19話「宿泊・第六篇」
作:てつだいん 添削:学園メンバー
3日目 - 起床
(今、あなたの脳内に直接語りかけています……朝6時30分です……起きなさい……起きなさい……!!)
音哉「うわぁ!」
………………。
気づくとみんなも同時に目を覚ましていた。今のはなんだったのだろうか……悪夢にでもうなされていた……?
枝川「もしかして、みんなも同じ声を……?」
涼介「あぁ。しかも間違いなく校長の声だ」
南沢「俺も聞いた」
Felix「間違いない。これはkou長の仕業だ」
そう言ってみんなは一斉にテントの外へ出た。すると他のクラスもきょとんとした顔で出てきている。まさか、他のクラスまで!?
しかし、それを考える暇もなく目線に入ってきたのは…………
Felix「kou長!!」
kou長は広場の中心で何やら怪しい無線装置のようなものをセットして座っていたのだ。
音哉「今何かしましたか!?」
kou長「うん。みんなを起こしたんですよ?」
南沢「……は???」
kou長「この装置を使って、周囲100メートルの人間の脳内にテレパシーを送った」
音哉「……は???」
なんちゅう装置やねん。これが全国に普及したらとんでもないことになる。他人は他人の脳内に呼びかけて、また別の誰かに呼びかけて……脳内は声のノイズでたくさんになる。何もできない。世界が崩壊する。
kou長「でも、スッキリ起きれただろ?」
南沢「どちらかというと怖いわ!!」
kou長「うーん…………」
相変わらずのドタバタなスタートを切った3日目。さぁ、大変だった宿泊研修もついに最終日。
昨日と同じくラジオ体操を行ったのだが、鬼畜さは昨日と変わらなかった。ほとんどの生徒がめんどくさくなって、途中でやめていた。
朝食も昨日と同じく……と言おうと思ったのだが、「出張バイキング」と称して、さまざまな食べ物が乗ったテーブルが運ばれて来た。一応確認するが、ここは山の中のはずだ……()
なんだかんだ言っておいしく食べた。
笹川「にゅ…………まだ疲れているのだ……ねむいのだ……」
宇都宮「後少しだから!……頑張って、アイちゃん」
枝川「そう。今日の活動は午前だけ。午後の帰りのバスで寝られる」
高砂「めっちゃ眠い……」
近江原「これに関しては自業自得だな……しょうがない……」
涼介「音哉が一番眠そうなんだが……」
音哉「全く眠れんかった……」
近江原(そうだったのか……w)
昨日の事情を知らない人たちはきょとんとした顔をしていた。
朝食が少し進んだところで、kou長からのアナウンスがあった。
kou長「皆さん、改めておはようございます。ついに最終日ですね。それでなんですが……昨日おこなった、3日目に何をしたいかというアンケートの集計が終わりましたので発表いたします」
ざわ……ざわ……
kou長「今日やるのは………………じょそう大会です!!」
…………???
………………???
……………………????
kou長「あ、そっか。全部じょそうなのか。えー、草を刈る除草大会です!!」
南沢「おぉぉっ!?」
森「草刈り!?」
師音「なんだそりゃ……」
どの『じょそう』であろうと、意味がわからないことに変わりはない。とにかく今回のじょそうは、草を刈るという意味の『除草』に決定したらしい。
kou長「まぎらわしいので草刈り大会という名前にします。準備の時間があるので、8時半までを自由時間とします。朝食の片付けが終わり次第、ご自由にどうぞ」
とのことだった。
音哉「除草大会って、あれか?なんかブーーーーーーーーンってやつで狩るのか?」
涼介「まあ、普通に考えればな」
Felix「ストレス発散になりそう」
雪姫「面白そうですね」
まぁ、あのkou長のことだから、予想通りにはいかないんだろうけど……
時間はあっという間に経つ。もうすぐ8時半だ。俺たちは広場から少し離れた、指定された場所へ向かった。
じょそうたいかい
音哉「意外と時間かかったな」
その集合場所は元の場所から15分くらい歩いたところにあった。見覚えのある場所。山を下りた麓にある平地に来ていたのだ。
Felix「荒れ地だな」
南沢「本当に荒地だけだな」
涼介「ここの草を刈れってか」
そんな話をしているうちに、kou長がすぐにやってきた。
kou長「ご、ごごごごごっほんw 改めておはようございます。さて、宿泊研修最後のお楽しみといきましょう」
辺りは静寂で包まれた。だれもイェーイとかいうノリで騒ぐ輩はいない。
kou長「まぁ、いきなり除草大会と言われてもピンと来ませんわな()」
音哉「そりゃそうですよ校長」
雪姫「まずはどのような大会なのかを説明して頂かないと」
kou長「いやはや、そんなに気になっていたのですか。説明が遅れて申し訳ない。それでは早速」
そう言うとkou長は目の前の荒れ地を指差した。
kou長「こちらには今、荒れ地がありますね?今の状態でも十分雑草は生えている状況ですが、今からこの場所を一面緑色の草原にしたいと思います。大草原にしたいと思います」
「「「???????」」」
誰もがそんな反応。kou長がまたろくでもないシステムを開発したに違いない。そんなことを思っていると、今度はこんなことを言い出した。
kou長「今すぐ、笑える人はいませんか」
笑える……奴?
kou長「今すぐです。クスッと笑うだけでもいい」
その言葉を聞いて、数人の生徒がわざとクスクスと笑い出すのが聞こえた。……するとなんと言うことだろうか!
音哉「おい、今草が生えたぞ!」
南沢「は?」
高砂「ん?」
南沢「申し訳ないが、微妙にすべってるぞお前」
音哉「違うよそっちじゃねぇ!草が生えるってのはリアルでってことだ!」
そう言われたあたりの生徒は前を一斉に見る。そこには明らかに今までなかった、大きく育った緑色の立派な草が1本生えていたのだ。
高さはおよそ50cmほどもある。雑草というよりかはまるで稲を育てているかのようなまっすぐできれいな緑色の草だ。
Felix「草だ……」
高砂「草生えた……」
音哉「これは草だ……」
kou長「その通り!この荒地にしておいた特殊な細工の効果で、ここの人間が笑うとリアルでも“草が生える”という仕組みなのふぇある!!このアイデアは我ながらめっちゃ草生えるわ、フハハハハハハハwwwww」
また草が生えた。
谷城「なにこれ……」
菊池「なんてシステムなの……」
近江原「さすがに引いたわ……」
優「びっくり……」
古閑「……!!」
生徒たちは草も生やさず唖然としている。
笹川「ねぇ、人間が草を生やすってどういうことなのだ?」
優「あっ……えっとね、要するに笑うってこと。面白いネタとかを見たら草生えるって言うの!!」
笹川「それじゃ、例えば、ずっと会ってなかった人と感動の再会~、とかだったら草生えるのだ?」
優「それは生えない!!」
音哉「あーこりゃダメだ…笹川には理解してもらえない……」
涼介「要するにfunnyってことだ」
笹川「ふぁにぃ?ふぁにぃだと草が生えるのだ?」
近江原「そういうこと」
笹川「それじゃ、この周りはあたり一面ふぁにぃなのだ!」
優「それは普通に草が生えてるだけ!!」
思わずため息が出た。
音哉「ま、まぁその話は置いといて、kou長。これを使って何をするんですか」
kou長「そりゃもう、もちろんこの草を刈っていただくわけですよ」
涼介「ただ刈るだけ?」
kou長「いいえ。皆さんには、これからA・Bの2つのチームに分かれていただきます。そのうちひとつは草を刈るチーム。もうひとつは草を生やすチームになっていただきます」
高砂「草を生やす……w」
kou長「この2つのチームで対決です。草を刈るチームは思いっきり草を刈ってください。草を生やすチームは、刈るのを超える勢いで草を生やしていただきます」
師音「なんだそりゃ……」
南沢「えぇ……」
kou長「制限時間は30分間。最初は草がエリアの50%を占めている状態からスタートします。草を刈るチームは30分以内にこの敷地内全ての草をできるだけ刈ってください。それを妨害する形で草を生やすチームはどんどん笑っていただくわけです」
Felix(おい)
近江原(どんどん笑っていただきって……)
音哉(今までで一番シュールかもしれない……)
kou長「ここから少しばかりルールが複雑なので聞いてくださいね。制限時間30分の間、草を生やすチームには草ポイントが溜まっていきます」
優「草ポイントで草」
kou長「この草ポイントは、どれだけ長い時間、どれだけの量の草を生やしていられたかを示す点数です。たくさん草を生やしている時間が長ければ長いほど高得点になります」
具体的な計算方法は割愛しますが、私の後ろのところで掲示しますので、気になる方はゲーム開始前にごらんください」
そうして小さな張り紙がkou長の後ろの段ボール箱の山に貼られた。
草ポイント計算方法
・草ポイントはゲーム開始から1秒ずつ増えていきます
・1秒毎に増えるポイントは「10×(その時点でのエリアに占める草率[%]※小数第一位まで)」点です
・参考までに、仮に草がずっとエリアの50%を占め続けたままだと900,000点となります
kou長「30分のゲームを終えたら、15分の休憩を挟んで役を交代です」
音哉「生やす側と刈る側を交代ってことですか?」
kou長「はい。そしてもう一度30分のゲームを行い、草ポイントの多かったチームの勝利となります」
古宮「よくできたルールだよな」
音哉「こんなに草刈りにガチになるとはな……」
kou長「勝利したチームには……一人一人にお菓子1ヶ月分をプレゼントいたします」
枝川「すげぇ……」
森「お菓子1ヶ月分……」
高砂「まじか」
涼介「これきっとkou長の奢りだよな… いつになったら貯金の底が尽きるんだろうか」
谷城「無限にお金出てくるよね」
そんな話題でざわざわと話し声が立った。
kou長「はいはい、みなさん静粛に静粛に~。それではチーム分けを行いますよ」
雪姫「チーム分けはどうやって?」
kou長「実は事前にくじ引きで決めておきました!!これからチーム分けを各担任から発表していただきます」
音哉「やっぱランダムか!」
Felix「これはギャグセンスのある奴が求められるな」
菊池「そうね」
ざわざわ……
kou長「はいはいはい静かに静かに!!もう少しだけ。……えー、ゲームの開始は9時半を予定しています。ですので9時15分までには指定された集合場所へ再集合してくださいね。ではどうぞ」
そういうと、今度は3組の前に古宮先生が出てきてチームの発表を始める……
古宮「さて、肝心のチーム発表だが……厳正なるくじ引きの結果、4組以外の生徒はクラス内でのチーム割れは無いことになった!」
チーム割れが無い…?ということは!?
古宮「つまり、うちのクラスは全員同じチームとして戦える」
よっしゃ!!それは嬉しいことだ!!是非クラス全員で勝利を勝ち取って、お菓子をいただいていこうではないか!
古宮「俺たちのクラスは全員Bチーム。その他に1組、あと4組の半分がB仲間だ」
音哉「1組というと……Leonとかがいるな……昨日お世話になった石川もいる」
4組にも知っている生徒はいるが、果たしてこちらのチームに属しているかは聞いてみないと分からない。
照美「それで、私たちは先攻なんですか?後攻なんですか?」
古宮「俺たちは最初に草を刈る。後半が草を生やす番だ」
涼介「草刈りが先か」
谷城「草を生やす方が後ってことだね?点数の目標ができるから、有利かも!」
点数が出るのは草を生やすチームのほう。それはAチームが先だから、Bチームはその点数を踏まえた上で後半に臨むことができる。この点数を上回れば勝ちという基準ができるのは有利かもしれない。
古宮「あっ、それともうひとつ忘れてた。草刈機は向こう側にある。2人に1人が使えるくらいの数が用意されてるらしいから、相談して決めとけな~」
優「は~い!!」
音哉「そっか、そうだな。草刈り機も重要だ」
その場所へ行ってみると、細長いスティック式の草刈り機が何本も置いてあった。白色とポップなカラーを交えたシリコン素材の明るいデザインと、パワフルなモーターの回転力。そしてその力からは想像できないほどの軽さ。なんと言っても一番驚くのが回転する刃の部分である。このカッターは単なる金属ではない……!
kou長「このカッターは合金とゴム、特殊なプラスチックを混ぜた新素材を使用している。草の切れ味は抜群だが、人間の体に触れても切れることはない」
なんですかそれ!!
kou長もまた恐ろしい道具を作ったものだ……
kou「とは言っても、私がいじったのは刃の部分だけで、本体はテレビでやってた通販で大量に購入したんだがな……ハッハッハッハッハwww」
こうしている間にも草が生える。
Felix「本当に……切れないんですか」
kou長「もちろんだとも。なんなら私がやってみせよう」
kou長は止まったままの刃を雑草に向けてサクッと動かした。するとその葉は見事に綺麗に真っ二つにされたのだ!
その次に、自分の手に向かって刃の部分をザクッと押し付ける…………が、手は全くの無傷なのである!
kou長「これは動物と植物の細胞の違いを利用したものだ。皆もちょうど生物の授業でやっているだろう。植物細胞には細胞壁があってな。この刃で押し込むと細胞壁が押しつぶされて自滅するんだ……自信を守ろうと頑丈にしたのが逆効果だとはな!そして……」
とかいうkou長の長話があったが、雪姫が途中で止めてくれたので全部聞かずに済んだ。
音哉「とにかく、これなら人を傷つける心配なく存分に草が刈れるというわけだな」
南沢「えっ、俺はてっきり畑とか田んぼに使うああいうやつかと思ってた……」
涼介「それはコンバインな……」
森「私はえっと、床を滑らせてっていうか、ザザーってやつかと……」
涼介「それは芝刈り機な……」
音哉「芝刈り機のほうが楽な気もするけどなぁ……」
涼介「今回刈るのは芝じゃないだろ!こんなに高い草はアレじゃ刈れない。それに、あれを30分動かすって結構大変なんだよ」
音哉「お、おぅ……」
これで草刈り機についても理解できた。さて、これでひとまず全部把握できただろうか。
ゲーム開始10分前……
音哉「おい、みんなー!」
音哉がいきなりみんなを呼び出す。クラスの人だけではない。Bチームのメンバー全員を呼んだ。
近江原「何?」
雪姫「どうしました?」
Bチームの生徒はぞろぞろと音哉の前に集まってきた。音哉の知名度が高いだけあって、割と簡単に集まってくれたのだ。
音哉「ひとついいことを思いついたんだ……」
そう言って音哉は相手のチームに聞こえないよう、ある作戦を話し出した……
音哉「……………というわけだ。わかったな」
「「「了解!」」」
じょそうたいかい:前半(1)
戦いの時はついに訪れる。
kou長「皆さん、準備は完了しましたね?あと30秒でスタートです」
荒れ地の端には、大きく得点が表示される電光掲示板のようなものが掲げられている。
言われた通り、草は荒れ地の半分……50%を占めている状態だ。
相手の方向を見ると、何をする気なのか、小道具やらなんやらが準備されている。
kou長「行きますよ……?用意………………スタート!!」
戦いは始まった!
谷城「行くよ!」
Felix「出陣!」
その瞬間、Bチームの半分が戦場へ飛び出していった!草刈り機は2人に1人。だから半分の人は待機、そしてもう半分が出陣という形を取った。途中で交代するシステムらしい。
各々は草刈機のスイッチを入れながら、草の生えている向こう側に向かって颯爽と走り出した!その身軽さと草刈機の細長さから、まるで剣を持って戦場へ向かう兵士のようにも見える。
荒地のど真ん中まで到達すると、みんなは一斉に目の前の草を切ってかかった!!
\ブウウウウウン、ブウウウウウン、ブウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウwwwwwwwww/
南沢「おい!!なんか逆に草が生えてるじゃんか!!」
知らねえよ!!なんでかは俺の方が聞きてえよ!
ブウウウウウン、ブウウウウウン、ブウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウwwwwwwwww
南沢「まずい!このままじゃ逆効果だぞ!!」
Felix「どうなってんだ、この草刈機は!」
そうこうしているうちに今度は相手チームがこちらへ襲いかかってくる。何をするかと思えば、こちらをくすぐろうとしてきたのだ!!
南沢「やばいやばいやばい逃げろ!!」
谷城「捕まったらまずいよ!」
相手のAチームに捕まらないよう、フィールド上を縦横無尽に駆ける。しかし駄目だ!30分間全力で逃げ続けるというのはほぼ無理に等しい!
Felix「ずっと全力では駄目だ!体力の温存を考えろ!」
南沢「温存って言われたって、止まったら捕まるって……あっ!!」
Felixに惑わされたその一瞬の隙がいけなかった。南沢は開始早々、前から構えていた相手チームに飛びつかれてなぎ倒された!!
南沢「オイ、やめろってオイオイオイオイオイオイwwwwwwwwwうわぁへぇぇーーーーくすぐったいくすぐったいやめろこのヤロ、うわぁぁぁぁwwwwwwwwww」
優「南沢くん!!!!!!!????」
草が生える!生える!生える!!このままでは草は増えるばかりである!
Felix「草を刈る音に草が含まれているとは、なんという矛盾……!」
枝川「草刈機を使わずに別の方法を使えっていうのか!?」
Felix「しかし、本当にそれしか方法が……」
谷城「これは本当にkou長が意図していたもの!?」
そうしているうちに今度は枝川が捕まる!!
枝川「く、くそっ、w、どけどけ……じれったい!!」
優「枝川君!!!!???????」
どんどん草が生えていく!
そして何故かものすごい勢いで追いかけられている谷城!!しかも男子から!!
谷城「なんなの!?!?キモいーーー!!!!」
Felix「あいつらなんなんだ!?」
合法的に女子をくすぐることができるこの大会において、男子の標的はほとんど女子に向けられているのである!!
Felix「なんなんだお前ら!!」
師音「変態が多すぎる!!」
師音を見てみると、若干追う人数が少ないようにも見える!やはりボーイッシュ女子は狙われにくいのかもしれない……しかしそれがむしろ性癖に刺さっている一部の生徒が猛烈な勢いで師音を追っかけている!!
Felix「……そうか!!」
師音「えっ?」
Felix「分かった。スイッチを入れずとも、普通にこうやって草を切ればいい!刀のようにな!」
Felixは草刈機を紹介された時にkou長が草を切る仕草をしていたのを思い出した。あの時、kou長はスイッチを入れずに自らの力で草を切っていたではないか。それも楽々とだ。おそらくあの特別な素材が効いているのだろう。試しに自分でも切ってみたが、想像以上にザクザクと切れるのだ! これは「切る」という感覚よりは、草に触れただけで草が勝手に崩壊していくという様子である……
それに気づいた一同はみなスイッチを止め、剣のように草刈機を振り回し始めた!!
Felix「草が生えない!」
師音「よし、ここからだ!」
菊池「反撃はこれから」
物凄い勢いで増えていた草は今度は見違えるほどにどんどんカットされていき、80%を占めていた草は元の50%にまで減った。
すると相手のAチームも黙っちゃいない。向こう側が考え出した新たな作戦は……
南沢「味方をくすぐって笑わせている?!」
谷城「なるほど、そんな作戦が!……うわー!くすぐったいw」
そうなのだ。味方同士でくすぐり合って笑わせるのが草を生やすのに一番手取り早い。
優「そんなのずるい!!」
枝川「最初からそうしなかったのは何故だ……」
Felix「いいや、むしろ相手は自爆している」
自爆……?
Felix「ほら、手を止めるな!さっさと草を切れ!」
南沢「は、はいっ!」
相手側のチームをくすぐることのメリットは、草を生やすと同時に相手の草刈りを妨害できるということだ。一石二鳥、といったところか。でも、味方をくすぐっているだけでは、相手が草を刈るばかりでなかなか草は増えないのだ!!
Felix「というわけだ!わかったな?」
南沢「相手アホすぎて草」
優「草を生やさないで!」
南沢「あっ」
谷城は一旦くすぐりを回避したところではあったが、体力の限界で足が遅くなり、またなぎ倒されてしまった!!
谷城「やめてーーー!!wwwwwwwwwちょ、そこはダメ、そこはダメ!!!wwwww」
それどころか、今まで静かに除草をしていた菊池までもが捕まってしまったのだ!
菊池「…………!」
高砂「菊池もノックアウトか……」
Felix「むしろよくここまで逃げ切ってたな」
相手チームの変態男子たちが菊池に襲いかかる……!!恐ろしくニヤニヤした顔で襲いかかる……!!
あれ……!?
高砂「笑わない!?」
なんと!!菊池は倒されてくすぐられた状況であっても、ずっと無表情を貫いていたのだった!!!!
優「ええっ?!」
南沢「なんでや……」
Felix「あいつ、普段から無表情とはいえ、あそこまでくすぐりが効かないとはな……」
くすぐっているのに笑おうとしない菊池を見ていると、シュールで気持ち悪くなってくる。
ニヤニヤしていた顔の変態男子らはだんだんと顔が青ざめたのちに少しずつ彼女から離れていったという……
南沢「あいつ強すぎるだろ……」
Felixはなんだかんだ言ってまだ一度も捕まっていない。南沢は何度か捕まっているがうまい具合に脱出できている。
優「うわぁー!!もう腕が疲れた~!!」
優もそろそろ限界のようだ!体力が持たずに足が遅くなってきている……
Felix「駄目か……」
南沢「見てらんねぇ()」
気のせいか、谷城よりも追いかけられている気がする……
息が切れた挙句に四方を囲まれ、ついに宇都宮優も撃沈していくのであった……
優「え!?ちょっ?!くすぐったい……くすぐったい!!wwwwwww」
そろそろ15分が経過する。メンバーを交代する頃合いだ!
高砂「あと少しだ!」
枝川「おい、交代するんだったらいま捕らえられてる女子を連れ戻して来なきゃダメだ」
南沢「Felix頼んだ」
Felix「俺!?」
思わず自分を指差して胸に突き刺すほど驚きを見せていたフェリックス。
Felix「女子を救出するのは女子だろ……」
菊池「はぁ……仕方ないわね……」
そう言うと菊池は倒れてくすぐられている女子のいる方面へ向かった。
南沢「やっぱ菊池だけじゃ心配だ!Felixも行け!」
Felix「ッんなに頼むならお前が行け!」
南沢「行きたくない!」
Felix「何故だ!」
南沢「めんどくさいから!!」
Felix「」
菊池は現場に向かったが、彼女はパワフル系かと言われれば、それは決してない。とりあえず男子の人混みに紛れていくが、あっという間にどし~んと弾かれてしまう。
菊池「…………」
そこにFelixがやって来た!彼はまず優を取り囲む男子を悪質タックルで一気に蹴散らした!!
Felix「貴様らはなんなんだ!!」
吹っ飛ばされた男子らは何が起こったのか分からない様子できょとんとした顔をしている。その隙を見て優を逃がした。
優「ありがとう!!」
次に、谷城がいる人混みへ悪質タックルで飛び込むと、男子らを四方へ吹っ飛ばした。しかし、谷城は笑い疲れて立ち上がれないほどノックダウンしている!!
Felix「くっ……仕方ない、許せ!」
Felixは笑いすぎで意識が朦朧とした谷城をお姫様抱っこで抱えて走って戻っていったのだ!!
谷城「あ……ありがとう…………」
明滅する谷城の視界の中には、確かにFelixの姿が見えていた。一生懸命なFelixの姿が……
音哉「よくやったフェリックs……えぇっ?!どうして谷城を抱きかかえて……」
Felix「谷城が気絶寸前だった。思い切ってこうしちまった」
音哉「お、おぅ……」
じょそうたいかい:前半(2)
なんとかしてメンバーの交代は済ませることができた。さて、本番はここからだ!
音哉「いくぜ!」
涼介「よし」
Felix「草刈機の電源は切れ。剣みたいにして振り回せ」
音哉「えぇっ?どうしてだ?」
Felix「電源入れて刈ってみりゃすぐに分かる」
音哉「お、おぅ」
前半は戦場外で様子を見ていた音哉だが、確かに草刈機特有のブーーンという音が全然聞こえないなという違和感はあった。しかしその理由を彼はまだ知らない。
森「まず、あそこまで向かおう……」
音哉「そだな」
タッタッタッタッタッタッ……
森「音哉くん待ってよ!速すぎる……」
涼介「あんまり全力で走ると、後が辛いぞ……」
音哉「そのときはなんとかするってば!……よーし、スイッチオン!」
ブウウウウウン、ブウウウウウン、ブウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウwwwwwwwww
やはり草が生えた……!
音哉「そ、そんなぁ!」
近江原「なるほど……な」
古閑「…………!」
音哉「そういうことか……みんな電源を切れ!振り回して切ることにする」
Felixの情報伝達のおかげで、音哉たちはすぐに作戦に気づくことができた。これはでかい。
みんなは各自スイッチを止め、戦場の前線に向かってまた走り出す。
音哉「さぁ草を思いっきり引き裂いてくれるわ!!ウリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャ!!!!」
近江原「容赦はしない……いくぞぉ!」
雪姫「本気で行かせていただきましょう!」
大半が奇声を上げながらとにかく剣(?)(もう剣も同然だから剣と書くことにする)を振り回しているが、一人だけ明らかに雰囲気の違う女がいた……
それも奇声も出さないどころか、黙って戦場を駆け抜けていく。片手で剣の柄を握り、もう片方の手で刃の部分を押さえる。そう!これぞまさに犠打の構え……!
そうして横に構えられたフォームのまま、しかも低い姿勢になって颯爽と雑草の中を駆け抜けていくのだ。すると通った部分の草がザーッと抜けていくのだ……なんと美しいことか。
そんなクールな走りを見せていた生徒、それは……
音哉「古閑?!?!」
古閑「………………(ニッ)」
普段の大人しさからは信じられないほどの素早さを見せつけていく彼女。それでも、人気の少ない部分を一瞬で見分けてはそこに分け入っていくのはやはり彼女らしさと言える。
照美「私たちも負けていられない」
森「行こう!」
音哉「おう!」
すると今度はまたまた奇妙な動きをしている生徒を見つけた……!!
音哉「えっと……あー…………近江原?!」
近江原「このやり方、画期的だと思わない? 今これが一番効率がいいと思うんだ」
そう言うと、近江原は自分の持っていた剣を前に向かってシュ~と滑らせたのだ!まるでカーリングのように! くるくると回りながら滑っていく剣が、前にある草を次々となぎ倒して進む。そしてその先にいたのが……
雪姫「いいですね!」
想良 雪姫だと!?
雪姫は近江原が滑らせた剣をキャッチ!雪姫も近江原と同時にこちら側に向かって自分の剣をシュートしていたらしい。近江原は逆にそれをキャッチした。シュートからキャッチまでの時間、わずか2秒!!
すると2人は場所を少し横にずらしてもう一度剣を投げた。
近江原「草をきれいに刈ってるおかげで地面がすっごい滑るんだ。2人でペアになってお互いに剣を滑らせまくればすごい速度で草が切れる」
そんなことがあるのか!!……いや、実際目の前の光景が受け入れられないが……地面に摩擦がないみたいだ……
音哉「……こうなったらやるしかないな!!」
音哉は同じBチームに呼びかけると、みんなはペアを組んで一斉に剣を滑らせ始めた!!ここはカーリング会場か!!!
最初はあんなに苦労して刈っていた草は、気づけばもうほとんど残っていなかった。具体的な数値で言うなら8割くらいがまっさらの土地。それに加えて剣があちらこちらを飛び回っている状況を見て、相手のAチームは戦意喪失。Bチームは結局リードをさらに広げ、気がつけば前半戦は終わっていた。
kou長「得点はご覧の通りです」
得点板に表示されていた得点は……
654,389点!!
音哉「ひっく!!」
南沢「だいぶ頑張ったな……」
90万点よりはるかに低いということはつまり、音哉たちのチームが大きく優勢だったということだ。いろいろと作戦を練ってはっちゃけた意味があったと言えよう……
谷城「なんで後半組はそんなに襲われてないのよ、みんな無傷じゃん!」
雪姫「これもまた、作戦勝ち、ですね」
南沢「俺も酷かったぞ!」
優「そうそう!!」
谷城「なんで私たちにもあの作戦伝えてくれなかったの!!」
雪姫「そ、それは……」(ここのペア組みで思いがけなくリア充カップルが成立したらどうなると思ってるのよ……特に谷城とフェリックス……貴方達最近話しすぎでしょ!)
怒っているのは谷城だけではなかった。雪姫はしばらくの間、前半組にいろいろと言われ続けていたそうだ……
じょそうたいかい:後半
前半が終了。あとはこの65万を上回るスコアを出してやれば完璧な勝利である!!
谷城「なーんだ!たったの65万なら、すぐに終わっちゃうじゃん!」
高砂「やっぱりさっきの奇想天外な作戦が効いたんだな」
森「安心して戦えるね!」
近江原「それはそうと、今度は俺らが草を生やす番になるけど、何か作戦とかは?」
南沢「おいおい、そんなのあるに決まってんだろ……あの音哉がいるんだぜ?」
近江原「音哉……?」
みんなが一斉に音哉の方を見つめるが、当の音哉はぽかーんとしている。
音哉「へっ???俺???」
南沢「そうだよアンタだよお前だよ」
音哉「へ?」
涼介「やれやれ……鈍すぎだろ音哉…… 自分が持ってる最大の武器だろう?あれは」
音哉「あれ……?…………とは」
Felix「あぁもう面倒くさい!お前のconflictのことに決まってんだろ!!」
音哉「あぁそういうこと……!」
南沢「んっとに気づくの遅いんだからもう……」
音哉「ハハハハハ、すまねぇすまねぇ。んで?要するにコンフリ歌って草生やせってことでいいんだよな」
Felix「そう」
音哉「分かった!任せとけ!」
後半戦の始まり。生徒たちは前半と同じように構える。
kou長「途中で得点が分かってしまうと面白くないので、得点版は伏せておきます」
音哉(伏せようが伏せないがこっちの勝ちは一目瞭然だッ)
Aチームもこちらと同じく、2人に1人が待機する形で草刈りを始めるようだ。大幅に不利な状況であろうと、決して諦めようとしていないその顔は流石の真剣さだ。
kou長「それでは行きます。用意………………スタート!」
Felix「音哉、行け!」
音哉「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉォォォォォォォォォォォォ」
優「音哉くんからものすごい気合が……!!」
音哉「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉォォォォぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
南沢「来るぞ……」
音哉「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉconflict歌います。ズォールヒ~~↑wwwwヴィヤーンタースwwwwwワース フェスツwwwwwwwルオルwwwwwプローイユクwwwwwwwダルフェ スォーイヴォーwwwwwスウェンネwwwwヤットゥ ヴ ヒェンヴガrジョjゴアjガオガオッガwwwじゃgjj 」
炸裂だ!!音哉のconflict歌唱のおかげで草がみるみるうちに生えていく!相手チームの明らかな困惑がうかがえる!
高砂「いいぞー音哉!もっとやれ!」
音哉「お、おう……!」
南沢「他の歌もよろしくな!」
音哉「そうだな……よし。HISTORIA歌います。オーオーwwwwオアーーーーwwwwアーーーアーwwwwwアッハーーーーーーwwwwwww フルッッッシィーーーーwwwウオオオオオオオオ オオオオオオオオオオオオ wwwwwwwだってみんなヒストリーwwww皆た↑ま↑しぃー↑を犠牲にしてウェーイとwwwバット下げたいっす?wwww」
草が荒地を埋め尽くす!!!
優「草」
涼介「これは草」
笹川「すごいのだ……」
南沢「ああっ笹川!!今までどこ行ってたんだよ!!お前前半戦も参加してないな?」
笹川「一応……したにはしたのだ……」
南沢「あ?本当か?」
笹川「参加はしたけど、最初から最後までくすぐられて終わったのだ……」
優(まさか……!!)
Felix「ずっとくすぐられてて気付いてもらえなかったと」
笹川「なのだ…………」
優(!!)
照美「酷いわ、それは……」
南沢「まぁ、古宮先生が最初欲望を抑えきれなくなってたほどのロリky(」
古宮「俺の黒歴史を掘り返すんじゃない……(殺人鬼のような睨み)」
近江原「実際、くすぐってたのはほとんど男子らしいけどな、はぁ……」
古宮「ってかお前ら、草生やさなくていいのかよ」
雪姫「見てくださいよあれ。私たちが何もしなくても、ものすごい勢いで生えてますし」
雪姫が指差した先にいたのは音哉であった。音哉たった一人の歌声だけで、相手チーム全員が太刀打ちできないような量の草を生やしているのだ。
南沢「それより先生、話逸らそうとしてるでしょ」
古宮「あ?そんなはずなかろう」
南沢「黒歴史の話始めた瞬間に話題変えようとするし」
古宮「その話はもうやめてくれ……」
音哉「トイマチックパレード歌います。フォ…チャッ!フォ…チャッ!フォ…チャッチキチャーチャカカカカカ
(テッテッテレレレッ↑テッテーテレレ)
フォ…チャッ!フォ…チャッ!チキアッソサッソーチャーチャカカカカカ
(………テレテレレッ↑……テーwwテーレレレ)
フォ…チャッ!フォ…チャッ!フォ…チャッチキチャーチャカカカカカ
(テッテッテレレレッ↑テッテーテレレ)」
涼介「それ草生えてないぞ!!」
音哉「おっとこれは失礼。んーじゃあ……macrocosmos歌います。
デレレレレレ↓レ↑wwwwwwデレレ↑レェーンwwwwwレレデデレデデレンwwwwwガハッwオッwデレデレwwwwデ↑レレレ↓レレレwwwwwwデレレ↑レェーンwwwwwレレデデレデデレウェヘヘジェレレレデデレレンwwwwデレレレレレ↓レ↑wwwwwwデレレ↑レェーンwwwwwレレデデレデデレンwwwwデレレレレレデデデ↑↑ェーーーンデ↑デ↓デ↑デレデレゴヘ
ザッ……
ドwwヘ↑レデデデデwwwwwwwラレ↑ロwwwレダデレ↑レ↓レ→レレwwwwwww
ピーンピロリーンリロ
ガーハハwwwwズダダダドラララガッシャンwwww」
高砂「そういや、音哉って笑いながら歌ってるけど、よくあんなに自力で笑えるよな」
Felix「特殊な腹筋の訓練が必要、らしい」
谷城「よくわかんないの~っ」
師音「腹筋って普通に鍛えるだけじゃだめなのか……」
Felix「常人だったらこの時点で腹筋崩壊して氏んでるはずだ」
涼介「ちょっと待て……音哉もまずいかもしれない!」
近江原「どうした?」
最初に異変に気付いたのは涼介だった……!
今まで歌っていた音哉の方を見ると、なんだか様子がおかしい!
音哉「コンスィーヤ…レットゥwwwwハリーディwwwwwwイディトエラwwwwwwwwコーズィンパwwwディアwwあっ、腹筋が痛いメイディッwシュガァー↑wwwwwwちょww助けて助けてwwwコンフルーァwレッティww腹筋がマジで死ぬ、マジで死ぬって!!wwwハメイッディwwああああああああああルーンヤww助けてwwwwwwwwwwwメディwwwクラキモwwwwうわぁぁぁぁぁ腹筋がwwwwwwwwインナナァイトキィ~」
Felix「笑い苦しみながら歌ってやがる!!」
南沢「あのままだと本当の意味で腹筋崩壊するぞ!」
優「笑いすぎて腹筋が限界なんだよ!!」
涼介「あのままじゃ命が危ない!」
その様子は見ればすぐに分かる!今までの歌も十分狂気に満ちていたが、今度は本人の身体でさえも狂い始めていることは一目瞭然。
目が死んでいるのだ。そして、立っている姿勢ですらも人間のそれでは無かった。
一瞬で悟る。今はもはやゲームをして盛り上がっている場合ではない。仲間が命の危機にさらされている。救わなければ。
森「ど、どどどどっ、どうすれば……!」
雪姫「誰か笑いを止める方法はないのですか?」
Felix「力づくで止める以外に無いだろう!」
とっさの判断でFelixは音哉のほうへ走って行ったかと思えば、いきなり拳を前に突き出す。
Felix「音哉、許せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
雪姫「!?」
優「?!」
笹川「にゅう?!」
涼介「!!」
凄まじさを物語るような轟音を響かせると共に、Felixのパンチが音哉の顔面を直撃!!威力抜群の、渾身の一撃である!!
歌は止まった。
今まで騒がしかった音が一気に消え、ゲーム中とは思えない妙な静寂が辺りを包む。
敵対しているはずの相手チームでさえも、この出来事を目の当たりにするや否や手を止めてしまっている。
__音哉はFelixのパンチを食らってそのまま地面に倒れ込み、動かなくなってしまった。もちろん死んではいない。気絶である。生えていた草のおかげで、頭から倒れ込んでいった衝撃は大幅に軽減されたようだ。頬と口のあたりから出血しているのが見えた。
Felix「かなり手荒になってしまったが……今の我々にはこの方法しか思いつかなかった…… 許してくれ」
それは気絶をしている音哉に向けたメッセージだった。誰もがそれを黙って見つめていた。……もう戦おうと意気込んでいる者はいない。ただ、ごくわずかな罪悪感が取り巻く正義をやんわりと感じるのみ。
終わり
意識が戻ろうとしている。
体が揺れている。ここはどこだろう。
森「音哉くん…………!」
ぼやけて真っ暗だった視界がだんだんと溶け始め、鮮明な景色が少しずつ取り戻されていく。目の前に見えた光景は……森の泣き顔だった?!
音哉「ぐぇっ?!」
気づくや否や、思いっきり頭を上げようとした。しかしその頭は上から彼を覗き込んでいた森に思いっきりぶつかった!
森「痛っ!」
音哉「えぇっ!あ、すまんすまん!!マジですまん!……」
森「痛い…………」
あたりをきょろきょろ見渡すとやっと状況が掴めた。ここはバスの中だ。おそらく宿泊研修の帰りだろう。
音哉は一番後方の広い座席を使って寝かされていた。心配していた森が涙を流してまで彼の名前を呼び続けていたのだった……
音哉「…………俺は、もしかして……」
近江原「その通り。あれから気絶してたってことさ」
音哉「確か、俺、誰かに思いっきり殴られたような気が……」
Felix(ぎくっ)
涼介「音哉が草の生やしすぎで死にそうだったから、なんとしてでも止めなきゃならなかったんだ」
音哉「もしかして殴ったの、涼介か?」
涼介「いや?Felixだ」
音哉「フェリックス!?」
Felix「俺が殴るのがそんなにおかしいか?!」
………………。
………………。
Felix「い、いや……とりあえず、本気で殴ってしまって、すまなかった。手段があれしか思いつかなかったもので……」
音哉「俺を助けてくれたんだ。感謝するのは俺の方だ」
Felix「おまえ……!」
音哉「自分をコントロールできなかった俺自身が一番の悪だった。今回は本当にみんなに心配をかけてしまった。本当にごめん」
Felix「お前も謝ることないだろ……」
高砂「今回は誰も悪くない。事故だったんだし」
音哉「……そうかもな。それが一番平和かもしれない。とにかくみんなありがとう」
Felix「ああ」
音哉「それで……結局、あの後ゲームはどうなったんだ?」
谷城「時間が起こったときは誰もが戦うのをやめていた。その後は結局ゲームは続かなくてね。その時点で圧倒的にうちらのチームが優勢だったし」
優「音哉君は大丈夫だ、死にはしない…ってkou長が言ってたから、そのまま形式上結果発表もあってね」
菊池「見事私たちのチームの勝ちってわけ」
音哉「そっか……それはよかった」
雪姫「向こう側のチームも、あの歌唱にはお手上げだって言ってましたよ」
音哉「そっか。そこまで言われると照れるなぁ……ハハハハ…痛っ!」
森「あっ!音哉くんは笑っちゃダメだってば……ほっぺたが傷だらけ」
音哉「そ、そっか……」
南沢「あの時にもう十分笑っただろ?w」
音哉「あぁ。笑いに殺されかけるなんて思ってもいなかった」
森「あっそうそう、それと、賞品のお菓子1ヶ月分、あるよ!」
座席の一番後ろに積み込んである妙に大きい袋があったが、その正体はそれだったのだ。
音哉「そうか!賞品があるのをすっかり忘れてた」
谷城「みんなでお菓子交換、しようよ!」
音哉「いいな、それ!」
笹川「やっぱりバスの醍醐味と言ったら、お菓子交換なのだ」
古閑「う……」
優「えっ……?今、抄雪ちゃん喋った……?」
古閑「…………。」
古閑はそっぽを向いた。
音哉「うわっ、すげぇぞこれポテチめっちゃ入ってるぞ」
谷城「駄菓子まで入ってる…」
優「チョコレート!!」
南沢「俺のポテチ欲しい人ーーーー!!」
しーん……。
南沢「は?!w」
枝川「草」
南沢「ひでぇなおいwwwww」
音哉「平常運転で草」
古宮「ハッハッハッハッハwwwwwwww」
バス内に温かな笑いが広がる。3日間、非日常的な生活を送った彼らにとって、その笑いはとてつもない安心感や幸福感で満たされていたことだろう。
お菓子交換が終わると、疲れ果てた者は次々に寝入ってしまった。無理もない。今日はあんなに大変なことがあったんだもん。
気がつけばあっという間に学校付近へ到着してしまった。まだ夕方と言うには早いが、空は少しだけ赤みを帯びてきているような気もする。
バスから降りて、荷物を受け取ると、古宮先生から簡潔な連絡があった。明日から代休と大型連休を合わせて1週間弱学校はない。これでゆっくり休める!!
クラス毎に解散した。各々は宿泊体験の思い出を語りつつ、家へと帰っていく。
音哉「今までのこと家族に話したら、どうなることやら」
まるで1年間過ごしたような濃さだった、そう言ったらびっくりすることだろう。リアルの執筆でも1年弱かかったし
それにしても、これだけ多くの冒険があった中で死人が一人もいないというのも、この学園の不思議なところである……そこはkou長がなんとかしているらしいので恐ろしいものである……
こんな危ない思いさせておいて、うちの子をどうするつもりですか!!……そう学校へ訴える親もいるだろう。というかいるのが普通である。
だが……1週間後の学校には、絶対みんなが来る。そう確信している。だってこの学園はそういうところなんだから。親がどんな心配をしようとも……__特に安全面では、『生徒の安全は保障します』と言って離さない。親はこの学園の様子を何も知らないのだから仕方ないけど。なにより生徒本人は怖がるどころか楽しんでる。誰もがやめようなんて思わない。
だからこそ、これからも楽しめる。これからも楽しみだ。また休み明けに、みんなで会おう。
今日は。おやすみなさい。
~宿泊研修編 完~