五十鈴 の変更点


|CENTER:218|CENTER:80|CENTER:80|CENTER:80|CENTER:80|c
|>|>|>|>|~No.043|
|&attachref(./043_2nd.jpg,nolink,五十鈴です。水雷戦隊の指揮ならお任せ。全力で提督を勝利に導くわ。よろしくね。);|>|五十鈴(いすず)|>|長良型 2番艦 軽巡洋艦|
|~|>|>|>|~艦船ステータス(初期値/最大値)|
|~|~耐久|26|~火力|14 / 39|
|~|~装甲|10 / 29|~雷装|24 / 79|
|~|~回避|37 / 69|~対空|13 / 49|
|~|~搭載|2|~対潜|40 / 79|
|~|~速力|高速|~索敵|8 / 39|
|~|~射程|中|~運|10 / 49|
|~|>|>|>|~最大消費量|
|~|~燃料|25|~弾薬|25|
|~|~搭載|>|>|~装備|
|~|1|>|>|[[14cm単装砲]]|
|~|1|>|>|未装備|
|~|>|>|>|COLOR(GRAY):装備不可|
|~|>|>|>|COLOR(GRAY):装備不可|
|>|>|>|>|~改造チャート|
|>|>|>|>|''五十鈴'' → [[五十鈴改]](Lv12) → [[五十鈴改二]](Lv50)|
|>|>|>|>|~図鑑説明|
|>|>|>|>|LEFT:五十鈴は、大正時代に建造された長良型軽巡の2番艦。&br;韋駄天さはもちろんだけど、私の歴代艦長の中からは、あの山本五十六提督、&br;山口多聞提督など後の海軍を支える人物が多数輩出されたの。凄いでしょ?|
※初期値はLvや近代化改修の補正を除いた時の数値であり、最大値はLv99の時の最大値を指します。

#region(CV:井口裕香、イラストレーター:くーろくろ (クリックするとセリフ一覧が開きます))
#fold(CV:井口裕香、イラストレーター:くーろくろ (クリックするとセリフ一覧が開きます)){{
|セリフ|CV:井口裕香、イラストレーター:くーろくろ|
|入手/ログイン|五十鈴です。水雷戦隊の指揮ならお任せ。&br;全力で提督を勝利に導くわ。よろしくね。|
|母港/詳細閲覧|いつでも準備万全よ!|
|~|五十鈴に任せて。|
|~|……なに? 気が散るんだけど。何がしたいの?|
|母港/詳細閲覧【バレンタイン】|何? 欲しいの? じゃあ、仕方ない。あげよう、かな? うふっ。|
|母港/詳細閲覧【5周年】|やったわね! 大丈夫、今年も付き合ってあげるわよ。五十鈴に任せておきなさい!|
|編成|五十鈴、出撃します! 続いて!|
|出撃|山本提督や山口提督も私の艦長だったのよ!|
|~|五十鈴、出撃します! 続いて!|
|遠征選択時|やったわ!|
|アイテム発見|やったわ!|
|開戦|水雷戦隊、突撃!|
|航空戦開始時||
|夜戦開始|追撃戦は五十鈴の十八番(おはこ)よ!|
|攻撃|五十鈴には丸見えよ?|
|~|水雷戦隊、突撃っ!|
|連撃/弾着観測射撃/夜戦攻撃|バカね、撃ってくれってこと?|
|小破|やだっ、痛いじゃない!|
|~|うそぉっ!?|
|中破/大破|たかが上部兵装を少し失っただけよ。機関部はまだ大丈夫!|
|勝利MVP|え?五十鈴が一番?あら、普通にあたりまえだけど。良いんじゃない。|
|旗艦大破|やだっ、痛いじゃない!|
|帰投|帰投した艦隊があるようね。|
|補給|ふふっ。十分だわ。……戦える!|
|改装/改修/改造|近代化改修、助かるわ。もっと働ける!|
|~|ふふっ。十分だわ。 ……戦える!|
|~|やったわ!|
|入渠(小破以下)|ベストの状態に戻してくるわね。|
|入渠(中破以上)|大丈夫、少し休めば、なんとかなります。|
|建造完了|新しい戦力が加わるわ。|
|戦績表示|報告書があるわ。よく読みなさい。|
|轟沈(反転)|&color(#F0F8FF){ちょっと無理しちゃったかな…? 長良…名取……元気でね…};|
|時報||
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|放置時||
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}}(CV:井口裕香、イラストレーター:くーろくろ (クリックするとセリフ一覧が開きます)end)

*ゲームにおいて [#j905ab8a]
- Lv12と破格の低さで改造可能。その際に[[21号対空電探]]と[[61cm四連装(酸素)魚雷]]という、実戦経験の少ない提督にとっては有り難い装備品を持ってきてくれる。
//- Lv12までは3-2-1旗艦で12回、通常で18回である。が、面倒なら遠征艦隊に放り込んでLv12を待つのも良いだろう。
- さらに、近代化改修の素材として用いた時の五十鈴改は対空+4と、対空能力に限れば正規空母並みの上昇値である。ちなみに[[最上]]改もLv10で改造可能で対空+3と、こちらも優秀。
--ゲームが進めば軽空母のドロップも増えるので、対空素材そのものは入手が容易になるため人によっては五十鈴に頼らなくても済むようになる。
//だが+4はレアな正規空母並の数値であり、[[対潜特化で容易に稼げる海域>西方海域#area3]]も出てくるので、簡単にドロップできて急速育成も可能な五十鈴の利用価値はまだまだ高い。
//-- そんなこんなで五十鈴ならぬ十二鈴と呼ばれる始末。詳しくは[[五十鈴改]]も参照のこと。
- 戦力として用いる場合、対潜がかなり高いということを覚えておくと、特に序盤では役に立つ局面がある。
ネックは耐久の最大値。[[夕張]]を除く他の軽巡が40-44程度であるところ、五十鈴は37しかない。ただしその他の能力については、平均から見て特に遜色のあるものではない。
- 頑張って育成すると、Lv50で2段階目の[[五十鈴改二]]へと改造可能。いくつかの上限値が上昇し、タフさに不安が無くなった。
特に対潜に到っては全艦娘内最高値まで育つ上、特殊能力として、潜水艦への大きなアドバンテージとなる[[対潜先制爆雷攻撃>対潜攻撃#oasw]]を無条件で行えるようになる(実際の運用は、ソナー等との装備連携必須だが)。
対空も高く、ステ上限値の合計では2013年10月現在、屈指の高さを誇っている。詳しくは[[五十鈴改二]]を参照。
-2016/7/15のアップデートで夏季限定の水着グラフィックが実装された。なんという南国バカンススタイル。
--絵師のくーろくろ氏曰く[[「スイーツを食べてちょっとテンションが上がった表情」>https://twitter.com/ku_ro_kuro/status/754072455757516801]]とのこと。
--中破状態では戦闘態勢になるが、その艤装は公式同人誌『提督の夏休み』にくーろくろ氏が寄せたイラスト「防空対潜巡洋艦 五十鈴Χ(カイ)」のものをベースに、変更を加えたものと思われる。
---両手には[[「ボ式四十粍高射機関砲」>Bofors 40mm四連装機関砲]]、後部コンテナの中列は「対潜迫撃砲」(ヘッジホッグ)、外縁は、同人誌ではドラム缶型だった爆雷が、戦後海自でも運用された米国開発のものに変更されている模様。投射機も、同人誌では[[三式爆雷投射機]]らしきものだったのが五五式爆雷投射機(Y砲とも呼ばれる)に変更されている。これらの対潜装備は戦後、海上自衛隊の艦艇に搭載されたものである。


#region(限定イラスト:夏季限定(2016)Ver.)
#fold(限定イラスト:夏季限定(2016)Ver.){{
&attachref(./043_Summer_2nd.jpg,nolink,);
//中破絵は無しで
#endregion
}}(限定イラスト:夏季限定(2016)Ver.end)

*小ネタ [#z53bcdcd]
-三重県の五十鈴川から名前を貰った、[[長良]]型二番艦五十鈴よ。水雷戦隊の旗艦にピッタリの高速巡洋艦なのっ!
--トラック?泊地の事?馬鹿ね、何言ってるの …って言いたいところだけど、お察しの通り、
"♪どーこーまーでも どこーまーでもー はーしれはしれー"の歌でお馴染みの、日本のトラックシェア1、2位を争う有名自動車企業と同じ由来の名前だったりするわ。
[[扶桑]]さんも似た様な感じよ。え、深夜ラジオ番組?そういうのは四本煙突の[[上>川内]]と[[下>那珂]]の仕事でしょ!?
--五十鈴川は伊勢神宮の中を流れてる川で、五十鈴の艦内神社も伊勢神宮の分祀なのよ。
……尤も、帝国海軍では由来ある神社のない艦はみんな伊勢神宮の分祀なんだけど。
あんまり話すと[[あの人>伊勢]]がドヤ顔するんでこの話はここでストップよ!
-歴代の艦長には有名人が多いのよ?
二航戦の山口多聞提督やマレー沖海戦指揮の松永貞市提督((後の海軍中将。マレー沖海戦時の航空隊指揮官。息子が[[名取]]沈没時13日間漕ぎ続けて生還した時の先任将校の松永市郎、孫がiモードの母、松永真理。))、連合艦隊司令長官の山本五十六提督も五十鈴の艦長だったの。
名前に"五十"が入っている同士、不思議な縁を感じるわ。…ん、十二がどうかした?…どうしたのそんな顔して?
--「公式で男自慢をしている」と冷やかされるが、この程度、彼女にとってはほんの一握り。
他にも堀悌吉((後の海軍中将。山本五十六の親友で、穏健派として知られている。))、松山茂((後の海軍中将。航空本部長に就任し海軍航空隊に様々な遺産を残す。また幌筵の提督にはちょっとした縁もある。))、津留雄三((海軍大佐。「月月火水木金金」の元ネタとなった人。凄い変人として有名。))、高須四郎((後の海軍大将。一航戦、第四艦隊、第一艦隊、連合艦隊司令長官代行を歴任。))、原顕三郎((後の海軍中将。バタビア沖海戦の司令官。響・弥生・皐月・磯波・神通・高雄の艦長だったことも。))など、海軍史を彩る名士たちがワンサカいる。
その豪華さは''浮かぶ海軍殿堂''と吹かされても信じてしまうレベル。((皇族出の小松輝久侯爵が副長をつとめていたこともあり、「貴族船」と揶揄されたことはあったそうな。))
-艦長が山田大佐((近い時期に山田省三大佐と山田満大佐が勤めているが、これは山田満大佐の時のエピソード。))になった時には「「山田五十鈴」艦長の誕生だ」って士気が上がったの。この人事には全海軍が微苦笑したらしいわ。
これを記念して、ノリの良い誰かが粋なはからいをしてくれたのでしょうね、女優の山田五十鈴((昭和の名優、女性初の文化勲章受章者 分かり易いのだと「必殺仕事人」のおりく役等。))を招待して、山田艦長と対面してもらったりもしたの。
-何故か[[お姉ちゃん>長良]]と[[名取]]だけ中破絵が描き直されてたけど、五十鈴には2013年9月25日のアップデートで中破絵どころか[[改二>五十鈴改二]]が実装よ!
もう電探と[[魚雷>61cm四連装(酸素)魚雷]]だけ剥がされてポイーなんてさせないわ!
…でも今度は電探二個持ちなのよね…はぁ、ちょっと不安。
-ちなみに出来たばっかりの私は[[こんな感じ>https://twitter.com/ku_ro_kuro/status/426216760329510912]]。最初は[[14cm単装砲]]を7門積んでいたの。魚雷も二連装なのはお姉ちゃんと一緒ね。[[四本煙突の上の方>川内]]も同じ筈なんだけど……。
-意外に思うかもしれないけど、四本煙突の姉妹とは縁が有って[[真ん中の武勲艦の子>神通]]が修理入渠時には私が二水戦旗艦として代わりを務めた(一応、昔は私も担当してたから返り咲きかしら?)し
[[下の方>那珂]]とも結構仲良いのよ。一緒に第十四戦隊を組成して輸送任務をこなしたこともあるんだから。
一回空襲にあったとき、あの娘ったら凄いギリギリで爆撃避けたりして……あの時は沈んじゃったかと本気で心配したわ。

-対空火力アップの為に、主砲を全部外して[[高角砲>12.7cm連装高角砲]]に換装したの。[[高射管制装置>94式高射装置]]((改装軽巡でこれを積んだのは五十鈴だけ。前方マストのてっぺんにドーンと94式高射装置がのっかっているので、写真や模型では是非注目。北上(最終時)などは簡易量産型の四式高射装置を搭載。))も取り付けてくれるし、思い切ったことするわよね…。
一応、対水上艦戦力を落としたくなかったから魚雷は四連装発射管(酸素魚雷対応)に改装されたけど……
この改装は私だけなんだけど、ついでに[[電探>21号対空電探]]や[[対潜装備>三式爆雷投射機]]も増やしてもらって、対潜水艦部隊で頼りにされたわ。
--[[重巡>20.3cm連装砲]]ほどじゃないけれど、[[14㎝砲>14cm単装砲]]だって立派な長距離射撃用の主砲だったの。水雷戦隊だけで会敵したら、私たち軽巡が砲撃戦の頼みの綱よ。
他の5,500t型の子達は高角砲を積んでも14㎝砲をちゃんと残したけれど、主砲(対艦)・副砲(対空)として混載でバランスを取ったわけね。
だから、私みたいに全て高角砲にしたのは本当に思い切った特化型装備なのよ…[[改二>五十鈴改二]]で短射程になるのはこれが理由ね。
-[[レイテ沖海戦>雑学#Leyte]]では対空戦隊に急なピンチヒッターを頼まれたこともあったわね。あの時は13機を撃墜する戦果を上げたわ。
…4機くらい、本当に墜とせたか怪しいのがあったけど、たぶん仕留めたはずよ!ふふっ・・・敵機も潜水艦も、五十鈴には丸見えよ?
--レイテの時は前日に事故で給油に失敗して油がカツカツだったのだけど、それでも救助に対空戦闘にと走り回ったわ。
敵機を追い払いながら霜月(未実装)と協力して[[千歳>千歳航改二]]の生存者たちを救助したり、そして本隊を追いかけるのだから、大変な仕事だったわ。
--でも、千歳の人たちは救えたからまだよかったの。そのうち指揮官の[[日向>日向改]]((指示したのは日向座乗の四航戦司令官松田千秋少将で、小沢艦隊の次席指揮官である。艦隊を二分していた小沢艦隊において、千歳・千代田による第二部隊の指揮官を兼ねていた。))から航行不能の[[千代田>千代田航改二]]を曳航して救えって命令が来てね。
千代田は弱気に「収容可能ナルヤ」なんて聞いてくるから、曳航用ワイヤーを用意するようにって励ましながら、彼女の生き残る道を開こうとしたのよ。
だけど、敵機の波状攻撃は作業を許してはくれなかった。ついに私にも爆弾が命中して、艦橋電路が切れて高角砲も羅針儀も舵も使えなくなってしまったの。
それでも人力操舵で敵機を撃退しながら、何度も千代田に接近しようとしたのだけれど……
--突然、[[初月]]が主砲を撃ちながら反転突撃を始めたと思うと、私の周りにも水柱が立ったの。
明らかに敵のレーダー射撃だった。電探で探索すると、敵の重巡部隊が私たちを討ち取ろうと2万4千メートルの距離まで接近して来ているのが分かったわ。
もう、どうしようもなかった……初月が単独敵艦隊に突撃して時間を稼いでくれたおかげで、私と若月は生き残ることが出来たけれど、
後に残された千代田の乗員たちも、初月の乗員たちも、みんな……。
-レイテ沖海戦のあとフィリピンでの輸送任務に就いたの。けど、不覚だったわ。艦尾に潜水艦の雷撃を受けちゃって…。
舵も吹き飛ぶし、あの時はほんとうに沈むかと思ったわ…。松型駆逐艦の桃ちゃん(未実装)が護衛してくれたおかげで、シンガポールに辿り着いてドック入りできたの。
--ちなみにこの時雷撃した米潜水艦の名前はヘイク。陸軍特殊船にぎつ丸や輸送船5隻、駆逐艦[[風雲]]を撃沈した艦である。
--艦尾に雷撃を受け、鋼板がめくり上がってしまったことから「五十鈴の尻まくり事件」と後に呼ばれることになる。
上記の山田五十鈴女史をもじったジョークではあるが損害は冗談で済まされることではなく、三十二人が死傷したほか三十トンの浸水、士官食糧庫も浸水しおまけに舵も吹き飛ばされてしまった。
幸い追撃は受けずに十六ノットで離脱中、マニラへ向かう松型駆逐艦の竹に「舵故障中につき近寄るな」と手旗信号を送っていたりする。
そしてやっとの思いで十一月二十三日にシンガポールに着いたものの、シンガポールではすでに損傷艦がつめかけていてドックが空いていない。仕方なく一路スラバヤへ向かう事になった。
十四ノットという低速ながらも、運が味方したのか十二月十二日無事にスラバヤへ到着。その頃スラバヤでは自沈処理された蘭敷設艦ラムを砲艦南進へと改造する工事が進んでいた。これ幸いとラムの舵を二枚拝借し、五十鈴の修理に当てたのである。
こうやって舵のあてはできたものの、工事は長引き翌年まで五十鈴の修理は続くことになる。
-困ってしまったのは第三十一戦隊司令官の江戸兵太郎少将である。ボルネオの石油産地を守るために対潜部隊を送りたいのだが、旗艦としていた五十鈴が動けなくなってしまったために新たな旗艦を探すことになった。
そしてその時シンガポールに入港してきたのがエンガノ沖海戦で共に千代田、千歳を護衛していた秋月型七番艦の霜月(未実装)である。五十鈴損傷の報を受けた連合艦隊が二水戦旗艦[[島風]]の撃沈と共に艦隊を再編した際、シンガポールへ送ってくれたのだ。
これ幸いと江戸少将は霜月を第三十一戦隊の旗艦とし、ボルネオを経由しブルネイへと向かった……。
第三十一戦隊旗艦を退いた五十鈴は、今後はシンガポールを司令部とする第十方面艦隊に付属することになる。

-修理が終わってすぐ南方の島々から陸軍さんの部隊を撤退させる任務に就いたわ。末の妹、[[阿武隈]]が活躍したのは「ケ号作戦」だったけど、私が就いたのは「ニ号作戦」ね。
行きの道中、潜水艦に襲われたけど無事に回避。でも、これで敵の群狼部隊に見つかってしまった。
--群狼、ってなにかって?群狼戦術――英語ではウルフパックというけど、簡単にいうと何隻かの潜水艦がチームを組んで獲物を追いつめる方法よ。
1隻の潜水艦が目標を発見すると、無線で仲間に知らせるの。すると、近い位置にいる別の潜水艦が行き先を予測して先回りしたり、取り囲んで滅多打ちにしたり…。
あの戦争では多くの輸送船やタンカー、ううん、そればかりか巡洋艦や駆逐艦までもが、この狼に喰われてしまったわね…。
-そう、そして私、五十鈴も…ね。
最初に潜水艦に狙われてから4日目の朝早く、スンバワ島を出港したのを電探で捉えられた私は右舷に魚雷を受けて、自慢の俊足が出せなくなってしまったの。
それでも2時間ほど粘って、8ノットでどうにか脱出できるかと思ったけど、その時見張員が蒼白な顔で叫んだの。
「当直将校、陸軍の兵隊が泳いでいますッ!」
この上なく危険な状況だったけど、艦長は「両舷停止、救助にかかれ」と静かに命令を下したのよ。人の生命を見捨てては行けない。それが、私と私の乗員たちの意地だもの。
でも案の定、間もなく最悪の事態が起こったの。停止しているところへさらに別の潜水艦から3本の雷撃を受けて…悔しいけど、とうてい持ちこたえられなかった。
1945年4月7日のこと。あの[[大和]]さんより半日ほど早かったわ。
--米軍のフィリピン侵攻により孤立した第十方面艦隊では、どうにかして手持ちの戦力で防衛をしていくしかなくなった。
それにより行われたのは戦線の縮小、およびそれに付随する戦線からの撤退作戦である。
オーストラリア北西に存在する島々の防衛は陸軍の第二方面軍の管轄である。そのため、この作戦は「二号作戦」と名付けられた。五十鈴が投入されたのはこれの第二次作戦である。
第二次作戦では最前線のティモール島に駐屯する第四十八師団をスンバワ島に後退させ、スンバワ島に駐屯する第四十六師団を司令部があるシンガポールへと後退させることになった。
1945年四月四日夜、鴻型水雷艇雉の他二隻の掃海艇を引き連れスラバヤを出港。全力考試運転が三月二十五日、修理完了が四月一日というのだから文字通りのかなりの強行軍である。
スンバワ島の北を過ぎフロレス島との海峡に差し掛かった時、オーストラリア西岸にあるフリーマントル基地から北上してきた英潜水艦スパークに発見され四本の魚雷斉射を受けるがこれは当たらなかった。しかし、位置を特定したスパークはフリーマントル基地へ通報。
米艦隊はスパークからの通報を受け、フリーマントル基地からすでに出撃していた米潜水艦チアー、ベスゴ、ガビランを動かした。
四月四日の朝、ベスゴに発見された五十鈴はチアー、ガビランからも追跡を受ける事となる。
--それでもチモール島クーパンに入港した五十鈴は陸軍将兵を乗せ、四月五日21時45分に出港する。が、この時の五十鈴の姿をオーストラリア空軍の偵察機モスキートが捉えていた。
オーストラリア空軍司令部はこれを受け[[カタリナ双発飛行艇>PBY-5A Catalina]]三機を飛ばし帰路の五十鈴を補足。翌朝もモスキートを飛ばすが、この時直掩の第三八一飛行隊の月光が登場。モスキートは退散し、潜水艦も味方撃ちを恐れて潜航し、一時追跡を免れる事ができた。
--が、四月六日四時四十五分、ついにオーストラリア空軍の空襲が始まった。これに対し日本軍は[[一式戦「隼」>一式戦 隼III型甲]]を迎撃へ向かわせた。
この時使用された機体はノースアメリカンB-25が20機、コンソリーデットB-24が9機。
掃海艇の対空兵装といえる物は[[25mm連装機銃]]一丁、雉も機銃を増設していたが、
結果的に五十鈴はこの数のほとんどを相手にすることになった。
五十鈴と雉、掃海艇2隻は辛くもこの攻撃をしのぎ切った。直営の月光によりB-24を一機撃墜している。ただし無傷とはいかず、五十鈴は舵に至近弾を受け人力による応急操舵に頼らざるを得なくなっていた。
それでも五十鈴は走り続けた。午後三時八分、スパークからの長距離雷撃を回避し、さらにベスゴからの450mという近距離からの後部発射管と前部発射管計9本の魚雷も避けた。
しかしこの9本のうち1本が掃海艇に命中。午後四時二十五分、掃海艇(掃海艇十二号)撃沈。乗員33名を収容しながら、五十鈴はスンバワへ向かう。
--スンバワへたどり着いた五十鈴は、当初の予定通り第四十八師団を下ろし、第四十六師団を乗船させた。
この三日間、昼夜問わずに攻撃を受け乗組員は疲れ切っていた。それでも任務の半分は終わり、後は帰るだけである。
四月七日早朝、五十鈴は出港した。しかし潜水艦たちもそれを待ち受けていた。
フィリピンのが明るくなりはじめる頃、夜間航行陣形から昼間航行陣形に変わろうとした五十鈴へ向けてガビランは五本の魚雷を発射した。
六時十五分、その内一本が右前方から命中。轟音と衝撃が起こって艦首右側にぽっかりと穴が開き、浸水が始まる。
それでも五十鈴の缶室には異常がなく、機関はまだ動いていた。''「機関部はまだ大丈夫!」''
「この分なら8ノットでスラバヤへ帰れる」松田源吾艦長の言葉に乗組員からも陸軍士官からも歓声が上がった。
とはいえ五十鈴はまだ狙われる身である。雉と掃海艇の爆雷攻撃が始まり、五十鈴もゆっくりと離脱を始める。
その時、五十鈴の見張り員が叫んだ。''「陸軍の兵隊が泳いでいます!」''
被雷した衝撃で海面へと吹き飛ばされたのである。救助を頼もうにも雉と掃海艇は攻撃を行うために前方へ行っており、呼び出しても遅い。ガビランの攻撃の後、チアーも近付いてきていた。松田艦長は決断を迫られた。
意を決し、松田艦長は乗組員へ命令した。
''「両舷停止、救助かかれ」''
すぐさまベテランの下士官が水面へロープを投げ、次々と陸兵を救い上げる。その間もチアーはどんどん近づいてきていた。
八時二十七分、チアーの魚雷三本が五十鈴の左舷後方に命中。今度は缶室と後部機関室が爆発し、炎に包まれた。
沈没時刻、四月七日八時四十六分。戦死者百八十九名、便乗中の陸軍兵士の戦死者は人数不明。
戦艦大和爆沈の六時間ほど前の出来事である。
---坊ノ岬沖海戦にて[[矢矧]]が轟沈する前のため、戦時中に最後から二番目に轟沈した軽巡洋艦である。
また、5500トン級軽巡最後の戦没艦でもある。

-思えば、せっかく対潜戦能力を強化してもらったのに、実際に潜水艦掃討任務に就いたことがなかったのよね。
でも、今度こそは潜水艦なんかに好き勝手はさせないわ。五十鈴に任せて!
-私の跡取り(護衛艦 DE-211)は、めでたくネームシップになったのよ!(ベースはこの[[いかづち>雷]]様だったのよ!!もっと私に頼っていいのよ!!)
でも姉妹に[[あの人>大井]][[たち>北上]]の名前ってどうなの?よく見ると[[ぶつかりそう>最上]]な娘もいるじゃない…うちの子大丈夫だったのかしら?
--1992年、無事に引退しましたよ。ご安心を。
--舞鶴の赤レンガ博物館(旧舞鶴海軍兵器廠魚形水雷庫)入口横にて、護衛艦「いすず」の錨が展示されているので、訪問の際は是非。
-こんなところ(海上保安庁第四管区鳥羽海上保安部)にも私の跡取り(PM-28)がいるみたいね。
ってことは、私の孫になるのかしら?まぁ、あれから70年も経っているから、そうなるわね。
--何と、鳥羽海上保安部のホームページのメイン画像に選ばれました。
--そのいすず(PM-28)の仕事風景を撮影した動画もYouTubeにあるので、興味がある方は是非探してみて。
*この艦娘についてのコメント [#bd250730]
//#region(過去ログ)
//#fold(過去ログ){{
//#ls(./)
//#endregion
//}}(過去ログend)
#pcomment(./コメント,reply,15)