|CENTER:218|CENTER:80|CENTER:80|CENTER:80|CENTER:80|c
|>|>|>|>|~No.060|
|&attachref(./060_2nd.jpg,nolink,私は愛宕、提督、覚えてくださいね。);|>|愛宕(あたご)|>|高雄型 2番艦 重巡洋艦|
|~|>|>|>|~艦船ステータス(初期値/最大値)|
|~|~耐久|45|~火力|40/ 54|
|~|~装甲|35 / 49|~雷装|24 / 59|
|~|~回避|35 / 59|~対空|18 / 56|
|~|~搭載|6|~対潜|0|
|~|~速力|高速|~索敵|13 / 39|
|~|~射程|中|~運|10 / 49|
|~|>|>|>|~最大消費量|
|~|~燃料|40|~弾薬|65|
|~|~艦載|>|>|~装備|
|~|2|>|>|[[20.3cm連装砲]]|
|~|2|>|>|[[零式水上偵察機]]|
|~|2|>|>|未装備|
|~|>|>|>|COLOR(gray):装備不可|
|>|>|>|>|~改造チャート|
|>|>|>|>|''愛宕'' → [[愛宕改]](Lv25)|
|>|>|>|>|~図鑑説明|
|>|>|>|>|LEFT:高雄型の2番艦、愛宕よ、うふふ。&br;呉海軍工廠で生まれたの。バランスがとれた重武装ボディでしょ?&br;レイテ沖の決戦では、第一遊撃部隊の旗艦として出撃したんだけど……&br;ま、そんなこともあるわよね。|
※初期値はLvや近代化改修の補正を除いた時の数値であり、最大値はLv99の時の最大値を指します。

#fold(CV:東山奈央、イラストレーター:みことあけみ (クリックするとセリフ一覧が開きます)){{
CV:東山奈央、イラストレーター:みことあけみ
#shadowheader(2,[[定型ボイス一覧>愛宕/定型ボイス]])
#table_edit(愛宕/定型ボイス)
~
#shadowheader(2,[[時報ボイス一覧>愛宕/時報ボイス]])
#table_edit(愛宕/時報ボイス)
~
#shadowheader(2,[[季節ボイス一覧>愛宕/季節ボイス]])
#table_edit(愛宕/季節ボイス)
~
}}

*ゲームにおいて [#z94cb41c]
-愛称は%%おっぱい怪獣%%''アタゴン''。ちなみに本人曰く「自前」らしい。
中破絵でも確認できる。&color(Silver){きわめてどうでもいいがノーブ(ry。};
--&color(Silver){さらによく見るとノーp(ry。};
&br;
-愛宕は初期状態の重巡において、姉妹ともども最高クラスのステータスを誇る。
-2つの任務で必要となる。
--[[「第四戦隊」を編成せよ!>任務#id-A21]]
--[[「第四戦隊」出撃せよ!>任務#id-B13]]
//-ドロップでは2-1BOSS以降から登場するようになるが、羅針盤、そして愛宕以外のドロップに阻まれまくるのが難点。
//2-4-1や3-2-1といった経験値稼ぎのお世話になるMAPでも登場するため、そちらから狙うほうがよいと思われる。
//2期移行に伴いドロップ情報をコメントアウト
-姉の[[高雄]]共々、改造・改修後の''耐久と%%火力・%%雷装は重巡カテゴリの中で最高値を誇り、装甲も二番手''に位置する。
--ちなみに妹分の[[摩耶]]は対空特化と言う強みを持っているので、そちらも知っておくといいかも。
--2013/10/16のアップデート以前は、火力が重巡カテゴリの中では二番手(純粋な重巡のみなら最高値)だった。
重巡の上方修正によって装甲は[[利根型>利根]]に若干差をつけられてしまった。
--2014/01/15のアップデートにより重巡が再び強化。愛宕自身も強化はされたが、火力トップの座は妹の摩耶と鳥海に譲ることとなった。

**キャラクター設定について [#cfd1b9eb]
-「\パンパカパーン/」((「ぱんぱかぱーんっ!」は声帯の人のアドリブから生まれた言葉とのこと(艦娘型録のインタビューより)。))や胸部装甲の印象がとても強いが、実能力も優秀な部類。
--ちなみに後述のボイス追加以降「\パンパカパーン/」がさらに進化(?)して「ぱんぱかぱかぱかぱかぱかぱーん♪」とも言うようになった。派生系(?)で「ぱんぱか、ぱかぱーん♪」というのもある。
---アニメ版では満面の笑みでこのセリフを言いながら勢い良く両腕をあげていた(その際にお約束として胸部装甲が派手に揺れていた)。本人的には挨拶や決め台詞みたいなもののようだ。
-姉の[[高雄]]と共に永らく、ケッコンカッコカリ以外のボイスやグラフィックの新規追加要素が無かった。
しかし2015年11月26日の公式ツイッター発言で、高雄愛宕に[[12月7日(のち8日に変更)のアップデートでクリスマス期間限定ボイスを実装予定:https://twitter.com/KanColle_STAFF/status/670041559178457088]]な事が発表された。&color(Silver){やっと…やっと……。};
更に続報で、[[補給・放置ボイスも追加実装予定:https://twitter.com/KanColle_STAFF/status/670780243435720704]]な事も発表された。%%この実装により、サービス開始当初からグラフィック・ボイスの追加がない艦は[[青葉]]のみとなる。%%
--そして追加された期間限定ボイスの数々では、提督に大胆に好意をぶつけている様子が見て取れる。たまに高雄の嫉妬を買ってはたかれることも。
*小ネタ [#cfd6742c]
-書類上では[[高雄]]型2番艦なのだが、起工は同時で愛宕の方が先に竣工しているので実は最初の高雄型だったりする。そのため高雄型ではなく[[愛宕]]型と呼ばれたりすることも。&size(10){ちなみに帝国海軍はこのパターンが異様に多い。};
-名称の由来は京都の「愛宕山」であり、高雄型重巡は三代目となる。
--初代は明治時代の摩耶型砲艦3番艦で、姉妹艦は摩耶・鳥海・赤城。日清・日露戦争に参戦し、1904年に渤海湾口の廟島群島・隍城島で座礁・沈没した。
--二代目は[[赤城]]と同じ「天城型巡洋戦艦」として建造されるも、軍縮により進水を迎えることなく解体された。
--「愛宕」と名の付く山は日本各地に存在しており、その殆どが、京都の愛宕山頂にある愛宕神社(霊験は防火防災)の分霊を祀る神社があることに由来する。ゲーム「久遠の絆(及びそのリメイク作品)」において、最終決戦の舞台となったのもこの京都の「愛宕山」である。京都の他には、[[鉄道唱歌>https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%89%84%E9%81%93%E5%94%B1%E6%AD%8C]]に歌われた東京都の愛宕山が有名所だろうか。
--この「愛宕」も現在の「あたご」も艦内神社は京都の愛宕神社から分祀を受けている。
-本人曰く「バランスがとれたボディ」だが、実物の写真をみるとナイスバディの''それ''のごとく艦の中央に艦橋が聳え立っている。
--だが、その''大きなモノ''が実際の提督たちにも好評だったらしい。歴史上でも旗艦になった回数がやたら多く、''史実でも提督たちの嫁''。それも[[霧島]]だの[[大和]]だの戦艦たちを差し置いてである。
---これは理想の第二艦隊旗艦にするべく「前の艦([[妙高]]型)より艦隊指揮能力を高めたい」という要求があり、艦橋を煙突の一部に乗せて覆うように拡大し、そこに指揮設備を設えたためである。
この構造はバイタルパート(装甲を施す必要のある部分)を縮められ、艦を軽量化しやすいメリットもあった。
結果、床面積は妙高の三倍に。&color(silver){何ということでしょう!};しかし実際には兵員の休憩室や用途不明の様々な倉庫にされ、ろくに使われない場所も多かったとか。
--なお、竣工時はさらにデカかった。果たして各国の造船技術者から酷評された挙句、心配されたとおり実戦([[第一次ソロモン海海戦>雑学#Solomon]])で[[鳥海]]が艦橋に直撃弾を食らっている。
--こういう経緯があってかあらずか、「''演習には便利だが実戦には不向き''」と評されることに。
---ただ城塞のような重厚な見た目とは裏腹にペラペラな部分が多かった。ところどころペコンペコンするので士官が驚いたという話も。
薄くしておけば軽く安く作れるだけでなく、砲弾が当たっても炸裂する前に貫通するのでかえって被害を抑えられるという思想からであるが、やはり重量は嵩み妙高型と比べて航行時の安定性は悪かったという。
---被弾面積の大きさは、確率論に基づく命中の危険性に直結している。
また大きくなくても直撃弾を食らった艦は[[結構>青葉]][[ある>最上改]]が、もし彼女らの艦橋も高雄型並に大きかったら、非装甲区画かつ中枢施設の大型化という命中率とは別の危険性で、より大きな被害を被っていた可能性が高くなってしまう。
---結局、第四艦隊事件のあと問題視されるようになり、[[妹>摩耶]][[たち>鳥海]]のように艦橋は小さくされ、後代の[[最上]]型や[[利根]]型に至っては随分コンパクトにされている。
--しかし'''現代人から見ると違和感は覚えない'''。デザインに関してはむしろ相当カッコイイ。&color(Maroon){主観的記事です悪しからず};
薄々気づいている提督は多いと思われるが…そう、''高雄型の艦橋は現代でいうイージス艦の[[それ>https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/7/75/DDG173_JDS_Kongo.jpg]]にそっくり''なのである! …というかイージス艦「こんごう」は建造中、ジェーン海軍年鑑に「高雄型」と書かれてたりする。
現代は長距離からの誘導兵器が主流のため艦橋がでかいかどうかは被弾率にあまり関係なく、運用上の利便が取られるということもあるが、とにかくある意味早すぎた運用思想とデザインといえる。
---なおカッコイイと感じるのは外国人も同じらしく、高雄型は海外でも人気がある。
---それどころか戦前でも一般大衆に人気があった。[[長門]]型や[[赤城]]の次くらいに(世代によっては古い長門型よりも)人気の艦で、[[海軍の新兵募集ポスター>https://kitakyushu-heiwa.com/exhibit/boshu-poster/]]にも艦橋部分を撮った写真が採用されている。
---しかしながら批判が無かった訳でもない。イタリア海軍の重鎮造船官、[[プリエーゼ中将>プリエーゼ式水中防御隔壁]]は「漫然と現場からの要求をまとめただけで、確固とした信念がないようだ」と評価した。事実、現場からの要求を吸い上げて可能な限りぶち込んだのだから、反論しようがない。
-先代と比べ居住性も改善された。特に居住区の通風について念入りに設計されたこともあり、エアコンこそ無いものの真夏でもよく眠れる船だったという。
--ただ、前述のとおり艦橋の中に煙路が通っていたため、その周りの部屋は常に灼熱地獄だったらしい。
--その灼熱地獄の部屋を割り当てられたのが、巡洋艦戦隊の司令部の偉いさんたち。栗田健男提督がレイテ沖海戦で愛宕を旗艦にすることを渋った理由の一つかも知れない。
-食事も美味しかったらしく、開戦直前の昭和16年の9月から12月の間、わずか3ヶ月で乗員は平均420グラム太っていたという。
開戦直前の忙しい上に神経を使う時期に、平均でこれだけ太るというのは相当なことである。&color(silver){これが[[フルーツポンチ>https://posfie.com/@hirataitaisho/p/Ov6Wg2j]]?美味しいわね!};
--実は、高雄型では厨房設備が抜本的に近代化されており、新開発の''最新鋭万能調理装置''が備え付けられていた。烹炊兵たちも張り切るというものである。
--ただし、この調理装置はいささか凝り過ぎであったため、簡略型が龍驤に装備され、これが後の海軍標準型となる。
-本人が大きいと主張する(燃料)タンクは言うほど大きくない。改装後の重油搭載量は[[鳥海]]・[[摩耶]]より少ないし、重巡で一番多いのは[[利根]]・[[筑摩]]。
それどころか[[''あのフルフラット軽空母''>龍驤]]のほうが重油搭載量が多い。%%彼女が言っているのはいわゆるミルクタンクのことでは。%%
-愛宕では「阿多古新聞」と題した艦内新聞が発行されていた。内容は主に海外放送によるニュースの摘録と乗組員の寄稿。
最終号には、電信室の人々が東京放送の短波受信や特別ニュースを提供したり、主計科の人々が本務の外に一時間余りの印刷作業を引き受けたりといった協力への感謝が綴られ、愛宕乗組員にとって新聞発行の努力と優先度は相当に高かったようだ。
姉の高雄でも、新聞最終号では艦長と副長の連名で新聞関係者を「慰安に記録にあらゆる方面において活躍貢献した功績を本艦が優秀なる成績を挙げ得た一因なり」と称える挨拶が寄稿されているほどである。
-摩耶・鳥海より雷撃値が10高いのは、高雄と愛宕は艦橋の工事と同時に大改装が施され、8門→16門と雷撃力が上がっているのが元。
--ちなみに摩耶も戦時の防空強化改装の際に雷撃力の強化も行っており、摩耶改二の雷装は高雄・愛宕を上回ることになった。

-夜の戦いは得意らしいが、史実では夜戦が得意なのは鳥海であって、[[第三次ソロモン海海戦>雑学#Solomon]]では
最近の研究によると対サウスダコタでも高雄と2隻がかりの砲撃で霧島の倍以上の命中弾を与えた…
との説もあれば霧島1隻の命中弾数に負けている説もあったりとちょっと怪しいところもあったり、
彼女がぶっぱなした魚雷は%%先っぽ%%信管が敏感すぎたため早爆、攻撃に失敗と致命的なやらかしをしていたり((なにしろ射点も発射タイミングも完璧、そのまま命中すれば最低でも戦艦ワシントン大破は間違いなかったのだが…水雷科員が「当たったら絶対炸裂するように」と要らぬ気遣いをして信管を敏感に調整し直してしまった結果のことだった。酸素魚雷の設計者は戦後このことを聞いて、信管感度の調整機能をつけてしまったことを心底悔いたという。))と鳥海と比べるとはっきり言って微妙。
%%つまり夜の戦いとは戦闘のことではないようだ。ということはやっぱり……?%%
--ただしゲーム内では鳥海より夜戦に強く全艦中最強クラス。……だったのだが、改二実装された鳥海がやっぱり昼夜最強の重巡ということに。

**戦歴 [#k4936c71]
-1932年3月に竣役。姉妹達の竣役を待って12月に妙高型4姉妹と入れ替わる形で第四戦隊に編入。以後幾度かの改編はあったものの第四戦隊は愛宕以下高雄型重巡洋艦で構成され、第二艦隊の基幹戦力として開戦を迎えた。
--書類上は彼女たちが最後の重巡。最上や利根は主砲を換装しただけで、本来は[[15.5cm砲>15.5cm三連装砲]]装備の軽巡扱いだった。
--歴代艦長には開戦時の第三艦隊司令長官だった高橋伊望(2代)を始め、開戦時の軍令部次長で、坊の岬沖海戦時の第二艦隊司令長官として大和と運命を共にした伊藤整一(6代)、第六戦隊司令官としてサヴォ島沖海戦で戦傷死した五藤存知(7代)、レイテ沖海戦時の第二艦隊参謀長の小柳冨次(13代)、父は日露戦争時の軍令部次長で第三水雷戦隊司令官なども務める伊集院松治(14代)など錚々たる顔ぶれである。

-1933年の横浜沖での特別大演習での観艦式では姉妹4隻そろってお召艦[[比叡]]の供奉を務めるという栄誉を得ている。1936年には陛下の江田島行幸でのお召艦となり、神戸から江田島への往復をしている。
--尚東京から神戸までは比叡がお召艦を務めており、江田島からの帰着後も陛下は比叡に乗り換え、翌日の神戸沖観艦式を迎えている。
---映画「火垂るの墓」で主人公の清太の思い出に出てくる観艦式はこの時の観艦式である((但し原作では1935年10月とされている。しかし1935年に観艦式は行われておらず、恐らく原作者が1年間違えたものと思われる))。但し映画では[[摩耶]]が参列したかの様になっているが、実際には参列しておらず、同型の愛宕と[[鳥海]]が参列している。

-1938年より高雄と共に近代化改修工事を受ける。主だった改装内容は大きすぎると評された艦橋の小型化(それでも改装後の艦橋は他の重巡洋艦よりも巨大だった)と、後檣を第二煙突傍から後方の第四砲塔傍への移設と、それに伴い水上機格納庫を廃して航空甲板を設けて水上機を露天駐機にしたこと、魚雷発射管を連装4基から4連装4基に強化し、酸素魚雷を搭載した事等である。
--摩耶と鳥海は1941年から改装を受ける予定だったが対米関係の悪化から改装を見送られ、竣役時のままの状態で開戦を迎えた。

-開戦時は第四戦隊の旗艦であり、夜戦部隊である第二艦隊の旗艦も兼務していた。姉妹のうち鳥海が仏印進駐に合わせて設立された南遣艦隊の旗艦となって離れており、高雄、摩耶の3隻で編成していた。
--第四戦隊は近藤信竹第二艦隊司令長官座乗のもと、南方部隊の基幹戦力となり、第三戦隊第二小隊の[[金剛]]、[[榛名]]、駆逐艦10隻を率いて、マレー侵攻により来襲すると思われるイギリス東洋艦隊への備えとして南シナ海に展開していた。しかしイギリス東洋艦隊は南方部隊との接敵前に航空部隊の攻撃で壊滅し、愛宕らと交戦する事はなかった。

-以後愛宕らは東南アジア全域を駆け回り、日本軍の南方進出を支える。4月になって漸く任を外れて内地に帰投するが、横須賀停泊中の18日にドゥ―リトル隊による東京空襲に晒される。幸い愛宕に被害はなく、直ちに出撃して米機動部隊を追撃したが、敵は既に撤退しており接敵する事は無かった。

-ミッドウェー海戦では鳥海と一時的にタッグを組み、第5戦隊や第3戦隊、第4水雷戦隊などを率いて攻略部隊本隊を構成し、南雲機動部隊の後方から進撃する。しかし結果は待ち伏せされた機動部隊は壊滅し、またしても愛宕らは交戦することなく撤退する事になる。

-1942年8月になると米軍がガダルカナル島に侵攻。愛宕は戦艦[[陸奥]]らと共に直ちにトラック諸島に進出。8月24日、第二次ソロモン海戦に前衛部隊旗艦として参加するが、空母同士による航空戦に終始したので愛宕に交戦の機会は無かった。

-10月には南太平洋海戦で再び前衛部隊旗艦として参加する。この際大破漂流する米空母を捕捉撃滅するべく前進し、漂流する米空母「ホーネット」を発見し、これの撃沈に貢献している。
-11月には9月に行われた「ヘンダーソン飛行場砲撃」を再度実施すべく前進部隊は第11戦隊などと共にガダルカナル島に向かう。先行した第11戦隊基幹の挺身部隊は12~13日にかけての夜戦で遭遇した米巡洋艦部隊を壊滅させるも[[比叡]]、[[夕立]]、[[暁]]を失い撤退、前進部隊に合流する。
--突入を継続する前進部隊は第11戦隊生き残りの[[霧島]]と共に再びガダルカナル近海に侵入する。ここで部隊は米海軍新鋭戦艦「ワシントン」「サウスダコダ」他駆逐艦4隻の部隊と遭遇、[[綾波]]の活躍もあり護衛の駆逐艦4隻を壊滅させるが、続く戦艦2隻との交戦でサウスダコダに損害を与えるも別路にいたワシントンからの攻撃で霧島が大破し突入自体は失敗する。霧島は翌日に沈んだ。
---この際旗艦だった愛宕は高雄と共にワシントンへの反撃として酸素魚雷による雷撃を実施している。しかしスラバヤ沖海戦と同様、信管過敏により命中直前で全弾が早爆してしまい、戦果を挙げる事は出来なかった。もし早爆していなかったらワシントンを仕留めていた可能性もあった。

-その後愛宕は内地に戻るも、1943年1月にはガダルカナル島撤収作戦の支援に参加。そしてトラック諸島で作戦行動を続ける。この間第二艦隊司令長官が近藤信竹中将から栗田健男中将に替わり、愛宕沈没まで損傷による撤退時を除いて将旗を愛宕にあげる事になる。
-11月に米軍がブーゲンビル島に上陸を開始し、ブーゲンビル島の戦いが始まる。古賀峯一連合艦隊司令長官は第二艦隊の大規模投入を決意し、愛宕は姉妹4隻揃って前進拠点のラバウルに進出する。これに第7戦隊、第8戦隊、第二水雷戦隊など第二艦隊貴下の艦艇が多く従い、ラバウルに久々の大規模艦隊が集結したが、その時ラバウル基地の南東方面艦隊所属駆逐艦達が、連日のようにあった空襲に備えて立錨のまま即時待機していたにもかかわらず第二艦隊は入港後すぐに天幕を張り舷梯を下ろすなど最前線ではなく平和な後方と同じ気分であったようである。
--果たして艦隊到着から僅1時間後((もちろん偶然などではなく暗号解読による))、米第38任務部隊の空母[[サラトガ>Saratoga]]、プリンストンによるラバウル空襲が始まる。ラバウルを基地とする各艦はすばやく港外に脱出して対空戦闘を開始したが第二艦隊所属艦はどれもが損害を被り、愛宕も至近弾3発を受け、艦長の中岡信喜大佐以下、多くの犠牲者を出してしまう。結局艦隊は大破して直ぐに動くことが出来なくなった摩耶を除いて全艦が撤退し、愛宕は内地に戻って修理する羽目となった。この事態を招いた第二艦隊司令長官の責任は不問となった。

-修理を終えた愛宕は再び前線に戻り第二艦隊旗艦に返り咲く。1944年6月にはマリアナ沖海戦に前衛部隊旗艦として参加、しかし海戦は空母3隻と航空機の殆どを失う大敗北に終わる。

-[[レイテ沖海戦>雑学#Leyte]]ではそれまでの空母機動部隊の前衛という役割から第二艦隊は外れ、敵攻略部隊撃滅の任を帯びた第一遊撃部隊(通称栗田艦隊)の旗艦になっていた((第二艦隊司令部は指揮能力のより高い[[武蔵]]を旗艦にしたかったのだが拒否された、その結果は…。))が、出撃翌日の23日黎明、米潜水艦ダーター(Darter:SS-227)による雷撃を受け4本の魚雷が命中し、わずか20分で沈没した。これがレイテの悲劇が始まるきっかけとなる。敵からも大モテだったらしい。
--愛宕ちゃんに乗っていた第二艦隊司令部が大和さんに移された結果、大和の戦闘艦橋には、右側に栗田健男長官を中心とする第二艦隊司令部が、左側に宇垣纒司令官の第一戦隊司令部が陣取り、異様な空気が漂ったという。
--自己紹介では「ま、そんなこともあるわよね」と流しているが、公式4コマ12話((コミック1巻収録。))では味方の[[潜水艦>伊168]][[達>伊58]]の挨拶に対し、''凄む''[[摩耶]]の後ろで無言のまま彼女らを''威圧する''という、けんもほろろな返答だった。
--同時に高雄も被雷し大破し後に撤退、程なく摩耶も被雷し轟沈。第四戦隊の高雄型4姉妹は一瞬にして鳥海を残して全滅してしまう。その鳥海も2日後のサマール沖海戦で大破し夕刻に沈没しており、この海戦で高雄型は高雄を除いて全滅するという悪夢を見る事になる

-戦前発行された艦内新聞では、すでに擬人化キャラ[[「アタ子さん」>http://acj.sblo.jp/article/101896342.html]]が存在していた模様。

-出撃時の台詞である「ヨーソロー」とは航海用語で船を直進させるという操舵号令のひとつであり、漢字で宜候(よう・そうろう)と書く。
--ちなみに今の海上自衛隊でも使われており、そこでは「了解」や「問題なし」の意味で復唱されている。
---もちろんそれだけではなく、海軍でも自衛隊でも某スクールア◯ドルでも他にさまざまな使われ方をしているので興味がある提督方は調べてみるとどうだろうか?(号令一つとっても奥が深いのである。)

**愛宕の魂、イージス艦へ [#e4380338]
-現在は海上自衛隊のあたご型護衛艦「あたご(DDG-177)」としてその名前が受け継がれ、こちらでは同型艦に「[[あしがら>足柄]](DDG-178)」がいる。こんごう型に次ぐイージスシステム搭載の誘導ミサイル搭載護衛艦(イージス艦)であるが、こんごう型のイージスシステムが改修されたため、こちらは若干システムが古くなっている。
予算が下り次第、あたご型のイージスシステムも順次改修予定となっている。(27,28DDGと同じく最新のベースライン9相当、BMD5.0を搭載し、通常防空(AAW)とミサイル防衛(BMD)を両立するIAMDシステムになる。[[あきづき>秋月]]型4隻打ち切りの真相はここにあったのである。)
この四代目にあたる「あたご」は第3護衛隊群第3護衛隊に所属し、[[ひゅうが>日向改]]や7護隊の[[みょうこう>妙高]]ともども舞鶴基地を母港としているが、3護隊の司令部そのものは大湊基地に置かれる(7護隊の司令部は舞鶴)。
--一方でこんごう型では離発着の対応のみだった、ヘリの艦載に対応(加えてTACAN等の搭載)、艦隊指揮機能や居住性も強化したため、戦後の戦闘艦で初めて満載1万t(推定)に達することとなった。米軍のタイコンデロガ級巡洋艦より大きく、韓国の世宗大王級(満載10,290t)就役までは世界最大のイージス艦であった。
--ちなみに、最終的に「あたご」と命名された艦名の候補として、「[[ながと>長門]]」と「[[ゆきかぜ>雪風]]」も上がっていたが、いずれも見送られている。((大戦期の象徴だったことによる大きすぎるネームバリュー、近隣諸国への配慮、山岳名で統一したこんごう型との兼ね合いなど、理由は諸説あるが真偽は不明である。「ながと」は22DDH(いずも)の際も艦名候補に挙がったがこれも見送られた。)) ((「ゆきかぜ」は過去に初の国産護衛艦・はるかぜ型の2番艦の名に用いられたことがある。))
--尚、あたご型は「あしがら」に続く2隻の追加増備((27DDG,28DDG予定、先行の27DDGは2018年進水、2020年就役が見込まれる))が決定しており、全4隻のシリーズとなる予定である。このうち27DDGは「[[まや>摩耶]]」、28DDGは「[[はぐろ>羽黒]]」に決定した。&color(grey){是非「[[残る>高雄]][[二隻>那智]]」も復活させてあげてください。};
---と、おもったらまや型はあたご型の基準排水量7,700トンから、8,200トンに拡大されるっぽい。
-なお先代の「アタ子さん」同様、あたごにも乗組員による[[擬人化キャラ>https://livedoor.blogimg.jp/lovelive2015-kantai/imgs/d/d/ddd56362.png]][[(元の記事)>https://web.archive.org/web/20160826134025/http://kancolle-news.com/archives/2015_0806_dd106_samidare.html]]が存在する。これも愛宕の伝統なのか…

**参考資料・書籍 [#n34e513d]
-'''「愛宕」奮戦記―旗艦乗組員の見たソロモン海戦''' 小板橋孝策 光人社NF文庫

*この艦娘についてのコメント [#wed7a416]
#fold(過去ログ){{
#ls(./)
}}

#pcomment(./コメント7,reply,15)