|CENTER:218|CENTER:80|CENTER:80|CENTER:80|CENTER:80|c
|>|>|>|>|~No.573|
|&attachref(./573.png,nolink,300x169,私の艤装の多くは日本製ですから、古鷹さんや妙高さんたちにも親近感を感じてしまいます。);|>|Thonburi(トンブリ)|>|Thonburi級 1番艦&br;海防戦艦|
|~|>|>|>|~艦船ステータス(初期値/最大値)|
//下記にもある通り、左側の初期値は改造直後の値とは異なります。
|~|~耐久|19|~火力|26 / 46|
|~|~装甲|13 / 23|~雷装|0|
|~|~回避|5 / 18|~対空|9 / 17|
|~|~搭載|0|~対潜|0|
|~|~速力|低速|~索敵|8 / 38|
|~|~射程|中|~運|8 / 48|
|~|>|>|>|~最大消費量|
|~|~燃料|10|~弾薬|30|
|~|>|>|>|~装備|
|~|>|>|>|[[20.3cm連装砲]]|
|~|>|>|>|[[20.3cm連装砲]]|
|~|>|>|>|COLOR(gray):装備不可|
|~|>|>|>|COLOR(gray):装備不可|
|>|>|>|>|~改造チャート|
|>|>|>|>|''Thonburi'' → [[Thonburi改]](Lv40+高速建造材×10+開発資材×20)|
|>|>|>|>|~図鑑説明|
|>|>|>|>|LEFT:タイ王国海軍の最大戦力として生まれた海防戦艦トンブリです。日本の神戸造船さんで建造されました。 三段式空母時代の赤城さんや加賀さんと同じ、重巡級の主砲を駆逐艦並みの体に二基4門装備しています。 激しい戦いを経て、私の艦橋と主砲の一部は今も祖国で、皆を見守っています。|
※初期値はLvや近代化改修の補正を除いた時の数値であり、改造直後の値とは異なります。&br;最大値はLv99の時の最大値を指します。
#fold(CV:戸松遥、イラストレーター:すみの (クリックするとセリフ一覧が開きます)){{
CV:戸松遥、イラストレーター:すみの
#shadowheader(2,[[定型ボイス一覧>Thonburi/定型ボイス]])
#table_edit(Thonburi/定型ボイス)
~
#shadowheader(2,[[時報ボイス一覧>Thonburi/時報ボイス]])
#table_edit(Thonburi/時報ボイス)
~
#shadowheader(2,[[季節ボイス一覧>Thonburi/季節ボイス]])
#table_edit(Thonburi/季節ボイス)
~
//セリフ一覧内における外国語の解説の記述方式について→https://wikiwiki.jp/kancolle/%E8%AD%B0%E8%AB%96%E6%8E%B2%E7%A4%BA%E6%9D%BF/%E8%89%A6%E5%A8%98%E3%81%AE%E3%82%BB%E3%83%AA%E3%83%95%E4%B8%80%E8%A6%A7%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E5%A4%96%E5%9B%BD%E8%AA%9E%E3%81%AE%E8%A1%A8%E8%A8%98%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6
}}
*ゲームにおいて [#game]
-2025/12/27アップデートにて通常海域の期間限定ドロップ艦として初登場。共に日本生まれではあるが、元[[雪風]]である[[丹陽]]に続く、「日本を除くアジア諸国海軍由来の艦娘」である。
--2025年秋イベントにて[[Norge]]が実装された際の運営公式Xのポストにて、「あの!日本で作られた海外の海防戦艦」として実装が予告されていた。
--出現海域は2-3・2-5・7-3-1・7-3-2と言われている。確率は2-5・7-3が1%強でほぼ一緒、2-3がやや低く0.5%程度、デイリー南西任務で2-3、EOで2-5、戦果兼用で7-3-2、堀効率重視で7-3-1といったところ。
---7-3-xでは2隻目が確認されている。(第一ボス・第二ボス共に)
--2026年カレンダーの4月に登場しており到着がメンテより早かった人もいる。 また、カレンダーに記載されている絵師は新規絵師(すみの氏)。
-性能に関しては他の海防戦艦とほぼ同じで運用方法も同じである。&color(silver){つまり現状微妙};
--もっとも期間限定任務に名指し指定されているので入手しておこう。一応前イベントで海防戦艦2隻揃っていればそちらで代用できるが
--ただし装備可能な主砲が少し異なりこちらは[[20.3cm連装砲]]、[[同2号砲>20.3cm(2号)連装砲]]を装備できる。
--また、副砲も15cm以下のみ装備可能。
--雷装値が0で、魚雷は装備不可。代わりに小型電探と司令部施設が装備可能。
--またデフォルトの射程が''中''なのも他の海防艦(海防戦艦)と大きな違いとなる。
-
#fold(他の海防艦・海防戦艦との比較){{
他の海防艦・海防戦艦との比較
#include(Thonburi/海防戦艦比較,notitle)
表の編集は[[こちら>Thonburi/海防戦艦比較]]
}}
**運用について [#operation]
**装備ボーナスについて [#bonus]
**他海防艦との比較([[艦船最大値/海防艦上位早見表/テーブル]]より転送) [#comparison]
#lazy_fold(長いので折りたたんでいます){{
#table_edit(艦船最大値/海防艦上位早見表/テーブル,)
}}
**アップデート履歴 [#update]
-2025/12/27:期間限定ドロップ艦として実装。
**キャラクター設定について [#character]
**期間限定グラフィック [#graphic]
-2026年2月13日のアップデートで、【Valentine】modeが[[改>Thonburi改]]共々実装された。
--タイの気候ではこれほどの厚着は必要なく、寒くても日本の秋程度。こちらに来てから新調したのかもしれない。
-
#fold(限定グラフィック:Valentine mode){{
限定グラフィック:Valentine mode
&attachref(./573_Valentine.png,nolink,提督、私も手作りのトンブリチョコ作ってみました。どうぞ。);
//中破絵は無しで
}}
*小ネタ [#neta]
#fold(略歴){{
}}
//-元ネタは、タイ王国海軍のトンブリ級海防戦艦のネームシップ、「トンブリ」(HTMS Thonburi((海外の文献では英語スペルをDhonburiと表記している場合もある)))。
//1930年代、近代化を目指すタイ海軍が沿岸防衛を目的に計画し、日本の川崎造船所(現:川崎重工業)が受注・建造した軍艦である。神戸生まれのおしゃれな海防戦艦なのである。
-タイ海軍は1920年に導入した英国製駆逐艦を嚆矢として、近代的海軍の建設を進めていた。20年代には英製の砲艦2隻を導入している。
1935年に海軍拡張のための予算措置が講じられる。この際、沿岸防衛の中核戦力として整備が決定したのが後のトンブリ級であった。
--この建造を落札したのは日本の川崎造船所(現:川崎重工業)。神戸生まれのおしゃれな海防戦艦なのである。
---日本は他に拡張計画のうち練習艦2、潜水艦4、警備艇3、タンカー1を受注した((他にイタリアが水雷艇7を輸出している))。
-1920年代に導入した英製砲艦の拡大版として計画されており、2265t76.5mの小型船体に[[20.3cm連装砲>20.3cm連装砲#trivia]]((旧型の20cm砲であったという異説あり))2基を搭載している。
--この主砲身は[[赤城]][[加賀]]の改修に伴って撤去されたものの流用とする説がある((初出は元艦政本部員であり鑑定研究家の福井静夫氏の著作であるが、一次資料はまだ見つかっていない))。また砲塔自体は[[妙高]]のD型砲塔に酷似しており、予備部品の転用という説がある((赤城用砲塔を改修したものという異説あり))。
---立ち絵では砲塔の上部にスリットが見えるが、これは砲塔とその上に被せられた放熱板の隙間である。
---この他、8cm単装高角砲4門((スウェーデン製76mm砲とする異説あり))、[[毘式40mm連装機銃]]2基、13mm機銃2門が搭載されていた。
-砲の搭載が優先されたため機関は小型で済むディーゼルを選択、独製機関2基を搭載し出力は計5200馬力。2軸推進を行い最大速力は15.5ktを発揮した。
-航洋性を確保するため船体の全長3/5ほどを覆う長船首楼型船体で、クリッパー型の艦首には強い反り返りが施されていた。
--装甲は司令塔/主砲塔などが102mm、舷側63mmとかなり薄い。
-1938年1月31日に進水、同年8月5日に竣工しタイ王国海軍に編入された。
-艦名はタイの首都バンコクからチャオプラヤ川を挟んで対岸にある都市「トンブリー」に由来する((タイ側資料では地名ではなくアユタヤと共に、王朝名(กรุงธนบุรีศรีมหาสมุทร:クルン・トンブリ・シ・マハ・サムット)を由来としている))。&color(silver){畑のキャビアでも包丁で刺してくる奴でもご飯の上におかずを乗せた和食でもない};
--現在のタイ王室・チャクリー王朝の先代にあたるトンブリー王朝時代の首都で、2番艦「スリ・アユタヤ」はそのまた先代のアユタヤ王朝時代の首都だった「アユタヤ」に由来する((「スリ」の部分は栄光や優美などの意味を表す語であり、一種の敬称や称号のようなものと言える。なお、現代タイ語では「スィー」と発音するのが普通))。
--第二次世界大戦時は「トンブリー県」というバンコクの隣町だったが、1972年にバンコクに吸収合併され、現在はトンブリー区など複数の行政区画に属する。
-艦種については「海防戦艦という艦種は無い」の話の上で、所属国公式においても(現代ではเรือ ปืน ยามฝั่ง(沿岸警備砲艦)としているが)当時タイは未整備で国際基準に倣ったカテゴライズはされておらず、トンブリ級二隻も”王室艦(後述)”または「Battleship(เรือ ปืน ใหญ่・大砲艦)」と呼ばれた。&color(silver){「2千トン級でも戦艦になれるんだ!」};日本は受注時、砲艦であった前級の拡大版というコンセプトで建造した為それを踏まえ「砲艦」と呼称((砲艦としての条件は満たしている))、他国は主に沿岸防護艦(コーストディフェンスシップ)としている。
-腰のフィギュアはおそらく王室、ひいては国の象徴であるガルーダで、トンブリ他当時タイ軍艦たちの船首を飾っていた艦章モチーフだと思われる。日本人なら細かく言わずとも「タイの菊の御紋」の一言で伝わるかと。
-タイ語表記(เรือหลวงธนบุรี)について
#fold(タイ語の「正式な呼び方」と、提督向け見分け方){{
-タイ語での実艦名は「เรือหลวงธนบุรี」。
--ぱっと見「呪文」だが、実は''二段構え''。
---「เรือหลวง」+「ธนบุรี」
---後ろの「ธนบุรี」が固有名(トンブリ)で、前の「เรือหลวง(ルア・ルアン)」は艦名につく接頭辞(艦船接頭辞)に当たる。
-「เรือหลวง(ルア・ルアン)」って何?
--タイ王国海軍で用いられる艦名の接頭辞で、略して「ร.ล.」とも書かれる。
---ภาษาอังกฤษ(英語)だと「HTMS(His Thai Majesty’s Ship)」相当。
--語感の目安:
---「เรือ(ルア)」=船
---「หลวง(ルアン)」=王室に属する/公的な
---合体して「王室(国家)所属の軍艦ですよ」の札(ふだ)みたいなもの。&color(silver){HMS/USSのタイ版、と言うと早い。};
-なんでスペースが無いの?
--タイ文字は、''英語みたいに単語ごとにスペースで区切らない''のが基本。
---スペースは主に「文や節の切れ目」に出てくるので、艦名は続け書きになりやすい。
--つまり「เรือหลวงธนบุรี」は「เรือหลวง ธนบุรี」と''分けて読める''と一気に楽になる。&color(silver){分けて読める時点で提督スキルが上がっている。};
-提督向け:姉妹艦と見分けるコツ(ここ大事)
--姉妹艦は「เรือหลวงศรีอยุธยา(ルア・ルアン・スリ・アユタヤ)」。
---これも「เรือหลวง」+「ศรีอยุธยา(スリ・アユタヤ)」の二段構え。
--見分けるときは、先頭の「เรือหลวง」を''脳内で消す''。
---トンブリ:''ธนบุรี''(トンブリー)
---スリ・アユタヤ:''ศรีอยุธยา''(スリ・アユタヤ)
--先頭が同じで途中まで似て見えるのは仕様。&color(silver){「同じ字にしか見えない!」→正解。だって途中まで同じ字。};
-余談:艦これ運営告知でも、タイ語表記「เรือหลวงธนบุรี」がそのまま使われていたりする。
--ゲーム内の艦娘名は「Thonburi(トンブリ)」だが、実艦の「正式表記」だと接頭辞込みで書かれる場面が多い、という話。
}}
#fold(トンブリから見る「沿岸担当」「元主力」「護衛担当」:同じ“海防”でも中身が違います){{
|CENTER:110|CENTER:165|CENTER:165|CENTER:165|CENTER:165|c
|~項目|~Thonburi級&br;(タイ)|~Norge級&br;(ノルウェー)|~敷島型&br;(日本)|~占守型&br;(日本)|
|同型艦(例)|[[Thonburi]]/&br;Sri Ayudhya&br;(スリ・アユタヤ)|[[Norge]]/&br;[[Eidsvold]]|敷島/[[朝日]]&br;初瀬/三笠|[[占守]]/[[国後]]&br;[[八丈]]/[[石垣]]|
|建造年代(目安)|1936~1938年|1899~1901年|1897~1902年|1939~1941年|
|排水量(トン)&br;〔Thonburi比〕|2,265|基準4,233&br;(+1,968/1.87×)|常備14,850英トン&br;(≒15,088)&br;(+12,823/6.66×)|基準860&br;(-1,405/0.38×)|
|全長(m)|76.5|94.6&br;〔+18.1/1.24×〕|133.5&br;〔+57.0/1.75×〕|77.72&br;〔+1.22/1.02×〕|
|速力(ノット)|15.5|17.2&br;〔+1.7/1.11×〕|18.0&br;〔+2.5/1.16×〕|19.7&br;〔+4.2/1.27×〕|
|航続距離(海里)|12.2ノット/11,100&br;(経済速力)|10ノット/6,000&br;(推定)|10ノット/5,000|16ノット/8,000|
|主砲(口径・門数)|[[20.3cm連装砲]]×2&br;(計4門)|20.8cm単装砲×2&br;([[21cm単装主砲]])&br;〔口径差:+0.5cm〕|30.5cm連装砲×2&br;(計4門)&br;〔口径差:+10.2cm〕|[[12cm単装砲]]×3&br;〔口径差:-8.3cm〕|
|魚雷|なし|45cm級&br;水中魚雷発射管×2|45cm級&br;魚雷発射管×4|なし|
|対潜|(基本なし)|(基本なし)|(基本なし)|爆雷投射機など&br;(参考:[[九四式爆雷投射機]])|
|副砲・対空(代表)|8cm平射砲×4&br;40mm機銃×2&br;13mm機銃×2|[[15cm単装副砲]]×6&br;7.6cm×6|[[15.2cm単装砲]]×14&br;7.6cm単装砲×20&br;47mm単装砲×12|[[25mm連装機銃]]×2|
|装甲(代表)|舷側63mm&br;甲板25~38mm&br;主砲塔102mm|舷側152mm級&br;主砲前楯229mm級&br;甲板51mm級|舷側229~102mm&br;甲板102~64mm&br;砲塔356~203mm|(ほぼ無し)|
-比較表の補足(トンブリ視点)
提督へ。&ruby(コープ クン カ){ขอบคุณค่ะ};((ありがとうございます))
比較表は「どれが上か」ではなく、''どんな仕事を想定して生まれたか''を読むためのものです。
私は沿岸防衛のための海防戦艦。全長は小さめですが、主砲は20.3cmです。
…「体格と主砲の釣り合い」? はい、よく言われます。ですが、神戸生まれの艤装です。頑丈です!
[[Norge]]級さんは、同じ沿岸担当でも私より大きく、装甲も厚い。さらに魚雷も持っています。
沿岸で“できること”を増やした設計、という印象です。
この差は、想定していた相手の幅の違いもあるのかもしれません。
私の相手は、軽巡を柱にした列強の「植民地軍」寄り。
一方で先方は、北海・バルト海まで含む北洋で、列強の「主力」まで視野に入っていた――そう考えると、あの重装備も納得です。
&color(silver){主砲で守って、魚雷で念押し。念押しが重い…!};
敷島型代表の[[朝日]]さんは、出自は元・戦艦で、サイズも主砲も別枠の説得力です。
ただ……艦これでは練習特務艦を経て工作艦。つまり、主砲より工具のほうが前に出てきます。
&color(silver){名刺が装甲板かと思ったら、名刺入れにレンチが刺さってました…!};
[[占守]]型さんは、全長は私と近いのに、役割は“護衛・哨戒”の実務寄り。
魚雷よりも爆雷。海の下に対する目が、しっかりしています。
&color(silver){「海防」の文字で油断した潜水艦が、いちばん驚くタイプ…!};
まとめると、
・沿岸で砲戦を想定:私/[[Norge]]級
・元は主力、艦これでは整備の達人:敷島型(代表:[[朝日]])
・護衛・哨戒の実務(対潜):[[占守]]型
…同じ“海防”でも、担当業務がかなり違います。
&ruby(チョーク ディー カ){โชคดีค่ะ};((幸運を))
提督、表を読むときは「数値」だけでなく「役割」も一緒に見てくださいね。
}}
***コーチャン島沖海戦 [#xfd8f5f4]
-1940年11月、泰仏印国境紛争が発生。タイは陸軍が現カンボジアに侵入、当初は優勢に戦況を進めていた。しかし翌41年1月に仏印軍が反攻を開始したため戦線は停滞し始めた。
--この状況を打破を狙い、仏印軍は海軍力を活用したタイ沿岸部における助攻作戦を企図する。
---仏側はこのため軽巡ラモット・ピケ((7249t、33ノット、15.5cm連装砲4))、通報艦((ブーゲンビル級2:2126t、15.5ノット、13.8cm単装砲3、アラ級2:850t、20ノット、13.8cm単装砲2))4などからなる艦隊を編成した。41年1月13日、仏艦隊に対し仏印国境からタイ海軍の根拠地であるサッタヒープ間においてタイ海軍を捜索し撃滅するよう命令が下る。
--対するタイ側は、開戦後より仏印国境付近の哨戒を強化していた。その際、タイ海軍が前進拠点としていたのがチャン島(コーチャン)であった。
-トンブリ率いる第3戦隊((460tの水雷艇3など))は哨戒に従事するため1月14日、サッタヒープを出航。翌日にチャン島に到着し、スリ・アユタヤ率いる第1戦隊と交代した((この2戦隊が第1小艦隊を形成。別に第2/4戦隊からなる第2小艦隊と第3小艦隊があった))。
-仏海軍はこの方面を[[飛行艇>Loire 130M]]により偵察、タイ艦隊の所在をほぼ正確に把握していた。このため、比較的少数のチャン島所在の艦隊を撃破することとした。
--航空偵察は海戦前日の16日にも行われた。タイ側はこれを覚知し水雷艇1を夜間哨戒に分派。水雷艇2はチャン島南岸に、トンブリは敷設艦・非武装の漁業監視艇と島東岸に停泊した。
-41年1月17日、仏艦隊は日の出前にチャン島に南西から接近。水雷艇2に砲火を集中し2隻とも撃沈する。砲撃音を聴取したトンブリは随伴艦へ北に逃走するよう命じた後、迎撃のため南下を開始する。
--午前6時45分、トンブリはラモット・ピケを発見。距離約1万mから双方が砲撃を開始した。その3分後、ラモット・ピケの斉射がトンブリを夾差。うち一発が艦橋を直撃し艦長が即死、操舵機が破壊されトンブリは左旋回を始めてしまう。その後体勢を立て直したトンブリだったが、さらに着弾が続き火災と浸水が拡大し後部砲塔も沈黙。それでもなお前部砲塔は砲撃を継続していたという。
--その後、仏通報艦も砲撃に加わるが、午前8時に仏側は炎上しているトンブリの撃沈を確信し((止めに魚雷3本を放つがこれは外れた))撤退を開始する。
--火災を止めることが出来ぬままトンブリは北に進路を取り((この間、タイ空軍機による誤爆を受けている))、午前11時ごろ本土側に座礁。総員退艦が命じられた後、午後5時ごろ右舷側から転覆した。
--タイ側の主張ではトンブリにおける戦死者は艦長以下20名であった。
-タイ側は艦艇3を喪失するなど戦術的には完敗であった。一方仏側もタイ艦隊の殲滅までは達成できず帰還しており、沿岸部における助攻作戦自体を達成することはできなかった。
--このため、タイ側は「犠牲を払いつつも(列強の)仏海軍を撃退した」と主張。一方で仏側も「タイ艦隊を壊滅させ、損害皆無」とした。なお、双方ともに相手の被害は過少であるともしている。
&br;
-紛争は友好国((仏印はヴィシーフランス政府を支持していた))同士の戦闘を憂慮した日本の周旋により、1月末から停戦交渉が行われた。その舞台になったのは、サイゴンに停泊した[[名取]]であった。
--戦闘自体はフランス側が優勢を回復しつつあったものの、最終的にはタイ国境沿いの領土を割譲する結果となった。このため、タイ側は戦勝としている。
--この"戦勝"に伴う叙勲では、トンブリと戦死した艦長ら乗り組み将兵14名に対して勇敢勲章が贈られた。
//-1940年、泰仏印国境紛争の発生に際しては第3戦隊に所属。1941年1月17日、フランス海軍軽巡ラモット・ピケ他の艦隊との交戦で初陣を飾った。
//・・・のだが、練度が全く足りておらず、フランス艦隊の集中砲火を浴び、命中弾により艦橋が炎上、射撃指揮装置も火災に飲まれ射撃不能に陥る。
//無理もない、大型艦を導入してわずか2年のタイ海軍である。対するフランス海軍は言うまでもなく長年の訓練と経験を積んでいる。
//明治初年当時の日本海軍艦隊が外国艦隊と正面切って交戦したようなもので、勝ち目はなかった。
//さらには被弾により浸水傾斜、タイ王国空軍機の誤爆まで受け、その日の夕方炎上したまま擱座、横転して海戦は終結した。この戦いはのちに「コーチャン島沖海戦」と呼ばれる。
&br;
-大破擱座したトンブリの船体は同年、依頼を受けた川崎重工と日本サルヴェージが浮揚作業を請け負った。
だが現場付近は水深5メートル程度ではあったが潮流が早い上に泥深く、マストも艦橋も砲塔も完全に泥中に埋没しており作業は困難を極めた。
悪戦苦闘3ヶ月あまりを費やした末に1941年8月28日にようやく浮揚に成功、軍港に曳航され修復工事を受けた。
しかし損傷著しく戦闘艦としての復旧は断念され、以降は係留練習艦として生涯を過ごした。1959年6月19日除籍、1967年に解体。
-船体は損傷と老朽により解体されたものの、現在タイ海軍兵学校にて取り外された艦橋と主砲塔が保存されている。
戦前の日本海軍の設計思想と面影を残す艦橋、そしてほぼ唯一完全な形で現存する20.3cm連装砲塔として極めて貴重な存在である。
年間イベントなどで時折公開されているが、なかなかの人気を誇っているそうである。
--艦橋の左右に長方形の紅白パネルが貼られているが、これがトンブリが受けた勇敢勲章の略綬である。
-トンブリの座礁地点近くには海軍の記念館が、水雷艇が停泊していた付近には記念碑が建てられている。
*この艦娘についてのコメント [#comment]
#fold(過去ログ){{
#ls
}}
#pcomment(./コメント1,reply,30)
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#include(艦船/管理掲示板からのお知らせ,notitle)
#include(艦船/提案意見掲示板からのお知らせ,notitle)