|CENTER:218|CENTER:80|CENTER:80|CENTER:80|CENTER:80|c
|>|>|>|>|~No.557|
|&attachref(./557.png,nolink,あたしと夜を楽しんじゃうわけ?ま、いいでしょ!);|>|General Belgrano&br;(ヘネラル・ベルグラノ)|>|Brooklyn級 5番艦&br;軽巡洋艦|
|~|>|>|>|~艦船ステータス(初期値/最大値)|
//下記にもある通り、左側の初期値は改造直後の値とは異なります。
|~|~耐久|55|~火力|60 / 80|
|~|~装甲|-- / 72|~雷装|0 / 45|
|~|~回避|38 / 83|~対空|85 / 100|
|~|~搭載|6|~対潜|0 / 45|
|~|~速力|高速|~索敵|40 / 90|
|~|~射程|中|~運|39 / 99|
|~|>|>|>|~最大消費量|
|~|~燃料|55|~弾薬|95|
|~|~搭載|>|>|~装備|
|~|1|>|>|[[6inch三連装速射砲 Mk.16 mod.2]]|
|~|1|>|>|[[6inch三連装速射砲 Mk.16 mod.2]]|
|~|1|>|>|未装備|
|~|3|>|>|未装備|
|>|>|>|>|~改造チャート|
|>|>|>|>|[[Phoenix]] → [[Phoenix改]](Lv45)&br; → ''General Belgrano''(Lv75+新型兵装資材x1+開発資材x30)|
|>|>|>|>|~図鑑説明|
|>|>|>|>|LEFT:Hi! Brooklyn級軽巡のPhoenixさ。真珠湾やあの海峡、太平洋戦域で戦ったよ。マジで。でね、戦いが終わって退役した後、売却されてヘネラル・ベルグラノって名前になって…最期はフォークランド諸島の紛争ってわけ。 あたしのこと、その色々、知っていて。|
※初期値はLvや近代化改修の補正を除いた時の数値であり、改造直後の値とは異なります。&br;最大値はLv99の時の最大値を指します。
#fold(CV:華崎文嘉、イラストレーター:UGUME (クリックするとセリフ一覧が開きます)){{
CV:華崎文嘉、イラストレーター:UGUME((CVやイラストレーター加筆時はそれぞれ[[CV https://x.com/KanColle_STAFF/status/1863921588388901293・イラストレーター]]に出典を記載))
#shadowheader(2,[[定型ボイス一覧>Phoenix/定型ボイス]])
#table_edit(Phoenix/定型ボイス)
~
#shadowheader(2,[[時報ボイス一覧>Phoenix/時報ボイス]])
#table_edit(Phoenix/時報ボイス)
~
#shadowheader(2,[[季節ボイス一覧>Phoenix/季節ボイス]])
#table_edit(Phoenix/季節ボイス)
~
//セリフ一覧内における外国語の解説の記述方式について→https://wikiwiki.jp/kancolle/%E8%AD%B0%E8%AB%96%E6%8E%B2%E7%A4%BA%E6%9D%BF/%E8%89%A6%E5%A8%98%E3%81%AE%E3%82%BB%E3%83%AA%E3%83%95%E4%B8%80%E8%A6%A7%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E5%A4%96%E5%9B%BD%E8%AA%9E%E3%81%AE%E8%A1%A8%E8%A8%98%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6
}}
*ゲームにおいて [#game]
-Lv75で改造可能。改造時に新型兵装資材1個と開発資材30個が必要。
-[[Phoenix改]]に比べ、火力+3、雷装+6、対空+21、対潜+3、耐久+2、装甲+4、回避+1、索敵+12、初期運+1、運最大値+1。
-軽巡で最も耐久・索敵・運初期値が高い。火力も[[矢矧改二乙]]に次ぎ、対空も防空軽巡たち以外では唯一の3桁。装甲もかなり高く改装前同様の昼砲撃戦特化型。
その代わり対潜・雷装・夜戦火力は悲惨なまま。雷装の数値こそ伸びてはいるが、元が低すぎるため夜戦火力は相変わらずコモンの駆逐艦改以下でしかない。
--運の高さやスロットの多さから[[煙幕>発煙装置(煙幕)]]システムとは相性がよい。しかし運を生かしやすい夜戦では[[水雷戦隊 熟練見張員]]のステータス補正もないため、魚雷カットインの威力は4スロを考慮しても軽巡内では下位。
一応昼火力特化と相性の良い主砲カットインを狙う場合は装備や夜偵の発動次第ではキャップ付近の威力を出せる。((例えば持参する[[6inch三連装速射砲 Mk.16 mod.2]]&color(Teal){★+7};×3 + 火力+2以上の水偵 +「[[水雷戦隊 熟練見張員]]&color(Teal){★+8};」+火力+7以上の夜偵が発動すれば夜戦キャップに到達する。))
-しかしそれ以上に最大の特徴…と言うより欠点が巡洋艦としては''&color(blue){桁外れの大食らい};''。
改から1.5倍以上に悪化した燃+弾の合計は驚異の''&color(blue){150};''でそれまでの軽巡で最も燃費が悪かった[[Sheffield改]]の105を遥かに超えその食べっぷりは[[天龍>天龍改二]][[型>龍田改二]]の3倍。
軽巡級どころか''重巡級と比べてもぶっちぎりのワースト1位''((燃料消費は最上型改二と同等。弾薬消費は[[鳥海改二]]、[[摩耶改二]]、[[Zara due]]を超えており、最も重いZara due、[[Prinz Eugen改]]の合計が130である。))で、艦種を飛び越えて[[大食艦の元祖>赤城改]]に並んでしまった。
--改装前に比べ索敵・対空が大きく伸びているが重要なステータスの上昇はそこまででもなく、航空機の最大スロットはむしろ4→3に減ってしまっている。
現状では特殊能力も確認されていないため運用コストの事も考えて改のまま育成を進めてもいいだろう。
-アルゼンチン艦となるが艦種ソートでは改までと同じくBrooklynとHonoluluの間に居る。
--米艦が指定される任務(By11等)の達成も可能で米艦の扱いのまま。
//**装備ボーナスについて [#bonus]
//**性能比較表(?より転送) [#comparison]
//**アップデート履歴 [#update]
**キャラクター設定について [#character]
//**期間限定グラフィック [#graphic]
**性能比較表([[艦船最大値/軽巡上位早見表/テーブル]]より転送) [#SpecTable]
#fold(性能比較表。長いので閉じています。,close){{
#table_edit(艦船最大値/軽巡上位早見表/テーブル,4r)
}}
*小ネタ [#neta]
**艦歴 [#l54dbec0]
***アルゼンチン海軍への移籍 [#t792ba5e]
-第二次世界大戦終結から6年が経った1951年4月、終戦以来長らくモスボールにされていたフェニックスはアルゼンチンに売却される事になる。しかも長年の相棒ボイシと共にである。
--両艦は整備等を受けたのちに1951年10月17日にアルゼンチン海軍艦艇として就役し、ボイシはアルゼンチンの独立記念日にちなみ「ヌエベ・デ・フリオ(ARA Nueve de Julio)」 に、フェニックスは「ディエシシエテ・デ・オクトゥブレ (ARA Diecisiete de Octubre) 」と命名された((ヌエベ・デ・フリオはアルゼンチンの独立記念日である7月9日の意味。ディエシシエテ・デ・オクトゥブレも当時の大統領ファン・ペロンが軍部によるクーデターを支持者により打破した1945年10月17日の意味))。
---当時の南米の海軍事情はアルゼンチン、ブラジル、チリの3か国が建艦競争を20世紀になってからも続けており、ブラジルはイギリスに発注した[[ミナス・ジュライス級弩級戦艦>https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%8A%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%B9%E7%B4%9A%E6%88%A6%E8%89%A6]]2隻、チリも同じくイギリスで発注した[[アルミランテ・ラトーレ級超弩級戦艦>https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%9F%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%AC%E7%B4%9A%E6%88%A6%E8%89%A6]]1隻を保持していたが、アルゼンチンもアメリカで発注した[[リバダビア級弩級戦艦>https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%90%E3%83%80%E3%83%93%E3%82%A2%E7%B4%9A%E6%88%A6%E8%89%A6]]2隻と、ジュゼッペ・ガリバルディ級装甲巡洋艦([[この子の先代>G.Garibaldi]])以来の昵懇であるイタリアで発注したベインティシンコ・デ・マヨ級重巡洋艦2隻を中核とする戦力を保持していた。
-意外かもしれないが第二次世界大戦時点のアルゼンチン海軍は巨大な戦力を保持しており、米英日仏伊独ソといった列強に次ぐ海軍国(海軍力で8位)と見られていた。
第二次世界大戦では殆ど戦争に関わらず、戦力を保持し続けていたアルゼンチン海軍だが、大戦を経た各国海軍の状況は変貌し、空母といった海上航空戦力や、それに対応する能力を持つ艦艇が主力となり、そういった艦艇の配備が急務となっていた。
#fold(ABC三国の建艦競走史){{
-20世紀に入った時点で、南米の強国といえばアルゼンチン、ブラジル、チリであり、この三国はスペルの頭をとって「ABC三国」ともいわれていた。
この三国で熾烈な建艦競走が発生した理由は、19世紀半ばから続いていたアルゼンチンとチリの領有権問題から起こっていた二国間の軍拡に対して、帝政の崩壊や軍のクーデターなどで軍事力が落ちていたブラジルが、その差を埋めるために1904年末より大掛かりな海軍拡張計画を始動した事に端を発している。
--当時ブラジル国内では軍拡の在り方について小艦艇を多数揃えようという意見が主流で、計画予算もそれで組まれていた。
だが同時期に世界ではドレットノート・ショックが起きており、ドレッドノートが建造から就役まで要した時間が驚くほど短かかった((起工は1905年10月2日、進水は1906年2月10日、竣役は同年12月2日と、ほぼ1年2か月で完成するという驚異的な速さであった。因みに前級のロード・ネルソンは起工から竣役まで3年7か月、日本の三笠だと3年2か月要している))ことから、戦艦を保有しようという意見が主流となり、1907年に計画を変更して弩級戦艦3隻と巡洋艦2隻を主軸とした建艦計画に変更された。
この弩級戦艦がミナス・ジュライスである。
---ドレットノートの出現によってそれまでの前弩級戦艦は全てが旧式化したが、逆を言えば五大海軍国含めて世界中の海軍が一瞬で「同じスタートラインについた」訳であり、これがブラジル海軍が弩級戦艦建造に踏み切った理由でもあった。
-計画されたミナス・ジュライス級は当時としては極めて強力な戦艦であった。
アメリカのサウスカロライナ級のように主砲塔を艦の前後に背負い式配置したうえにドレットノートと同様両舷にも1基ずつ装備しており、各方向へ志向できる砲門数は世界一だった((志向出来る門数はミナス・ジュライスは艦首尾方向に4基8門、舷側は5基10門だが、他国の同時期艦で見ると艦首尾方向3基6門、舷側方向4基8門というのが主流であった))。
欧米からも強力な戦艦であると注目されたミナス・ジュライス級をブラジルが所持したことで、南米のパワーバランスが大きく変わり、他のアルゼンチンやチリもこれに対抗して大型艦保有に動き出す。
--アルゼンチンは弩級戦艦保有にかかる費用が膨大であることから国内で激しい議論が巻き起こるが、ブラジルとの間で国境紛争が起こった事もあり、世論は建造を支持した。
そこで五か国15社から入札を受け、その中から一番提示価格が安かったアメリカのフォアリバー造船所で1隻発注、ニューヨーク造船所で2隻目が発注され1910年頃より起工された。
これがリバタニア級弩級戦艦で、主砲配置はミナス・ジュライスに準じているが、各舷側にある砲塔は反対舷側にもある程度射角を設けているため、限定的ではあるが舷側にも全砲門である6基12門を向けることができ、防御力はミナス・ジュライスどころか列強の保有する同規模の弩級戦艦よりも優秀な、これも世界トップレベルの弩級戦艦だった。
--チリでは1906年に起こったバルパライソ地震と、翌年の株価大暴落で経済的に苦境に立たされ、建艦競走に遅れが生じたが、1910年に各国に対して入札を開始する。英米独の数社がこれに応じたが、長年軍艦発注で昵懇だったイギリスが入札した。
---アルミランテ・ラトーレ級戦艦として2隻発注されたこの艦級は、遅れた事でかえって当時の時流にのり、35.6㎝を連装5基10門搭載の超弩級戦艦として起工した。
艦首尾に背負い式で2基ずつ、煙突と後部マストの間に1基と艦首尾線上に全ての砲塔を並べた形は当時の英超弩級戦艦の構造と同じであり、これで3国のバランスはチリ有利となる形となった。
だがここで思わぬ事態が起こる。1914年7月、第一次世界大戦の勃発である。
-世界大戦勃発により、イギリスで建造中だったアルミランテ・ラトーレ級は、既に進水して艤装工事中だったアルミランテ・ラトーレはイギリス海軍が購入し、「カナダ」と命名((購入資金にイギリス連邦カナダからの献金が利用されたため))されて本国艦隊に編入されてしまう。
2番艦は起工したばかりだったので工事は中断されていたが、後にイギリス政府が購入したうえで航空母艦として再建造されることになり、空母「イーグル」として生まれ変わることになる。
--こうして期待の新鋭戦艦をとられてしまったチリ海軍だったが、第一次世界大戦後、カナダは戦争で得た戦訓をもとに水平防御の強化などの改装を受けたうえで改めてチリに売却、1921年に改めてアルミランテ・ラトーレとして竣役する。
-こうしたチリとアルゼンチンの動きに、ブラジルも更に建艦に乗り出す。ミナス・ジュライス級を計画していた3隻から2隻に減らすうえで、3隻目「リオデジャネイロ」をより強力な超弩級戦艦として建造する計画を立てる。
12インチ砲14門を有する巨艦の建造計画だったが、既に14インチ砲搭載の戦艦が出だしたことやブラジルの経済的問題などがあり、結局これを手放すことにし、弩級戦艦を欲する第三国に売ることにあった。
そしてオスマン帝国が1913年12月29日に120万ポンドでリオデジャネイロを購入した。これがのちにイギリスとオスマン帝国対立の一因となる戦艦「エジンコート」である。
--ABC三国の軍拡は戦力の拡充に主眼が置かれ、その維持についてはあまり考慮されなかった。
それに南米諸国の経済力で弩級戦艦を保有維持するには荷が重く、支払いが遅延することもあった((軍拡一番手で始まったミナス・ジュライス級の3番艦の計画が、遅れてスタートしたチリの計画時まで進んでいなかったのも経済的理由もある))。
また整備に必要な港湾設備も整っておらず、建造先の欧米に依存していたため、第一次世界大戦でそれらの国が戦時体制となり他国の艦艇の整備まで手が回らなくなると満足に整備もできなくなり、ミナス・ジュライス級では缶が故障しても長年放置されたままになったりしていた。
-これ以降、三国の建艦競走は鎮静化する。経済的に弩級戦艦のような大艦艇を複数隻所持しそれを維持するのに限界があったこともあり、大戦後3国は巡洋艦や駆逐艦といった中小艦艇の購入と、周辺諸設備の改善に力を入れる。
だが世界中で進む艦艇の進歩に3国は乗り遅れ、アルゼンチン、ブラジル両海軍は「(戦力数は兎も角装備は)旧式化した海軍」と評価されていた((そもそもミナス・ジュライス級やリバタニア級は測距儀や射撃盤などのシステムを使った「統制射撃」の理論が完成する前の竣工で、かつ近代化改装もされなかったので欧米列強の戦艦では当たり前の公算射撃もできなかった))。
超弩級戦艦アルミランテ・ラトーレを保持するチリ海軍のみ一定の評価がされていて、真珠湾攻撃後の米国が、失った戦艦戦力を即時回復するために、チリに同艦含む複数隻の購入を打診するなど、それなりの評価を受けているという状況だった。
--第二次世界大戦後は弩級戦艦どころか戦艦という艦種自体が旧式化しており、老朽化も相まって3国の戦艦たちは戦後10年前後で全て退役した。
その中でアルミランテ・ラトーレは日本の会社に売却され1959年に到着、そのまま解体されたのだが、一部をチリ政府が寄贈という形で記念艦三笠を往年の姿に戻す((三笠は海軍軍縮で記念艦となり横須賀港沿岸に固定のうえ武装等も撤去(主砲等など一部兵装はレプリカ)されていたが終戦後、日露戦争で恨みのあるソ連から解体を要求される(これはアメリカの反対により却下される)、一部日本人によって大規模な金属窃盗にあう(それを知った東郷を敬愛するニミッツ提督により海兵隊の警備対象になる)、横須賀港を接収した連合軍によりダンスホールや水族館が艦上につくられ「キャバレー・トーゴ―」になる、など荒廃してしまった。この現状に対してまず海外から保存運動の声がたち、国内も世論が賛成と反対で二分する中、米海軍の支援もあり1961年5月に漸く記念艦として再出発した))際の部品として流用されている((同じイギリス製戦艦だが、建造時期も会社も違うので、本来なら会わない箇所も多い筈が、運よく共通点が多く流用された))。
}}
---装備の旧式化を懸念するアルゼンチン海軍は、余剰となっていた英米海軍艦艇の一部を購入することで、早期に空母を中心とした戦力を確立しようとする。
その一環でフェニックスとボイシの購入が行われたのだが、それ以外にもイギリス海軍の最新鋭空母ながら、戦後の国力低下で保持が難しくなっていたコロッサス級航空母艦10隻のうち、ウォリアー、ヴェネラブル第三国を経由して購入している((ウォリアーは1958年に売却、ヴェネラブルは1948年にオランダに売却後、1968年にアルゼンチンに再売却されている))。
駆逐艦も第二次世界大戦中に建造されたアメリカの駆逐艦を10隻((フレッチャー級5隻、アレン・М・サムナー」級4隻、ギアリング級1隻))購入しており、アルゼンチン海軍は急速に航空戦に対応した近代海軍となっていった。
-1955年に起こったペロン大統領追放を目的としたクーデターでは、ディエシシエテ・デ・オクトゥブレはヌエべ・デ・フリオと共にクーデター側に参加した。
クーデターの成功後、ペロン大統領にちなむ名であるディエシシエテ・デ・オクトゥブレは「ヘネラル・ベルグラノ(ベルグラノ将軍((マヌエル・ベルグラーノ。リオ・デ・ラ・プラタ諸州連合(のちのアルゼンチンを中心に、ペルー、ウルグアイ及びブラジルの一部からなる地域)のスペインからの独立を指導した一人で、諸州連合の国旗(後にアルゼンチンが継承)の制定者。後にフランス革命後のグダグダなフランスの様子を目の当たりにしてインカの帝政復古と立憲君主制制定による諸州連合を志向するようになったが、結局総意を得るには至らなかった。)))」と改まる。
--ヘネラル・ベルグラノとなったフェニックスはその後も近代化改装等を受け、1967年からの改装工事ではシーキャット個艦防空ミサイルを搭載、1969年には艦隊旗艦となり、アルゼンチン海軍の顔になる。
相棒のヌエベ・デ・フリオことボイシはフェニックスに先立ち1978年に退役するも、その後はその装備施設をヘネラル・ベルグラノへ提供する部品艦として存続した。
***フォークランド紛争 [#bdefae95]
-かねてより南米最南端近くにあるフォークランド諸島((アルゼンチンはじめスペイン語圏ではマルビナス諸島と呼ばれる。))の領有権を巡りイギリスと対立していたアルゼンチンは実力行使を決断((当時のアルゼンチンは陸軍総司令官出身のレオポルド・ガルチェリ大統領による軍事独裁政権下にあったが、政治的・経済的混乱が続いており、フォークランド諸島問題はその不満を逸らす狙いもあった))、1982年4月2日、警備部隊程度しかいないフォークランド諸島に部隊を上陸させ守備隊は降伏しアルゼンチンが占領した。
当初アルゼンチンはイギリスの早期反抗は予期していなかった。だがイギリス海軍は早くも第317任務部隊((占領前の3月31日時点で編成が発令され、セントー級航空母艦「ハーミーズ」とインヴィンシブル級航空母艦「インヴィンシブル」の2隻の軽空母を中核としてカウンティ級駆逐艦2隻(アントリム、グラモーガン)、42型駆逐艦3隻(コヴェントリー、グラスゴー、シェフィールド)、22型フリゲート(ブリリアント)、21型フリゲート(アロー)、これに地上戦力として第3コマンド旅団を乗艦させた強襲揚陸艦フィアレスなどを伴った機動部隊))を編制開始したため、アルゼンチン側も大規模な艦艇部隊の編成を開始した。
--3個群からなる第79任務部隊が編成されロス・エスタードス島北方を担当する第79.3任務群((他に駆逐艦2隻と給油艦が所属))の旗艦となったヘネラル・ベルグラノは、他部隊と連携しつつ、イギリス機動部隊の襲来に備えていた。
-5月1日、第79.1任務群((空母1、駆逐艦4の編成))旗艦である空母「ベインティシンコ・デ・マヨ(元コロッサス級空母ヴェネラブル)」偵察機がイギリス機動部隊を発見する。第79任務部隊指揮官アララ准将は第79.1、79.3両部隊に攻撃を指示、2部隊は挟撃する形で接近する。だが天候の関係で艦載機が発艦できなかったのとイギリス側に意図が察知されたため5月2日未明に中止された。各任務群はイギリスの潜水艦を避けるために反転し、潜水艦が行動しづらい浅海域まで戻ることにした。
--だがヘネラル・ベルグラノは既に英潜水艦に追尾されていたことに気づいていなかった。5月1日昼以降、イギリス海軍の原子力潜水艦「コンカラー」に追尾されていたのだった。
ヘネラル・ベルグラノはイギリス側が設定した完全排除水域(TEZ)に入らず、その外縁を沿うように行動していた。本来なら排除水域にいないヘネラル・ベルグラノは交戦規定上攻撃対象外であったが、旧式とはいえ強力な艦砲と装甲を持ち、イギリス側の水上戦闘艦の4.5インチ砲やエグゾセ艦対艦ミサイルだけでは対抗できない存在であったため、いつ急にヘネラル・ベルグラノが排除水域に突入してきた場合イギリス機動部隊の脅威となると考えられていた。
最終的に当時の首相で「鉄の女」の異名をもつマーガレット・サッチャーが攻撃を認可、交戦規定が変更され完全排除水域外にいる「ベルグラノ」に対しての攻撃が許可された。
---通信系の不調で命令受領が遅れたコンカラーは18時57分までにヘネラル・ベルグラノへの絶好な攻撃位置を確保、艦首左前方1,400 ヤードの位置から3発の魚雷を発射した。
全く気付いていなかったヘネラル・ベルグラノはまず艦首に1本命中、艦首を吹き飛ばしたが対魚雷隔壁がうまく働き浸水は発生せず、乗員もいなかったので死傷者はいなかった。だが左舷後方に突き刺さって後部機械室で爆発した2発目の魚雷は浸水と非常用発電設備を破壊したことで電源喪失を発生させ、電動ポンプによる排水作業は不可能となってしまった。またその爆風は後部機械室上の食堂や娯楽室に達して多数の死者を出している。
魚雷命中から20分後にはエクトール・E・ボンソ艦長が総員退去命令を下し、第二次世界大戦からの歴戦の艦は故郷から遠く南米の海に沈んでいった。
・沈みゆくヘネラル・ベルグラノ(救命ボートより撮影)→[[その1>https://th.bing.com/th/id/OIP.ITSwPvW3_Ljdci8rCD2K_wHaFG?rs=1&pid=ImgDetMain]]、[[その2>https://www.cadena3.com/admin/playerswf/fotos/ARCHI_147797.jpg]]
民間人2名含む乗員321名が死亡し、生存者772名がアルゼンチン海軍と近隣を航行していたチリ海軍の船艇によって救助された。
-この被害を受け、アルゼンチン海軍は損失を恐れて「現存艦隊」に徹するようになる。双方海軍による海戦は発生しなかったが、イギリス海軍も駆逐艦シェフィールドを地上基地から飛び立ったシュペルエタンダール艦上攻撃機のミサイル攻撃で撃沈されるなど苦戦を強いられたが、5月21日にイギリス軍がフォークランド諸島に逆上陸して反撃を開始、アルゼンチン側の必死の反撃に苦戦するも6月14日にはフォークランドのアルゼンチン部隊はほぼ降伏、15日にアルゼンチンのガルチェリ大統領が「戦闘終結」を宣言して政変が起こる。6月20日にはイギリスも停戦宣言を行い、紛争は終結した。
--「へネラル・ベルグラノ」の沈没で323人が死亡したが、これはフォークランド戦争におけるアルゼンチン側の戦死者649人の半数近くを占めることになった。
また巡洋艦以上の規模の艦艇が戦闘で失われたのはこれ以降2022年のロシアのウクライナ侵攻で沈んだロシア海軍巡洋艦「モスクワ」まで事例はなかった。
-横山信義の架空戦記『八八艦隊物語』の作中では、エピローグでさらっと触れられているだけだが、終戦まで健在だった[[瑞鶴>瑞鶴]]が賠償艦としてアルゼンチンに引き渡され「バイアブランカ」と命名されるも、やはりフォークランド紛争の際に撃沈される、という本艦を意識したような経歴を送っている。
*この艦娘についてのコメント [#comment]
//#fold(過去ログ){{
//#ls
//}}
//コメント2以降への移行時に↑のコメントアウトを外せば改造完了
//新規作成時は下のコメントアウトを解除
#pcomment(./コメント1,reply,30)
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''&size(16){[[&color(white,orange){提案意見掲示板};>提案意見掲示板]]からのお知らせ};''
-ドロップ祈願や海域攻略祈願のために、''[[wiki内神社]]というページが設置''されました!ぜひご利用ください。
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-&size(13){''&color(Red){建造成果の報告は[[建造レシピ]]内にあるコメント欄に、&br;ドロップ報告に関しては[[出撃ドロップ]]内にあるコメント欄にて行なっていただけると幸いです。};''};