Fulmar の変更点


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|>|>|>|>|~No.249|
|&attachref(装備カード一覧/weapon249.png,nolink);|>|Fulmar|>|艦上戦闘機|
|~|>|>|>|~装備ステータス|
|~|~火力|+1|~雷装||
|~|~爆装||~対空|+3|
|~|~対潜|+2|~索敵|+1|
|~|~命中|+2|~回避|+1|
|~|~[[戦闘行動半径>基地航空隊]]|4|>|BGCOLOR(#ccc):|
|~|>|>|>|~装備可能艦種|
|~|BGCOLOR(#ccc):COLOR(#ddd):駆逐艦|BGCOLOR(#ccc):COLOR(#ddd):軽巡洋艦|BGCOLOR(#ccc):COLOR(#ddd):重巡洋艦|BGCOLOR(#ccc):COLOR(#ccc):戦艦|
|~|軽空母|正規空母|BGCOLOR(#ccc):COLOR(#ddd):水上機母艦|BGCOLOR(#ccc):COLOR(#ddd):航空戦艦|
|~|>|>|>|~備考|
|~|>|>|>|開発不可、改修不可&br;[[Ark Royal改]]の初期装備|
|>|>|>|>|LEFT:紅茶の国で開発された複座艦上戦闘機です。&br;偵察や攻撃も可能な多用途運用を目指しましたが、運動性能や速度に難があり、&br;空中戦で優位性を発揮することはできませんでした。&br;機動部隊の零戦隊にも圧倒されることになり、徐々にその姿を消していきます。 |

*ゲームにおいて [#about]
-2017年8月12日に[[Ark Royal改]]の初期装備として実装された艦戦。
-性能は旧式かつ複座機ゆえに[[九六式艦戦]]に毛が生えた程度。
--命中2が付く艦戦は[[零式艦戦21型(熟練)]]、[[零式艦戦53型(岩本隊)]]に次ぐ3例目。加えて火力1があるため砲撃戦の貢献はそれなり。&br;ただし零式艦戦21型(熟練)の量産が比較的容易なので、命中目的にこの機体を採用する意義は薄いと思われる。
--ちなみに戦闘機初の対潜値付き装備だが、水偵の対潜値同様対潜攻撃力には寄与しない。((http://ja.kancolle.wikia.com/wiki/%E3%82%B9%E3%83%AC%E3%83%83%E3%83%89:1390#38、2017年8月14日 (月) 17:06からの書き込み参照))
---[[瑞鳳改二乙]]で先制対潜可能ライン(対潜65)に僅かに届かない…という場合には一応使えなくもない。4スロ目に装備すれば対空の低さも然程気にならない。
*小ネタ[#trivia]
-元となっているのはフェアリー・フルマー。[[ソードフィッシュ>Swordfish]]と同様フェアリー・アヴィエーション社の手になった艦上戦闘機である。
--もともとは同社が空軍向けに設計・製造していたフェアリー・バトル軽爆撃機の、後継機の競争試作に供された機体がベースとなっている。
---1937年1月に初飛行した当機はホーカー社の試作機((結局要求仕様の変更により標的曳航機として使われた))に敗れ去ったものの、デンマーク海軍が興味を示し、ライセンス生産権を購入した。
---12機がコペンハーゲンの海軍工廠で製造開始されたが、ドイツのデンマーク侵攻時には全て未完成だった。
-空軍省が艦隊航空隊向けに艦上戦闘・観測機の要求仕様を提示すると、フェアリー社はこの試作機を改良して競作に応じた。
--この仕様書で要求されていたのは艦隊防空を主眼とした長距離戦闘機だった。
戦闘機ではなく爆撃機や雷撃機を主敵としており、機動力は妥協して重武装と航続力が重視されていた。
また、長距離の洋上飛行でのパイロットの負担を軽減するため、航法・通信士の乗る複座機とされた。
---日米では機動力低下を嫌ってパイロットに洋上航法をさせていた。
護衛対象の爆撃・雷撃機や先導機による航法支援が行われ、多くの場合これで問題はなかった。
---しかし誘導機を付けて洋上航法を行った日米でもしばしば航法ミスにより不時着機や行方不明機を出していた。
ミッドウェー海戦では空母ホーネットのVF-8所属のF4F-4艦上戦闘機10機が[[日>赤城]][[本>加賀]][[艦>蒼龍]][[隊>飛龍]]までの航法を間違えてしまい、そのまま行方不明になってパイロット10名を一挙に失う大惨事を起こしている。
特に日本では大戦末期になると搭乗員の確保を急ぐあまり新兵の訓練を短縮した影響とよって練度低下により各パイロットごとの航法技術は低下しつつあった。
無論、六〇一空のように、部隊によっては洋上航法も追加訓練により習得していたようだ。
しかしマリアナ沖海戦では米機動部隊に向かう際アウトレンジ戦法を取った為長距離の洋上航法を行うことになった。
洋上航法において、島など目印になるものがあればいいのだが、無い場合は&color(Red){上空の風に流される中でまず風向・風速を調べ、速度((航空機に積んである速度計は動圧と静圧の差を図る対気速度計である。高度計も基本的には気圧から計測するもので、天候により気圧が変化すれば当然速度ともども誤差が出る。INSやGPSが実用化された戦後ならば対地速度の取得は簡単になったが……。))と時間で距離を割り出し、方位を確認してだいたいここにいるだろう、と予測を立てるしかない。};
当然誤差もあるし距離が伸びるほど誤差も大きくなる。
マリアナ沖海戦当日、攻撃隊が発艦し、米機動部隊へ向けて飛行していたのだが目標変更により飛行ルートが変わるという連絡を聞き逃したことに航法ミスを起こしてしまい未帰還機を出してしまう。
さらに攻撃後も帰還時に誘導機からはぐれたり、航法ミスにより未帰還となった機体が多かったらしい。
---ちなみに1943年のポートダーウィン侵攻時も零戦隊は事前に450海里((約833km))ほど海上を飛ぶ為の洋上航法を猛訓練で会得したので、ティモール島のクーパン飛行場よろおよそ800~900kmという長距離飛行を行いながらポートダーウィンを襲撃、オーストラリア空軍を撃破して、さらに800=900km飛んで基地へ帰る、という超人じみたことを航法ミス無しで成し遂げている。
--文字通り''洋上航法は命がけ''なのだ。&color(Silver){艦これでは基地航空隊を筆頭に、妖精さんは洋上航法に関しては''ハトの帰巣本能に匹敵する精度''で必ず帰ってくるため、あんまり心配しなくていい。};
-当時まともな戦闘機を保有していなかった艦隊航空隊にとって緊急性の高い機体であったため、既に原型機の存在していた当機が採用され、早くも1938年半ばに最初の量産発注が行われた。
-量産機の初飛行は1940年1月で、同年7月から運用が始まった。
--ほどなく地中海の戦いで、機動力を妥協したフルマーは単座の陸上戦闘機を相手取るには実力不足であることが明らかになった。
---その自重はおよそ3.2t。なんと天山と同等であり、これをMk.1ではわずか1,080馬力のマーリン8、Mk.2でも1,300馬力のマーリン30エンジンで動かしていたのだ。
--一方で長距離性能は有用で、ビスマルク追撃戦でも触接維持に活躍した。また、マルタを出入りする船団護衛ではより軽快な枢軸軍戦闘機相手に(爆撃機の護衛任務という足枷がついていたとはいえ)勝利を収めている。
-1941年3月からは出力向上型のMk.2が配備され始めた。Mk.2は500ポンドまでの爆弾を搭載しての急降下爆撃も可能だった。
--フルマーの基本的な主武装は7.7mm機銃8挺だが、Mk.2の最末期型では12.7mm機銃4挺に改められている。
また、Mk.2には機上対空レーダーを搭載した夜間戦闘機型がある。
-フルマーは1942年までには一線を退き、[[シーファイア>Seafire Mk.III改]]や[[マートレット>F4F-4]]といった単座戦闘機にその座を譲っていった。
--しかしフルマーの飛行特性は良好で空母でも運用しやすく、航続距離も良好だったため、その後も様々な任務に投入された。
--夜間の船団護衛、CAMシップでの運用や長距離偵察、低空侵入での対地攻撃やバラクーダ雷撃機の練習機など、その任務は多岐にわたる。
-太平洋戦線ではMk.2を装備した海空軍の3個中隊がセイロン島を拠点に活動したが、圧倒的な戦力を誇る南雲機動部隊の前に大苦戦を強いられた。
--このうち2個中隊は3月にフルマーを受領したばかりで、残る1個も2月に再転換を終えたばかりだった。
--1942年4月9日には空母ハーミーズ救援のために合計12機が出撃し、空軍の6機が攻撃隊と交戦したが、衆寡敵せずハーミーズを守ることはできなかった。海軍の6機は戦闘に間に合わなかった。
--フルマーは少なくとも1機の被撃墜が記録されている。全体的な損害は不詳だが、各飛行隊の経歴を見る限り損失数自体はさほど多くなかったようだ。
--フルマーは少なくとも2機((Bloody Shambles: The Defence of Sumatra to the Fall of Burma))もしくは6機((Smith, Peter C. Mitsubishi Zero: Japan's Legendary Fighter))の被撃墜が記録されている。全体的な損害は不詳だが、各飛行隊の経歴を見る限り損失数自体はさほど多くなかったようだ。
-護衛空母搭載の夜間戦闘機型を最後に、フルマーは1945年2月8日に前線での運用を終了した。
--フルマーは大戦を通じて112機を撃墜した。これは第二次大戦で艦隊航空隊が運用した戦闘機としては最多である。
--フルマーは大戦を通じて40機の損失と引き換えに112機を撃墜した。これは第二次大戦で艦隊航空隊が運用した戦闘機としては最多である。
--生産数はMk.1が250機、Mk.2が350機の計600機。Mk.2のうち100機弱が夜間戦闘機型のNF Mk.2に改修された。
-複座艦上戦闘機の後継としては、1943年から配備が始まったフェアリー・ファイアフライがある。
--純粋な戦闘機としてはやはり単座機に劣るものの、運用の柔軟性や大きな搭載量、航続距離をいかして強行偵察や船団/対地攻撃、対潜哨戒などで活躍した。
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