LC-PC-01前
(▌=アーミヤ/ロドスアイランド、▌=スカジ/ロドスアイランド)
▌<私は…。>
▌<ロボトミー支部を探査してて…。>
意識が段々と底へ沈んでいく。
形もないはずの認識が、やがて巨大な川へと流れ込み絶え間なくさらわれながら、あてもなく押し流されていく。
▌<幻想体と…出くわした。>
▌<私たちが探索していた鴻園のロボトミー支部には…。>
▌<幻想体は残っていないって…ソードが言ってたのに…。>
突如現れたその幻想体は、これまで相手取ってきたどの個体よりも異質で…。
深い青で満たされていた。
限りなく青く、底知れず惹きつける未知の幻想体。
それについて思い起こそうとした刹那―
▌<…!>
無数の風景と数え切れない思考が満ち潮のように脳裏へ押し寄せ、掴む間もなく引いていく。
気づいたときには、それは既に私の意識のどこかを漂流していた。
▌<いつまで…流されていくんだろう…?>
意識がどこかへさらわれていく…馴染みのない感覚。
そのまま長いあいだ彷徨っていると―
▌…さん?
そうして浮遊していた私を、馴染みのない声が掴み上げる。
▌ダンテさん…で、合っていますか?
▌<…?>
その声に合わせて、すっかり白く霞んでいた視界が徐々に澄んでゆく。
視線の先では、誰かが私を案じるように見つめていた。
▌<とりあえず…合ってるよ。>
▌あぁ…!よかった…。
▌グレゴールさん!海岸で、ダンテさんと思わしき人を見つけました!
▌<ところで、どちらさ―>
頭に動物のものと思しき耳がぴょこんと生えた見知らぬ相手に、質問を続けようと思ったけど―
▌<うぐっ…あ…。>
言葉の代わりに、微かな夢の記憶と共に眠気がどっと押し寄せてきた。
気を…しっかり保たないと―
また、どれほどの時間が過ぎたんだろうか。
朦朧とする意識をなんとか取り戻して周囲を見渡すと、見知らぬ風景が目に飛び込んできた。
そして、その景色を黙って見つめる見知らぬ少女、おそらく…私を助けてくれた人物が岩に腰掛けている。
よく見ると…あれは動物の耳?
…それはどうでもいいとして。まずは、この場所がどこなのかを知るのが先決だろう。
▌<いったい、ここは…。>
▌ここはイベリアの海岸です。お身体は大丈夫ですか?
▌<ちょっとボーッとしてるけど大丈夫。ところで…イベリア?>
▌はい、イベリアです。
海が見えるということは…「大湖」…U社の近くかな?
U社に立ち寄ったときにも聞いたことない地名だけど…都市については、未だに知っていることより知らないことの方が多いから、何一つまともに推論することができなかった。
▌さっきちょっと目を覚まされたとき、仲間の方々へ無線で連絡しました。少し待てばこちらに来てくれるはずです。
▌<そうなんだ…。>
▌<……。>
▌<なかま!?もしかして、囚人たちに会ったの?>
一気に頭が冴えた。そういえば囚人の姿が1人も見当たらなくない?
▌しゅう…じん?
▌でも…多分会ったと思います。頭の代わりに時計の付いてる人を必死で探していらっしゃったんですよ。
▌おかげさまで倒れたダンテさんを見るやいなや…あの方々が探している人だっていうことがすぐに分かりました。
▌<この時計頭が役に立つ日が来ることってあるんだ…。>
▌ふあっ、はっ…あっ!管理人の旦那!
▌ダンテさん!
見知らぬ風景。見知らぬ人々。そんな異質さの中で、見慣れた顔がひょいと飛び出してきた。
▌<グレゴール!ホンル!>
▌海岸で倒れてるって聞いたから、ふぅ…。大変なことでもあったんじゃないかって思って急いで走ってきたけど…。ふぅ…無事そうで何よりだよ。
▌海に落ちちゃったんですか?
▌<分かんない…。>
▌<まぁ、この頭だから無事だったみたい。水が飲めないのも、たまには役に立つね。>
▌念のために絶対に後で点検は受けとけよ。その頭…防水なんだよな?
荒い息を整えたグレゴールは、冗談めかしながら煙草一本を取り出して火を点けた。
あの様子からにじみ出る余裕を見ると…思ったほど危険な状況じゃないのかも。
▌<ところで…何が起きたの?ここはどこなんだ…。>
▌シーチュンが紹介してくれたロボトミー支部を捜索するために入ったのは覚えてますか?
▌<あぁ…うん。>
▌<そうだった、初めて見る幻想体と出くわして…。>
▌何かを試す間もなく、幻想体に吸い込まれましたよね。
▌ふぅ、あのときは本気で死ぬかと思ったぞ?管理人の旦那まで巻き込まれたから…もう全部終わりかぁって。
▌幸いなことに気がついたら全員地面に転がってたけど、無事だったさ。管理人の旦那が見当たらなくて大騒ぎにはなったけどな。
▌<……。>
▌すぐにダンテさんを探しに行きたかったんですけど…みんなここがどこか分からなくて、少し時間が掛かったんですよ。
▌<え…U社の大湖…じゃないの?>
▌うーん…他の方もそう推測していましたけど、違う可能性が高いですね。イシュメールさんが21区ではないだろうとおっしゃってたんですよ。
▌「外郭」のまだ知られていない大湖の一部の可能性はある、とは言ってたけど…そこのうさ耳お嬢さんの話を聞くと、そうでもないようでな。
▌テラの各地でいろんな人に会ってきましたけど、イベリアの海をそんなふうに呼ぶのは聞いたことがありません。
▌<テラ?イベリア?>
聞き慣れぬ単語に疑問を抱いたそのとき、もっとも根本的な問いが不意に脳裏をよぎる。
▌<と、ところで君は誰?>
▌えっ、なんだ?今更?
▌<取り乱してて…。>
▌ふふ…さっき目覚めたばかりですし、仕方ないですよ。こちらは…あ、ご自分でなさいますか?
▌ロドス・アイランドのリーダー、アーミヤです。アーミヤと呼んでください。
▌<リンバス・カンパニーの管理人、ダンテっていうんだ。遅くなったけど…助けてくれてありがとう。>
▌その…話を聞く限り、ロトゥスってのは結構規模のある製薬会社らしいんだ。だけど…。
不安げに言葉を濁したグレゴールが頭を掻きながら、複雑そうな心境で言葉を続ける。
▌このうさ耳お嬢さんは、「頭」が何かまったく知らないんだ。
▌グレゴールさんがおっしゃった特徴を備えた方々で、「頭」という名称を使う組織は…私の知る限り、テラには存在しません。
▌それから…ロトゥスではなく、ロドスです。
▌<ごめん、グレゴールって名前を覚えるのが苦手で…。>
▌<まって…それって、ここが「都市」じゃない可能性があるってこと?>
▌規模が大きい企業の偉い方々であれば…「頭」について僕たちより詳しいはずですから、全く知らないというのはあり得ないと思います。
▌まぁ、知られてない外郭か遺跡…だろ。たぶん。
▌もしかすると…本当に異世界に落ちてしまったのかもしれませんね。
▌<……。>
二人の話は…漠然としているどころか、皆目見当もつかないレベルだった。
廊下の扉を通って外郭へ出たときとは、まるで違う状況。
そんな私の憂鬱な感情を感じたのか、アーミヤは心配げにこちらをじっと見つめていた。
▌見当はついています。
▌<ホント!?>
▌はい。イベリアでは最近、正体不明の次元ポータルが海上に出現して以来、さまざまな異常現象が相次いでいます。
▌そのポータルは、はるか彼方…私たちが観測したことのないどこかと繋がっているそうです。だから、おそらく…。
▌<私たちは、その次元ポータルという場所を通ってここへ来たかもしれないってことだね。>
こういうときはやはり、ファウストの意見を聞きたいけど…。
…そういえば、他の囚人たちはどこにいるんだろ?
▌今になってキョロキョロするのはちょっと遅くないか、管理人の旦那…?
▌他の皆さんは近くの村に滞在していらっしゃいます。役割分担をして…ダンテさんを探したり、村の手伝いをしていましたよ~。
▌縁もゆかりもない土地で人探しは骨が折れるなぁ…。だから昨日から寝てなくて…ふぁあ。
▌<夜通しご苦労様…。ってことは、来たのは二人だけなの?>
▌いんや、イシュメールさんとイサンさんも一緒に来たさ。俺たちが最後に組まれた班でな。二人もそれぞれ別方面に分かれて管理人の旦那を探してるはずだよ。
▌ふふ…アーミヤさんから通信機をお借りできたおかげで、僕たちはすぐ合流できたんですけど、他の方々はそうもいきませんからね。
▌俺たちは運が良かったってこった、まぁ。あの二人は連絡手段もないから…約束の帰還時刻まで苦労するだろうな。
▌さっきおっしゃっていた、あの村ですか?
▌あぁ、アーミヤさんは見たことないって言ってたっけ?まぁ…確かにちょっと辺鄙な場所にあるしな。
▌<とりあえず、他の囚人にも会わないといけないから…。村に行って合流した方が良さそうだね。>
▌……。
考え込むように、アーミヤはしばし思案したのち慎重に口を開いた。
▌私も同行します。
▌断る理由もないんじゃないか?管理人の旦那を見つけてくれただけでもありがたいのに、ここらのことは俺たちよりずっと詳しそうだし…。
▌はは…私もイベリアに特別詳しいわけではありませんが、それでも皆さんのお力にはなれると思います。
▌イベリアは国境を封鎖し、他国の干渉を完全に排除していますが…任務前に簡単なブリーフィングは受けました。
▌国境封鎖…じゃあ、アーミヤさんはどうやって入ってきたんだ?
▌ケルシー先生の作戦に従って、密入国を…。
▌<み、みつにゅうこく!?>
▌あれ?それじゃあアーミヤさんは許可なく区域を越えてきたってことですか?
▌次元ポータルの原因を調べるには、イベリアの国境を越える必要がありましたので。
▌<製薬会社って、そんなこともするの?>
▌規模の大きい製薬会社による派遣任務って、案外よくあるもんさ。
▌はい。ロドスは鉱石病感染者の治療を研究する製薬会社ですが、それと同時に高度危険地域で起きる様々な事件への対策を立て、支援も行っています。
▌<高度危険地域…。>
▌ん?ところで他の仲間は?お嬢さん一人で来たわけじゃないだろ。
▌それが…国境で追われているうちに散り散りになって…。あっ!ちょっと止まってください!
先頭を歩いていたアーミヤが耳をぴんと立てると、警戒に満ちた目つきで辺りを偵察するように見渡した。
そして…。
▌…あそこ!
じきに彼女は、岩陰に隠れてよく見えもしなかった海岸の一点を指差した。
▌<なにがあるって…あれ?>
そこには長い両手剣を構えた人と…。
見覚えのある二人が、言い争うように会話していた。
▌もう一度言うわ。どいて、邪魔よ。
▌さまで心配するに及ばず。
▌かの如き怪物を相手取ることは、我々もまた、手慣れたるものなれば…。
▌……。
▌いや、心配してるんじゃなくて…。
▌一人で戦うよりはマシじゃないですか?
▌このまま通り過ぎようにも、私たちが外で人に会ったのがあなたが初めてなので…聞きたいことが結構あるんですよ。
▌<イサン!イシュメール!>
▌ダンテ…!無事なりや。
▌丸三日は捜索することになると思ってましたけど…。
▌よかったです…。本当に見つからなかったらどうしようかと途方に暮れていたんです。
▌ふふ。こちらのアーミヤさんに助けていただいたおかげで、すぐ見つけられたんですよ。
▌アーミヤ?
▌うむ?互い知れる間柄なりや?
▌…再会の挨拶をするには良くない状況ね。挨拶は…あの海の怪物どもを殲滅してからでも遅くないわ。
▌スカジさん。あれがケルシー先生のおっしゃっていた…「シーボーン」ですか?
▌正確には、「恐魚」っていう下級個体ね。
▌恐らく、私を狙ってここまで来たんだと思うわ。
▌<恐魚?>
粘つく何かが岩肌を擦る音が聞こえてくる。
▌<……。>
不吉な音をたどって首を巡らせると、湿り気を帯びた塩の匂いがじわりと広がる。
視線の先にあったのは、ねじれとも幻想体とも違う…異質な怪物だった。
まるで海が…海そのものが押し寄せてくるかのように…。
▌大湖じゃないと思ってましたけど…。あの「鯨」を思わせる姿を見ると、確信が持てませんね。
大湖で嗅いだ濃い塩の匂いのせいだろうか。
イシュメールは怪物をかなり警戒しているようだった。
▌<「鯨」とか…「人魚」だって思ってるの?>
▌分かりません。大湖をはじめとした外郭は…私たちの知らない、未知のものに満ちていますから。
▌うぅむ…ダンテ、そなたの感覚はいかが覚ゆるや。
▌<分からない。強いて言うなら鯨と近いけど…何か違うんだ。>
▌はぁ…。
▌敵がもっと押し寄せて来ます!すぐに戦闘準備を…!
▌<確かなのは、話が通じる相手じゃないってことかぁ。>
▌<とりあえず…片付けよう!>
LC-PC-01後
▌残存個体、全て海へ退却したようです。皆さん、お疲れさまでした。
▌はぁ…。大湖でもない場所で、こんな目に遭うとは思いませんでしたね。
▌だよなぁ。あのスカジって人が半分受け持って、うさ耳お嬢さんが遠距離で迎撃してくれなかったら…一日中戦う羽目になってたな。
戦闘が終わり、各々が息を整えている頃。
短い歌声が聞こえた方を向くと、スカジという者が警戒している目つきで私を見ていた。
▌…変身する変な人たち。
▌そして時計頭?
▌…どっちも否定はしづらいな。
▌まだ推測ですけど…私たちが調査する次元ポータルに深く関わっている方々みたいです。
▌<よ、よろしく。>
▌…チクタクいう音しか聞こえないけど。
▌あ~それは、ダンテさんの声が僕たち囚人にだけ―
▌あれ?
▌ん?どうしたんだ?
▌い、いえ…アーミヤさんは、どうしてダンテさんの言葉が理解できるんだろうかって思いまして。
▌あっ…ホントですね?
▌<あれ…?言われてみればすっごく自然に理解できてた気がするけど…。>
▌私にもチクタクという音に聞こえます。でも…何を伝えたいのか、どんな感情を抱いていらっしゃるのかが伝わってくるといいますか…。
その言葉でふと、シンクレアの周りを漂っていたあの青い少年を思い出したけど…アーミヤからは、彼らと同じ不思議な気配は微塵も感じられなかった。
あえて言うなら…ヴェルギリウスみたいな感じかな?
▌<まぁ…良かったんじゃないかな?>
▌確かに、ファウストさんやホンルさんが毎回ダンテのそばに張り付いて通訳するのも手間でしたしね。
▌ダンテの言葉が分かる理屈は少し気になりますけど…そんなことまで気にする余裕もありませんし。
▌じゃあ…戻りますか?
▌そうしないとな。まぁ、帰る場所も他にないだろ?あぁ。それと、こっちのうさ耳お嬢さんも同行するぞ。
▌<私たちが帰れるように、手伝ってくれるんだって。>
▌よろしくお願いします、イシュメールさん、イサンさん。
▌いや、それはこっちの台詞ですよ。助けてもらった上に、ここの情報もたくさんお持ちですし。
▌うむ。道程さほど短からず、日暮るる前に早く出立することがよからん。
▌その村ってところまでは、どれくらい掛かるの?
▌時計がないから正確には分からないけど…。そう長くはないかな。海岸沿いを少し歩けばいい。
▌……。
…スカジという者が、私を指差す。
▌あっ。ダンテさんを見ても時間は分からないんです。時間が合ってないんですよね~。
▌…じゃあなんで頭を時計にしたの?
▌<好きでやったわけじゃないんだって…。>
訝しげに私の頭をじっと見つめるスカジの視線から、思わず目を逸らす。
▌イベリアの海岸は…人が暮らすには向いてる場所じゃないわ。
▌あいつらは世界中のどこにでも行けるけど…海と接する場所なら、なおさら広がりやすいのよ。
▌そんなところに村…だなんて。
▌あのシーボーン…恐魚と呼ばれし怪物のためなるや?確かに厄介なる面はあれど、拠り所を奪うほどの強き怪物にはあらざりしが…。
▌あんたたちがさっき見た片鱗だけで判断しないで。
▌油断するなってこと…だよな?
▌…少し言い方がきついだけで、悪い方じゃありませんよ。
▌まあ、その通りですね。今のところはあの怪物だけでしたけど…上位個体がいるかもしれないですし。
▌……。
何やら不安げなスカジの物言いに、その感情の理由が少し知りたくなったものの…。
なんだか訊いてはいけない空気を漂わせるスカジの表情を見て、私たちは黙って村への足を速めた。
LC-PC-02
(▌=ファビウス/ファロ・ムエルト、▌=住民1/ファロ・ムエルト、▌=住民2/ファロ・ムエルト)
▌<これは…村というより廃墟って呼ぶべきじゃない?>
▌長いこと、まともな補修が行われていないようですね。
▌…本当に、集まっているわね。
かつては賑わっていたであろう、奇妙な造りの建物。
足跡のない、ぬかるんだ泥だらけの地面と「ファロ・ムエルト」と記された朽ち果てた看板。
目に映るすべてが、この村がどれほど長く静寂な時の中に放置されていたかを物語っている。
▌都市でも、ここまで長く放置された廃墟はなかなか見ませんね。
▌まぁ、そうだな。組織が入るか企業が入るか…。どっちにしろ、これよりかはマシに見えるよう補修するだろうし。
▌<ところで他の囚人は?>
▌あ~、向こうに空き地があるんですけど…。
▌ますます迫る巨大な二隻の船と烈しい風!
おぁぉ…!
▌その狭間で、イシュメール君は…こう言ったのである!
▌<…あそこにいるね。>
探す努力をするまでもなく、空っぽの村にあまりにも聴き馴染んだ大声が響き渡っていた。
冒険譚をぶち上げるドンキホーテの声が。
古びた布を羽織った人々がガヤガヤ集まっている低い壇の上で、ドンキホーテはさながら一人の役者のようであった。
▌応えたまえ!!漕ぎ手!!今よりメフィストフェレス号の一等航海士イシュメールが舵を取…うぇえべべべ!
▌いや!ちょ、ちょっと!今なんの話をしてらっしゃるんですか!?
▌むぐ、イシュメール君!口を塞ぐでない!当人が今ちょうど大湖での偉大なる旅路をこうして…はっ!管理人殿!!!
▌イシュメール君!管理人殿をお連れして無事戻ってきたのだな!!!
▌は?時計ヅラを連れて来たのか!?
▌あ、頭に燃えてる時計が…。
▌子どもの頃に聞いたことがあるぞ。伝説によると、サルカズの中に頭が燃える者がいると…。
▌そんな人が、なんでこの村に…。
▌うむ。外見的には恐ろしい要素もあるが、警戒する必要はない。
▌そ、そうです。ああ見えて僕たちの管理人のダンテさんです。それと、あの方々は…。
▌……。
▌こ、こんばんは。
▌…どちら様ですか!?
▌ダンテさんの捜索を手伝ってくださった恩人さんたちです。こちらはしばらくの間僕たちと同行してくださるロドス・アイランドのリーダー、アーミヤさん。
▌そしてオペレーターのスカジさんですよ~。
▌えっ?同行?
▌私たち、ロドス・アイランドが調査している次元ポータルが、皆さんが突然イベリアへと落ちてきた状況と関係があるようで…。
アーミヤがイシュメールと一緒に囚人たちの間で状況を共有していると…。
▌あっ…。
ぼんやりこちらを見ていた村人たちが近づいてくる。
話を聞いて警戒が解けたのかな?そうだといいんだけど。
▌恩人の皆様のご一行でしたか。
▌恩人?
▌むっふん!身に余る呼び名だが、そう呼ばれておるのだ!
▌正確にはファウストとウーティス。その二人を恩人と認めている。
目が合うと軽く会釈してきたファウストの口元は…ほんのわずかだけど、確かに上がっていた。
▌<なんか…あったみたいだね。>
▌初めてこの村に至りし折は皆、我々を警戒せり。
▌よそ者がここには何の用で来たのだ。
▌も、もしや裁判所から来たんじゃないでしょうか…?
▌ど、どうしましょう?やっとのことでここまで来れたのに…。
▌皆、落ち着きなされ。灯りも経典もないのだから…まずは素性を聞くのが先だ。
▌…こりゃ、洒落にならないくらい警戒されてるな。
▌全員老いぼれ。く・へ。その次にしょ・りだ。
▌駄目ですよ、良秀さん!この方々、体調も良くなさそうですし食料まで略奪したら…。
▌く・へもやっちゃ駄目ですよ。
▌もう別の場所を探そっか?見てよ、あの痩せた腕。
▌パッと見でも暮らすのに苦労してそうだし、手を借りるのは難しそう。
▌去就を定むる前に、此処が何処なるかくらいは問いただすがよからん。
▌一見の風景に海の見ゆるゆえ、U社なるやとも覚ゆれど…。
▌U社にしては、私の知っているいかなる場所とも違います。もちろん、私がU社の全ての地域に行ったわけじゃありませんけど。
▌もう一度聞こう。よそ者がここには何の用で来たのだ。
▌武器を持つ手に力が入り始めた。素早く答えなければ、戦闘状態に繋がる可能性が高い。
▌それはだめです!ぼ、僕たちはリンバス・カンパニーから来た…。
▌正義のフィクサーである!!!
▌あぁ、正義のフィク…。おい!こういうときは黙ってろよ!
▌フィクサー…?
▌……。
▌それは船の設計図だな。周囲の資材を見るに、修理すべき船でもあるのか?
▌村長様…!
▌…これは何でもない。そもそも、よそ者が見たところで分かる代物では―
▌見たことのない動力源だな。エネルギー源の安定性は確認して使っているのか?
▌ふむ…融合エネルギィの扱いに類する方法にて熱交換器を駆動するものと見ゆれども、ファウスト嬢はいかに判ずるや。
▌旧世代的な構造ですが、エネルギー源の使い方が奇抜ですね。安定性的な側面は少し検討を要しますが…消費エネルギーは大幅に節約できているように見えます。
▌…!
▌き、君たち。今、その内容をこの修理図面だけで把握したというのか?
▌…どうやら、あなたがこの村の指導者であるようだな。
▌提案を一つしたいのだが。
▌船を修理する代わりとして、彼らが海に出づる折我々を船に載せんと約せり。ファウスト嬢も、海へ出でなば帰還の術あるやも知れずと言いたり…。
▌<…!海に出れば帰れるってこと?>
▌まだ確実なことは何もありません。ダンテ。
▌今の段階ではただ…そういう気がするという直感に過ぎません。
▌<勘?>
不穏な言葉選びに思わずファウストを見ると、私に向かって小さく頷いてみせた。
ここが私たちのいた世界と別の場所なら、やっぱりゲゼルシャフトも…。
▌…修理の工程は順調です。
柔らかく微笑んだファウストが少しの間、周囲をきょろきょろと見回すと私の服の裾を引いて声を潜めた。
▌ダンテ。現在、私はゲゼルシャフトと円滑に通信できない状態です。
▌<それは…完全に途切れていないってこと?>
▌はい。ですが、簡単な情報のやり取りにも数十時間に達する非効率的な時間を要します。
▌<ワープ列車のときみたいに、他の次元にいるせい?>
▌原因は同じかと。予測不可能な次元と繋がってしまったのでしょう。
▌ただし…あのときとは違い、元の次元へ繋がる通路がまだ閉じていないということを、ファウストは知っています。
▌<ってことは、私たちがいた場所に戻る方法は…。>
▌繋がった通路を通じた移動が、最も有力な方法でしょう。
▌<だから船を修理して海へ出る計画まで立てたの?>
▌はい、まぁ。私もまた天才ですからね。
▌<アーミヤは、私たちが次元ポータルから来たって推測していたっけ…。それなら、ファウストの言う通路がその次元ポータルかもしれないね。>
▌高い確率で同一でしょう。
…それでも帰る手だてがあるという言葉に、少しだけ胸が軽くなる。
▌<あっ!修理はいつ終わりそう?>
▌幸いなことに、長時間を要する修理は村人たちが終わらせていました。
▌コアとなる幾つかの部品を修理することにのみ集中すれば良いので一、二日もあれば十分と思われます、管理人様。
▌<それなら、ここでの寝食を解決しないとね。昨夜はどう過ごしたの?>
▌まぁ…さっき言った通り、夜通し管理人の旦那を探して回ってててんてこ舞いだったんだよな。交代で船の修理を手伝ったり、合間に少し休んだりはしたけど…まともに眠れた人は一人もいないと思うぞ。
▌でも…村の方々が火を焚いてくださったおかげで、夜の間も寒くはなかったです。
▌周辺の地形を描いた簡易地図もくれたから、道に迷う心配もなかったね。あ、そういえばさっき村長さんがこんなものを持って来たんだけど、何に使うの?
▌あぁ…それは多分、溜め水用の袋です。貸してください。私が設置してきます。
▌ファウスト嬢とウーティス嬢が船を修繕したまうお陰であれども…それを考慮すれど、すこぶる大なる厚意を受けつつあり。
▌<本当に、恩人みたいに扱ってくれているんだね…。>
▌食事は、ロージャさんがポケットに入れて持ち歩いてたお菓子とかパンでしのいでます。向こうも懐が良くなさそうですし…僕たちが余計に減らすのも申し訳ないじゃないですか。
…12人で分けられるほどの量を持ってたの?
▌なんか干物くれるっつったけど…テキトーに断っといたぞ。貧乏人から取るくらいなら、いっそ雑草でも食うさ…。
▌……。
▌そこまで考えんでもいい…。
▌そなたらは十分、食い代以上の働きをしてくれた。
重々しい声に振り向くと、他の住民とは少し違う装いの老人がいた。
▌ちょうど良いときに来たな、村長。空き部屋があるなら提供してほしいのだが。
▌うむ…霧の湿気を避けられる場所くらいはある。
▌空いている建物があるから、そこで寝るといい。
▌お…!いいのか?けほん、実のところ俺たちは野宿でも問題はないんだけど…。
▌あら。誰の勝手で問題ないって?私は昨日から屋根のあるところで寝たかったんだってぇ。
▌この環境で野宿などすれば風邪をひくのがオチだ。お前たちはともかく、管理人様や貴賓の方々が体調を崩したらどうするつもりだ?
▌き、貴賓ですか!?
▌ふっ。話は管理人様の探索から戻った四人より伺いました。アーミヤ様。
▌管理人様を見つけ出し救出までしていただいたことに、限りなき感謝を表しましょう。
▌まして製薬会社のリーダーとあれば、万一この地に長期滞在した場合にも大変役に立つでしょう。はは!
▌当の本人の前でそんな俗物じみたことを…。
▌……。
▌村長さん。私も村に滞在していいですか?
村長と呼ばれた人物は、アーミヤの右袖をちらりと見るとすぐ素直に頷いた。
▌…ファロ・ムエルトへようこそ。好きなだけ滞在していきなさい。
▌食料が尽きれば必ず言いなさい。余裕はないが…船を直してくれた恩人に振る舞う分くらいはある。
▌わっ…あとで言い訳なしね?ふふ…ここは何が名産品なんだろ…。さっき見たら皆、干物を食べてたけど…。
▌ちょっと、村長。
▌なんだね?
▌どうして、こんな「海岸」で暮らせてるの?
▌うむ…どうやってという質問は少し間違っているな。
▌生きねばならんからあらゆる手を尽くしている、そう思ってくれ。
▌……。
冷ややかなスカジの言葉を、温厚な笑みで受け流した村長は焚き火にくべる木材を渡してその場を離れた。
▌行かなきゃ。ここじゃ分からないでしょうね。
▌ん?この時間にどこへ?
▌……。
▌<スカジ、もしかして海岸と何か関係があるの…?>
▌<村へ来る前にも言ってたよね。海岸は暮らすのに向いてる場所じゃないって。>
▌ダンテさんが…海岸と関係があるのか気にしているみたいです。
▌…あんた。
▌エーギル語は分かる?
▌<エーギル語…?いや、分かんないけど…。>
▌ダンテさん。今のスカジさんが喋ったのがエーギル語です。
▌さっきスカジさんが村長さんと話していたとき、私には内容が分かりませんでした。私はエーギル語を知らないんです。
▌…都市で使用される言語のうちひとつと、スカジさんの発した言語に共通点があっただけです。
▌…出来すぎた偶然ね。
▌とにかく、調べないといけないことがあるの。のろまなあんたたちと一緒には見て回れないわ。
▌…戻ってきたら、何があったのか必ず説明してください。
▌これはスカジさんの単独作戦ではなく、ロドスがチームを結成して進行する団体任務ですから。
▌…そうするわ。
スカジは軽く頷くと、地を蹴って瞬く間に視界から消えた。
▌<なんか心配だね…。>
▌コミュニケーションが苦手なだけで、思慮深い方なのできっと大丈夫ですよ。
▌…あぁっ!もう日が沈みそうですね。そろそろ建物の中に入りませんか?
▌<そ、そうだね。灯りのない建物の中に適当に入ればいいんだよね?>
やや気まずくなりそうな空気をなんとかやり過ごしつつ、私たちは近くにある空いた家へと入っていった。
LC-PC-03
(▌=マイヤーズ/ファロ・ムエルト)
完全に崩れた家屋や、狭い建物をいくつか通り過ぎて私たちは十数人が身を寄せられそうな広い空間を見つけることができた。
▌さぁ…これで大丈夫です。窓側の布をどけたので、煙もちゃんと抜けますよ。
▌わぁ!薪が湿ってるから絶対ガタガタ震えながら寝る羽目になると思ってたんだけど、いけるんだ?
▌乾くまで下で小さな火を熾せば、最終的にはちゃんと燃え移ります。ただ、煙はちょっと多くなりますけど…。
▌…どこかの阿呆どもとは違って、野外で作戦を遂行してきた素振りが見えるな。
▌このまま厚意に甘えるばかりではいかぬ!当人がロージャ君のゼリーとお菓子を用い、絶品・特製フィクサースープを!
▌お菓子とゼリーで、スープを…?
▌うわああ!絶対ダメです!またゲテモノ料理を作る気ですか!
▌私もいささか興を覚ゆれども…。
▌多くの親友が、そなたの料理にて五臓六腑におぞましき苦痛を被ると聞くゆえ…此度は差し控えたまえ…。
▌そ、そうだってぇ~。私たち、こういう万が一の状況で誰かが料理しないといけないってなったらムルかウティに任せようって、前に決めたでしょ?
▌<そんなの決めてたの?>
▌不文律ってのがあるだろ…何度か痛い目見たんだしみんな自然とそうすることにしたみたいだ。
▌ほら、去年のK社の料理対決でも…結局好評だったのはあの二人だったし。
▌あ…それなら今回はウーティスさんの手料理を久々に期待してみても―
▌却下だ。まだ菓子やゼリーといった高カロリー食が残っているのに、非効率な手間をかける理由がどこにある?
▌突然見知らぬ地に落とされて大変だったでしょうに…。でも、皆さん元気そうでよかったです。
▌<ただ、慣れてるだけだと思うよ。見知らぬ場所に落とされたのは、一度や二度じゃないから。>
▌<あ、そういえば…アーミヤ。仲間とは連絡取れた?散り散りになったって言ってたよね?>
アーミヤは心配の混じった表情で、首を横に振った。
▌通信機を失くされたか、あるいは他に問題が起きたのかもしれません….。
▌<危険な状況かもしれないってこと?>
▌それは分かりませんが…大丈夫なはずです。ドクターもケルシー先生も、そう易々と捕まる方ではありませんから。
▌うむ…長らく疑問に思い来たりし事あり。
▌もとより、会社とは利潤を追う集団ならん。
▌然れども、そなた会社の為す所は、製薬会社に比すれば…寧ろ救護団体のごとく感ぜらるるなり。何か事情でもあるや?
▌あっ!僕も気になっていました。
▌製薬会社のロドス・アイランドが、どうして人助けをするようになったのか。
ホンルの言葉に、あまり愉快でない記憶が脳裏をよぎる。
ただただ不幸を直視して流した涙と、貪欲に汚れたホンルの心象に突き刺さってしまった凄惨な実験。
私が見てきた製薬関連の会社は、いつも治療そのものよりその治療で得られる利益に執着していた。
▌テラで暮らす多くの人々は…病を抱えています。
▌ゆっくりと結晶が内臓を侵し、やがて死に至らしめる病。
▌鉱石病をです。
アーミヤは、黒い結晶のようなものが貼りついた右手の甲を見せた。
その結晶はH社の裏路地で見た生体手術を思い出させつつも…それとは違い、どこか不穏さを帯びていた。
▌おぞましく、痛ましい病ですが…まだ治療法はありません。
▌けれど…最大の問題は別にあります。
▌死に至り得る不治の病よりも、なお大きな問題があるのであるか?
▌はい。少しずつ地域差はありますが…感染者への差別はテラ全土に蔓延しています。
▌不公正なる処遇を被るらし。
イサンは暗い顔で、慎重に口を開いた。
▌劣悪な隔離区画で暮らすことを強いられたり…ときには虐殺の対象になることもありました。
▌…出過ぎた質問だが、その病の感染性は高いのか?
▌生命活動を維持している生物に対しては、少なくとも今のところは…接触による感染は確認されていません。
▌ただ…感染者が死亡した場合、身体に付着していた結晶が崩壊して粉塵が舞うのですが、それが感染を引き起こすと知られています。
▌ならば、平凡な生を営む者は伝染を恐れずとも問題はないだろう。戦場のように死が頻発する場でないのであれば…。
▌えっと…じゃあ、たいていの場合は問題ないんじゃないですか?
▌…今更そんなことを言うにはもう遅いんだ。
▌好ましくない印象が積み上がれば、もはや理屈の入り込む余地はなくなるのさ。
▌<じゃあ、ロドスの目標は…。>
▌はい。鉱石病の治療薬開発も、私たちの主な目標ですが…。
▌もっと重要なのは、感染者を取り巻く状況そのものを変えることだと私は考えています。
▌険しい道のりですね。だからこそ…意味があるのでしょうけど。
▌…アーミヤさんの目標が、いつか必ず達成されるといいですね。
▌う、うぅっ…正しき言である…。
▌…都市も、こっちも、本当にいろいろあるんだな。
▌皆さんの暮らす世界…都市という場所はどうでしたか?
都市ってどんなところだっけ…。
無駄に守るべき規律が多い場所…。
これはちょっと酷すぎない?って思うたびにもっと酷いものを見る羽目になる場所…。
いくら考えてもポジティブな要素が一つも見つからない…場所。
囚人たちも私と同じ考えなのか苦い言葉をぽつり、ぽつりと零し始めた。
▌善意とか憐憫みたいな…弱い感情を持ってると、後ろから刺されやすい場所ですね。都市で良いことをしたところで、まともな結果にならないことが多いんです。
▌クソみてぇなトコだな、まぁ。
▌…不条理で不合理な場所だと思います。
▌不条理が存在しない場所などない。
▌故に、それ自体は嘆く理由にならない。
▌嘆くくらいはしなきゃ。それくらいはやらなきゃ、何も出来ることがない場所でしょ。
▌嘆くより経験し、慣れる方が正しい。
▌…確か、この前もそんなことをおっしゃってくださいましたよね。
▌うむ。
気まずくなりかけた空気を破ったのは、ドンキホーテの大声だった。
▌確かに悪党が渦巻く、冷たい場所ではある。
▌しかし!その悪を審判するため正義のフィクサーたちが…!
その場から立ち上がったドンキホーテが興奮を隠せず、拳を振ると…。
ガンと何かが砕ける音と、小石がぱらぱらと落ちる音が聞こえ…。
▌ドンキホーテさん!気をつけてください!
▌お、おぉっ!?
▌…?
崩れた壁の向こうで缶詰を食べながら読書していた見知らぬ住人と、ドンキホーテの目が合った。
▌……。
▌……。
▌ご、ご機嫌いかがかね!
▌ご機嫌いかがっていわれても、良いわけないでしょ!まずは謝って!
▌はぁ…アイツ今日は調子乗ってなんかやらかすと思ってたんだよなぁ。
▌うっ…す、すまない!当人も壁がこうも脆いとは…。
▌大丈夫であるか?もしや怪我したところは…。
▌……。
▌続きは?
▌つ、続き?なんの…続きであるか?
▌謝罪はいいから、その続きの話のこと。正義のフィクサーが何をやったの?
▌おぉ…。
▌おおおお!!!そなた!フィクサーの話を聞きたくて訪ねて来たのであるか!?
▌た、訪ねてきたのは、壁を壊したドンキホーテさんの方じゃないですか…?
▌…こほん。
▌もしかして時間が遅すぎた?明日の朝でも―
▌いな!すこしも!まっっっったく少しも遅くはない!早くこちらに座りたまえ!
▌静かにできないのか!あの者の身元を聞くのが先だ。
▌それからそのフィクサーの話とやらは、その後の睡眠の邪魔にならぬように隅で行うように。
▌そんな…元来物語というものは中央で大声で叫んでこそ…。
▌私も広場の語り部のやり方が好みなのは同意。でも、自己紹介が先なのも確かだね。
▌私はマイヤーズ。うーん、説明を付け足すとしたら…なんて言えば分かりやすいかな…。
▌あ!君たち、昼間に村長さん見た?あの人が私のおじいちゃんなんだ。
▌あ~あの方?お孫さんがいらしたのか。
▌されど…戸外にてはマイヤアズ嬢を一度も見しことなき心地すれども。
▌あら、ホントだ。私、てっきりこの村には若い人が一人もいないと思ってたんだよね~。
ロージャの言う通り、マイヤーズはともかく村には若者と呼べそうな人は誰一人見当たらなかったよね。
▌聞いてよ。おじいちゃんが無駄に心配性で、外に出れなかったの。
▌よそ者は危険だから念のため隠れていなさい~って、もう口うるさくて。
▌恩人と呼ばれはしたものの、完全な信任は得ることには失敗したようですね。
▌信ずる者にも言えぬ事はあるものだ。その理由が何か…興味はあるが。
▌あら。じゃあ、他の子どももみんなおうちに閉じこもってるの?
▌それは…違うね。そもそも、この村に私と同年代の子はいないの。
▌そういうことなら…過保護なのも分からなくはないですね。
▌私たちの自己紹介もしないとね!私たちは~。
▌あ、それは大丈夫。話は大体聞いたから。
▌聞いたのか…?
▌おや?どうやって聞いたのだ?も、もしやこの部屋に盗聴器が…!?
マイヤーズは、崩れずに残った壁を指でコツコツ叩きながら苦笑いを浮かべた。
▌この壁、防音性がないんだ。だから昼間…えっと、ドンキホーテだっけ?あの子が威勢の良く話す声も、ばっちり聞こえてたの。
▌うぉっほっ、ほほっ…そ、そういうことであったのだな!
▌ちょっとは恥ずかしがれよ、ちょっとは…。
▌じゃ、自己紹介も済んだことだし…。
▌都市の悪を処断するフィクサーの話、聞かせてくれる?
▌ふふふっ…もちろん!それなら…これがよいだろう!最強伝説のフィクサー赤い霧の話から…。
▌チッ…静かに眠るのは無理そうだな。
▌えっ…ヒースクリフさん、うるさくても横になったら一分もしない内に寝るじゃないですか。
▌何言ってやがんだ…。俺のことをトンマの熊とでも思ってんのか?俺だってうっせぇと―
▌すやぁ…。
▌一体何が違うんですかね。まさに、トンマそのものだっていうのに。
▌あんなに怒ってたのに…最初に寝ましたね。
床に頭をつけた瞬間に寝たヒースクリフだけでなく、何人かの囚人はすでに熟睡していた。
ルーティンのため眠りに入ったムルソー。休息の許可を得て、数枚もない布団を確保したファウスト。
昨夜から私を探し続けた囚人たちも、少しずつ眠りに落ちていく。
▌一方そのころ!ツヴァイ協会1課の―
…だけど、夜が深まっていくのにドンキホーテはまるで眠そうな様子を見せなかった。
まさか徹夜で語るつもりじゃないよね?
▌おぉ…。
マイヤーズも楽しそうに聞いているみたいだから問題ないかなと思ったけど…。
大丈夫かな、と思いながら二人を見ているとまだ眠っていなかったアーミヤが近づいてきて声をかけた。
▌ドンキホーテさんの語る都市は…正義のフィクサーと、胸躍る冒険でいっぱいですね。
▌もしかして、皆さんが実際に体験されたことですか?
▌いえ。まさか。ドンキホーテさんの話の大半は他の有名人たちの逸話ですよ
▌でも、まるで自分の体験のように生き生きと話されているので…。
▌…全部が他人の話ってわけでもないですからね。ドンキホーテさん自身が体験した話も、混じっていると思います。
ラ・マンチャランドで観た舞台を思い出したのか、イシュメールはどこか曖昧な表情でアーミヤに答えた。
▌まぁ…。
▌どれだけ問題が多きゃ、ああいう話が山ほど生まれるかってことだ。
▌正義のフィクサーだのなんだの、そんな人がいないのが本当に静かで平和な世界ってやつだろ。
▌ふふ。そうかもしれませんね。
▌いつか…ロドスも、平凡な製薬会社に戻れる日が来るといいですね。
▌……。
▌うん?
▌<どうしたの?>
▌いや…マイヤーズさんとちょっと目があった気がしてな。
もしかして聞いていたのかな?
遅ればせながら視線を向けても、見えたのはドンキホーテの話に対して熱心に相槌を打つマイヤーズの顔だけだった。
▌次…その次は?
▌道を塞ぐ兵を前にして、ウーティス殿曰く…。
▌たかがその程度の器を持つ主の命で、我々の道を塞ぐというのか!このウーティス、今より貴様らに礼節を―
いつのまにか話は巡り、鴻園での冒険譚まで語って…。
ドンキホーテの不本意な脚色に堪えかねたのか目を閉じていたウーティスが跳ね起き、怒声を上げた。
▌クソッ!貴様、何という出鱈目を…。私がいつそんなことを言ったというのだ!
▌こほん…多少の誇張は―
▌あはは。元来、冒険譚ってそういうもんでしょ。現実的過ぎる話は、無味乾燥だし。
▌「大いなる静謐」が通り過ぎていったこの村には…まともな記録や書物が一つも残ってなくてね。
▌こういう話をずっと、人生で一度は聞いてみたかったんだ。
▌イベリアは入国を厳しく制限していますが、逆にイベリア人が出ていくことに制限を設けていません。
▌もしや…この地を離れるおつもりは…。
▌国境を越えるのは、簡単じゃないからね…。途中で裁判所の管理下にある大都市を経由しなきゃいけないし。
▌…裁判所とやらを、かなり嫌がっているようだな。理由は?
▌この村は…裁判所に嫌気がさして逃げてきた人たちの集まりなんだ。
▌その…その裁判所というのは、どんな所なんですか?
シンクレアは裁判所という言葉と、嫌気がさして逃げたという説明に何かを思い出したように強ばった表情で質問を投げ掛けた。
カルフ町で見た「釘と金鎚」を重ねているんだろう…。
▌裁判所は…イベリアが混乱に陥った際、権力を掌握した組織だとケルシー先生から聞いています。
▌そこに属する審問官たちは、法と治安の消えたイベリアの都市を剣と灯りを掲げて守るイベリアの守護者だと…。
▌え…じゃあ、良い方々なんじゃないですか?
▌うん。良い人たちだけど…。
▌深海協会。
▌シーボーンを信奉するその団体が絡む事だと…裁判所は、手段を選ばないんだ。
▌なんと!あの怪物らを信奉する団体があるというのか!?
▌エセ宗教はどこにでもあるんだな。
▌誤った信心を抱く人たちは…どこにでも沢山いる気がします。
▌シーボーンのせいでイベリアは今の有様になったでしょ?だから少しでも怪しいと、みんな連行されるんだ。
▌イベリアがこうなった理由は…シーボーンが原因ということですか?
▌あいつらが…?厄介だったけど…そこまでの力があるとは思えなかったな…。
▌…ともかく、私もおじいちゃんから聞いた話だけどね…深海教会をあぶり出すために、裁判所が無実の人を何人も処刑したことがあるって。
▌正義たるべき者が、なにゆえそんな極悪非道なことを…!
▌合理的な選択だ。
▌しかし…住民の生活においては明白な危険要素になりそうだな。
▌うん。あのとき、私以外の家族は全員死んだって聞いたんだ。
▌そんな話を、こうやって淡々と話せるまで…。
▌本当に辛い時間を過ごされたんですよね。
▌……。
▌イベリアにとって裁判所は再び栄光を取り戻す英雄だけどおじいちゃんにとっては、人生を苦しめる存在だったんだ。
▌だからこの村まで逃れてきたの。裁判所の目が届かない、遠い場所へ。
▌…し、しかし、必死で逃げ込んだ先があまりにも、うむ…。つまりだな…。
▌足りないでしょ?
▌まさしくそうではないか…。
▌分かってる。でも、やりよう次第でなんとか暮らせる場所なんだよ。そして、君たちのおかげで新しい道も開けたし。
▌<新しい道…?>
▌…疲れてきたし、そろそろ寝よっかな。明日は船の修理に行くんだよね?
▌<ホントに防音性が全くないね…。>
▌お話、楽しかったよ。明日も君たちとも話せたらいいな!
別の部屋へ向かうマイヤーズを見送ってから、まだ眠っていない囚人たちと一緒に、硬い石床に敷いた薄い布へ身を横たえた。
都市どころか外郭ですらないかもしれない、不思議な世界。
それでも…つらい人生を生きていることだけは、どこも同じらしい。
LC-PC-04
▌<凄く…デカくない!?>
▌イベリアにこれほどの規模の船が残っているなんて…驚きです。
▌ここに船名が刻まれておるぞ!リベリオン・デ・ラス・マサスと呼ぶらしい!
▌大衆の…叛逆。船舶にしては特異なる名なりけり。
家の池に浮かぶ船に似てるから親しみが湧くとホンルが言ったり、大湖ではよく見られる適当な大きさだとイシュメールが言い添えたけど…。
それでもメフィストフェレスや藍色の老人の船に比べれば、ずいぶんと大きい船だった。
▌<私は大きいといってもせいぜいメフィストフェレスくらいかと思ってたけど…。これが本当に一日二日で直るの?>
▌昨夜申し上げたとおり、大掛かりな修理の多くは村人がすでに済ませていました。
▌残るは…村民たちでは直せなかった幾つかの部品の欠陥のみ…十分可能です。
▌動力機関のような、ファウストにとっても未知である部品が壊れていないので…少なくとも残っている故障については、ファウストが解決法を十分に知っています。
ウーティスが自信満々に語るけど船を目の当たりにしていると、妙な不安が胸に滲む。
なぜだろう…いま、ここにいること自体が落ち着かないような…。
▌<何があるか分からないから、念入りに調べて。>
▌<船が沈む経験は、大湖のときだけでもう十分だから。>
▌心配することはありません、ダンテ。
▌メフィストフェレスと違って、この船は浮力発生装置も、プロペラも、操舵装置も全て正しく機能していますからね。あのときに比べれば、至って簡単なことです。
▌そこまで言うなら…信じてもいいんだよな?
▌あのロープを登って乗るんですか?
▌いえ…その下にリフトみたいなのがありました。乗りさえすれば、上に持ち上げてくれます。
▌安全性は昨日全て確認しました。リフトに搭乗しましょう。
▌<ホントに大丈夫なんだよね…?>
▌今も浮いていますし、船が沈むことはないと思いますよ、ダンテさん。
▌<そうならいいんだけど。>
▌おい、お前らそこで突っ立ってるつもりか?オレたち先に行くぞ?
▌<あ、いや!行くよ。>
囚人たちの後を追って、慌ててマサス号のブリッジ内部へ入ると…。
外観に負けず劣らず、ブリッジの内部もきらびやかだった。
▌こ、これ本物の金じゃないよね?なんでこんな四方八方キラキラしてるの?わくわくしちゃう…。
▌ふむ…美・満。
▌美観的に満足だそうです。
▌でも贅沢だ。好みじゃない。
▌我らがメフィ君も十分立派だが…。こんなピカピカの船に乗って冒険に出られるなら…!
ファウストとウーティスが弄っているパネルの隣に移動したイシュメールは、手慣れた手つきで怪しげなパネルに触れるとふと何かに気づいたような表情を浮かべた。
▌見た感じ、何かを調査したり研究するのが目的の船みたいですが…その割に内部が妙に豪華ですね。
▌こっちに座標表示がありますね。リアルタイムで座標を出力してるみたいですけど…。
▌座標上では海のど真ん中…のように見えるが、島でもあるのか?
▌ううん、そこに島なんてないよ。
▌うぁああっ!
▌…び、ビックリした。いやなんだよ、なんで気配もなく後ろに立てんだよ。
▌<マイヤーズ!?>
▌ふふ、何をそんなに驚いてるの?昨日、船を直すのかって聞いたでしょ。
▌本当に来られるとは思いませんでした…。
▌ふむ…なぜこんな地点を目的地にしたのか分からないな。
▌その座標に大きな都市がいくつもあるの。エーギル、っていうんだ。
▌おじいちゃんの故郷だよ。
▌そういうことですか。理解しました。
▌うむ?何を理解せりと申すや?
▌なぜこの船を直しただけで、よそ者の私たちを歓迎したのか、なぜ恩人と呼ぶのか理解したという意味です。
▌なんつってんだ、アイツ?分かるように言ってくれよ。
▌…今日まで見せてきた村の状況と村長の言葉を総合的に考慮したとき、この修理の利点はマイヤーズ氏の説明で推し量れるという意味です。
▌勿論、ヒースクリフ氏にとっては多少複雑な推論過程かもしれませんが…。
▌あえてこれを逐一解説するのは非効率かと思われますね。
▌……。
▌わ、私、理解せり。私が説き明かさん。ゆえにバットは置きて語りたまえ!
▌ふぅ…最近あのムカつく話し方が落ち着いたと思ってたんだがな。それで、どういう意味だ?
本当に振り下ろすつもりはなかったのか、力を抜いたヒースクリフが溜め息を吐きながらバットを再び肩に担いだ。
▌村の有様を見るに、食糧すこぶる乏しと見えたり。食するものといえば、大方は乾し海産物に過ぎざりき。
▌海岸は危険と強調していたスカジさんの話を考えると…その干物はこの近辺で獲れたものではないかもしれませんね。
▌ファロ・ムエルトへ来るときに持ち込んだ食料ではないでしょうか?
▌<何人かは武装していたし、恐魚って怪物もそこまで強くなかったけど…。>
▌<村の状態からすると、容易にあの怪物をやっつけられる環境じゃない気がするな。>
▌同意す。然らば食糧を手に入れるべきなるに…。
▌まぁ…大体分かったぞ。
▌あのガキとジジイは故郷に戻るつもりだけど同郷のよしみって名目で、他の連中も食わせてやる腹づもりってことだろ。
▌だからこの船を直すと、止まった計画まで蘇らせることになるんですね!
▌あれ?皆さん、どうかしました?
▌<いや、それが…。>
表現はちょっとぶっきらぼうだけど要点を射抜くヒースクリフの整理に、囚人たちは一様に意外そうな眼差しを向けていた。
もちろん私も含めて…。
▌…その小癪そうな目つきは何だ?おい。まさかテメェら…!
▌オレがこんなカンすらねぇって思ってたのか!?
▌ふっ。察することだけは一流だな。
▌<普段はちょっと…馬鹿みたいに振る舞ってるからビックリしたんだ。>
そういえばヒースクリフは勘が良くて、時々ずば抜けた洞察力で予想外の結論を出してくれることもあったよね。
▌こ、これって全部自業自と…うぁっ!?
▌黙ってりゃ…おい!テメェこっち来いや!
▌コホン…あの阿呆どもは放っておくとして…正解か否か問いたいのだが。
いつものように暴れ出すヒースクリフを背に、ウーティスがマイヤーズへ訊ねた。
▌正確すぎてビックリしたよ。
▌そう。村の食糧は底が突き始めてるんだ。このままじゃ一年も保たないだろうけど…。
▌エーギルは…私とおじいちゃんをきっと歓迎してくれるはず。
▌…杞憂かもしれないのですが、他の方々もエーギルで歓迎されるでしょうか?
▌マイヤーズさんや村長さんはともかく…あの方たちはエーギル人ではないじゃないですか。
▌歓迎してくれるって信じてる。
▌イベリアは、エーギル人を海から来たという理由だけで疑い、敵視していたけれども…。
▌私たちの故郷は、行く当てもない餓えた陸地の人を見捨てるほど堕ちてなんかないはず。
▌……。
▌と、ところでだな…エーギル人とは何であろう?
▌…初めは地名と思いしが、何かの所属を指すとも覚ゆるなり。
▌巣の民、みたいなものじゃないですか?裏路地の人を受け入れてくれる巣なんて聞いたことないですけど。
▌じゃあ、ちょっと良い暮らしをしてた人とか?
▌巣の連中みたいなモンだとしたら…あの、うさぎヅラもエーギル人とかか?
▌……。
▌もしかして皆さんが来た都市という場所には…種族という概念は存在しないのですか?
▌そうではありません。異なる種族というのは確かに存在する概念です。
心象の中ではあったけど…鳥鴶人っていう不吉な存在も見たことがある。
▌ただし、公的には都市に存在する知性を備えた生き物は人間のみであると、いえ。人間のみであるべきといえそうですね。
▌テラの人々は…種族によって外見が多少異なります。私がコータスなのでこういった…耳があるようにです。
▌私はエーギル人だから、耳が尖ってるんだ。もちろんエーギル人全員の耳が尖ってるわけじゃないけど…。
▌二人が言ってることは、どうにも…。うぅむ、うぅぅむ…。
ドンキホーテは頭に浮かんだことを言えないまま、沈黙を続けた。
その沈黙を破ったのはムルソーだった。
▌用法や分類から見たとき、最も適切な例は血鬼と思われる。似た外見、異なる本質、十分な知性。
▌血鬼は…人と共存し難い本質を持っているがゆえに、人間から排斥されたと思っている。もしやエーギル人も…。
▌他人と共存しづらい性質を持つ方もいるでしょうけれど…大半は、そうではないと思います。
▌なればなにゆえ…疑い、敵視するのだ?
▌それは―
▌まぁ…馴染みがないのは単語だけで、都市でもよく見ただろ。
▌没落した翼の羽だから、貧しい裏路地出身だから、身体を義体に換えたから。
▌形こそ異なれ、本質においては異なることあらず。
▌……。
異世界へ落ちても、種族やら人間やら、細部が全て違えど…。
結局のところ、生きていく方向性が似ているということはそこまで愉快な発見ではないのかもしれない。
▌けほん。とにかく、船を直してくれるのは本当にありがたいよ。
▌暗い話はここまでにして、実はこの船にすごいところがひとつあるんだけど、そっちへ―
▌…そこを訪問するのは、少し後回しにする方が良さそうですね。
▌修理はほぼ終わりましたが、問題が発生しました。
▌うぅん…?
▌な、なんでそんな不安になる言い方をするんですか…。
▌…!
▌前方に生命体が多数出現!恐魚の群れと思われます!
▌この船舶に搭載されているレーダー反応を見るに、前後から包囲されている状態です。
▌<昨日出くわしたあの怪物じゃないか!>
▌管理人様!直ちに戦闘命令を!
▌くっ…あれがお前たちの言ってたあの「恐魚」か。
▌見た目はちょっと違うけど…多分そうだな。
▌数はちょっと多いけど…この前相手したのと同じレベルなら、十分やれます。
▌<アーミヤは昨日のみたいに、私たちの動きをサポートしてくれ!>
▌マイヤーズ君は、戦えるのか?
▌私は…足手まといになりそうだけど…。
▌<じゃあ…みんな、マイヤーズをなるべく戦闘に巻き込まれなさそうな場所に隠して。>
▌<早く出て防ごう。船に損傷が入ったら面倒なことになると思うし。>
LC-PC-05
▌残存個体はすべて海へ戻りました。皆さん、ご無事ですか?
この前と同じだった。
戦闘が終わるより前に、海へと姿を消していく恐魚たち。
単なる撤退にしては整然としすぎたその動きは…。
まるで、次のための用意周到な後退のようにも見えた。
▌私たちは平気だけど…船は?船はどうなったの、ファウ?
▌船体に軽微な損傷は発生しましたが…船を運用する上で問題になる部分はありません。
▌<よかった…。>
▌ところで…ぼ、僕の勘違いかもしれないんですけど…。
▌あの怪物たち…確かに最後、管理人さんを…。
▌勘違い…じゃないと思います。
▌あの怪物、途中から管理人さんが私たちに命令を下していることが分かっているような動きをしていました。
▌私もまた然く感じたり。あたかも…我らが行動を学びしが如く、その挙動は流動的に変じたりけり。
▌深海教会は…どうしてあんな怪物を崇めるんでしょう?
▌まぁ…見え見えだろ。イカれちまったんじゃねぇか?
▌理由はいろいろあるだろうけど…。
▌シーボーンは広大なんて言葉じゃ足りないくらい…無限の潜在性を持ってるって言われてるらしいんだ。
▌彼らは絶えず進化し適応する生命体で、新しい環境や要素に触れるたび…自分自身を、そして他のシーボーンを進化させていくんだ。
▌その点に…惹かれたんじゃないかな?
▌研究者ならば能くかかる感想を抱き得べし。されど…それが崇拝に及ぶに至るは…率直に申さば望ましからずと存ず。
▌私はちょっと気味悪さを感じますね。見れば見るほど鯨のことを思い出すので…。
▌う~ん。じゃあ言語を学べば、対話もできるんですかね?
▌<な、なんて?>
▌今のお話を総合すると、すごく賢い生命体に思えます。
ホンルの言葉に、マイヤーズは一瞬目を丸くして驚いたかのように口元を押さえた。
確かに…驚くのも無理はない発想だ。
▌言語を学んだシーボーンが…いる、って話は聞いたことあるね。
▌人間でないものが人間の言語を操るなら知性の有無とは別に、その理由は二つに限られるはずだ。
▌一つは人間と意思疎通するため。もう一つは…人間を欺くため。
▌たいていは後者ですけどね。
▌<ねじれみたいに、最初から言語を知っていた場合もあるんじゃ?>
▌ねじれは白夜・黒昼事件以降に観測された、「人間」が変異する現象です。
▌ウーティスさんの言及した仮定には当てはまらない例ですね。
▌白夜…黒昼…。
小さな呟きではあったが、マイヤーズの傍にいた私たちには喜びの混じったその声がはっきりと聞こえた。
▌都市では本当に光が打ち上げられて…。
▌▌あ…それは…。
▌決まってんだろ。あのチビが一日中しゃべり倒してそこまで教えたんじゃねぇか?
▌確かに…夜明けまでありとあらゆる話を休みなく話してたしね。
▌うぅん?マイヤーズ君にはそこまで説―
▌貴様!まさかの会社の機密までペラペラ喋ってはいないだろうな?
▌い、いや、そんなはずがあるものか!
ドンキホーテが叱られている間、恐魚を警戒するように海を凝視していたアーミヤがこちらへ顔を向けた。
▌シーボーンは…どちらなのでしょう?
▌シーボーンは自我がきわめて希薄だから、どちらにも属さないと思うな。
▌たぶん…ただ生存の助けになるかもしれないという本能だけで、人間の言語を学んだ可能性が高いかな。
▌…マイヤアズ嬢はシーボーンにつきて、すこぶる詳しと見ゆ。
▌生存を図らんとするための恐怖によりて体得せし知識…とは見えねども、マイヤーズ嬢もまたシーボーンを信仰せりや?
▌シーボーンを信仰の対象にはしないよ。
▌シーボーンには…生存への欲求しかなくて、望みを持てなかったからね。
▌それって…望みがあれば…マイヤーズさんはその怪物を…。
▌そうかもしれないね。
▌…さりや?
▌終わりました。
話している間に、修理を終えたファウストが村から借りた工具と資材を片づけて降りてきた。
▌<修理は全部終わったんだよね?>
▌はい。今すぐにでも航行可能な状態です。
▌海へ出る時刻は決めてあるか?できれば早いうちに出航できればいいのだが…。
▌決まってはいないけど…早ければ今晩にでも出発できると思う。
▌そんなに早くですか?
▌見ただろうけど…荷物って呼べるものがそこまでなくて…はは…。
▌ところで、どこまで行くの?
▌<次元ポータル…ってところに行かなきゃならないんだけど…。>
▌夜中に次元ポータルから漏れ出す光を海岸で見たことがあります。
▌見えないときもありますけど、微かながら霧越しに見えることもあるので…少しだけ海に出れば、難なく光の方向が分かるはずですよ。
▌ってことは…今日すぐに帰れるかもしんねぇってことだな?
▌まずは村へ知らせるのが先決でしょう。
▌<そうだね、村に戻ろう…。>
LC-PC-06
(▌=審問官/裁判所)
▌村が少し騒がしくなってる気がします。
▌そうですね。なんだか言い争う声が―
船の修理を終えて戻った村の雰囲気は、決して良いものではなかった。
ざっと数えても村の広場に集まったのは二十人ほど。
村の総人数を思えば、事実上ほとんどが顔をそろえているということだ。
▌<あの人は…誰だ?>
▌…審問官だよ。
▌どうやら…村の存在がバレちゃったみたい。
ドンキホーテと同じくらいの背丈に、整った装束。腰には灯りと剣を携えているその者は、この古びた辺境の村とはあまりに不釣り合いな異邦人だった。
見た目だけで言えば…都市のフィクサーのようにも見えた。
▌…ついに裁判所が、この村を見つけたのか。
▌まさか、裁判所がこんな村ひとつ見つけられないとでも思いましたか?大きすぎる夢をお持ちのようですね、市民。
▌ファビウス。深海教会に加担した疑いで裁判所の取調べを受けていたのに、突如としてその姿を消したと聞いています。
▌……。
▌最後に確認された位置は塩の砂漠。他の審問官に聞いたところ、外郭を巡りながら海賊と共にいる姿が目撃されたとのことです。
▌犯罪者の次は無法者… 経歴だけは見事ですね。
▌でも、その次はありませんよ。
▌あなたを含め、この地にいるすべての市民は…裁判所までご同行願うことになります。
▌…私と違って、彼らは犯罪も無法も働いてはおらんよ。
▌あなた方は裁判所の権威を侮り、イベリアの目を恐れることなく勝手にこの海辺まで逃げ込み居場所を築きました。
▌それだけでも、私はあなた方を疑わざるを得ないのです。
▌そんなのってないですよ。
▌たったそれだけの疑いで人を連行するだなんて…そんなこと、許されるはずがないじゃないですか!
▌わ、私たちはただ静かに暮らしたいだけです!
▌もし本当に静かに暮らしたいだけなら、この村に戻ることもできるでしょう。
▌ですがファビウス…あなたにはその道は残されていません。
▌…マイヤーズさん。村長さんが…海賊だったんですか?
▌えっと…足を洗ってずいぶん経っているはずだけど。
▌で、でも…海賊をやってた頃も、村に鱗獣の干物を配ったり…。
▌村を回ってエーギル人を船に乗せたりしてただけだよ。
▌マイヤーズさんの言葉が全部本当でも、裁判所は見逃してくれないと思います。
▌<…どうしよう?>
▌ひとつ、聞いておこう。
▌今のあの審問官の行動は…手続き上、適法なのか?
▌イベリアの法については詳しくありませんが、ケルシー先生は…審問官の言葉はすなわち、法そのものも同然だとおっしゃってました。
▌手続に瑕疵がない可能性は高いでしょう。村人たちは、その手続きが気に入らず逃れてきた者たちですから。
▌…決まりだ。
ウーティスは、マイヤーズに聞こえぬよう私を脇へ引き寄せて小声で囁いた。
すぐ側にいる囚人たちには、たぶん聞こえたと思うけど…。
▌管理人様。今この場で介入するより、今すぐ船に戻って我々だけで航海するのが最善だと思われます。
▌はぁ!?じゃあ、あの人たちが目の前で捕まってくのをただ見てろってか?
▌先程の審問官の話を聞いてなかったのか?手続きが適法であれば、我々が介入する余地はない。下手に動いて船まで押収される前に退くのが上策だ。
▌ど、どうしてそんな。手続きに問題がなくても…マイヤーズさんの話、一緒に聞いたじゃないですか。
▌……。
▌N社の異端審問官が町に来たときも、手続き上は問題がなかったんです。
▌あのときだって、誰かが止めてくれたら…。
▌…お前の事情を知らないわけではないが、このような見知らぬ地で危険な選択をしてはならない。
▌操船はわたくしが極力身につけましょう。わたくしが無理でもイシュメールがいるので、航海自体に支障は出ないと判断されます。
▌もっともな判断ですけど、私もウーティスさんもこの海の流れや規則も何一つ知らない状態じゃないですか?
▌たとえ船を出せても、次元ポータルがある場所まで無事辿り着ける保証はありません。
▌……。
▌…お前、もしやこの近くの海流の心得はあるか?
▌詳しくはないけど…近海の海流くらいは分かるよ。
▌イベリアで審問官に立ち向かうのは…ダメ。船で逃げた方が、マシなこともあると思う。
▌うーん…どうしましょうか、ダンテ?
▌<私たちで船を出すにも…状況が微妙だね…。>
▌じゃあ、審問官さんとお話をしてみるのはどうでしょうか?
▌とりあえず、皆さんの事情を聞くべきだと思います。審問官さんの話も、村長さんの話もです。
▌…話がうまく進めば、裁判所の協力を得られる可能性も排除することは出来ません。
▌ホンルさんの言う通り、事情を聞いてから…説得してみましょう。
うん。二人の言う通り、とりあえず審問官って人と話くらいはしてみることにして…。
▌う・い・た。
▌うさぎの言うことが正しい…っておっしゃってますよ?
▌シンクレア君?もしや意味を誤解せしにあらずや?
▌だよね?良秀が対話って選択肢を取るはずないでしょ。
▌ちっ…他の意見は無価値だってことだ、阿呆ども。
▌あいつ…俺たちを既に認知してる。関係者だと思ってるだろう。
▌逃走を試みれば、なんとしてでも止めようとするだろう。
▌だからまずは対話。その隙を狙って一撃だ。
▌<それはアーミヤの言ってる対話とはだいぶ違うから…。>
▌<とにかく…逃げて無駄に戦うよりかはマシだろうし、行こうか。>
▌……。
▌離れたところで身を潜めているから、何者かと思えば…。
▌時計の頭部…?クルビア連邦の出身ですか?
▌やむを得ない事情で頭に時計を付けておられますが…クルビア連邦とは無関係な方です。
▌<…どこそれ。>
▌聞こえてくるのは、ただ時を刻む音ばかり。それはいったいどこの国の言葉なのですか?
▌連邦でないとしても…あなた方はこの村どころか、イベリア人ですらないのですね。
▌そ、それはそうですけど…何か誤解があると思うんです。
▌あなたたちが審問官の前を阻むくらいに、ここにいる者たちについて良く知ってるわけではないと思いますが。この村にはどれほど留まっていたのですか?
▌……。
▌二日…です。
▌おい、それは正直すぎ―
▌ふつか?冗談も休み休み言ってください。よそ者は早く退いてください。
▌…些か無理なる主張なりき。
▌待ってください。話を聞いてください、審問官。
▌私はロドス・アイランドのリーダー、アーミヤと申します。封鎖されたイベリアの状況については、事前に説明を受け―
シンクレアとは違い、力強い言葉を紡ぐアーミヤの弁舌に一瞬期待が高まった…が。
続く審問官の言葉に、私は思わず頭を抱えずにはいられなかった。
▌よそ者の次は、密入国者ですか。
▌それは…緊急事態で、やむを得ず…。
▌報告は聞きました。ずいぶん大胆に国境を越えてきたそうですね。
▌いかなる緊急事態であろうと、イベリアと裁判所が直面している状況ほど緊急であるものはありません。
▌ロドス・アイランドの件に関しては、大審問官が管轄しております。そちらの処遇は、あのお喋りな医師がどのように交渉をまとめるか次第ですから、大人しくお待ちください。
▌村長の件は…今うかがった内容からすれば、ある程度理解できます。
▌調査中に逃げて、海賊として働いたなら裁判所の調査を受けるのは当然でしょう。
▌でも…村の住民まで連行していくのは非人道的です。
▌非人道的?これは裁定所が正当に行使する権利に他なりません。
▌あの怪しげなエーギルと数年を共にしています。その間に律法を逸脱する利敵行為があったのか、裁定所は必ずや検証しなければなりません。
▌…こいつは、折り合いが付かなそうだな。
▌彼らは…裁定所の庇護を受けぬまま、この海辺で幾年も生き延びてきたのです。それ自体、到底あり得ないことなのです。
▌聞いてりゃ…おい、おもしれぇこと言うな?
▌それが分かってんならテメェらが先に保護しに来れば良かったろ!
▌今さら現れて言うことがそれか?ここで生きてるのはあり得ねぇ?全員連行だと?
▌全員死んでなきゃならなかった。そう言いてぇってことか?
▌…そうですね。どれだけ時間を見積もっても、こんな場所で人が生きているなんてあってはならないことです。
その言葉に堪忍袋の緒が切れたのか、ヒースクリフはバットを構えて前へ出ようとしたけど…。
▌はぁ…もう我慢なんねぇ。
▌今からここにいるヤツに指一本でも触れてみ―
▌落ち着いてください、ヒースクリフさん。
その試みは、ホンルに制された。
▌おい!離せよ!もう十分我慢したってんだよ!
▌この状況であの方を脅し続けたら…もっと状況が悪くなりますよ。僕は…ヒースクリフさんが、それを分かっていないとは思いません。
▌…じゃ、どうすんだよ。話通じねぇだろ、話が。
▌……。
▌…審問官さん、こんな場所で人が生きててはならないっていうのはどういう意味ですか?
▌文字通りです。
▌生き延びているとしても、底なしの飢えに苛まれ…抗いようのない災厄にもがいているのが普通のはずです。
▌けれど、あの者たちは…あまりにも平然としています。
▌だったら褒めてあげてよ!あの人たちも、それだけ必死に踏ん張ってきたってことでしょ!
▌私は審問官です。
▌イベリアの市民を理由もなく虐げ、処刑する狂人ではありません。
▌疑わしき状況は十分に揃っています。あなた方よそ者にそれをひとつひとつご説明することができないだけであって…合理的な調査ののち、然るべき裁定を下します。
▌だから、これ以上執行を妨害しないでください。
審問官は怒気を含ませた声で、レイピアを抜き払って威嚇的に振るった。
▌…ダンテ。
▌事情も分からないまま、この地域の権力者と思わしき者と更に敵対を深めることはファウストも推奨しません。
▌僕もファウストさんと同意見です。
▌あの方はマイヤーズさんが語った無実の人を無慈悲に処刑する…。
▌カルフ町で見たN社の異端審問官のような審問官とは、違う気がします。
正確な事情が分からない以上…この地域の権力者らしき審問官をこれ以上は押しとどめられまい。
▌審問官には、あなた方の疑問を解消してあげる義務なんてものはありません。
▌執行を何度も妨げるなら、次は―
息の詰まりそうな睨み合いが続いていたその時…。
▌マイヤーズさん?
▌…疑問は私が解消してあげる。だからひとまず審問官さんの言うことに従おう。
村に戻ってからずっと私たちの後ろに隠れていたマイヤーズが、突如として前へ出た。
▌し、しかし…それではマイヤーズ君の祖父上と村の人々が…。
▌大丈夫。まだ…審問官さんも知らないだけだと思うから。
▌疑問を解消するとはどういう意味だ?
▌……。
▌「大いなる静謐。」
ウーティスの問いかけに、マイヤーズが投げ掛けたひとこと。
大したことないように思えたけど、その言葉に審問官はハッとしながら警戒を露わにした。
▌イベリアを襲った災害の名前だよ。
LC-PC-07
LC-PC-07前
▌あなた…。
▌数十年前…陸という陸を薙ぎ払う巨大な波が押し寄せた。
▌その波に続いて海からやって来たシーボーンが、あっという間にイベリアの輝かしい文明に終止符を打ったんだ。
▌村がこうなったのは、当時の波…その「大いなる静謐」のせいだったようですね。
▌そんな災害を「大いなる静謐」って呼ぶ理由があるんですか?物凄い騒ぎになったと思うんですけど。
▌波が押し寄せる前、海がまるで死んだみたいに静まり返ったからね。
▌その次は海に浮かぶ船が、その次はイベリアの都市が、最後には…イベリアに生きていた人々が…。
▌どうすることもできない未知の災害の前に、声すら上げられなかったんだ。
▌あなた…いったい何者なのですか。
▌今あなたが口にしていること。どれひとつとして、イベリアの市民が知ってよい内容ではありません。
▌深海教会は、「大いなる静謐」の後に生まれた混乱を積極的に利用しているんだ。
▌海から来た何も知らないエーギル人を装って、イベリアの市民を惑わせながら治安を掻き乱しているの。
▌だから…エーギル人なら、とりあえず連れてったわけか。筋は通るけど…はぁ。
▌だから…審問官さんがこうして私たちを連行しようとするのも、仕方のないことなのかもしれないね。
▌……。
▌ダンテさん。
▌<良くないね。さっきのアレ…裁判所ってところからしたら「禁忌」みたいなものだったみたい。>
審問官はそれ以上何も言わず、マイヤーズを射抜くように見据えている。
そこには少しの怒りと困惑が混じっていたけど…。
▌恐れていらっしゃいます。
同時に、脅威へ向けられた恐れが宿っていた。
ただそれは、恐怖に震えている者の怯えではなく、必ず打ち砕くべきものを前にした者の怯えのように見えた。
▌大審問官から聞いたことがあります。もしエーギルがあまりに多くのことを知っているのなら…ごくわずかな可能性ではありますが、イベリアにとって助けとなる者かもしれないと。
▌と、止まりたまえ!じゅ、銃を抜いて近づいては皆が怯えてしまうではないか!
▌しかし、大半は海に魅入られた者たちであるがゆえ。
▌恐らくかの者も、我が敵であろう。
▌<…嫌な予感がする。>
▌よそ者が私の前を塞がないでください。次の警告はいたしません。
▌<…ひとまず逃げて!>
状況を察したロージャがマイヤーズを肩に担ぐとすぐさま村人の後ろへ移動し…。
他の囚人たちも審問官を煙に巻くように視界を遮りつつ、散り散りになって逃げた。
審問官は懐から銃を取り出して…。
それと同時に、ドンキホーテが審問官に向かって一片の躊躇もなく駆けだした。
▌<ど、ドンキホーテ!?>
▌これ以上、かの者らをひっ迫することは正義のフィクサーとして断じて看過できん!
▌当人には分かるのだ。いずれにせよ、この者たちとの戦いは暫し先延ばしになるだけのこと…果てに衝突は避けられぬということ!
▌……。
もはや後戻りのできない衝突が起こりそうになったその瞬間―
▌Mon3tr.
▌…!
二人の間に、怪物の形をした黒く輝く結晶がせり上がってきた。
▌くっ…!今度は誰ですか!
▌無意味な争いは、そこまでにしよう。
▌ケルシー先生!
▌<知り合い?>
▌はい。ロドスで医療部門を担当している…。
▌あっ!ケルシー先生、後ろ!
▌グルルル…。
▌……。
▌話も聞かずに、いきなりハンドキャノンを撃ったのか。
▌交渉は終わった。ロドスは今この瞬間より裁判所の許可のもと、正式にイベリアの地を踏む。
審問官が銃のようなものを取り出して撃ったけど、ケルシーという者が呼び出した怪物に阻まれ…。
そのまま軌道を逸れた弾丸は、瞬く間に私たちが昨日滞在していた建物、そしてその奥にある数棟の建物の外壁を一気に貫いた。
その光景に、ひとりふたり住民を連れて空き地に戻り始めていた囚人たちは凍りついた。
▌…建物を貫きたり。
▌たとい頭の基準と為す「外壁」に比して堅固の程は劣るといえども、かくも多くの壁を貫通せしは…。
▌ふぅ…絶妙な一点だな。
▌い、今感嘆してる場合ですか!?
▌銃器に、かの如き貫通力「禁忌」に背くものなり。
▌…大げさに騒ぐな。ここは都市ではない。禁忌は…適用されまい。
▌承知しながらも、何とはなしに胸が慄きたり。
▌とりあえず、その話はここまでにしましょう。
▌適用されぬ禁忌より、現在の状況を綿密に観察すべきです。
▌まぁ、とにかく今…状況がちょっと良くなったんだよな?
▌そうだね。アーミヤの仲間なら味方でしょ。それに…すっごく強そうな義体…?みたいなのもいるし。
▌…?
▌…そう思っているのか。
▌残念だが、私は誰の味方でもない。お前たちが仲間と呼ぶには相応しくない存在だ。
▌だが、あえて立場を示すとすれば…審問官アイリーニの側に近い、と言っておこう。
▌ケルシー先生…。
▌アーミヤ。そして異邦人の一団。
▌否定したいところだろうが、審問官の疑念は事実だ。
▌その疑念に至る過程が不合理であったとしても、結論自体に間違いはない。
▌それは、この方々が深海教会に関わっているという意味ですか?
▌そう見ていいだろう。もっとはっきり言えば、彼らは関係者などではなく深海教会の一員であり、この村は彼らの粗末な礼拝堂に似ていると言っていいだろう。
▌私たちの村が礼拝堂?ここにはまともなスペースもないのに…。
▌<…どう思う、ファウスト?>
▌判断材料が多い状況ではありません。
▌ただ、アーミヤさんの仲間まで審問官と同様の主張をしていた点を考えれば…。
▌この方たちを疑う必要はありそうですね。
▌し、しかし…マイヤーズ君が嘘を申しているようには、感じられぬのだが…。
▌お前も、あの裁判所とかなんとかと話してたっつったよな。グルじゃねえのか?
▌本当に…何一つ分かっていないようだな。次元ポータルの向こうの、遠い場所から来たというのなら当然だが。
▌だが幸運なことに、君たちが知る必要はない。ただ、それが真実であるだけだ。君たち異邦人の一団を納得させる必要など、どこにもない。
▌どうせ、まもなく…。
▌すまないね。私たちのせいで、こんなことに巻き込んでしまって。
▌そう言うでない!このような不義をいかで見過ごせようか!
▌裁判所にこの村が割れて…しかもその助力者まで来てしまった以上…もはや話し合いで収めるのは難しいだろう。
▌じゃが、最後まで責任は取ろう。君たちの温かい助力のおかげで、大きなものを得たのだから。
この上なく優しげな表情を浮かべていた村長が、懐から小さな短剣を取り出すのが見えたその瞬間…。
私はケルシーの言葉が、何を意味していたのか分かった。
▌責任…ですか?そこまでなさらなくても…うぐっ…!
▌ふざけやがって…!
▌これから我々は海へ逃れよう。君たちを置いてはいけない…。同族となって、共に来るといい。
▌なっ…何やってるの!やめて!
想像だにできなかった…いや、不安だったけど信じたくなかった襲撃はこれで終わりではなかった。
▌うぅっ…!
▌クソッ…あっちがやられたか…!?
▌……。
村人たちは一瞬にして囚人たちに懐に隠していた武器を突き刺し…。
当然、私だけが例外ということもなかった。
▌うっ!
▌<アーミヤ、左!>
私に飛んできた短剣は、アーミヤがどこからともなく出した黒いリボンのようなもので弾いてくれたけど…。
それとほぼ同時に、別の村人がアーミヤの脇へ滑り込んだ。
バキッ。
その瞬間、襲いかかってきた住民の背で何かが砕ける音がした。
▌<あの人…と、とんでった。>
▌こんなに遅れるつもりはなかったの。
▌スカジさん…今の状況は…。
▌分かってる。ずっと怪しい匂いがしてたから調査したのよ。
▌<しゅ、囚人たちは?>
上手く襲撃を避けられた私とアーミヤとは違い…囚人たちの容態はよくない。
幸いだったのは…状況を理解した審問官とケルシーの攻撃で、村人らが囚人から距離を取らざるを得なくなったことだ。
▌敵意や…殺意は感じないんだけど…。
▌妙なことを言うのだな。どうして我々が君たちに敵意や殺意を持つというのだ。
▌君たちを害するつもりなどない。ただ、その身体では海に出られまい。だから手伝ってあげただけだ。
▌だが…邪魔が入ってしまったな。
▌すまぬ。我々の識見浅くして審問官、そなたを困却せしめて…。
▌…この件は大きな問題にしません。赦せないのは、無知なよそ者を利用して審問官から逃れようとしたあの邪教徒だけですから。
▌…それと、申し訳ございません。たとえあなた方が他国の者であったとしても…イベリアの地を踏みしめる者を目の前で失ったのは…私の未熟さのせいですから。
▌…?
▌え…失った?まだ死んでませんけど…。この程度の刺し傷なら…。
▌残念なことになったな、異邦人よ。
▌<う、うん?>
▌…お前の仲間たちは、もうすぐ死ぬかシーボーンへと変貌するだろう。
▌彼らは恐魚の肉を、短剣と共にお前の仲間たちの身体に押し込んだ。
▌そうなれば大抵は死ぬ。たとえその死を耐え抜いたとしても…細胞に侵食され、同じ海の怪物となってしまう。
▌<えっ、なんだって!?それは…。>
▌<大変な…ことなの?>
誰もが囚人たちはもうおしまいだという感じで話すから驚きはしたけど…。
結局のところ、時計を巻き戻せば解決する些細といえば些細な問題だ。
心配なのは…シーボーンって怪物になってから巻き戻しても大丈夫かだけど…。
鯨の白化現象には黄金の枝が役に立ったけど、シーボーンって怪物の侵食がどうなるかは未知数だ。
▌<殺した方がよさそう。>
▌お気持ちは分かりますが…とりあえず、はぃい!?
▌<あの、今すぐ私の仲間を殺してくれない?あっ、その…できれば痛くないように。>
▌……。
▌<えっと…痛くないように殺すのはやっぱり無理?>
▌ま、まだ諦める段階ではないと思います!ロドスに連れて行けば、きっと方法があるはずです。
▌<いや…これをどう説明すればいいのやら…。みんな、申し訳ないんだけど自分で―>
▌ダンテ…何を言いたいかは分かるけど、今はちょっと難しいかな。はは。力が入らないね?
▌うむ。襲撃以降、急激に筋力が低下している。
▌痺れてるので、麻痺毒を塗られたみたいですね?
▌<……。>
▌<い、一回だけでいいから信じてくれないかな。観念したり諦めたわけじゃないんだ。>
▌それでも…。
▌アーミヤ、あの異邦人が言っていることが理解できるのか?
▌は、はい…少し難しいお願いをしています。
▌シーボーンへと変貌する前に、仲間を全員殺してくれと…。
▌分かったわ。
本当に一瞬で…スカジは抵抗しない囚人たちの喉を切り裂いた。
まさか言い終える前に行動を起こすとは思わなかったらしく、アーミヤは見るからに動揺していた。
▌な、何をしているんですか?
▌スカジさん!?
▌<あんまり驚かなくていいよ。私たちはいつもこうやって戦ってきたから。>
時計が回る。
落ちた首と胴が血で繋がれ、命の温もりが戻る。
私と囚人たちだけが世界から剥離され、逆再生されるような感覚。
時間を遡る再生なのか、ただ概念を遡る再生なのか。
首を刎ねられた痛みを巻き戻す時より、何倍も苦しい感情が押し寄せてくる。
そして死の苦痛が逆流して感じたのは…。
心苦しいほどに深い寂しさだった。
▌<……。>
▌リンバス・カンパニーの皆さんの傷が…消えてます。
▌復活、輪廻、時間逆行…。
▌分からないな。私の知っているどの知識でも解釈できない技術だ。代償は…詠唱者の苦痛のようだが…。
▌…それほどの力の代償が、それだけとは思えないな。それを力と呼ぶのが正しいかどうかを…置いておくにしてもだ。
▌<……。>
冷たい孤独に手足を震わせながらも、私は囚人たちへ声を整えて命令を下した。
▌<どういう意図でこんな真似をしたのかは分からないけど…。>
▌<…それは制圧してから聞いても遅くないだろう。>
▌よくも管理人様を欺き、命を奪おうとは…。
▌覚悟なされよ!正義を嘲った代償、しかと支払わせてみせよう!
▌そうそう。タダじゃ済まさないんだから!
▌残念だな。
▌君たちなら…良き同胞になれると思ったのだが。
LC-PC-07後
▌<ま、まって?あっちに行くと…。>
▌…あちらへ行ったところで、行き場なんてないだろう。海の中にでも飛び込むつもりだろうか?
▌あの船、マサス号に乗っていくつもりです。あっちに…船があるんです。
▌船が修理できたことはまだ伝えてないのに、どうして…。
▌チッ。決まってんだろ。グルになってるヤツらが多いから尾けさせたか、壊れてても船を動かせる方法を知ってるか。
▌マサス…号?
▌リベリオン・デ・ラス・マサス号。略してマサス号と称せられし船、彼の方角に停泊せり。
▌待ってください…まさか…!
物陰に潜んでいた別の深海教会の信徒と交戦していたアイリーニが大急ぎで追うも…。
恐魚を盾にした村長ファビウスと村人たちは修理を終えた船を操って、みるみる遠ざかっていった。
▌あれほどの艦船を…これほどまで早く出港させられるとは。
▌外観もそうですし…その名前…。イベリアの黄金時代に建造された船に違いありません!
▌でも…どうやって追いかければ…。
▌筏でも作って追いかけましょうか?
▌できっかよ…。
▌海は恐魚で一杯よ。近づく前に沈没するわね。
▌……。
▌<アーミヤ、何か見つけた?さっきからあっちを…。>
▌<あ。>
マサス号はほどなくして海霧の中へと姿を消した。
まるでそうなることを見越していたかのように、村と呼ばれた場所は人の営みの痕跡ひとつなく空っぽになっていた。
▌……。
マイヤーズだけをここに残したまま。
LC-PC-08
▌くっ…適当な船、なんか見繕って追えねぇのか?
▌研究船でした。きっとあまり速度は出ないはずですが…。
▌無理です。
▌本当に研究船だったとしても、あれはきっとイベリアの黄金時代に作られた船舶でした。平凡な船では追いかけられません。
▌はぁ…そもそもそんな船を確保できるかが問題ですが。イベリアに残っている船といえば小舟が数隻です。それすらも、ここからとても遠い場所に停泊していますし。
▌他に方法はないんですか?
▌船の位置を特定できない以上、他に方法はなさそうだ。
▌それが問題です。船はなんとかなりますが…「イベリアの眼」、つまり灯台は「大いなる静謐」のときに大半が失われました。
▌大半ってことは…残ってる灯台もあるってことですか?
▌私が知ってるのはグランファーロにある灯台一つだけです。でも…。
▌あの灯台は今使えない。
▌…ある。
▌使える灯台、あるよ。
▌<…!>
▌それ、本当ですか?
▌はぁ…あなたたちはあれだけ痛い目に遭ったのに村にいた人たちの話を信じるんですか?
▌し、しかし…スカジ君も保証してくれたではないか。
▌私が保証したのは、シーボーンかそうじゃないかだけよ。教徒かそうじゃないかは分からないわ。
▌それは…そうであるが…。
一人残されたマイヤーズに対する措置は…アイリーニの視界から外れないよう、引き続き同行させるというものだった。
過ちを追及するにも…スカジの言う通り海の怪物と関係があるわけでもないし、全員連れて逃げる最中に一人捨てられたから。
だが、アイリーニはまだ疑念を捨てきれずにいるようだった。
▌このエーギルの一番の問題は知りすぎてることです。いったいそんな情報をどこで手に入れたんですか?
▌……。
▌見てください。この質問には答えもしないじゃないですか。
▌<…でも発想を転換すると、私たちが知らないことを聞くこともできるってことだよね。>
▌<さっき言ってたあの灯台の位置みたいに。>
▌素早くチクタクと鳴ったのを見るに、また何か言葉を発したようだな。
▌ダンテさんが、発想を転換すれば私たちが知らないことをマイヤーズさんに聞くことができるのではないかとおっしゃいました。灯台の位置を教えてもらおうと…。
▌もっともな意見だ。あるいは、審問官は他の方法を思いつけるかどうか問いたいな。
▌うっ…今はありませんね…。
▌分かりました、聞いてみましょう。審問官も知らないものをどうして知っているかは、今は追及しません。
▌ファロ・ムエルト、死んだ灯台。それが私たちの村の名前。
▌「大いなる静謐」でほとんど崩れたけど…海岸から少し離れた沖に、イベリアの眼が残ってるんだ。
▌沖ですか…?陸続きじゃないんですか?
▌元は繋がってたと思う。今は沈んだだけ。
▌村にある木材をかき集めれば、適当な筏くらいは作れるだろう。
▌それで渡れるほどの距離なのか?
▌…今日の天気は悪いけど、それでも大丈夫なはず。結構近いんだ。
▌あなたまでこのエーギルの言葉を信じるんですか?
▌信じられない理由がないな。イベリアのエーギル不信が根深いのは理解するが、私たちにとっては空虚な認識だ。
▌審問官アイリーニ。ロドスのオペレーターを見て何を感じた?
▌…あのコータスのことを言ってるなら、特に何も思いませんでした。非人道的って言葉は少し癇に障りましたけど。
▌敵意も嫌悪も湧かなかったはずだ。当然、憐憫や同族意識もだ。
▌それは…。
▌私にはエーギルに対して積み重なってきた感情などない。あの異邦人たちも同じだろう。
▌…アイツ何言ってんだ?
▌マイヤーズ氏に関する事案に限れば、我々の意見がアイリーニ氏より客観的という話です。
▌ファビウスが奪ったマサス号を見つけ出すのは、全員の利益になる。
▌リンバス・カンパニーは次元ポータルから都市への帰還を狙うことができ、ロドスはポータルをより間近で調査できる。
▌そして裁判所は、イベリア黄金時代の技術が残るあの船を回収すればいい。
▌…えっ?あれをなんの交渉もなしに裁判所に譲るというのですか?
▌元よりイベリアの物だ、欲をかく理由はない。
▌…興味がないわけではありませんが、私には既にメフィストフェレスという傑作があります。
▌…それを保証してくれるなら、断る理由はありません。
最終的にアイリーニは、マイヤーズの言葉を信じることに同意した。
▌運が良かったです、管理人様。この地で初めて遭遇した勢力たちの利害関係が完璧に一致するとは。
▌<よかったね…ここが都市だったら、きっと「ねじれ」の三つや四つは解決して来いって言われたと思う。>
▌ややこしい状況でこんなお願いをすることになって申し訳ないです、マイヤーズさん。私たちを灯台まで案内していただけますか?
▌うん、喜んで。
▌でも、ほぼ崩れた灯台なんでしょ?どんくらい壊れてるの?
▌ずいぶん昔から灯台の明かりは消えたんだって。でも形は残ってたんだ。数ヶ月前に見たときまでは。
▌もし灯台の機能まで止まっていたら…まともな技師じゃないと直せません。
▌一般的な源石技術と全然違うから、今では直せる技術者がいないはずです。その場合は…。
▌その点は心配無用。
▌都市でも天才と謳われた工学者と研究者がいる。大抵の故障は我々のやり方で対処できるだろう。
▌…今日だけで、一体いくつの信じがたい話を聞くことになったんでしょうか。
▌リンバス・カンパニーの皆さんの腕は、私が保証します。
▌それに…簡単なものなら私も直せるよ。少し前までおじいちゃんを手伝いながら色々学んだの。灯台とか、船に関する技術をね。
▌じゃ、じゃあ今からみんなで灯台に行きませんか?
▌いや。私はしばらく離脱しよう。君たちにはアーミヤが同行するだろう。
▌えっ!?散々話しておいてどこに行くんですか?
▌ドクターと合流する。作戦成功のためには必ず必要なことだと言っておこう。
▌勿論、アーミヤとスカジはここに残って君たちを助けることが前提だが。
▌イベリアの眼、灯台の奪還は任せた。
▌<…ところで、灯台も奪還しないといけないの?>
▌<イベリアの眼という名の灯台も、何かに占領されてる状態ってことか…。>
▌可能性の高い推測ですね。
▌アーミヤ。リンバス・カンパニーの管理人は何と言っているんだ?
▌灯台も何かに占拠されているのかって聞いています。
▌洞察力は…悪くないな。
▌そうだ、高確率で既に恐魚によって侵食されているだろう。
▌侵食…までいってるか分からないけど、近づいたときに何度か遭遇したことはあるね。
▌本来、この程度の人員で灯台の奪還を試みるのは良い選択ではないが…。
▌一つだけ質問しよう。その生還に制限はあるか?
▌管理人ダンテが生き残っている限り、制限はありません。しかし、長すぎる戦闘は管理人の精神力枯渇に繋がります。効率が大きく落ちますね。
▌計画を変える必要はなさそうだ。
▌アーミヤ。灯台で船舶の位置を特定したなら、この通信機で私に教えてくれ。
▌運が良ければ、奪還作戦に要する時間を大幅に縮められるだろう。
▌…全員を連れて行くというわけでもないですし、一人抜けたところで影響はないでしょう。好きにしてください。
▌<私も賛成かな。>
▌それでは…今からマサス号奪還作戦を開始します。
▌とりあえず…あのイカダから作ればいいのか?
▌もう作ってるわ。行くわよ。
▌ふむ…。
▌なんでそんな不満そうに僕たちのことを見てくるんですか。
▌分からんのか?この俊敏な行動力を見ろ。やはり大企業の社員は違うな。
▌そ、そう言ってくださってありがとうございます、ウーティスさん。
…既に作業を終えていたスカジのおかげで、速やかに次の段階へ移ることができた。
LC-PC-09
スカジが作ってくれた筏で海岸の断崖に沿って進むと、海霧に隠れて見えなかった巨大な灯台が姿を現した。
▌…あれが、イベリアの眼。
▌破損、いと甚だしきにかかわらず…かの灯台に籠められたる切なる思いと繊細なる心ばえ、一目にして知れり。
▌イベリアを守る巨人とも呼ばれてた灯台だよ。黄金時代に建てられただけあって、そのときの威容がそのまま残ってるんだ。
▌ほんと、何でも知っているんですね…。
▌エーギルの言う通りです。でも今は…数多の審問官と懲罰軍の墓でもあります。
▌灯台の奪還を試みて、戻ってきた人はいないんです。
▌こ、怖いこと言わないでください、アイリーニさん!これから僕たちが行かなきゃならない場所なんですよ!
▌うっ…。うるさいです!羽獣の雛でもないくせにピーチク鳴かないでください!他のよそ者は大人しくしてるのに、この子はどうしてこんな臆病なんですか?
▌これは怖がってるんじゃなくて…!
▌<…ああ言われると少し心配だな。>
▌<灯台を修理するにはどれくらい掛かると思う?>
▌外壁の損傷は深けれど…構造および仄かに覗く隙より察するに、内部は大方無事なるものと見ゆ。
▌ファウスト嬢の手腕ならば…さまで時を費やすまじ。
▌……。
笑顔で言うイサンの言葉にファウストは悩んでいるかのように、灯台に着くまで返答を先延ばしにし…。
やがて不安な言葉を残しながら筏から降りた。
▌もちろんです。この不確実性の中でも、私の知恵は色褪せませんから。
▌潮の流れを見るに…誰かが残って筏を押さえないと駄目そうですね。置いていくのも微妙だし、だからといって持っていくのも…。
▌私が残って船を守るわ。
▌え…一人で大丈夫か?スカジさんが強いのは知ってるけど…。それでも一人や二人は付いた方がいいだろ。
▌いいえ。必要無いわ。
▌どうせ私が付いていけば、恐魚がそっちに押し寄せてくるはず。
▌だから、これはあなたたちとは関係ないのよ。
▌だから…これはですね。皆さんの人員が減ると心配だから、こっちは自分に任せてくださいって意味です。
▌はぁ…そっちも結構苦労して生きるスタイルなんだな。
▌<じゃあ…頼むね。>
▌行ってきます、スカジさん。
灯台の入口までの道には、幸い恐魚の姿はなかった。
問題は…扉と扉の間を、怪しげな青い組織が縫うように覆っていることだった。
▌U社のときの…大湖に浮いてた支部を思い出しますね…。あれは白かったですけど…。
私の力だけで開く扉じゃなさそうだ…。
▌<みんな、扉を開けてくれ。>
▌おい、左の方掴めよ。オレが右から引っ張るから。
▌いち、にの、さんのさんで同時に力を入れるぞ!
▌いち…にの…。
▌さんっ…!あ、あれ?
▌…コレなんか変じゃねぇか?
▌何してるんですか?
▌固く固定されていて開かない。
▌この組織…引き裂かれても一瞬で再生するな。
▌開きたいなら、もっと野性的な芸術が要る。
▌<…どうしよう?>
▌この扉を保っている組織そのものが恐魚だと思います。灯りにも反応しますけど…肥大化しすぎて効きが薄いです。
▌スカジさんの怪力なら…この扉を開けるかもしれません。
▌い、今からでも呼びに行きます?既に船を守るために恐魚と戦闘を始めてるみたいですけど…。
当面は…私たちだけで解決しないといけない。
もしかすると、この状況に合う人格やE.G.Oを使って突破できるかもしれない。
何を選べば…。
▌<…あれ?>
普段と同じように思索に耽っていると…微かな黒い光が視界を覆った。
直感、あるいはひらめきと呼ばれる…時折頭の中をよぎるものではなかった。
時々思い浮かべる…あの日の星でもなく、
時計を戻すたびに対面するあのおぞましい扉でもない。
形を判別することもできない、私が見ることを許さない黒い空間に嘆息のような微かな音が掠める。
その間に光が見える。
そこに手を伸ばして私が見たものは…。
あまりにも温かな眼差しから生まれた、スカジの姿だった。
▌<スカジ…?>
強烈なイメージが波のように押し寄せてきた。
舞うように剣を振り回し、よろめくスカジが。
さらさらと揺れる髪を誇らしげに見せるスカジが。
そして、静かに歌を歌うスカジが見えた。
認識の彼方に、スカジという存在が刻まれる。
この押し寄せてくる波のような強力な力を制御できる囚人は…。
▌ダンテさん、大丈夫ですか?
▌<…大丈夫。そしてスカジは呼びに行かなくても良さそうだ。>
▌えっ?それはどういう…。
▌<イシュメール。使ったことのないE.G.Oだけど…。私を信じて、受け取ってくれ。>
▌はい?E.G.Oをですか?
私は静かに頷いた。
▌まぁ…練習して使ったことってありましたっけ。方法が見つかったみたいですし…ぶつかってみるしか。
慌てた様子を見せたのも、束の間。
イシュメールはニヤッと吐き捨てるような笑顔を見せると、メイスをくるりと回しながら前に出た。
▌失敗しても、侵蝕くらいですよね?
▌え、ええぇ!?と、灯台のヒビ割れが深くなってませんか!?
▌扉を開いたんじゃなくて、ぶっ壊してる気がするんですけど…。
▌<ご、ごめん。私もここまでとは…。>
▌でも、扉は開きましたね。入りませんか?
▌いえ、それよりも先程なにか凄い…その…。
▌服装も替わって、何だか人も変わったみたいって言いたいんですよね?
▌そう、それです!
▌けほん。それはだな…!
▌こは…驚くべきことよ。メフィストフェレスの鏡も無き此の地にて…イゴを引き揚げ得たりしや。
▌<アーミヤの潜在意識と…繋がった気がする。>
▌<よく分からない光の中から、アーミヤの感情が宿った記憶、そして経験が見えて…それを掴もうとしただけなんだけど…。>
▌私の…潜在意識からですか?
▌<私もなんかできそうな感じがして…。その、勝手に心象を覗いてごめん。>
▌<スカジに関するもの以外は何も見れてないんだ。ただ、スカジという存在を解析するための記憶と感情の表象が…感じ取れただけだ。>
▌大丈夫です。私も時々、他の方の記憶と感情から状況を打破する力を手に入れたことがあります。
▌きっと…そういう性質があったから、ダンテさんも私から何かを取り出せたんじゃないでしょうか?
▌原理解明が不可能な現在の状況では…最も妥当な推測です。
▌……。
▌さっきのあれ、「E.G.O」っていうの?
▌いかにも!ただし我らがリンバス・カンパニーのE.G.Oは自ら開花させるE.G.Oとはちぃと異なるが―
▌そこまでにしましょうか。詳細を部外者へ口外することは好ましくありません。
▌そ、そうであるが…マイヤーズ君やアーミヤ君に話すのは関係ないのではないか…。
▌今回はあの馬鹿の言うことに同意しよう。審問官の火砲の弾が建物の外壁を貫通した上、その後に頭が出張って来なかっただけでここが…都市でないことが明らかとなった。
▌わざわざ口止めして、あいつがコソコソすんのを気にするくらいなら…もう好きに喋らせてやれよ。
▌…納得しました。
▌お好きにどうぞ。
その不機嫌な返事に、ドンキホーテはすっかり上機嫌になってアイリーニとマイヤーズにE.G.Oについて説明しようとしたけど…。
むしろ二人は武器を握り直したり、ぬめるような音のする方角へ視線を向けるだけだった。
▌それはあとにしてください。ここに片付けるべきものが沢山ありますから。
▌恐魚…扉のやつ以外にもいるんだ。
▌<海から来る恐魚は…スカジの方に行ってるみたいだ。>
▌<それなら、私たちは灯台の近くに残ってる恐魚だけ片付ければよさそうだね。>
▌<行こう。灯台を奪還しに。>