伊勢改 の変更点

|CENTER:218|CENTER:80|CENTER:80|CENTER:80|CENTER:80|c
|>|>|>|>|~No.102|
|&attachref(./102_2nd.jpg,nolink,航空戦艦、伊勢です。後部飛行甲板とカタパルト2基で航空戦力を運用可能よ。);|>|伊勢 改(いせ)|>|伊勢型 1番艦 航空戦艦|
|~|>|>|>|~艦船ステータス(初期値/最大値)|
|~|~耐久|77|~火力|63 / 86|
|~|~装甲|-- / 92|~雷装|0|
|~|~回避|36 / 77|~対空|45 / 92|
|~|~搭載|47|~対潜|0|
|~|~速力|低速|~索敵|24 / 60|
|~|~射程|長|~運|30 / 79|
|~|>|>|>|~最大消費量|
|~|~燃料|95|~弾薬|105|
|~|~艦載|>|>|~装備|
|~|11|>|>|[[35.6cm連装砲]]|
|~|11|>|>|[[瑞雲]]|
|~|11|>|>|未装備|
|~|14|>|>|未装備|
|>|>|>|>|~改造チャート|
|>|>|>|>|[[伊勢]] → ''伊勢改''(Lv10) → [[伊勢改二]](Lv88+[[改装設計図>改造#blueprint]]x2+[[試製甲板カタパルト>改造#redprint]]+[[戦闘詳報>アイテム#report]]+開発資材x80)|
|>|>|>|>|~図鑑説明|
|>|>|>|>|LEFT:洋上航空戦力強化のために、主砲を一部外して、かわりに飛行甲板を設置、&br;軽空母並の航空戦力を運用可能な航空戦艦、伊勢です。&br;海自の新鋭DDHにもその名は受け継がれているわ。|
※初期値はLvや近代化改修の補正を除いた時の数値であり、改造直後の値とは異なります。
最大値はLv99の時の最大値を指します。

#fold(CV:大坪由佳、イラストレーター:しばふ (クリックするとセリフ一覧が開きます)){{
|セリフ|CV:大坪由佳、イラストレーター:しばふ|
|~セリフ|~CV:大坪由佳、イラストレーター:しばふ|
|入手/ログイン|航空戦艦、伊勢です。後部飛行甲板とカタパルト2基で航空戦力を運用可能よ。|
|母港/詳細閲覧|…ぁ、御免なさい、呼びました?|
|~|ま、水上機が基本なんだけどね。|
|~|戦艦の火力と軽空母並の航空機運用力…ね、素敵でしょ?|
|母港/詳細閲覧(年末)|早いわねー。もう今年も終わりか。ねえ、日向。大掃除とか、しとく?|
|母港/詳細閲覧(新春)|新年だよ新年。日向、あけましておめでとう! 今年もよろしくね♪|
|母港/詳細閲覧(バレンタイン)|そうね、バレンタインだもの。提督、日向。はい、チョコレート。ふふ♪|
|母港/詳細閲覧(ホワイトデー)|へえ~、提督、チョコのお返しくれるんだ♪ 意外とマメなとこあんだね。 ううん、もらっとく♪|
|母港/詳細閲覧(二,三周年記念)|今日はめでたい日かぁ~。日向、良いね! 楽しい気分だね! 今日は飲んじゃおっか!|
|母港/詳細閲覧(エンガノ岬決戦)|……ふぅ。回避運動はよし、っと。噴進砲も……よし! いいかなっ!|
|~|そうね、日向。結構大変そう……。準備万端で挑みたいね|
|母港/詳細閲覧(帰投)|おつかれ、日向! まあ、まずはお風呂で汗を流そっか!ね!?|
|母港/詳細閲覧(オフタイム)|佐世保もいい街ね。 なんだろう?この不思議に馴染む感じ。|
|ケッコンカッコカリ(反転)|&color(#F0F8FF){提督、あの…カタパルトとか、取らないでくださいね…あれが無いと私…!あっ…いじわるぅ!};|
|ケッコン後母港(反転)|&color(#F0F8FF){いいんじゃない?};|
|編成|航空戦艦伊勢、出撃します。|
|出撃|航空戦艦伊勢、出撃します。|
|~|日向遅いよ。置いてくからね?|
|遠征選択時|いいんじゃない?|
|アイテム発見|いいんじゃない?|
|開戦|左舷、砲戦開始!|
|航空戦開始時|左舷、砲戦開始!|
|~|主砲、四基八門、一斉射!|
|夜戦開始|艦載機、発艦急げ!|
|攻撃|左舷、砲戦開始!|
|~|瑞雲とかって、どうかな?いける?|
|連撃/弾着観測射撃/夜戦攻撃|主砲、四基八門、一斉射!|
|小破|どんどん撃ってきなさいな|
|~|小沢囮艦隊のときに比べれば、この位!|
|中破/大破|がーん 折角の飛行甲板がぁ~|
|勝利MVP|え?またあたしの戦果が一番なの?…どうなのさ~日向、おとなしいじゃん。|
|旗艦大破|小沢囮艦隊のときに比べれば、この位!|
|帰投|艦隊が帰投です。おつかれさま|
|補給|んふふ…日向がびっくりしちゃうかな?|
|改装/改修/改造|結構、ばっちりじゃない、コレってば!|
|~|んふふ…日向がびっくりしちゃうかな?|
|~|いいんじゃない?|
|入渠(小破以下)|ちょっとした怪我よ。でも、ありがと。|
|入渠(中破以上)|さすがに修理しとかないとね。|
|建造完了|提督、新型艦が進水したみたい。|
|戦績表示|提督にご連絡です。…忙しいのね|
|轟沈(反転)|&color(#F0F8FF){まぁ…やるだけやったかな。日向…ゆっくり来なよ};|
|時報||
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|放置時||
}}


*ゲームにおいて [#z0031494]
-改になり戦艦から航空戦艦(航戦)へと艦種が変更されている。それに伴い運用方法が変わっているので注意。
--水上偵察機のほかに水上爆撃機、水上戦闘機、[[カ号観測機]]の装備が可能になった。
--水上爆撃機を装備している時は敵に潜水艦が居る場合最優先で対潜攻撃を行う。ただし水上爆撃機が全滅した際に昼の弾着観測射撃ができなくなるといったデメリットにもなりうるので、運用には注意が必要。
--対潜ダメージについては[[カ号観測機]]複数装備でもないと中大破どまりになりがちだが、昼戦を2巡させる能力を持ちつつ対潜可能なのは航戦ならでは。
--燃料消費が上昇、代わりに弾薬消費量は減少している。

#br
-''ステータス''
--[[改装前>伊勢]]と比較すると火力が僅かに下がった。
--火力が下がったことによって仮に[[大和砲>46cm三連装砲]]*2と[[徹甲弾>九一式徹甲弾]]を搭載しても&color(Red){火力};146止まりと「戦艦」という部類でみると昼戦キャップ未到達&夜戦火力も非常に低い。
--そのうえフィット砲関連で装備可能最大火力砲である大和砲を別の砲にすると更に火力低下がモロに見え、対戦艦クラスとなると相当厳しくなることも。他戦艦、扶桑型改二と違い過剰火力が無い分、フィット重視か火力重視かよく考えおこう。
---最近の昼砲撃戦キャップ値が180に調整されたことで、戦艦分類として低火力がかなり痛手となってしまった。
--火力以外のステータスは上昇しており、特に回避が''[[吹雪]]型駆逐艦と同じ''破格の40、本当に戦艦かというレベルの回避性能を持つ。
---ちなみに速力と回避の関係は要検証。今のところ艦種による回避の差は確認されていない(回避値が同じであれば航空戦艦も駆逐艦も同等な回避となるデータはある)。
---加えて戦艦としての耐久、装甲も兼ね備えているので生存力は非常に高い。改でありながら扶桑型改二と比較して耐久は同等、装甲もわずかに高い。
--運は平均を大幅に超える30。夜戦カットインが実用範囲にはなるが、航空戦艦になっても夜戦は連撃装備が基本なのであまり生かしきれない(運は命中に補正がある模様なので無駄というわけではない)。
//--伊勢型改の持つ高い運と回避の数値は、夜戦への適性を示唆している。
//カットイン攻撃適用の装備を構成すると水上機運用の幅が狭まってしまうので、後述する航空戦と見比べた上で役割を決定したい。

#br
-''運用について''
--大口径砲による単純な火力役としては素火力値が低めのため他戦艦・航戦からは一歩劣る。
--対潜戦闘時に攻撃を二巡させる役として便利。航戦勢の中では燃料&弾薬消費が少なめなのも利点。
---低難易度の対潜戦闘海域での周回(1-5)などでは攻撃二巡役(+ルート固定役)として航戦必須だったが、先制対潜攻撃の実装で以前ほどには必要ではなくなっている。
---ただし駆逐艦や軽巡が先制対潜攻撃が行えるようになるには高いLvが必要になるため、そこまで至っていない提督には未だ重要。
---また高耐久の潜水艦が多数登場する高難易度海域やイベント等では攻撃回数を稼ぐために航戦が必要になる場面は多い。
--空母系や水母の出撃が制限される海域では水上戦闘機を搭載し制空役としての運用方法もある。
---水上偵察機や水上爆撃機と違い水上戦闘機では昼戦の観測弾着射撃が行えないので注意。
---制空値に余裕があるならば水上戦闘機を水上爆撃機に代えれば開幕爆撃にも参加可能。ただし対空射撃を受けるため撃墜されやすく熟練度が落ちやすい点がデメリット。
---水上偵察機、水上爆撃機、水上戦闘機の使い分けについては[[艦種ごとの特徴>艦種ごとの特徴#b070c36f]]や、[[装備考察>装備考察#j2c210dd]]、[[扶桑改二]]のページにも記載あり。
--なお、改二にすると一部装備が&color(Red){改修できなくなる};(2019年6月現在)。これは日向も同様であるため、両方とも改二にする時には注意が必要。
---任務に絡んでくる[[瑞雲(六三四空)]]、並びに量産しておきたい[[12cm30連装噴進砲]]用として、どちらか一隻を改で止めて保持しておくと吉。幸いにして改装レベルは高くない。&br;ちなみに[[日向改]]は伊勢改と違い瑞雲系全てを改修できるが、伊勢改は12cm30連装噴進砲の改修日が日向改より1日多いという差異がある。

#br
-''その他''
-伊勢の飛行甲板はイラストでは艦尾側を前に向けているが、飛行機を射出する時は左肘を曲げて艦首側(カタパルト側)を前にして射出する。
田中P原作の漫画「いつか静かな海で」で、妹の[[日向>日向改]]による詳細な発進シークエンスを見ることができる。
-2016年4月に稼働を始めた「艦これアーケード」のロゴは、水上機を発進させた伊勢型航空戦艦((後部マスト形状から、日向ではなく伊勢と断定できる))のシルエットをシンボルにしている。筐体も伊勢型航戦の後部水上機甲板を大きくあしらったもの。&color(Silver){い''せ''ひゅう''が''で「''せーがー''」という事らしい。};
公式ロゴとしては本家ブラウザ版の長門型、TVアニメ版の大和型、プレイステーションVita版「艦これ改」の翔鶴型&秋月型に続く形での起用となった。

-2017年6月23日のアップデートにて、鎮守府「瑞雲」祭り【法被mode】が実装された。
これは同17日より、山梨県の富士急ハイランドにて「鎮守府瑞雲祭り」というイベントが開催された事を受けてのもの。
--最強の瑞雲こと[[瑞雲(六三四空/熟練)]]も実装されるなど、まさに瑞雲づくしのアップデートとなった。
--2018年4月には、会場を東京都のよみうりランドに変えて第2回が開催されたが、この瑞雲modeもそれに合わせて復活を果たしている。
-
#fold(限定イラスト:法被mode){{
限定イラスト:法被mode
&attachref(./102_Fujiq.jpg,nolink,);
}}

-2018年2月17日、[[冬イベント>捷号決戦!邀撃、レイテ沖海戦(後篇)]]開始と同時に、【エンガノ岬決戦】差分modeが改のみに実装された。
通常の立ち絵は他の限定グラフィック同様、冬イベント終了後に図鑑に格納されたものの、
通例は併せて格納されるはずの、カード状態に加工されたイラスト及び中破立ち絵は何故か図鑑に格納されていない。
**変更履歴 [#r864ceae]
-2013/12/25
航空戦艦は対潜能力を持つ艦載機を装備している場合、対潜攻撃を行うようになった。
-2014/03/14
新たな水上機[[瑞雲(六三四空)]]・[[瑞雲12型]]が実装された。
--金剛型高速戦艦の[[改ニ>金剛改二]]実装などに伴い、航戦の水上砲撃戦における地位は相対的に下方に位置した。
一方で水上機の選択肢も広がった事で、航戦は航戦として独自の運用が研究・実践されている。
[[艦種ごとの特徴>艦種ごとの特徴#b070c36f]]や、[[装備考察>装備考察#j2c210dd]]で詳しく考察されているので参照されたい。
対潜攻撃にしろ航空戦にしろ限定的あるいは補助的なものであるが、スキマを埋める仕事をこなしつつも戦艦ならではのタフネスと高い回避のおかげで長丁場に強いのが頼もしい。
-2014/04/23
水上偵察機等を装備する事で昼間の砲撃戦時にも連撃・カットイン攻撃が出せる新ギミック「弾着観測射撃」が実装された。
戦艦・重巡洋艦の火力を激増する強力な新ギミックであるが、なぜか水上爆撃機は観測機役に適用されず、航戦の立場はさらに下がった。……かに見えた。
-2014/04/25
水上爆撃機も特殊射撃のフラグたる観測機役を適用されるように変更された。
この結果、航空戦艦は制空/爆撃力を維持しつつ特殊砲撃が行える強力な艦種に生まれ変わった。
[[瑞雲]]による制空で特殊砲撃の条件を満たし、先制爆撃で雑魚どもを蹴散らして、残った大型艦は[[徹甲弾>九一式徹甲弾]]による弾着観測射撃や連撃で叩き潰すという芸当を自前で行えるのは航戦ならでは。
空母勢の制空と連携しよう。&color(White){航戦の時代、ここに来たれり。};
--航空戦が特殊砲撃の条件となった今、航空戦艦や航空巡洋艦といった航空火力艦を上手く運用するには、マップごとに必要な制空値の計算が必須。
きっちり計算して装備を整えれば、瑞雲によって制空値を補助し、制空の主力である空母の戦闘機枠を減らして空母の攻撃力を高めることも可能なのだ。
---敵味方ともに航空戦力が無く航空戦が行われないと弾着観測射撃も発動できない。空母の居ない戦闘では航空戦艦や航空巡洋艦に1スロだけ搭載した水上爆撃機で航空戦を発生させ、弾着観測射撃を行えるようにすると効率が良い。
--つまり個艦の強さだけではなく、出撃マップに応じた艦隊全体の事情も踏まえた細やかな装備構成が、''航空戦艦の真の力''を思い知らせる秘訣である。
---敵編成に潜水艦がいると、この辺の作戦が激変する。
航路固定のために水雷艦を編成しているならそちらに任せるか、[[カ号観測機]]を載せて自身も対潜攻撃をさせるか、艦隊後列に配置して砲撃能力を活かすべきか?
//特に5-1はマンスリー任務があり、航空戦艦の制空力を生かす手段は非常に有効なのだが潜水艦に悩まされる。提督の腕の見せ所だ。&color(White){ここいらのややこしさが、航戦の敷居の高さかもしれない。};
---航戦の直接的なアップデートではないが、2016年6月30日に先制対潜攻撃が実装。実はこれこそ潜水艦に火力を吸われるのが悩みだった航空火力艦にとっての大きな転機となった。
先制対潜可能艦の配備することで航戦の潜水艦対策の必要性が激減し、潜水艦を含む敵相手であっても、自慢の制空補助・先制爆撃、そして砲撃火力を存分に発揮できるようになった。
-2014/10/24
装甲最大値が89→92に上方微調整された。
なお同時に日向の装甲も同値へと引き上げられた事により装甲差は無くなった。
また「艦載機搭載数」が44→47に上方調整された。
2014/10/24以前 合計搭載数44【11,11,11,11】
2014/10/24以後 合計搭載数47【11,11,11,14】(4スロットのみ+3)
-2016/04/22
日向共々火力最大値が79→83に、対空最大値が89→92、索敵最大値が49→60へそれぞれ上方修正された。これにより索敵値は戦艦2位に。
-2016/7
先制対潜攻撃が実装され敵編成に水上艦と潜水艦が混じる海域においては、軽巡を対潜特化にし、複縦陣にすることにより、安定して砲撃戦前に敵潜を落とせるようになった。つまり、対潜は軽巡に一任し、制空、開幕爆撃、砲戦に集中できるようになったのだ。
--防御面は、依然として装甲等が他の戦艦級と比べると低めながら、伊勢・日向は全戦艦中最高の回避力を持つので、どちらが有利とは一概に言えない。
強力な火力を持つ敵がわんさか出る後半マップでは、装甲で耐えるより回避でかわすほうが有利な面もある。
通常の戦艦と取捨選択しながら攻略していくこととなろう。
---ただ、「回避」はレベルによって成長していくものなので、低レベルのまま高難度マップに突撃するのはさすがにしんどい。
--対潜攻撃実施を嫌う場合は、水上爆撃機ではなく偵察機や観測機を載せる手もある。
その場合はボーキサイトも消費せず、出撃コストが軽く高回避な戦艦として運用できる。
-2017/6/23
日向共々火力最大値が83→86(+3)と強化された。
-2018/02/05
対空噴進弾幕が実装され、[[特定装備>12cm30連装噴進砲改二]]を積めば自艦に対する開幕航空攻撃を一定確率で無効化できるようになった。伊勢型は他艦より成功率が高めに設定されている。
また、戦艦の汎用カットインの上位互換となる専用の対空カットインがメンテナンスに先んじて実装された。
*小ネタ [#cfd6742c]
-伊勢型の後部主砲塔2基を撤去・航空機運用能力を付与した世界で唯一の航空戦艦姉妹の姉。
-彼女がグラフィックで左手に装備している西洋の盾のようなものが、そのとき付けられた飛行甲板である。
-航空戦艦への改造に伴い、最悪と言われた居住性の改善も図られ、一部居住区に冷房が入った。
-回避は[[レイテ沖海戦>雑学#Leyte]]で見せた回避戦術が元ネタと思われる。何しろ伊勢は、至近弾だけでも''爆弾48発、魚雷17本をすべて回避した''というから恐るべし。((これは伊勢が把握している至近弾数のみである。後述の回避方法で、伊勢の進行方向を読み違えた敵機も多く、その為至近弾ではなく遥か彼方に外れた爆弾も把握しきれないほど多数ある。))
遠弾も含めて推計すると、''伊勢を攻撃した敵機は推定で150機前後''になるという。低速で運動性も悪く図体のでかい戦艦でこれをことごとく回避したことが、伊勢の凄まじさを物語るのである。
--佐藤和正著「艦長たちの太平洋戦争」では図解入りで説明している。これによると攻撃の殆どは4空母が沈んだり航行不能になり、大きな目標が伊勢、日向のみとなった第四次空襲の時である。
伊勢が喰らった至近弾数は
・第一次空襲:爆弾1、魚雷2
・第二次空襲:爆弾8
・第三次空襲:爆弾5、魚雷4
・第四次空襲:爆弾34、魚雷11
となっている。

--当時の伊勢・[[日向>日向改]]の艦長は揃って''新米同然''だったのだが、レイテ沖海戦では米軍側が驚くほどの操艦術を発揮、空襲を悉く退けた。
---伊勢艦長の中瀬泝大佐は開戦以来海軍省勤務の事務方で、艦長経験は初代駆逐艦島風(峯風型)で1年だけ、洋上勤務も開戦直前の第二遣支艦隊以来で、かなりのブランクがあった。
---操艦術のタネは松田千秋少将(四航戦司令官)作成「爆撃回避法」。このマニュアルが有効に働いた結果がこれ。
松田少将も戦後の証言で、中瀬艦長はマニュアルを完全にマスターしていたと太鼓判を押している。((当時の戦艦などの艦長の間には「船は航空攻撃に対しては無力」の考えが一般的であり、このマニュアルを軽視する人も多かったと言う。マスターできたのも艦長経験の少なさのおかげでそういった先入観無しでマニュアルに取り組めたからである。))
また、松田少将は「人格も統率もよし、戦も上手だし、操艦も上手い」もっとも優れた艦長として中瀬艦長の名前を上げている。
---急降下爆撃に対しては、伊勢の中瀬艦長はこれでもかというほどの「取舵」一辺倒、[[日向>日向改]]の野村艦長は逆に「面舵」の連打でそれぞれ回避していたという。
理由はそれぞれ「''言いやすかったから''」。急降下爆撃の場合、舵を切るタイミングが大事で、かじを切る方向はどっちでも良かったそうな。
そのため、「取舵だったから次は面舵だろう→取舵でした→今度こそ面舵だろう→(`Д´#)ガッデム!」こんな感じで米軍機の予測の裏をかき続けてたそうな。
---なお、雷撃に対する回避は、航海長に任せていたそうである。
---雷撃に対しては艦の正面を敵編隊に向け、急降下爆撃に対しては艦の側面を敵編隊に向ける、というのが爆撃回避法のポイント。
IL-2([[おすすめゲーム]]参照)などのフライトゲームで対艦攻撃してみれば、この機動を取られると非常に攻撃しにくいことが実感できるだろう。
---この顛末は、光人社「艦長たちの太平洋戦争」で、両艦艦長の証言としてまとめられているので、興味があればご一読を。
--そんな中瀬艦長は実は宮崎県椎葉村(日向国)出身。&color(Silver){もしかしたら本当は日向の艦長になりたかったのかもしれないかも。};((地元テレビ局の番組(メインゲストは藤岡弘、)で、椎葉村に戦艦伊勢の模型を寄贈する企画が放送された。))
---中瀬艦長の生家は現在は上椎葉ダム((日本初の100m級ダムで、のちの日本の建築技術に多大な影響を与えた))により水没しているが、椎葉村長でもあった父中瀬淳氏の邸宅が''日本民俗学発祥地''として保存されている。
邸宅内には中瀬艦長ゆかりの品や、上記の戦艦伊勢の模型等も収蔵されており、付近には「中瀬提督の碑」も設置されている。
---伊勢が好きな方々にはぜひ中瀬邸を見学に訪れて頂きたいが、椎葉村は日本三大秘境と称せられ交通アクセスも非常に悪い。
村につながる国道も険路・隘路が多く、運転に慣れていない方の自家用車での訪問はあまりオススメできない。宮崎交通の路線バスを利用するなど深甚の計画を要する。((基幹都市である日向市からの路線バスは一日2本のみ。バスで中瀬邸訪問が目的の場合、バスのダイヤの関係上椎葉村内での宿泊が必須となり、日帰りでの訪問は不可能である。))
--そんな伊勢でも間一髪の場面があったそうだ。
潜水艦から雷撃されたが当直見張り員は気が付かず、たまたま艦橋の後ろで一服していた声の大きい見張り員が見つけて、
「雷跡!艦尾より雷跡!」と叫び、慌てて回避してギリギリかわしたことがある。
--海戦中、[[瑞鳳]]の沈没地点で艦を停止し乗員救助まで行っている。言うまでもないが戦艦のような大型艦は一度止まると容易には再加速できない(というか[[駆逐艦でも普通は無理>朝潮]])。
連続大空襲の状況下で豪胆というか殆ど暴挙に近い行動だったが、無事100人近くの瑞鳳乗員を収容。
やっと全速力に戻ったその時に第4次空襲が始まるなど、%%凄まじいばかりの強運にも恵まれた艦だった。%%
---中瀬艦長は、空襲の間隙を突いて「5分間のみ救助作業」を命令していた。そして電探で第4波の敵影を探知してから再加速を始めている。すなわち、瑞鳳救助の功績は運ではなく艦長の冷静な指揮とそれに応えた伊勢乗組員の練度の高さによるものである。
-史実では[[彗星]]を搭載予定だったり、[[12cm噴進砲>12cm30連装噴進砲]]が対空兵装として装備されていたのだが、その辺反映されていない。逆に搭載機数が史実の倍に増強されている。
--伊勢型の航空戦艦改造には、中部の3番・4番主砲も撤去して搭載機数を倍増させる案もあったが、工期がさらに伸びるのは好ましくないなどの理由で不採用となっている(詳細は[[日向改]]を参照)。史実より倍増した搭載機数は、そのあたりの計画案も反映されているのかもしれない。
--この対空兵装の強化が高い対空値の元ネタ。[[最終型大和>大和改]]には流石に及ばないが、かなりの防空力を持っていた。
--航空戦艦として改修を受けたものの、史実においては様々な事情が重なり実戦において艦載機を載せて出撃することは一度もなかった。その代わり、改修された後部スペースに各種対空装備を積載する形で運用されていたので、高い対空値はそのあたりの史実にも基づいているのかもしれない。
--なお彗星の回収は近隣の飛行場や同じ作戦に参加する空母(空きが発生しなかった場合はパイロットだけ回収)で行う予定であったため、特別な設備があったわけではない。
そのため、四航戦には一時期、空母[[隼鷹]]と[[龍鳳]]が所属していた。この両艦はレイテ沖海戦時は艦載機がなかったため不参加であった。
[[隼鷹]]・[[龍鳳]]は、レイテ海戦後に第一航空戦隊へ配備されたため、伊勢・日向とともに作戦行動する機会は得られなかった。
-大和型戦艦を改装した空母信濃(未実装)と航空戦隊を組む計画もあったという説について。

#fold{{
--空母信濃は大和型戦艦の強靭な船殻を利用した、いわゆる「装甲空母」である。
速力は大和型戦艦と同じく27ノット程度だったため、戦艦の防御力を持つ25ノットの伊勢/日向と組んで、通常の空母機動部隊の前衛として、艦載機の前進基地役と敵の攻撃を凌ぐ盾役の双方を狙った編成である。
--空母機動部隊の前進基地として運用するという計画は、艦の設計・建造を司る海軍省艦政本部側の提案であるが、運用する側である軍令部や航空本部から猛反対を受けている。
--艦政本部側はこの案に大分固執していて、[[大鳳]]の建造時からこの『不沈空母による中継基地案』は推されていたが、大鳳の時は早々に廃案となっている
--結局信濃は擬装に関しては艦政本部側の意見を「尊重」はするが、運用や使用方法は軍令部、航空本部の方針とすることが昭和17年7月末に取り決められ、艦政本部の大鳳以来の悲願は潰え去った。
--信濃の搭載する航空機用燃料の搭載量は670t。この数値は1,000t搭載する大鳳よりも少ないが、大鳳の設計は戦争初期の比較的小型の艦載機を大量収容し、かつ他空母の艦載機を収容補給することも念頭にあったためであり(弾薬搭載量は大鳳の全機出撃6回分以上も有る)、戦争中盤における個艦運用前提の搭載量としてはむしろ過大であった。
これと比較しても、規定搭載数50機未満である信濃が中継基地運用を想定しても無理がないことがわかる。
また、戦争後半より投入された彗星や天山配備予定の烈風、流星は従来機よりも多くの燃料を必要とする機ながら、機体の大型化のため信濃の搭載数は大鳳の2/3にも満たず、信濃が個艦で運用する燃料搭載量としてはむしろ過大である。
--そういうわけで、結果的に実現しなかったが、信濃と伊勢型による航空戦隊構想は実現する可能性が十分にあった。
}}

--給油艦[[速吸]]もまた、[[流星]]を射出はできるが回収は不能という、航空戦艦とよく似た運用を想定していた。
こちらは艦これで初めて、改造すると艦上機(艦攻のみに限定)と水上爆撃機の混載が可能な艦娘として実装された。
これは史実の伊勢型が彗星と瑞雲でやろうとしたことであり、ゲームにおいては[[速吸改]]が先に実現する形となった。

-軽巡[[大淀]]から撮影された伊勢の対空戦闘の映像が残っている。
日本戦艦の実戦における主砲射撃シーンを捉えた(たぶん)唯一の[[現存映像(日本ニュース第232号・NHKアーカイブス)>https://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001300360_00000&seg_number=001]]である。
主砲や高角砲などが猛然と火を噴く映像はド迫力かつ超貴重なので、興味があればぜひご覧あれ。((ちなみに画面右側に写る大きな黒い影はカメラマンの指。伊勢型が航空戦艦に改造されたのは機密事項だったので、航空甲板を指で隠しながら撮っているのである。))
伊勢の他に、軽巡[[大淀]]・空母[[瑞鳳]]・[[瑞鶴]]らの勇姿を見ることができる。((空母瑞鳳と軽巡大淀からの撮影。この時小沢艦隊は部隊を2分しており、妹の[[日向>日向改]]は[[千歳]]・[[千代田]]の護衛として離れた位置に居たため、[[大淀]]とともに[[瑞鶴]]・[[瑞鳳]]の護衛であった伊勢の映像である。よって残念ながら日向は写っていない))何度でも言うが大変価値の高い映像である。
--なお伊勢に関する記述では「''多数の航空機を撃墜''」という記述が多いが、これは伊勢の戦闘詳報「(伊勢の戦果は)撃墜44機・不確実12機」という非常に夢のある大戦果記録が元ネタになっている。
相方の[[日向>日向改]]はというと、「(日向の戦果は)6機撃墜確実」である。「どうなのさ日向~おとなしいじゃん」
ちなみにエンガノ岬沖海戦での米軍の被撃墜数は10機である。((正確な記録がなくはっきりしない、またこの他に撃墜には至らなかったものの、修理不能で全損扱いの機体が相当数ある。))伊勢の戦闘詳報でも「重複もかなりあると思うよ」と書かれているが……
日向の撃墜記録のほうが冷静かつ信ぴょう性が高いと言わざるを得ない。「伊勢のやつ、調子に乗りすぎだ」
--しかし、混乱の上に興奮絶頂な戦場で戦果を過大に誤認することは、洋の東西を問わずどこでもいつでも起こることである。
それに伊勢・日向とも、強力な対空兵装で敵機の猛攻を防ぎきったのは紛れも無い事実である。胸を張ろう伊勢さん!

-そんなこんなんで%%ゲームでは今のところ航空戦艦の時代はなかなか来ないが%%レイテ沖海戦における四航戦二艦は艦載機は積まず三式弾を積んで敵機を弾幕射撃で撃ち落としまくっては上述の急速回避術で生還している、ことになっている。いずれ来たるべきレイテ戦イベントのときは攻略の際、ちょっと留意しておいてもいいであろう。
--レイテ沖海戦をモチーフとしたイベント(後篇)が2018年冬に開催され、直前のメンテナンスにおいて対空噴進弾幕が実装された。攻略に伊勢型を採用して史実同様の高い回避力を実感した提督もいることだろう。
-レイテ沖海戦の後、1944年11月に伊勢、日向を中核として「H部隊」が編成された。Hとは旗艦[[日向>日向改]]の頭文字と言われている。
この部隊は航空機用の落下式増槽などの軍需物資を満載して、マニラ湾を経由してシンガポールに向かうというものであった。
--なお、この作戦の最中にハルゼー台風という名の米海軍第38任務部隊が大暴れしているが、H部隊は捕捉されずに済んでいる。
H部隊はマニラ出航後、空襲を避ける為に一旦カムラン湾に避退した後シンガポールに向かうのだが、その後で第38任務部隊の艦載機がやってきてカムラン湾にいたフランス軽巡のラモット・ピケ((ドイツに本土を占領されてヴィシー政権所属となり動けなかった。))を伊勢と誤認し、挙げ句に撃沈してしまう事件があった。
-連合軍の警戒網をくぐり抜けてシンガポールに到着したH部隊は、現地で合流した軽巡[[大淀]]や[[霞]]らを加えて「完部隊」を編成、[[北号作戦>雑学#Kita]]に赴くこととなる。
米軍がこの行動を黙って見逃すはずもなく、15隻の潜水艦による執拗なアプローチや、米陸軍のB-24など空からの激しい追撃を受けたが、
松田司令官の指揮と各艦の対応が見事にハマり、''[[全艦揃って無傷で呉に帰還を達成する>雑学#Kita]]''という奇跡を成し遂げた。
全滅覚悟でいた上層部もこの結果には本気で目を疑い、ついで狂喜乱舞したという。
--この作戦で、伊勢は潜水艦から''撃たれた魚雷を命中寸前に高角砲で撃破''しちゃったり、((機銃で撃破したという証言もある。なお、近くの海面めがけて撃ったため一部砲弾は水切りよろしく海面を飛び跳ねて[[初霜]]の方へすっ飛んでいき、初霜の酒匂艦長を慌てさせた。))日向は浮上追跡してくる''米潜水艦を主砲で撃退''したりと、姉妹揃って奇想天外なエピソードを残している。
---この潜水艦、伊勢を狙おうと追撃に夢中になりすぎてたのか、後方に居た日向の存在に気付いてなかったそうである。いきなり主砲を撃たれたもんだから大慌てで潜航退避、伊勢は日向に救われた形になった。
--[[長門]]と並んで全戦艦改中最高を誇る伊勢型姉妹の「運」は恐らくこの作戦大成功から来ている。
---連合軍から見ても完璧に意表を突かれたらしく、戦後に松田司令官が米海軍第7艦隊の参謀に訊ねてみたところ、「いや、あれはすっかりやられた」という答えが返ってきたとか。
というか、連合軍が四航戦をこうも執拗に追跡していたのは''戦艦含む残存戦力の集中投入による反攻作戦の萌芽''であり''フィリピン戦線の懸念事項''という認識があったため、
突入して来たら徹底的に叩くつもりで守勢に回り、米第7艦隊はマニラ湾から動かなかった。本土への帰還を兼ねていたとはいえ、まさか''戦艦使って輸送作戦なんぞやるとは夢にも思ってなかった''のだ。
松田司令官はそこを逆手にとり、いかにも突入作戦をするような構えを取りながら進撃し、無傷のまま呉に帰還し作戦を成功させたのだった。
-最終的には燃料不足で「呉鎮守府第一予備艦(要は浮き砲台だクマー)」に指定され、三ツ子島近海に停泊。
一時は「[[伊勢]]」と「[[日向]]」のどちらかが新型爆弾((桜弾の事。いわゆる「アレ」絡みの爆弾で直径1.6m、成型炸薬効果により爆発地点から前方3kmを吹き飛ばす威力を期待されていた。))の標的になる予定だったが諸事情によりなんとか生きながらえた。((代わりに未完成だった雲龍型五番艦「阿蘇」(艦これ未登場)が標的となり甲板から艦底まで貫通、大破着底した。))
しかし生きながらえたとはいえ、完全に動けなくなって停泊するのみとなっては、もう回避の技も強運も発揮のしようがなかった。
[[呉軍港空襲>雑学#Kure]]で艦橋に直撃弾を受け、内地帰還後共に北号作戦を戦い抜いた[[大淀]]の艦長から転勤した牟田口艦長らのブリッジクルーが戦死し、高射長が艦長代理となって補修曳航のための準備作業が進められたが、
その最中の7月28日、再空襲で11発の爆弾の直撃を喰らい大破着底。戦後に引き揚げられて解体された。
--戦闘終了後、2番砲塔の右砲には[[三式弾]]が装填されたままで、大火災は次第に2番砲塔に近づきつつあった。
炸薬が大量に詰まった三式弾が未発射のまま火災に炙られた場合、発射薬もろとも膅内爆発を起こして最悪弾火薬庫爆発を引き起こす可能性があり、一刻も早く処置しなければならなかったものの、
信管が鋭敏な三式弾は安全に抜弾するのが困難で、仕方なく呉市街の上空めがけ最大仰角で発砲。これが、日本戦艦の放った最後の主砲弾だった。
火焔と黒煙を噴き出し砲声も絶え既に死に体のように見えた伊勢が、突然轟音とともに爆煙を噴き上げたため、呉鎮守府の見張員は思わず「伊勢爆発轟沈」と誤認して報告したという。
発射を担当した2番砲塔右射手の東山久男上等兵曹はこの時のことを
「電気、水圧ことごとく不良、砲身は仰角一杯四十三度である。二番砲塔発射の命を受けて、最後の一発を砲側電池にて、伊勢の乗組員全員の祈りを込めて、この手で力一杯天にも届けと発射した」
と回想している。伊勢の最後の咆哮は、連合艦隊、そして日本海軍の最後をとむらう弔砲となって呉軍港に轟きわたった。
こうして最大の危険物を処置し終わった直後、伊勢は最後の力を振り絞るように2番砲塔を艦の正中線へ旋回、それが終わると同時についに全動力が失われた。
--終戦後、総員退艦が下命され、軍艦旗を下ろそうとすると、ポールに引っかかってなかなか下ろせなかったという。
また、2番砲塔の砲身は動力を失いつつも空を睨んだままであった。この光景に、乗組員は「伊勢はまだ戦うつもりなのか……」と涙したという。→[[戦後撮られたカラー映像>http://www.nicovideo.jp/watch/sm22235401]](10:08-13:10)
-帝国海軍史において最後に主砲を発射した戦艦であると同時に、[[榛名]]や[[日向>日向改]]ともども最後まで抗い続けた戦艦でもある。彼女たちの奮闘に敬礼。
--戦後、陸揚げされ解体された伊勢の艦橋に戦災で家を失った家族(4世帯)が住み着いていたことがある。→[[日本ニュース 第97号>http://cgi2.nhk.or.jp/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310097_00000&seg_number=004]]
-そして時は経ち2009年。全通甲板式のひゅうが型ヘリ搭載護衛艦(DDH)2番艦が進水。「伊勢」の名を継ぐ「いせ」と命名された。全長・全幅は戦艦伊勢とほぼ同じである。
--2011年3月16日に華々しくデビュー・・・のはずだったが、就役の5日前に「東日本大震災」が発生。
%%軍艦旗%%自衛艦旗授与式などは予定通り行われたが、フル回転中の現場にそんな余裕は無く祝賀会は自粛。大きな期待と船体にしては非常にさびしいデビューとなった。
--先に就役し、来世でも再び姉妹となった「ひゅうが」と同様、マルチハザードに対応する洋上プラットフォームとして大きな期待が寄せられていたが、習熟訓練もこれからという彼女は何も出来ず、ただただ姉のひゅうがの活躍を見守るしか出来なかった。
--こうしてデビュー早々悔し涙を飲んだ彼女だったが、デビューから2年。国外でいよいよ力を発揮する機会が訪れる。
2013年11月、空母「ジョージ・ワシントン」を旗艦とする米国海軍の空母打撃群を筆頭とした各国の救援部隊が、大型台風で壊滅的被害を受けたフィリピンやパラオ等の被災者救援のために集結した。
この救援活動には自衛隊も参加。“Operation SANGKAY”((SANGKAY(サンカイ)とはレイテ島で使われているワライ語で「友達」の意。米軍による東日本大震災の救援作戦“Operation TOMODACHI”に倣ったものである。))と名付けられたこの自衛隊史上最大規模の海外被災地支援任務に投入された救援艦隊の旗艦として、護衛艦「いせ」は発進した。因縁の海域であるレイテ島沖で激戦を繰り広げた国々が、今度は友軍として人道支援のために集結する事となったのである。
--最大の被災地であったタクロバンはレイテ島東岸であり、栗田艦隊や西村艦隊が目指したところである。
--その帰国から間もない2014年1月。レイテ湾からの帰りを報告するかのように、呉基地から近い三ツ子島海岸沖、まさに「伊勢」が力尽きたその場所で「いせ」による[[洋上慰霊式>http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/140118/waf14011818010023-n1.htm]]が行われた。
同式典には「伊勢」元乗組員(一番主砲砲手)が出席、遠い後輩となる若き「いせ」のクルーとともに、戦艦「伊勢」そしてかつての戦友に、2代目の艦上から静かに祈りをささげた。「伊勢」と「いせ」が時を越えて一つになった瞬間である。
--「いせ」の多目的室にも、ひゅうがと同様、[[護衛艦いせと並走する戦艦伊勢の絵>http://blog.goo.ne.jp/raffaell0/e/008db492c2c0ea6d0ddba0b7e4d5c31b]]が展示されている。
&color(Silver){ひゅうがの絵にいるのは日向ではなく伊勢だったりするが。};
--2015年6月3日、国賓として来日中だったベニグノ・アキノ三世フィリピン大統領は、参議院での演説で伊勢について触れた。「第二次大戦の『伊勢』は世界史上最大の海戦のためにレイテ沖にやって来たが、(2013年の台風支援でやって来た)『いせ』は、災害支援、平和の使者、比日連帯の象徴としてレイテに戻ってきた」
--2017年12月2日に佐世保で行われた『護衛艦カレーグランプリ』で、「いせ」のアピールタイムが行われた際、艦娘「伊勢」のパネルが掲出された。パネルには「C2プレパラート寄贈」と記載されていることから、運営の公認を受けている。((https://twitter.com/nagatolove7/status/936833213904781313))
- 艦内神社は伊勢神宮だったが、伊勢国一宮(その国で最も格式の高い神社)は[[椿大神社>http://www.tsubaki.or.jp]]である &color(Silver){まあ伊勢神宮のが圧倒的に有名だししょうがないね。};
-- 誤解を招かないように補足すると、伊勢神宮は元々天皇陛下御一人の為の神社であって、国一宮どころか全ての神社の上に置かれていたりする。社格がないので格上という言葉は当たらないが。
-国鉄の列車名にも「伊勢」は存在した。東海道本線・関西本線・紀勢本線・参宮線の寝台急行として、1953年から1968年まで東京と鳥羽の間を結んでいた。
--当初は東京と湊町((湊町は1994年にJR難波と改称。))の間を結んでいた寝台急行「[[大和]]」(経由は東海道本線・関西本線)の鳥羽発着列車だったが、1953年に「伊勢」と名を変えた。
--当初は単独運転だったが、1958年から「大和」と亀山で分離併合する併結運転となり、東京と新宮を結ぶ寝台急行「[[那智]]」の運転開始(東海道本線・関西本線・紀勢本線を経由)に伴い1959年から1964年まで「那智」と多気で、東京と金沢(米原を経て東海道本線・北陸本線を経由)を結ぶ寝台急行「能登」と名古屋でそれぞれ分離併合された((東京~名古屋間は「能登」、「伊勢」、「那智」の三層列車で、繁忙期には堂々の16両編成で運転されたという。))。1964年から1965年までは鳥羽行きの下り列車が亀山まで「大和」と、東京行きの上り列車が多気から「那智」とそれぞれ併結という変則運用となった。1965年からは上下列車とも「那智」と多気で分離併合と改められた。
---1968年、ヨンサントオで「大和」、「那智」と共に統合され、東京と紀伊勝浦を結ぶ寝台急行「紀伊」の鳥羽発着列車となった((鳥羽発着列車は王寺発着列車(旧大和)とともに1972年に廃止され、寝台特急となった「紀伊」自体も1984年に廃止された。))。

--2013~14年にかけて、伊勢神宮の式年遷宮にあわせて、名古屋~伊勢市間にキハ85系で臨時急行「いせ」が運転された。所要時間は下り1時間55分(直前の''快速''「みえ」1号は1時間38分)、上り2時間6分(直前の''快速''「みえ」18号は1時間42分)と、''かなりの鈍足ぶりを発揮した''。おとなしいじゃん。
*この艦娘についてのコメント [#g8124721]

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