|CENTER:218|CENTER:80|CENTER:80|CENTER:80|CENTER:80|c
|>|>|>|>|~No.074|
|&attachref(./074_2nd.jpg,nolink,電の本気を見るのです!);|>|電(いなづま)|>|暁型 4番艦 駆逐艦|
|~|>|>|>|~艦船ステータス(初期値/最大値)|
|~|~耐久|15|~火力|10 / 29|
|~|~装甲|6 / 19|~雷装|27 / 69|
|~|~回避|42 / 79|~対空|12 / 39|
|~|~搭載|0|~対潜|20 / 49|
|~|~速力|高速|~索敵|5 / 19|
|~|~射程|短|~運|10 / 49|
|~|>|>|>|~最大消費量|
|~|~燃料|15|~弾薬|20|
|~|>|>|>|~装備|
|~|>|>|>|[[12.7cm連装砲]]|
|~|>|>|>|未装備|
|~|>|>|>|COLOR(gray):装備不可|
|~|>|>|>|COLOR(gray):装備不可|
|>|>|>|>|~改造チャート|
|>|>|>|>|''電'' → [[電改]](Lv20)|
|>|>|>|>|~図鑑説明|
|>|>|>|>|LEFT:スラバヤ沖海戦で撃沈した敵艦の乗員の救助に努めた後、&br;キスカ、ソロモン、ニューギニア、アッツ島など、各戦域を転戦しました…&br;頑張ったの…です…。|
|>|>|>|>|~開始時選択画面の説明|
|>|>|>|>|LEFT:電(いなづま)は、優しくて穏やかな性格の艦娘。&br;慌てんぼうで、よく人とぶつかってしまう一面も。&br;長身で素敵な女性を目指して、毎朝牛乳を飲んでいる。|
//5/28に無断削除されていたのを差し戻し
※初期値はLvや近代化改修の補正を除いた時の数値であり、最大値はLv99の時の最大値を指します。

#fold(CV:洲崎綾、イラストレーター:やどかり (クリックするとセリフ一覧が開きます)){{
CV:洲崎綾、イラストレーター:やどかり
#shadowheader(2,[[定型ボイス一覧>電/定型ボイス]])
#table_edit(電/定型ボイス)
~
#shadowheader(2,[[時報ボイス一覧>電/時報ボイス]])
#table_edit(電/時報ボイス)
~
#shadowheader(2,[[季節ボイス一覧>電/季節ボイス]])
#table_edit(電/季節ボイス)
~
}}

*ゲームにおいて [#c0b24f5c]
-開始時に選べる初期艦娘([[吹雪]]、[[叢雲]]、[[漣]]、電、[[五月雨]])の内の一人。
-駆逐艦としては標準的な能力であるが、ある[[任務>任務#id-A10]]を達成するために必要な艦のひとつである。このため、初期艦娘に選ぶと建造/ドロップ待ちの点で若干効率が良いかもしれない。
-手に持っている魚雷はどうやら''自分の魚雷発射管から引き抜いた''1本のようだ。バットの代わりにでもするの…?
--因みに八年式魚雷と仮定しても2.4トン。文面通りに受け取った場合[[姉>雷]]共々ものすごい怪力である。%%まあ今更だけどね。%% 
&color(Silver){電はこれでも5万馬力なのです!出力自慢の戦車さん?30輌束になってても、綱引きは電が勝っちゃうのです♪};
-長身で素敵な女性を目指すため、毎朝牛乳は欠かさない。
ゲーム開始時の初期艦選択画面でしか見られない情報なので忘れられがちである。
-艦名が『旧仮名遣い』でそのまま記載されてる、唯一の艦娘だったりする。
現代仮名遣いでは「いなずま」と書かれることが多いが、内閣告示によれば''どっちでもいい''ということになっている。
--語源をたどれば「&ruby(いなづま){稲妻};」なので当たり前に「づ」が正しかった。
その後「2語に分解しにくいものは『ず』で書いても『づ』で書いてもよい」となり、「&ruby(いなづま){電};」は分解しづらいとしてどっちでもよくなった((反例として、「新妻」は2語に分解できるので「にいずま」でなく「にいづま」と書くことになっている。))。
//無断編集を繰り返す場合、管理掲示板によって規制されますのでご注意ください。
-[[暁]][[型>響]][[4>雷]][[隻>電]]は第六駆逐隊としての編成・出撃任務がある他、2015年3月27日のアップデートで新任務「第六駆逐隊対潜哨戒なのです!」も追加された。後者はなぜか電の口調を思わせる任務名称となっている。
2015年05月29日のアップデートで第六駆逐隊としての編成・出撃任務がさらに追加されたが([[暁改二]]が必須)、こちらの出撃任務『「第六駆逐隊」対潜哨戒を徹底なのです!』も電口調である。
--同じく5月29日のアプデで「[[比叡]]」「[[霧島]]」「[[長良]]」「[[暁]]」「[[雷]]」「電」の6隻での編成・出撃任務が追加された。出撃任務の「海上突入部隊、進発せよ!」はかなりの難易度のため、十分な練度が欲しい。
--電口調類似の任務は、2015年02月23日から2015年03月13日の期間限定でアイテム「菱餅」を10個集める任務「桃の節句:『菱餅』を沢山集めるのです!」というものもあった。こちらは電など第6駆逐隊が必須というわけではなかった。&color(Silver){多くの提督を苦闘させた菱餅集めといい、ルート固定ができない駆逐艦のみでの1-5ボス到達といいなかなかにきつい任務である。};
--第6駆逐隊としての任務 [[「第六駆逐隊」を編成せよ!>任務#id-A10]],[[新編「第六駆逐隊」を編成せよ!>任務#id-A53]],[[「第六駆逐隊」出撃せよ!>任務#id-B12]],[[「第六駆逐隊」対潜哨戒なのです!>任務#id-B42]],[[「第六駆逐隊」対潜哨戒を徹底なのです!>任務#id-B45]]
--それ以外の任務 [[海上突入部隊を編成せよ!>任務#id-A52]],[[海上突入部隊、進発せよ!>任務#id-B44]]

&br;
**[[期間限定グラフィック>艦娘カード一覧(期間限定グラフィック)]] [#g901abb9]
-2015年9月25日のアップデートで「司令官への期間限定ボイス」と浴衣姿の「秋季限定グラフィック」が実装された。
--秋季限定グラフィックは立ち絵限定で、カードイラストはそのまま。
他の限定グラフィック同様、限定期間終了後に図鑑に格納された。
--&color(White){ボイスに関しては季節感が全くないため、没になったケッコンカッコカリ後の母港ボイスを流用した疑惑が持ち上がっている。};
-
#fold(限定イラスト:秋季限定Ver.){{
限定イラスト:秋季限定Ver.
&attachref(./074_Autumn.jpg,nolink,"あっ…あの…っ、司令官、はい…");
}}
*小ネタ [#k506bd94]
#fold(略歴){{
略歴
|CENTER:BGCOLOR(#FFEA00):45|CENTER:BGCOLOR(#FEF263):45|BGCOLOR(#FEF263):700|c
|1930|3.7|藤永田造船所において「第58号艦」の名で起工|
|~|3.15|「電」と命名|
|1932|2.25|進水|
|~|11.15|竣工、横須賀鎮守府籍。第6駆逐隊([[響]]/[[雷]]/''電'')編制。電は司令艦となる|
|~|12.1|第1予備駆逐艦となる|
|1933|3.4|昭和三陸地震救援のため雷と共に釜石へ派遣される (参考:響竣工は3.31)|
|~|11.15|[[第2艦隊第2水雷戦隊>那珂]]所属|
|1934|6.29|演習中に[[深雪]]と衝突。深雪は沈没、電は艦首喪失(2艦あわせて6名死亡)。第6駆逐隊司令艦を[[響]]に継承|
|~|9.20|修理完了|
|1935|2.28|有明湾を出港中、操舵ミスにより停泊中の[[旗風]]の艦首に衝突する|
|1936|―|性能改善工事を実施。公試で34.5ktを記録|
|~|12.1|横須賀警備戦隊・第2予備駆逐艦に編入|
|1937|7.28|[[第2艦隊第4水雷戦隊>木曾]]編入|
|1938|4.19|第4水雷戦隊解散。横須賀鎮守府第3予備駆逐艦となる|
|~|12.15|警備艦兼練習駆逐艦となる|
|1939|6.22|沖島(機雷敷設艦)らと共にマーシャル諸島の調査にあたる|
|~|11.15|特別役務駆逐艦となる。第10駆逐隊より[[暁]]を第6駆逐隊に編入|
|~|11.25|[[第2艦隊第4水雷戦隊>那珂]]再編・編入。予備駆逐艦となる|
|1940|11.15|[[第1艦隊第1水雷戦隊>阿武隈]]所属|
|1941|12.4|香港攻略戦に参加|
|~|12.26|第2次リンガエン湾上陸船団護衛|
|1942|1.9|メナド攻略作戦支援|
|~|1.20|輸送船『仙台丸』と衝突|
|~|1.21|[[明石]]に横付けし応急修理を実施|
|~|1.29|馬公に回航|
|~|1.30|馬公工作部において修理(~2.17)|
|~|3.1|スラバヤ沖海戦に参加。撃沈した英軍重巡洋艦エクセターの乗員376名を救助、蘭軍病院船に引き渡す|
|~|3.26|日本に帰投|
|~|4.15|三菱横浜船渠において修理(~5.18)|
|~|5.22|横須賀を出港|
|~|7.5|米軍潜水艦トライトンに撃沈された[[子日]]の生存者36名を救助|
|~|8.15|米軍潜水艦グロウラーに雷撃され大破した[[不知火]]を曳航し片岡湾に入港|
|~|8.28|第3艦隊配属|
|~|11.9|ヘンダーソン飛行場攻撃に参加|
|~|11.12|第3次ソロモン海戦(第1夜)。[[暁]]及び第6駆逐隊司令・山田勇助大佐を失う|
|~|11.14|第3次ソロモン海戦(第2夜)に参加|
|~|11.18|トラック泊地に帰投|
|~|11.20|ラバウル泊地に進出|
|~|11.23|[[早潮]]が空襲により被弾炎上。電らが乗員救助をしたのち[[白露]]が砲撃処分|
|~|11.28|ラバウル泊地に帰投|
|~|12.16|マダン攻略作戦に参加|
|1943|1.2|被爆損傷した[[涼風]]を護衛|
|~|4.1|[[第11水雷戦隊>龍田]]所属|
|~|>|CENTER:BGCOLOR(#FFEA00):以後1943年12月ごろまで船団護衛に従事|
|~|12.27|[[飛鷹]]・[[龍鳳]]を護衛しトラック泊地を出港|
|1944|1.2|呉に帰投|
|~|3.18|タウイタウイ近海において哨戒中の米軍潜水艦ガンネルに遭遇、爆雷投下により撃退|
|~|4.10|呉工廠で整備を行う。[[25mm機銃>25mm単装機銃]]2基を増設|
|~|5.9|マニラに進出|
|~|5.14|油槽船護衛中に米軍潜水艦ボーンフィッシュに雷撃され戦没。艦長以下169名戦死|
|~|6.10|除籍。同日をもって第6駆逐隊解散|
}}
#fold(艦長一覧){{
艦長一覧
|CENTER:55|165|CENTER:85|250|CENTER:60|c
|~代|~氏名|~海兵期・本籍|~在任期間|~兼任職|
|BGCOLOR(#FFEA00):&nobr{艤装員長 };|BGCOLOR(#FEF263):平塚四郎 中佐((開戦時は予備役入りしており、応召士官として大戦後期に[[雲鷹]]、[[葛城]]と空母艦長を歴任。[[天城]]艦長として終戦を迎えた。))|BGCOLOR(#FEF263):40/東京|BGCOLOR(#FEF263):1932年03月01日 - 1932年11月15日|BGCOLOR(#FEF263):―|
|BGCOLOR(#FFEA00):第1代|~|~|BGCOLOR(#FEF263):1932年11月15日 - 1934年11月01日|~|
|BGCOLOR(#FFEA00):第2代|BGCOLOR(#FEF263):有賀幸作 中佐((開戦時の[[第>舞風]][[4>野分]][[駆逐>嵐]][[隊>萩風]]司令にして、言わずと知れた戦艦[[大和]]最後の艦長。坊ノ岬沖海戦で大和艦上において戦死。))|BGCOLOR(#FEF263):45/長野|BGCOLOR(#FEF263):1934年11月01日 - 1935年10月15日|~|
|BGCOLOR(#FFEA00):第3代|BGCOLOR(#FEF263):渋谷紫郎 中佐((開戦時の[[第>雪風]][[16>初風]][[駆逐>天津風]][[隊>時津風]]司令で、キスカ撤退時の[[阿武隈]]艦長。第101戦隊指揮官として船団護衛従事中、米海軍機動部隊の猛攻を受け乗艦香椎(未実装)の艦上にて戦死。))|BGCOLOR(#FEF263):45/長野|BGCOLOR(#FEF263):1935年10月15日 - 1936年12月01日|~|
|BGCOLOR(#FFEA00):第4代|BGCOLOR(#FEF263):山田勇助 少佐((開戦時の[[第23>菊月]][[駆逐隊>卯月]]司令であり、1942年6月以降の第6駆逐隊司令。第3次ソロモン海戦第1夜戦で乗艦暁の艦上にて戦死。))|BGCOLOR(#FEF263):48/山形|BGCOLOR(#FEF263):1936年12月01日 - 1937年12月01日|~|
|BGCOLOR(#FFEA00):第5代|BGCOLOR(#FEF263):宮坂義登 中佐((開戦時の[[第>霰]][[18>霞]][[駆逐>陽炎]][[隊>不知火]]司令。キスカ沖での第18駆逐隊への大被害の責任を取り割腹自殺を図るも、九死に一生を得て戦後まで存命。))|BGCOLOR(#FEF263):47/長野|BGCOLOR(#FEF263):1937年12月01日 - 1938年06月01日|~|
|BGCOLOR(#FFEA00):第6代|BGCOLOR(#FEF263):溝畠定一 中佐(([[山雲]]([[夏雲]]兼務)駆逐艦長等を経て終戦時の[[長鯨]]艦長。))|BGCOLOR(#FEF263):46/京都|BGCOLOR(#FEF263):1938年06月01日 - 1938年11月01日|BGCOLOR(#FEF263):[[響]]艦長|
|BGCOLOR(#FFEA00):第7代|BGCOLOR(#FEF263):古川文次 少佐→中佐((開戦時は高雄警備府の参謀であり、1943年12月に第16駆逐隊司令に着任。旗艦[[天津風]]が被雷・艦首切断した際に戦死。))|BGCOLOR(#FEF263):49/佐賀|BGCOLOR(#FEF263):1938年11月01日 - 1939年01月25日|BGCOLOR(#FEF263):―|
|BGCOLOR(#FFEA00):第8代|BGCOLOR(#FEF263):中村謙治 中佐|BGCOLOR(#FEF263):48/新潟|BGCOLOR(#FEF263):1939年01月25日 - 1939年02月20日|BGCOLOR(#FEF263):[[朝雲]]艦長|
|BGCOLOR(#FFEA00):第9代|BGCOLOR(#FEF263):勝見基 少佐→中佐((開戦時の[[谷風]]艦長。活躍は谷風の項に詳しい。1943年1月に谷風艦上で負傷し戦死。))|BGCOLOR(#FEF263):49/山形|BGCOLOR(#FEF263):1939年02月20日 - 1941年09月15日|BGCOLOR(#FEF263):―|
|BGCOLOR(#FFEA00):第10代|BGCOLOR(#FEF263):竹内一 少佐→中佐((開戦時の電艦長であり、スラバヤ沖海戦で敵兵救助を行った艦長としても有名。その後[[黒潮]]艦長を歴任するも、脚気にかかり退艦。))|BGCOLOR(#FEF263):52/福井|BGCOLOR(#FEF263):1941年09月15日 - 1942年11月06日|~|
|BGCOLOR(#FFEA00):第11代|BGCOLOR(#FEF263):寺内正道 少佐((電退艦後、[[雪風]]艦長として活躍。不屈の駆逐艦長として有名。在任中、電は1度も敵の攻撃が当たらなかったという逸話がある。))|BGCOLOR(#FEF263):55/栃木|BGCOLOR(#FEF263):1942年11月06日 - 1943年11月20日|~|
|BGCOLOR(#FFEA00):第12代|BGCOLOR(#FEF263):常盤貞蔵 少佐→(&color(Red){中佐};)(([[黒潮]]、[[衣笠]]の水雷長、野風艦長などを歴任。最後の艦長として電とともに戦死。))|BGCOLOR(#FEF263):&nobr{58/神奈川};|BGCOLOR(#FEF263):1943年11月20日 - 1944年05月14日戦死|~|
}}

-[[暁]]型(特III型)姉妹の末っ子で、特型駆逐艦としても最後の艦なのです!
--でも竣工は[[雷]]ちゃんに次ぐ2番目で、[[暁]]ちゃんよりも先なのです!
-お姉ちゃんたちと違って、大阪生まれなのです!
大阪弁…? 電の所属は横須賀なのです。だから上手く喋る自信はないのです。
-最初の大きな任務は昭和三陸地震の大津波の救援なのです。道路が整備されていなくて陸路で救援物資が運べなかったのをいち早く届けたのです。ただ、あんまりひどい光景で[[自分がご飯を食べられなくなっちゃったのです…。>https://tsunami-dl.jp/newspaper/IwateNippouS8/IwateNippouS8_March07_3]]
-戦前に[[深雪]]ちゃんに衝突してしまって…沈めてしまったのです。ごめんなさいなのです…。
--実は4代目(むらさめ型汎用護衛艦「いなづま」)まで含めて最低1度はごっつんこしてるのです…衝突とか、気をつけますね…
--[[雷]]ちゃんにもしっかりしなさいって言われてますけど、実は[[雷ちゃんも>https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%A7_(%E9%9B%B7%E5%9E%8B%E9%A7%86%E9%80%90%E8%89%A6)#.E8.89.A6.E6.AD.B4]][[人のことは言えないのです…。>若葉]]
-はわわわ、開戦後すぐの頃にもダバオ沖で輸送船の仙台丸さんとごっつんこしてしまいました…。このときは、次の日すぐに[[明石]]さんが来てくれて応急修理をしてくれたのです。
その後、馬公で入渠したのですがぜんぶ直らなくって…、後に出てくるスラバヤ沖海戦には、このまま参戦したのです。
戦った後、呉から横須賀に回航してもらって、そこできれいに直してもらったのです。
-[[スラバヤ沖海戦>雑学#H]]では、英重巡エクセター英駆逐艦ポープの乗員救助にあたったのです。頑張ったの…です…。
--最初は短艇1隻と救助筏3槽を見つけたのです。でも近づいてみたらそこに乗れない船員さんもいっぱい泳いでいて150人近くはいたのです!
--当時の艦長の竹内一少佐は「この人数だと艦を乗っ取られる恐れもある…」と救助するか迷ったのです。定員が約200人の駆逐艦にそれだけ乗せるというのは危険も伴うのです……。
--でもそこに「日本語を話せる士官がいる」との一報が届いたのです。それを聞いた艦長はすぐさま「全員救助する」と判断をしたのです!そのあとは[[お姉ちゃん>雷]]と一緒に頑張って救助をしたのです!((余談だがその際の日本語を話せた士官ことポープの砲術長ウィルソン氏は終戦後、電搭乗士官と懇談会を開くなど交流を持ち、日英親善に尽力をしたという。))

-初代電は雷型駆逐艦の2番艦で、やっぱり[[雷]]がお姉さんなのです。
いつでも「雷」「電」の順番で隣り合わせの姉妹なのです!
--初代の「雷」と電は日本海海戦にも参加したのです!この時の電には米内光政さん((後の海軍大臣・第37代首相。日米開戦否定派で、山本五十六元帥や井上成美大将の盟友。終戦時の陸軍大臣・阿南惟幾とは犬猿の仲で、終戦直前阿南は「米内を斬れ」と言い残し自刃した。しかしこれは「終戦が内閣の一存で決められた」という軍部の批判を回避するための腹芸であるとも言われており、実際米内は終戦の3年後に持病で没するまで、GHQ相手に大立ち回りを演じて戦後の日本復興の立役者となっている。))が中尉として乗っていたのです!
-「戦場」の「雷」「電」だからって「知っている」人と間違えないで欲しいのです…
-キスカ島占領作戦では、敵潜水艦の雷撃で大ケガをした[[霞]]ちゃんと[[不知火]]ちゃんを救援したのです。
-その後[[雷]]ちゃん、[[暁]]ちゃんと一緒にガダルカナルへと向かうために呉に回航し、[[飛鷹]]さんと[[隼鷹]]さんを護衛してトラックに向かったのです。
--第3次ソロモン海戦第1夜戦では、暁ちゃんが沈み、雷ちゃんも大破してしまったのです…。
激しい戦闘だったため、暁ちゃんの乗員を救助することは出来なかったのです…。
被害が殆どなかった電だけが、[[霧島]]さん達と一緒に第2夜戦を戦ったのです。
-[[雷]]ちゃんがいなくなってしまったちょうど1ヶ月後の1944年5月14日に、[[響]]ちゃんと一緒に補給艦の護衛にあたっていたけど、米潜水艦の「ボーンフィッシュ」の一撃で、真っ二つに折れて沈んでしまったのです…。
でも、艦娘に生まれ変わったから、今度は司令官さんのために頑張るのです!響ちゃんも一緒なのです!
-岩手県盛岡市の聖寿禅寺には私の慰霊碑があるの。当地に住んでいた元乗組員の方が37回忌の際に建ててくれたのです!
-戦後、海上自衛隊の第一世代国産艦5隻のうちの1隻、3代目「いなづま」として生まれ変わることができたのです!
護衛艦になってもちゃんと「いかづち」と一緒なのです!(国産護衛艦として、最初の進水・就役だったのです。)&color(Silver){「全ての国産護衛艦のお姉さん。」じゃダメですか?};
-現代でも、むらさめ型護衛艦5番艦、4代目「いなづま」として頑張ってるのです!
「いかづち」は7番艦で、今度は電がお姉さんなのです!((生まれは[[海自の>金剛]][[イージス>霧島]][[艦>妙高]][[6隻中>愛宕]][[5隻>足柄]]を手掛けた三菱重工長崎造船所。))((同じ吹雪型由来の「[[あけぼの>曙]]」とも、1代おいて姉妹関係が復活した。ほかの同型艦には白露型由来の「[[むらさめ>村雨]]」「[[はるさめ>春雨]]」「[[ゆうだち>夕立]]」「[[さみだれ>五月雨]]」、有明型(改初春型)由来の「[[ありあけ>有明]]」、海自オリジナルの「きりさめ」がある。「きりさめ」を別にすると、「さみだれ」のみ2代目で、ほかは4代目にあたる。))
%%たくさん牛乳を飲んだおかげで%%全長151m、満載6,100tと、ちょっと大きくなれたのです。((基準排水量は4,550tで2代目の3倍近い豊満ボディ。))
2014年3月17日から9月19日まで半年間「[[そまりあ>WikiPedia.ja:ソマリア沖海賊の対策部隊派遣#2014.E5.B9.B4]]」に行って来たのです。%%今回も海賊船に衝突しなくて済んだのです。%%
-あの…お姉ちゃんと間違えてませんか…?
「雷」と「電」は文字がよく似てて、実際に名簿だけだとよく間違えられたのです。
--以下に、「電・いなづま」に纏わる伝説的な出来事を列挙するのです!
---「初代駆逐艦・電」1904年(明治37年)2月8日、旅順口奇襲作戦では第2駆逐隊の僚艦と共同でロシア戦艦を攻撃したのです!(実は[[第2駆逐隊の「雷」ちゃんと「朧」ちゃんがごっつんこ>https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%A7_(%E9%9B%B7%E5%9E%8B%E9%A7%86%E9%80%90%E8%89%A6)]]している間に[[迷子になってしまって第3駆逐隊のみんなといっしょに戦ったのです。>https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%BB_(%E9%9B%B7%E5%9E%8B%E9%A7%86%E9%80%90%E8%89%A6)]])
1909年(明治42年)12月16日、函館南方で汽帆船「錦龍丸」と衝突し、沈没したのです!&color(Silver){「衝突1回なのです!」};
---「2代目駆逐艦・電」1933年(昭和8年)3月4日~、昭和三陸地震救援のため「雷」ちゃんと一緒に釜石から盛へと急行したのです。
1934年(昭和9年)6月29日、済州島南方で演習中に「深雪」に衝突、艦首部を喪失し「深雪」は沈没したのです!
1935年(昭和10年)2月28日、有明湾で「[[旗風]]」と衝突して艦首に1m程度の破孔が空いたのです!((出典元 アジア歴史資料センター レファレンスコードC05034647100 2水戦機密第29号 10.3.8 狭霧と敷波、電、と疾風触衝事件報告 P8-18))
1942年(昭和17年)1月20日、ダバオ沖で輸送船「仙台丸」と衝突して艦首部を損傷、[[明石]]さんに治してもらったのです!同年3月1日、スラバヤ沖海戦では、撃沈された敵乗組員376名を姉の「雷」と共に救助したのです!&color(Silver){「衝突3回・救助2回なのです!」};
---「3代目護衛艦・いなづま(DE-203)」1960年(昭和35年)6月4日、津軽海峡東口付近で夜間対潜訓練中に、僚艦の「あけぼの(DE-201)」に衝突され、艦橋が破損する事故が発生したのです。
さらにその翌日、函館ドックで損傷復旧のため入渠したら、作業中にガソリン爆発事故が起きてしまったのです!&color(Silver){「衝突1回なのです!」};
---「4代目護衛艦・いなづま(DD-105)」2014年(平成26年)3月17日、第18次派遣海賊対処行動水上部隊として「DD-158・うみぎり」と共にソマリア沖・アデン湾へ向けて呉基地から出航したのです。同年4月23日、アデン湾にて漂流船を発見し乗船者75人を救助したのです!&color(Silver){「救助1回なのです!」};
---2023年1月10日、整備が終わってひさしぶりに海に出たら、山口県沖で座礁してしまったのです...輸送艦しもきた、多用途支援艦げんかい、掃海艇えたじま、訓練支援艦てんりゅう、曳船鳳翔丸など多くの娘に助けてもらったのです...
ぶつかったとき、スクリューの作動油を少し漏らしてしまったのです...はわわ!?恥ずかしいよお...でも乗員さんが全部回収してくれたのです...&color(Silver){「衝突1回なのです!」};
-ちなみに、電に関係する航空機といえば[[お姉ちゃん>雷]]と合わせて[[雷電]]なのは有名ですが、電(稲妻)を英語にすると「Lightning」になるのです。つまりP-38 LightningとF-35 LightningⅡ(B型)なのです((P-38、F-35のメーカーはロッキード社(現在の社名はロッキード・マーチン)である。))!いなづま(DD-105)の飛行甲板ならちょこっと改造で運用できるのです!!
--他には、イングリッシュ・エレクトリック(EE)ライトニングがあるのです。&color(Silver){エンジンを縦に積んだり、お腹が出たりと変テコリンなのです。};
-東海道新幹線の列車名公募で「いなづま」は3位になったのです((4位「はやて(疾風)」、6位「[[流星]]」、7位「あかつき([[暁]])」がランクインした。))。
*この艦娘についてのコメント [#f9df2551]
#fold(過去ログ){{
#ls(./)
}}
#pcomment(./コメント8,reply,15)