ええの獲ったわ!

Last-modified: 2021-12-23 (木) 08:04:13

阪神タイガースの関連記事にて散見されるフレーズのこと。
ニュアンスとしては「○○最高や!○○なんて最初からいらんかったんや!」に近い。
経緯から阪神時代の蕭一傑(元阪神→ソフトバンク)の蔑称としても使われた。

概要

2008年オフに横浜からFA宣言し、阪神と入団交渉をしていた三浦大輔横浜残留を表明し獲得に失敗した際に、同年のドラフト1位で獲得した奈良産大の蕭一傑(しょう・いっけつ)*1を絶賛したサンケイスポーツの見出しである「ええの獲ったわ!虎、三浦断念も蕭がいる!」が初出。

 

その蕭は最速148㎞の直球と高い制球力が売りであるとされていたが、いざプロ入りすると特に致命的な故障歴がないにも関わらず直球は135㎞前後かつ変化球も制球力も見るべき特徴がないという地雷投手の典型であり、一軍で2登板しかできなかった*2。このような結果から、三浦を取れなかった負け犬の遠吠えのような見出しの悲壮感と、肝心の蕭の不甲斐なさと合わせてネタにされた。

ちなみにこの年のドラフトを一部阪神ファンは「蕭ドラフト」と呼び2011年そして1995年*3と並んで阪神ファンの中では特に失敗ドラフトの代表扱いをされた*4。今でも阪神が謎ドラフトを行うたびに蒸し返されている。

この年は、逆指名制度導入前の1992年度以来16年ぶりに高校生と大学生・社会人が完全に対等な条件で指名されるドラフトに改正された元年であった。しかし、結果的に見るとこの年のドラフト1位指名選手は全体的に不作であり*5、阪神が競合で外した松本や藤原も特筆すべき成績を残せないままNPBを去っているので、なにも阪神だけが上手くいかなかったわけではないことに留意すべきである。

蕭以外の例

この時期の阪神は、ヤンキースに移籍した井川慶の後を担う先発投手の獲得が命題となっていた。三浦をFAでの獲得を目論んだことや、蕭のドラフト獲得もその一環であった。
ここまで先発投手の補強に躍起になっていた原因として、球団は先発投手のコマ不足が優勝を逃したものと分析しており、2000年代後半には「蕭ドラフト」以外の年にもドラ1で以下の投手をことごとく獲得していったのである。しかし・・・

指名年度名前阪神での一軍登板数契約状況
2006年小嶋達也64試合2016年限りで戦力外→引退。現在は阪神の打撃投手。
2007年白仁田寛和*66試合2014年にオリックスにトレード*72016年限りで戦力外→引退。現在は阪神の球団職員。
2009年二神一人*827試合2016年限りで戦力外→引退。現在は阪神の球団広報。

以上のように、蕭同様に目立った活躍をすることができず*9に選手生活を終えるというケースが相次ぐという皮肉な結果に終わっている。この通りドラフトでの即戦力投手の獲得は失敗続きだったが、2009年にプロ5年目だった能見篤史が覚醒し、ローテの中核を担うようになったことで主戦投手の確保という命題は解決している。また、2009年ドラフトに限ると4位以下で秋山拓巳(藤川)俊介原口文仁を輩出しており、「黒田ドラフト*10」と呼ばれ悪名高い岡田・真弓時代のドラフトの中では唯一の成功ドラフトと言える。
また、投手ばかりを重視してドラフト1位枠を使い続けたことは、野手陣の世代交代の遅延を招くこととなった*11

余談

また、助っ人外国人の場合、クレイグ・ブラゼルマット・マートンなどの大成功補強から、ケビン・メンチブルックス・コンラッドなどの失敗、さらにはマイク・グリーンウェルなどの壊滅的失敗まで幅広く使われている。なお助っ人外国人は別に「電鉄本社が金庫の重い扉を開けた」のフレーズが使われる場合も多い。
現在では球団を問わず新人など、入団したばかりの選手*12が試合で早くも活躍した場合にファンがこのフレーズを用いるケースがほとんどである。

関連項目


*1 台湾籍で本名はシャオ・イージェ。早大の松本啓二朗(元横浜/DeNA)とNTT西日本の藤原紘通(元楽天)の外れ外れ1位で指名。ただし蕭は元々横浜か西武への入団を希望していた。2012年限りで阪神を戦力外になった後はソフトバンクの育成選手を経て2014年よりCPBLの義大/富邦で5年間プレー。2019年のみ王柏融(日本ハム)の通訳を務めた。
*2 大学時代に肘を故障したことが原因で球速が戻らなかったといわれている。
*3 指名選手全員が故障または実力不足で早期に戦力外となり阪神を去っている上、今なら球団存続に関わる大問題に直結しかねないほどの指名過程の酷さもあった。
*4 ただし2位以下が柴田講平上本博紀西村憲なので決して悪くは無いという評価も一定数ある。
*5 社会人投手の注目株であった田澤純一がメジャー挑戦を理由にドラフト指名回避を希望したことにより、例年と比較して少なかった注目選手がさらに少なくなったことも大きい。結果的にドラ1で成功と言えるのは大野奨太(日本ハム→中日)と大田泰示(巨人→日本ハム→DeNA)くらいであった。しかも大田は巨人では花開かず日ハム移籍後に本領を発揮している。むしろそれ以上の成功を収めたのは、西武3位の浅村栄斗、オリックス3位の西勇輝、ソフトバンク5位の攝津正である。
*6 大場翔太(元ソフトバンク→中日)の外れ1位。
*7 オリックス移籍後は50試合に登板している。なお、交換相手はのちにセットアッパーとして活躍する桑原謙太朗
*8 菊池雄星(西武→マリナーズ)の外れ1位。
*9 一応、小嶋は2011年にリリーフとして36試合に登板して存在感は示している。
*10 黒田正宏(元南海→西武)が編成部長を務めた2003年~2010年のドラフトを指す。
*11 一応、高校生ドラフトがあった2006年と2007年にそれぞれ野手として野原将志と髙濱卓也を1位指名はしている。しかし、野原は大成せずに退団し、髙濱は二軍で順調に成長を見せて期待されていたものの2011年にロッテから小林宏之のFA獲得に伴う人的保障でプロテクトしていないという手抜かりをやらかしてしまったため、ロッテに持っていかれてしまった。特に高濱の一件は、期待されていた次世代の内野手をプロテクトし損ねた阪神球団のお粗末ぶりを露わにすることとなり、球団は関西マスコミから散々に叩かれている。
*12 阪神においては岩崎優・糸原健斗・中野拓夢のような下位指名で入団した選手、小林慶祐山本泰寛のように期待値が低かった移籍組が該当。