|CENTER:218|CENTER:80|CENTER:80|CENTER:80|CENTER:80|c
|>|>|>|>|~No.076|
|&attachref(./076_2nd.jpg,nolink,初めまして、ねのひ、だよぉ! 艦名、読みづらくなんか、ないよね? ね?);|>|子日(ねのひ)|>|初春型 2番艦 駆逐艦|
|~|>|>|>|~艦船ステータス(初期値/最大値)|
|~|~耐久|16|~火力|10 / 29|
|~|~装甲| 6 / 19|~雷装|27 / 69|
|~|~回避|43 / 79|~対空| 9 / 39|
|~|~搭載|0|~対潜|21 / 49|
|~|~速力|高速|~索敵| 5 / 19|
|~|~射程|短|~運|10 / 49|
|~|>|>|>|~最大消費量|
|~|~燃料|15|~弾薬|20|
|~|>|>|>|~装備|
|~|>|>|>|[[12.7cm連装砲]]|
|~|>|>|>|未装備|
|~|>|>|>|COLOR(GRAY):装備不可|
|~|>|>|>|COLOR(GRAY):装備不可|
|>|>|>|>|~改造チャート|
|>|>|>|>|''子日'' → [[子日改]](Lv20)|
|>|>|>|>|~図鑑説明|
|>|>|>|>|LEFT:丸一計画で建造された、初春型駆逐艦2番艦の子日だよ。&br;初春などの姉妹艦で第21駆逐隊を編成して色々と頑張ったんだよ。&br;なに?潜水艦…?嫌いキライ!|
※初期値はLvや近代化改修の補正を除いた時の数値であり、最大値はLv99の時の最大値を指します。
#fold(CV:小林元子、イラストレーター:彩樹 (クリックするとセリフ一覧が開きます)){{
CV:小林元子、イラストレーター:彩樹
#shadowheader(2,[[定型ボイス一覧>子日/定型ボイス]])
#table_edit(子日/定型ボイス)
~
#shadowheader(2,[[時報ボイス一覧>子日/時報ボイス]])
#table_edit(子日/時報ボイス)
~
#shadowheader(2,[[季節ボイス一覧>子日/季節ボイス]])
#table_edit(子日/季節ボイス)
~
}}
*ゲームにおいて [#game]
-序盤から海域ドロップ・建造のどちらでも入手可能な艦娘。
-ステータスはごくごく平凡。
-[[彩>天龍]][[樹>龍田]][[艦>叢雲]][[娘>初春]]と共通で、「謎の頭のユニット」が''ケモミミ''のように浮いている。
--天龍が猫っぽいのに対し、子日は垂れ耳のような形状。&color(Silver){もっとも「子」にひっかけてネズミっぽく見えるが……。};
-見た目は若干幼く見えるが、実際はそれなりの背丈はある。
-制服は[[姉>初春]]と同じ。ただし姉はネクタイ、子日はリボン。
--そして艦娘でも珍しい''スパッツ艦娘''。明確にスパッツ着用が分かっているのは[[陽炎]]、[[不知火]]、[[黒潮]]、[[荒潮]]、[[天霧]]、[[択捉]]ぐらいである。
-艤装も独特で、右手の連装砲と左手の単装砲は「手首から先をはめ込む」形状になっている。
&color(Silver){そのせいで『ヤツ』っぽいともっぱらの評判…… ヒューッ。};
-本人は時報がやりたいようなのか、[[長波]]の時報では%%やたら暇そうに%%午前0時、午前11時から午後1時辺りにわざわざ来ている。 &color(Silver){実装はよ。};
-2014年11月14日のアップデートで放置ボイスなど複数のボイスが追加・更新された。
-任務 [[「第二一駆逐隊」を編成せよ!>任務#id-A48]],[[「第二一駆逐隊」出撃せよ!>任務#id-B37]]に必要。任務 [[精鋭「第二一駆逐隊」、抜錨準備!>任務#id-A85]]では達成条件に入ってはいないが、子日&color(Red){''改''};を編成に入れておくと任務達成ボイスに子日のボイスが追加される。
&br;
**[[期間限定グラフィック>艦娘カード一覧(期間限定グラフィック)]] [#graphic]
-2016年年始限定で、晴れ着バージョンの母港グラフィックが公開された。
--晴れ着バージョンのグラフィックは立ち絵限定で、カードイラストはそのまま。
他の限定グラフィック同様、限定期間終了後に図鑑に格納された。
--[[着付けたのは初春らしい:https://twitter.com/ayaki_generatio/status/682909702435409920]]
-
#fold(限定イラスト:新春の晴れ着mode){{
限定イラスト:新春の晴れ着mode
&attachref(./076_Nensi_2016.jpg,nolink,新年、あけおめ!ことよろ!なのぉ!本年も、子日をどうぞよろしくだよ?ね?);
}}
*小ネタ [#trivia]
#fold(艤装員長・駆逐艦長){{
艤装員長・駆逐艦長
|CENTER:BGCOLOR(#eeeeee):55|CENTER:BGCOLOR(#eeeeee):210|CENTER:BGCOLOR(#eeeeee):570|c
||艦長氏名(期・本籍)&br;配属期間|他の経歴・小ネタ|
|CENTER:BGCOLOR(#eeeeee):55|CENTER:210|570|c
|&nobr{艤装員長}; &br;初代|植田弘之介 少佐(42・茨城) &br;&nobr{1933.5.20~9.30(艤装員長)};&br;1933.9.30~35.11.9(艦長)|野風(一時波風艦長兼務)艦長を経て子日艤装員長・初代艦長。中佐昇進後[[吹雪]]艦長、13駆司令、子日を含む21駆及び28駆司令兼務、大佐昇進後7駆司令、特務艦(給炭艦)野島艦長(([[朝潮]]が言及する艦。))、15駆司令、日本丸監督官、[[名取]]艦長((前任の名取艦長は武蔵最期の艦長として戦死))。|
|2代|長井純隆 少佐(50/海大甲31・鹿児島or東京) &br;1935.11.9~36.11.2|[[名取]]水雷長、6戦隊参謀を経て子日艦長。在仏武官、中佐昇進後夏潮艦長、4水戦参謀。|
|3代(兼)|丸安金兎 少佐(47・兵庫) &br;1936.11.2~12.1|本務は[[初春]]艦長。[[朝風]]艦長、砲艦二見艦長を歴任。中佐昇進後水雷学校副官。|
|4代|岡本次郎 少佐(50・福岡) &br;1936.12.1~37.12.1|子日艦長ののち[[摩耶]]水雷長、[[響]]艦長、中佐昇進後[[黒潮]]艤装員長・初代艦長。水雷学校教官、第11水雷戦隊参謀。|
|5代|新谷喜一 少佐(50・広島) &br;1937.12.1~39.10.10|[[睦月]]艦長ののち子日艦長。初春艦長を一時兼務。[[薄雲]]艦長、中佐昇進後[[谷風]]艤装員長・初代艦長。第24戦隊参謀として開戦を迎える。43年11月大佐。浦風で戦死した谷井保司令の後任としてかつて谷風の属した17駆司令を継承し坊ノ岬沖海戦に参戦。座乗の磯風戦没時に雪風により救出される。なお、新谷子日艦長時代の航海長が[[梅]]の大西快治大尉(当時。梅艦長時は少佐)。|
|6代|杉岡幸七 少佐(49・広島) &br;193910.10~40.7.10|[[睦月]]艦長・[[三日月]]艦長を経て子日艦長。[[磯風]]艤装員長・初代艦長。中佐昇進後[[狭霧]]艦長(狭霧戦没時の艦長)。修理中の[[大潮]]・[[霞]]・[[不知火]]艦長を経て[[嵐]]艦長としてベラ湾夜戦時に戦死。大佐特進。|
|7代|松本作次 少佐(53・石川) &br;1940.7.10~11.15|在独武官の後子日艦長。中佐昇進後大本営参謀。|
|8代|千本木十三四 少佐(52・群馬) &br;1940.11.15~42.4.20|開戦時の子日艦長。中佐昇進後[[早波]]艦長の発令を受けるも早波が戦没し早波座乗の折田常雄(([[弥生]]・[[敷波]]・[[浦波]]・[[白雪]]・[[吹雪]]・[[雷]]の各艦長、[[浜風]]・[[照月]]の艤装員長・初代艦長、30駆司令を歴任。))32駆司令が戦死たため、[[玉波]]艦長を継承(玉波艦長青木久治中佐が32駆司令を継承)。玉波戦没時に戦死。大佐特進。|
|9代|寺内三郎 少佐(53・石川) &br;1942.4.20~7.5(戦死)|望月艦長ののち子日艦長。7月5日の海戦にて戦死。中佐特進。|
}}
-初見では読みにくいが、彼女の名前の読みは「ねのひ」である。月の最初の子(ね)の日を意味する。
--特に陰暦正月(1月)の子の日は、小松を引き抜いたり若菜を摘んで羹(あつもの)を作ったりして長寿を祈るパーティの日であった。
明るい性格なのも道理か。後に1月7日の人日(じんじつ)や15日の小正月と融合し、節句の一つとして七草粥を食べる習慣が一般化する。
--十二支の最初に来る「子(ねずみ)」は大変めでたい意味があり、例えば十干の最初に来る「甲」と合わせて「甲子」の年(1924年)((60年に一度しか来ない。))に完成した野球場に「甲子園大運動場」と名付けられ、現在の「阪神甲子園球場」として名が残っている。
--先代は神風(I)型の駆逐艦で「[[有明]]」((初代春雨型から。))以外の姉妹も同じ。この頃すでに雅名から採る意向があったようだが、特定の日から名付けられたのは彼女のみである。
--なお、艦名の表記には諸説あり、「子の日」「子ノ日」という表記も見られる。
--当時から[[野分]]と並んで難読駆逐艦名の双璧として知られており、乗艦を命ぜられた新三等水兵は艦種の見当すらつかず当惑したという。
-浦賀船渠で1931年(昭和6年)12月15日起工、1932年(昭和7年)12月22日進水、1933年(昭和8年)9月30日竣工。
--竣工日は姉の[[初春]]と同じ。これは亥(い)の日である。
--ついでに言うと、起工、進水、そして戦没の日いづれも「子の日」ではない。
-初春型と言えばトップヘビーで勝手に転覆しかけるヤバい代物として有名だが、彼女の竣工直後に友鶴事件が起こり妹達([[若葉]]/[[初霜]])は急遽改修されてから生まれた。
従ってオリジナル初春型は彼女と初春の2人だけだったりする。
-初春型四姉妹「[[初春]]」「子日」「[[若葉]]」「[[初霜]]」で史実の第二十一駆逐隊を組める。艦これのラインナップはこれを意識したものかもしれない。
--なお、5番艦以降の2隻([[有明]]、[[夕暮]])は、建造の初期段階で友鶴事件が起きて設計を変更したため、「改初春型」として区別され、「[[白露]]」「[[時雨]]」とともに第二十七駆逐隊を編成していた。
-造船士官にして筋金入りの軍艦マニア、戦後は艦艇研究家として有名になる福井静夫氏が、初めての駆逐艦ぐらしを味わった艦でもある
--出迎えの当直将校は水虫で草履履きで軍帽はヨレヨレ、艦長は休養の間中どこかへ潜航して呑み続け。だらしないようでいて、その艦長が帰艦して艦橋に立つやたちまち見事な名操艦ぶりを見せつける。
福井中尉が船酔いで人事不省になる横で、誰も配置を離れず昼夜連続の人間業と思えない猛訓練をやってのける。野武士のようで、しかし士官室の雑談では誰もが博学多識ぶりを発揮する。
艦長も、先任将校も、どの士官たちもこの上ない好人物で、わずか1ヶ月あまりの乗艦なのに転勤となると乗員総員が舷側に出て帽を振り別れを惜しんでくれる――
「駆逐艦とはまことに楽しい社会である」。たった1ヶ月で福井氏に忘れがたい最高の好印象を植え付けたほど、居心地のいい、素晴らしく雰囲気の良い艦だったようだ。
-開戦前は仏印監視団の特務機関である「西原機関」の無線局という変わった任務についていた。&color(Silver){こちらJGGD、子日だよー。};
-太平洋戦争開戦当初は近海で対潜哨戒にあたっていたが、のちに姉妹揃って南方戦線に振り向けられ、バリ島攻略作戦に参加。
-1942年、ミッドウェー海戦において、陽動として北方のアッツ島攻略部隊(旗艦[[阿武隈]])に姉妹揃って参戦。
同島攻略後もそのまま哨戒任務に就いていたのだが、7月5日潜水艦SS-201「トライトン」の放った魚雷が右舷に命中。艦体が断裂し、約7分で沈没した。
--折悪しく当時は視界1,500メートルという濃霧の中。雷跡を見つけた時にはもう避けようがなかった。
寺内三郎艦長((海兵54期、栃木県出身。))は横転した子日の艦腹に生存者達とともに立ち、「子日万歳」を三唱。
部下たちに救命艇へ乗ることを促しつつ、自身は乗艇を拒否。先任将校以下幹部全員も艦長に倣い、沈みゆく子日と運命を共にした。
ちなみに生存者は救命艇でアガッツ島へ上陸、翌日「!すでのな」こと[[電]]に救助されている。助かったのは下士官兵36人だけだった。
--なお、同年同日、[[霰]]もキスカ沖で米潜水艦により撃沈されている。
---この日付、時報で子日の名前を出してくる[[長波]]の竣工から5日後のこと。つまりあれだけ絡んでおいて''史実では面識がない''。その長波は就役初の任務として戦没した霰の側で瀕死の重傷を追った[[霞]]・[[不知火]]の救援のため横須賀工廠の工廠員や応急資材を積んで18駆の救援に出動している。
--この北方での作戦中、北千島の基地に入港した海防艦に対し「貴艦ハナニユエ本艦二敬礼サレザルヤ」((海軍礼式令では、港や外海で他艦と出会った際には階級の低い方が先に敬礼するように定められていた為。))と電文を送った逸話がある。
駆逐艦は狭義の軍艦(空母や戦艦などの主力)扱いとされず((軍艦とは簡単に説明すると、艦首に菊の紋章をつけた艦の事。))、下に見られる傾向があったのだが、電文を送られた海防艦はその駆逐艦よりも小型な占守型海防艦((海防艦とは元々は自国の沿岸を防御する軍艦の事。))の「[[国後]]」だった。((通常1,000t以下の艦には少佐までの階級の艦長しかいないが、軍艦である海防艦の艦長はそれよりも上の階級の方が務めていた。))((この後、国後はキスカ島撤退作戦にも参加し、終戦まで北方警備の任を無事に務め上げ、戦後の復員輸送にも従事した殊勲艦である。))
しかし、この当時の新規の海防艦は日本と隣接するソ連と洋上会談や交渉を行うために建造された艦(漁業保護用では?)で、菊の御紋が与えられた狭義の軍艦で艦長の階級も中佐((この時の艦長は北村冨美雄大佐。))で子日よりもむしろ格上扱いされていた。
「ワレ国後ナリ」との返信を受けた子日艦長(少佐)は艦種を確認して慌てて謝りに行ったそうな。((国後側は相手艦に大佐がいない事を知っていたため、わざわざすぐ側に投錨した。))
ソ連との漁業協定などで北方に限定して活躍していた彼女らの知名度はあまり高くなかったことが窺えよう。
ただし、記録上はこの時期子日は北千島には行っていない(大湊に進出後、攻略部隊の一隻として出撃してアッツ島へ直行し、以後戦没までアリューシャンで行動)。
-イラストレーターの故・柳原良平氏((トリスウィスキーのイメージキャラクター「アンクルトリス」の生みの親として有名。軍艦も含む船舶全般への造詣が深く、船舶に関する本やイラストを数多く残した。))が自身の目で見ることが出来た2隻の帝国海軍艦艇のうちの1隻でもある((もう1隻は[[日向]]であった。))。
~
-公式4コマ45話の扉絵では頭の謎ユニットの代わりに丸耳を付けた子日が[[吹雪]]・[[卯月]]・[[霰]]と共にお茶会を嗜んで(?)いる。
--元ネタは童話「不思議の国のアリス」に登場する「狂った[[お茶会>金剛]]」(マッドティー[[パーティー>夕立]])。
それぞれ「子日→鼠→眠りネズミ」「卯月→兎→三月ウサギ」「霰→煙突帽→いかれ帽子屋」「吹雪→主人公→アリス」とお茶会に参加する登場人物になぞらえてある。
---ちなみに「狂ったお茶会」には「今日は何日?」(What day of the month is it?)というセリフがあったりする。%%言ったのは帽子屋で意味も「何日」と「何の日」では異なるが%%
-あと、艤装ネタで[[''ヤツ''っぽいネタを振られた艦娘>衣笠改二]]の一番手でもある。&color(Black){やはり左手の単装砲か……};
*この艦娘についてのコメント [#comment]
#fold(過去ログ){{
#ls(./)
}}
#pcomment(./コメント2,reply,15)
//2016-01-01,新規グラフィックにつき一時拡張
//2016-01-04,15に戻した