|CENTER:218|CENTER:80|CENTER:80|CENTER:80|CENTER:80|c
|>|>|>|>|~No.075|
|&attachref(./075_2nd.jpg,nolink,わらわが初春じゃ。よろしく頼みますぞ。);|>|初春(はつはる)|>|初春型 1番艦 駆逐艦|
|~|>|>|>|~艦船ステータス(初期値/最大値)|
|~|~耐久|16|~火力|10 / 29|
|~|~装甲| 6 / 19|~雷装|27 / 79|
|~|~回避|43 / 89|~対空|12 / 39|
|~|~搭載|0|~対潜|21 / 49|
|~|~速力|高速|~索敵| 5 / 19|
|~|~射程|短|~運|12 / 49|
|~|>|>|>|~最大消費量|
|~|~燃料|15|~弾薬|20|
|~|>|>|>|~装備|
|~|>|>|>|[[12.7cm連装砲]]|
|~|>|>|>|[[61cm三連装魚雷]]|
|~|>|>|>|COLOR(GRAY):装備不可|
|~|>|>|>|COLOR(GRAY):装備不可|
|>|>|>|>|~改造チャート|
|>|>|>|>|''初春'' → [[初春改]](Lv20) → [[初春改二]](Lv65)|
|>|>|>|>|~図鑑説明|
|>|>|>|>|LEFT:初春型駆逐艦、1番艦の初春じゃ。&br;わらわは、北方部隊に所属。戦雲渦巻くアッツやキスカなどの北方海域で活躍したぞ。&br;北海道周辺も好きな海域じゃな。マニラ湾やオルモック…?ああ、熱いところは苦手じゃ。|
※初期値はLvや近代化改修の補正を除いた時の数値であり、最大値はLv99の時の最大値を指します。
#fold(CV:小林元子、イラストレーター:彩樹 (クリックするとセリフ一覧が開きます)){{
CV:小林元子、イラストレーター:彩樹
#shadowheader(2,[[定型ボイス一覧>初春/定型ボイス]])
#table_edit(初春/定型ボイス)
~
#shadowheader(2,[[時報ボイス一覧>初春/時報ボイス]])
#table_edit(初春/時報ボイス)
~
#shadowheader(2,[[季節ボイス一覧>初春/季節ボイス]])
#table_edit(初春/季節ボイス)
~
}}
*ゲームにおいて [#game]
-[[吹雪型駆逐艦>吹雪]]と比べて初期値が高いが、最終値は同じ。また初期値が高いと言っても若干高い程度であるためさして問題ではない。
-生い立ちは[[某>扶桑]][[不>山城]][[幸>最上]]艦並のgdgdっぷりだが、&color(White){普通に活躍したからか};運の値は普通。
-いわゆる「&size(15){''&color(Red){のじゃロリ};''};」。喋りの古風さでは[[利根えもん>利根]]と対をなす。
-同じ彩樹氏による[[龍田]]と[[叢雲]]とは、「頭の謎ユニット」「艤装の謎マニピュレータ」という共通点がある。
--公式4コマでは、雨の日で両手がふさがっているときに、この謎マニピュレータに雨傘をセットしていた。
--あと砲台は一基''飛んでいる''。どんなテクノロジーだ…… &color(Silver){こんなものを浮かべて喜ぶか、変態が!};
-扇、ポニテに紙垂(しで)らしき飾り、麻呂眉と、他の駆逐艦娘とは一線を画す和風なデザインも個性的。
-あと、何がとは言わないが駆逐艦にしては「ある」ほう。&color(Silver){さすがに潮や浜風や夕雲型には負ける。};
--ついでに体格も[[妹>子日]][[た>若葉]][[ち>初霜]]と比べると、陽炎型や白露型に近い。
--恐らく「トップヘビー」な船体を意識してのデザインと思われる。ボディコンシャスな服装も小さい船体に武装を過積載した事の反映か。
-2014年10月10日のアップデートで[[改二>初春改二]]が実装された
--2014年11月14日のアップデートで放置ボイスなど複数のボイスが追加・更新された。
--2018年1月17日のアップデートで改・[[改二>初春改二]]に時報が実装された。
--2018年2月5日アップデートで、[[任務]]「[[精鋭『第二一駆逐隊』、抜錨準備!>任務#id-A85]]」「[[精鋭『第二一駆』、猛特訓!>任務#id-C17]]」(編成任務は[[初春改二]]・[[若葉改]]・[[初霜改二]]が必須。(([[子日改]]を組み込まないでも達成できるが、その場合、''子日の任務達成ボイスはオミットされる''。)))が追加された。また、同日、バレンタイン限定ボイス、冬イベ決戦ボイスが期間限定で追加された。
-わずか6隻の姉妹ながら、初期から実装されていた姉妹艦は自身も属す第21駆逐隊の4人のみ。第27駆逐隊に属した妹たち2人が実装され姉妹艦全艦が揃うまで10年を要した。姉妹艦が全艦揃った駆逐艦型は順に準同型と言える[[白露]]型、イタリアの[[Maestrale]]級、[[朝潮]]型についで4番目である。((白露・朝潮の両艦とも初春と同じ佐世保海軍工廠が出身地))
-2024年4月23日に[[朧>朧改]]に実装された時報ボイスで初春に言及するようになった。「はるはる」と呼ばれており、トップヘビーな様をからかってきてくる。ちなみに、朧も初春共々佐世保海軍工廠が出身地。
*小ネタ [#neta]
#fold(初春型一覧 &color(Silver){わららの妹たちを紹介するのじゃ};){{
初春型一覧
|CENTER:50|CENTER:50|CENTER:100|CENTER:100|CENTER:|CENTER:100|CENTER:|CENTER:100|CENTER:100|CENTER:|CENTER:100|CENTER:|c
|&nobr{No.};|艦 名|建造所|進水日|順|就役日|順|所属隊&br;(開戦時)|戦没日|順|艦これ実装|順|h
|1|初春|佐世保工廠|1933.2.27|2|1933.9.30|1|一水戦・21駆|1944.11.13|5|2013. 4.23|1|
|2|[[子日]]|浦賀船渠|1932.12.22|1|1933.9.30|1|~|1942.7.5|1|~|~|
|3|[[若葉]]|佐世保工廠|1934.3.18|4|1934.10.31|4|~|1944.10.24|4|~|~|
|4|[[初霜]]|浦賀船渠|1933.11.4|3|1934.9.27|3|~|1945.7.30|6|~|~|
|5|[[有明]]|&nobr{神戸川崎造船所};|1934.9.23|6|1935.3.25|5|一水戦・27駆|1943.7.28|3|2020.7.11|5|
|6|[[夕暮]]|舞鶴工作部|1934.5.6|5|1935.3.30|6|~|1943.7.20|2|2023.3.1|6|
}}
#fold(艤装員長・駆逐艦長){{
艤装員長・駆逐艦長
|CENTER:BGCOLOR(#eeeeee):55|CENTER:BGCOLOR(#eeeeee):210|CENTER:BGCOLOR(#eeeeee):570|c
||艦長氏名(期・本籍)&br;配属期間|他の経歴・小ネタ|
|CENTER:BGCOLOR(#eeeeee):55|CENTER:210|570|c
|&nobr{艤装員長}; &br;初代|田原吉興 少佐(43・東京)&br;&nobr{1933.5.1~7.1(艤装員長)};&br;1933.7.1~35.10.31(艦長)|矢風・太刀風・沼風の艦長を経て初春艤装員長初代艦長。中佐昇進後[[浦波]]艦長、[[青葉]]副長、第11水雷隊司令、大佐昇進後[[狭霧]]たちの10駆司令、29駆司令、[[村雨]]たちの2駆司令、開戦時の[[那珂]]艦長。[[長良]]艦長、[[青葉]]艦長([[大淀]]艤装員長兼務)、[[能代]]艤装員長初代艦長、最期の[[山城]]艦長として浦波艦長としての先任である西村司令共々スリガオ海峡海戦で戦死。少将。|
|2代|丸安金兎 少佐(47・兵庫) &br;1935.10.31~36.12.1|一時[[子日]]艦長を兼務。[[朝風]]艦長、砲艦二見艦長を歴任。中佐昇進後水雷学校副官。|
|3代|吉田正義 少佐(50・山口) &br;1936.12.1~37.12.1|[[春風]]艦長ののち初春艦長。野風・[[江風]]・[[荒潮]]の艦長を歴任。中佐昇進後[[風雲]]艤装員長・初代艦長。大湊警備府参謀兼津軽要塞参謀。大佐昇進後[[第2代43駆>梅]][[司令>榧]]、第2代41駆司令として[[冬月]]に座乗し坊ノ岬沖海戦に参戦。終戦後鳳翔艦長。|
|4代(兼)|新谷喜一 少佐(50・広島) &br;1937.12.1~38.11.15|[[睦月]]艦長ののち子日艦長で初春艦長を一時兼務。[[薄雲]]艦長、中佐昇進後[[谷風]]艤装員長・初代艦長。第24戦隊参謀として開戦を迎える。43年11月大佐。17駆司令として[[磯風]]に座乗し坊ノ岬沖海戦に参戦。磯風自沈処置により[[雪風]]に救助されて生還。|
|5代|前川新一郎 少佐(50・福岡) &br;1938.11.15~39.11.20|初春艦長ののち中佐に昇進し[[白雲]]艦長、[[黒潮]]艦長、兵学校副官、[[谷風]]艦長、横須賀防備戦隊参謀、大島防備隊司令兼第22輸送隊長、沖縄方面根拠地隊参謀。沖縄戦にて戦死、少将特進。|
|6代(兼)|濱中脩一 少佐(51・香川) &br;1939.11.20~40.4.24|主務は[[菊月]]艦長。ついで[[初霜]]艦長。最期の[[山風]]艦長で戦没後大佐特進。|
|7代|横山喜一 少佐(50・高知) &br;1940.4.24~9.27|砲艦安宅砲術長、第7号掃海艇長ののち初春艦長。第三遣支艦隊副官兼参謀。|
|8代|牧野担 少佐(51・愛知) &br;1940.9.27~42.11.15|水雷艇友鶴・鵲の艇長を経て開戦時の初春艦長。中佐昇進後千島方面特別根拠地隊参謀を経て[[沖波]]艤装員長・艦長。沖波大破着底(初春戦没大破着底と同地同日)後水雷学校教官兼研究部員。ポツダム昇進で大佐。|
|9代(兼)|山名寛雄 少佐/中佐(55・広島) &br;1942.11.15~43.5.20|[[朧]]戦没時の艦長で初春らにより助けられ舞鶴工廠で修理中の[[大潮]]・[[霞]]・[[不知火]]・初春の艦長を兼務。兼務解消後は霞艦長として北号作戦で帰国するまで戦い抜き[[冬月]]に乗り換えて坊ノ岬沖海戦に参戦。|
|&nobr(10代(兼));|人見豊治 中佐(50・栃木)&br;1943.5.20~9.10|霞の修理が完了したため今度は同じく舞鶴工廠で修理中の[[巻波]]の人見艦長が兼務を継承。修理後巻波艦長としてセント・ジョージ岬沖海戦にて僚艦大波、夕霧とともに戦死。大佐特進。|
|11代|飛田清 少佐(兵56・茨城)&br;1943.9.10~44.4.1|開戦時は[[北上]]水雷長。初春艦長ののち修理が完了した[[長波]]の艦長に。同職中に中佐昇進。長波戦没時放棄された浜波で一夜過ごした後第7次多号作戦で[[竹]]に救出される。戦後海上警備隊から海上自衛隊、1等海佐としてあさかぜ艦長。|
|12代|長倉義春 少佐(兵60・宮崎)&br;1944.4.1~10.1|開戦時は[[阿武隈]]水雷長。[[利根]]水雷長、早苗艦長、三水戦司令部付、前任は[[文月]]最期の艦長。初春艦長退艦後は横須賀鎮守府付。終戦後隠岐艦長。|
|13代|大熊安之助 少佐(兵60・東京)&br;1944.10.1~11.15(没)|開戦時は[[那珂]]水雷長。前任[[五月雨]]最期の艦長かつ初春最期の艦長でもある。五月雨戦没時に運命を共にする気でいたが同期である[[竹]]の田中艦長の説得に応じ退艦。柳艤装員長艦長。|
}}
-読みは「''はつはる''」である。&size(18){「&color(Red){''はつはる''};」};である。大事なことなので(ry。
頭に巨大な花飾りをつけた天才ハッカーとは何の関係もない。と思われていたが.....。((ヴァイスシュヴァルツの超電磁砲シリーズRG/W13-032「初春のクラスメイト 佐天」およびRG/W26-050「もぐもぐ春上」の効果は「カード名に「初春」を含む」が対象であり、読みが指定されていないので艦これシリーズの初春型4隻すべてが対象カードに含まれる。まさかの作品を超えた邂逅である。))
-艦名はそのまま「春の初め」、転じて旧暦1月や正月の意。&color(Silver){初春、なんぞめでたいのう。};
--余談だが、改マル五計画の計画艦である改秋月型の艦名に「初夏(はつなつ)」「初秋(はつあき)」というのもある(ともに未成艦)。何故か初冬だけ存在しない。
-ロンドン海軍軍縮条約によりこれ以上1,500t以上の駆逐艦を作れなくなったため((初春型に関してロンドン条約を原因に求める言説が多いが、予算の都合上大型であると共に比較的高価な特型よりも安価で小型な駆逐艦を整備することが研究されており、こちらの研究が初春型が構想されたきっかけだとする説もある。))、1,680t(計画値)の特型([[吹雪]]型)より小さい1,400tの船体に特型並みの武装を詰め込もうとした艦。
誕生の経緯は異なるが、[[夕張型>夕張]]と同じようなことを駆逐艦で実現しようとしたとも言える。
3,000t級の船体に5,500t級の装備を積もうとした夕張に比べれば、特型と初春型の排水量差は280t程と少ないものの、無理があることには変わりは無い。
これを実現すべく、造船技師達はさまざまな試案を提示している。
--特型と同等の武装を積もうにも、船体の小型化と後述の魚雷次発装填装置の搭載によって甲板上のスペースは非常に狭くなっていた。
---12.7cm''三連装砲''や[[4連装魚雷発射管>61cm四連装魚雷]]の採用によって主砲塔・魚雷発射連管の基数削減を図る案もあったが実現はしなかった。((4連装魚雷発射管自体は後の[[白露]]型以降の駆逐艦に採用された。))
---最終的に[[主砲>12.7cm連装砲]]は1基を単装砲にして1門減らすことに落ち着くも、なんとかほぼ特型据え置きで実現した…一応。
-で、完成まで漕ぎ着けたはいいが、案の定トップヘビーで、なんと''最初の航海でいきなり転覆しかけて''その生を終えそうになる。
その後友鶴事件が起こったため片っ端から修正されどうにか使えるレベルに落ち着いたのだが、今度は第四艦隊事件が発生。船体の補強に追われたため、最終的な排水量は1,700tを超える条約違反の艦になってしまった。何というオチ。
--なお改装は本当に片っ端からやられたので、''詳しくない人でも一瞬''で改装前後の見分けがつく。というよりもはや別の型と言われても信じるレベル。劇的ビフォーアフター。
&ref(comp.jpg,noimg,改装前と改装後の写真);を見比べてもらいたい。写真上は[[子日]]と初春だが、元はほぼ同じ艦である。知らない人なら10人中10人が、全く別の艦だと思うだろう。
-上記の事情により[[吹雪]]型に対して、ほぼすべての性能で劣る。
主砲6門→5門・魚雷発射管9門→6門、38kt→33kt((但し、吹雪型も初春と同様に補強等の工事で排水量が増加したため速力が低下した。参考値として改装後の響が速力34ktである。))
--特に速力33ノットは艦隊型駆逐艦としてはヤバい、ヘタしたら空母にすら置いて行かれる鈍足。
因みに速力は穏やかな海面での数値(公試値)なので、海が荒れると更に低下する可能性が高い。
一般的に船体は大きい方が波に有利とされるため、特型より小柄な初春型はなおさら不利である。
-もはや兵器どころか船として失敗作のはずだが、なぜか艦これの初期値では吹雪型を超え、しかも簡単に追い越せる。
--なお魚雷発射管は[[九〇式>61cm三連装(酸素)魚雷後期型]]といって、さらに最新の次発装填装置を装備した。
唯一と言っていいレベルではあるが、強化された部分もあったのだ。
---次発装填装置とは、文字どおり、次に発射する魚雷を装填するための装置である。
従来の駆逐艦の場合、魚雷を1回発射したら戦場外の安全地帯に退避して、予備魚雷を1本ずつチェーンで吊り上げ慎重に装填し直す必要があり、大変な時間がかかっていた。
それが、この装置を用いることにより1回目の発射後いわばカセット式に予備魚雷を再装填、数分以内に2回目を発射できるようになった。
初春自身はこれを用いる機会はなかったものの、[[雪風]]らがコロンバンガラ島沖海戦において1回目を発射した後に一旦離脱、次発装填後再度突撃して2回目を発射し、次発装填装置の存在など知る由もない米艦隊を潰滅に追い込んだことが有名である。当該艦隊(軍隊区分「第二水雷戦隊」)に末妹・[[夕暮]]が属していたことは特筆に値する。
---竣工時の初春の魚雷兵装は3連装発射管×3基+次発装填装置というやんごとない装備で、''搭載魚雷数はなんと9+9で18本!''
後の[[陽炎]]型などの甲型駆逐艦(16本)や重雷装と謳われた[[島風]](15本)も顔負けの重雷装である。
が、上述のとおり改装で発射管1つ削られて、3連装発射管×2基+次発装填装置で12本という、無難な線に落ち着いた。まあ何事も普通が一番ってことで。
---この装置を持つ点が注目されたのか、開戦前に酸素魚雷を運用できるように改修されている。
--あと主砲には高性能な[[B型>12.7cm連装砲B型改二]]が採用された。
[[綾波型>綾波]]から踏襲したものだが、小さな彼女にとってはこれも重心上昇の一因になってしまった。
-そんなこんなで残念な性能に終わった初春型は、生産を6隻でキャンセルされた。
--対策として制限を無視して初春型を改装、設計を改め[[有明]]型((改初春型とも。広義では初春型最後の二隻に入る。))、更に[[白露型>白露]]の建造へと移行してゆくわけだが、
それでも能力不足を堪えきれなかった海軍は、ロンドン海軍条約脱退を期に、遂にごまかしようのない2,000t級の[[朝潮型>朝潮]]を計画することとなる。
-良いところのない艦だと思われがちだが、このタイプから厨房のコンロが石炭焚きから重油焚きになっている。格段に扱いやすく、食事の質が良くなったと好評だった模様。
--また機関系だけを見れば、特型以上にエポックメイキングな艦でもあった。
---補機をそれまでの蒸気レシプロ発電機からターボ発電機に切り替え、密閉式給水装置を導入することでボイラーの傷みの原因を排除((レシプロ発電機の潤滑油や給水装置内の空気が熱されて発生する溶解酸素は、ボイラーを傷める大きな原因であった。))。
機関室内に防音・防熱の密閉操作室を設け、機関員の負担を減らす措置が取られていた。
--それ以外にもセルター甲板への操舵室の設置((特型以前では操舵輪が羅針艦橋に設置されていた。))など、後の駆逐艦に受け継がれたものの中には実は初春型から採用になっている機構も多かったりする。
//-また、地味だが大きな改良としては、機関室を左右に仕切る中央縦隔壁の廃止がある。
//--これまで巡洋艦や駆逐艦に一律設けられていたこの縦隔壁は、砲弾などによる軽度浸水に対しては浸水部位を局限できる効能がある一方、
//魚雷などによる大浸水を受けた場合、大量の海水が艦の片方にだけ偏り、転覆につながるという危険性を孕んでいた。
//[[加古]]を始め、日本の重巡洋艦や特型以前の駆逐艦が被雷するとあっけなく転覆沈没してしまった例が多いのはこれが原因とされる。
//トップヘビーで転覆しかけた初春ではあったが、内部に関しては対魚雷の防御を考慮し、大幅な耐久力の向上が図られているのである。
-暑いのが苦手なのは、フィリピンのダバオで[[長良]]に衝突したりマニラ湾で沈んだからなのだが、実は発言中のオルモック突入には成功している。
逆に活躍したと言ってるキスカへの輸送任務では空襲で大破して航行不能(僚艦の[[朧]]は轟沈)になり、助けに来た[[初霜]]と[[若葉]]に曳航されて幌筵に寄港後、舞鶴に帰っている。
-最後は米機動部隊の空襲によって被弾炎上し[[木曾]]や[[曙]]・[[秋霜]]・[[沖波]]((沖波の艦長は初春の第8代艦長))らと共に沈没。
--この時、燃え盛る初春の黒煙が煙幕となって妹の[[初霜]]を覆い隠したため、初霜は敵の空襲から逃れられたという。最後の力を振り絞って残った末妹を守ろうとしたのかもしれない。
--また沈没後、初春乗員たちは初春の残骸から回収した米で最低限の食事は確保できていたものの、妹の[[若葉]]をはじめとした沖合で沈んだ艦の乗員たちは僅かな配給食料のため飢えに苦しみ、栄養失調に陥っていた。この状況を見かねた初春乗員、特に元若葉乗員だった者たちはなけなしの初春の米で握り飯をつくり差し入れ、若葉乗員たちの飢えを救ったという。
-艦これに初期から登場している初春型4隻で第二十一駆逐隊を編成していたが、[[暁]]型4隻の第六駆逐隊と比べると知名度は天と地の差である((全艦が揃うまで10年以上を要した妹たちの第27駆逐隊や彼女らに隊名を譲られた第9駆逐隊に比べればまだ…))……。
--二十一駆は初春亡き後も[[朝霜]]や[[霞]]を編入して菊水作戦に参加。戦争最終局面まで存続し続けた、数少ない駆逐隊である。また、初春歴代艦長には(兼務者を含めれば)坊ノ岬沖海戦に参戦した17駆司令、41駆司令、冬月艦長…と錚々たる顔ぶれが揃っている。
-なお昭和19年4月頃に艦歌として「駆逐艦初春の歌」が作られ、乗員たちに大いに歌われていたという。
航海長落合豊大尉作詞、主計長池上秀高主計大尉作曲。現在1番の歌詞のみが現存している。
''「波濤万里に雲は湧き 御稜威の光さすところ 名も麗しき初春の 勲をつぎて今日も征く」''
--その後、作詞者の落合大尉が第16号輸送艦へと転勤の辞令を受けたときのこと。当時初春は修理中で、落合氏は出港の日を転勤日と決めていた。
いよいよ初春の修理が成り明日は出港という晩、艦長の主催で落合氏の二度目の送別会が艦内で開かれた。
すると、大勢の下士官たちが宴の会場の士官室にやってきた。士官室への下士官兵の入室は禁じられているのに、である。
--彼らは室内に入るなりピシッと姿勢を正すと、一斉に「駆逐艦初春の歌」を合唱し始めたのである。
そして艦長以下、室内の士官たちも皆立ち上がり、この歌声に加わった。初春の仲間たちからの心づくしの贈りものであった。
落合氏は戦後、この時の思い出をこう語っている。
「私はその時もう感動して、思わず涙が出ました。なによりの送別でした。そして明くる日、皆に送られて初春を退艦したのです」
仲間と仲間の暖かな人の和に結ばれた艦、それが駆逐艦初春であった。
-ちなみに二代目で、有明を除く((初代「有明」は春雨型駆逐艦))姉妹艦ともども(旧)神風型に初代を持つ。まあ、この(旧)神風型は32隻も居ただけあって、ぶっちゃけ大半の駆逐艦娘の初代が属しているが……。
※日露戦争直後のグループで、太平洋戦争期の二代目神風型ではないので注意。
-初春の名は海上自衛隊には未だに受け継がれていないが、海上保安庁の巡視艇にはその名が存在した。
--春風型巡視艇(旧・陸軍AB艇)「はつはる(CL-75)」がそれである。後に改造され、あさしも型巡視艇「はつはる(CL-318)」となった。
--なお、あさしも型時代には「[[あさしも>朝霜]]」「[[はつゆき>初雪]]」「[[みゆき>深雪]]」(旧・海軍17メートル内火艇からの改造)と「[[きよしも>清霜]]」(旧・海軍25トン内火艇(砲艇型)からの改造)が姉妹艇となった。
-提督への二人称「貴様」は、海軍的には親愛の呼称である。かの『同期の桜』での「貴様と俺とは同期の桜」のように、近い間柄の相手を呼ぶ場合に用いられる。
陸軍では部下を叱責する時に使うなどで蔑称的な面が強いが、こちらは状況的にも軽い挨拶くらいのものだと思われる(初春は最初だけ「頼みますぞ」と言うので古語の敬称ではないと思われるが、改二やケッコン後のデレ状態でも言うので)。
[[那智]]の場合も、気安いが軽蔑があるわけではないので同じ用法だと思われる。
[[あきつ丸]]の「提督〈殿〉」の逆で、一般的イメージや陸軍と海軍では意味が異なる呼称と言える。
*この艦娘についてのコメント [#comment]
//&color(Red){コメントページ追加作業中です。少々お待ちください。};
#fold(過去ログ){{
#ls(./)
}}
#pcomment(./コメント2,reply,15)