矢矧 の変更点

|CENTER:218|CENTER:80|CENTER:80|CENTER:80|CENTER:80|c
|>|>|>|>|~No.139|
|&attachref(./139_2nd.jpg,nolink,軽巡矢矧、着任したわ。提督、最後まで頑張っていきましょう!);|>|矢矧(やはぎ)|>|阿賀野型 3番艦 軽巡洋艦|
|~|>|>|>|~艦船ステータス(初期値/最大値)|
|~|~耐久|31|~火力|20 / 42|
|~|~装甲|17 / 33|~雷装|24 / 72|
|~|~回避|38 / 72|~対空|17 / 63|
|~|~搭載|6|~対潜|25 / 70|
|~|~速力|高速|~索敵|13 / 45|
|~|~射程|中|~運|13 / 59|
|~|>|>|>|~最大消費量|
|~|~燃料|30|~弾薬|35|
|~|~搭載|>|>|~装備|
|~|2|>|>|[[15.2cm連装砲]]|
|~|2|>|>|[[8cm高角砲]]|
|~|2|>|>|未装備|
|~|>|>|>|COLOR(gray):装備不可|
|>|>|>|>|~改造チャート|
|>|>|>|>|''矢矧'' → [[矢矧改]](Lv35) → [[矢矧改二]](Lv88+[[改装設計図>改造#blueprint]]+[[戦闘詳報>アイテム#report]]+高速建造材x88+開発資材x88) &color(Red){''⇔''};&br;[[矢矧改二乙]](Lv90+高速建造材x30+開発資材x45)|
|>|>|>|>|~図鑑説明|
|>|>|>|>|LEFT:阿賀野型軽巡の三番艦、矢矧よ。&br;マリアナ、レイテ、坊ノ岬と、後半の大きな海戦には殆ど参加したわ。&br;そうよ、最後の最後まで暴れてみせたの。私の記憶の途切れた後、大和はどうなったのかしら。&br;ま、いいわ…今度は全てを護りきるから!|
※初期値はLvや近代化改修の補正を除いた時の数値であり、最大値はLv99の時の最大値を指します。

#fold(CV:山田悠希、イラストレーター:コニシ (クリックするとセリフ一覧が開きます)){{
|~セリフ|~CV:山田悠希、イラストレーター:コニシ|
|入手/ログイン|軽巡矢矧、着任したわ。提督、最後まで頑張っていきましょう!|
|母港/詳細閲覧|ふふっ、いい気配りね。嫌いじゃないわ|
|~|さて、今日はどんな戦略を立てるの?|
|母港/クリック時|うふっ、面白いわね。そ~いうことなら私からも仕掛けてもイイのかしら、ねっ?|
|母港/詳細閲覧(新年)|提督、新年あけましておめでとう。今年もよろしくどうぞ。……さあ、今年も出撃よ!|
|母港/詳細閲覧(節分)|節分か。こういうのもいいわね……っていたっ!? 被弾!? だ、誰! ……あ、阿賀野姉ぇ!?|
|母港/詳細閲覧(2019節分)|阿賀野姉!意外と本気で投げられると痛いんだから…っていたっ!?え…?酒匂…?|
|母港/詳細閲覧(バレンタイン)|姉さんたちが忙しそう。チョコ作り、か。私もやってみようかな? ……うん、能代姉に作り方を教えてもらおう。|
|母港/詳細閲覧(2019バレンタイン)|能代姉、ありがとう。……うん、これなら私にもできそう。よしっ!|
|母港/詳細閲覧(ホワイトデー)|提督、これをお返しに? ありがとう♪ …後で能代姉にもお礼しなくちゃ。|
|母港/詳細閲覧(春)|もうすぐあの出撃の季節か……ふふ、私らしくない。あ、大和。桜を見ながら一杯どう?|
|母港/詳細閲覧(三周年)|提督、おめでとう。私達、三周年ですって。提督もお疲れ様♪ これからも、よろしくお願いね?|
|母港/詳細閲覧(四周年)|提督、おめでとう。私達、四周年ですって。提督もお疲れ様♪ 矢矧、これからも提督の為に頑張ります!|
|母港/詳細閲覧(五周年)|提督、おめでとう。私達、五周年ですって。……遠いとこまできたわね。提督も、お疲れ様。これからも、よろしくどうぞ!|
|母港/詳細閲覧(七周年)|提督、おめでとう。私達、七周年なんですって。……えっと、出会ったときから……まあ、いいか。提督も、お疲れ様。これからも、よろしくどうぞ!|
|母港/詳細閲覧(瑞雲祭り2019)|へえ……瑞雲祭り。いいわね。これが瑞雲。……そうね、私達も搭載できないかしら。大和も考えてるみたい?|
|母港/詳細閲覧(梅雨)|よく降るわねぇ…あ、磯風。自作のてるてる坊主? 不思議な形ね。私も作ろうかな。|
|母港/詳細閲覧(初夏)|磯風、何を練習しているの? あーあ、秋に備えて夏から練習を…大変ね。|
|母港/詳細閲覧(夏)|夏は鍛錬にはいい季節ね。え、海には行かないかって? 海なら毎日行ってるけど。|
|母港/詳細閲覧(秋)|秋か。確かにこの季節は、食べ物が美味しいな。でも、阿賀野姉は少し堪能しすぎね!|
|母港/詳細閲覧(Xmas)|クリスマス…悪くは無いはないわね、こういうの。 提督、私は好きよ。 …すこし、酔いそう。|
|母港/詳細閲覧(冬季)|少し寒くなってきたわね…。鍛錬には丁度いいわね。十戦隊集合、演習に出ます!|
|母港/詳細閲覧(年末)|酒匂、どうしたの? ……あの缶を取りたいのね? ……はいっ。そっか、大掃除か。……手伝うわ|
|母港/詳細閲覧(2018決戦前夜)|捷一号作戦。ここで私達が、敵の侵攻を、防ぐ。十戦隊、作戦準備。……能代姉。|
|母港/詳細閲覧(エンガノ岬決戦)|第一遊撃部隊、第二部隊、十戦隊 矢矧。出撃します。提督、ご命令を。|
|~|金剛さん、私たちも全力で敵に食らいつきます。でも……あと少し、あと少し及ばない時は……いえ、大丈夫!|
|~|能代姉ぇ、気負いすぎないで。そう。いつもの……いつもの演習の通りに行きましょう。大丈夫……!|
|母港/詳細閲覧(佐世保帰郷)|佐世保か……懐かしいわね。 この杯も、大事にしているの。 うーん!やっぱり故郷はいいものね!|
|ケッコンカッコカリ(反転)|&color(#F0F8FF){何っ、提督、あなた…どうしたの?そんな顔で……なんか真剣な表情ね。…えっ、これ、私に?&br;大和とか、雪風とかじゃなくって?わ、私に!?…っ、どうしよう…あ、あの…どうしよう…わ、私……っ};|
|ケッコン後母港(反転)|&color(#F0F8FF){提督…あなたの頑張り、艦娘たちは褒めているのよ?…聞いてないか…。};|
|編成|第二水雷戦隊、預かります。矢矧、抜錨する!|
|出撃|第二水雷戦隊、預かります。矢矧、抜錨する!|
|~|軽巡矢矧、出撃します!|
|遠征選択時|流石ね|
|アイテム発見|流石ね|
|開戦|砲雷撃戦、始めます!|
|航空戦開始時||
|夜戦開始|あはっ!夜戦なの?悪くないわね!|
|夜戦開始(エンガノ岬決戦)|艦隊、単縦陣……。行くぞ。矢矧、水雷戦隊。推して参る!|
|攻撃|今度は良く引きつけるんだ…よし、てーっ!|
|~|阿賀野型を軽巡と侮らないで!|
|~|砲雷撃戦、始めます!|
|小破|数発の被弾で私が沈むわけないじゃない!|
|~|ここからが私の本領発揮よ!|
|中破/大破|私を沈めたいなら、魚雷5、6本くらい撃ち込まないと…駄目よ!|
|勝利MVP|この矢矧が艦隊で一番なの?そうね、意外と…嬉しいかもね|
|旗艦大破|数発の被弾で私が沈むわけないじゃない!|
|帰投|艦隊、全艦泊地に帰投したわ|
|補給|補給よろしく、また出るわ!|
|改装/改修/改造|そうね、ありがたいわ|
|~|うん、この改装なら…いけるかもしれない!|
|~|流石ね|
|入渠(小破以下)|この程度、傷のうちにも入らないけど?|
|入渠(中破以上)|万全な体勢で出撃したいから、感謝はするわ|
|建造完了|新しい艦が進水するわ|
|戦績表示|提督への報告書ね、どうなの?|
|轟沈(反転)|&color(#F0F8FF){もういい、私から、離れて…。また、大和と雪風が見えるな…悪くない…};|
|時報|マルマルマルマル。深夜零時。無理はダメよ|
|~|マルヒトマルマル。提督、眠くないの?|
|~|マルフタマルマル。今日は、静かな夜ね|
|~|マルサンマルマル。そろそろ今日は、半舷上陸しないの?ねぇ?|
|~|マルヨンマルマル。ねぇ、無理は禁物よ?明日のデイリー任務は私に任せて|
|~|マルゴマルマル。艦これ的には新しい一日の始まりね!|
|~|マルロクマルマル。ええっと、工廠で装備を三回作って、そして、出撃して、ええっと…|
|~|マルナナマルマル。ええっと、それから、新しい艦を三隻建造して…ああ、もう!|
|~|マルハチマルマル。疲れたわ。デイリー任務も、結構大変なのね。提督、あ、うん|
|~|マルキュウマルマル。軍縮条約?艦を二体解体って…私には無理!…やるけど|
|~|ヒトマルマルマル。ああ、疲れたわ。提督、貴方結構大変なのね。少し見直したわ|
|~|ヒトヒトマルマル。私には海上での戦闘の方が向いているみたい。出撃させて!|
|~|ヒトフタマルマル。慣れないことすると本当おなか空くわね。ね、お昼は何食べる?|
|~|ヒトサンマルマル。私の故郷でコレ今流行ってるんですって。大きな丸い肉はさみパン…かなぁ|
|~|ヒトヨンマルマル。もぐもぐもぐ…いけるわね!ハンバーガーって言うんですって|
|~|ヒトゴマルマル。さぁ、また出撃しましょ!どんどん行くわ|
|~|ヒトロクマルマル。ああ、これ?いいでしょ、萩の花と、矢のデザインの盃なの|
|~|ヒトナナマルマル。そろそろ日が落ちるわね。私、夜戦も存分にやってみたいわ|
|~|ヒトハチマルマル。そういえば、今日の演習はどうだったの?|
|~|ヒトキュウマルマル。提督、今日の晩ご飯はなんでしょうね?ちょっと楽しみ!|
|~|フタマルマルマル。さぁ、夜戦の時間ね。どうする?するの?|
|~|フタヒトマルマル。提督、まだまだいけるわ。矢矧、がんばります!|
|~|フタフタマルマル。提督、矢矧水雷戦隊、全力で行くから!フラ戦なんか粉砕よ!|
|~|フタサンマルマル。うーん、戦艦はやっぱり強いわ…。敵空母は…はい、嫌いです|
|放置時|そうね。この次の人生がもしあるのなら、今度は軍艦じゃないってのもいいかもね。|
CV:山田悠希、イラストレーター:コニシ
#shadowheader(2,[[定型ボイス一覧>矢矧/定型ボイス]])
#table_edit(矢矧/定型ボイス)
~
#shadowheader(2,[[時報ボイス一覧>矢矧/時報ボイス]])
#table_edit(矢矧/時報ボイス)
~
#shadowheader(2,[[季節ボイス一覧>矢矧/季節ボイス]])
#table_edit(矢矧/季節ボイス)
~
}}

*ゲームにおいて [#game]
-2013/11/20にイベント「[[決戦!鉄底海峡を抜けて!]]」開催期間延長に伴い、追加実装された艦娘。
--同イベントによる実装艦は[[武蔵]]、[[阿賀野]]、[[能代]]、[[伊19]]、[[伊8]]。
-2013/12/24のアップデートで実装された「[[大型艦建造]]」にて[[阿賀野]]、[[能代]]と共に建造可能になった。
--イベント時は入手が非常に困難だったが、大型艦建造では全資源最低値でも建造可能。
--また2014/09/26のアップデートでドロップが確認。ドロップポイントは''[[6-2>中部海域#area2]]のボスドロップのみ''確認されている。
---&color(White){先行実装当初、運営は「通常海域などでドロップしますので少しだけ安心してください」って言ったのに1年待たせたあげくこの難所に配置ってなんなの……、と突っ込む提督が続出した模様};
-直近の妹である[[酒匂]]も、2014/4/23のイベント「[[索敵機、発艦始め!]]」の[[E-5>索敵機、発艦始め!#area5]]突破報酬として実装された。
-「未改造の軽巡」としては初のレアリティホロ枠の艦娘である。
--ちなみに改造後は最高[[レアリティ]]の桜ホロとなる。
--その後[[大淀]]が実装されたことでホロ枠の軽巡としては唯一ではなくなった。
-2017/04/05のアップデートにて増設スロットに長8cm砲系列の対空兵装が装備可能となった。
-時報が&color(White){かなりのメタ発言である。あの武蔵もびっくりなほどである};。
-2016年冬に行われたローソンのキャンペーンで、阿賀野型全員の私服modeが描き下ろされた。ただし、ゲームでは実装されていない。
-2018/02/17のアップデートにて、決戦modeとして能代と共に通常イラストに白鉢巻きが追加された。
--通常の立ち絵は他の限定グラフィック同様、冬イベント終了後に図鑑に格納されたものの、
通例は併せて格納されるはずの、カード状態に加工されたイラスト及び中破立ち絵は何故か図鑑に格納されていない。
-2018年3月17日、佐世保コラボイベントにおいて頒布された「ちんじゅふ。Vol.2 佐世保鎮守府」で、私服描き下ろしイラストが掲載された。
*小ネタ [#neta]
-佐世保海軍工廠で1942年9月25日進水、1943年12月29日就役。
--進水式には高松宮宣仁親王が支綱切断を行った。その際用いられた斧は記念品として高松宮家で保管されていたが、現在では呉市の大和ミュージアムに展示されている。
-艦名は長野県から岐阜県・愛知県へと流れる矢矧川(現:矢作川)に由来する。
--「矧」はなかなか見ない漢字だが、矢竹に矢羽根を付けて矢を作ることを「矧ぐ(はぐ)」と称する。
流域の旧東海道沿い(現在の愛知県岡崎市矢作町付近)((矢作川に掛かる橋は太閤記などで木下藤吉郎(後の豊臣秀吉)と、蜂須賀小六が出会った場所とされており、この伝承を基に「出合之像」が設置されている。しかし当時は架橋前で橋は存在しなかったというのが定説。))に職人が多く所在した事に因むとされる。&br;今でも現地には、防護巡洋艦矢矧(初代)の艦内神社だった矢作神社が鎮座する。((なお、軽巡洋艦矢矧の艦内神社の分祀元については記録が残っていない。))
--機密保持のため進水式で配られた記念の盃には艦名が記されず、代わりに「矢と萩の花」が描かれていた。16:00の時報はこれにちなむ。
--そのため「矢萩」だの「矢作」だのとよく[[誤字>俗称・スラング集/か#goji]]られる彼女だが、全くの無縁という訳でもないという面白い事が起きている。
---矢矧が建造されていたドックの隣では[[川内]]が最後となる改修を受けていた。艦籍も同じ((両艦共に佐世保鎮守府籍))かつ役割も同じ水雷戦隊嚮導旗艦なので多少は先輩後輩としての面が有る筈なのだが艦これそのものでも二次創作でも触れられる事は少ない。
--ちなみに、「矢矧(矢を作る者)」を英語にすると[[fletcher>Fletcher]]となる。
-戦歴に恵まれない[[阿賀野]]型軽巡の中にあって、僅か1年半の生涯で数多くの海戦に参加。戦争末期とあって多くの敗北を経験した。
--[[マリアナ沖海戦>雑学#Mariana]]には第十戦隊旗艦として駆逐艦15隻を率いて参加。[[大鳳]]と[[翔鶴]]の生存者を救助し、[[瑞鶴]]の直衛として対空戦闘にあたっている。((このため翔鶴は轟沈時に矢矧と秋月に言及している。))
---矢矧は被雷した[[翔鶴]]のそばを走っていたのだが、翔鶴から「チュッ、チュッ」という異様な音が響き、煙突からシューッと蒸気が噴き出しているのを目撃。
被雷後も高速を出していたため、魚雷命中の穴から強い水圧で海水が突入、隔壁が次々と破れていく音であった。蒸気を噴いたのは缶室にまで水が侵入したことを示す。
矢矧の艦橋でこの光景を目にした第十戦隊司令官木村進少将は見るに見かねて「翔鶴は止まらなくては駄目だ!」と叫んだという。

#fold(その後の翔鶴){{
その後の翔鶴
---翔鶴は誘爆を繰り返しながら、突然艦首を沈下させ、前のめりになって沈んでいった。この時、悲劇が起きた。
飛行甲板後方に集まっていた生存者たちが雪崩を打って甲板を滑り落ちていったのだが、その先には故障して途中停止したエレベーターの穴がぽっかりと口を開けていたのである。
生存者たちはその業火渦巻く焼け爛れた穴の中へ次々と飲み込まれ、翔鶴もろとも海中へ引きずり込まれていった。
息を呑んでこの光景を見つめる矢矧では、生存者たちが滑り落ちていくザーッという絶望的な音が聞こえたという。
}}

---この事もあってか、翔鶴の轟沈セリフでは矢矧と[[秋月]]のことを言及するものがある。
--レイテ沖海戦にも第十戦隊旗艦として栗田艦隊に所属し参加。[[武蔵]]が戦没したシブヤン海海戦では至近弾により損傷、22ノットまで低下した速力を応急修理により28ノットまで回復。
30ノット以上出すと浸水が始まる状態であったが、翌日のサマール沖海戦ではそれに構わず無理やり32ノットの速度をひねり出して追撃に参加した。
--サマール沖海戦では、敵駆逐艦ジョンストンの勇敢な応戦に苦戦しつつも麾下駆逐艦達と共に魚雷を発射、敵空母2隻撃沈を報じた。しかし残念ながらこれは誤認であった。
この戦果に関しては矢矧、[[雪風]]、[[浦風]]それぞれが命中確実と確認し、その様子の具体的な図まで作って報告している。
しかしどうやら魚雷の信管過敏のため波に叩かれ早発してしまい、各艦はその水柱を命中と誤認してしまったようだ。
この時の矢矧の確実な戦果は駆逐艦[[ジョンストン>Johnston]](Johnston:DD-557)の共同撃沈((磯風、野分、雪風、浦風含む第十戦隊としての戦果。))、及び駆逐艦ホーエル(Hoel:DD-533)の共同撃沈であった。
命中率の低い遠距離からの雷撃であったため攻撃判断については疑問も呈されており、これが攻撃時の「今度は良く引きつけるんだ……」の台詞につながっているものと思われる。
---なお、この日10月25日は奇しくも矢矧進水満2歳の誕生日であった。艤装員長として建造段階から関わり、そして初代艦長として本海戦に臨んだ吉村真武大佐は、
彼女が誕生日に挙げたこの戦果を、まるで自分の娘のことのように喜んだという。
--昭和19年12月5日、戦没した能代のあとを継いで第二水雷戦隊の旗艦となる。
しかし当時の二水戦司令部((司令官:木村昌福少将~昭和20年1月3日より古村啓蔵少将。))は南方に居て、その期間は同地にあった[[霞]]や[[大淀]]が事実上の旗艦であり、矢矧はその間内地で待機状態だった。
この頃南方への航路はすでに完全に米軍の制圧下にあり、司令部継承のために進出するのはあまりにも危険だったのである。
よって、この間に起こった二水戦最後の勝利となる礼号作戦にも、最後の作戦成功となった北号作戦にも、矢矧は旗艦でありながら参加していない。
正真正銘の二水戦旗艦となったのは、北号作戦で霞とともに帰還した二水戦司令部が矢矧に移乗した、翌年2月23日からである。
-[[最期>雑学#Ten-go]]は[[大和]]護衛の第二水雷戦隊旗艦として出撃。坊ノ岬沖海戦を戦うこととなった。
--この時すでに国内の燃料重油は殆ど枯渇しており、本来貨物船に随伴する護衛艦へ割り当てる燃料を海上特攻部隊へ回さざるを得なかった。皺寄せを受けた護衛総司令部の大井篤大佐は激怒したが、燃料消費の多い大和にはこれでも足りなかった。
そのため矢矧や[[浜風]]、冬月(未実装)などから重油を抜き取り移載、これらの護衛艦艇へは重油の代わりに満州産の大豆油を補給する事になった。
生き残った冬月の戦闘詳報によれば運用に支障はなかったようだが、排気からはテンプラの匂いが漂っていたという。
--出撃の際、矢矧坐乗の第二水雷戦隊司令官・古村啓蔵少将は大和に対し「もうこれで日本の水雷戦隊は無くなるだろうし、最後の思い出に訓練をさせてほしい」と嘆願し、許可されている。
そして進撃の途上、矢矧の命令一下、各駆逐艦は一斉に散開、大和を目標に襲撃訓練を実施した。
かつて、月月火水木金金の凄まじい猛訓練と最高練度を誇った二水戦、その最後を華やかに締め括ったのであった。
-空襲開始後、矢矧は早々に2本の魚雷を受けて機関停止し艦隊から落伍してしまった。
しかし、その後ただの浮かぶ標的状態となり攻撃を浴びつつも耐え続け、力尽きたのは[[大和]]総員退去の約10分前だったという。
彼女が浴びた被害は、実に魚雷7本、爆弾12発にも及ぶ。軽巡が被った被害としては空前絶後である。生存者は[[初霜]]などに救助された。
---あまりにも頑強に耐え続ける船体に、乗員であった池田武邦中尉など「もう早く沈んでくれ」と思う程だったという。
魚雷命中の度に傾いては注水復旧し、図らずも阿賀野型の設計の強靭さを見せつける事となった。
---設計の頑丈さ以外にも、被弾してから速やかに魚雷などの誘爆の危険性の有る物を捨てたのも功を奏した。
出撃艦艇の中で大和に次ぐ大型艦だった矢矧は空襲の矢面に立つことが予想され、沖縄に辿り着く事は至難と考えられたため、ダメコンには特に念入りに注意が払われていたのである。
---航行不能となった矢矧から第二水雷戦隊司令部を移乗するため、司令官は駆逐艦[[磯風]]に「接舷せよ」という命令を発したが、大空襲下にこれは無茶であった。
それまでほぼ無傷であった磯風がやむなく敵の爆雷撃を掻い潜って果敢に何度も矢矧への接近を試み、やっと成功したと思ったとたん爆撃を受け[[磯風]]も行動不能に陥った(のちに砲撃処分)。
[[雪風]]と比して遜色ない武勲艦だった磯風乗組員の憤懣やるかたなしであった。ちなみにこのときの司令官古村啓蔵少将は[[初霜]]に救助され生還している。((初霜は改・改二で新たに追加された放置ボイスで矢矧のことを気遣っている。))
---彼女の行動の自由を奪った雷撃機2機を、見張員長は発見してはいた。しかし部下のベテラン見張員が「あれは距離が遠いから大丈夫」とアドバイスしたため艦橋へ報告されなかった。
ところがその直後、[[浜風]]が火柱を噴き上げて轟沈。その凄惨な光景に見張員総員が思わず気を取られているうち、件の雷撃機は必中の距離まで迫ってきていたのだった。
結果として報告を遅らせ艦に致命傷を負わせる事になってしまった当のベテラン見張員は、総員退艦直前、全責任をとり艦橋の背後で切腹して果てていたという。
--最期の出撃の際には食糧を5日分のみ残して返納し、代わりに後部甲板に大量の角材を救命具として積み込んでいたとされている。
---だが天一号作戦の戦闘詳報には余計な角材を積み込んだ記録はなく、これは後世の創作ではないかとも疑われている。しかし当時の風潮ではとても「救命用の角材」を積み込むとは言えないため、帳簿外で都合した可能性は否定できない。
---生存者の甲板士官は艦長・副長の命により''艦内にある応急用の角材''を後部甲板に移したと証言し、多くの乗員が助かったのはこのおかげではないかと語っている。
---公式4コマ第38話にてネタになっていた角材はおそらくこのエピソード由来の物。%%決してカチコミのための装備ではないのである。%%
//詳しい史実はWikipediaさんに任せてほしいのです!
-新造の本艦に名前を譲った初代矢矧は1911年(明治44年)進水、1912年(明治45年)就役の筑摩型防護巡洋艦。第一次世界大戦に参戦した。
1940年に除籍されて「廃艦第12号」と仮称し、呉海兵団や大竹の潜水学校で練習船として使用された。
解体は1947年。戦後まで生き延びた初代大和や初代赤城と同様、二代目に先立たれることとなってしまった。
-戦後になって、海上保安庁のやはぎ型巡視船のネームシップ(退役済)に名前が受け継がれた。([[次姉>能代]]の名を継ぐ船もいた)
-矢矧の戦没者慰霊碑はかつての母港であった長崎県佐世保市の海軍墓地(東公園)に建立されている。
-矢矧で使われていた軍艦旗は海上自衛隊佐世保史料館「セイルタワー」が保管しており、企画展などで展示されることもある。
-週刊ポスト(2014年1月24日号)の特集で、前述の元乗組員の池田武邦元海軍大尉が''「かわいいじゃないか。うん、いい子だよ」''との感想を寄せている。
http://news.nicovideo.jp/watch/nw915059
--なお池田氏、矢矧沈没後に[[妹>酒匂]]にも幅員輸送任務で乗り組んだ経験があったりする。
--池田氏はポートホールン長崎にヨットを1隻所有している。その愛艇の名は「矢矧」である。
--池田武邦氏は矢矧についての書籍を執筆することを打診されていたが、最終的に固辞した。武邦氏に代わる筆者として司馬遼太郎が推薦したのが、元[[摩耶]]乗組の池田清氏である(武邦氏と清氏に親戚関係はない)。清氏が書き上げた「最後の巡洋艦・矢矧」のあとがきには次のように述べられている。
>>確かに戦艦「大和」は、日本海軍の象徴的存在であった。沖縄の地上特攻作戦における「大和」の悲劇については、吉田満氏の名著『戦艦大和ノ最期』の他、多くの著書が出版されている。それはそれでよい。しかし、「大和」を護衛して「大和」に殉じた、「矢矧」を旗艦とする第二水雷戦隊の死闘とその悲劇的運命については、纏まった著書は少ない。「矢矧」、「磯風」、「浜風」、「[[朝霜]]」、「[[霞]]」は沈没し、戦死者数は「大和」のそれに及ばないが、生存艦を含めて戦死者一〇二六名、戦傷者三一二名に達している。「大和」だけが海上特攻隊ではなかった。とくに私は、密かに進水し闇の内に葬られた「矢矧」の、短い生涯に尽きせぬ興味と感動を覚えた。

-「大和のヒロイン」として二水戦最後の艦隊出撃時の旗艦という印象が強く、編成する度に第二水雷戦隊を預かっていた。
--しかし[[風雲改]]の時報により第十戦隊旗艦としての矢矧が再び取り沙汰される事となった。
**参考資料・書籍 [#c782e4b9]
-'''軍艦「矢矧」海戦記 建築家・池田武邦の太平洋戦争''' 井川聡 光人社NF文庫
-'''最後の巡洋艦・矢矧''' 池田清 新人物往来社
-'''特攻大和艦隊―帝国海軍の栄光をかけた一〇隻の明暗''' 阿部三郎 光人社NF文庫
-'''艦長たちの太平洋戦争''' 佐藤和正 光人社
*この艦娘についてのコメント [#mda9c637]
#fold(過去ログ){{
#ls(./)
}}
//コメント2以降への移行時に↑のコメントアウトを外せば改造完了
#pcomment(./コメント4,reply,15)