|CENTER:218|CENTER:80|CENTER:80|CENTER:80|CENTER:100|c
|>|>|>|>|~No.398|
|&attachref(./398_2.png,nolink,Aloha、提督! あたしが、ニューヨーク生まれ、ハワイ育ちのHonoluluだ!);|>|Honolulu&nobr{(ホノルル)};|>|Brooklyn級 7番艦 &nobr{軽巡洋艦};|
|~|>|>|>|~艦船ステータス(初期値/最大値)|
//下記にもある通り、左側の初期値は改造直後の値とは異なります。
|~|~耐久|38|~火力|29 / 59|
|~|~装甲|16 / 39|~雷装|0 / 34|
|~|~回避|32 / 66|~対空|26 / 70|
|~|~搭載|4|~対潜|0 / 35|
|~|~速力|高速|~索敵|17 / 65|
|~|~射程|中|~運|15 / 70|
|~|>|>|>|~最大消費量|
|~|~燃料|35|~弾薬|55|
|~|~搭載|>|>|~装備|
|~|0|>|>|[[6inch三連装速射砲 Mk.16]]|
|~|1|>|>|未装備|
|~|3|>|>|未装備|
|~|>|>|>|COLOR(gray):装備不可|
|>|>|>|>|~改造チャート|
|>|>|>|>|''Honolulu'' → [[Honolulu改]](Lv45)|
|>|>|>|>|~図鑑説明|
|>|>|>|>|LEFT:あたし、Brooklyn級軽巡洋艦、Honolulu。&br;ニューヨーク生まれのハワイ育ち。よろしくねっ!&br;戦いの始まった日もあの真珠湾にいたんだ。&br;ソロモンでは東京急行を阻止するため、日本水雷戦隊のエースたちとガチでやりあったんだ。&br;戦い抜いたよ! 覚えておいてね!|
※初期値はLvや近代化改修の補正を除いた時の数値であり、改造直後の値とは異なります。&br;最大値はLv99の時の最大値を指します。
~
#fold(CV:八木侑紀、イラストレーター:UGUME (クリックするとセリフ一覧が開きます)){{
CV:八木侑紀、イラストレーター:UGUME
#shadowheader(2,[[定型ボイス一覧>Honolulu/定型ボイス]])
#table_edit(Honolulu/定型ボイス)
~
#shadowheader(2,[[時報ボイス一覧>Honolulu/時報ボイス]])
#table_edit(Honolulu/時報ボイス)
~
#shadowheader(2,[[季節ボイス一覧>Honolulu/季節ボイス]])
#table_edit(Honolulu/季節ボイス)
~
}}
*ゲームにおいて [#game]
-2021/05/21、イベント『[[激突!ルンガ沖夜戦]]』[[E-5>激突!ルンガ沖夜戦/E5]] 突破報酬として実装。
-[[Helena]]と同じく史実では魚雷発射管や爆雷を装備していなかったためか、初期の雷装・対潜は0になっている。
--雷装・対潜が0の時の挙動は[[大淀]]のページを参照。
-副砲に[[5inch単装砲 Mk.30]]のようなものが描かれているが実際に装備していたのは[[25口径5inch砲Mk.10>5inch 単装高角砲群]]である。
--2021/06/02の同イベ友軍艦隊アップデートの際に、艤装の更新も行われ副砲も修正された。
--グラフィックの完成が実装1週間前((https://twitter.com/C2_STAFF/status/1393183438048358401))というスケジュールであり運悪くチェックで見逃されてしまったのかもしれない。
-2021/10/15アップデートで[[修正>https://twitter.com/KanColle_STAFF/status/1448961864214278152]]されるまでは、国籍が指定されるいくつかの任務([[B147>任務#id-B147]]等)でカウントされていなかった。
**キャラクター設定について[#character]
-自身の育ちのせいか、邂逅時の挨拶は「Aloha!」とハワイ風になっている。艦これには[[大阪生まれだが呉育ちのため広島弁を喋るキャラ>浦風]]がいるので、その同類という事なのだろう。&color(gray){([[横浜生まれの横須賀育ちで関西弁のキャラ>龍驤]]よりはまだ分からないでもない。)};
また[[ノーザ>Northampton]]に気付く部分のテキストが、[[江風]]や[[伊203]]のように「ん」が「ン」になっている。とは言え快活な性格のお陰で、フーミィと比べると違和感は少ないか。
-ガムを膨らませている立ち絵が特徴的。通常グラで何かを食べている艦娘には、他にアメをなめている[[八丈]]がいる。何気に絵師も同じである。
-自身が何度も対峙し、痛手を負わされたこともある二水戦のことは、モンスター扱いするくらいには苦手。曰く、「夜はガチで別物」。
-胸部がかなり豊か。胸を張ったポーズもあって目立つ。
--中破すると右手側の艤装が派手に吹き飛ぶ。おそらくはコロンバンガラ島沖海戦で艦首が折れ曲がるほどの損害を受けたことの再現だろう。中破時の台詞も、この損害が元ネタ。
**[[期間限定グラフィック>艦娘カード一覧(期間限定グラフィック)]] [#e607102d]
-2021年7月15日のアップデートで【[[水着mode>https://twitter.com/KanColle_STAFF/status/1415686418316230663]]】が実装された。
--白いビキニで三連装砲型水鉄砲を構える、健康的なスタイル。
夏の限定ボイスによると「ワイキキ用の水着」らしい。足元のはドーナツ型の浮き輪だろうか。
--中破すると下の紐が解けて結構あぶない姿に。
-
#fold(限定グラフィック:水着mode){{
限定グラフィック:水着mode
&attachref(./398_Summer.png,nolink,なんか、こっちの夏も壮絶! あっついなー。こりゃああれだ、ワイキキ用の水着、投入しないと……だな。ね、いいよね?);
}}
-2021年9月28日のアップデートで【[[浴衣mode>https://twitter.com/KanColle_STAFF/status/1442805552921284610]]】が実装された。
--[[神通]]見立ての花火柄浴衣がよく似合っている。頭にはボクカワウソのお面が%%、キモさの再現度が無駄に高い%%。
Honoluluはかなりの胸部装甲持ちだが、あまり目立たず綺麗な立ち姿となっている。神通がちゃんと着付けをしてくれたのだろう。
--食べているのはたこ焼き。ハワイは日系人をはじめとするアジア系住民が多いこともあって割とタコも食されているため、ハワイ文化に染まっている彼女ならタコを食べる事に抵抗はないのかもしれない。
--中破するとアツアツのたこ焼きで口の中を火傷した模様。よく見ると瞳がぐるぐる目になっている。
浴衣は少々破損してるが露出は低い。
にぎもる((おにぎり+モルモットなマスコット https://twitter.com/C2_STAFF/status/1172303801446854656 動画の38~40秒あたりに登場))の小物入れを所持している。ボクカワウソと合わせてキモかわ趣味なのがうかがえる。
-
#fold(限定グラフィック:浴衣mode){{
限定グラフィック:浴衣mode
&attachref(./398_Autumn.png,nolink,ジンツーウに教えてもらったんだ。ユカタ……ってやつ。);
}}
-2022年12月6日のアップデートで【Xmas】modeが実装された。
--立派なヒゲまでつけたサンタスタイルだが、よく見るとパンツがちょいと見えてたり、北半球見えてたりする。
--中破すると袋に突っ伏しているのか、袋で身体を隠したような姿に。袋で見えない服がどうなってるか気になるところではある。
-
#fold(限定グラフィック:Xmasmode){{
限定グラフィック:Xmasmode
&attachref(./398_Xmas.png,nolink,いいねいいね、クリスマス! 真珠湾のクリスマスもよかったなー。ま、でも、ここもいいよ? メシ、おいしいし!);
//中破絵は無しで
}}
*小ネタ [#neta]
#fold(略歴){{
略歴
}}
-元ネタはアメリカ海軍の[[ブルックリン級軽巡洋艦>Brooklyn#BrooklynClass]]の7番艦「ホノルル」(CL-48)。艦名はハワイ州(当時は準州)の都市ホノルルに由来し、その名を持つ艦としては2隻目となる。
--ホノルルは1845年からハワイ王国の首都であり、1898年にアメリカの準州となる形で併合され、1959年には正式なハワイ州となった。
常夏のリゾート地であると同時に重要な交通拠点・軍事拠点でもあり、現在でもパールハーバー・ヒッカム統合基地には太平洋艦隊((2018年5月30日『インド太平洋艦隊』と改称した。これは安倍晋三首相(当時)が提唱した「開かれたインド太平洋」戦略に当時のトランプ大統領や米国政府が賛同して実現した名称改定である。))と太平洋空軍の司令部が置かれている。
パールハーバーには戦艦ミズーリ((BB-63。名前としては4隻目で、現在はバージニア級原子力潜水艦7番艦(SSN-780)が名前を受け継いでいる。))が記念館として係留されている。
--なお、戦前のハワイ準州は1880年代から1924年の移民禁止まで日本からの移民が行われ、日系アメリカ人の比率も多く、古くから日本との関わりが深い地域であった。
ホノルルが妙に日本語が達者なのは、この辺りの経緯もあるのかもしれない。
**艦歴 [#p68f732a]
-1935年12月9日、ニューヨークのブルックリン海軍工廠で起工したホノルルは1938年6月15日に竣役、イギリスでの調整航海を経て太平洋艦隊に配属となる。
--この頃の太平洋艦隊の拠点はアメリカ西海岸で、ホノルルもカリフォルニア州サンペドロを拠点として1939年6月14日に到着する。以後は演習や作戦活動、船体整備に従事し、1940年11月に任務のために真珠湾に移動、1941年12月8日の朝も同地で迎える事になる。
-12月8日、ホノルルの停泊するハワイ真珠湾を、日本海軍の大編隊が襲撃する。所謂「真珠湾攻撃」で、この後3年9か月近く続く「太平洋戦争」の始まりである。
--真珠湾攻撃の際、ホノルルは重巡サンフランシスコやセントルイスと連なって停泊していた。第二波空襲の際、ホノルルは99式艦上爆撃機の襲撃を受け1弾が命中、他にも数発の至近弾を受けて小破した。
---実装された2021年5月時点で、アメリカ艦娘で真珠湾攻撃経験者は妹の[[ヘレナ>Helena]]と彼女の2名だけ。他のアメリカ艦娘はその時在泊していなかったり、竣工していなかったりと経験していない。
-1942年1月12日、修理を終えたホノルルは船団護衛任務などに従事し、西海岸やオーストラリア、アラスカ方面などを駆け回る。そのため5月8日の珊瑚海海戦や6月8日のミッドウェ―海戦には参加していない。
--8月7日、重巡インディアナポリスやルイビル、軽巡セントルイス、ナッシュビル、駆逐艦4隻らと共に第8.6任務部隊を編成、日本がAL作戦で占領したキスカ島への艦砲射撃を実施、21日にはアダック島への上陸作戦((日本軍は既に撤収していたので交戦自体はなかったが、地雷などが敷設されていたので約300名ほどの犠牲者が出た))を支援している。
---アダック島占領後、アメリカ軍は同島に航空基地を建設、これがアリューシャン方面での米軍反撃の拠点となった。
***ルンガ沖の死闘 [#q519c2b6]
-支援任務後、ホノルルはカリフォルニア州メア・アイランド海軍造船所に帰港、オーバーホールを済ませると激戦の続く南方ソロモン諸島方面に派遣される。11月半ばにはカールトン・H・ライト少将の指揮する第67任務部隊に配属となり、11月29日「東京急行」を阻止すべくエスピリトゥサント島を出撃、ガダルカナル島近海に向かう。
-11月30日深夜、アイアンボトムサウンドに近づく第67任務部隊は、同じく西から侵入してくる田中頼三少将率いる第二水雷戦隊の一隊を発見する。先手を取ったホノルルらは単独で航行していた駆逐艦[[高波]]を集中攻撃して大破に追い込むが、その間に残りの駆逐艦らが発射した魚雷が第67任務部隊に殺到する。
--この時第67任務部隊は駆逐艦4隻が前衛となり、主力の巡洋艦らは単縦陣を組み、先頭を旗艦である重巡ミネアポリス、そしてニューオーリンズ、ペンサコラ、そしてホノルルと続き、殿を重巡[[ノーザンプトン>Northampton]]が務めていた。二水戦の放った魚雷の束はこの巡洋艦部隊に襲いかかり、ミネアポリスとニューオーリンズは共に艦首に魚雷が命中してもぎ取られ、ペンサコラは後部に命中して大火災、ノーザンプトンには2本命中して沈没してしまう。
--しかしホノルルは非戦闘側に舵を切ったおかげでこの魚雷の束から逃れる事に成功する。ホノルルはそのまま戦場離脱したので被害は少なかったが他の重巡らは壊滅、作戦自体は日本側の輸送作戦を阻止したことで目的を達成したが、戦術的には完敗という結果に終わった。
***東京急行を阻止せよ! ~クラ湾夜戦~ [#q613ea88]
-1943年になっても、ホノルルは引き続き第67任務部隊として活動、日本側の東京急行阻止の作戦を続けていた。ガダルカナルから日本軍が撤退すると、5月からはソロモン諸島ニュージョージア島への攻撃作戦に従事、ホノルルはウォルデン・L・エインスワース少将指揮の第36.1任務部隊に配属となり、その旗艦を務める事になる。
-7月4日、上陸支援を終えたホノルルらはクラ湾に入り、バイコロの日本軍飛行場への砲撃作戦を実施する。だがホノルルらは砲撃に夢中のあまり、秋山輝男第三水雷戦隊司令官指揮する輸送部隊が湾内に進入してきたことに気づかず奇襲攻撃を受け、駆逐艦1隻を失ってしまう。
一時ガダルカナル島へ引き返した同部隊だが、日本軍が再度クラ湾に向かっているという情報が届く、リベンジを誓ったホノルルらはクラ湾に急行、7月6日夜、ニュージョージア島北方海域で第36.1任務部隊は再度クラ湾に進入しようとする第三水雷戦隊と遭遇、クラ湾夜戦が始まった。
--海戦は23時3分に三水戦旗艦の秋月型駆逐艦「新月」の電探が第36.1任務部隊を捉えた事から始まった。新月、[[涼風]]、[[谷風]]の警戒隊はUターンして水上戦闘に備えるが、23時36分に第36.1任務部隊もホノルルのレーダーが三水戦を捉え襲撃行動を開始、23時56分、エインスワース少将は全艦艇に攻撃を命じる。
米艦隊はレーダーに映る最大目標であった旗艦新月に攻撃を集中、新月は日付が変わった7月7日0時6分には舵をやられて火災が発生、これを航行不能にする。だが第36.1任務部隊は新月への攻撃に集中したあまり、僚艦の涼風、谷風への注意が疎かになってしまう。
--23時57分、2隻は殆ど攻撃を受けることなく米艦隊に接近、即応発射できる魚雷8本をそれぞれ発射する。
0時2分、計16本の魚雷が第36.1任務部隊に殺到し、妹のヘレナに3本が命中してしまう。うち2本がほぼ同時に船体中央に命中したヘレナはⅤ字型に船体が避けて沈没する。[[→海戦後に作成されたヘレナ被害状況の図>https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%98%E3%83%AC%E3%83%8A_(%E8%BB%BD%E5%B7%A1%E6%B4%8B%E8%89%A6)#/media/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Torpedo_damage_plan_of_USS_Helena_(CL-50)_in_the_Battle_of_Kuly_Gulf,_6_July_1943_(C_l5001).jpg]]
---この後、海戦は散発的なものとなる。日本側は警戒隊の3隻以外は輸送作戦を続けたため、ヘレナ生存者救助を行っていた米駆逐艦ニコラス、ラドフォードと遭遇した[[天霧]]、[[初雪]]が交戦したが双方とも損害無く戦場を離脱したぐらいで、それぞれが無事に戦場を離脱した。但し[[長月]]が揚陸中にコロンバンガラ島ベネット入江で座礁、離礁できぬまま朝を迎え米軍機の空襲を受けて大破放棄となっている。
真っ先に損傷した旗艦新月は艦橋の被弾で三水戦司令部が全滅、艦長らも戦死した。そのまま音信不通となり沈没と認定された。
---アメリカ側も、実質的に日本の駆逐艦2隻((谷風と涼風))によってヘレナを失い、迎撃を阻止されてしまった形となり、生存者救助に2隻の駆逐艦を残してツラギ島に撤退する。しかし三水戦司令部を壊滅させ、東京急行も不完全ではあるが阻害したことで、ソロモン諸島での日本軍の行動に重大な悪影響を与える事に成功した。
***二水戦とのリベンジマッチ ~コロンバンガラ島沖海戦~ [#hb2b575c]
-ニュージョージア島に連合軍が上陸したことで、日本軍は同島の防衛強化を迫まれる。しかし輸送作戦を指揮していた三水戦司令部は壊滅し、後任((当時[[金剛]]艦長だった伊集院松治大佐))もすぐにはソロモン方面に来れる状況ではなかった。そのため第八艦隊旗艦だった重巡[[鳥海]]の艦長有賀幸作大佐(後の戦艦[[大和]]艦長)が三水戦の指揮を後任着任まで代行するとともに、コロンバンガラ島の第十三連隊から陸兵約1200名を緊急輸送する作戦を7月9日に実施する。この輸送作戦は成功したが、これにより手薄となったコロンバンガラ島にブインの第45連隊約1200名を輸送する事になり、ホノルルにとってはルンガ沖での因縁浅からぬ第二水雷戦隊が実施する事になる。
--ヘレナを失った第36.1任務部隊はニュージーランド海軍より軽巡洋艦リアンダーが加わり、駆逐艦も増強され、戦力は軽巡3隻、駆逐艦10隻となる。
7月12日未明、沿岸監視員からの情報を受け二水戦輸送隊の出撃を察知したアメリカ軍は、第36.1任務部隊にこれの阻止を命令、部隊は出撃しコロンバンガラ島に向かう。
一方の日本側は二水戦司令官の伊崎俊二少将の指揮で軽巡[[神通]]、駆逐艦清波、[[雪風]]、[[浜風]]、[[三日月]]、[[夕暮]]が警戒隊、駆逐艦[[皐月]]、[[水無月]]、[[松風]]、夕凪の4隻が輸送隊としてコロンバンガラ島に向かっていた。
-雪風に搭載されたばかりの逆探が第36.1任務部隊の発するレーダー波を捉えたのは22時30分頃だった。しかしその方向にはスコールがあり視認できず、装備されたばかりの装置に疑問を残しつつも、二水戦は電探の齎す感度に従いそのまま航行を続けた。
第36.1任務部隊も22時35分に索敵機からの通報で二水戦を発見し急行していた。22時57分には二水戦側も敵の待ち伏せに気づいた。
-22時59分、第36.1任務部隊はホノルルのレーダーにより日本艦隊を探知。二水戦は23時00分に輸送隊を分離すると警戒隊のみで単縦陣を組み前進。こうして日米双方は反航態勢で相対速度60ノットという猛スピードで接近、コロンバンガラ島沖海戦の幕は切られた。
--旗艦のホノルルは前衛の駆逐艦部隊を突入雷撃させ、その後軽巡3隻のレーダー射撃でとどめを刺す作戦に出る。23時8分、二水戦旗艦神通が探照灯を照射。13分より交戦が始まった。
二水戦は三日月を先頭に旗艦神通、雪風、浜風、清波、夕暮の順で突進する。ホノルルらは一番大きい神通に対して砲撃を集中、雪風乗員が「サボテン林の中を突進するような状態」と表現するような、乱立する水柱の中を神通は突進を続けた。やがて艦橋に命中弾を受け、二水戦司令部や艦長以下幹部が全滅、舵にも被弾して神通はよろめく様に列外に飛び出てしまう。
しかし神通1隻に砲撃を集中したため、後続する駆逐艦は砲撃の洗礼を受けることなく第36.1任務部隊に接近する事に成功。浜風、清波、夕暮は距離6,000メートルから、雪風は更に距離4,800メートルまで接近して右に回頭、4隻合わせて31本の魚雷を発射する。
23時22分、軽巡洋艦リアンダーに右舷に魚雷1本が命中、浸水のため戦闘不能となる((この後リアンダーは本国に戻り修理を受けるが、二度と戦場に戻る事はなかった))。
---最先頭を進んでいた三日月は雪風たちとは別に神通に従い、傷ついた神通の周りで戦闘を継続していたが、ホノルルがこれに砲撃を加えたので退避した結果、雷撃には加わらなかった。
-第36.1任務部隊は駆逐艦2隻をつけてリアンダーを撤退させ、さらに駆逐艦3隻を分離して日本駆逐艦の追撃を命じる。しかし日本駆逐艦は付近に発生していたスコールに突入してこの追跡を振り切る事に成功する。
--23時56分にホノルルのレーダーが右前方から接近する艦影を敵味方か区別できず、同士討ちを心配して攻撃を躊躇してしまう((日本駆逐艦を追撃するため分離した駆逐隊の司令が、本隊へ「敵と間違えて物騒なプレゼント(砲弾)を送らないでくださいよ」と同士討ちを茶化した冗談を通信していたという。))。だがこれは味方ではなく、スコールの中18分という超ハイスピードで魚雷の再装填を終え、第二撃のため舞い戻ってきた雪風、浜風、清波、夕暮たちだった。
彼らはスコールを利用して距離6,500~7,400メートルの距離まで接近、日付が改まった13日0時5分に魚雷を発射し砲撃も開始する。これに気づいたホノルルらは右に舵を切って応戦を開始するが既に手遅れだった。
魚雷はまず軽巡セントルイスの艦首に命中して[[艦首下部をもぎ取り>https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/2/2d/Battle_of_Kolombangara%2C_13_July_1943.jpg]]、続いてホノルルにも艦首と艦尾に1本ずつ命中する。
-艦尾に命中したのは運よく不発だったが、艦首の方は大爆発を起こして[[艦首を>https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/9/9b/Collapsed_bow_of_USS_Honolulu_%28CL-48%29_on_20_July_1943%2C_after_she_was_torpedoed_in_the_Battle_of_Kolombangara_%2880-G-259422%29.jpg]][[沈下させた>https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/a/aa/USS_Honolulu_%28CL-48%29_in_Tulagi_Harbor_after_the_Battle_of_Kolombangara%2C_in_July_1943_%2880-G-259446%29.jpg]]。そして混乱する米駆逐艦らにも魚雷が襲いかかり、0時14分に駆逐艦グウィンに1本命中して大破炎上、混乱するブキャナンとウッドワースが衝突事故を起こすおまけまでついた。
---0時30分、二水戦は戦場を離脱、エインズワース少将は追撃を命じるが混乱する部隊は収拾がつかず、命令に従ったのは駆逐艦ラルフ・タルボット1隻だけだった。何とか混乱を収拾させた第36.1任務部隊だが既に戦機は去り、大破航行不能のグウィンを雷撃処分したのち撤退する。
日本側も輸送を終えた皐月と水無月が神通救助に向かうが発見できず、通報を受けた基地航空隊も捜索機を出したが神通も、撤退する第36.1任務部隊も見つけられなかった。神通の生存者は伊180潜水艦によって21名が、アメリカの輸送艦によって2名が救助された。
#aname(gimmick)
-こうしてコロンバンガラ島沖海戦でホノルルは艦首に大ダメージを受けてしまい、ルンガ沖での惨禍を再現してしまった。
ツラギで応急修理を受けたホノルルは8月16日に真珠湾に戻り本格修理を受け、メア・アイランド海軍造船所に回航されてオーバーホールを受ける事になる
***その後のホノルル [#g71d24fa]
-1943年12月、修理の終えたホノルルは戦列に復帰、12月後半より活動を再開する。ブーゲンビル島において敵部隊および艀船、補給船に対する砲撃を行った後、1944年になると中部太平洋での本格反攻作戦に加わるためソロモン諸島から後退、6月前半にはサイパン島をはじめ、グアムなどのマリアナ諸島への砲撃やマリアナ沖海戦などの海戦に参加する。9月にはペリリューの戦いおよびアンガウルの戦いで支援砲撃に参加する。
--1944年10月のレイテ島侵攻では第77任務部隊に所属、19日よりレイテ湾に侵入して砲撃を実施し、翌20日には上陸部隊の支援を行った。16時ごろ、ホノルルは敵雷撃機を観測、敵機は魚雷を発射しホノルルは躱しきれず左舷に命中爆発、この損傷でホノルルは翌21日に戦線を離脱したため、25日よりのスリガオ海峡海戦などには参加できなかった。
そしてこれがホノルルの最後の実戦参加となる。マヌス島で応急修理を受けたホノルルは11月19日にアメリカ本土ノーフォークに向けて出港、12月に同地に到着したホノルルは修理に入り、そのまま終戦を迎えた。戦後は訓練艦などを務めたのち1947年2月3日に退役、予備役に入り、1959年11月にスクラップとして売却され、その生涯を閉じた。
-ホノルルは第二次世界大戦の戦功で8個の従軍星章を受章、その名はロサンゼルス級原子力潜水艦31番艦に引き継がれたが、同艦も2007年11月2日に退役・除籍となり、現在その名を引き継ぐ米艦艇は存在していない。
*この艦娘についてのコメント [#comment]
//#fold(過去ログ){{
//#ls
//}}
//コメント2以降への移行時に↑のコメントアウトを外せば改造完了
//新規作成時は下のコメントアウトを解除
#pcomment(./コメント1,reply,15)