艦これ 二次創作小説 キス島撤退作戦 第9話 2つの夜戦 後編 two night battles Part2

Last-modified: 2015-08-03 (月) 22:22:43

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艦これ 二次創作小説 キス島撤退作戦 第9話 2つの夜戦 後編 two night battles Part2

時間はほんの少しだけ遡って、幌筵泊地で攻防戦が始まる直前。
三日月は真っ暗闇の中を、星空による天測と、海図と方位磁針を頼りにキス島沖に入った。
囮部隊が敵艦隊の大部分を吸収したとはいえ、当然ながら敵艦が完全にいなくなったわけでは無い。三日月は慎重に行動しながらキス島へと近づいていった。
途中、前方に駆逐艦らしき気配がして心臓が高鳴ったが、すぐに横に伸びた岩場であることに気付いてホッとする一幕もあった。
「もうすぐ動き出す頃合いね」
懐中時計の発光表示を見た三日月はそう言った。
キス島に大分には近付いているが、それでも待機している救助艦隊がキス島に向かい出す時刻までに辿り着けるか分からず不安に駆られた。
「でも焦っちゃダメ。焦ったら失敗するわ」
三日月はそう自分に言い聞かせ、あくまでも冷静な行動に努めた。予めロスタイムも考慮に入れられているから、多少予定より遅れてキス島に到着しても全く問題は無いのだ。
少し進んでは停止して辺りをうかがい、静かならまた少し進んで停止し、辺りをうかがう。キス島沖の海図も何度も何度も確認しなおし、浅瀬に乗り上げたり岩に衝突したりしないよう細心の注意を払う。
闇の中を孤独に進軍しているので、不安と心細さが繰り返しやって来る。
もうこれで何度目か分からない停止をした時、また三日月の心の中に不安と心細さが上がり込んで居座った。
三日月は周囲に聞こえないように静かに溜息を吐き出してから、2つのお守りを手に取ってギュッと握りしめた。
大丈夫。みんながついている。だから心配するのは止めるのよ。
心の中でそう言い聞かせると、霧が晴れるように不安と心細さは消え去って行った。
「…それに、提督もいる」
聞こえるか聞こえないかの声でそう言うと、改めて周囲の状況を確認した。異常は無い。遠くで駆逐艦の機関音がしたが、別の方向に進んでいるようで次第に遠ざかって行った。
三日月は小さく頷くと、またそろそろと進んで行った。
やがて三日月は無事にキス島に到着したが、心身共にヘトヘトになっていた。今すぐにでもその場に倒れ込んで眠ってしまってもおかしくなかった。
だが三日月は再び海図を広げ、守備隊の拠点を再確認した。
「ここね」
自分と基地の位置はそんなに離れていなかった。かと言って近いわけでもなかったが。
三日月は島伝いに進み始めた。早く基地に行きたかったが、ここでも油断はせずに微速で航行する。汗まみれの顔に潮風が吹き付け、寒気を誘う。
ここは北方海域だ。夜間は肌寒い。機関を使って体を温めることで対処可能だが、僅かな音も聞きつけられるのを恐れて暖房機能も停止させていた。
寒さも気力を奪っていく中、遂に三日月は基地の前に到達した。
桟橋に上がろうとしたが壊れかけていたので、岸壁に取り付けられていた梯子を使って港に上がった。
しばらく基地に通じる道を探してキョロキョロしていると、二条の懐中電灯の光が揺れながら、砂利の上を走るズシャズシャという音と共に三日月の所にやって来た。
程無くして懐中電灯の光は三日月を捉えた。
「艦娘…ですか?」
片方が尋ねた。片手に突撃銃のグリップを握っており、銃身は下げられている。もう片方も同じ武器を持っていた。
「はい。睦月型の三日月です」
「そうでしたか。いきなり上がり込んできたのでびっくりしましたよ」
「すみません。敵艦に発見されるわけにはいかなかったので」
「とにかく、ここは危険ですから、要件は基地の中で」
もう片方がそう言い、前後に三日月を挟んで基地に案内した。後ろの守備隊員は、しばらく突撃銃を海に向かって構えていたが、深海棲艦の姿が無い事を確かめるとすぐに追いついた。
守備隊員は歩きながら、無線で艦娘がやって来た事を報告した。
「すぐに守備隊長にお会いしたいのですが」
その守備隊員は一瞬だけ三日月を見ると、また無線に注意を戻した。
「…守備隊長にお会いしたいとのことです。はい、今すぐに、です……分かりました。お願いします」
守備隊員は無線を切った。彼らは三日月に何も尋ねなかった。下手に仕入れた情報で部隊を混乱させるわけにはいかないと考えているのだろう。
基地に入ると、すぐに三日月は守備隊長の個室に案内された。温かいコーヒーが振る舞われ、しばらくすると守備隊長が入室した。
すぐに三日月は、今夜中に救助が来る事と、重量軽減の為に武器の放棄のお願いを守備隊長に話した。
「分かった。すぐに全員に伝えよう」
守備隊長は了承し、副隊長と各部隊の指揮官と下士官を集めて三日月の話を伝えた。

「艦長、時間です」
機械の音以外、息一つ聞こえない艦橋で副長が囁きかけた。艦長は時計を確認した。
「よし、行くぞ。キス島に向かって前進用意」
「了解」
準備完了の知らせは副長を通じて艦娘達に伝えられた。
「いよいよね」
旗艦代理の暁は緊張でコチコチの様子だ。響が後ろから暁の左肩に右手を載せた。
「暁、固まり過ぎだ」
「だ、大丈夫よ。それより、響は何で持ち場についてないの?」
「私は暁型2番艦。姉が妹を心配するように、妹も姉を心配するんだよ」
「暁は問題無いわよ!レディなんだから!」
緊張のせいで語気が強くなってしまい、暁は後悔した。「…ごめんね、きつい言い方になっちゃって」
しかし響はどこまでも穏やかだった。
「私にも分かるよ、その気持ち。取り敢えず肩の力を抜こう」
「そうね」
暁は苦労して肩の力を抜いた。「はあ…」
「問題無い。暁はレディだから、ちゃんと旗艦代理をこなせるよ」
「ありがとう、響…そうだ、ロシア語でありがとうってなんだったっけ」
「スパシーバだよ」
「響、スパシーバ」
「パジャールスタ」
「どういたしまして、って意味?」
「ダー。じゃあ、位置に戻るよ」
響は転舵して所定の位置に戻って行った。きちんと配置につくのを見届けると、暁は無線機を作動させた。
「こちら暁、キス島に向かって前進開始。1人残らず助け出すわよ!」
「響、了解」
「初霜、了解」
「若葉、了解」
「弥生、了解」
「『おおすみ』、了解」
艦隊は動き出した。

響と弥生の偵察により、敵艦はほんの一握りであろうことが予測された。戦闘があった形跡も無く、三日月はキス島に無事に辿り着いた事は間違いなかった。
「じゃあ響が先導をお願い。弥生はキス島に行って三日月に連絡して」
「了解」
「行きます」
弥生は再び暗がりの中に姿を消して行った。次に暁は『おおすみ』艦橋に向かって、前進の開始を告げる発光信号を送った。すぐに了解の応答があり、救助艦隊は微速で移動を始めた。
響が先頭に立ち、若葉と初霜が左右を守り、暁は後方で警戒に当たった。何せ『おおすみ』は「艦」であって「艦娘」ではない。その図体の大きさは深海棲艦に発見されてしまう危険性はあった。
それでも囮艦隊が戦力の多くを引き剥がしてくれたお陰で、キス島周辺はがら空きだった。
深海棲艦側がこちらからの救助を阻止し、逆に泊地攻略に乗り出して、人類側の意図を挫いたと考えているのかもしれない。
ぜひともずっとそう考えていてほしいものだわ、と暁は思った。
緊迫した時間がもどかしい程ゆっくりと過ぎ去って行き、1メートル毎にキス島に近付くにつれて緊迫の度合いは膨れ上がっていく。
しかし不思議なくらいに敵艦とは遭遇しなかった。巡回している駆逐艦や軽巡の1隻ぐらいと鉢合わせになってもおかしくない。それがかえって不気味だった。
「わざと泳がせてるのかしら…」
暁はそう呟いた。撤収時に待ち伏せしている可能性だ。だがいくら目を凝らしても敵艦の姿は目につかない。
「こちら若葉」
無線機から囁くような声。暁は体全体に冷水を浴びたような感覚になった。しかしあくまで落ち着いた口調で応答する。
「どうしたの?」
「何やら島の端っこに複数の艦影らしきものが見える」
「…こっちに来る?」
「いや、こっちに気付いてはいないようだ。でもタダの岩礁の集まりかもしれない」
「…引き続き監視して」
「了解」
『おおすみ』の艦橋の見張り員も、この敵艦らしき群れを見つけ、監視していた。だがあまりにも遠いし、島の端っこに見え隠れしているのでよく分からなかった。
人型の戦艦や空母、重巡ならばともかく、軽巡や駆逐クラスは人型では無いので、闇の中でじっとされていると判別しづらいのだ。島のシルエットと重なっているなら尚更である。
それから更に何事も無く時間が経過した。
「弥生が戻ってきたよ」
正面からやって来る人影を響が見つけた。弥生は艦隊と合流すると、準備が出来ている事を伝えた。三日月は現地で守備隊員達の直衛を兼ねた誘導を行うとのことだった。
「じゃあ弥生が案内してね」
「了解」
暁は続いて「おおすみ」にLCAC出動の要請をした。
「やっと、俺達の出番ってわけですね」
副長はどこか嬉しそうな表情だ。
「よし、LCACを出し給え」
「了解」
副長は艦内通信機でLCAC格納庫に艦長の命令を伝達した。
格納庫の扉がググッという音と共にゆっくりと開いていく。格納庫内に海水を導入しなくてもいいのがLCACの強みの1つである。
「さあ行くぞ、出発」
OICの指示で1隻目のLCACが海上へと静かに滑り出た。2隻目も時間を置かずに「おおすみ」から出て来た。
この後「おおすみ」は、危険だが停泊してLCACを待つ事になっていた。響、初霜、若葉が守り、暁と弥生は、三日月と一緒にLCACや守備隊の使用するカッターを守る。
LCACは空の状態だと時速70ノットと、帝国海軍艦艇の性能を引き継ぐ艦娘達の最高速度を大きく引き離しているが、今は夜間だから衝突や座礁の危険があったし、
どこかに敵艦がいる状況で、全速力によって発せられる騒音を聞きつけられるわけにはいかない。そういうわけでLCACは20ノットぐらいで進んだ。
先頭を弥生が航行し、後ろを暁が航行していた。
上陸用の砂浜を目指して救助部隊は黙々と進んだ。その間、艦娘やLCAC乗員は周囲を怠りなく警戒した。
「ナビゲーション機能が使えたら良いんですけどねえ…」
先頭のLCACの操舵手がボヤいた。
「仕方無い。今はあの娘達が頼りだ」
OICがそう応じた。「にしても静か過ぎるな。本当に敵艦はいるのか?」
「囮部隊が全部吸い上げたとか?」
別の乗員が言った。
「バカ言え。奴らだって何隻かは残すだろ」
「ですよねえ。あまりにも遭遇しないもので」
「まあ良いさ。いないならいないで都合が良い。朝になったらきっと腰を抜かすだろうよ」
やがてLCACは砂浜に辿り着き、そのまま砂浜へと乗り上げた。エアクッション艇なので陸上での活動もお手の物である。艦娘達は洋上で警戒に当たる。
「えーっと、どこにいるのかな…あ、いたいた」
OICは暗視装置で守備隊員達の姿を認めた。「よし、銃は持ってないな」
守備隊長が予め一度の撤収で可能な人員数で何組かに分けて待機していたらしく、およそ200名くらいからなる一群が走ってくる。
OICは1人でLCACから下りると、砂浜に足を踏み入れた。
守備隊員達はLCACの前で立ち止まると、この一群の指揮官らしき士官が進み出て敬礼を交わした。
「救助に来て頂き、感謝します」
「はっ。それより早く乗ってください。いつ奴らに襲われるか分からんので心臓が止まりそうなんです」
「分かりました」
士官は再び敬礼して、武器や装備をはずして軽量化した守備隊員達に合図した。すると守備隊員達は二手に分かれて2隻のLCACに素早く分乗していった。
「さすがですな」
思わずOICが感嘆の言葉を漏らした。
「我々も早くここから出たいですから」
「では、あなたも一緒に」
そう言って歩き出したが、士官は来なかった。
「いいえ、私は他の部隊も誘導するよう命令されています」
「そうでしたか…では、またここでお会いしましょう」
「はい」
OICはLCACに乗り込む守備隊員達の間を縫って乗船した。

「LCAC、戻りました」
格納庫要員から報告を受けた副長が、艦長にその事を告げた。「おおすみ」は格納庫側をキス島に向けた状態で停泊しているので、LCACはスムーズに「おおすみ」を行き来できるようになっていた。
「守備隊員達を労ってくる。ここを頼むぞ」
「はっ」
艦長は立ち上がると、艦橋を退出した。
守備隊員達を下ろすと、LCACは再び「おおすみ」の外に消えて行った。
周囲はやはり静かだった。

その後も救助活動は滞り無く進んだ。が、あと2度の往復で全員収容されるという時だった。
「副長、左舷前方に艦影多数を視認しました」
艦橋の張り出し部で見張りをしていた乗組員が緊迫した口調で副長を呼んだ。副長は乗組員の隣に立ち、暗視双眼鏡を同じ方向に向けた。
「な…」
副長は絶句した。しかしそのまま呆然とはせず、艦長に知らせるよう命令する。
「ありゃあ同業者のようですな」
いつの間にか隣にいた航海長が言った。同じく暗視双眼鏡を目に当てている。「輸送ワ級が大多数を占めています。それに護衛艦艇が少々」
「こっちに来るのか?」
「来ないで欲しいですが、そういう時に限って悪い方向に進むものです」
「うーむ…だが、これでキス島周辺が静かな理由が多分分かったぞ」
「輸送船団を出迎える為、ですか?」
「ああ。囮艦隊のおかげで、戦力の多くが島から消えた事も大きいな」
「彼女達は生きているでしょうか?」
「…それは俺にも分からん」
「副長、艦長からです」
報告に行かせた乗組員が戻ってきた。副長は頷くと、艦橋に戻って内線を取った。
「こちら副長」
「状況は?」
「目下監視を続けていますが、急いだ方が良いかもしれません」
「ここに向かってきているのか?」
「いえ。ですが、大規模な輸送船団です。発見される恐れが」
「そうだな…引き続き監視を頼む。やばそうならすぐに連絡してくれ」
「了解」

輸送ワ級wa.png

響、初霜、若葉も敵輸送船団の出現に気付いており、「おおすみ」の左舷側に展開した。
「凄い数…」
初霜が言った。
「上陸する気かもしれないな」
若葉がそう推測する。
「あるいは…」
と響が言った。「幌筵攻略の為の支援物資かもしれない」
「どうしてそう思う?」
「戦艦とか空母の姿がさっきから見えない。上陸する気なら、艦砲射撃や空爆要員も一緒に来るはず…でもそれが無い」
「なるほど。確かにそうだわ」
初霜が肯定した。「そう言えば戦艦や正規空母がいないわ」
「支援攻撃無しで上陸するということは?」
「今までの深海棲艦の攻撃パターンから考えるとそれはあり得ないね。上陸してくる時は、しつこく艦砲射撃や空爆を仕掛けてくる」
「もう1つ疑問がある」
「うん。いずれにしても増援要員として戦艦や空母が必要ってことだよね?」
「そうだ」
「これ以上戦力を回せないのかも。北方海域に現れたのはごくごく数日前のことだしね。それに泊地攻略艦隊の戦力も、思ったよりは損害を受けていないのかもしれない」
それを言った響は勿論のこと、初霜と若葉は、泊地に残った艦娘達とT提督の事を案じた。本土からの応援が来ているかもしれないが、ここからでは分からない。

深海棲艦に更なる動きがあったのは、最後の往復の為にLCACが「おおすみ」の外に出た時だった。
「敵輸送船団がこちらに移動を開始しました」
見張り員の言葉に、艦橋内の空気の張り詰めの度合いが高まる。小さいが動揺の声も漏れた。
副長はあくまで冷静に努め、すぐに艦長に報告し、通信傍受を避ける為に響を艦橋に呼んだ。艦長と響が艦橋に到着したのはほぼ同時だった。
「ギリギリまで粘れないのか」
「はい。収容中に間違いなく発見されます。ここから移動しないと危険です。LCACには飛び乗ってもらうしかないでしょう」
「だがその前に攻撃される恐れがあるぞ。護衛による牽制を考慮にいれてもそのリスクは避けられんはずだ」
「最大速度で飛ばせばなんとかなるでしょう。多少の強風と水飛沫は我慢してもらう事になりますが」
「だが人員を満載した状態でどこまで出せるか疑問だぞ。それにこちらに飛び乗るとなると直線上を進むことに成る。電探を持った奴に攻撃されたら直撃弾を浴びる可能性もある」
すると響が口を開いた。
「では、私達が深海棲艦を引き付けます」
「…どういうことだ?」
真意をはかりかねた様子で副長が聞き返した。
「『おおすみ』を護衛しながらの退避では無く、こちらから敵艦隊に斬りこんで『おおすみ』に注意を行かせないようにするのです」
「…危険だぞ。いくら輸送船団とはいえ、巡洋艦クラスが護衛として付き添っているはずだ。対してこっちは…」
「駆逐艦6隻。勿論分かっています。ですが輸送船の群れの中に飛び込めば、敵の護衛はこちらを攻撃しにくいはずです。退避完了まで引っ掻き回した後、こちらも別ルートで撤収し、後から合流します」
「だが危険だ」
「もう時間がありません。敵はもう目と鼻の先です」
艦長も首肯した。
「響の言う通りだ。他の手を考えている暇は無い」
「…頼んだぞ」
副長もそれ以上時間をロスするつもりは無かった。
「任せて下さい」

初霜がLCAC部隊に「おおすみ」が先行して離脱を始める事を伝えに行った。そして弥生に引き続きLCAC部隊の護衛を任せ、暁を連れて戻って来た。
弥生を残したのは三日月に知らせる為でもある。
敵船団とは逆方向に転舵してキス島からそろりそろりと離脱していく「おおすみ」を横目に見ながら、暁は響達と合流した。
「結構大胆な事をやるのね」
暁はそう言った。
「それを言うならこの救助作戦そのものが大胆だと思うが」
若葉が突っ込みを入れる。
「ま、まあそうだけど…それで、どうするの、響?」
「4方向から突撃し、可能な限り蹂躙する。若葉と初霜は左側から、暁は右側から。正面は私が務めるよ」
「それこそお姉さんの私が引き受けるべき仕事よ。正面からだと危ないわ」
「不死鳥の名は伊達じゃない。それに私が言い出しっぺだ。私がやるべきだよ」
「うーん。言い争ってる時間も無さそうだしね…」
深海棲艦はもう近い。これ以上モタモタしていると攻撃機会を逸してしまうだろう。三日月と弥生は後から攻撃に加わることになっていた。
「よし。みんな、準備は?」
響は3人を見回した。
「いつでもいけるわ」
「大丈夫だ」
「やっちゃいます!」
暁、若葉、初霜の順番で答えた。

輸送ワ級の船団の先頭を進んでいたのは軽巡ト級で、その左右には駆逐イ級が2隻ずつ展開して警戒に当たっていた。
この護衛艦艇3隻は、前方から突撃してくる物体を発見し、船団中に戦闘配置を知らせた。
軽巡ト級と2隻の駆逐イ級は星弾を突撃してくる物体の上空に星弾を発射した。星弾が照らし出したのは紛れも無く響だった。星弾の明かりに怯まずに突っ込んでくる。
「さて、やりますか」
響は星弾の事など気にも留めていなかった。回避するどころか12.7サンチ連装砲を深海棲艦に向ける。
ト級とイ級の砲身が動いて響に向けられる。輸送船団は転舵を始めていた。輸送船団の間を通過して急行する増援の駆逐艦や軽巡。
射程としては軽巡主砲の方が上である。ト級は砲撃を開始しようとした。
が、その瞬間。右舷側のイ級が側面に砲撃を受けて炎上し、爆沈した。若葉と初霜の攻撃だ。
「見てなさい!」
初霜の放った主砲弾は1隻の輸送ワ級に直撃した。他の深海棲艦が対処すべく動き出す。
しかし今度は暁が突入してきた。
「突撃するんだから!」
暁は全速力で距離を詰めていくと、駆逐イ級を1隻中破させた。
3方向から接近する艦娘達に敵は態勢を整え直すのに少し時間が掛かった。だが艦娘達にとってはそれで十分だった。その間に輸送船団に肉薄することに成功していた。
ト級の速射砲が火を噴いたが、響は難なく回避した。
「無駄だね」
響はお返しの砲弾をト級に叩き込んだ。口の中に砲弾が飛び込み、ト級は破裂するように爆発して沈んでいった。
その横を通り抜けた響は、逃げようと虚しい努力を試みる輸送船団の中に踊りこんだ。
「後方から敵駆逐!!」
若葉が初霜を追う駆逐ハ級を見つけて12.7サンチ砲を構えた。しかし発砲する前に初霜は振り向いてニ級を撃破した。ニ級は炎上しながらたちまち失速する。
狙い通り、輸送船団を抱き込んでいるので敵護衛艦艇は艦娘に狙いをつけづらいようだ。
輸送船団の範囲は実に広かった。響達は手当たり次第に輸送ワ級を仕留めていった。時々敵駆逐や軽巡が姿を現すが、すぐに輸送ワ級を盾にするようにして攻撃を防ぐ。
次々と沈んだり航行不能になる輸送ワ級。
しかし敵側もずっと手をこまねいているわけではない。
「響、輸送船団が分離しているわ!」
暁の言葉に周囲の様子を注意して見ていると、まだやられていない後方側の輸送ワ級達の守りを固める深海棲艦の姿があった。前方の輸送ワ級達は見捨てられたようだ。
それは見捨てられた側の輸送ワ級達も承知していた。彼らは逃げようとするのをやめ、逆に艦娘達に向かってきた。
「くそ、邪魔する気か!」
左右から挟み込もうとした2隻のワ級を回避して撃破した若葉が叫んだ。
「12時方向より敵水雷戦隊!!」
初霜が注意を促した瞬間、水柱が艦娘達の周囲に立ち上る。何発かは輸送ワ級に直撃した。だが見捨てられた輸送ワ級なので敵にとってはそれは問題では無いのだ。
「軽巡ト級エリートよ!」

ト級エリートの画像 to.JPG

暁が識別した。赤いオーラのようなものを纏った軽巡ト級は、それぞれが後ろに軽巡と駆逐を従えていた。駆逐艦にとっては軽巡洋艦クラスも脅威だ。しかもエリートが相手である。
ト級エリートが腕を振って指示を出し、配下の艦艇が左右に展開し始めた。
「包囲するつもりだわ!」
初霜が言った。
「一旦合流!各個撃破されるとまずい!」
響の命令で艦娘達はすぐに転舵した。敵側もそれを察し、そうはさせまいと砲撃してくる。ワ級も邪魔しようと身を挺して襲い掛かってくる。砲弾は海面か輸送ワ級に着弾する。
「どいて!邪魔よ!」
暁は鬱陶しそうだ。
輸送艦は戦闘艦では無いので機動力こそ低いが、それでも彼らの妨害行為は艦娘達に無駄な動きを強いた。
「ひゃ!!」
暁の顔の横をト級の砲弾が掠めていった。
「暁、大丈夫か!?」
響の心配そうな声。
「へっちゃらだし」
しかし暁の声は震えていた。肩越しに振り返ると、軽巡ホ級1隻と駆逐イ級2隻が追いかけてきていた。再び砲撃があり、暁は回避しようと転舵した。
が、視線を後ろに向けていたせいで、輸送ワ級がいつの間にか暁の針路上に立ちはだかっていた事に気付くのが遅れた。
「きゃあっ!」
咄嗟に体を横に向けたおかげで、正面からワ級に激突することだけは避けることができた。だが凄まじい衝撃で機関部が抗議の呻き声を上げた。
暁を止めた輸送ワ級は、船体が大きく傾いたものの復元し、全力を振り絞って暁を釘付けにしようとする。別のワ級が文字通り挟み撃ちにしようと近付いてきたが、これは暁が撃破した。
今このワ級ごと撃つのは得策ではないと判断したのか砲撃は無いが、近接の砲雷撃を受ければひとたまりもない。暁はこのワ級から離れようともがいたが、ワ級はその度に船体をすり寄せて妨害してくる。
その間に軽巡と駆逐が必殺の距離に達しようとしていた。
「あっち行って!!」
暁は離れないワ級に砲弾を撃ち込んだ。ワ級は爆発音と共に炎上したが、僚艦の攻撃を最後まで助ける為に怯む気配が無い。獣のような唸り声を上げながら尚も暁に張り付き続ける。
そして遂に追っ手が必殺の距離に達した。ワ級ごと始末しようと砲口と魚雷発射管を暁に向けた。すると突然、爆発と水柱が彼らを包み込んだ。
「え?」
何が起こったか分からず、暁は目をぱちくりさせた。水柱が消えた時は、敵艦の姿は無かった。
呆然とする暁の右腕を誰かが掴んで引き寄せた。
「行くよ、暁!」
「響!?」
「とにかく行くよ!」
響は暁を引っ張って走った。響の魚雷が追っ手を直撃したのだ。敵は暁を仕留めることに集中していたせいで、響が魚雷を発射したのに気付かなかったのである。
「響、私の機関部がどうもおかしいわ!」
「このまま手を離さないで、良いかい!?」
「分かった!」
そのまま暁と響は、初霜と若葉と合流した。
敵は怒り狂っており、艦娘達を生かして返さないつもりだった。ト級エリートは、もう1つの水雷戦隊と二手に分かれて4人の駆逐艦娘達を包み込もうとする。
距離を取ろうと突っ走る艦娘達。しかし暁を曳航しているので最高速度を発揮できず、左右に敵軽巡と敵駆逐が並走し、同航戦となった。
「このままじゃやられるわ!」
初霜が叫んだ。
「敵が幅寄せしてきてるぞ!」
若葉が敵の新たな動きに気付いた。だが速度は互角。急停止しようにも、敵艦はそれを阻止する為に背後に壁を作っている。
更には徐々に先頭に突出し始めた1隻の駆逐ハ級が、艦娘達の行く手を阻もうとした。
主砲で狙おうとした暁を響が止めた。
「ダメだ!失速してこっちに衝突するよ!」
「そ、それでなくとも速度を落としてきてるわ!」
「このまま押し潰すつもりよ!」
初霜が敵の意図に気付いて叫んだ。
しかしその時、睦月型2隻が戻ってきた。
「当たって…っ!」
「これでどう?」
三日月と弥生が背後から砲弾と機銃弾を敵艦隊に撒き散らした。何隻かの敵駆逐艦が被弾、炎上し、敵の隊列は乱れた。左右の戦列は後方に気を取られ、一時的に砲火が止んだ。
すかさず響が指示を飛ばす。
「敵艦隊の隙間から突破!」
響達は右側の隊列に割り込むようにして滑り込み、敵艦と敵艦の間をすり抜けて包囲網を脱出することに成功した。その後体を反転させて砲口を、側面を晒した状態の敵艦隊に向ける。
深海棲艦達は慌てて対応しようとしているが、遅かった。
「てー!」
響達は主砲を一斉射した。至近距離での砲撃なので砲弾のほとんどが直撃し、右列の敵艦群は次々と爆発して落伍していった。
続けて響は右腕を上げて振り下ろした。
「突撃!」
それでも左列にいたト級エリート達は、三日月と弥生による奇襲から立ち直り、横と後方からの十字砲火を避ける為に後退しながら魚雷を響達目掛けて放った。
「魚雷よ!」
暁が響の肩を何度も叩いた。
「回避!」
艦娘達が魚雷の射線の間に入ったのと、深海棲艦の一斉射撃はほぼ同時だった。ト級エリートは素早い判断で艦娘達の回避行動を制限し、砲弾を浴びせかけようとしたのだ。
砲弾による水柱は艦娘達に悲鳴をあげさせ、しかもト級エリートの砲弾1発が初霜に命中していた。よろめく初霜。その眼前に魚雷が迫る。
「初霜…!」

若葉若葉.png

左隣に位置していた若葉が飛び出し、初霜を抱え込むようにしてタックルをかけた。初霜は魚雷の射線から離れたが、若葉に魚雷が命中した。
「…若葉!?」
初霜は我に返った。自分自身も中破一歩手前の損害を受けているが、若葉は深刻だった。大破していることは暗くても分かった。
魚雷をやり過ごした暁と響が2人の前に立ちはだかって応射する。
「くそ、私の判断ミスだ!」
響が唇を噛む。そんな響に暁が叱咤する。
「誰のせいでもないわ!今は撃ちまくるだけよ!」
ト級エリート達はすぐにでも追い撃ちをかけたかったが、三日月と弥生の攻撃で一旦退散した。程無くして三日月と弥生が合流した。
「若葉が大破したのよ!」
最初に初霜が言った。
「初霜さんも損傷しているようですが」
三日月がそう指摘すると、初霜は首を横に振った。
「機関部は問題無いわ!主砲は使えないけど…でも若葉の方は曳航しないと!」
「暁も機関部に異常が発生している。こっちは応急修理すれば問題無いだろうけど、時間が必要だ」
響がそう言うと、暁は虚勢を張った。
「暁は大丈夫よ、航行に支障は無いわ」
「だが念の為に曳航しておかないと」
「だから私は…」
「皆さん、それよりもここから退避しましょう!危険すぎます!」
三日月の言う事はもっともだったので、響は暁を曳航しながら殿を、三日月が先頭に立ち、若葉を曳航する初霜と弥生を間に配置した。
「敵艦、反転して戻ってきます!」
三日月は砲身をト級エリート達に向ける。3隻ずつ二手に分かれ、十字砲火を浴びせようという腹のようだ。
「どうする?」
響が聞いた。
三日月は数秒間考えてから肩越しに響を振り返った。
「…どちらか一方に、集中砲火を浴びせて突破口を開くしかないかも…」
「私が囮になるわ」
そう言ったのは暁だった。響と三日月は一斉に暁に顔を向けた。
「暁…?」
「私が落伍したふりをするから、それに気を取られた瞬間を狙って攻撃して」
「危険です、それなら私が囮になります」
三日月が止めたが、暁はかぶりを振った。
「無傷のあなたが行ったって意味無いわ。損傷している私が行ってこそ意味があるわ」
「敵発砲!」
弥生の警告で、艦娘達は一旦回避運動した。砲弾は全てはずれ、水柱を立ち上げた。
「時間が無いわ、じゃあ私が行くわね?」
暁は響から離れた。
「暁」
暁は一旦立ち止まった。
「何?響」
「ジュラーユ シャースチャ…幸運を祈る」
「うん、分かった!」
暁は笑顔で頷くと、機関部からモクモクと黒煙を噴き出しながらよろよろと陣形から迷い出た。その先には軽巡ホ級と駆逐ニ級が2隻いた。
それに気付いたホ級達は、暁に照準を合わせる。
「やぁ!」
先に暁が砲撃する。その砲弾を安安と避けてホ級達が撃ち返す。暁も回避するが、機関部の調子がおかしいのは事実なので、思ったような動きが出来ない。
敵側も、本当に暁が損害を受けているのを確認したようだ。響達を後回しにして暁に向かって砲撃が繰り返される。
「早く!」
無線越しに暁の悲鳴混じりの声が届く。
「急ぎましょう!」
三日月は12サンチ単装砲を持ち直した。
「ダー」
響も12.7サンチ砲を構え直す。
「私も行く?」
弥生が聞いてきた。
「いいえ、あなたは初霜さんと一緒に若葉さんの護衛をお願いします」
「了解」
「響さん、準備は?」
「ダー。いつでも」
「目標、側面から来る敵艦隊!砲雷撃戦、行っきまーす!」
「ウラー!!」
三日月と響は、ト級エリートと駆逐ハ級2隻から成る部隊に突撃を始めた。ト級エリートが攻撃してきたが、簡単に回避する。暁が引き付けてくれている間が勝負だ。急速に間合いをつけていく。
「私は魚雷を撃ち尽くした。三日月が雷撃を!」
「了解!雷撃用意!」
三日月の3連装魚雷発射管がガシャンと前を向く。
こちらの意図に気付いたト級エリート達は尚一層激しく砲撃してくるが、響と三日月はそれぞれ左右から迫ってきているので砲撃が分散されてしまう。
もし響に魚雷が無い事を知っていたなら三日月を集中攻撃していたであろう。
それでもさすがはト級エリートである。砲弾が響の直近を掠め、艤装の表面を削り取った。
「くっ…」
しかし響は怯まない。互いに命中弾を得られないまま距離が縮まる。
そして。
「てー!」
三日月は魚雷を全弾発射して離脱していく。響も同じタイミングで離脱して敵を欺く。2隻の駆逐ハ級は、ト級エリートの左右に立ちはだかり、盾となろうとした。
10秒後、左側のハ級が轟音と共に爆発し、轟沈した。しかし右側のハ級には何も起こらなかった。無理もない。その方向からは初めから魚雷は発射されていなかったのだから。
しかし深海棲艦は戸惑っていた。そこへ響と三日月が突っ込んできた。完全に不意を突かれた形となった。慌てて砲撃するが見当違いの方角へ姿を消していく。
「遅いよ」
響はそう呟くと主砲弾をハ級に撃ち込んだ。直撃弾を浴びたハ級はたちまち炎上し、三日月がこれに止めを刺した。
今度はト級エリートが応戦を始めたが、もはやどうしようもなかった。
「発射」
響がト級エリートの顔面に砲弾を送り込んだ。三日月は背後から攻撃した。弾薬庫に引火し、ト級エリートは爆沈していった。
「暁さん、無事ですか!?」
三日月がすぐに無線を開いた。
「派手にやったみたいね、こっちは大丈夫よ!弥生が手伝ってくれたから!」
「え?」
「弥生の魚雷で駆逐艦2隻を轟沈、あとの1隻は2人で仕留めたのよ!」
「そうなの?弥生」
「敵がどうにも単純な頭で助かりました」
「損害は?」
「私にも暁にも損害はありません。若葉と初霜にもこれ以上の被害はありませんでした」
「分かりました。合流後、ここから離脱します」
「了解」
すぐに6人は合流した。輸送船団は撃破されたものを除いていつの間にか現海域から逃げ出したようで姿が無い。
「『おおすみ』はもう離脱したのかな」
暁は『おおすみ』がいた方向を見た。
「さすがに無線交信はできないね。でも同じ方向から逃げるわけにもいかないよ」
響の言はもっともだった。同じ方向で逃げると敵も同じ方向から追撃してくる。そうなると『おおすみ』が早く発見されてしまう恐れがある。
「別方向から離脱後、転針して『おおすみ』と合流しましょう。合流地点は既に打ち合わせ済みです」
三日月は弥生、暁、響、若葉、初霜を先導して、『おおすみ』の離脱方向とは別方向からキス島周辺海域から離脱していった。

続く

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