ドゥルルルルルルルルルルルル……』
南沢「スネアロールはラジカセ音源かーいwww」
ジャン!
kou長「メダル11枚で、1組1班の優勝です!それでは1班の代表者の方、前へどうぞ」
高砂「結局、優勝はうちのクラスじゃなかったな」
近江原「無事に帰ってこれただけで十分だって」
………………!?
目の前のいつもの段ボール箱表彰台に乗ったのは、なんとLeonだった!!
Leon「優勝デース!」
枝川「さっき言っていた、元々2位っていう班って、Leonの班だったのか!?」
Leon「音哉サンには感謝、カンシャデスね~!」
音哉「まじか…………w あいつだったのか……」

 

kou長「1組1班には賞状と、200万円が贈られます」
南沢「200万?!?!」
桜庭「朝のルール説明で言ってたでしょうが……」
南沢「うっわー!生きのびるのに必死で完全に忘れてた!!羨ましい……めっちゃ羨ましい……」
Leon「一人当たり50万デース!」
kou長「おめでとうございます。盗難防止のため、お支払いは研修終了後に改めてご説明しますので」

 
 

こうして、長かったサバイバルレースは幕を閉じた。優勝には程遠かったが、愛梨の優勝を阻止できたのは大きな成果だ!
ほとんどの生徒たちは疲労困憊といった様子で、ゴール地点付近の芝生で座ったり寝たりしている。これぞ“死ぬ気”で戦った証拠だろう。
空は赤色に染まりかけている。殺伐とした雰囲気から一転、変わりゆくその赤は安らぎの空の色だった。

夜桜謝肉祭

長かった……本当に長かったサバイバルレースが終わり、生徒たちはヘトヘトに疲れていた。
そりゃあ、メインイベントというものが終わったので疲れるのは当然なのだが…… 寝るまであとかなり時間があるのだ!
ゴール地点の「TOP’S 360」から少しばかり移動し、またしても山の中のとある広場にやってきた。
次に待っているイベントは『夜桜謝肉祭』。言わずもがな某太鼓ドンドコゲームの曲名から引っ張って来たような名前だが、結局のところ何をするのかはいつも通り聞かされていない。
近江原「これ、結局何をするのか分からないんだけど……」
近江原がしおりのスケジュールを指差しながらもやもやした声で独り言をつぶやく。
涼介「ほら、ふりがなが振ってあるだろ。そこ読んでみな」
よく見ると、かなり小さめの文字で何かが書いてあった。

 

『お花見』

 

結局お花見なんかいっ!!!
涼介「要するに、『夜桜謝肉祭』と書いて『お花見』と読む、みたいなノリなんだろう、きっと」
まぁ言われてみればそのほかに何をするのかという感じもしなくはないが。何より、だらだらできるイベントっぽいと感じて安心した。

 

kou長「はい集合~!!はい、はいはいはい集合集合~」
めっちゃ大きな声で叫ぶkou長。よくもまあそんなに声が通るものだ。
生徒たちはいつも通り素早く並んだ。

 

kou長「改めてもう一度、皆さん、サバイバルレース、本当にお疲れ様でしたた。予想外のハプニングが沢山あって心身ともに疲労困憊になっているかもしれません。ですから、あとは皆さんには楽しい食事でもしていただきたいと思います」
Felix「校長、本当に普通に食べるだけでいいんですよね、他には無いですよね?」
kou長「もちろんですとも。私だってこれ以上は皆さんを困惑させるつもりはございませんから……」
今までとは打って変わって、kou長がやけに礼儀正しいというか、へりくだった態度というか…… おそらくレースでのハプニングは大抵kou長によるもので、それを少しは反省しているのかもしれない。

 

kou長「見てください皆さん、辺りはこんなにたくさんの桜が咲いているではありませんか……! そうです、ここでは花見をしながらの食事が出来るわけです!素晴らしい。(自分の計画に自画自賛)」
音哉「ええやん~」
辺りを見渡せば、そこにはちょうど満開時という頃の桜が広がっていた。
kou長「4月下旬の満開の桜というと、東北や北海道でしか見られません。ですが、ここは高度が高く気温も低いので、ちょうどこの時期に満開の桜を迎えるそうです。時期がちょうどぴったりで良かった良かった」
気づくと日もほとんど沈みきり、そこには深い青色の空とライトで照らされた満開の桜が対を成すように視界に共存する。人々はそれを「夜桜」と呼ぶが、実際に見てみると言葉では言い表せない感動や心の躍動感がある。
とにかくきれい。

 

kou長「皆さんには一人一個お弁当をお配りします。この広場内のお好きな場所でお好きな方々と食事、花見を楽しんでくだs」
***「お腹すいたから早くしろ~!!」
生徒からそのような声が漏れる。それもそうだ。サバイバルでろくに食べ物を食べれていない班もある。
kou長「わ、分かりました。集合は19時55分です。じゃあ各自弁当を取っていってください!解散!!」
その声とともに、飢えた生徒を先頭として、弁当のある場所に駆け込む生徒たち。押し合いへし合いになった末、騒ぎは収まった。

 
 
 

みんな各自で、食べようぜ食べようぜと、仲のいい人を見つけては一緒に食べ始める。音哉は誰と食べようか迷っていた。

 

音哉「誰にしようか、うーむ」

 

……すると、一人明らかに浮いている生徒があったのだ。しかもそれは!!

 

音哉「うちの班の!? 」
なんと3組1班、音哉の班のメンバーの一人の古閑だけが広場の真ん中でおろおろとしていたのだった!!

 

音哉「えっ、何かあったっけ……」

 

冷静になって今日の出来事を思い出してみると、ひとつ思い当たる節がある。そう、古閑はパソコンを盗んだ疑いがかけられているのだった……

 

1班のメンバーは古閑が盗みをしていないことを信じているが、他の班は微妙なのかもしれない。同じクラスなんだし、少しは信じてあげたらどうなんだ……
とも思ったが、古閑は普段から喋らない。メモでコミュニケーションが取れるとはいえ、クラスメートとの会話も少なめで接点が少ないというのはある。

 

音哉「おーい古閑、大丈夫か?」
古閑は頷こうとも首を振ろうともせず、少しうつむいているだけだった。
音哉「他のみんなはまだ信じきってないみたいだな…… どうしたら信じてもらえるだろう」
古閑も何も答えが出ないのは同じだそうだ。
音哉「一旦あっちに行こうぜ。弁当でも食べながら作戦会議だ」
流れで何気なく言った言葉だが、古閑がなぜか困惑している。どうしてだ?
音哉「大丈夫か!? さ、さぁ行こう」
広場のふちの桜が咲いている場所へ行くように促すが、困惑したままで全く動こうとしない。しばらくすると流石に重い足取りというか、何かを恐れているようにゆっくりと来るが……
音哉「??????」

 

古宮「おい笛口音哉!!」
音哉「はい!?」
古宮「あんた、流石にそれは無理があるだろ!!」
音哉「えっ!?」
古宮「考えてみろや!ただのクラスメート男女2人で気楽に弁当を食うやつがあるか!!ましてや古閑だぞ!?」
音哉「あぇぇぇ!?そういうことですか!?」
チラッと古閑のほうを見たら、自分の言いたいことを全て言ってくれたというような安堵の表情を見せた。
古宮「過度な陽キャみたいになってるぞオイ……」
音哉「す、すみません……」
古宮「なんで俺に謝るんだよ!相手が違うだろ!」
音哉「あ、あぁ……古閑、ごめん」
古宮「ったくもう…… んーで、だから、他の生徒も誰か誘っとけよな。別に俺でもいいけど」
音哉「先生は女子と食事したいだけでしょ……」
古宮「うっせぇよ!」
とりあえず古宮先生は論外として、今誘えるメンバーといえば、同じ班だった師音と森くらいだろうか?
音哉「でもなぁ……師音も森も既に他の生徒と話してるんだよなー」
そこから強引に引き離すというのも気がひける気もするが、仕方ないのか……
音哉「いいや、そうだ!別クラスの人のところへ行けばいい」
他のクラスでも疑いがかけられていることは間違いないけれども、妙な空気はここより薄いはず。それに音哉はいろいろな人に知られているので、他クラスに相談することも容易なのだ!

 
 

と、いうわけで

 
 

石川「それで、私を呼んだってわけ?」

石川 有滋(いしかわ ゆうし)
男の娘である。クラスは1-1。ちょっと嫉妬しやすい性格。勉学には真面目に打ち込んでおり、中々の優等生。

この人は、1週間ほど前に知り合った同級生。音哉が昼休み中に他のクラスの教室に堂々と入って、いろいろな人に話しかけていたらしい。その時に話した生徒の一人だ。
石川「なるほどね。周りから疑われちゃってるってわけかー」
音哉「そういうわけなんだ。それで、ほら、あの、俺さ、女子の気持ちとか理解できるかわからないからさ。男目線でも女目線でもいけるっていうか……その……そう、それで君のところに来てみた」
石川「なるほどね」
少し話しづらかったが、石川が怒ることはなかった。
石川「でも……人間関係どうこうより、真犯人を見つけ出したほうが早いと思うの」
音哉「そうか……」
石川「真犯人を見つける手がかり、みたいなのは無いの?」
音哉「俺は何も。古閑は?」
石川と初対面で少し躊躇っている古閑だったが、
古閑『私も、何も』
だそうだ。
石川「へぇー、メモ書きかー。変わった子だね」
音哉「ま、まあな。色々あってな」
石川「まぁ私も人のこと言えないけど。そうね……手がかりが無いのは辛い……」
音哉「どうしたらいいものか……」
石川「もう一度、きちんと3班の人に当時の状況を聞いてみたらどうかしら」
音哉「……それがいいのかもな。分かった、聞いてくる。後で戻ってくるよ」
石川から提示されたアドバイスは結局、3班からの事情聴取だった。至ってシンプルな答えにはびっくりしたけど、それが手っ取り早いのかもしれない。

 

ただ、この方法を躊躇っていた理由はひとつ。3班というのは疑いをかけられている本人だからだ。場の空気は最悪になるに違いないだろう……
音哉「古閑、お前はここで待っていてくれ。俺が一人で行くべきだと思うから」
古閑は小さくうなずいた。

 
 

地面の小石をジャリジャリと踏む音が近づくのに、南沢はすぐに気づいた。
南沢「ん?誰d…………あっ」
音哉「『あっ』って何だよ、『あっ』って……」
3班は音哉が近づくのを見ると、怒りをあらわにするというよりは、悲しさを前に出していた。なんというか、元気のないしょぼんとしたテンションで話す。
南沢「それより、用は?」
音哉「その、……パソコンが盗まれた時の状況をもっと詳しく知りたいんだ」
南沢「なるほど……」
音哉「パソコンを盗んだ人間が古閑だったってことは間違い無いのか?」
雪姫「帽子をかぶっていたので、犯人の顔までははっきりと見えませんでした。でもあの髪色は確かに銀髪だった…… あと、もう一人仲間がいました」
音哉「仲間……?」
雪姫「金髪のような……銀髪の犯人より背が低い感じです」
音哉「その話は初耳だ……」
音哉はこの時点で一つ心当たりがあった。銀髪と金髪の2人組というと……やはり……
音哉「ほかに特徴は?」
枝川「服装は黒いTシャツ、黒いズボン」
音哉(明らかに怪しい服装やんけ……)
枝川「それ以外は何も…分からん」
音哉「お、おい!?ま、まさかお前たち、それだけの情報で古閑を疑ってるんじゃないだろうな…?!」
枝川「えっ……?でも……」
音哉「何が『でも……』だ!同じクラスメートなんだろ!?どうして信じてあげられないんだ……」
南沢「そう言われても……」
音哉「いつも一緒に会話してる仲間なんだろう?!それとも仲間じゃないってのか!?」
南沢「俺らは古閑となんてあまり喋ったことがない」
……そうだ。古閑とコミュニケーションを取っているのはごくわずかな人だけ。音哉だって、他の生徒に比べればその機会は少なかった。ましてや出会ってまだ1ヶ月。それも普通なのかもしれないが……
音哉「それでもだッ…!!俺らの仲間が『違う』って主張している。犯人だって証拠もない。なのに、付き合いがほとんどないからって疑うってのは俺は許せない!!」
自然と拳を握っていた。腕が震えている。自分は自分が制御できないほどに感情的になっていたような気がする。でもそれは確かに正しい感情。止める理由などそこにはない。
音哉「許せない……」
もう一度そう言って、背を向けて彼らから離れていった。
南沢たち3班は音哉を怒らせてしまったことに焦り、『待ってくれ』と引き留めようとする。
音哉「……………………。俺は3班のみんなが嫌いになったわけじゃない。今から古閑が無実だって証拠を探して、絶対にここへ戻ってくるさ。そうしたら……そうしたら、絶対にあいつに謝ってと約束してくれないか……」
音哉は再び振り向くことなく、最後は冷静な声でそう言い捨ててその場を去った。

 
 

戻ると、古閑は石川と話をしていた。初対面ではあったが、自分の相談になってくれる相手というのもあってすぐに仲間になれたんだろうか。
音哉「聞けることは聞いてきた。それで、ひとつ思い当たる犯人を思いついたんだけど……」
古閑はきょとんとした顔でこちらの様子を伺う。
古閑『詳しく教えてください』
石川「もしかして、分かっちゃったの!?」
音哉「証言によれば、犯人は金髪と銀髪だったそうだ。この学園に金髪と銀髪の仲のいい生徒って……見たことないか?」
石川「金髪と銀髪……あっ、見たことあるかも」
音哉「やっぱりそうだろ。犯人はそいつらだと睨んでるんだ」
石川「じゃ、じゃあやっぱり生徒のいたずらだったってこと!?」
音哉「それがね、少し事情がありそうなんだ。彼女らは普通の生徒じゃないと思う。結論から言ってしまえば……スパイだ」
石川「スパイ!?」
古閑も同じく驚いた顔でこちらを見た。普段あまり目を合わせないはずの古閑がこちらを向くほどそれは衝撃的だった。
音哉「前から薄々気づいてはいたんだけど、あまり広めないほうがいいと思ってね。今から言うことは秘密にしてくれるか」
石川「うん」
古閑も頷く。

 

なんと音哉はスパイの存在……つまりリンとノヴァの存在をすでに見抜いていたのだった!!色々な生徒と繋がりのある音哉だからこそ気づけたことなのかもしれない。
要約すれば、リンとノヴァは今回だけでなく、普段からこの学園にいる。それも思いっきり生徒を装って。石川が金髪と銀髪のコンビの生徒を見たというのはきっと彼女らのことだろうと。

 

音哉「決まったわけじゃないけど、あいつらの可能性はかなり高い。なんせこちらの情報を伺っているのだから」
石川「そのスパイってのは、今どこにいるの?この広場にいるの?」
音哉「そうだと嬉しいけど……」
一通り様子を見たが、それらしき生徒は見つからない。多分別の場所で過ごしている。
古閑『kou長に頼めば何かできるかも』
音哉「そうか!!そうじゃん!サバイバルレースは終わったから、kou長に頼ってもいいんだった!でかした古閑ー!」
古閑はかすかに笑顔を浮かべた。なんだか嬉しそうだ。
石川「早速相談に行こう!」
音哉「おぅ!」

 
 
 

kou長「アイエエエエエエ?!」
音哉(驚き方なんでそうなるんだよ……)
某忍殺作品の見過ぎである。
kou長「なんであいつらのことをお前たちが知っとるんだよ!!」
音哉「スパイのこと、小耳に挟んじゃったもので」
kou長「あの野郎……スパイの癖に情報ダダ漏れじゃないか……なんなんだよあいつら!!こっちもびっくりしたわぁ!!」
音哉「あのー、それで」
音哉は一連の騒動のことを説明した。
kou長「ご、ごごごごごごっほんw うーんそうだな。あまり知られたくはなかったが、実は私も存在は把握している。あいつらの携帯番号までもな。向こうは気づいてないだろうけど」
音哉「さ、流石kou長……」
kou長「わかった。あいつらにいま直接電話をかける。そしてここに来るよう指示する」
石川「やった……!」
音哉「あ、ありがとうございます!お願いします!」
kou長「全く面倒なことになったものだ……トホホ……」

 
 

一方その頃……
ノヴァ「はぁ……」
リン「ノヴァ……だいじょうぶ?」
ノヴァ「大丈夫じゃないかも……」
リン「あの時はほんとにびっくりだったよ……」
ノヴァ「本当にあの時、どうしてあんなことしちゃったのかしら、自分」
リン「うーん……」
ノヴァ「でも、今回はリンのおかげで助かった。ありがとう」
リン「うん!」

 

プルルルル……

 

ノヴァ「リン、携帯が鳴ってるわよ」
リン「ほんとだ」
ピッ
リン「もしもし……?」
kou長「どうも、凛さん」
リン「ん!?!?」
kou長「あなたも、確かこの宿泊研修に参加しているはず、ですよね……?いや、参加していないはずがない」
リン「え?は、は……はい……」
ノヴァ「ちょっとリン!?誰と話してるの!?」
kou長「なぜみんなと一緒にいないのです?早くこちらへ戻ってきてください」
リン「で、で、でも……」
kou長「でも?」
リン「ううぅ……」
ノヴァ「ちょっとリン、誰と話してるのよ!代わりなさい! …………もしもし?どちら様ですか?」
kou長「校長です」
ノヴァ「うぃぇ……校長先生!?」
kou長「あなたは…野葉さんですよね」
ノヴァ「は、は、はい……」
リンとノヴァは生徒として紛れていたが、名前はそれらしく漢字で登録しておいたのだった。
ノヴァ「それで、御用は……」
kou長「どうしてそんなところにいるんです?」
ノヴァ「こ、これはその……えっと……道に迷っちゃった……なんて……へへ……」
kou長「知ってますよ?あなたたちが携帯で地図を使えること。迷うはずがありません。とぼけても無駄です」
ノヴァ「ど、どうしてそれを……!!」
kou長は2人の正体を知っておきながらも、敢えて生徒として会話をしているようだった。
また、2人側は正体がバレていることを全く知らない。
リン「え?」
ノヴァ「は……はい…………分かりました……向かいます……向かえば、いいんですよね……」
ガチャっ
リン「……で、何だったの……?」
ノヴァ「リン、kou長のところへ行くわよ」
リン「えぇっ!?」

 

kou長は二人が生徒だということを利用して呼び出そうとしたのだ!拒否すれば、この学園の生徒ではないと見なし、退学させると脅されてしまったからもう後には引けない。二人はみんなのいる場所へ行くことしか選択肢が無い。

 

kou長「今にもあいつらが来るはずだ。ここでもう少し待っててくれ」
音哉「分かりました!ありがとうございます!」
古閑も深々と頭を下げていた。

 

時は来た____

 

意外と近かったのか、リンとノヴァは数分でここまで着いた。その姿を見た時、その金髪と銀髪を見たとき、改めて犯人を確信した。
音哉「やあ。リン、とノヴァ……だっけか」
リン「は、はい……」
ノヴァ「こ、kou長先生、改めてすみませんでした……」
kou長「今はそれより、あいつの話を聞いてくれ。笛口音哉の話だ」
ここで、音哉はこっそりとボイスレコーダーの録音をはじめる。
音哉「正直に答えるんだ。お前たちはサバイバルレースの間、パソコンを盗んだ。そうだな?」
リンとノヴァはしばらく黙っていた。
音哉「もし違うというのなら今すぐ否定するんだ。黙っているのなら、罪を認めたとみなす」
何も言わないというのは簡単だが、自分たちは違うと嘘を口に出すのは抵抗があるものだ。リンもノヴァも、否定の言葉は出せずそのまま口ごもらせているだけだった。
音哉「それじゃ、そういうこと、でいいんだな」
ノヴァ「いやあの、その……!」
何か言い訳を言いかけたが、続きの言葉は出ない。それで、認めるしかないと悟ったのだろう。
音哉「さあ、古閑に向かって謝ってもらおうか」
予想外の言葉だったらしく、2人ともびっくりした顔をしている。まさか謝らずに済むとでも思っていたのか!?
先に動いたのはリンだった。
リン「ご、ごめんなさい……」
きっちりと深く頭を下げていた。それどころか、その後に土下座までした。
ノヴァ「えっ……えっ!?」
ノヴァもその様子を見て慌てて同じように土下座をした。
ノヴァ「……すみませんでした」

 

音哉(なんだ。スパイのくせに謝ることはちゃんと謝るんじゃん)
音哉「……それで、どうだ、古閑。許すのか?」
古閑はじっくり考えて、じっくり考えて、やっと答えを出した。
古閑『許します。ただし条件がひとつ。スパイをやめて、私たちと一緒に行動しましょう』
古閑がこんな思い切った条件を提示するとは思わなかった!確かに味方になってくれればそれほど嬉しいことは無いのだが……
ノヴァ「えぇっ?!」
メモを受け取ったノヴァが思わず声を上げる。流石にこのような条件は想定していなかった。情報の交換だとかそういうものならまだしも、いきなり寝返れというのか!? そんなことあっていいものなのだろうか。いいや、いいはずがない。
ノヴァ「分かりました。それでは……」
kou長「それでは……?」
ノヴァ「…………。」
音哉「……?」
ノヴァ「さよなら!!」

 

ビューーーーーン

 

リンを引き連れ、目にも留まらぬ速さでその場を去っていった。さすがスパイ。逃げる能力だけは人一倍優れている……()
音哉「に、逃げられたか……」
石川「追わないんですか?kou長先生」
kou長「敢えて、な」
音哉「???」
kou長「あいつら、結構面白いやつだったしな。またこうやって一緒に遊んでみたいものだし」
kou長はどうやら楽しむためにわざと逃したというのだ。それにしても、今までのことを悠々と『遊び』と言い切りやがった。この人の余裕っぷりは計り知れない。
kou長「ってのもあるが、一番は情報収集やな。こうやって泳がせた方が、政府側の情報だって入ってくるんじゃないかと思う」
今度は情報収集のためにわざと逃したのだという。確かに、政府側の情報がリンノヴァを通してこちらに入ってくれば、それほど有利なことはないだろう…… それにしても『泳がせる』とかいう余裕っぷり。kou長なら本当にあいつらを魚と同然と見ていたっておかしくない気がする。

 

音哉「そういうことだったのか……。でも、これで疑いは晴れた」
kou長「よかったよかった。さあ、早く友達の誤解を解いてくるといい」
石川「ありがとうございました!」
音哉「ありがとうございました!それに、石川もありがとう」
石川「そんなそんな。私は相談に乗っただけだし……」
古閑『ありがとうございました。本当に助かりました』

 
 

その後をざっくり説明すると、ボイスレコーダーの証拠を見せて各班からの誤解を解いた。あれだけ疑っていた3班も潔く謝ってくれたし、それからは今まで通り、いや、むしろ今まで以上に古閑とみんなとの接点が増えた気がする。やっぱり、普段話さないから怪しいなんてのはひどい偏見なんだなっ。
こうしてやっと平和な夜桜謝肉祭が行えるわけで____ と思ったが、もうそろそろ時間になってしまう。仲間との交流ができるはずのこの時間を失ってしまったのは、残念だ…
音哉「いやでも待てよ。そのあとのスケジュールって確か……」

 
 

なんか黄昏る時間

kou長「はい。皆さん集まりましたね。夜桜謝肉祭はここで終わりですが、今から……あの……あれです。その……」

 

_人人人人人人人人人人_
> なんか黄昏る時間 <
 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^ ̄

 

なんか。なんか。なんかってなんや!!!
kou長「なんかってなんですかねぇ」
Felix「kou長が言ってどうする!!!!」
kou長「知りませんよそんな……だってこんな時間設けたのは………………あっ私か」
南沢「おい」
kou長「まあ要するに自由時間ってことでしょ。結局夜桜謝肉祭と変わらんやんけ!」
強いて言うなら、後夜祭的な二次会的なおまけ的なデザート的なアレであろうか。黄昏る時間というくらいだから、あまりワイワイする感じでは無さそうだが。
kou長「一応、21時までの一時間がその時間になってますんで、まぁ、ご自由にどぞ。21時になったら昨日と同じようにテントを準備しますので、クラス毎に集まって準備を始めてくださいね」

 

というわけで黄昏る時間がスタートしたわけだが、何すりゃいいんだよ!!
南沢「俺!!俺が一番に黄昏るぜ!!うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
一番に黄昏るってどういう競争だよ。
南沢は広場の端の、桜のある場所に向かって突っ込んでいった。
南沢「アッ」
運悪く足を踏み外す。広場の外側は急な坂になっているので、南沢はその勢いでゴロゴロと下へ落ちていった。
南沢「アーレー」
\ズシーン/
近江原「だ、大丈夫なのかなこれ……」
谷城「いつものことだし、なんとかなってるでしょ!」
師音「落ちたところで黄昏てるんでしょ(適当)」
なんでそうドタバタな展開になるかなぁ。周りを見れば、他のクラスは静かに桜を見ている。今まで明るかったライトアップは少し薄暗くなり、それがまたいい味を醸し出しているのだ。
古宮「ほら、周りが冷たい目でこっちを見てるぞ」
南沢「痛たたたたたたた……」
古宮「9割お前のせいだよな()」
南沢「すいません」
広場の縁は芝生の斜面になっていて、座って桜を見るには持ってこいの場所になっている。
薄暗くて静かなのもあってか、眠い人は桜の前で寝てしまっている人もいる。それもそうか。これだけたくさんのイベントがあればまぁ……

 

ここで雪姫が何を思いついたのか、妙にソワソワし始めているのに気づいた。
音哉「ん?雪姫、大丈夫か?」
雪姫「うるさい……!」
音哉「…………。」
そのソワソワのしかたで察した。そういえば枝川のことが気になり始めてるんだったっけか。昨日と今日で随分惚れちまってるみたいだし……
音哉(まさか?!雪姫はこのタイミングでもう告白を?!いや、そんなことあるわけないやろ…たった昨日惚れたばかりの人にいきなり告るなんてそんな勇気のある行動を取r…)
雪姫「枝川さん、一緒に桜見ませんか」
音哉「???????????????」
さりげなく話を聞いていた音哉だったが、フラグを回収したかのように現実が進んでいくことに驚きを隠せない。
枝川「あ、あぁ、まぁいいけど(いきなりなんなんだろ)」
そう言うと、音哉たちのいる場所から少し離れた場所へ行ってしまった。
音哉(やべぇ……こういうのめっちゃ気になる!!でもなぁ……向こうの様子覗いたら確実にバレそうだし、なにしろ2人よりも周りの視線が気になるし……あーどうしたらいいんだろ!でも絶対気になるしどうしようどうしよう)
森「あの……音哉くん」
音哉「どうしようどうしy…………………………え?!?!?!」
森「?」
音哉「えっ?!な、何…………?」
その声はいい意味でも悪い意味でも軽くトラウマになった。他人事だったことが自分に回ってくるときの恐怖のように。今まで高みの見物をしていたが、自分も下に引きずり落とされるような恐怖のように。……いや、それは言い過ぎかな。怖いというのはあまり無いが、恐ろしいほどにフラグ回収が早い。
音哉(まさか…………まさか……絶対に言うなよ、それだけは絶対に)
森「ちょっとあっちで桜……見に行かない……?」
音哉(うわああああああああああああああああああああああああ)
一撃必殺。正々堂々。四面楚歌。これが俺のたどる運命。
音哉「あ、う、う、うん……」
別に恋愛が嫌いというわけでは全くない。むしろ好き。でも、あまりにもいきなりすぎるので少々困惑している。
このままでは確実に告白されてしまう!!あ、いや、それは単なる妄想だ。普通ならそんなうまい話、あり得るはずがない。ただ話をするだけだろきっと。いやでもやっぱり本当に告白されちゃったらどう返せばいいんだよ!!なんてことを永遠に考えつつ、森についていく音哉であった。

 
 

雪姫「さ、どうぞここに座って」
枝川「あ、あぁ」
雪姫(もう今日成功させるしかないの……!そうなの……!)
しばらく桜を見つめる。枝川は勘づいていないので普通に見つめているだけだが、妙に意識してしまっている雪姫は目線のやりどころにすごく迷っている。このまま桜見つめてるだけじゃ何も始まらない……!と。
枝川のほうも雪姫のことが好きなのだが、この1日がとても大変だったのだろう。自分からアプローチする余裕もなく、もっと言うならドキドキする気力もない。これが告白のためだと察することができないほど。おそらく風紀委員の打ち合わせか何かと勘違いしている……うん、多分気づいてはいないはず。
数十秒の沈黙のあと、先に口を開いたのは雪姫だった。
雪姫「今日は、……その……いろいろありましたね」
枝川「まぁいろいろあった。ただのイベントかと思ってたら、本当に命がけだったし……」
雪姫「やっぱり疲れたn…………あっ、疲れましたか?」
枝川「すっごい疲れた。早く寝たい」
雪姫「そう……ですか」
風紀委員というのもあってか、普段は誰にでも敬語で話す雪姫だったが、一瞬タメ口になりそうになる。
…………そして会話は途切れる。気まずい!!
雪姫(つ、次はどうやって話せばいいの!?まさかいきなり告白するわけにもいかないし、ど、どどどどどうしたら……)
肝心の枝川だが、疲れているために自ら話しかけようとはしない。
雪姫「あ、えっと、その、あ、あぁーえっと、桜、きれい……ですね……」
枝川「ここまで綺麗に桜が見られるなんて初めてだ。満開の桜ってここまで趣があるものとは思わなかった……」
雪姫「そ、それに今日は月が綺麗ですねー、な、なんて、あは、あははは…………」
枝川「月?」
なんてことだ!実際はこちらの方角に月は見えない!!流れで言ってしまったせいもあって、非常に恥ずかしい。
枝川「どうして顔を隠す?」
雪姫「あの、その、あ、あの……///」
枝川「月といい今の行動といい、なんか様子がおかs……ああっ」
枝川はここでやっと気づいた。これ風紀委員の打ち合わせでもなんでもないじゃん!!あれじゃん!!月が綺麗ですねってやつじゃん!!
それに気づいた瞬間、何も言えなくなった。
お互いの沈黙が続く。
今まで眠がっていた枝川も今起こっていることに気づくと、パッチリと目が覚めてしまった。
お互いがお互い、次にどんな言葉を発するべきかを考えている。これは間違いなく……その、告るってやつだろう……いやでも万が一違ったら?!その時はもう終わりだ。そう思うとなかなか次の一歩は踏み出せない。
今度は枝川から口を開いた。
枝川「あの……あー、 結局、どうしてここに呼んだんだ……?」
最もずるい一手が飛んだ。誘われたほうだけが聞くことができる、一番のトドメであった。これで決着。雪姫はその目的を話すほかない。もし恥ずかしさで話をそらそうと、別の目的だと嘘をつこうものならば、とりあえず今回の機会で告白をするのは無理になる。まさに雪姫に究極の選択肢を与える一手だった。
その質問の裏に隠された意味は『今告白する勇気がありますか?』そういうことだ。今こそ自分の本気度がどれほどのものなのかを試されている瞬間なのだ。
……でも、実際にこう追い詰められると、本来の目的を正直に話せる人はそう多くいない。正直に打ち明けると『ほーら、やっぱりそうだったんだ』的な、負けたようなイメージがつくからでもある。ここはやはり相手に質問されてからではなく、自分から行きたいものなのだ……だから正直に答えられる人は少ない。

 

もう話すしかない。それとも嘘をつく?究極の選択。しかし!!
逃げる事はもはや無理だ、そう考えている人はコミュニケーション術はその程度だ、ということだ。雪姫はこれだけでは終わらせなかった。この質問をそのまま思いっきりひっくり返す、究極の返答を知っていた。

 

雪姫「なんでだと思う?(ニコッ)」

 

枝川「!!!!!!!!!!!!!」
決まった!!ちなみに貴方はどう思っているのですか返し!!
100点!! これぞ気まずい空気を打ち破って相手に返す恋愛コミュニケーション術!
今まで追い詰められたいた雪姫が、今度は逆に追い詰める側になったのだ!!枝川はどう思っているのか。それを答えなければこの質問は終わらせられない。よって、相手がこの会話をどう意識しているのかを聞き出すことができるのだ。ここまであからさまに2人きりの場所で呼んでいる以上、相手が告白のためだと気づかないわけがない。そうすれば絶対に告白のためなのだ、それしかないと決めつけてしまう。まさに心理的な追い詰め方……!
ただ、今回の場合は抜け穴があることを、雪姫は想定しなかった。

 

枝川「風紀委員の打ち合わせかと思ったんだが。実際どうなの?」

 

またスマッシュを返されてしまった!!!!!そう!そうなのだ!雪姫の遂行した作戦は決して悪いものではない。相手の意識を聞くためにはもってこいの返し方なのだ。しかし、『告白以外にあり得る目的』というものが少しでも存在すれば、そちらに逃げることができる!今回は2人が風紀委員という繋がりもあり、その打ち合わせだと思ったという逃げ道が作られていたのだ。逃げられてしまえばそれでおしまい。回答権は結局自分に返ってきてしまう。今度こそ終わりだ……!

 

雪姫「で、ででででも、そんなことわざわざ今する必要ないでしょう……?」
枝川「いやぁで、でででででも、今日は1日中忙しかったし……」
雪姫「い、いやいやいやいやいや、だって夜桜謝肉祭の時間があったじゃない!」
枝川「あ、あ、あの時は単純に飯を食ってたから、とかかもしれないし」
雪姫「いやいやいやいや、えっと、その、あの、あぁぁぁぁいやいやいやじゃなくてええっと、あー……」
ここでついに言葉が詰まった。今度こそ終わりか。
枝川は勝ったとばかりに雪姫のほうを見てニコッとした笑顔を見せつけた。

 

枝川「で?結局目的は何?」

 

雪姫(う、うぅぅぅ……)

 

その時だった!後ろに人の気配がした。
宇都宮「何をしてるの??」
枝川「うわあああああ!?」
雪姫「えええええええ!?」
枝川「い、いつから後ろに!?」
宇都宮「うーん、いつだろうね!」
雪姫「え、えっ…………」
枝川「まさかとは思うけど、月がどうたらってくだりは聞いてない……よね……?」
宇都宮「うーん、多分ね!」
雪姫(よ、よかった……)
宇都宮「でもね、いつもは敬語な雪姫ちゃんが途中から敬語じゃなくなってたの、可愛かった」
雪姫「!?!?!?!?///(カァァァァッ)」
雪姫の顔がイチゴのように赤くなった。どうやら本人ですら気づいていなかったようだった。
それを見た枝川は余裕の顔を見せて
枝川「やれやれ……」
と呟くが……
宇都宮「あと、枝川くんが雪姫ちゃんのこと、じーっと見てたし?」
雪姫「!?!?!?!?///(カァァァァッ)(2回目)」
顔が茹で上がった。
枝川「!?!?!?!?///(カァァァァッ)」
ついでに枝川も恥ずかしがっている。

 

結局、宇都宮に美味しいとこどりをされて、何の進展も無く終わったのであった。

 
 
 
 
 

代わってこちらは音哉と森。
もちろんこちらでも同じような流れになっている……
だがさっきの2人と違うのは、音哉が最初から勘付いているということだ!! 流石コミュニケーションにおいては誰にも負けない音哉。雰囲気と心情の理解力は人一倍研ぎ澄まされている。

 

kou長(そんぐらい誰でも分かるやろ)
古宮(なんで校長までここにいるんですか!)
kou長(だって、主人公とヒロインの恋愛シーンとか、めっちゃ気になるじゃん)
古宮(だからってそばの茂みに隠れなくたって……)
kou長(じゃあなんでお前も一緒にいるねん!!)
古宮(…………なんでやろ)
kou長(おい!!)

 

やはり最初はどちらからも何も話せないでいる…… 今回の場合は森はもちろんのこと、目的に気がついた音哉も口を開きにくいのである。

 

古宮(音哉はコミュ力あるんだし、恋愛も慣れてるのでは?)
kou長(意外とそうでもない。音哉はフレンドリー過ぎるが故に、今まで彼女なんて作ったことがないんだ)
古宮(へぇ……あいつにしては意外)

 

薄暗い桜と、その上の空に見える月。その明かりが2人の顔をちょうど照らしていた。
最初に話しかけたのは森だ。さぁ、ここから駆け引きが始まる……!!
森「あの……音哉くん……?」
音哉「ん?」
森「その………………その………………」

 

kou長(おいまずいぞ!早速告白が来ちまうじゃんか!)
古宮(うっそだろ?!)
kou長(こうも早くやって来るとは……仕方ない)
古宮(えっ、何かするんですか?)
kou長(主人公への告白はもっと焦らさなくてはならない。小説のシナリオ的にも。すまんな森)
古宮(!?)

 

森「その…………そ……!!///」
森(ダメだーーーーーー……ぅぅぅぅぅぅ……言えない……えっと、どうすればいいの……)
音哉「?」
森「その…………す、す………………す…………!!///」
kou長(アーーーーーーーそれはアカンてあかんて)
古宮(校長は何がしたいんだよ……)
森「す………………す……!!//」
kou長「すき焼き!!」
森「す……!!すき焼き!!!//」
音哉「すき焼き!?!?」
森「えっ!?えっとその……い、いやなんでもないなんでもない……忘れて…………///」
森は思わず顔を覆って背を向いてしまった。

 

kou長(やったぜ。)
古宮(はぁぁぁぁぁぁ?!生徒の恋愛の邪魔とか禁じ手だろ!教師として、てか人間として失格だろ!!)
kou長(じゃあなんだ?私立次郎勢学園は今回で最終回なのか?)
古宮(なんでそうなるんすか……恋愛が全てじゃなかろうに……)
kou長(主人公だぞ?!きっと最終回は主人公とヒロインが結ばれてハッピーエンドなんだよ!!)
古宮(とんでもない妄想だ……)
kou長(あと、読者の皆様に私からお詫びしておきます。このようなゴリ押し展開で結局終わりに持っていくしかないストーリー展開の雑さですが、どうかご容赦ください。以上、執筆者からでした)
古宮(????)
kou長(恋愛シーンって、途中のいいところで止めるのって、案外難しいんだよね)

 
 

その後結局それと言った会話は無かったが、音哉はさっきの発言を本当に忘れてくれた。無かったことにしてくれた。
森(私、どうしてあんなこと言っちゃったんだろ…………どこかから声が聞こえたような気もしたけど…………)

 

古宮(おい、ヒロインが悲しんでるぞ。kou長のせいで)
kou長(あのなぁ!勝手にヒロインヒロインって決めつけるなよ?!音哉と森でカップル成立は確定だなんて誰が言ったんだ。まだ分からんだろが!)
古宮(アンタが止めなかったらそれで確定だっただろうけどな)
kou長(そこは触れないでくれたまえ)

 

森(言えなかった……言えなかった……でも、音哉くんと2人きりになれたし…………それは良かった……!)

 

それで気がつけば時間は終わり。あの後、クラスメートに何があったのかって散々聞かれたが、実際すき焼きと言われただけなのでそれ以外に答えようがない。まぁ無かったことにしているので、それすらも言えないのだが。
枝川と雪姫もいろいろ問い詰められていたが、お互い黙ったまま。二人とも恋愛の秘密は完全に貫き通した。

 

それでも、二人きりになれたことが大きな進展だ(周りで見ている人の存在は別として……)。告白までとはいかなくとも、その前段階まで足を踏み出し、勇気を振り絞れたと言うのは、恋愛の壁を超える上で一番の経験になるであろう。彼らの距離は少しずつではあるが確実に近づきつつある。桜の前で培った、一生忘れない思い出。

 
 

就寝

就寝準備をしている間に、とある放送が入る。
「連絡いたします。皆さんご存知の通り、明日のスケジュールは何も決まっておりませんが、教師たちの相談の結果、『じょそう大会』をする予定でいます。詳しくは各クラスのテントに貼ってある紙をご覧ください」

 

音哉「………………はい?」
古宮「つまり、そういうことだ」
南沢「つまりどういうことだってばよ」
放送を聞くよりも実際に張り紙を見たほうが分かりやすいそうなので、早速見てみることにした。

 

★☆★明日の予定あんけーと!!\いぇーい/☆★☆

 

明日の予定お、みんなで決めます、。。
次の中から選んぢゃってください!!

 

どの「じょそうたいかい」がいい?
1.女装大会!!!
2.助走大会!!!
3.除草大会!!!
4.序奏大会!!!
どれがいいかキメたら、横にあるぅ、とーひょーばこに、名前を描いてれっつとーひょー!
一番多かったのを、あすのイベントとします。。。
内容に関する質問は、一切、受け、付け、ません!!!残念!!
\内容が無いよう~/ズコー
みんな、よろしく!!(全力のポップ体フォントで書かれた文章)

 

by kou長

 

Felix「いや、書いたのkou長かよ!!」
照美「これは流石に引くわね」
笹川「ちょっと意味が理解できないのだ」
古宮「要するに、この4つの『じょそうたいかい』のうち一つだけを行うってことだ。全員投票しとけよー、30分くらい後に回収しに来るぞ」
高砂「はーい」

 

南沢「おい、女装大会だってよ?!」
音哉「女装ってマジの!?」
涼介「嘘だろ……」
南沢「いやーこれは“オンナヨソオイ”のじょそうで決定でしょ!」
近江原「ちょっと待てちょっと待て」
優「男子の女装見て、楽しい??」
森「私は……他のがいい」
谷城「そうだそうだー!女装反対ー!」
音哉「まったくもって同感」
南沢「う、嘘だろ……!?」
涼介「嘘だろって 南沢さぁ、もし決まったらお前も女装するんだよ?」
南沢「まさかそんなことするはずn……あっそっか!!」
Felix「なんで観客側前提で話してんだよ……」
南沢「えー!?女装やっぱやだ!!」
谷城「そうだそうだー他のに賛成!!」
菊池「草刈るのが一番平和そう……」
師音「そんな気がする」
と、女装大会はあっけなく却下される流れとなった。
涼介「さて、選択肢はあと3つだが」
南沢「じゃぁ…助走かな」
音哉「どの“じょそう”だよ……口じゃ分からん!」
南沢「読者の人がわかってるならいいじゃん!この会話は文字化されて小説になってるんだぞ!読み手には漢字で十分伝わってるし」
高砂「メタ発言……」
南沢「”助ける走り“のじょそうな!」
近江原「助走大会って何をするの?」
枝川「助走の美しさを競う、とか」
音哉「それ、ただの走り……だよな?」
南沢「そもそも何の助走なんだろ」
Felix「知るか!なんで俺の方を向いた!?」
音哉「あーダメダメ。助走もダメっぽいな」
近江原「やっぱり草を刈る“除草”じゃない?」
南沢「そうかも」
師音「序奏って結局演奏して終わりじゃんって突っ込みたくなるし」
雪姫「除草なら誰にでもできますし!」
音哉「よし。俺は除草に投票してこよーっと」
南沢「俺はどうしよう……まぁ草刈りでいいか」
しばらくはこれで済んでいたのだが……投票がヒートアップしていくうちに、他のクラスが拡声器か何かを使って
「皆さん!!皆さんで女装に投票しましょう!!女になりましょう!!」
とかいうアナウンスを始めるし、はたまた別の人は
「女装に投票しないと呪いますよ……」
という脅しをかける人もいたり(実際に呪われそうなオーラが出ていたので怖かった)、
はたまた別の人は
「金ならいくらでも出しますから、女装に投票してください!!」
とかいう取引を行うやつまで現れた。なんという女装推し勢の恐ろしさだろうか。……とはいえ、アナウンスを始めるのが少々遅かったようで、半数くらいの人はすでに投票を終えていた。効果は想像以上に薄そうと見えた。

 

kou長「お知らせします。時間になりましたので投票を締め切ります。結果は明日の朝に発表しますのでよろしく」
結果の発表は次の日だった。集計の時間も込みでなのだろう。
投票が終われば、後は本当に寝るだけだ。昨日と同じく、テントの中に飛び込む。
枝川「疲れた…………」
音哉「んぁぁぁぁ疲れたぁぁぁぁぁ……」
ズシッ
枝川「おい誰だ!上から飛び込んできたのは!」
南沢「づがれだ……」
枝川「南沢かよ()」
南沢「あー残念だなー、みんなで恋バナでもしようと思ったのに、みんな眠そうだしなぁ~」
近江原「僕は別にいいけど」
音哉「ふぁーあ……どうせ明日はろくなイベントにならないだろ……多少夜更かししても平気平気」
涼介「ま、みんなに任せるよ」
音哉「どうするんだ?」
高砂「俺はどうしよう……寝たいな……寝よ」
近江原「寝る人がいるんだった俺も寝ようかな」
高砂「あーーでもみんなが起きるんなら起きます……はい」
Felix「ハァ……無理する必要はない。恋バナはここでしかできないわけじゃなかろう。むしろこれから1年間あるイベントでそんな機会はいくらでもあるはずだ」
音哉「そうだな……」
南沢「これは、寝るムードでよろしいのでしょうか~?」
Felix「寝よう。我も少々きつい」
涼介「じゃ、寝るか」

 

というわけで、恋バナは今度までお預けとなった…………はずだが………………

 
 
 

近江原「あっ、でも、どうしてもって言うなら、いい案があるんだけど……????」
近江原らしからぬ、少し悪だくみをしているような顔でそういう声が聞こえた。
音哉「どういうことだ?」
近江原「人の恋バナが本気で気になる人、ってことだよ。いない?」
人の恋愛話を追求したがる人と言われて自分から手を挙げる輩はそうそういない。いたとしてもここで挙げられる状況ではない。けど……
音哉「ハイ」
涼介(マジかよ……)
高砂「ええっ!?」
音哉「そういうのは単純に好きだから、ぜひとも興味あるんだけど」
近江原「おぉ~。珍しいねぇ…………他には?」
高砂「はい、はい!はい」
涼介(あいつもか……)
音哉の先陣に続いて、2人目も出てきた。
近江原「俺含めて3人いれば十分かな。もう少しくらいいてもいいけど」
少し間を待ったが、他に希望者はいなかった。
近江原「それじゃ、いいところに連れてってあげる」
音哉「いいところ?」
高砂「外か……」
近江原「うん。説明はあとでするから……っていうか、してもらうから」
音哉「してもらう……?」

 

近江原に言われるがまま、テントを出て少し歩いた。他クラスの生徒は大抵がテントの中に入ってしまい、外の騒がしさは消えつつあった。その中を、近江原の後の続いてとことこと歩いていく。
高砂「待って、もしかして先生たちのところに行くわけじゃないよねぇ」
近江原「さぁね、どうだろうね」
そう言いながら近江原は先生たちのいるテントへ近づいていく。
音哉「どう見てもそうじゃないか!!」
もしかしてこれって、先生たちのところへ冷やかしに行くだけじゃないのか…? それでただ説教を食らうのはごめんなのだが…
近江原「さて、入ろう」
そう言ってテントの入り口から入ると、そこには教師4人が円形に座って待っていた。

夜の宴

kou長「おぉ~、来た来た。これで全員かい」
近江原「はい。他の人には全員断られました」
kou長「まぁそうだろうねぇ」
テントにいたのは、kou長先生、古宮先生、木ノ瀬先生、そして用務員さん。
古宮「さて、じゃあ始めるか」
音哉「始めるって、何をですか?!」
古宮「あれ?何も説明聞いてないのかな?今からここで『『ギャンブル』』的なことをやるんだ」
高砂「ギャンブルだって?!」
音哉「ギャ、ギャンブルって……お金を賭ける……その、あれ?ですか?」
近江原「驚き方が俺の時とそのままだな……」
音哉「いくら大人とはいえ、お金賭けるのはまずいですって……」
kou長「なんで?」
音哉「ほら、社会的にというか、ギャンブルはいけないって風潮が……」
kou長「政府非公認の次郎勢学園が今更そんなこと気にするわけないだろ……」
あっそうか。そういえばそうだった。
音哉「で、ででででででも、俺、お金とか無いですよ?!」
高砂「俺もです!俺もう帰りたいです!」
kou長「まあまあまあ、待ちたまえ。それはもちろんわかっている。そのために、事前にああやって聞いといたんだよな。な?近江原君」
近江原「はい。恋愛に興味がある人を集めたんです」
音哉「そのために?!」
ギャンブルの話と恋愛の話が結びついた時点で、何が言いたいのかは大体察しがついた。
kou長「そうそう、そういうこと。負けた時はお金の代わりに、君たちの恋愛の秘密をここでぶちまけることにする」
音哉「なんじゃそれ?!」
嘘だろう?!負けたら自分の好きな人とか、そういうのがここの人にバレるというのか?!
高砂「いいんじゃないですか?」
えっいいの!?
近江原「賛成です」
いいのかよ!!
kou長「それで?音哉君はどうかね」
音哉「は……はい。俺もそれで構いません」
ここまできて引き下がってられるか。こうなったら勝って帰るしかなかろう。
kou長「もちろん、君たちが勝った時には賞金を受け取れるからな」
音哉「でも……いくらぐらい?」
kou長「そうだな……一人につき1000円か2000円くらいだろうし……まあ5000円くらいは入る」
そこそこだ。高校生にとってはありがたい金額だ。だが、自分の秘密と引き換えに狙うとなるとそれはリスクが高すぎるが……
音哉「分かりました」
もう一度言うが、ここまで来て帰るわけにはいかない。もう前進あるのみだ。
kou長「じゃあ始めよう」

 

近江原「それで、ギャンブルといっても何を?」
kou長「麻雀……………………とかやりたかったのだが、ルールを知らない人が多すぎたのでやめた」
古宮「なんでみんな知らないんだよ……」
木ノ瀬「古宮先生も知らないでしょ」
古宮「う、うるさい!」
kou長「というわけで、ルーレット………………と行こうと思ったが、それも小説的に見栄えがしない」
古宮「うんうん」
もはやkou長のメタ発言にツッコミを入れる必要はない。
kou長「というわけで、その次に思いついたのがポーカーということだ」
音哉「じゃあポーカー、と?」
古宮「いぇす」

 
 

安心と安定のポーカーで勝負らしい。
kou長「ところでそこの3人は、ポーカーのルールは分かりますか?」
音哉「ま、まぁ一応は……」
高砂「うーん、微妙です」
近江原「俺は大丈夫です」
kou長「そうだよな。そりゃそうだよな。近江原も、チップの賭け方とかまで分かってるのか?」
近江原「はい、まぁ一応」
kou長「さすがだ。……まぁ、今回は特別ルールもあることだし、順を追って説明していこう」

 

参考文献:https://www.nintendo.co.jp/others/playing_cards/howtoplay/poker/index.html

 

まず、各プレイヤーは参加費として500円を場に出す。
その後、トランプのカードが各プレイヤーに5枚ずつ配られる。
まずはその内容を見て、お金をどのくらい賭けるかを考える。
古宮「というわけで、自分の役が今どんな状況か、分かったな?」
高砂「まあ」
音哉「はい」
近江原「はい」
音哉の現在の役は♣︎3、♣︎5、❤︎1、♦︎J、♠︎Jだ。既にワンペアができているのはそこそこ有利……!

 

そうしたら1回目のベットの時間。ポーカーのチップ(今回は現金)は、最終的には参加している全員が同じ額を出さないといけない。親であるkou長から時計回りに、最初に金額を提示するプレーヤーを募る。すると……
木ノ瀬「元の500円にさらに500円追加して、1000円でビッド」
用務員さん「おぉっ、早速1000円のビッドが来たな」
kou長「さあ、まず提示された金額は1000円。君たちはこの額と自分の役を見て、3つのうちのどれかの行動をとる必要がある」

 

「レイズ」。賭け金を上げること。自分の札によほど自信があり、今回であれば、1000円より高い額を賭けたいと思ったのなら、その金額を提示し、その場に出す。
「コール」今提示されている金額で勝負すること。提示された金額通りのお金をその場に出す。
「ドロップ」現在の役では勝てそうにないと判断した時。ゲームを降りる。それまでに賭けていたお金は元に戻らない。

 

kou長「というわけだ。今は木ノ瀬先生が1000円を提示したから、次は用務員さん、近江原君、高砂君、音哉君というように順に行動をとっていく」
なるほど。ここでいくら賭けるかが重要な駆け引きになってくるわけだ。単純に自信があればレイズを言っておけばいいわけではない。そうすれば相手は『あの人はいい役を持っているんだな。それじゃ勝てそうにないな。ゲームを降りよう』なんて思われてドロップされてしまうこともある。だから、わざとコールにしておいて、そこそこの手だ、と相手を乗せることも時には必要。ポーカーにおける心理戦はここが山場だ。

 

kou長「それじゃ、用務員さんから」
用務員さん「コール。同じく1000円」
用務員さんも場に1000円札を出した。
古宮「いいねぇ」

 

さて、問題はここから。
kou長「君たちはお金をかけるわけじゃないから、ルールが少し変わるよ。君たちが取る3つの行動は次のようにアレンジした」

 

「レイズ」賭け金を今提示されている額の1.5倍にする。その代わり、そのゲームで4~6位をとった場合は、好きな人を学校全体にバラす罰ゲーム
「コール」賭け金を今のままにして勝負する。その代わり、そのゲームで4~6位をとった場合は、好きな人をこの場にいる人に公表する。
「ドロップ」ゲームを降りる。ペナルティや罰ゲームは無し。

 

近江原「レイズのハードル高すぎるじゃん……」
音哉「ドロップだと、何も起きないんですか」
kou長「その通り。普通ならそれまでの賭け金は失うことになるのだが、今回の特別ルールでは、何のペナルティも無い。だから危ないと思ったら好きなだけ逃げれる」
高砂「有利じゃん……!」
kou長「まぁ、そしたら当たり前だけど賞金は絶対手に入らん。どこまでリスクを冒すかは君たちに任せるってことだ」
これはむしろ自分との戦いな気がする。どこまでが自分の限界か、その精神力と判断力を自らの内でぶつけ合って、はじめてこのゲームは「ゲーム」になる。
kou長「ま、我々としては、積極的に勝負して欲しいんだけどね。みんなだってそうだろ?恋愛話に興味があるからここに来てるんだ。クラスメートが勝負しないで逃げてばっかりじゃ、ここに来た意味もないし」
近江原「そうですね。積極的に勝負していきましょう」
高砂「なるほど」
音哉「分かりました」

 

kou長「それじゃ続けよう。近江原君、どうするか?」
近江原はあまり考える暇もなく、すんなりとコールを告げた。
kou長「はい、次は高砂君」
高砂「俺!?俺は……えっと…………ドロップ」
kou長「なるほど。珍しく慎重派だねぇ……じゃあ次音哉君」
音哉「俺は…………いや、俺もドロップで」
kou長「んー、わかった。初回だからかもしれないけど、結構渋々な感じだな」
そりゃそうだろ!負けたらあんなでっかい罰ゲームあるんだぞ?!
面白くないので()要約すると、近江原は2ペアで2位だった。1位は木ノ瀬先生で、3000円をゲットした。

 

続いて第2ゲーム。さっきので要領は掴めたし、ここはもう思い切って勝負してしまうか……!? 最初にワンペアでも来ていたらバラしてしまおうか……
kou長「はい、カード配布完了」
音哉「ぬぬ!?」
目の前に現れたのはなんとツーペア!!❤︎3、♠︎3、❤︎7、♦︎7、❤︎Kだ。
音哉(これは……神が言っているのか……!勝負に出ろと……!」
近江原「…………。」
高砂(ニヤッ)
音哉(ワンペアできていただけでもいいと思っていたけど、まさかのだぜ……これは行くっきゃないか……」
用務員さん「あのー、途中から思っていることがダダ漏れになってるぞ……」
音哉「あっ」
古宮「おいw」
用務員さん「音哉君は役が良いのか、なるほどなるほど」
嫌というほどわざとらしく声をかける。
音哉(でもまぁ、まだ致命的ではない)
ただ良い役を持っていると知られただけ。そんなもん、ベットの時にバレることだってあるし大丈夫やろ()
kou長「はい、じゃあベット」
古宮「じゃあ700円」
kou長「なんかすごい微妙なとこ行ったな…」
古宮「自信は無くもないけど、あるわけでもなくもないって感じ」
近江原(それって要するにあるってことでしょ……)
kou長「じゃあ、時計回りにお願いします」
木ノ瀬「コール」
木ノ瀬の前の場に700円が置かれる。
用務員さん「コール」
近江原「コール」
高砂「………………よし、コール」
kou長「それで?肝心の音哉君は?w」
そんなニヤニヤ見つめるな!気持ち悪いわ!
音哉「フフフッ……もちろんコールで」
ついに勝負に乗った。これで1位なら賞金……最下位なら秘密暴露……
kou長「よし来た。それじゃ一周したから、次はカード交換だ。私は2枚で」
古宮「3枚で!!」
木ノ瀬「まぁ、ここは1枚で」
高砂「1枚」
音哉「俺も1枚」
ここはもちろんハートのKを交換してフルハウスを狙うべきだろう。
カードを捨て、山札からカードを1枚颯爽と取り去る。
そして来たカードは………………

 

音哉(んんん!!!???)

 

♦︎3が来た!!33377のフルハウス!!!……なんという強運……初手でツーペアを作った上に、交換でフルハウスを揃えてしまうとは……むしろ運が良さすぎてこれからが怖いくらいだ。でも、これはもう勝ったと言っても過言ではないだろう!!
いや、危ない危ない。ここはポーカーフェイスだ。こちらの状況を下手に悟られてはいけない。そもそもさっきの失態で、俺の手は最初からいいということを悟られてしまっている。ここはむしろ不満そうな顔をしてプラマイゼロの印象にしておいたほうが無難かも。
kou長「それじゃ、2回目のベット」
さて、最後の関門だ。今の交換結果を踏まえてもう一度賭けの時間。ここで調子に乗ってレイズを宣言してしまえば、ゲームを降りてしまうプレイヤーが出るかもしれない……
音哉(現在の額は700円……レイズを宣言すれば1.5倍の1050円賭け……)
最初はそうだったから、どちらにしようか迷っていた。でも、その時だった!

 

古宮「レイズ。1000円賭けで」
音哉(!!)
よっしゃキターーーー!なんと、音哉以外の人が代わりにレイズを宣言し、掛け金を上げてくれたのだ!!しかも音哉がレイズする場合とほぼ同じの、1000円!
これで音哉はコールするだけなので、新たな重いリスクを背負う必要もなし。しかも、かなりいい役だと睨まれる必要もなし!これを一石二鳥と言わずして何と言う!
木ノ瀬「ドロップ」
用務員さん「コール」
用務員さんも1000円札をバサっと出した!
近江原「コール!」
高砂「ドロップ」
こんな高額な状況にもかかわらず、なんとドロップは2人しか出ていない!そしてもちろん自分も…
音哉「コール」
kou長「私もコールで。さて、1000円賭けでこれだけ人数が残っているとは、なかなか面白いですな。ではでは……カード、オープン!」
全員が一斉にカードをオープン……結果は……

kou長 ストレート
古宮 ツーペア
用務員さん スリーカード
近江原 ツーペア
音哉 フルハウス

高砂「は!?」
古宮「あぁぁ!?」
用務員さん「フルハウスだと……!?」
近江原「フルハウス……!?」
木ノ瀬「フルハウスなんて……本当!?」
kou長「ぐぅ……なんという強運の持ち主……」
フルハウスはポーカーではめったに完成しない、かなり強力な役。もちろん音哉がぶっちぎりで1位だった。
近江原「音哉もすごいが、その他もバンバンいい役でてるし、ものすごい運の良さだ……」
kou長「はい、賞金3500円だ」
kou長、古宮、用務員さんからの賭け金1000円ずつと、木ノ瀬先生はドロップ抜けしたので参加費の500円のみを頂き、合計で3500円。
音哉「うっしゃーい!w」
古宮「あぁ……俺の1000円が……」
カード交換なしでフルハウスができる確率は理論上約0.14%と言われている。カードの交換があったとはいえ、この確率を引き当てると言うのは相当な運の持ち主だ。それどころか、他の人も次々にツーペアなどを作っているあたり、偶然には信じられないほどの奇跡である。流石にここまでくるとkou長が何か仕組んでるのではと疑いたくなるが、その真相は結局最後まで分からなかった。

 

そして忘れてはならない!!近江原は4位なのだ。ということは、ということはだ……
kou長「まさか、こんなに早く4位が出てしまうとは……びっくりした」
近江原「絶対に勝てると思っていたのに……」
音哉「なんか、かわいそうだな……」
kou長「それでも、約束は約束ですからね。さぁ、あなたの恋愛事情をお話ししててもらいましょう!(ニコニコ)」

 

高砂「おぉぉっ?w」
音哉「うむ……」
近江原「このイベントに誘ったのにまさか自分が負けるなんて……」
古宮「さぁ、早く早く!」

 

近江原「…………実は、実はですね」

 

高砂「実は?」
kou長「実は実は??」

 

近江原「実は……俺は特に誰がってのは、まだ無くて……」

 

kou長「えぇぇぇぇぇ~???なんだよそれぇ~せっかく期待してたのによぉ…………」
古宮「本当に、本当にいないのか?」
近江原「いないものを説明しろと言われても、どうしようもありませんし……」
音哉「な、なんだ……いなかったのか……」
kou長「そうだったのか……事前に『好きな人がいる生徒限定』って制限かけときゃよかった……失敗した……」
おい、kou長。そこめっちゃ重要じゃないか。それを最初に考えとけや。
kou長「えぇ……?じゃあその、なんていうか、女子で仲がいい人、とかはいないわけか?」
近江原「仲がいい……えーと……」
kou長「せめてそれだけでも聞かせてくれ!」
近江原「うーんそうだなぁ……」
kou長「男子の友達紹介しても意味ないからな!」

 

うっせえよkou長!

 

近江原「あーでも、菊池さんとか?」
古宮「あ、あの少食さんか……」
近江原「あまり人に紹介するものではないんですが、なんやかんや言ってかわいい妹みたいな存在です」
古宮「??????」
音哉「??????」
高砂「??????????」
音哉「そうか?」
音哉は、菊池が妹っぽいキャラだなんてことは想像がつかなかった。もしかすると、俺以外には違う一面を見せているのかも……しれないな。
近江原「あの人、普段はクールに見えますけど、昼休みにいつもどこかへ行ってるなぁ~と思って本人に聞いたのですが、答えてくれませんでした」
古宮「そ、そうなのか……()」
高砂「どこに行ってるのかは気になるな……」
近江原「でもそれを追いかけたらストーカーみたいになってしまう」
音哉「ま、まぁw」
古宮「本人が知られたくないって言ってるのなら、無理に干渉しないのが吉だ」
kou長「ですね。私は彼女のことはほとんど知りませんが、知られたくないことは誰にだってある」

 

kou長「さて。話はひと段落しましたし、次のゲームへ行きましょう」
第3ゲーム。再びカードが配られる。
今度の音哉に来たカードは……!?
音哉「………………。」
今回は流石にふるわなかったか……
♠︎K、❤︎J、♦︎A、♣︎7、♦︎8……
とりあえず、カードの交換が終わるまでは降りないで様子を見ておこう。1度目のベットで降りなくても、2度目でちゃんと降りればいい。

 

最初のベットの時間。ビッドは用務員さんが告げた。
用務員さん「じゃあ500円」
近江原「うん…………コール」
高砂「コール」
音哉「…………コール」
kou長「コール」
古宮「コール」
木ノ瀬「コール」
とりあえず全員がコールをした。周りも大方俺と同じ作戦なのかもな。

 

その後交換があった。思い切って5枚ざっと交換。運が良いことに9番のワンペアは出来ていたが、怖いので次のベットで降りることにした。

 

用務員さん「コール」
近江原「ドロップ」
高砂「ドロップ」
音哉「……ドロップ」
なんと生徒陣全員が勝負を降りた!!
kou長「コール」
古宮「ドロップ」
木ノ瀬「コール」
結果は木ノ瀬先生のツーペア勝ち。しかも用務員さんが4番のワンペアで、kou長はまさかのノーペア。なんと音哉の作った札でも2位になれたのだ。
音哉(ポーカーって普通こんなもんなのか!?)
そうだ、さっきは運が良さすぎて感覚が狂ってしまったが、本来のポーカーはこのような確率が普通なのだ。スリーカードやらフルハウスなんて神が舞い降りた時にしか揃うものではない。ましてやそれ以上なんて、確率はゼロに等しいくらいだ。
木ノ瀬先生の1000円勝ちでこの勝負は終わった。

 

次が第4ゲーム。
kou長「おやおや、もうこんな時間ですか」
気づけば時刻は午後10時半を回りそうになっているところだった。それに気づいたkou長は何かを思い出したかのように席を立ち、ちょっと用事があるので数分待っててくれと言ってテントの外へ出ていった。
音哉「なんだ?」
高砂「kou長ってこういうところも変だよなぁ」
近江原「なんなんだろう……」
古宮「忘れたのか?ほら、時刻を見てみろよ」
時刻をもう一度見る。10時30分……10時30分……あっ!
それに気づいた瞬間、例のkou長の声がそこら中に響くのが聞こえた。

 
 
 

夜点呼けこっこ~(^o^)

 
 
 

「うるせえ!」
「生徒起こして何が楽しいのよ!」
kou長「うへーーwwwたーのしーーwww」

 
 
 
 
 

………………。
…………………………。
kou長「ふぅ~楽しかったぁー」
高砂「何やってるんですか!w」
kou長「いいのいいの。あれは儀式みたいなもの」
木ノ瀬「はぁ…………」
何が言いたいのかわからないと言わんばかりに全員が頭を抱えたりため息をついたり。
kou長「さぁさぁ!続きをやりましょう」
古宮「ところで校長、それはなんですか?」
kou長「それって?あぁこれのこと?いやそのままだよ、ただのカップ麺だよ」
美味しそうなうどんのカップ麺である。どこから持ってきたし。
kou長「実は夕飯を食べていないものでね……ちょっと失礼するよ」
kou長はそう言うとカップ麺のふたを開けると、荷物置き場の隣に置いてあったステンレス製のポットのようなものを堂々と持ってきて注いだ。そして自分の座っていた場所のすぐ横にちょこんと置くと、またポーカーをやろうと言い出した。

 

kou長「皆さんも寝られないとはいえ、お疲れでしょう。あまり長すぎると明日への影響がモロに出る。ですから次あたり最後にしたいですね」
高砂「結局恋愛の話ろくに聞けてないんですが……」
kou長「だよなぁ……だから高砂君、笛口君、次のゲームは是非積極的にコールかレイズを宣言してくれ」
音哉「は、はぁ……わかりました……」
高砂「もちろんです!」
さっきの様子を見る限り、たとえノーペアでもそこそこの順位を狙えることがわかった。仕方ない。それに、ここで断るわけにもいくまい。自分の運を信じて、是非とも引き受けようではないか!

 

kou長「それでは」
最後の手札5枚が配られる。自分の秘密がかかっていると意識すると急にふわっとした不安に駆られるが、そんな邪念は捨てなければならない。後ろをかえりみて心配をすることが今の最大の「邪魔」だ。

 

来たカードは…………
音哉(おぉっ……!)

 

❤︎A、♦︎2、♣︎5、♣︎3、♦︎3……!!

 

来た!!ワンペアが来た……!!
音哉はこれを見て、既に勝利を確信していた。これは勝てる。勝たねばならない、と。
音哉(落ち着け……ここからが勝負だ。このベットではひとまずコールにしておこう)
1回目のベットは古宮先生のビッドで始まった。
古宮「まぁ最後だしな……1000円」
近江原「いっせんえん!?」
古宮「おう」
近江原「え……えぇっ…………」
高砂も声こそ出なかったが、冷や汗をかくような表情で古宮先生の方を見つめている。
音哉「それは……その1000円の真意はなんですか!」
古宮「特に深い理由はない。最後のゲームだから、盛り上げようとしただけだ」
音哉「自信がある、というわけではないと……?」
古宮「それを堂々と言うやつがいるか!!」
音哉「ひぃぃっ!」
高砂(相当動揺してるのか……)
続いて木ノ瀬もノリよく1000円を出してくれた。もちろん用務員さんも。近江原は危険を感じたらしく、早々にドロップしてしまった。
高砂はさっきの言動があるから、どんな手でも勝負しなくてはならないだろう。
高砂「……コール」
音哉「もちろん俺もコール」
kou長「じゃあ私もコールっと」
kou長は3分経ったカップ麺を手にとっては、スープを入れてかき混ぜ、麺を啜って美味しそうに味わっていた。

 

一番の勝負時。カード交換の時間。
音哉はやはりワンペア以外の3枚を捨てて新しいカードと取り替えるようだ。他の人の様子を伺うと、皆も3枚やら4枚やらと、ほとんどを交換している人ばかりだった。
さぁ、気になる最終的な役は………………

 
 

♦︎8、♦︎9、♠︎K、♣︎3、♦︎3

 
 

結果はワンペアから変わらなかった。流石にこれ以上の運は出向かなかったようだ。
それでも、十分勝負はできる。ノーペアでないということが大切だ!

 

kou長「さて、最後のベットをしますか」
来た。ここでどれだけの人が勝負に乗るか、どれだけの人が勝負を降りるか。俺は優勝を狙うつもりはない。罰ゲームを逃れられればそれでいい。そのためには、あと2人がドロップをしてくれればそれで3位以上が確定。罰ゲームは無しになる。
音哉(さあ、来い……!)
それでも、そんな事実は周りも承知だったのだ。やはりみんなゲームを降りようとしない。
古宮「コール!!これで勝負じゃい」
木ノ瀬「もちろん、コール……!」
用務員さん「ここまで来ちゃしょうがないな。コール」
高砂「こ……こここコール……」
音哉「………………。俺も…………コールだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
kou長「あーうどん美味い……おっと、私もコールで。さて、これで全員揃いましたな。やはりなかなか譲れないようですね。こんな高額にも関わらず、近江原君以外は全員降りていない」
周りの表情を見るが、自信に満ち溢れているわけでもなく、また、落胆している様子もない。ただ平静を装うような顔つきで自分のカードを見つめたり相手の様子を伺ったりしている。
音哉(勝てるはず……勝てるはずだ)
kou長「いいでしょう。それでは最後の結果を皆さんで同時に見ていこうじゃありませんか」
高砂「うわぁぁぁあっぁぁやべぇどうしようどうしよう」
用務員さん「さて……罰ゲームは回避なるかな……?ハハっ……」
kou長「それでは………………カード………………」

 

オープン!

 
 
 
 
 
 
 
 

よし、勝った……!これは勝っただろう!勝っただろう。勝っただろう…………勝っ……………………

 
 
 
 

kou長 ワンペア(♠︎Q❤︎Q)
古宮 ノーペア
用務員さん フラッシュ(♦︎)
近江原 ワンペア(♠︎7♣︎7)
音哉 ワンペア(♣︎3♦︎3)

 
 
 
 
 
 
 

音哉「はぅぁ!?!?!?!?」
驚きで声がつっかえてその先の声は何も出ない。
kou長「おぉぉぉ!!」
木ノ瀬「まさか本当に……」
古宮「音哉が4位!!」
用務員さん「本当だな……」
終わった。最後の最後で命綱が切れた。自分も必死ですがりついたつもりだったが、相手はそれ以上に上を行っていた。
音哉「うっ………………」

 

古宮先生こそ負けていたものの、結果はその一つ上の4位。罰ゲームの範囲内だ……
古宮「やったぜ!音哉の!!恋愛事情が!!聞けるぜ!!」
高砂(先生負けたのに嬉しそうだな……)
木ノ瀬(クスッ)
古宮「今笑いましたよね!?」
木ノ瀬「いや、気のせいでしょう……気のせい気のせい……(クスッ)」
古宮「俺そんなにおかしいか!?」
用務員さん「喜び方が半端ないなぁ……と」
高砂「同感です」
近江原「まぁたしかに気になりますけどね」
その声が聞こえた時、気づけばみんなの視線は自然と音哉の方向へ向いていた。
音哉「えっ……やっぱり言わなきゃダメですか……」
kou長「当然当然~。いいじゃないですか。このメンバーにバレるだけ。周りには一切漏らしませんから。ですよね?皆さん」
高砂「もちろん」
近江原「当然!」
古宮「で?何を話してくれるんです??(ワクワク)」
kou長「やっぱりここは好きな人を聞くべきでしょう~」
用務員さん「そうですねー、俺も少し気になってきた」
音哉「くっ……くぅぅぅ…………!」
kou長「さぁさぁ、教えてください、音哉君!」
音哉「お…………おぉぉぉおおぉ俺の好きな人は…………」
古宮「おぉっ?」
音哉「好きな人は……」
kou長「おぉぉっ?」
音哉「………………さん」
古宮「聞こえねぇよ!!!!!」
音哉「あの……………………森さん」
近江原(…………やっぱり)
高砂(………………そうだろうな)
古宮「なるほどなるほど……やっぱりそういうことだったのねw」
音哉「えっ!?そういうこと……とは」
kou長「どういうことですか?」
近江原「はぁ……察しが悪いなぁ……どう見たって両思いだろ、あんなの」
音哉「えぇっ!?//」
高砂「うんうん」
古宮「この俺だってそんな気はしてた」
kou長「ほうほう……なるほど……?(ニマニマ)」
木ノ瀬「校長、その顔はやめてください」
kou長「すまん」
古宮「まぁ、今言った通りだ。ハハハハハっ……w告れば一瞬でカップル成立だろ」
近江原「お幸せにー…………()」
高砂「なんて奴だ……もう両思いだと……」

 

なんか周りから引かれてる!?!?
どうやら、音哉と森のカップリングは意外と噂が立っていたらしく、今にわかったことではないらしかったのだ。本人だけが気づいてないなんて、なんということだ。

 

kou長「てなわけで、今日はこの辺りでお開きにしますか。いやぁーいい話を聞かせてもらいました。青春だなぁ…(しみじみ)」
古宮「まじか……両思いなのか……w」
木ノ瀬「こういうのは男子がリードしなきゃいつまでも進展しないわよ」
用務員さん「ザ・青春じゃないか。楽しめよ」
近江原「音哉はいつかそうなると思ってた。応援するよ」
音哉「そうなるってどうなるの!?」
近江原「なんていうか、色々な人と仲がいいから、すぐに両思い成立しそうだと思ってた」
音哉「お、おぉ…………(???)」
高砂「これで失敗したら一生の黒歴史だな……w」
音哉「??」
高砂「あっ……ん?いやなんでもないなんでもない」

 
 
 
 

月灯りは木の隙間からかすかに顔を出す。わずかな光に照らされ、自分のいたテントへと戻っていく。夜点呼けこっこ~をしていた頃の騒がしさとは打って変わって、かすかな風の音だけが聞こえる静かな夜だ。
音哉はその夜、みんなから告げられた両思いの話に衝撃を受けてよく眠れなかったそうだ……