Bismarck の変更点

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|>|>|>|>|~No.171|
|&attachref(./Bismarck.jpg,nolink,);|>|Bismarck(ビスマルク)|>|Bismarck級 1番艦 戦艦|
|~|>|>|>|~艦船ステータス|
|~|~耐久|90|~火力|64|
|~|~装甲|67|~雷装|0|
|~|~回避|33|~対空|18|
|~|~搭載|16|~対潜|0|
|~|~速力|高速|~索敵|16|
|~|~射程|長|~運|8|
|~|~搭載|>|>|~装備|
|~|4|>|>|[[38cm連装砲]]|
|~|4|>|>|[[15cm連装副砲]]|
|~|4|>|>|未装備|
|~|4|>|>|未装備|
|>|>|>|>|~改造チャート|
|>|>|>|>|''Bismarck'' → [[Bismarck改]](Lv30)|
|>|>|>|>|''Bismarck'' → [[Bismarck改]](Lv30) → [[Bismarck zwei]](Lv50+[[改装設計図]])|
|>|>|>|>|~図鑑説明|
|>|>|>|>|LEFT:ドイツの誇るビスマルク級超弩級戦艦のネームシップ、それが私よ。&br;ドイツらしい重厚かつ美しいデザインでしょう?いいのよ、もっと褒めても。&br;この海でも縦横無尽に活躍するわ。期待しなさい!|

#region(CV:不明、イラストレーター:不明 (クリックするとセリフ一覧が開きます))
|セリフ|CV:不明、イラストレーター:不明((CVやイラストレーター加筆時はそれぞれ[[CV・イラストレーター]]に出典を記載))|
|入手/ログイン|Guten Tag.&br;私はビスマルク型戦艦のネームシップ、ビスマルク。&br;よおく覚えておくのよ。|
|母港/詳細閲覧|Gut. 私、ビスマルクの出番ね。|
|~|気安いわね。どうしたの。|
|~|提督、貴方の艦隊は少し規律が緩んでいるようね。私が一から教えてあげるわ。|
|ケッコンカッコカリ(反転)|&color(#F0F8FF){(ケッコンカッコカリ)};|
|ケッコン後母港(反転)|&color(#F0F8FF){(ケッコン後母港)};|
|編成|戦艦ビスマルク、抜錨!出撃するわ!|
|出撃|戦艦ビスマルク、抜錨!出撃するわ!|
|~|ビスマルクの戦い、見せてあげるわ!|
|遠征選択時|Danke.|
|アイテム発見|Danke.|
|開戦|艦隊戦か・・・腕が鳴るわね!|
|航空戦開始時||
|夜戦開始|逃がさないわよ・・・甘く見ないで!|
|攻撃|艦隊戦か・・・腕が鳴るわね!|
|~|さあ、かかってらっしゃい!|
|~|[夜戦時]Feuer!|
|小破|ぐぅっ!|
|~|やるわね・・・!|
|中破カットイン|やられた・・・!舵は!?舵は大丈夫!?・・・なら、まだやれるわね・・・これからよ!|
|勝利MVP|私が一番ですって?何言ってるの、あたりまえじゃない。良いのよ?もっと褒めても。|
|旗艦大破|やるわね・・・!|
|帰投|作戦終了、艦隊が母港に帰還したわ。|
|補給|ありがとう。これでまた戦えるわ。|
|改装/改修/改造|良いわね。Danke.|
|~|Dankeschön!|
|~|Danke.|
|入渠(小破以下)|少し艤装の修理が必要ね。|
|入渠(中破以上)|ごめんなさい、少し休むわ。後は頼むわね。|
|建造完了|新しい艦が就役したようね。|
|戦績表示|どうなの?状況は好転してる?|
|轟沈(反転)|&color(#F0F8FF){また、ブレスト沖に還るのね・・・十分に撃ち合ったわ・・・満足、よ・・・・・・};|
|時報||
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|放置時|もう~!この私を放置するなんて、貴方も相当偉くなったものね!出撃とか演習とか付き合ってあげたっていいのよ!?|
#endregion


* ゲームにおいて [#game]
-2014年3月14日のアップデートと共に実装された、初の海外艦の1隻。同時実装されたのは他に、[[Z1]]と[[Z3]]。
入手方法は海外艦([[Z1]])と邂逅後「ある条件下」における【[[大型艦/新型艦建造>大型艦建造]]】で入手可能。現在の所、入手方法はそれのみ。
--[[金剛]]型に次ぐ、速力:高速を持つ戦艦。また、[[探照灯]]が装備でき、[[徹甲弾>九一式徹甲弾]]が装備出来ない事も金剛型と同様。
--金剛型と比べ、耐久は二回り、装甲は一回りほど優秀。その他の性能や燃費は若干劣るが、さして変わらない(敷いて言えば対空が低いのが欠点)。
---英国巡洋戦艦の出自を持つ彼女たちとは異なりこちらは純然たる戦艦であるため、未改造でもスロットが4つある。
---高い耐久のため、深手を負うと修理鋼材が嵩みやすい。至近弾による被害出費も安くないためご利用は計画的に。
--現状ではBismarck改までだが、「[[さらなる改装も用意しています>https://twitter.com/KanColle_STAFF/status/444348326985486336]]」との事。
*小ネタ [#neta]
-新生ドイツ海軍初にして最後の本格的な戦艦であるビスマルク級戦艦1番艦。ちなみに2番艦はティルピッツ(Tirpitz)。
--「あれ、代替艦1万t制限のベルサイユ条約は?」と、思ったあなたは正しい。実はこの軍艦、フランス側からはベルサイユ条約違反で猛抗議されている。
ただしイギリス側には根回し済み。英独海軍協定(Anglo-German Navy Agreement)によって独国が英国の主力艦の35%を作れたのだ。
---イギリスの主力艦保有量は[[ワシントン条海軍軍縮条約>雑学#Washington]]時点で50万t。つまり独側の保有量は17万5千t。これは仏伊のワシントン条約保有量と同等である((なぜイギリスがWW1で敵国だったドイツにここまで譲歩したのかと言うと「ドイツは確かに敵だけどその東にはもっと恐ろしい敵([[響>Верный]]の第二の故郷)がいるからドイツにはその壁役になってもらわねば」と考えたからである。その後のナチスの台頭も見逃したのも、それが一因である))。
--とはいうものの、第一次大戦期に建造されたバイエルン級を元とした旧式設計を発展した作りで、同世代の[[日>大和]]米戦艦に比べれば機構的にも若干見劣りする艦だったりする。
---旧式設計の有名な例を上げれば、石炭庫による防御効果を図った第一次大戦以前の設計(ビスマルク級には石炭庫はない)をそのまま踏襲していた部分などがある。
---ただ装甲はクルップ社が新開発したニッケル・クロム・モリブデン鋼『ヴォタン』が用いられるなどされている。鉄鋼の国ドイツのだけあって強固だとか。
…が、その装甲は近距離砲撃戦を前提として喫水線側に集中。''近距離の殴り合いより遠距離砲撃戦の方がやられやすい''と言う物騒な艦体になっていた。((一般論として「相手との距離が離れるほど大砲の仰角は上がる」=「離れた敵からの弾は上方向から降ってくる」ため。)) 
また所々に工夫もされている。
甲板の防御は航空攻撃や遠距離砲戦に備えて水平防御をバイエルン級より強く((比較として:英戦艦キング・ジョージ5世の主水平装甲は“上甲板部に”124~149mm。対してビスマルクは“中甲板部に”主水平装甲80mm、“最上甲板部に”装甲50mm~80mmとし、爆弾もしくは砲弾が命中した際これの信管を作動させて重要区画に被害が及ばないようになっていた。))し(そのため垂直防御はやや弱い)、主砲は当時フランス((リシュリュー級))やイタリア((リットリオ級))で建造が進められていた新型戦艦に準じて38cm砲が採用された。
--本艦の砲塔は第一から第四まであり、それぞれ「識別名」という個別の名前が付けられている。第一砲塔から順に「アントン (Anton)」「ブルーノ (Bruno)」(または「ベルタ (Berta)」)「カエザル (Caesar)」「ドーラ (Dora)」((フォネティック・コードというよりも愛称に近い))((英米は前部はABC、中部PQR、後部はXYZと名づけている))と名付けられている。

--機関出力は150,170馬力で[[大和]]より控えめ。しかし、長くスマートな艦体の効果で速力は30.1ノットを叩き出す。現代の一般的な護衛艦並みである。

-設計は1934年に始まり、排水量はイギリスとの合意であった35,000トンを越え42,600トンまで増加した。((当然協定違反であったが公表は元の計画値で押し通した))1936年7月1日にハンブルクのブローム・ウント・フォス社で起工、1939年2月14日に進水、1940年8月に就役した。
--排水量だけを見れば竣工時点で当時世界最大の戦艦であったが、対空射撃管制や装甲板の防御配置、乗員の練度などに問題も多かった。
--しかし、連合国、特にイギリスの同級に対する警戒心は強く、抑止力としては有効であった。


-就役の8ヵ月後(1941年5月18日)、アドミラル・ヒッパー級重巡プリンツ・オイゲンと共に、カナダのハリファックスとイギリスとをつなぐ北大西洋航路での輸送船団襲撃を企図した「ライン演習作戦」に出撃。これがビスマルクにとって最初で最後の作戦となった。
--23日、デンマーク海峡に達した両艦をイギリスの哨戒部隊が発見。この情報を元に巡洋戦艦フッド((ワシントン条約の例外で、ビスマルク竣工まで世界最大の軍艦だった))、及び最新鋭戦艦((と、いうよりもマダ未完成で、仕上げ作業をしていた工員らを乗せたままの出撃。))プリンス・オブ・ウェールズと護衛の駆逐艦6隻を迎撃に向かわせた。
--翌24日0535((5時35分のこと))。イギリス艦隊が先にドイツ艦隊を発見し、同53分に砲撃の口火を切った。(デンマーク海峡海戦)
--ドイツ艦隊はフッドに対してレーダーを援用した集中砲火を加え、海戦勃発から約8分後の第五斉射がフッドの後部弾薬庫を直撃。同艦は一瞬のうちに爆沈((乗組員約1400名のうち生存者はわずか3名のみであった。))し、すでに自らも多数被弾していたプリンス・オブ・ウェールズは撤退した。((交戦時間はわずか16分だったという。))
---なお「プリンス・オブ・ウェールズ」はこの7か月後に日本軍の陸上攻撃機部隊によって沈められるという数奇な運命の艦でもある。
--だがビスマルクも損傷した為、僚艦と分かれて作戦を中断。フランス(当時ドイツ占領下)への寄港を目指すことに。((損傷の結果燃料タンクが一部使えなくなり、航続距離が不足したため))
--しかし、復讐に燃える英国海軍が''稼働中のほぼ全主力艦艇を投入して''ビスマルクを追撃(ビスマルク追撃戦)。
''空母2隻''の%%時代遅れ感が半端ない布張りの傑作複葉機%%ソードフィッシュが大挙して襲い掛かり、うち1機が放った魚雷がビスマルクのスクリューと舵機室を破壊。速度低下・操舵不能となったところで
''戦艦2隻・重巡2隻から砲弾数百発''をお見舞いされて戦闘不能に、とどめとばかりに雷撃を受け、ビスマルクは遂に力尽きたのであった。((「沈没の直接原因は自沈処理」との主張がないわけではないが、残骸の調査からも「英国軍の攻撃による損傷が主な原因」との見方が優勢。))
---この戦訓は、日本が当時建造中だった大和型戦艦や翔鶴型空母が採用していた、魚雷1発で操舵不能にならないよう、主舵と副舵を直列に(間隔を開けて)配置する(タンデム配置)方式の妥当性を示すものであった。((ただし、小さい副舵のみでの操艦は大変困難だったと言われている))
--ドイツの科学力や知識の粋を集めた戦艦だったため、沈没によってドイツ海軍は多大な損害を受けた。
---艦娘としての運は、健闘し、戦果も挙げたが、初陣での戦没、そして舵機室への不運すぎる一発、などで、若干不運寄りとされている模様である。
-ビスマルクは現在フランス・ブレスト沖の4700mの海底に眠っており、1989年6月8日、海洋考古学者のロバート・バラード((タイタニック号、[[伊168]]が撃沈した空母ヨークタウン、[[霧島]]ネキなどを発見・調査した、沈船探索のエキスパート))の手によって発見された。
なおタイタニック号の沈没地点を公表したために遺品が持ち去られたことを鑑み、バラードは正確な場所を公表してはいない。
~

~

-艦名の由来は泣く子も黙る鉄血宰相ビスマルク侯爵。本名Otto Eduard Leopold Fürst von Bismarck-Schönhausen(オットー・エドゥアルト・レオポルト・フュルスト・フォン・ビスマルク=シェーンハウゼン)。
--日本の軍艦と違い、人名が由来となっている。これはむしろ艦名基準に人名以外から取る事、と決められた日本の基準が異例的なもので、海外に目を向ければ人名を付けられた艦は珍しいものではない。

~
-ビスマルクの幸運の黒猫オスカーの逸話。
--配備されたビスマルクには、ネズミ捕り水兵兼マスコットとして黒猫のオスカーが着任することになる。
黒猫といっても口元から胸元までが白く、まるでマスクを被ったような猫だった。愛嬌のある顔で乗員達には可愛がられ、当時のビスマルクの宣伝にはオスカーも紹介されており、割と知られていた。
--そしてビスマルクは1941年5月27日にイギリス海軍の猛攻で、ほとんどの乗員と共に沈没。
ビスマルク追撃戦に参加していたイギリス海軍の駆逐艦コサックが、漂うビスマルクの残骸の上に一匹の猫を発見し、救助する。
コサックの乗員は、「こいつはビスマルクのマスコット猫じゃないか!」とオスカーを見て驚いた。
激しい戦火の中を無傷で生き残り救助されたオスカーの運をあやかろうと、ネズミ捕り係兼マスコットとして駆逐艦コサックで飼うことになる。
%%ここからオスカーの復讐が始まる%%
--そのイギリス海軍駆逐艦コサックは、その5ヵ月後の1941年10月24日にドイツ潜水艦の雷撃を受けて2日後に沈没する。オスカーは運良く退艦出来た一団に連れ出されていて生き残った。
--その後、オスカーはジブラルタルの基地にてイギリス海軍の空母アーク・ロイヤル((ビスマルクの舵機室を艦載機の雷撃で破壊し運命を決した艦))に着任することになる。が、3週間後の1941年11月13日に空母アーク・ロイヤルはドイツ潜水艦の雷撃により沈没する。
そしてオスカーは、またしても残骸の上で漂っているところを随伴する艦に救助される。
--オスカーを乗せた船が全て沈むので流石にイギリス海軍も %%何あの猫怖い%% となり、ジブラルタルの基地に降ろされ地上勤務になる。
基地ではネズミ捕りの名人として活躍し、(改名されたオスカーの名前がサムなので)”不沈のサム”と言われ可愛がられていた。
戦後、「不沈と呼ばれるくらいだから大丈夫」と寄港していた輸送船とともにベルファスト海軍基地に移動する事になる。何事もなく船は無事に到着し、預けられた基地で穏やかに余生を過ごした。そして1955年に黒猫オスカー水兵は共に戦った戦友達の所へ旅立った。
*この艦娘についてのコメント [#k33a32a9]
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#endregion

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