|CENTER:218|CENTER:80|CENTER:80|CENTER:80|CENTER:80|c
|>|>|>|>|~No.552|
|&attachref(./552.png,nolink,Hi! Brooklyn級のPhoenixさまよ!);|>|Phoenix&br;(フェニックス)|>|Brooklyn級 5番艦&br;軽巡洋艦|
|~|>|>|>|~艦船ステータス(初期値/最大値)|
//下記にもある通り、左側の初期値は改造直後の値とは異なります。
|~|~耐久|38|~火力|29 / 59|
|~|~装甲|16 / 39|~雷装|0 / 33|
|~|~回避|31 / 68|~対空|26 / 69|
|~|~搭載|4|~対潜|0 / 34|
|~|~速力|高速|~索敵|18 / 68|
|~|~射程|中|~運|19 / 79|
|~|>|>|>|~最大消費量|
|~|~燃料|35|~弾薬|55|
|~|~搭載|>|>|~装備|
|~|0|>|>|[[6inch三連装速射砲 Mk.16]]|
|~|1|>|>|未装備|
|~|3|>|>|未装備|
|~|>|>|>|COLOR(gray):装備不可|
|>|>|>|>|~改造チャート|
|>|>|>|>|''Phoenix'' → [[Phoenix改]](Lv45)&br; → [[General Belgrano]](Lv75+新型兵装資材x1+開発資材x30)|
|>|>|>|>|~図鑑説明|
|>|>|>|>|LEFT:Hi! Brooklyn級軽巡のPhoenixさ。真珠湾やあの海峡、太平洋戦域で戦ったよ。マジで。でね、戦いが終わって退役した後、売却されてヘネラル・ベルグラノって名前になって…最期はフォークランド諸島の紛争ってわけ。 あたしのこと、その色々、知っていて。|
※初期値はLvや近代化改修の補正を除いた時の数値であり、改造直後の値とは異なります。&br;最大値はLv99の時の最大値を指します。
#fold(CV:華崎文嘉、イラストレーター:UGUME (クリックするとセリフ一覧が開きます)){{
CV:華崎文嘉、イラストレーター:UGUME((CVやイラストレーター加筆時はそれぞれ[[CV https://x.com/KanColle_STAFF/status/1863921588388901293・イラストレーター]]に出典を記載))
#shadowheader(2,[[定型ボイス一覧>Phoenix/定型ボイス]])
#table_edit(Phoenix/定型ボイス)
~
#shadowheader(2,[[時報ボイス一覧>Phoenix/時報ボイス]])
#table_edit(Phoenix/時報ボイス)
~
#shadowheader(2,[[季節ボイス一覧>Phoenix/季節ボイス]])
#table_edit(Phoenix/季節ボイス)
~
//セリフ一覧内における外国語の解説の記述方式について→https://wikiwiki.jp/kancolle/%E8%AD%B0%E8%AB%96%E6%8E%B2%E7%A4%BA%E6%9D%BF/%E8%89%A6%E5%A8%98%E3%81%AE%E3%82%BB%E3%83%AA%E3%83%95%E4%B8%80%E8%A6%A7%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E5%A4%96%E5%9B%BD%E8%AA%9E%E3%81%AE%E8%A1%A8%E8%A8%98%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6
}}
*ゲームにおいて [#game]
-2024夏イベント後段作戦『[[Operation Menace]]』E4にてドロップ艦として初登場。
-実装と同時に[[SOC Seagull]]の改修(及び[[SOC Seagull 後期型(熟練)]]への更新)と[[6inch三連装速射砲 Mk.16]]/[[mod.2>6inch三連装速射砲 Mk.16 mod.2]]の[[装備改修>改修工廠]]が可能になっている。
-同級の[[Honolulu]]と同じく史実では魚雷発射管や爆雷を装備していなかったためか、初期の雷装・対潜は0になっている。
--雷装・対潜が0の時の挙動は[[大淀]]のページを参照。
//**装備ボーナスについて [#bonus]
//**性能比較表(?より転送) [#comparison]
**アップデート履歴 [#update]
-2024/08/08:[[イベントドロップ艦>Operation Menace/E4]]として実装。
**キャラクター設定について [#character]
-[[鈴谷]]や[[早潮]]のようにギャルっぽい口調である一方で、[[時雨]]との会話では互いに史実で沈んだ経験があることを知り涙する一面も。
--魚雷や潜水艦は嫌いな模様。
-提督が作った和風朝食で、納豆を卵と混ぜて麦飯に乗せて食べるのが気に入ったらしい。
//**期間限定グラフィック [#graphic]
*小ネタ [#neta]
-元ネタはアメリカ海軍のブルックリン級軽巡洋艦の5番艦「フェニックス」(CL-46)。艦名はアリゾナ州の州都フェニックスに由来する。
--単語としての「フェニックス(Phoenix)」は死んでも甦るとされる伝説上の不死鳥の名前だが、アリゾナ州のフェニックスの名称もこれに由来している。1867年にアメリカ先住民ホホカム族の遺跡の上に街が造られ、かつての先住民文化のように復活し繁栄する願いを込めて名付けられたという。
---ちなみに、アメリカ国内には他にも「フェニックス」の名を冠する都市が四つほどある。
--アメリカ海軍で「フェニックス」((英語読みの「フィーニクス」と表記される場合も))の名を冠する艦船は5代を数えるが、そのうち上記の都市名の方に由来するのは本艦以降の3代である。
---4代目は雑役船「フェニックス」(T-AG-172)。元は第二次世界大戦後期に量産された貨物船「ビクトリー船」の1隻「キャピタル・ビクトリー」として1945年に建造、1948年に「アリゾナ」へ改名の後、1962年に米海軍に移管されると共に「フェニックス」に改名された。1970年退役。
---5代目は1981年に就役したロサンゼルス級原子力潜水艦15番艦「フェニックス」(SSN-702)。1998年退役。
-連合国最高司令官ダグラス・マッカーサー大将が、太平洋戦争中盤~後半にかけて旗艦にしていた艦の1つが、このフェニックスである。
--連合国軍は戦争中盤以降、チェスター・ニミッツ提督が率いるアメリカ海軍が中部太平洋諸島を攻め、マッカーサー将軍ひきいる連合国陸軍がニューギニア~フィリピンへ進撃する二正面作戦を実施した。
マッカーサー将軍の陸軍を支援するためにトーマス・キンケイド提督の第7艦隊が編制され、マッカーサー将軍の配下となる。そのうち軽巡1隻がマッカーサーの旗艦に充てられた。時期によって旗艦を変えているが、[[Brooklyn]]級軽巡のフェニックス、ナッシュビル、ボイシのいずれかに座乗している。
**艦歴 [#l54dbec0]
-フェニックスは[[ブルックリン>Brooklyn]]級軽巡洋艦の1隻としてニュージャージー州カムデンのニューヨーク造船所で1935年(昭和10年)4月15日に起工、1938年(昭和13年)3月13日に進水、同年10月3日に竣役した。
--ブルックリン級は日本の[[最上]]型軽巡洋艦((竣工当時))に対抗するために建造された新鋭艦で、15.2㎝クラスの主砲を3連装5基15門搭載した極めて強力な軽巡洋艦だった。同級の詳細については[[姉>Brooklyn]]の該当ページを参照のこと
-竣役後は太平洋艦隊に所属して訓練を積んでいたが、1941年12月8日、真珠湾攻撃に遭遇する。
--この時フェニックスは湾内におり、フォード島の北東側に病院船「ソレース」 (USS Solace, AH-5) の近くに停泊していた。
第二航空戦隊の艦爆数機に攻撃されるも損害はなく、僚艦「セントルイス」と共に湾を脱出、他に軽巡洋艦「デトロイド」や訓練中だった重巡洋艦「ミネアポリス」らと共に臨時の任務部隊を編制、南雲機動部隊捜索に乗り出した。
だが、混乱する米軍はこの任務部隊を「南雲機動部隊」と誤認、急行していた空母「エンタープライズ」から攻撃隊が出動するという騒ぎに発展してしまう。
結局誤認と分かって攻撃隊は引き揚げたが、フォード島に近づいた[[F4Fワイルドキャット>F4F-3]]6機のうち、4機が敵と誤認されて対空砲火を浴びて墜落している。
-騒動が落ち着くと、フェニックスは真珠湾と米本土を繋ぐ航路の護衛任務を務めたのち、オーストラリア南東部の都市メルボルンに向かい、そこでの船団護衛任務に従事する。更にインド洋方面にも出動し、ムンバイ行きの輸送船団の護衛任務に従事した。
-1942年後半は、日米両軍はガダルカナル島を中心にソロモン方面で激しい戦いを演じたが、フェニックスはこれに参戦せず、第44任務部隊を編成してニューギニア島南方海域での船団護衛を行った。
1943年7月にオーバーホールのためフィラデルフィアに寄港して整備を受け、完了後はコーデル・ハル国務長官をカサブランカまで届けると、第七艦隊所属となり、司令長官トーマス・C・キンケイド中将の旗艦に指名され、その指揮のもとニューブリテン島攻略に向けて進撃した。
--1943年12月26日、フェニックスは姉妹艦「ナッシュビル」と共にニューブリテン島西端のグロスター岬にある日本軍施設を攻撃、その後上陸した地上部隊の支援に徹した。
1944年1月25日から26日にかけてはパプアニューギニアのマダンとアレクシスハーフェンの日本軍に対して夜間攻撃を行い、2月29日からのアドミラルティ諸島の戦いではロスネグロス島に上陸する第1騎兵師団を支援を行った。
---開戦以来、船団護衛に上陸支援の艦砲射撃など、裏方に徹してきたフェニックスだったが、こののち激闘を経験することになる。
***渾作戦 [#qbf10209]
-1944年5月25日、フェニックスはビアク島攻略のため出撃、27日から始まったビアク島上陸を支援した。
--ビアク島はニューギニア島北西部ヘルビング湾内にある東西約90キロ、南北約40キロの湾内最大の島で、ここに陸軍歩兵第222連隊を基幹とするビアク支隊およそ1万名と、海軍第28特別根拠地隊およそ2000名が立てこもっていた。
米軍は守備兵力は4000名程度と甘く見積もっており、第41歩兵師団の第162歩兵連隊および第186歩兵連隊を基幹とする25,000名で進攻したが、地形を巧みに使う日本軍の反撃で苦戦を強いられていた。
--更に日本海軍は海上機動旅団を逆上陸させると同時に敵艦隊撃滅を企図する「渾作戦」を発動、戦艦[[扶桑]]ほか重巡[[妙高]]、[[羽黒]]、[[青葉]]、軽巡[[鬼怒]]、駆逐艦[[敷波]]、[[浦波]]、[[時雨]]、[[白露]]、[[五月雨]]、[[春雨]]、[[風雲]]、[[朝雲]]、ほか敷設艦2隻、高速輸送艦1隻、駆潜艇2隻の大部隊をビアク島に向かわせた。
これに対する米側の水上艦艇はフェニックス他軽巡「ボイシ」「ナッシュビル」オーストラリア海軍の重巡洋艦「オーストラリア」そして[[フレッチャー>Fletcher]]ら駆逐艦14隻だけであり、進攻してくる日本艦隊を防ぐには心もとない戦力しかなかった。
---戦力的に劣っている第七艦隊だが、それでも作戦全般を指揮するダグラス・マッカーサー陸軍大将は艦隊に迎撃を命じる。
だが6月3日になって連合艦隊に「アメリカ海軍の空母機動部隊がニューギニア方面の海域で行動する公算大」との情報が入り、渾作戦部隊は途上のソロンに到着後輸送する機動旅団を揚陸し、アンポンへ退避してしまう。
のちにこの報告は第七艦隊を空母機動部隊と誤認したものだったが、既に揚陸してしまい、駆逐艦の燃料も乏しかったので作戦は中断されてしまう。
-日本側の不手際で一時的に危機を脱した第7艦隊だが、日本海軍は諦めていなかった。6月8日、増援を高速駆逐艦による輸送に切り替えた日本海軍は駆逐艦6隻が大発を1隻ずつ曳航し、海上機動旅団の先陣約600名を輸送することにする。
8日3時、部隊は駆逐艦敷波、浦波、時雨、白露、五月雨、春雨の6隻で再度ソロンから出撃、道中空襲で春雨を失ったが部隊はそのままビアク島に向かい、22時頃にフェニックスら米艦隊と遭遇する。
--連合軍側はフェニックスら巡洋艦3隻、駆逐艦14隻にたいして日本側は駆逐艦5隻、しかも各艦大発を曳航している。とてもまともに戦える相手ではなかった。日本艦隊は直ちに反転、回避行動に入り、それを米側がレーダー射撃で迎撃した。
日本駆逐艦も大発を切り離して反撃するも双方たいした被害はなく、日本側の第二次渾作戦は失敗に終わった。フェニックスとしては初めての敵艦艇との水上戦の機会だったが、結果は思い描くものとは程遠いものとなった。
---なお、この海戦に参加した駆逐艦敷波乗員の話では、老朽化が進み普段33ノットの速力しか出したことの無かった敷波が、この日は35ノット以上を叩き出して無事に離脱できた、という話もある。
-2度の失敗をうけ、日本海軍は今度は[[大和]][[型戦艦>武蔵]]を投入しての反撃作戦を計画する。1回目を上回る大戦力の投入だったが、部隊がバチャン泊地に集結した前日に米機動部隊がマリアナ諸島を空襲、マリアナ侵攻が判明したことで渾作戦自体が中止となる。
援軍が絶望的となったビアク島はそれでも抗戦を続けるが7月2日に陸軍側指揮官が自決、生き残りも次々と飢餓とマラリアに斃れ、7月19日にビアク島を脱出してマノクワリへ帰還した海軍の森機関兵曹ほか若干名を最後としてビアク島と島外との連絡は絶え、アメリカ軍は8月20日、ビアク作戦の終結を発表した。
--作戦後フェニックスらは整備を受けて一息つき、再び上陸戦の支援任務に終始する日々が続いた。だが10月になり、彼らは再び敵水上艦艇との交戦の機会に遭遇する。
***スリガオ海峡夜戦 [#j7013928]
-1944年10月17日、米軍はレイテ湾口にあるスルアン島を攻略、次いで20日にレイテ湾からレイテ島に上陸し、フィリピン攻略の前哨戦「レイテ島攻略戦」が始まった。
フェニックスは長年の相棒ボイシと第13巡洋艦戦隊を編成し、第77任務部隊第3群の旗艦となった。指揮下には第5巡洋戦隊を構成する豪海軍重巡洋艦オーストラリア、シュロップシャー、そして第24、54両駆逐戦隊の駆逐艦14隻を加え、指揮をラッセル・S・バーキー少将がとる。
20日、フェニックスらはタクロバン方面の上陸支援を担当し、艦砲射撃で敵陣地を破壊して上陸第一陣となった第19歩兵連隊(第24歩兵師団所属)の上陸に貢献した。翌21日に日本側航空機による反撃があり、重巡洋艦オーストラリアに被弾した[[九九式艦爆]]1機が突入自爆して艦長ら30名が戦死、座乗していた第5巡洋戦隊司令官で豪州海軍准将ジョン・A・コリンズも負傷した。結果オーストラリアはコリンズを乗せたまま護衛が付けられ撤退し、シュロップシャーは第13巡洋艦戦隊の指揮下に入る。
--10月24日、ハルゼー指揮下の第38.4任務部隊の偵察機がスルー海をレイテに向けて航行する日本の小艦隊を発見、約20機で攻撃を仕掛ける。これはレイテ湾に向かう第一遊撃部隊から分派した第三部隊、通称「西村艦隊」であり、米側が同部隊を認知した最初であった。この空襲では西村艦隊へ大きなダメージを与えることはできず((扶桑が艦尾に命中弾を受けて水偵2機が炎上損失、時雨が1番砲塔に小型爆弾を受け、最上が機銃掃射で数名の死傷者を出す))、第38.4任務部隊は第二波を出そうとしたが、第一遊撃部隊(通称栗田艦隊)本隊を発見し、これに注力することになったので、西村艦隊への空襲はここまでとなり、対処はレイテ攻略部隊を直接防衛する第77任務部隊に一任された。
-第77任務部隊指揮官のトーマス・キンゲイト中将は、同じ頃西村艦隊を追従する第二遊撃部隊(通称志摩艦隊)も発見しており、1つの艦隊が2手に分かれて進撃していると判断していた。サンベルナルジノ海峡の方から栗田艦隊、スリガオ海峡の方から2つに分かれた艦隊(西村、志摩艦隊)が接近しており、船団は挟撃される危機を迎えていた。
--一方、栗田艦隊を迎撃するハルゼー率いる第38任務部隊((空母3-4隻を中心とする4つの任務部隊他を擁する大部隊。この時点では先鋒を務めた第38.1任務部隊が補給のため後退中だったが、残りの3個部隊が展開して栗田艦隊らに対処していた))は、栗田艦隊がサンベルナルジノ海峡を強行突破する際の迎撃部隊として、3つの任務部隊にいる戦艦や巡洋艦を抽出して高速水上部隊「第34任務部隊」を編成、これでサンベルナルジノ海峡で待ち伏せする作戦を考え、その考えを貴下部隊やキンゲイトや後方のニミッツなどに通知した。
--だがここでトラブルが発生する。この通知で使った文法が海軍内で使われる慣例ではなく世間一般の用法で用いられた((文面の中で『(編成する)予定』の意味として『will be』を使ったのが原因。「will be」は「~するつもり」という趣旨の未来形であり、一般的な文法では未来形なので断定の意味はもたないが、米海軍内では即時実行される場合においても『will be』を使う慣習があり、どちらの意味なのか混乱が生じた))ため、通知が確定命令なのか、準備指示なのかで混乱が生じた。ハルゼーも間違えられる可能性に気づき、貴下部隊には準備指示であることを改めて通知したが、部隊内通信でされたため、遠くで受信していたキンゲイトやニミッツには届かなかった。
---通知を受けたキンゲイトはこれを「確定命令」と捉えた。サンベルナルジノ方面からくる敵(栗田艦隊)はサンベルナルジノ海峡で第34任務部隊が抑えてくれると判断したキンゲイトは持てる水上艦艇のほぼすべてを投入して、スリガオ海峡からくる敵(西村、志摩艦隊)を迎撃することを決断、水上部隊主力である第77任務部隊第2群(オルテンドルフ少将指揮)、第3群に迎撃を命じた。
---2つの部隊はスリガオ海峡北側出口に展開、進撃してくる敵を待ち受ける体制をとった。部隊は中央と左右の部隊に分かれ、フェニックスの第3群は第2群の指揮下に入り右翼隊(西側)を構成した。
-必勝の「丁字戦法」の体制で臨む第77任務部隊、だが当の西村艦隊は海峡通過時に発生した左翼隊駆逐艦との交戦で[[扶桑]]、[[満潮]]、[[朝雲]]、[[山雲]]らが沈没もしくは脱落し、湾口に現れたのは[[山城]]、[[最上]]、[[時雨]]の3隻のみだった。
--わずか3隻にまで撃ち減らされていた西村艦隊だが、待ち構える第77任務部隊はこれに容赦ない砲撃を見舞わせた。フェニックスもこの砲撃に参加して先頭を進む山城に砲撃を集中、4発の命中弾を与えている。
---またたくまに山城は袋叩き似合って落伍し、最上も同様の運命をたどった。その後山城は沈没、最上はよろめきつつ撤退し、時雨も形勢不利とみてこれに続いた。フェニックスらはこれを追撃するも同士討ちが発生していたため一時攻撃を控えたためこれらを逃がしてしまい、別の巡洋艦部隊が大破して低速撤退していた朝雲に遭遇してこれを沈めるのみで終わった。
-だがレイテ湾の米軍には新たな危機が迫っていた。ハルゼーが上記の「予令」を出した後、栗田艦隊が反転し、北方から空母を含む艦隊が南下している情報を掴んだ事で、「栗田艦隊は撤退した。新たに見つけた機動部隊(小沢艦隊)こそ全力で叩くべき敵主力だ」と判断したハルゼーは、予令を撤回して全艦隊で小沢艦隊に向かう決断をする((元々ハルゼーの第3艦隊は、ニミッツから直々に「日本の主力部隊が迎撃に現れたら、まずそちらを叩くことを優先しろ」と命令されているので、この判断自体は間違っていない。第34任務部隊の編制とサンベルナルジノ海峡封鎖も、「迎撃に出動した日本主力艦隊の撃滅」のための行動であり、上陸船団防衛のためという意味合いは薄かった。むしろ防衛を任務とするのはキンゲイトの第7艦隊であり、ハルゼーが第34任務部隊でサンベルナルジノ海峡を封鎖したからといって、その方面の防衛どころか警戒すら止めてしまい(実際同方面への偵察機等の警戒を全て撤収させてしまい、栗田艦隊がタフィ3と接触するまで接近に気づいていなかった)、全戦力でスリガオ海峡から接近する2つに分かれた小艦隊(西村・志摩両艦隊)を攻撃する判断をしたキンゲイトの責任の方が大ではある。だが、そういった誤判断をさせたのは上記のハルゼーの紛らわしい電文で、その訂正も限定的にしかしなかったのは落ち度であり、戦後この問題で両者の論争になっている))。
--更にハルゼーは前述の第34任務部隊関連の電報は「予令」であり実行命令ではないと考えていたので、反転北上の事をニミッツやキンゲイトに報告した際に第34任務部隊関連の事は一切触れなかった。このためニミッツとキンゲイトは反転北上は「第34任務部隊以外の戦力で」行っていると考え、特にキンゲイトは栗田艦隊方面の防衛も警戒も一切やめて、全力で西村・志摩両艦隊迎撃に動いてしまっていた。
このためサンベルナルジノ海峡からレイテ湾口近辺で遊弋するタフィ部隊こと第77任務部隊第4群(護送空母中心の部隊)の間には防衛戦力は一切なく、25日7時ごろ栗田艦隊が第4群の第3集団(タフィ3)と接触するまで米側は誰も栗田艦隊の動向を掴めていなかった。
---タフィ3からの緊急電を受け、フェニックスら第2第3群は補給もそこそこ((備蓄弾薬としてはもう1回戦うだけの弾数は確保している))に救援に向かうが、距離的にタフィ3救援は絶望的だった。だが栗田艦隊を湾内の突入前に捕捉できる距離であり、部隊は全力でそこに向かう。だが栗田艦隊はタフィ3攻撃後も突入を続けていたがそれを取りやめて北上、上陸船団の危機は回避された。
***フィリピン方面 [#y41773d8]
-レイテ沖海戦後もフェニックスはレイテ島攻略戦の支援に終始、11月1日には神風特別攻撃に襲われる。
まず朝方に空襲を受け駆逐艦クラクストン、アムメンが特攻を受けて1機ずつ命中、更に雷撃機の魚雷攻撃に対処している隙にもう1機が駆逐艦キレンに命中する。
13時40分にも空襲を受け駆逐艦「アブナー・リードに命中、同艦は大炎上ののち沈没する。
--12月に入っても特攻攻撃は続き、フェニックスは上陸支援だけでなく特攻機への対処もこなすことになる。
15日から始まったミンドロ島攻略戦では砲撃支援を実施、26日に発生した「礼号作戦」では別海域にいて直ちに現場に急行するも間に合わず[[霞]]らとの交戦は実現しなかった。
---1945年になっても、フェニックスらはフィリピン方面で活動、周辺島嶼の制圧作戦の支援に終始した。
リンガエン湾上陸戦ではダグラス・マッカーサーの乗艦となった僚友ボイシと行動を共にし、攻撃を仕掛けてきた[[甲標的>甲標的 甲型]]を発見し、これを体当たりで撃沈している。
-その後もコレヒドール島とバターン半島の奪還を支援などを実施、戦線は硫黄島の攻防や沖縄攻略戦などが実施され、海軍の主力はそちらの方面で激闘を繰り広げるが、フェニックスは僚友らと共にフィリピン方面に留まり制圧戦の支援に終始した。
-オーバーホールのため真珠湾に向かっている途上で終戦を迎えたフェニックスは9月に新天地大西洋に向かい大西洋艦隊に所属となったが、1946年2月28日に退役、だがすぐには除籍とならず保管されたまま、月日は過ぎていった。
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-以降の艦歴については[[General Belgrano]]参照のこと。
*この艦娘についてのコメント [#comment]
//#fold(過去ログ){{
//#ls
//}}
//コメント2以降への移行時に↑のコメントアウトを外せば改造完了
//新規作成時は下のコメントアウトを解除
#pcomment(./コメント1,reply,30)
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''&size(16){[[&color(white,orange){提案意見掲示板};>提案意見掲示板]]からのお知らせ};''
-ドロップ祈願や海域攻略祈願のために、''[[wiki内神社]]というページが設置''されました!ぜひご利用ください。
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-&size(13){''&color(Red){建造成果の報告は[[建造レシピ]]内にあるコメント欄に、&br;ドロップ報告に関しては[[出撃ドロップ]]内にあるコメント欄にて行なっていただけると幸いです。};''};