○崎

Last-modified: 2020-09-15 (火) 00:22:39

山崎武司(元中日→オリックス→楽天→中日、 現中日ドラゴンズスペシャルサポーター)の現役時代の蔑称。

概要

1986年ドラフト2位で愛工大名電高から中日に入団。1995年ごろから頭角を現し、中日の生え抜き選手としては数少ない本塁打王に輝くなど第1次中日時代には和製大砲として活躍。しかしチャンスにめっぽう弱く、2001年には中軸を任され25本塁打を放ちながらたったの51打点*1という貢献度が高いとは言い難い選手であった。当時の中日ファンからの不満は相当なもので、併殺が多いことにも引っかけられ当時存在した「帳尻戦隊ウテンジャー」スレの主役にされ当該スレが発祥の「イエローゲッツー」という蔑称もあった。また、あだ名の「ジャイアン」の如く我が強く、厄介なタイプの選手であったため*2少しでも試合でチームに貢献できないと邪魔呼ばわりされ、そこから邪魔崎(ジャマサキ)と呼ばれたのが由来。*3
移籍後も蔑称が使われ続けていたが、2004年末に新規加入した楽天に移籍してからは二軍レベルのチームにおいて貴重な長距離砲として黎明期から活躍、チャンスでの弱さを克服して打撃タイトルを獲得するなど邪魔でなくなったことで様々なバリエーションが考案された。その中で邪魔崎がソフトに変化した「ジャーマン*4」が引退した現在では最もポピュラーな別称として定着している。
現役時代は活躍度合いによって「○」の部分が下記のように変化し、尊称にも蔑称にもなりうる

 

低)邪魔崎<ジャーマン<帳尻崎<山崎<必要崎<神崎<X崎*5<伝説崎 (高


伝説崎の例*6

yamasaki_01.jpg

関連項目



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*1 このような成績となった背景として、山崎は前年に打率3割の好成績を残しながら本塁打が少ないという不満をフロントから指摘されたためだと思われる。なお、本塁打こそ前年より増えたものの今度は.238という打率の低さと打点の少なさを指摘された
*2 この性格が災いしてオリックス時代には造反事件を起こし、戦力外となった一因でもあった。
*3 ちなみに山崎のローマ字"Yamasaki"をスペイン語で読むと「ジャマサキ」になる。
*4 一般的にはジャイアンが変化したものとされている。
*5 Xとは1999年9月26日の対阪神戦で山崎が福原忍から逆転サヨナラ3ランを放った時のポーズが由来である。
*6 画像は2007年5月17日の日ハム対楽天(東京ドーム)の試合での成績。なお、この試合では田中幸雄が通算2000本安打を達成している。