ぐう聖

Last-modified: 2021-06-05 (土) 16:46:35

ぐうの音も出ないほどの人」の略。ぐう畜の対義語。
元々は日ハム小笠原に対して使われていた。


聖人エピソードの一例

  • 三浦大輔
    1991年に横浜大洋ホエールズ時代に入団し、横浜ベイスターズ時代の1998年には日本一を達成。その後チームは暗黒時代を迎え、2008年オフにFA宣言。阪神が興味を示しファンは移籍を覚悟するもファンの声に応え残留 *1貧打で負けても「点を与えた自分の責任」などとチームメイトを庇いつつ、25年の現役生活を横浜一筋で終えた。なお横浜スタジアムの打者優位ぶりやベイスターズ守備陣の頼りなさも相まって積み上げたWAR(セイバーメトリクスの総合指標の一つ)は歴代でも屈指の水準にある、という分析もある。
    参考
    また、自身のサインの転売について「もっと書こうと思うよ。売るのも買うのもバカらしくなるぐらい書こうと思う。 『えっ?三浦のサイン買った?アホやなぁ・・・球場行ったらナンボでももらえるのに』みたいな」と発言するなど、常にファンサービスを忘れないナイスガイである。
    チームメイトの信頼も厚く、引退試合当日のブログの写真には一軍メンバー全員に加え故障中の須田幸太も収まっていた。
    2021年からは監督を務め、主力の流出や、外国人選手の来日遅れに対しても「若手にとってはチャンス」と前向きに捉え、開幕から8戦連続勝ちなしの際にも、自分の継投ミスを認める等、毎試合ポジティブなコメントを残し続けた*2
     
  • 李承燁
    2004年に千葉ロッテマリーンズへ入団し初来日。
    その後は読売ジャイアンツを経て2011年にオリックスバファローズへ移籍。後半戦で大活躍したにも関わらず、シーズン前半の不調の責任からか「自分が居てはチームの足手まとい」と自ら2年契約を破棄して帰国した。
    また、巨人時代にも「二軍でも腐らず、チームメイトを焼肉に連れていってくれる」という証言が報告されている。
    イマイチな成績で帰国したあげくNPBの悪口を広めた*3ことで韓国国内でも批判の声が上がった金泰均と対比されることもあり、韓国でもぐう聖の呼び声が高い模様。
     
  • ボビー・ケッペル
    2010年に北海道日本ハムファイターズへ入団、2年連続2桁勝利を挙げるなど活躍。
    打線を組めるほどの聖人要素満載のエピソードの数々から、当初名前をもじって「ケツペロ」と揶揄していた一部のなんJ民も沈黙せざるを得なくなった模様。退団時には栗山監督が「何とか怪我の癒えた状態*4で送り出せてよかった」とコメントしていた。
    • 死球を与えた際には、帽子を取り一礼という日本式のやり方で打者に詫びる。
    • 東日本大震災に心を痛め、家族を呼び寄せてチャリティー試合前には志願してスピーチ*5
    • 球団の病院訪問メンバー(主に子供たちへの激励)を外された事に憤慨、直訴して以降は定期的に訪問。
    • 試合を観戦した障がい者たちと対面しガッチリと両手で握手、サインボールを手渡す。
    • 右肩故障からの復帰登板後に勝利すると、同じ故障でリハビリ中の斎藤佑樹にウイニングボールを渡して激励。
    • 連敗中のバス移動ではピザを振る舞う(チームメイトに分け与えたため、自身は食べられなかったという)。
    • スポーツ紙の番記者にも、退団の際には自身の記事について感謝を述べる。
    • その後シンシナティ・レッズとマイナー契約。日本球界での実績からメジャー先発間違いなしとされた。しかし同時に父が癌に侵され、家業の造園事業を継ぐためにあっさりと引退。キャリアよりも家族を優先させた。
 
  • ケーシー・マギー
    2013年に楽天で、2017~18年に巨人でプレー。楽天球団初のリーグ優勝・日本一に大きく貢献し、セリーグのシーズン最多二塁打記録を更新するなど活躍。
    近年の助っ人外国人ではかなりの人格者で知られる。
    • 自身の子が先天性の病気を持つため小児医療への関心が高く、啓蒙活動も行っている。車椅子を寄付したり病気を持つ子どもたちを試合に招待した。
    • 復興のため、故郷でもない宮城県に1000万円以上も寄付
    • 2017年の交流戦期間中、楽天ファンへビデオメッセージを送り、「アメリカにいる間も楽天は気になっていたから結果をチェックしていたよ」とコメント。仙台での打席では大きな拍手で出迎えられた。
    • 2017年オールスター第1戦(ナゴヤD)のセリーグ写真撮影の後、ヤクルトから唯一出場した小川泰弘が戸惑っていたところ声を掛けて肩を抱く
    • 代打起用が続き不貞腐れていた村田修一が「暇ー!」と叫んだ件で、殊勲打を放ったマギーは「ムラタは素晴らしい選手。代打で彼が四球を選んで繋いでくれたから、僕は打つ機会を得たんだ。僕がこうして仕事を出来るのはムラタあってのことだ」とコメント。
    • 2018年のクライマックスシリーズ敗退後、涙を浮かべながら「これから何が最善か考えるので結論はまだだが、チームは若返るもの。自分は歳をとった」とチームのための引き際まで考える
       
  • 梨田昌孝
    • 近鉄球団の消滅が決定した2004年の出来事。近鉄最後の試合のミーティングにおいて、梨田は監督として「みんな、胸を張ってプレーしろ。お前たちがつけている背番号は、すべて近鉄バファローズの永久欠番だ」と語り、悲しみや今後への不安を抱きながらプレーに臨む選手たちを鼓舞し勇気付けた。これは今でも球史に残る言葉として語り継がれている。
    • 楽天監督就任直後の秋季キャンプのこと。この時、戦力外となっていた選手*6が入団テストの為に秋季キャンプ地に合流していた。キャンプ終盤の紅白戦後、「これだけお客さんが入ってるんだから裏で合格を伝えるより、生で喜びの声を聞いてほしかったと入団テストの合格発表をファンの目の前で行う粋な計らいを見せ、4選手全員の合格を発表した。
    • 日本ハムは栗山監督が長期政権を敷いているため、梨田は楽天の監督を務める間は「先代の日ハム監督」という立場であった*7。それ故、自身の日ハム監督時代を支えた選手達(飯山裕志など)が楽天監督在任中に引退することも多かったが、敵チームの監督という立場ながら殆どの選手にコメントを寄せる。
       
  • 大瀬良大地
    以下のエピソードから「良い人」のイメージが強い。
  • フレデリク・セペダ
    キューバの至宝にしてNPBのネタ助っ人。
    高齢での来日だったため守備打撃ともに精彩を欠いており、2年目はほぼ二軍に幽閉されていた。
    しかしキューバリーグが終わったらすぐに巨人のキャンプに合流、二軍でも練習は真面目に参加、若手選手にコーチのようにアドバイスしていたため、同じ巨人ネタ助っ人のフアン・フランシスコやキューバ出身で2年目に来日しなかったユリエスキ・グリエル(元DeNA)と比較され「成績こそ悪いが人間性は最高」と評され愛されていた。
     

その他、ぐう聖扱いされがちな人物

  • ウィリン・ロサリオ
    こちらも肝心の打棒はサッパリだったため日本とは短い縁となったが、持ち前の陽気な性格で監督やチームメイトらを勇気づけようと努めた。メンチ同様に人柄面では好評で、豪雨被害に対しては個人で100万円を寄付するなどした。
  • ケビン・クロン
    2021年に広島に入団。
    コロナ禍で入国が困難な中で新外国人最速の1月3日に来日する、鈴木誠也に弟子入りするなど、入団直後から勤勉な姿勢を見せる。
    打撃成績こそ低迷しているが、日本語を勉強する、チームの得点・勝利を人一倍喜ぶ、死球を受けても相手を気遣うなど性格の良さで知られている。
  • 平田良介
    普段は温厚だが、ビシエド差別的な野次を飛ばした客に対して血相を変え大激怒。本気で仲間を想う男として知られるようになった*9
  • 松田宣浩
    亜大時代に先輩の不祥事により2部リーグに降格し、更新が期待されていた井口資仁の持つリーグ通算本塁打記録への挑戦が閉ざされてなお腐ることなく主将としてガタガタになった部を立て直す。明るいキャラクターで有名だがこれは移籍する川崎宗則にムードメーカーの役割を託されて以降のもので、ベテランになってもその役割を全うする。自分は代表に選ばれたら辞退の選択肢は無いと言い切り、代表での国歌斉唱時に律儀に歌っていたのが監督の稲葉と松田だけだったなど。
  • 堀内恒夫
    現役時代はその実力とは裏腹に悪太郎、甲斐*10の小天狗の異名を持つほどヤンチャかつ傲岸不遜で、あまりの悪童ぶりから王貞治に制裁を受けたほどで*11あった。
    しかし、2004年に監督に就任する*12と、起用に応えられなかった内海哲也に対し号泣するほどの労いの言葉をかけるなど、情に篤い面も知られるようになる。またその内海が炭谷の人的補償で西武へ移籍した際には、感謝と労いの言葉をかける一方で「西武に骨を埋めるつもりで頑張れ」と巨人への未練を断ち切るよう諭しており、移籍先への敬意をも欠かさない愛情溢れるコメントは功労者を失った悲しみに暮れる巨人ファンの感動を呼んだ。さらに自身のブログで読者の質問やコメントに対して非常に丁寧な返信を行う点も、なんJでは評価が高い。
  • 森本稀哲
    幼少期に汎発性円形脱毛症を患う。現在は治癒しているものの今でもスキンヘッドにしているのだが、それは同じ病気に苦しむ人々に勇気を与えたいという思いからである。
    プロ入り後は先輩の新庄剛志に感銘を受け、プレーヤーとしてもムードメーカーとしても日本ハムの優勝に3度貢献。
    移籍先のDeNAと西武で不振に陥り二軍生活であっても腐らずチームを鼓舞。引退試合の「稀哲さんに繋げ*13は彼の人望を示すエピソードとして有名。引退後は怖くないOBとして知られる。
  • 秋信守(MLB)
    新型コロナウイルスの影響を受け、マイナーリーガー選手の生計が脅かされている現状から、所属するレンジャーズのマイナー選手191人全員に対して総額19万ドル(2300万円)の生計資金援助や、地元の韓国で最も多くの感染者が発生した大邱(テグ)市の市民に対しても約1800万円の経済支援を行ったことから。
  • 山下大輔
    社長の御曹司で慶応ボーイという恵まれた経歴から「グラウンドの貴公子」と呼ばれた。しかしそれでいて尊大なところは全くなく、寧ろ場を盛り上げるためなら自身の頭髪をギャグにすることも厭わない明るい人格者として知られる。横浜ヘッドコーチ時代には監督の権藤博や選手たち*14から全幅の信頼を寄せられ、監督時代では成績こそボロボロだったがチーム内の不協和音の解消に尽力した*15。また現役時代にチームメイトの高木豊が「オレらが点をとってもピッチャーがこう打たれちゃあなぁ」とぼやいた際、「みんな一生懸命やっているんだから、そういうことは言うな!」と一喝したという逸話がある。
  • 山本由伸
    先発に転向した2019年以降凄まじいムエンゴに苦しんでいるが、試合後のコメントでは常に自ら責任を背負い、冷静に反省点を分析して前を向く大人な言動を見せた事からぐう聖扱いされる。
    ただし、プロスピA対決動画や球団公式インスタライブで先輩の若月健矢の打撃をイジり倒す、ファウルが股間に当たり悶絶する伏見寅威を見て爆笑する、新人の宮城大弥*16に「ブサイク」とLINEする*17舞洲のロッカールームが汚い*18などぐう畜な一面もある。

    山本の敗戦後コメント傑作選

    • 2019年初登板となった4月3日・ソフトバンク戦では9回を1安打で失点ゼロに抑えるも0-0のまま降板。結局そのままドローとなりプロ初完封勝利を逃したが、試合後の取材では四球について反省を述べ「ピンチの場面で野手の方々に助けて頂きながら、9回まで0点で抑えることが出来た」と野手への恨み節もゼロだった。
    • 5月16日・ロッテ戦。「野手も反省する所があると思う
    • 7月19日・西武戦。7回を自責0に抑えるも9回に守護神ディクソンが痛恨の3ラン被弾で同点とされ、延長で増井浩俊被弾し敗戦。試合後の取材に対して「ディクソンはこれまで抑えてくれていた。たまたま自分の投げた日に当たっただけ。去年、自分がリリーフのときに打たれても先輩方が優しい言葉をかけてくれた。そういういい教育を受けているので何かを思うことはありません。
    • 2021年開幕戦(対西武)、味方のエラーで自責点以外に3点失い敗戦投手になった後のコメント。「開幕戦ということもあって雰囲気は多少違いましたね。プレーボールのところから野手もこんなに緊張してることはない。難しいバウンドだったり、打球があったのでそこはなんとか抑えられたらなと思いましたけど。仕方ないプレーだったかなと思います」
    • 4月28日・楽天戦。9回無失点も、打線が相手先発の則本昂大を攻略できず0-0のドローに終わる。試合後の取材に「とにかく負けたくなかった。打てなかったというより、則本さんがいい投球。逆に負けなくてよかった」と、則本を称えるだけでなく野手陣も庇うコメントを残した。
  • ブランドン・ディクソン
    2013年から8年間オリックスで活躍し、丁寧なファンサービスにも定評のあった優良助っ人。日本の文化や日本人を愛し、長女の名前を奈良県にちなんで「ナラ」と命名。
    新外国人へのサポートも怠らない。
    2021年、コロナ禍により家族での来日が困難なため退団。
  • 高谷裕亮
    シーズンオフに助っ人外国人が帰国する際に空港まで見送りをする、ファンサービスの精神を忘れることなく常にチームを盛り上げる、相手投手から死球を受けても常に優しい表情を見せる等、チームからもファンからも常に愛される存在でチームを鼓舞している。
  • 木佐貫洋
    謙虚で前向き、真面目な人物として知られており、移動中などでサインが出来ない状況でファンに配布する目的で自身のサインを入れたベースボールカードを持ち歩いている。
 

例外

  • 赤星憲広
    盗塁の数に応じて車椅子を寄付する活動に取り組み、なんと301台もの車椅子を養護施設や病院へ寄付。ボランティアは生涯現役をスローガンとし*19、引退後もパートナーとなる企業を探し車椅子の寄付を続ける聖人ぶり。
    しかしながら入ってねえんだよこの野郎と怒ってしまうなど短気な面もあるため畜生と誤解される。

関連項目


*1 残留会見前にはわざわざ阪神の球団事務所を訪れ謝罪、沼沢球団本部長からもその人柄を賞賛された。
*2 しかし、その一方で怠慢走塁をした桑原将志を(代わりとなる選手がいないことを差し引いても)即二軍落ちさせず、話し合いでの注意だけで済ませるなど一軍監督しては優しすぎる点が問題視されている。
*3 「日本では誰も話しかけてくれなかった」等の発言を行うが、直後に韓国の掲示板でチームメイトと談笑している画像が貼られるなど「信用できない」と評判になった。2017年のWBCでは兵役中でもないのに挙手敬礼で国歌を聴いたことでさらに顰蹙を買った。
*4 退団の前年に故障で投げられずフロント内部に退団論が浮上するも、栗山監督が説得してもう1年待ってもらった。
*5 ちなみにその前日は、楽天・嶋基宏(現ヤクルト)による「見せましょう、野球の底力を」のスピーチが行われている。
*6 山内壮馬(前中日)、金無英(前ソフトバンク)、栗原健太(前広島)、川本良平(前ロッテ)の4人。
*7 梨田は2008年から4シーズン日本ハムの監督を務めて栗山に交代。解説者を経て2016年から2018年シーズン途中まで楽天を指揮した。
*8 ただしこの件については黒田博樹に苦言を呈されている。
*9 出演したラジオ番組で平田は「僕個人へ言うのは構わない。けど同じ仲間への言葉は許せない」と語っていた。
*10 出身地である山梨県の旧国名。
*11 なお王も荒川博コーチ(当時)により更生する前はかなりヤンチャで、鬼寮長・武宮敏明から王も堀内も「三悪」と呼ばれた。残り1人は女優・伊東ゆかりとの熱愛で名高い柴田勲。なおこの三悪は全員名球会入りを果たした(堀内は退会)。
*12 当時の無計画な補強のせいでチームがガタガタだったと言う事情があったとはいえ、采配面のダメさや■■軍団との内紛もあって監督としては無能という評価が多い。しかし堀内本来の人となりを知るなんJ民からは「監督をするには優しすぎた」と言われるようになり、高橋尚成ら一部選手も「当時は上から下まで風通しが悪く、誰が監督でも一緒だった」と擁護意見も多い。
*13 当時の西武はロッテとCS出場権を争い消化試合が無く、森本の引退試合は守備だけでの出場に終わると思われた。しかし最終回、1番から始まる攻撃で7番の森本に回す西武打線の執念は多くのファンの感動を呼んだ。
*14 駒田徳広が造反した際も彼を庇い、後日感謝の言葉を述べられたという。
*15 森時代に不調だった金城など主力の復調させるなど功績もある。ただし「隙あらばデニーで8敗」「最下位が確定しているのに本塁打王争いをしていたウッズにバント」「代走に代走」「試合終盤にライトとレフトを交換」など、見るものの苦笑を誘う珍采配を連発していた。それでも2004年の最終戦まで指揮をとり、2年連続最下位ながら胴上げされて一軍監督から退いた。
*16 とても高卒ルーキーには見えない風貌で有名。高校時代のニックネームは当時の監督が命名した「琉球じじい」。
*17 ただしそれでも即座のフォローは忘れない。
*18 山本は二軍落ちすることがほぼ無いので、基本的には舞洲にはいない。ちなみに柳田悠岐や同僚の吉田正尚もロッカーが汚いため、「スター選手はロッカーが汚い」などとも言われる。
*19 スローガンは引退翌年の2010年~2011年に赤星が出演したACジャパンの関西地域キャンペーンのCMでも使われた。なおこのCMはABC制作の全国ネットの阪神vs巨人戦等で関西以外の地域でも見ることができた。