2016秋:【発令!「艦隊作戦第三法」】 の変更点

2016秋:【発令!「艦隊作戦第三法」】 2016/11/19(金)~2016/12/9(金)

以下、現時点では予想。

前段作戦
E1 海上輸送作戦
必要装備 ドラム缶 大発 








E2 防空及び来襲する敵機動部隊迎撃戦
必要装備 
基地航空隊用局地戦闘機または対空の高い艦戦
陸攻護衛用 航続距離の長い艦戦
ドロップ:白露型8番艦 山風

出撃予定艦) 祥鳳 愛宕 高雄 嵐 野分 朝潮 荒潮 潮 漣

 



E3 同捜索撃滅戦 
必要装備 索敵機 電探
褒賞艦?:コマンダン・テスト



出撃予定艦) 愛宕 高雄 摩耶 羽黒、妙高 鳥海 神通 瑞穂 嵐、野分蒼龍 飛龍 扶桑 山城




後段作戦
E4 「シャングリラ捜索追撃 艦隊前進配備」
ドロップ?:神風型 朝風



シャングリラ
「ドーリットル空襲」の成功はすぐにアメリカ本国でも宣伝されたが、作戦の全容は長く秘匿された。
空母ホーネットの名も例外ではなく、日本軍の捕虜となったB-25搭乗員達も「陸地から発進した」等、情報の秘匿につとめたが、
4月21日にホーネットの名前を明らかにしている。
記者会見で空襲の成功を発表したルーズベルト大統領は記者団からの「爆撃機はどこから発進したのか?」という質問に対し、「発進地はシャングリラ」と答え、煙に巻いた。
淵田美津雄中佐は、空母赤城艦上でルーズベルトの声明を聞き、実際に海図を広げてシャングリラの位置を探したという。
シャングリラとは当時の小説で映画化もされた『失われた地平線』に出てくる架空の地名で、ヒマラヤ付近にあるとされる神聖な都である。
それを知らない記者には冗談が通じず「爆撃機は空母シャングリラから発進」と一部で誤って報道された。
このエピソードが元になったものか、後日、本当に空母シャングリラ(CV-38 エセックス級航空母艦の1隻)が就役し、
さらにその空母を用いて着艦フックなどの装備を搭載するなどの改修をしたPBJ(B-25の海兵隊仕様機)で発着艦試験が行われた。

E5「渚を越えて」
褒賞艦:レキシントン級正規空母サラトガ
F6Fヘルキャット SBDドーントレス TBFアベンジャー?
深海棲艦連合艦隊?                    









2016夏パターンなら、前段作戦3 後段作戦2
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対米国艦隊作戦第三法
1942年(昭和17年)4月18日「第二十三日東丸」から『空母2隻を含む機動部隊発見』という通報を受けた日本軍は警戒を厳とする。(ドーリットル空襲部隊)
しかし日本海軍は、アメリカ軍の攻撃は航続距離の短い艦載機によるものと判断し、米軍機の発進・空襲は早朝(4月19日)と推測した。 
そこで連合艦隊は 「対米国艦隊作戦第三法」 を下令し、第二艦隊司令長官近藤信竹海軍中将(旗艦「愛宕」)の第二艦隊に米機動部隊の捕捉・撃滅を命じる。
横須賀にいた空母「祥鳳」、高雄型重巡洋艦2隻(愛宕、高雄)、水上機母艦「瑞穂」、第4駆逐隊の陽炎型駆逐艦2隻(嵐、野分)に加え、
三河湾にいた重巡洋艦「摩耶」(第四戦隊)、瀬戸内海にいた妙高型重巡洋艦2隻(羽黒、妙高)、川内型軽巡洋艦2番艦「神通」(第二水雷戦隊旗艦)、
日本に帰投中の重巡洋艦「鳥海」が米艦隊迎撃任務にあたることになった。同時に第二六航空戦隊も戦闘準備を整えつつ、哨戒機を発進させた。 
当時無敵を誇った南雲忠一中将指揮の南雲機動部隊はインド洋で行われたセイロン沖海戦から日本への帰路についており、台湾近海を航行中だった。
第二航空戦隊(司令官山口多聞少将)に属する空母2隻(蒼龍、飛龍)にも迎撃命令が下ったが、関東沖合の米機動部隊を捕捉するには距離が遠すぎた。
横須賀軍港には多数の艦艇が停泊しており、祥鳳・愛宕・高雄・嵐・野分・朝潮・荒潮・潮・漣・第二十二駆潜艇等が発砲したが、いずれも命中弾はなかった
三沢海軍航空隊第十一航空艦隊第二六航空戦隊の木更津基地からは、一式陸上攻撃機部隊が米艦隊捜索に発進した。
第四索敵機(有川俊雄中尉)が09:30にB-25単機を発見したのみで、米艦隊発見には至らなかった。
エンタープライズは50 km まで接近した偵察機の存在を記録している。
午後12時30分、第十一航空艦隊は敵艦隊の位置がわからないまま、魚雷を装備した一式陸攻30機、
偶然内地に帰還していた空母加賀所属の零戦24機(12機とも)を米艦隊発見地点に向かわせた。
しかし米艦隊は既に反転しており、出撃は空振りに終わった

ドーリットル空襲(ドーリットルくうしゅう、英語:Doolittle Raid)とは、
第二次世界大戦中の1942年(昭和17年)4月18日に、アメリカ軍が航空母艦に搭載したアメリカ陸軍航空軍の爆撃機によって行った日本本土に対する初めての空襲である。
名称は空襲の指揮官であったジミー・ドーリットル中佐に由来する。
航空母艦から陸軍の中型爆撃機を無理やり発進させて東京・川崎・横須賀・名古屋・四日市・神戸を爆撃する前代未聞の作戦を行う。
潜水母艦から空母へと改装中だった「大鯨(龍鳳)」に爆弾が命中した他、死者87名・重軽傷者466名・家屋262戸の被害を出した。
計16機の内15機は同盟国であった中国国内で機体を放棄し乗員は脱出、残る1機は当時日本と中立関係であるソ連に不時着している。
日本軍は空襲は艦載機によって行われると考え、そのため本土に更に接近する必要がある等の予測から機動艦隊追撃に基地航空隊や
「扶桑」「山城」等を投入するも特設監視艇に発見された米機動部隊は予定を早めて発艦させ反転していたため捕捉すらできず、
本土の防御態勢の甘さを痛感した海軍首脳部は2度目の空襲を防ぐためにミッドウェー作戦を急がせたという説もある。

帝国海軍参加艦
祥鳳 高雄 愛宕 瑞穂 摩耶 鳥海 妙高 羽黒 扶桑 山城 嵐 野分 神通 龍鳳 蒼龍 飛龍 加賀 朝潮 荒潮 漣 潮       (親潮 黒潮
 
アメリカ海軍  ウィリアム・F・ハルゼー中将
第18任務部隊 
空母 「ホーネット」 重巡洋艦:ノーザンプトン 重巡洋艦:ヴィンセンス 
軽巡洋艦:ナッシュビル
第52駆逐隊 
駆逐艦:グウィン、グレイソン、メレディス、モンセン 給油艦:シマロン
第16任務部隊 
空母 「エンタープライズ」 重巡洋艦:ソルトレイクシティ
重巡洋艦:ノーザンプトン
駆逐艦:バルチ、ベンハム、ファニング、エレット 給油艦:サビン

ツラギ沖海戦
菊月 天龍 龍田

珊瑚海海戦(MO作戦)
昭和17年(1942年)5月、オーストラリア北東部の珊瑚海で、ポートモレスビー攻略(MO作戦)を目指し南下してきた日本海軍機動部隊と、
連合軍(アメリカ海軍とオーストラリア海軍)機動部隊のあいだで行われた海戦。
史上初の空母同士の対戦で、日本海軍が軽空母一隻を失ったのに対し、連合軍は正規空母一隻を失った。
戦術的には日本海軍の勝利といえるが、多数の航空機と搭乗員を失ったためポートモレスビー攻略を断念。
快進撃を続けていた日本海軍の初めての蹉跌となった。
なお、日本海軍が失った軽空母一隻とは「祥鳳」であり、彼女が珊瑚嫌いなのはこのことに由来する。

参加艦
祥鳳 瑞鶴 翔鶴 青葉 衣笠 加古 古鷹 妙高、羽黒 天龍 龍田 夕張 有明 夕暮 追風 朝凪 白露 時雨 曙 潮 漣 睦月 望月 弥生

MO機動部隊
妙高、羽黒、曙、潮、瑞鶴、翔鶴、有明、夕暮、白露、時雨
MO攻略部隊
青葉、加古、衣笠、古鷹、祥鳳、漣
ポートモレスビー攻略部隊
夕張、追風、朝風、睦月、弥生、望月
援護部隊
天龍、龍田
同海戦に参加した米軍空母はヨークタウンとレキシントンの2隻


褒賞艦  推定
大きな煙突の独特の存在感もある、ある大型正規空母の海外艦娘
レキシントンかサラトガ?
愛称は レキシントンは Lady LEX 「レディ・レックス」
サラトガは Sister Sara 「シスター・サラ」

米海軍 正規空母レキシントン



仏水母コマンダン・テスト
水上機母艦としての哨戒任務や艦隊の水上機の整備と補給を行う工作艦としての施設も設計に盛り込まれた。船体には長さ84メートル×幅27メートルの格納庫とカタパルト4基、吊り上げ能力5~12トンのクレーン5基など本格的な航空装備と補修用の工作設備を有する水上機母艦となった。自衛用として10cm単装高角砲12門と各種対空火器を搭載し、防御装甲も舷側と主甲板に50mm装甲を貼るなど一世代前の軽巡洋艦並であった。
搭載機は主に水上攻撃機と小型飛行艇で1930年代後半にはラテコエール 298水上攻撃機12機とロワール・ニューポール 130小型飛行艇14機を搭載していた。

以下、海外新艦娘と思われるシルエット

  



以下凍夜注
あの絵だと味方によってはリシュリュー級戦艦とも捉えられる。
また毎回イベントで確実に新規駆逐艦が追加されるので恐らく駆逐艦も濃厚
有明、夕暮、追風辺りが有望か?
また中規模イベなので4~5海域
つまりE3(前段作戦)E5(後段作戦)クリアで確定新艦
恐らく
E5=サラトガorレキシントン
E3=フランス水母or戦艦
E4で駆逐艦のうち一人が来るか?(追記)ここで恐らくシャングリラ来たら面白いかも