九七式艦攻 の変更点

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|>|>|>|>|~No.016|
|&attachref(装備カード一覧/weapon016-c.png,nolink,67%);|>|九七式艦攻|>|艦上攻撃機|
|~|>|>|>|~装備ステータス|
|~|~火力||~雷装|+5|
|~|~爆装||~対空||
|~|~対潜|+4|~索敵|+1|
|~|~命中||~回避||
|~|~[[戦闘行動半径>基地航空隊]]|4|>|BGCOLOR(#ccc):|
|~|>|>|>|~装備可能艦種|
|~|BGCOLOR(#ccc):COLOR(#ddd):駆逐艦|BGCOLOR(#ccc):COLOR(#ddd):軽巡洋艦|BGCOLOR(#ccc):COLOR(#ddd):重巡洋艦|BGCOLOR(#ccc):COLOR(#ddd):戦艦|
|~|軽空母|正規空母|BGCOLOR(#ccc):COLOR(#ddd):水上機母艦|BGCOLOR(#ccc):COLOR(#ddd):航空戦艦|
|~|>|>|>|~備考|
|~|>|>|>|開発可、[[改修可>改修工廠]]&br;[[春日丸]]は装備不可|
|>|>|>|>|~[[改修更新>改修工廠#item]]|
|>|>|>|>|''九七式艦攻'' →((新型航空兵装資材を1個消費)) [[九七式艦攻(九三一空)]] &br;→((新型航空兵装資材を1個消費))[[九七式艦攻改 試製三号戊型(空六号電探改装備機)]] &br;→((新型航空兵装資材x2、熟練搭乗員x2を消費))[[天山一二型甲改(空六号電探改装備機)]]|
|>|>|>|>|LEFT:当時の世界水準を遥かに上回る艦上攻撃機の傑作機。&br;優れた航続距離を誇り、速度や防弾装備は劣るものの、初期の機動部隊艦載機の主力攻撃機として大活躍しました。&br;「九七艦攻」と呼ばれ、雷撃・水平爆撃をこなす主力艦上攻撃機ですが、徐々に現役を退いていきます。|
*ゲームにおいて [#about]
-多くの空母の初期装備。
-[[九九式艦爆]]との違いは&color(Red){爆装};の代わりに''&color(Blue){雷装};''が上がる、&color(Green){''索敵値''};が微妙にある、そして''&color(Teal){対潜値};''が高いことである。
--爆装と雷装の違いは、大雑把に説明すると「''雷装が高いと開幕航空戦で有利、爆装が高いと砲撃戦で有利''」と言うこと。どちらを重視するかは提督と状況次第である。
---開幕航空戦の攻撃力を上げるためには制空権がかなり重要である。九七式艦攻を運用する際は[[艦戦>零式艦戦21型]]もちゃんと載せるように。
-序盤では大活躍するが、中盤以降では上位互換である[[天山]]が主力になる。
--対潜値に関しては、2013/12/24のアップデートで+4に引き上げられた。通常開発が可能な艦上機の中では[[流星]]と共にトップである。流星がある程度揃うまで少しは残しておこう。
-全ての攻撃用艦載機に言えることだが、制空権が大きくダメージに影響するのでしっかりと確保するように。じゃないと''ボーキが枯渇します。''
--因みに艦攻は索敵機も兼ねていた。そのため索敵+1が付いている。妖精さんもおそらく索敵中なのだ。
小ネタも参照
-2016/08/31に実装されたクォータリー任務[[主力「陸攻」の調達>任務#id-F39]]において、零式艦戦21型と共に九七式艦攻が2個必要となる。
--3・6・9・12月に入る前に、ドロップした軽空母から外した本装備を2個キープしておこう。
-2017年春イベントで実装された[[春日丸]]は装備できない。これはほかの艦攻にも共通している。なお、[[大鷹]]に改造することで装備できるようになる。
-2019/06/25のアップデートで、まさかの改修・更新が実装。艦攻カテゴリ内ではどちらも初。
しかし改修更新先は[[九七式艦攻(九三一空)]]であり、改修更新時に[[13号対空電探改]]と新型航空兵装資材を消費する。かなり割に合わないか。
&br;
-上位装備の実装履歴は以下の通り。
--2014/03/15に戦果上位褒賞として[[九七式艦攻(九三一空)]]''(雷装+6、対潜+7、索敵+2)''が実装された。
--2014/06/06のアップデートで[[九七式艦攻(友永隊)]]''(雷装+11、対空+1、対潜+5、索敵+4、命中+3)''が実装された。
--2014/07/18のアップデートで[[九七式艦攻(熟練)]]''(雷装+8、対潜+5、索敵+2、命中+2)''が実装された。
--2015/08/10のアップデートで[[九七式艦攻(村田隊)]]''(雷装+12、対空+1、対潜+5、索敵+4、命中+2)''が実装された。
--2018/09/09のアップデートで[[九七式艦攻(九三一空/熟練)]]''(雷装+8、対潜+9、索敵+3、命中+2、回避+1)''が実装された。
--2019/06/28に戦果上位褒賞として[[九七式艦攻改 試製三号戊型(空六号電探改装備機)]]''(雷装+7、対潜+6、索敵+4、命中+1)''、[[九七式艦攻改(熟練) 試製三号戊型(空六号電探改装備機)]]''(雷装+9、対潜+7、索敵+5、命中+2)''が実装された。

&br;
-2018/08/17のアップデートにより、画像が差し替えられた。
-
#region(第一期時代の画像)
&attachref(装備カード一覧/weapon016-b.png,nolink,);
#endregion
*小ネタ [#trivia]
-[[九九式艦爆]]とともに語られることの多い艦上攻撃機、''九七式三号艦上攻撃機''((制式採用時。1942年以降は九七式艦上攻撃機一二型に改称。))である。
-九七式艦攻は中島飛行機と三菱重工業に競わせる形で開発させたものであり、どちらも非常に優秀な機体が完成した。
--中島飛行機製は、引き込み脚など様々な新機構を搭載した野心的な設計である。
--三菱重工業製は、固定脚を採用するなど堅実な設計がなされていた。
--競争試作であったにも関わらずどちらも優秀として、中島製が一号、三菱製が二号として採用されることとなる。
したがって、名前は同じ九七式艦攻であるにもかかわらず、実際は全く別の飛行機であった。
-三号であるコレはどうであるかというと、引き込み脚であることから予想が出来る通り、一号の改良型である。
--現場では二号も使い続けていくつもりであったようであるが、やはり先進的な設計がなされた一号の方が後々有利として二号の調達は早々に打ち切られてしまったのである。
--また、引き込み脚は画期的ではあったものの、その動作は手動であり、搭乗員が発着のたびにウインチを何度も回さなければいけなかった。((これがどれだけ大変かは、映画「メンフィス・ベル」のクライマックスをご覧頂きたい。))後の零戦では油圧式、雷電では電動式の収納機構が採用されている。
---しかし……エンジンが後々[[零戦>零式艦戦62型(爆戦)]]を追い込む『栄』発動機だったことを考えると、『金星』を搭載していた二号の方がむしろ後々余裕はあったハズとする意見もある。
---二号は後に六一型と改称され、ジャワ方面で多用途機として用いられた。信頼性が高い上に癖が無く乗り心地も良いため、機種転換命令を無視して使い続けられたほど。
---一号から三号の外見上の違いは二号は固定脚でありすぐわかるが、引っ込み脚である一号と三号は「機種のエンジンカバーがラッパの先のように前方が広いのが一号」「零戦等のようにエンジンカバーが機種先から胴体に行くにつれて広がっているのが三号」が一番わかりやすい違いである。
-九九式艦爆や零戦と同じく、日本海軍の大戦初期の快進撃から大戦後期から敗戦まで支えた名機。日本海軍の機動部隊や航空隊の活躍を語る上では必ずでてくる機体。
-弱い機体と見られがちだが、開戦当初から1942年までは間違いなくハイスペックな艦上攻撃機であった。というのも、同時期には爆弾搭載量、速度と操縦性が劣る[[TBD]]や、複葉機のソードフィッシュやアルバコアといった九七式艦上攻撃機より劣る機体だったのだ。特に魚雷の性能差は顕著で、九七式艦攻が搭載した九一式航空魚雷は実戦において九七式艦攻が急降下し、水平最高速度の378km/hを優に超えた状態でも航走した。一方、TBDのMk13航空魚雷は180km/h以下でも一定数か航走しないという欠陥品((1944年には改善))だったし、イギリスの18 inch Mark XIIは信頼性においてMk13よりマシだったが、結局低速からの雷撃が強いられた。
--欠点としては防弾装備は無く、被弾に弱かった。そして後継機の[[天山]]が遅れに遅れ、九七式艦攻も終戦まで使い続けられている。
--そもそも九七式という数字が示すとおり、零戦より3年、九九艦爆より2年も前の制式化。同じく防弾装備が無いTBDやらソードフィッシュがまだ一線を張っていた1942年まではともかく、さすがに1943年以降からは[[TBF]]や%%どうしようもない欠陥付きの%%アルバコアなど次世代機が主力となっていたので旧式が目立った。
---もっとも%%イギリスはどうでもいいとしても%%航続距離の必要性が海軍よりも緩く、艦載艤装が必要なく、また艦載のための軽量化や小型化も必要ない陸軍はノモンハン事変で航空搭乗員の多くを失った経験から、1939年以降からは防弾装備の搭載にこだわる傾向にあった。たとえば同年制式化の双発爆撃機・九七式重爆は初期型はタンク部分には防漏対策が施されており、7.7mmまで対応している。搭乗員区間も装甲が施されているが、6mm程度である。7.7mmを食い止めれるかどうか、といった厚さではあるが、装甲として機能した。1943年から生産された二型乙に至っては燃料タンク、搭乗員区間共に12.7mmを防げるようになった。
---と、双発ゆえにエンジン出力に余裕がある重爆は装甲が十分だった。そう、重爆は…一方、こちらも同時期に生産され、九七式艦上攻撃機と同じ単発機での九七式軽爆は防弾?何それ?状態である。こちらも終戦まで使い続けられた。さらに九七式軽爆の後継となるべき九九式双発軽爆も防弾なんてものがなく、さらに胴体中央が被弾すると一気に機体全体まで延焼するという設計上の欠点によりアメリカに突っ込まれている。 まあ、海軍が防弾の研究を始めるころには陸軍機は上記の例外を除きほぼ一通り防弾化されていたのも事実である。
---というか、生産も終了を迎えたため、戦争の進展に伴って機数は減る一方。一時は稼働機わずか十数機(全ての戦線を合計して!)にまで落ち込んだこともある。
-終戦まで配備され続けていた結果、真珠湾攻撃と占守島の戦いという太平洋戦争における日本海軍航空部隊の最初と最後の戦闘に関わった機体となった。
--占守島の戦いでは、本土決戦のため事前に内地に送ってしまったせいで航空魚雷が使えず、乗組員は「必殺の雷撃に命を懸ける艦攻隊も、爆弾を抱えた出撃ではどうもパッとしない。(中略)果し合いに臨んで竹刀を持たせられた侍のようなものである。」と嘆いたという…が、ソ連の侵攻が発覚するや航空隊の面々は最後まで戦う事を誓い合い、先発隊の操縦士である野口行孝上飛曹に至っては飛行帽を脱ぎ捨て日の丸鉢巻きに口元まで覆った純白のマフラーというまさに''アレ''のいでたちで出撃したりと、その士気は地上で奮戦した戦車第十一連隊に勝るとも劣らないものであった。
--わずか4機ばかりの艦攻隊ではあったが、ソ連の艦艇に60キロ爆弾を浴びせたと同時に被弾しつつも別の艦に特攻して2隻を瞬く間に撃沈したり、更には航空雷撃を行う「ふり」をして機雷敷設艦『オホーツク』を追い払ったりと、帝国海軍機としてまさに最期の活躍を見せたのであった。このためもあってか占守島の戦いがモデルとなった2017年春イベント海域E-4では、九七式艦攻によるボス特効ダメージの仕掛けが施されていた。
-九九式艦爆と同じく、この機体を語る場合は初期と末期の違いを語らずには居られないであろう。
-何度でも言うが、日本の航空技術の集大成ともいえる非常に優秀な機体である。この手のゲームでは最弱扱いされることがあるものの、勘違いしてはいけない。零戦で例えれば旧式ながらも最も栄光に溢れた21型のようなもので、帝國海軍が最も活躍した時期に最も戦果を挙げた、太平洋戦争緒戦の最強の空母攻撃戦力だったのだ。
--主兵装として搭載された九一式航空魚雷は、極めて高度な数学理論に基づいた安定システムが内蔵されており、その性能は''掛け値なしに世界最高で、航空魚雷におけるブレイクスルー''とまで言われている程である。
---通常、デリケートな魚雷は航空機で投下する場合はうんと減速しなければならず、まるで壊れやすい卵でも扱うかのように
姿勢と速度に気を遣って投下しなければならなかった。ところが九一式魚雷は九七艦攻の水平飛行最高速からでも投下可能で、多少高度が高くても大丈夫、荒れた海でも浅い湾でも問題無く、雷速は駆逐艦並みの40ノットを発揮という望める限りあらゆる問題を解決・利点とした夢のスーパー航空魚雷だったのだ。&color(Silver){流石は魚雷中毒大日本帝国である};
太平洋戦争が始まってアメリカ海軍が対峙したのは、
 %%%・本来雷撃不可の速度、高度、環境でも問題無く高速で突入してくる%%%
 %%%・危険を顧みず見事な動きで肉薄雷撃を敢行してくるうえ、雷速も速くて避けられない%%%
 %%%・当たり所が良ければ1~2発から戦闘不能になった米空母も多い%%%
という、恐怖のトンデモ雷撃隊だったと言えば凄さが分かるだろうか。まもなく米海軍が対空砲火を急発達させたのも当然かもしれない。
---が、この性能が活かせたのは実のところ真珠湾ぐらいであった。距離1000mで投下すると命中までに42秒、その間に転舵されれば回避される。そこで目標を半円形に包囲して一斉投下することで回避の余地をなくし、必中となる…はずであった。包囲するまでの過程は目標に接近すると編隊を解き単縦陣となり、目標後方から接近して艦首を回り込み、包囲した時点で目標を向いて一斉投下し離脱する。
---が、包囲のため低空低速で一列にならんで飛行する雷撃機をボフォース機銃で狙い撃つのは容易であり、サンタクルーズ諸島沖海戦でエンタープライズは、射撃場に並ぶ金属のアヒルのごとく片っ端から撃ち落としたのである。さらにいえば、無事投下できたとしても目標前方の一点に攻撃した全機が集まる瞬間がある。訓練でもよく空中衝突して死者がでたが、そこを対空砲火に撃たれればどうなるかはいわずともわかるだろう。雷撃のたびに全滅に近い損害を出し、技量は急降下し当たらなくなっていった。当時、生きて3度雷撃したものは居ないとまで言われていたのである。
-ミッドウェーでの雷爆装転換作業の混乱に関わるお話。
--すでに装備していた魚雷や爆弾を外すのは簡単だった。爆弾の下に運搬用の台車を置いて、投下レバーを引くだけ。
でも装着作業が難儀だった。というのも、爆弾と魚雷の懸架装置の共通化がなされておらず、特に照準器は各機体の個性に合わせて熟練整備員が1機づつ手作業で調整するというもの。
このへんが日本の工業力の限界だったのだ。
---と、言ってもアメリカでもさすがにこのあたりの事情はさほど変わらなかった。たしかに照準器は高精度のノルデン式照準器があったが……差異を吸収して自動調整する、なんてのは戦後の半導体時代が来てからの話である。
でも装着作業が難儀だった。だが懸架装置に大問題があった。魚雷と爆弾の懸架装置は共通ではなく魚雷と爆弾を換装するならば懸架装置も交換する必要があったが、機体と懸架装置の取り付けるネジ穴の位置が一つ一つ全部違うのである。おかしな話だがそうなっていたんだから仕方がない。なので懸架装置を整備員達がヤスリやドリルで機体にあわせて一個ずつ調整する。調整された懸架装置はその機体専用であり他の機体にはとりつけられない。その機体専用の懸架装置を探す他の国にはない、いらない手間のせいで他国の数倍の時間がかかるのであった。
---1段式格納庫で天井が高いアメリカ空母には、重量物運搬用の移動式クレーンがあるが、日本空母にはなくすべて整備員の人力であり重い爆弾や魚雷を運んでくるだけでも整備員達はつかれきってしまったのもある。
--ミッドウェーでも、雷爆装転換命令を発してからさほど時間が立っていなかったので、すぐ戻せるだろうという司令部の判断があったという説がある。
この説によれば、外すのは簡単なために、気がついたら殆どの機体の調整をまたやり直さなきゃいけないという事態に陥っていた……というお話。

-描かれている機体は"AI-301"、[[赤城]]隊の第1中隊第40小隊1番機。搭乗者(の一人)は淵田美津雄((偵察員))、真珠湾攻撃隊の総指揮官である。
ゲーム中のイラストと違い、実際の淵田機は尾翼が赤い塗装だった。しかし標準的な緑の九七艦攻では尾翼まで緑色の機体が多かったため、
あながちおかしいというわけでも無い。
--妖精さんが双眼鏡を覗いているのは淵田に由来。真珠湾攻撃の最中淵田は現場で戦果報告の為に全体を見張っていた。
---偵察・観測等も多座機の大切なお仕事。
本ゲームでは偵察機や水上機、艦攻爆や飛行艇が触接・偵察システムに寄与するが、実際もその通りの役割を担っていた。
空母艦載機として最も大所帯の3人乗りである艦攻は、操縦や無電通信を前後席の二人に任せ、中央席の偵察員は
双眼鏡による観測や記録等に専念することができた。艦攻が空母航空隊の主力と呼ばれた理由は攻撃力の高さだけでなく、
攻撃以外でも欠かせない役割を果たす多目的機だったからなのだ。
--イラストでは雷装だが、実際の真珠湾攻撃時の淵田隊長機は800kg爆弾を搭載、水平爆撃隊の指揮を執った。((ちなみに、この時雷撃隊の方を率いたのは「雷撃の神様」こと村田重治少佐(当時)。))
---とはいえ、九七式艦攻で世界一有名なマーキングはこの真珠湾攻撃時のAⅠ-301。
模型やフィギュアでも、時代や装備に関係なく淵田隊長機の塗装が多い。
--余談ながら、九七式艦攻は空母航空隊でも塗装パターンが非常に豊かだった事でも知られる。
本装備の淵田機を始めとして、実装されているイラストは基本的な日本海軍標準の緑色迷彩。
しかし太平洋戦争以前は緑色は無しで、機首の黒以外は全面灰色か銀色(諸説あり)+赤い尾翼だった。
真珠湾攻撃時には出撃する機動部隊各艦で慌てて迷彩を施したと言われ、赤城・加賀はほぼ標準の迷彩だが、
それ以外の蒼龍・飛龍・翔鶴・瑞鶴は緑や茶色を使って全艦別々の迷彩パターンだった。&color(Silver){やんちゃな後輩達である};
-米軍によるコードネームは ''Kate''。
--ただし、上記にある通り二号艦攻は全くの別物なので ''Mabel'' とつけられている。また絶対数が少なかったため Val ([[九九艦爆>九九式艦爆]])と誤認されていることも多い。
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