|CENTER:218|CENTER:80|CENTER:80|CENTER:80|CENTER:80|c
|>|>|>|>|~No.073|
|&attachref(./073_2nd.jpg,nolink,雷よ!かみなりじゃないわ!そこのとこもよろしく頼むわねっ!);|>|雷(いかずち)|>|暁型 3番艦 駆逐艦|
|~|>|>|>|~艦船ステータス(初期値/最大値)|
|~|~耐久|15|~火力|10 / 29|
|~|~装甲|6 / 19|~雷装|27 / 69|
|~|~回避|42 / 79|~対空|12 / 39|
|~|~搭載|0|~対潜|20 / 49|
|~|~速力|高速|~索敵|5 / 19|
|~|~射程|短|~運|10 / 49|
|~|>|>|>|~最大消費量|
|~|~燃料|15|~弾薬|20|
|~|>|>|>|~装備|
|~|>|>|>|[[12.7cm連装砲]]|
|~|>|>|>|未装備|
|~|>|>|>|COLOR(gray):装備不可|
|~|>|>|>|COLOR(gray):装備不可|
|>|>|>|>|~改造チャート|
|>|>|>|>|''雷'' → [[雷改]](Lv20)|
|>|>|>|>|~図鑑説明|
|>|>|>|>|LEFT:スラバヤ沖海戦では駆逐艦電と一緒に協力して、沈没した敵艦隊の生存者の救助に当たったのよ。&br;ただ強いだけじゃ、だめだと思うの。&br;ね、司令官!|
※初期値はLvや近代化改修の補正を除いた時の数値であり、最大値はLv99の時の最大値を指します。

#fold(CV:洲崎綾、イラストレーター:やどかり (クリックするとセリフ一覧が開きます)){{
CV:洲崎綾、イラストレーター:やどかり
#shadowheader(2,[[定型ボイス一覧>雷/定型ボイス]])
#table_edit(雷/定型ボイス)
~
#shadowheader(2,[[時報ボイス一覧>雷/時報ボイス]])
#table_edit(雷/時報ボイス)
~
#shadowheader(2,[[季節ボイス一覧>雷/季節ボイス]])
#table_edit(雷/季節ボイス)
~
}}

*ゲームにおいて [#u316c0f6]
- 性能面では駆逐艦の標準レベルで特筆すべき部分は無いが、第六駆逐隊に関する''7つ''の[[任務]]で必要となる。&br;うっかり解体したり近代化改修に使ってしまったりしないよう気を付けよう。
-- 『「第六駆逐隊」出撃せよ!』の任務は一度達成しても再出現するというバグが報告されている。&br;放置しても特に問題は無いが、再び報酬を貰いたいなら彼女達を手元に残しておくと良い。 2014-01-05 (日) 18:11:20にて発生を確認。
- カードの振り仮名が通常時は「いか''ず''ち」だが中破時の振り仮名が「いか''づ''ち」になっている。
--「いかづち」の「づ」は歴史的仮名遣い(旧仮名)であり、現代仮名遣いでは「いかずち」となる。
些細な違いだが、この違いを「 読み仮名 」として混同する人が非常に多い。&br;現在は現代仮名遣いに基づいた「いかずち」が正しいようだが、「当時の艦名」を重視するなら「いかづち」が正しいといったところか。
---なお改造後の振り仮名は「いかずち」に統一されている。
--第二期移行とともに修正されたようだ。

-2015年10月9日より開催の、「秋の秋刀魚祭り」イベントにおける期間限定任務のテキスト内容が明らかに彼女の台詞そのものである。
「もっと収穫しなきゃ!」「確保しなきゃ駄目よ!」「もっと頑張ってもいいのよ!」といった具合に司令官を鼓舞してくれる。
--これは、同イベントにおける秋刀魚30匹入手の報酬アイテム「艦隊大漁旗」の製作者が彼女であることからも間違いない。
なお、大漁旗の製作者は雷となっているが、実物を見ると明らかにもう一人ある子の手が加えられている模様。&color(Silver){なのです!};
--ちなみに、同年2月に行われた菱餅イベントでは妹の[[電]]と思しきテキスト内容だった。「~集めるのです!」
容姿といい浴衣デザインといい、本当にどこまでもそっくりな姉妹である。

&br;
**[[期間限定グラフィック>艦娘カード一覧(期間限定グラフィック)]] [#e9243117]
-2015年9月25日のアップデートで「司令官への期間限定ボイス」と浴衣姿の「秋季限定グラフィック」が実装された。
--秋季限定グラフィックは立ち絵限定で、カードイラストはそのまま。
他の限定グラフィック同様、限定期間終了後に図鑑に格納された。
--大うちわを振り回すお祭り娘仕様。かわいい。
--「Ⅲ」のバッチの様なものはおそらく「特Ⅲ型駆逐艦」を示しているのだろうか
--&color(White){しかしボイスに関しては季節感が全くないため、没になったケッコンカッコカリ後の母港ボイスを流用した疑惑が持ち上がっている。};
-
#fold(限定イラスト:秋季限定Ver.){{
限定イラスト:秋季限定Ver.
&attachref(./073_Autumn.jpg,nolink,"雷、司令官のためにもっともっと働いちゃうね! えっ、嬉しいの?");
}}
-
*小ネタ [#a3f8c4e3]
#fold(略歴){{
略歴
|CENTER:BGCOLOR(#752100):COLOR(#ffffff):40|CENTER:BGCOLOR(#cb8347):40|BGCOLOR(#cb8347):600|c
|1930|3.7|浦賀船渠で起工|
|1931|10.22|進水|
|1932|8.15|竣工|
|~|11.15|[[響]]・[[電]]と共に第6駆逐隊を結成|
|1933|3.4|昭和三陸地震救援のため電と共に釜石へ派遣される (参考:響竣工は3.31)|
|~|11.15|[[第2艦隊第2水雷戦隊>神通]]所属|
|1937|7.28|[[第2艦隊第4水雷戦隊>木曾]]に転籍|
|~|10.20|第4水雷戦隊ともども支那方面艦隊に転籍|
|1938|4.19|第4水雷戦隊解散。横須賀鎮守府予備艦となる|
|1939|11.15|[[第2艦隊第4水雷戦隊>那珂]]所属。第10駆逐隊の解隊に伴い[[暁]]が第6駆逐隊に編入|
|1940|11.15|[[第1艦隊第1水雷戦隊>阿武隈]]に転籍|
|1942|1.9~|[[第2水雷戦隊>神通]]に加勢する形でメナド攻略作戦に参加|
|~|2.17|航行中であった米軍潜水艦を撃沈((シャーク(USS Shark、SS-174)。ただし異説が存在する))|
|~|3.1|スラバヤ沖海戦。英軍重巡洋艦エクセター、英軍駆逐艦エンカウンター、米軍駆逐艦ポープ[[を>江風]][[共>妙高]][[同>那智]][[撃>羽黒]][[沈>足柄]]|
|~|3.2|[[電]]と共同でエクセター、ポープの生存者計422名を救助、蘭軍病院船オプテンノールに引渡す|
|~|5.20|北方部隊所属|
|~|5.29|アリューシャン作戦に参加|
|~|6.12|[[響]]が空襲で大破、長期修理に入る|
|~|7.5|米軍潜水艦((グロウラー(USS Growler、SS-215)))の襲撃を受け[[霰]]が戦没、[[霞]]・[[不知火]]が大破。雷は霞の曳航にあたる|
|~|8.5|[[電]]に霞の曳航を託し幌筵島を出発|
|~|8.8|銚子近海で座礁事故を起こす|
|~|8.11|大破修理中の[[響]]の代艦として薄雲(未実装)を第6駆逐隊に編入|
|~|8.28|第3艦隊に転籍となり薄雲は第21駆逐隊に転出|
|~|10.14|陸軍兵士1129名をガダルカナル島に輸送|
|~|11.2|ガダルカナル島への鼠輸送に従事|
|~|11.12|第3次ソロモン海戦。[[暁]]を失い、雷も大破し死傷者76名を出す|
|~|11.27|横須賀に帰投し修理。13mm連装機銃1基を増設|
|1943|1.28|~|
|~|1.30|北方部隊に編入|
|~|3.22|アッツ島沖海戦に参加|
|~|3.30|幌筵海峡で荒天のため[[若葉]]と衝突、艦首圧壊|
|~|4.1|[[第1艦隊第11水雷戦隊>龍田]]所属|
|~|4.11|横須賀に帰投、修理|
|~|4.30|~|
|~|5.20|輸送任務中に米軍潜水艦((ポラック(USS Pollack、SS-180)))に襲撃され、輸送船が被雷沈没|
|>|>|CENTER:BGCOLOR(#752100):COLOR(#ffffff):以降1944年4月まで船団護衛・輸送任務に従事|
|1944|4.13|米軍潜水艦((ハーダー(USS Harder、SS-257)))に雷撃され戦没。艦長以下238名全滅|
|~|6.10|除籍。同日をもって第6駆逐隊解隊|
}}
#fold(艦長){{
艦長
|CENTER:BGCOLOR(#752100):COLOR(#ffffff):55|CENTER:BGCOLOR(#cb8347):150|BGCOLOR(#cb8347):300|c
|第1代((艤装員長))|大藤正直 中佐|1931年12月1日~ ? |
|第2代|佐藤慶蔵 中佐|1932年5月14日~1932年8月15日(艤装員長)|
|~|~|1932年8月15日~1932年11月15日(艦長)|
|第3代|手束五郎 少佐|1932年11月15日~1934年11月1日|
|第4代|伊集院松治 少佐|1934年11月1日~1935年11月21日|
|第5代|則満宰次 中佐|1935年11月21日~1937年12月1日|
|第6代|竹内虎四郎 少佐|1937年12月1日~1938年12月1日|
|第7代|柳川正男 中佐|1938年12月1日~ ? |
|第8代|戸村清 少佐|1939年8月1日~1940年10月15日|
|第9代|折田常雄 少佐|1940年10月15日~1941年11月1日|
|第10代|工藤俊作 少佐|1941年11月1日~1942年8月27日|
|第11代|前田実穂 少佐|1942年8月27日~1943年10月25日|
|第12代|生永邦雄 少佐&br;→(&color(Red){中佐};)|1943年10月25日~1944年4月13日戦死|
}}
- [[暁]]型(特III型)3番艦。[[吹雪]]型(特型)だと23番艦の雷(いかずち)よ!かみなりじゃないわ!そこのとこもよろしく頼むわねっ!
暁型の3番艦だけど、一番最初に竣工したの。そういう意味では私が一番お姉さんなのかしら?でも、拗ねちゃうから[[暁]]には内緒よ? ねぇ、司令官? ……あれ? 聞いてるー?
- どこかで私のことを''「ダメ提督製造機」''って呼んでる人がいるみたい。
うちの司令官のどこがダメ男なのか問いただしてやりたいわ。
-- 他の艦娘に比べて、提督に気を使った台詞やデレた台詞が極めて多いため、ついたあだ名が''ダメ提督製造機''。実際可愛い。
-- 「司令官」→「お兄ちゃん」の脳内変換もバッチリ決まる、元気系妹キャラでもある。つまり可愛い。
--幼い容姿と溢れる母性から、某雑誌では「雷はわたしの母になってくれるかもしれなかった女性だ!」と「雷…… 私を導いてくれ……」、という、どこぞのマザk……げふげふ……赤い彗星の劇中最後の台詞が使われる事となった。
--そして昨今、''まさかの[[ライバル>夕雲]]が登場''。片や世話焼きおかん、片や甘々お姉さん。&color(Silver){%%被害は拡大の一途をたどっている%%};
---そして[[さらなるライバル>浦風]]も登場。磯風改の時報によると料理も出来るとの事。&color(Silver){もうこの3人いればいいや。};
--ただ「秋刀魚祭り」における上記の言い回しや、新造艦娘を早速実戦投入するという台詞から、提督や他の艦に対してもいつも甘やかしてばかりではなく、ここぞというときは叱咤するスパルタおかんな一面もあるとの声も。
---実際、本来想定していたのは''勝ち気でツンツンした性格''であり、それを踏まえた一連の台詞から、担当の洲崎氏は「性格のきつい子と嫌われないか心配だったので、寧ろロリおかんと(好意的に)真逆の反応を受けたのは想定外だった」と「艦娘型録」上で述べている。
- もしかして私と[[妹>電]]を間違えたりしてない?……へ?間違えてたの?ひどーい!
でも、誰にだって艦違いはあることよ!
-- 電とは同じ第六駆逐隊に属していたこともあり、郵便物の誤配は日常茶飯事。郵便物の交換会が頻繁に行われていた。想像してみよう、すっごく可愛い。
-- 妹の[[電]]におぶさって''&ref(raiden.jpg,noimg,雷電);''というネタがあるが、勿論そんな改造は出来ない。できたら二乗可愛い。
---[[お空飛んじゃうという>雷電]]可能性も無きにしも非ずだが。
---なお、日本海軍にはかつて本当に[[「雷電」>https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%9F%A0%E7%AB%9C%E4%B8%B8]]という軍艦がいた。
1877年に北海道開拓使から移籍した艦であり、元の名前は幕府軍艦「蟠龍」。
戊辰戦争時の箱館湾海戦で装甲艦を含む6隻の政府軍艦相手に単艦奮戦、逆に政府軍艦「朝陽」を返り討ちにした武勲艦である。
--両者は等しくカミナリのことだが、字義として雷は音を、電は光を強調したものである。((電の「申」の語源は稲光そのものであり、雷の「田」は複数の稲光が重なり(畾=田)、迸る様に由来する。))英語ではこれが区別されて分かりやすい。((カミナリの音は「雷鳴」や「カミナリめいた音の響き」、すなわち「Thunder」。カミナリの光は「稲光」「イナズマめいた一瞬の閃光」、すなわち「Lightning」と英訳される。因みに、AE86で有名な双子もLevin:稲光,Trueno:雷鳴である。という事はトレノはレビンよりおs(げふんげふん)…!&color(Silver){上位互換で「のぞみ」が来るかも知れない。(東海道新幹線の列車名公募で「いなづま」が3位になったのは内緒なのです!)};))
---世界的に「雷」「稲妻」は艦名としてはかなりメジャーな部類であり、同じ意味を持つ艦は世界に点在する。
有名どこでは現在も残存するポーランド海軍の[[「ブリスカヴィカ(ポーランド語で稲妻)」>https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%82%AB%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%82%AB_(%E9%A7%86%E9%80%90%E8%89%A6)]]など。
--ちなみに読みである「いかず(づ)ち」は鬼、オロチ、荒神等の猛々しい霊的存在を意味する「厳つ霊」を由来とする。強い光と轟音を発する自然現象であるカミナリが、それらと同一視されたわけである。
-手に持っているのは錨よ。暁型の錨は、艤装から取り外せるのよ、すごいでしょ?&color(Silver){%%猫ではない%%};
-- 錨の重量は駆逐艦でも数トンはある。にもかかわらずこの笑顔。超可愛い。
-- 余談だが、彼女の錨を構えるポーズはメジャーリーガーのイチロー選手を彷彿とさせるが、彼女の進水日である10月22日はイチロー選手の誕生日である。
-支那事変の時の司令は伏見宮博義王大佐なの。第六駆逐隊司令艦として長江方面の警備に行ったわ!
この時は人買い船を拿捕したり、伏見宮司令の指示で貰い物の七面鳥を飼ったり((後に間宮さんの手で上野動物園に送り届けられた))、伏見宮司令がお風呂に入ってるところを下士官や兵士が覗いたり、面白いことが色々あったのよ。
--この支那事変時の第六駆逐隊珍エピソードの数々は『第七駆逐隊海戦記』に詳しい。

#fold(''「敵兵を救助せよ!『雷』の敵兵救助」''){{
''「敵兵を救助せよ!『雷』の敵兵救助」''
-[[スラバヤ沖海戦>雑学#H]]では、「エクゼター」「エンカウンター」「ポープ」を撃沈する大活躍だったのよ!
次の日、''工藤艦長''の指示で、[[電]]とともに沈没した敵艦隊の生存者の救助に当たったの。
''ただ強いだけじゃ、だめだと思うの。ねっ、司令官!''
-- 重巡洋艦[[妙高>妙高]][[型>那智]][[姉>足柄]][[妹>羽黒]]、駆逐艦「[[山風]]」、「[[江風]]」と共に、英重巡洋艦「エクセター」、英駆逐艦「エンカウンター」、米駆逐艦「ポープ」を撃沈している。
-- 翌日、単艦行動中に、漂流した敵兵を発見し、潜水艦の潜む危険な海域であったが、艦長の判断で乗員422名を救出している。
「雷」艦内では、日も暮れ始める頃にはすっかり両軍兵士達は打ち解け合ってしまっており、私物の物々交換等が盛んとなり、「艦内軍規を厳守せよ」と指示が出された事もある。
その後、丁重に持て成された英海兵達は、日本に掌握されていたオランダの病院船「オプテンノート」に捕虜として引き渡された。
-- この指示を下した''「雷」''の駆逐艦長''「工藤俊作」''は、艦内での鉄拳制裁を禁じるなど非常に温和な人柄だったが、決断力もあり、些細な事にはこせこせしない豪胆な人物であった。
''「兵の失敗は、やる気があってのことであれば決して叱るな」''と口癖のように言っており、見張りが流木を敵潜水艦の潜望鏡と誤認した際も、その注意力を褒めたという。
上記の人柄からか、乗員からの信頼は厚く、「オヤジ」や「大仏」という渾名が付けられたほど。
「雷」の優しい性格は、彼の影響が大きいのかもしれない。
---工藤艦長は子供の頃、日露戦争の蔚山沖海戦にて日本艦隊指揮官であった上村彦之丞提督が撃沈したロシア巡洋艦「リューリク」の乗員を救助した逸話を歌った歌「上村将軍」を聞いて育ったという。
敵兵救助はあるいは工藤艦長自身が上村提督の精神を尊敬したがためにとった行動なのかもしれない。

//手元のソースは2014年7月放映のありえへん∞世界のみなので、補足をお願いします。
--- 工藤艦長は、異動によって「雷」を去り、1942年8月に、駆逐艦「[[響]]」艦長に就任。護衛任務等を行った後、同年12月に内地勤務となる。1944年11月から体調を崩し、翌年3月15日に待命となり終戦を迎えている。
--- 「雷」沈没時、すでに退艦していた彼は、乗員全員が犠牲になった事への自戒の念から、この話を生涯家族にも黙して語らなかったと言われる。
遺族がこの話を聞いたのは、助けられた元イギリス海軍士官からである。
-- 当時「エンカウンター」の乗組員であった元英海軍中尉「サミュエル・フォール」は、この救命救助行為を''「武士道の実践」''と称賛。恩人である工藤艦長の消息を求めて来日した。
しかし当時は工藤艦長の消息を誰も知らず(艦長自身は1979年に死去)、残念ながら再会する事は叶わなかったが、後に墓所が判明して再度来日した際、救助の際に乗り組んでいた当時の同艦元航海長とともに墓前で感謝の思いを伝えた。
この来日によって、今まで語られる事のなかった工藤艦長と雷の活躍は、書籍やテレビドキュメンタリーになるなど、一般にも広く知られるようになった。
--尚、触れられる機会は少ないが、この時は雷以外の艦艇も敵兵を救助している。
雷と一緒に救助活動を行った電の他、第五戦隊の那智・羽黒・江風・山風、第二水雷戦隊の雪風も同様に敵兵救助を行っており、翌日には第三艦隊司令長官の正式な救助命令により別働隊の妙高・足柄ら(雷はこの別働隊の所属)も救助を行っている。
--なお、1933年(昭和8年)3月の[[昭和三陸地震の際には救援のため「電」と共に釜石から盛へと急行>http://tsunami-dl.jp/newspaper/IwateNippouS8/IwateNippouS8_March07_3#section-959ad4887beb9bb36f279b14eda49f64]]している。
}}

- ガダルカナル島作戦では、私と[[電]]、[[暁]]が参加したわ。[[響]]はキスカでの怪我のせいで参加できなかったのが残念だけどね。
でも第三次ソロモン海戦第一夜戦で、暁は……。
そして私も被弾で砲塔・給弾薬室・機銃台等を滅茶苦茶にやられたけど機関部は無事で全力航行できたから、何とか帰投することはできたわ。
-- この後、私は修理のために横須賀に回航されたの。電は残って[[霧島]]さん達と第二夜戦を戦ったのよ。

-修理が終わった後、私は[[電]]とアッツ島沖海戦に参加したんだけど、所属する第五艦隊が消極的な戦闘ばっかりだったため、遠距離からの砲雷撃戦を行っただけで戦果はなかったわ。
電の方は輸送船護衛のために戦場を離れてたから、戦闘には参加しなかったし。((戦力では日本側が優勢だったといわれ、ミスをやらかしまくったあげくに消極的姿勢で敵を逃した事に対して電は激おこの戦闘詳報(報告書)を提出している))
--帰投した時に、[[若葉]]と衝突しちゃったのよね…。私も[[電]]のことを笑えないわ。
---とはいえ荒天下での停泊中に起きた走錨((強い波浪や強風の影響で停泊中の船舶が錨を引きずったまま漂流し始める現象。2004年の帆船海王丸座礁事故の原因))事故なので、どちらかと言うと天災に近い。
---下記で紹介している「特型駆逐艦『雷』海戦記」によると、長く南方で戦っていた雷の乗組員たちはアッツ島の寒さに辟易し、さらに支給された防寒着がノミだらけだったため士気が著しく低下していたらしい。そのため事故の際には''「修理だ! 内地へ帰れるぞ!」''と大喜びする者も多かったという。
---ちなみにこの時の艦長は前田実穂少佐((異動先は[[磯風]]艦長。なお、相方の電の当時の艦長は寺内正道少佐。異動先は[[雪風]]艦長。つまり、2人揃って坊ノ岬沖海戦に参戦している。))だったが、上述の海戦記では前任の工藤艦長と比べてボロクソに批判されており、事故の際も''「責任は艦長が取ればいい」''とまで言われていた。実際に有能な人物ではなかったようで、この後も見張り員からの「灯台が見える」という報告を無視したために艦を座礁させている。その後乗組員の懸命な努力の末離礁して内地へ帰還、修理に入った。

#fold(''「駆逐艦『雷』の最期」''&color(Red){※閲覧注意};){{
''「駆逐艦『雷』の最期」''&color(Red){※閲覧注意};
- 最後は独りで潜水艦を倒しに行って、そのまま…… だけど、最後まで頑張ったの。本当よ?
-- 1944年4月13日、船団護衛中にグアム島の西で船団が潜水艦の雷撃を受けたため、単独で対潜掃討に向かって以降、消息が途絶える。状況から、敵潜水艦に撃沈されたものと判断された(轟沈時のセリフはこれに由来すると思われる)。
-- 戦後、米軍側の記録から、米潜水艦ハーダー(Harder/SS-257)の雷撃を受け、沈没していた事が判明。乗員全員が戦死と記録された。(「全員戦死」とされた7隻のうちの、1隻である)
工藤艦長は既に退艦していたが、共に敵兵を救助した乗員の多くは、「雷」と共に海底へと沈んだ。
---乗員全員戦死の理由は沈没直後に搭載していた爆雷が海中で爆発したため。
-- ハーダーの潜水艦長「サミュエル・D・ディーレイ」は、軍の報告書にこう記している。
「"Expended four torpedoes and one Jap destroyer!" (訳:4本の魚雷と1隻のジャップの駆逐艦を消費した!)」 &color(Silver){多くの乗員の命を乗せた雷は、消耗品である魚雷と同等の扱いをされてしまった事になる。 };
こうして、''敵兵救助''という''「武士道」''を実践した彼女は、その艦歴を閉じたのである。
--- しかも当のハーダーにも「''[[吹雪]]型の[[電]]''」と認識されていたというオチがついてしまった([[電]]の戦没は翌月の5月であるため、「雷」で間違いない)。最期まで取り違えられっぱなしである。
//リンク切れにてコメントアウト。
//---上記の「ハーダー」艦長による報告書はこちらの175ページに公表されている
//  http://issuu.com/hnsa/docs/ss-257_harder?e=1149954/2641895
//  「雷」撃沈時の絵図も描かれているので、興味があるのなら読もう
--なお、ハーダーは雷撃沈から約4ヵ月後の1944年8月に、ダソル湾口沖にて[[第二十二号海防艦]]に撃沈された。
例のディーレイ艦長を含めた乗組員も全員戦死したとされている。

//無関係ではないが雷の小ネタというより、ハーダーやディーレイ氏の小ネタなのでコメントアウト。
//↑彼女の最期に関連しているのだから無関係ではないし、荒れやすいネタなのは分かるが臭いものに蓋というのはどうなのか、公式でもこのゲームを機会に史実にも興味を…的なことを言っていたと思うし、戦争の無情さというものも戦争の一側面のはずです。
//↑復活するにあたって、中立的な表現になるように修正し、折り畳みました。
}}

- ちなみに、「雷」の名前を持つ艦は私で二代目。雷型駆逐艦一番艦「雷 (初代)」は、日本海軍初の駆逐艦で、イギリスで生まれたの。日露戦争でも活躍したのよ!
初代でも、電とは姉妹艦だったの。何度生まれ変わっても、いつも私達は一緒なのよ!
--なお、最期は大湊港に停泊中、機関部への漏水による水蒸気爆発で爆沈。
旅順港外で触雷沈没の初代「暁」、函館沖で機帆船と衝突し沈没の初代「電」と、何故か第六駆逐隊の先代は妙に運のない最期を迎えている艦が多い。
-- 特型駆逐艦全体を姉妹と考えれば、[[朧]]・[[曙]]・[[漣]]とも再び姉妹になったと言える。&color(Silver){霓(にじ)……誰のことかしら?[[(Wikipediaに記事が新設されたっぽい。)>https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9C%93_(%E9%9B%B7%E5%9E%8B%E9%A7%86%E9%80%90%E8%89%A6)]]};
--なお、この初代雷が日本海海戦で掲げた栄誉の軍艦旗は記念として彼女に受け継がれ、工藤艦長が乗員たちに日米開戦を告げる際にも掲揚されていた。
- 三代目でも電と一緒だったの。もちろん私がお姉さんね。しかも!私がネームシップだったのよ!(いかづち型護衛艦「いかづち」「いなづま」)。 &color(Silver){起工は私が先だったけど、進水や就役は妹が先だったのはナイショ…};
私にぴったりのコンパクトボディー((基準排水量1,070t))が可愛いでしょ。 &color(Silver){私の魅力はどう?};
--姉妹は私と電の2人だけだったけど、主機が異なる準同型姉妹の「あけぼの」と一緒に創設期の海自の中核を担って頑張ったの!((量産性や推進主機の比較をするため、ディーゼル推進のいかづち型2隻と、準同型で蒸気タービン推進のあけぼの型1隻が建造され、後続の小型護衛艦(乙型警備艦)についてはディーゼル推進が採用されるようになった))
---余談だが、戦後に継承された艦名は、当然のように現代仮名遣いに直されてるが、「いか''づ''ち」と「いな''づ''ま」だけは現代に至るまで旧仮名遣いをそのまま採用している。
- 現代では、むらさめ型護衛艦7番艦「いかづち(4代目)」として頑張ってるわ。
あのソマリア沖にも出動して、仲間たちと一緒にたくさんの民間船舶を守ったのよ!
今も、そしてこれからもずっと[[電(いなづま)>電]]と一緒よ!! &color(Silver){なぜか私のほうが妹になってるけど?};
-- 四代目は近代ミサイル兵装やステルス化の影響で歴代「雷」に比べて一気に大型化している((基準排水量4,550t、二代目の約3倍に達し、一部の旧軍軽巡洋艦をも上回るサイズとなっている。))。&color(Silver){オトナの魅力満載の私もどうかしら?}; 
-- 上記のフォール氏が来日し、自衛隊の観艦式に出席した際、 防衛庁の計らいで「雷」の名を受け継いだ同艦が搭乗艦に充てられた。
--もし基地で四代目の彼女を探したい場合。艦首の番号が107([[イオナ]])と覚えると分かりやすい。
--映画「亡国のイージス」では架空のミサイル護衛艦「[[うらかぜ>浦風]]」役として出演したことも。!&color(gray){単なるやられ役?ひどーい!!};

- 駆逐艦「雷」に関する書籍として、『敵兵を救助せよ!』(草思社・惠隆之介著)及び、『特型駆逐艦「雷」海戦記』(光人社・橋本衛著)がある。
--特に、『特型駆逐艦「雷」海戦記』(旧題:奇蹟の海から)は、アッツ島作戦後に退艦し、戦死を免れた乗員による手記で、救助の模様はもとより、下士官視点での駆逐艦生活を活写した名著。彼女を愛す提督としては押さえておきたい一冊である。
---この手記には、駆逐艦生活における貴重な楽しみとして「お汁粉」が度々登場する。これをもとに、ファミ通のイラストコラムでは、お汁粉を食べている雷のイラストが描かれた。
- 「艦娘型録」の声優インタビューで担当声優の洲崎綾(すざき あや)は、''「雷を轟沈させちゃいまして」''とコメントしていた。&color(gray){ひどーい!!};
-雷が付いた航空機は私だって負けてないわ。有名どころはP-47 Thunderbolt、F-105 Thunderchief、そしてA-10 Thunderbolt IIよ((ちなみにA-10の開発にはスターリンに「ソ連人民最大の敵」と言われたハンス・ウルリッヒ・ルーデルが設計顧問として参加している。))。&color(Silver){え?一番人気は変ちくりんなA-10ですって?};
*この艦娘についてのコメント [#f9df2551]
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