○崎

Last-modified: 2022-11-10 (木) 09:35:31

山﨑武司(元中日→オリックス→楽天→中日)の現役時代の別称。
上述の通り山﨑の「﨑」の字は異体字であるが、簡略化のため各別称は全て常用漢字の「崎」を使用している。

概要

1986年ドラフト2位で愛工大名電高から中日に入団。1995年ごろから頭角を現し、翌1996年には中日の生え抜き選手としては数少ない本塁打王に輝くなど第1次中日時代には和製大砲として活躍。しかし1997年、本拠地が狭いナゴヤ球場からだだっ広いナゴヤドームに変わったことから打撃成績が急降下*1チャンスにめっぽう弱く、2001年には中軸を任され25本塁打を放ちながらたったの51打点という貢献度が高いとは言い難い選手であった。当時の中日ファンからの不満は相当なもので、併殺が多いことにも引っかけられ当時存在した「帳尻戦隊ウテンジャー」スレの主役にされ当該スレが発祥の「イエローゲッツー」という蔑称もあった。また、あだ名の「ジャイアン*2」の如く我の強い選手であったため*3、成績面でチームに貢献できないと邪魔者扱いされ、そこから邪魔崎(ジャマサキ)と呼ばれたのが由来。*4
移籍後も蔑称が使われ続けていたが、2004年末に新規加入した楽天に移籍してからは二軍レベルのチームにおいて貴重な長距離砲として黎明期から活躍、野村克也監督の指導が合致したのも幸いしチャンスでの弱さを克服して打撃タイトルを獲得するなどチームを牽引し様々な尊称バリエーションが考案された。その中で邪魔崎がソフトに変化した「ジャーマン*5」が引退した現在では最もポピュラーな別称として定着している。

別称一覧

現役時代は成績面の浮き沈みが激しかったため、活躍度合いによって「○」の部分が下記のように変化し尊称にも蔑称にもなりうる

 

低)邪魔崎<ジャーマン<帳尻崎<山崎<必要崎<神崎<X崎*6伝説崎 (高


伝説崎の例*7



関連項目



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*1 とはいえ1998年は27本塁打・86打点(OPS.838)、リーグ優勝した1999年はシーズン途中に不調でスタメン落ちが増える&優勝決定戦で負傷してリタイアしながらも28本塁打・75打点(OPS.873)と、それぞれ及第点(というより近年の中日基準で見ればかなり優秀)と言える成績を残してはいる。
*2 相撲力士を想起する見た目と下の名が同一にあたることから、こちらも山﨑を代表する渾名の一つとして定着。当時の正捕手・中村武志と同じ名だったため区別を兼ねる側面もあった。
*3 この性格が災いしてオリックス時代には造反事件を起こし、戦力外となった一因にもなった。
*4 ちなみに山崎のローマ字"Yamasaki"をスペイン語で読むと「ジャマサキ」になる。
*5 先述のジャイアンが変化したものとされている。
*6 Xとは1999年9月26日の対阪神戦で山崎が福原忍から逆転サヨナラ3ランを放った時のポーズが由来である。
*7 画像は2007年5月17日の日ハム対楽天(東京ドーム)の試合での成績。なお、この試合では田中幸雄が通算2000本安打を達成している