61cm四連装(酸素)魚雷 の変更点

|CENTER:218|CENTER:80|CENTER:80|CENTER:80|CENTER:80|c
|>|>|>|>|~No.015|
|&attachref(装備カード一覧/weapon015-c.png,nolink,67%);|>|61cm四連装(酸素)魚雷|>|魚雷|
|~|>|>|>|~装備ステータス|
|~|~火力||~雷装|+10|
|~|~爆装||~対空||
|~|~対潜||~索敵||
|~|~命中||~回避||
|~|~射程|短|>|BGCOLOR(#ccc):|
|~|>|>|>|~装備可能艦種|
|~|駆逐艦|軽巡洋艦|重巡洋艦|BGCOLOR(#ccc):COLOR(#ddd):戦艦|
|~|BGCOLOR(#ccc):COLOR(#ddd):軽空母|BGCOLOR(#ccc):COLOR(#ddd):正規空母|BGCOLOR(#ccc):COLOR(#ddd):水上機母艦|BGCOLOR(#ccc):COLOR(#ddd):航空戦艦|
|~|>|>|>|~備考|
|~|>|>|>|[[開発可>開発]]、[[改修可>改修工廠#item]]&br;駆逐・軽巡等の改造艦船の初期装備として多い&br;重雷装巡洋艦・練習巡洋艦・潜水艦、&br;[[Bismarck drei]]、[[金剛改二丙]]、[[比叡改二丙]]にも装備可能|
|>|>|>|>|~[[改修更新>改修工廠#item]]|
|>|>|RIGHT:[[61cm三連装魚雷]] → [[61cm三連装(酸素)魚雷]] → ''61cm四連装(酸素)魚雷''&color(Teal){★+5}; →|>|[[61cm五連装(酸素)魚雷]]|
|>|>|RIGHT:[[61cm四連装魚雷]] → ''61cm四連装(酸素)魚雷''&color(Teal){★+3}; →|>|~|
|>|>|>|>|LEFT:大威力長射程を誇る、秘密兵器「九三式酸素魚雷」。&br;その必殺の酸素魚雷を四連装した水雷兵装の決定版が、この四連装【酸素魚雷】発射管です。&br;新型の主力駆逐艦や各巡洋艦などに搭載され、夜戦等で最大の雷装戦力を構成します。|

*ゲームにおいて [#about]
-一部の駆逐艦や軽巡・重巡を改造すると初期装備として持参してくる装備。
開発成功率が低いため艦娘の改造による入手を推奨。
--[[五十鈴改]]を[[21号対空電探]]や対空強化を目当てに育てまくるといつの間にか溜まっている。
--[[海風改二]]は&color(Teal){★+5};で持参する。
#fold(初期装備として持参する艦娘){{
初期装備として持参する艦娘
|~改造Lv|~駆逐艦|~軽巡|~重巡|h
|~1|[[秋月]]・[[照月]]・[[初月]]|||
|~10||[[北上改]]&color(Red){x2};・[[大井改]]&color(Red){x2};||
|~12||[[五十鈴改]]||
|~18|||[[摩耶改]]|
|~20|[[長月改]]・[[村雨改]]・[[夕立改]]・[[五月雨改]]・[[涼風改]]・&br;[[朝潮改]]・[[大潮改]]・[[満潮改]]・[[荒潮改]]・[[霰改]]・&br;[[霞改]]・[[陽炎改]]・[[不知火改]]・[[黒潮改]]・[[初風改]]・&br;[[天津風改]]・[[舞風改]]|[[天龍改]]・[[龍田改]]・[[球磨改]]・[[多摩改]]・[[木曾改]]・&br;[[長良改]]・[[名取改]]・[[由良改]]・[[川内改]]・[[神通改]]・&br;[[那珂改]]||
|~25|||[[妙高改]]・[[那智改]]・[[足柄改]]・[[羽黒改]]・[[高雄改]]・&br;[[愛宕改]]・[[鳥海改]]・[[利根改]]・[[筑摩改]]|
|~30|[[時津風改]]・[[秋雲改]]・[[夕雲改]]・[[巻雲改]]・[[長波改]]|||
|~35|[[親潮改]]・[[萩風改]]|||
|~48||[[那珂改二]]||
|~55|[[夕立改二]]||[[衣笠改二]]|
|~60||[[神通改二]]&color(Red){x2};||
|~63|[[霰改二]](+図)|||
|~65|[[大潮改二]](+図)||[[那智改二]]|
|~67|[[荒潮改二]](+図)|||
|~70|[[村雨改二]](+報)・[[陽炎改二]](+図資材((開発資材x20)))&color(Red){x2};|[[多摩改二]](+図)||
|~74|[[秋雲改二]](+図報)|||
|~75|[[江風改二]]・[[夕雲改二]](+図報)・[[巻雲改二]](+図報)・&br;[[長波改二]](+図報)・[[風雲改二]](+図報)|||
|~82|[[海風改二]](+報)&color(Teal){★+5};|||
|>|>|>|注釈 図:改装設計図、報:戦闘詳報|f
}}

-多くの提督の主力魚雷。中盤以降は、改造した潜水艦の主兵装となる。上位装備の[[61cm五連装(酸素)魚雷]]と比較して入手しやすい。
--雷装値だけなら[[甲標的 甲型]]が優るが、搭載可能艦が少ない上に魚雷扱いではないため夜戦カットインが発動しない。
-[[改修工廠]]では[[北上]]か[[大井]]がいれば、&color(Teal){★+6};までは改修資材1つでいつでも改修できる。改修費用も魚雷の中ではかなり安いほう。
--五連装酸素魚雷へ更新可能。牧場での入手も難しくない装備ではあるが、牧場に忌避感がある場合、持参分以上はこれで入手するしかない。
---幸い開発でも低確率だが入手はできるが、&color(Teal){★+7};以上で各1つ、更新時に3つの共食い改修が必要で手間は少なくない。
--現状は[[61cm四連装(酸素)魚雷後期型]]へは更新不可。
--別の魚雷の改修素材として要求されることが結構あるので、これ自体を改修して運用するよりはより上位の魚雷の素材にくべた方が良い場合もある。
素材需要については[[改修消費装備一覧]]を参照。

#br
-2018/08/17のアップデートにより、装備アイコンが変更された画像に差し替えられた。
-
#fold(第一期時代の画像){{
第一期時代の画像
&attachref(装備カード一覧/weapon015-b.png,nolink);
}}
**装備ボーナスについて [#p97a55ac]
-特定艦に装備した時、パラメータが更に上昇する[[''%%%装備ボーナス%%%''>装備#bonus]]がある。
--対象艦は下表の通り。
--搭載一基ごとの''単体ボーナス''は、装備数を増やせば累積する。
--他装備との組み合わせで''相互シナジーボーナス''も発生し、単体ボーナスとは別に加算される。これは装備の数を増やしても累積しない。
--他装備とのボーナスを持つ場合、それもまた別に加算される。
--各ボーナス値は下表の通り。
-
#nobr{{
|CENTER:|CENTER:|CENTER:|CENTER:BGCOLOR(#fdd):|CENTER:BGCOLOR(#cef):|CENTER:|c
|~装備1|~装備2|~対象艦|>|BGCOLOR(#eee):~加算値|~累積|
|~|~|~|~火力|~雷装|~|
|61cm四連装(酸素)魚雷&br;(基本値)|-|-| |10|-|
|>|~単体ボーナス↓|||||
|61cm四連装(酸素)魚雷|-|[[陽炎改二]]&br;[[不知火改二]]&br;[[黒潮改二]]&br;[[秋雲改二]]| |+2|◯(搭載2つ目まで有効)|
|61cm四連装(酸素)魚雷|-|[[陽炎改二]]&br;[[不知火改二]]&br;[[黒潮改二]]&br;[[秋雲改二]]| |+2|◯&br;(搭載2つ目まで有効)|
|>|~相互シナジーボーナス↓|||||
|61cm四連装(酸素)魚雷|[[12.7cm連装砲B型改四(戦時改修)+高射装置]]&br;&size(6){&color(Red){(砲側の装備ボーナスは含めず)};};|[[白露型>艦娘名一覧(艦種別)#Class_Shiratsuyu]]|+1|+3|×|
}}
※装備ボーナスのある他装備の一覧は[[こちら>装備#bonus]]

-陽炎型改二で使用すると上位の[[五連装酸素魚雷>61cm五連装(酸素)魚雷]]に火力が並ぶ上改修コストも安いが、肝心のこの三人の運が高くなくそのままでのカットイン運用に向かないのが難点。
--ボーナス込みでも命中+1分五連装酸素魚雷の方が強いので、現状は五連装が揃っているなら無理に改修する必要はない。
-白露型では、より上位の[[四連装後期型>61cm四連装(酸素)魚雷後期型]]の代用としての扱いになるか。
**魚雷性能比較表([[装備最大値/魚雷上位早見表/テーブル]]より転送) [#j0057c9d]
#fold(長いので折りたたんでいます){{
#table_edit(装備最大値/魚雷上位早見表/テーブル)
}}
*小ネタ [#trivia]
-九二式四連装魚雷発射管がモデル。発射管自体は[[61cm四連装魚雷]]とほぼ同じもの。
-酸素魚雷は皇紀2593年(西暦1933年)制式採用の''九三式酸素魚雷''であるが、初期装備として搭載していたのは[[陽炎]]型以降。
それ以前のものは九◯式魚雷から変更される形で搭載されている。
--''本来の正式名称は「九三式魚雷」で、「酸素」は付けない。''酸素魚雷というものが高レベルの軍事機密であったため、正式名称につけるわけもない。当時は酸素を第二空気などという隠語で読んでいた。
現在では%%知らずに%%わかりやすくするために敢えて「酸素」を付ける文献も多い。この場合対義語として普通の魚雷のことを「空気魚雷」と言ったりする。以下文中もそれに準ずる。

-さて''酸素魚雷''とは、帝國海軍のみが実用化した、酸素でエンジン燃料を燃やして走る魚雷の事である。
燃料を燃やすのに必要なのは酸素。空気の中の20%にすぎない酸素だけ詰めれば、射程は単純計算で5倍に増える。
太平洋戦争開戦時点では、凄まじい威力と速さと長射程を誇る超兵器。というか戦争終わるまでこれを超えるスペックの魚雷は現れなかったぐらい。
--酸素を酸化剤として使用する場合、航跡が数メートル程度と、非常に目立たない事が挙げられる。((無航跡魚雷自体は酸素魚雷だけの特権ではなく、バッテリー駆動にすれば魚雷を無航跡に出来た(UボートのG7魚雷など)。ただし戦略資源である銅を大量にかつ確実に使い捨てる形になるため、日本や(あろうことか開発元の)ドイツなどの少資源国にはすごく優しくない。))
普通の魚雷の様に空気を使用すると大量の窒素が放出され、長大な泡の航跡(艦これの戦闘画面でも出てくる、魚雷の後ろに伸びる白くて長いアレ)が現れるが、
酸素魚雷の場合は二酸化炭素を放出するため殆どが水に溶けてしまう。''そのため航跡の視認が困難であり、敵艦も回避しにくくなる。''
ちなみに海軍は軍事機密のため、酸素魚雷で使用する酸素を「第二空気」と呼んでいた。
---米軍ではこの魚雷の雷跡を"pale"(青白い)と表現している。
--酸素魚雷が有利という理屈は諸外国でもわかっており、英国ではN3級戦艦((第一次大戦後に英国海軍が計画した18インチ(45.7cm)砲搭載戦艦。未成。))計画時に同艦への搭載を考慮して酸素濃度を高めた魚雷((24.5インチ(62.2cm)MarkI魚雷。N3級戦艦は未成だったが後のビッグセブンの一角、ネルソン級戦艦に搭載された。日本の九三式魚雷はこれに触発されたとも言われている。))も作っていたが、純酸素魚雷の開発には失敗していた。
日本海軍はエンジン始動を空気で行い、徐々に酸素の割合を高めていく事で事故を克服したのである。
--当時の米軍の魚雷と比べ爆薬量が1.7倍、雷速1.2倍、最大射程4倍、ほぼ無航跡。
比較対象の米軍は魚雷に関して無頓着で、開戦当時の魚雷は信管や深度調節装置に欠陥があり早爆したり当たってもろくに爆発しない代物で、文字通りポンコツ魚雷以外の何物でもなかった。%%そりゃ重巡から降ろすわ。%%
---戦争初期は潜水艦が輸送船に魚雷を12本当てても沈められず日本軍に大笑いされ、潜水艦の艦長はこんなゴミ使えるかと司令部に泣きつく事態だった。((1943年7月24日、日本水産所有の輸送船「第三図南丸」にガトー級潜水艦「ティノサ」が15本の魚雷を発射して12本が命中したものの、爆発したのは僅か2本のみ。不発となった魚雷は「第三図南丸」の船体に突き刺さったままになり、その姿が花魁の簪に似ている事から同船は「花魁船」と呼ばれた。))
戦争後半になって潜水艦によって撃沈される艦艇が突然増えはじめたのは、魚雷の欠陥が改善されたのと、後述のように爆薬が変更されて威力が飛躍的に上がったため。((改良された触接信管の撃針は意外なもので真珠湾攻撃時に撃墜した日本機から回収したプロペラを再利用したアルミニウム合金だったという。))
---1942年になりトーペックス(新型の爆薬)が開発されて以降、諸外国の533mm魚雷の弾頭はトーペックスとなった((なお、魚雷だけでなく爆雷やヘッジホッグ等の対潜兵器にも使用された。))。
トーペックスの水中破壊力は九三式酸素魚雷に使用された九七式爆薬の1.4倍もあるので、
酸素魚雷の威力は後期になると大分追いつかれ、やや強いものの相対的には常識的な威力と言える程度に落ち着いている。
--速くて長射程に関しては最後まで変わらず、わざわざ危険な純粋酸素を燃料酸化剤に使用しただけの事はあった。
空気を使用する他の魚雷より酸化剤の体積が少なく済むので、一般的な魚雷の3~4倍という凄まじい射程距離を実現した。
射程は後に削られたが、それでも射程15㎞と一般的な魚雷に比べ倍前後という長さだった。
--また、得意の遠距離から戦闘直前にこっそり発射して敵艦隊を混乱に落とし入れる、先制攻撃用のステルス兵器としての想定もされていた。
--あまりに有名すぎて、軍オタですら「日本軍の魚雷はすべて酸素魚雷だった」と勘違いしている人がちらほらいる。
実際には発射管の問題で従来型の魚雷しか搭載出来ない艦があった他、雷速、射程、隠密性を上げても意味が無い航空魚雷ではわざわざ危険な酸素魚雷を使うことはなかった((まったく製造しなかった訳ではなく、少数だが航空機用酸素魚雷の開発と製造が行われている。))。
ちなみに、航空魚雷の主力であった九一式魚雷は''掛け値なしに世界最高の航空魚雷''で、極めて高度な数学理論に基づいた安定システムが搭載されていた。
--潜水艦用には[[九五式酸素魚雷>53cm艦首(酸素)魚雷]]という九三式の小型の派生型を造って投入した。
&br;
-以上のように確かに圧倒的な性能を誇っていた九三式酸素魚雷であるが、その実戦での成果は確かに多数の艦艇を沈めているが圧倒的という程でもなかった。これは設計ミスの問題があった。
--信管調節機能をつけたら、兵士たちが当たっても爆発しないのを恐れて過敏に設定しすぎて敵艦に当たる前に波浪の衝撃程度での自爆を確認したと戦史叢書には書かれている。設計者は「余計な機能を付けた」と嘆いたとのことであるが、実施部隊の二水戦の側からは、調整はできないしやったこともないと反論がでている。
---実際はいうと昭和17年、光海軍工廠にその年の初めに製造した魚雷の信管が戻ってきた。目標に当たる前に爆発する欠陥が発覚したからで、原因は光の製造ミスではなく艦本の設計ミス((根本は5ノットで衝突しても起爆することを要求した軍令部であるが、それを丸呑みした艦本の責任も大きい))によるものであった。光側は馬鹿馬鹿しく思ったが改めて作り直したのであった。
一方、最初の辺りで述べたとおり、初期の米軍魚雷は逆に当たっても殆ど爆発しなかった。お前ら足して二で割れよ…。
---第三次ソロモン海戦第二夜戦で[[高雄]]と[[愛宕]]が発射、戦艦ワシントンを完璧に捉えたはずの魚雷はすべて自爆。
サマール沖海戦で[[矢矧]]、[[雪風]]、[[浦風]]らが発射、敵護衛空母3隻へ必中のコースを進んだ魚雷もことごとく自爆。この水柱を命中・敵空母2隻轟沈と誤認してしまった。
前者はもし命中していれば最低でもワシントン大破は間違いなく、後者も護衛空母2隻などひとたまりもない、はずであった。
これ以外にも該当例はかなりの数に上ると見られ、日本海軍は相当数の戦果を魚雷早発によって逃していることになる。
---この魚雷自爆は信管の感度調整以外に高速で航走する魚雷が水の抵抗で振動するという現象も原因の一つである。
戦前この問題に気付き、魚雷の弾頭形状を半円形から尖頭型にする事で解決出来たのは、なんとイタリア海軍のみ。
---あまり語られないがイタリアの魚雷は優秀であった。イタリアの魚雷メーカーは魚雷の発明者の一人ロバート・ホワイトヘッドの会社の直系であり、
魚雷開発の最先端を行っていたのである。現在でもホワイトヘッド水中システムズ社として魚雷を生産している。
--他にも高速で運動しながら発射したためにジャイロが破損したとか。
---これは教練発射の際、高価な訓練用魚雷の損耗を恐れて30ノット以上の高速で魚雷を発射した事がなかったというのが原因だった。
--逆にその長射程により、[[外した魚雷が友軍艦を沈没させたり>最上]]、[[10km先にいた別の敵艦に命中して大破沈没したり>伊19]]などのコントのような出来事が何度か起こった。
まあ最大射程約40kmと恐ろしく長かったのは事実だし([[大和砲>46cm三連装砲]]並に長い)。
--尤も、適切な距離でちゃんと当てることができれば、数本で戦艦すら撃沈出来る威力があるのは事実である。
多少追いつかれたがそれでも後期の米軍の魚雷すら凌ぐ破壊力なので当時の日本軍の「一本で巡洋艦撃沈は確実」は誇張だとしても、
ソロモンの戦いの通り駆逐艦は一撃で真っ二つ、2本当たれば重巡でも大破or撃沈は確実だった。

-また長所であった長射程も却って運用面の問題を生み出してしまった。
--スラバヤ海戦では平均15kmという長射程から第一次昼戦で39本、第二次昼戦で98本も発射したが命中は僅かに4発。
そのうち航行不能状態の艦に1発、12km程で命中しやすい同航戦体制で命中したのが2本で、想定していた20kmでの魚雷戦で命中したのは1本のみ。
---原因はあまりにも長射程だと命中地点到達まで20分近くを要するのだが、戦闘中の艦艇がその間変針も増減速もせずに進路を維持している事はまずなく、
扇状にばらまいても20km進んだ頃には魚雷と魚雷の間隔は戦艦1隻分を雄に越すものとなってしまったためである。
命中率を上げるには魚雷と魚雷の間隔を狭くする必要があるが、そのためには更に多くの魚雷を発射する必要があった。
当時は遠距離から命中させるには大量に発射するしかなく、全体の命中率は低いものにならざるをえない。
---ソロモン海などでの数々の夜戦の勝利も、全てが通常魚雷と同じ射程10km以下での雷撃での戦果であり、酸素を使用した事による長射程が戦果に貢献した訳ではなかった。
これが[[大井]][[北上]]が高速輸送艦に改造された理由である。
---上にあるように高速航行時の魚雷発射訓練をほとんどやっていなかったという用兵側の理由もあるが、
''遠距離からの魚雷飽和攻撃と言う戦術自体が、予想以上に戦果を出せなかった''にもかかわらず、
戦前からの猛訓練の影響から遠距離から魚雷を発射する提督が多くいたのが、命中率の悪さの一番の要因である。
---日本海軍も流石に射程を追求することの無意味さに気づき、ソロモン海戦後製造された[[九三式魚雷三型>61cm四連装(酸素)魚雷後期型]]は48ノットで射程15km、
その分炸薬量を6割増やして780kgとして近距離戦メインへと舵を切り直した。
--元々長射程はあくまで副次的効果であり、酸素魚雷の真価は航跡が見え辛いことによる隠密性と炸薬量による破壊力である。という擁護論もある。
しかし開発経緯を見る限り、射程の延長が副次目的だったという記載はなく、予想以上ではあったが海軍が射程距離の長大化を考えて酸素魚雷の開発をしたのは記録に残っている。
---九〇式魚雷は46ノット、九三式魚雷は48ノットであり速力はあまり変わらない((ただし九三式魚雷は射程20km以上でも最高速52ノット以上が実測値だったという話もあり、さすがに6ノット以上違うと差は大きい))が、
酸素魚雷は仕様上射程距離とトレードオフで速度と破壊力(もしくはそのどちらか)を増加できるのである。
…なお三型ですら米軍の平均的な魚雷の3倍の射程距離を持っている(しかも速度はそれより速い)。
もうちょっと破壊力に割いても良かった気もするが、戦闘時の弾頭誘爆の危険性であまり炸薬を増やしたくなかったのかもしれない。
&br;
-九三式魚雷の炸薬が低威力であることが昨今言われるようになっているが、トーペックスに相当するRDX(ヘキソーゲン)系の九四式爆薬は1934年に制式化されている。
(連合国側がトーペックスを制式採用したのは上にあるように42年)
--それにもかかわらず、より威力が低いTNA系の九七式爆薬を新規開発し主用したのは、安全性を重視したためである。
九七式爆薬を使用した弾頭は大型の爆弾や砲弾が直撃しない限り誘爆せず、また腐食や有害物質を発生させず、高い安全性を持っていたことは特筆できる。
--海軍の試験では8センチ級の砲弾の直撃では燃えるのみ、15センチ級砲弾の直撃で漸く爆轟するも完爆せず
20センチ級砲弾の直撃でやっと完全に爆発した。
--強力だが不安定極まりない下瀬火薬で三笠爆沈等さんざんやらかした日本海軍だからこそ安全性にこだわったのだろうが……。
&br;
-日本の仮想戦記などでは一時期、あまりの雷装への偏執を批判的に扱う作品も少なくなかった。
しかし米軍の新型駆逐艦3隻で袋叩きにしようとしてきたところを雷撃で1隻撃沈(アレン・M・サムナー級クーパー)して返り討ちにした「竹」や、
米海軍にとって悪夢でしかない[[伊58]]によるインディアナポリス撃沈など、日本軍の酸素魚雷は終戦のその日まで米軍にとって厄介な存在であり続けたのである。
-「酸素魚雷が開発されたから日本は魚雷%%バカ一代%%重視になった」と言われることがあるが、実際はその逆で「魚雷バカだから酸素魚雷を開発した」が正しい。
--そもそも大砲などと比べたら新兵器に属する「魚雷」を初めて「集団で」「大規模」に投入して「成功」したのが日本海軍であり、日清戦争において威海衛に籠る清国北洋艦隊に対して日本水雷艇隊が夜襲を敢行した「威海衛夜襲戦」が最初である。ただ単に魚雷を使用したというのなら1877年にイギリス海軍機帆装巡洋艦「シャー」が、ペルーの反乱軍が使用した装甲艦「ワスカル」に対して放ったのが最初(命中はしていない)である。
---黄海海戦で大敗しつつも、未だ主力の「定遠」「鎮遠」は健在の清国北洋艦隊は、旅順を失ったのち、山東半島の威海衛を拠点として立て籠った。これに対して日本海軍は、当時新兵器であった「魚雷」を主武装とする水雷艇を大規模に投入した夜襲を計画、2月5日の午前3時ごろ日本海軍の水雷艇16隻は3隊に別れ、第二第三艇隊10隻が次々と湾内に突入し雷撃を実施(第一艇隊6隻は入り口に待機し出てきた敵艦を攻撃する手はずだった)、この夜襲により北洋艦隊旗艦「定遠」が大破座礁し、「来遠」「威遠」「実筏」が撃沈される。9日にも夜襲は実施され「靖遠」が沈んでいる。これに対する水雷艇の損害は5日の突入の際に機関被弾により乗員救助後に漂流して敵に鹵獲された9号艇と僚艇と衝突事故を起こして損傷した6号艇だけ。まさに完勝だった。
これ以降、日本側は水雷戦を重視するようになり、その主力を水雷艇からより大型の駆逐艦に替えつつも、太平洋戦争まで脈々と受け継がれていった。日本海軍の「魚雷バカ」も「二水戦」を代表する水雷戦部隊の強さも、この「威海衛夜襲戦」での成功があったからこそである。
---新兵器である魚雷は、当時使用例も殆どなく実戦での評価も定まっていなかった。しかし新興国日本がそれに着目し、早い段階から水雷艇の大量配備などをしていた原因は何かというと、大きい艦艇持てないのに加えて、訓練にかかる経費が安上がりだから。
弾は使い捨て+撃てば撃つ程損耗する砲と違い、炸薬を抜いて撃てば回収可能+いくら撃っても発射管は損耗しない魚雷は、貧乏日本にとって魅力的な兵器だった。
演習用弾頭は走り切った後弾頭部を上に浮かせる機構と回収の際の目印とするため為の電球が取り付けられていたという。なおその回収の為に魚雷追躡艇(ぎょらいついじょうてい)という船も用意されていた。
---なお蛇足ながら、威海衛夜襲戦で僚艇と衝突騒ぎを起こした6号艇の艇長こそ、後に「鬼貫」と言われ、226事件では陸軍将校に襲われるも奇跡的に助かり、終戦の際の内閣総理大臣として日本を本土決戦の危機から救った鈴木貫太郎である。この後も鈴木は水雷戦一筋に研究を重ね、日露戦争では装甲巡洋艦「春日」の副長を経て第四駆逐隊司令をを拝命、日本海海戦ではバルチック艦隊旗艦「スワロフ」や戦艦「ナワ―リン」「シソイ・ヴェリキィー」(この艦への攻撃は連繋水雷)に命中弾を与えて撃沈に貢献している。戦後も駆逐艦、水雷艇射法について誤差猶予論、また軍艦射法について射界論を説き、海軍水雷術の発展に理論的にも貢献するなど、水雷戦術の権威として海軍内で名声を博した。
-ちなみにもちろん魚雷への偏執はきっちり海上自衛隊に受け継がれた。
--現用の89式対潜魚雷は公称ではアメリカのMk.48改とほぼ同じスペックなのだが、ちょっといじると航走速度が70ノット(約130km/h)になる%%キチガイ魚雷%%という説がある。
これを超える速度の魚雷は、ロシアが開発したスーパーキャビテーション魚雷「シクヴァル(Шквал((ロシア語で「驟雨」「突風」の意味。)))」(最高速度200ノット(約370km/h)以上!)だけである。
また、現在開発中の新型魚雷「G-RX6」は水素・酸素燃焼タービンを採用した新世代の酸素魚雷となっている。
&color(Gray){%%酸素だけでも充分危険なのに、もっと危ない水素まで混合させるあたり、相当イカレた魚雷になりそうなのは確実だろう。%%};((水素と酸素、つまり排気は水なのである。目視で見つけて回避とかまず無理である。また往復機関からタービン機関になるとノイズの音圧が下がり、音響探知もしにくくなる。加えて日本お得意の「考える魚雷」ともいうべき複合誘導によるデコイ類の無力化。……なんのことはない戦後も日本人はその持てるすべてを魚雷につっこんでいるのである…………))
&br;
-ところで九三式酸素魚雷の1本の重さは''3トン弱''である。%%艦娘たちがいかにマッチョかよく分かる。妖精さん無理すんな。%%
*この装備についてのコメント [#comment]
#pcomment(./コメント,reply,15)