「あなたも律儀なものね。セレスさんのあんなただの悪乗りに付き合って、一人寂しく居残りなんて。 それにこの時期はまだ冷えるでしょう? 風邪を引いても知らないわよ」 #br 「はは……心配してくれるんだね、やっぱり霧切さんって優しいよ」 #br 「呆れているだけよ、こんな貧乏くじ、サクラの木の下にでも埋めればいいだけなのに」 #br 「それはなんか怖いからいいかな……。それに、ボクは貧乏くじとも思ってないしね」 #br 「……どういう事?」 #br さっぱり言っていることが理解出来ないようで、霧切さんは露骨に表情を崩した。 普段ではあんまり見られないものだから、ボクまで面喰ってしまった。けど、すぐに言葉を続けることにした。 あんまり見られないってだけで、全く見ないってことではないからな。ちょっと嬉しくなるのは否めないんだけど。 #br 「なんかさ、祭りの後の空気って良いと思わない? 夢の跡というか……昼間の華やぐ明かりの名残というか……。 ボクはさ、昔からみんなの賑やかさの中にいるのが結構好きなんだよ。ボクなんて才能と個性が溢れるこの学校の生徒の中では、浮いたような存在だからさ。 だから楽しいんだよ。普通では居られない、この場所の空気を味わえるってことが。しかもこの空気を一番長く味わえているのはボクだしね。 ……やっぱりボクって幸運なんだな。普段は寧ろ逆に思えるんだけどね。それこそ貧乏くじばっかり引かされているようで」 #br いつもの癖で、つい頬を指で掻いて、苦笑してしまった。……だってしょうがないじゃないか。 こんならしくもない恥ずかしい言葉を並べて、熱にのぼせ上ってしまったんだから。やっぱりボクも空気に浮かされているみたいだ。多分それだけではないんだろうけど。 なんか霧切さんの反応を見るのが怖くて、顔を俯かせてしまう。どんな顔をしているのかな? 笑っているのかな? 呆れているのかな? しょうがないとはいえ、目線を上げてそれを視界に入れるのが怖かった。……でも、案外悪い気分でもないのかもしれないな。 #br いつもそうだった気がする。霧切さんと接している時は。 初めて会った時から気難しくて、人を寄せ付けない雰囲気を発していて、ある程度仲がいいと言える関係になった時期も、クラスのみんなの中では遅い方だった気がする。 だけど、霧切さんとの距離の取り方を伺う時間は、不思議な空間に迷い込んだような錯覚があった。 冷淡とは言えないけど、そっけなくて、表情も堅くて、会話もあんまり広げてくれないけど、それでもボクは結構嬉しかったんだ。 ……なんでかな。上手く言葉に出来ないや。 #br 情感に酔っていると、不意に、夜風がボクの火照った身体を冷ました。霧切さんの言った通りで、この季節の夜は、まだまだ冷え込んでいるみたいだ。 露出している手はかじかむし、頬を突き刺すような鋭い寒気は、とても冬が終わったとは思えないものだった。 ……だけど、鼻腔にだけは、四月の香りが広がっていて、くすぐるような匂いはちょっとだけボクの心を暖かくした。 #br 「相変わらずの前向きさね。不運も幸運も、結局はその人の受け取り方次第ってことかしらね。 ……ふふっ。あなたはきっと、才能や個性に欠けている人間じゃないわよ。これは、超高校級の探偵の名を、自ら学園に売り込みをかけた私の推理よ。外れているはずがないわ」 #br 力強い、断定するような口振りは、紛れもなく霧切さんのそれだった。 言葉の節々にある温もりですら、紛れもなく霧切さんのそれだった。 #br 自然と面持ちを上げ、霧切さんの方へ顔を向けた。 ……目線が交わることは無かった。ボクが見ているものと、霧切さんが見ているものが違ったから。 #br 霧切さんの視線の先にあったのは、電灯と更待月のスポットに当てられた、満開の夜桜だった。 いや、満開と呼ぶには語弊があるかもしれない。風に散る桜吹雪の規模は小さいものではないし、花の質量は八分咲きにすら近いかもしれない。 それでもその趣を損なう要員は欠片も無く、寧ろ昼間の華やかな賑わいと照らし合わされていたような木とは、一線を画していた。 #br 綺麗だった。 #br 「……確かに、あなたの言っていることは正しいのかもしれないわね。私も好きよ。祭りの後の空気って」 #br ボクが見ているのは、はにかむように桜を見上げ、かじかむようには見えない、厚い手袋を付けたその手で、風に靡かせた長い銀髪を押さえている、霧切響子だ。 #br 「夜の桜も趣が違うわね……こんな綺麗なものを見られるのだから、遅くまで残っていることも、そんなに悪いものではないみたいね。……それに、あなたと一緒だから」 #br 彼女に見惚れていたボクの思考を呼び戻したのは、数秒遅れて付けたされた、甘い響きだった。 思わず、頭がクリアになる。……いくらなんでもおかしいような。素面で言えるような台詞じゃないだろ……。 もしかして夢? いやいや、なに考えてんだよ。だったらこの火照りはどう説明すればいいんだ? ……素面。……あっ。 #br 思い出した。悪乗りついでに、江ノ島さんが度の強い日本酒の瓶を持ち出していたことを。 #br 『大丈夫だって! どうせばれても希望ヶ峰学園の生徒なんだから圧力でどうにでもなるって!』 #br 咎めるボクに言ったのはそんなとんでもない言葉だったっけな……しかもただの麦茶や水に紛れ込ませて、被害者がそれなりに出た気がする。 ボクはなんとかどんちゃん騒ぎには巻き込まれないで済んだけど……。それに霧切さんだってさっきまでは普通だったよな。 しかもあの常に神経を尖らせている超高校級の探偵の霧切さんがそんな手に引っ掛かるか? ……わざと飲んだとか? ……いや、まさかね。 #br 「苗木君。さっきから表情を変えすぎよ。そんなにおかしいかしら? 私が素直に好意を示したら」 #br 相変わらず微笑を続けている。ボクの動揺に機嫌を損ねることも、良くすることもなく、安定した存在がそこにあった。 ……なんかもうお酒がどうとかどうでもよくなって来たな。 #br 「……ううん、おかしくないよ。今の霧切さん、とっても綺麗だから」 #br 「……えっ?」 #br 「いつもそうしていればいいのになぁ……霧切さんってとってもかわいいのに、滅多に笑ってくれないから。 いや、最近はそうでもないのかな。でも、今みたいに笑ってくれるとボクなんて一瞬で持っていかれちゃうよ。本当に霧切さんはかわいいなぁ!」 #br 「し、素面では言えない言葉ね、本当に思っていたとしても、バカ正直で、どうしようもないぐらい隠し事が下手くそで、 ちょっと揺さぶっただけで簡単に見透かせるようなあなただとしても、 そこまでキザな台詞を言えるような人間には見えないわね。もしかして超高校級のプログラマーが作った偽物の苗木君なのかしら? それに、希望が峰学園の技術力なら、ホログラムを実体に見せかけるぐらいは出来そうだしね」 #br 「……実体かどうか、確かめてみる?」 #br 「……ちょ、ちょっと。苗木君」 #br 思考力を的外れな方向へ向けて、あらぬ言葉を捲し立てる霧切さんの身体を、そっと抱き寄せた。 ボクより目線が高い彼女は、笑っちゃうぐらい華奢で、今だけは男女の差を自覚させられた。 #br 「……結構さ、霧切さんって暖かかったんだね」 #br 「……なによ、それ。私が冷たい人間とでも言いたいのかしら?」 #br 「……違うよ。初めて知ったから、嬉しくなっただけ」 #br 「……そう」 #br #br #br #br #br #br #br #br #br 「苗木君、お酒臭いわ」 #br 「……やっぱりバレた?」 #br もう夜も更けるまでじっとしていた気がするけど、沈黙を破ったのはそんな名推理だった。 #br 「てっきり霧切さんも飲んでるからおあいこなのかなぁ……って思ったんだけど」 #br 「私があんな手に引っ掛かるわけないでしょ。あなたじゃないんだから」 #br 「あはは……やっぱり」 #br 確かにどんちゃん騒ぎには巻き込まれなかったけど、運よく迷子になっていた子供の案内をしていただけで、お酒自体は飲まされてしまっていた。 帰って来たらあの惨状で、誰も後片づけを出来そうになかったから、ギャンブラーのセレスさんがくじ引きで一名に押し付けようとしたのが事の発端だった。 運がいいのか悪いのか、ボクはそのくじを引いてしまって、熱に浮かされてしまって、霧切さんとなんか思い出を作ってしまったらしい。 ……やっぱり超高校級の幸運って合っているんじゃないか? #br 「……あれ? ということは、霧切さんはお酒を飲んでいなかったんだよね?」 #br 「だからそう言っているでしょう?」 #br 「じゃあさっきのあれって……」 #br 「……帰るわよ、もう日付が変わっているんじゃないかしら」 #br 「あっ、待ってよ!」 #br お決まりのように、帰路につく霧切さんの後ろを追いかけて行った。 霧切さんの心の内なんてボクに推理出来るはずもないけど、少しだけ、距離を縮められた日にはなったかな。 #br #br #br #br #br ----