~1988年
日付 | 出来事 |
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1973年 8月30日 | 江夏、自らのサヨナラホームランで延長11回ノーノー。 |
1979年 1月31日 | 前年のドラフトで阪神から指名された江川卓と巨人のエース・小林繁の電撃トレード(空白の一日)。いわゆる江川事件の発端となる。 |
1979年 11月4日 | 大劇場の元祖、「江夏の21球」で広島が初の日本一。 |
1981年 8月26日 | 宇野ヘディング事件。元祖珍プレーの誕生。1001、グローブを叩きつけキレる。 |
江本「ベンチがアホやから野球がでけへん」 | |
1981年 9月16日 | 山森雅文(阪急)、西宮球場レフトラッキーゾーンの金網によじ登りホームラン級の打球をキャッチ。このプレーが米国野球殿堂に展示され日本人第1号の米国野球殿堂入り。元祖好プレーの誕生。 |
1982年 8月31日 | 阪神コーチ陣による審判団への暴行事件が起きる。 |
1985年 4月17日 | バックスクリーン3連発。なお打たれた槙原は引退後にトークのネタに。 |
1985年 11月2日 | 阪神、2リーグ制移行後初の日本一。 |
巨人定岡、近鉄へのトレードを拒否してそのまま引退。 | |
1985年 11月20日 | KKドラフト事件。桑田に巨人との密約説が流れる。■■、西武に指名され涙の記者会見。 |
1986年 6月13日 | 東尾、近鉄デービスに死球。乱闘で何発も殴られるも完投勝利。 |
1987年 6月11日 | 巨人-中日戦にて、中日宮下の死球を受けたクロマティが宮下に右ストレートを見舞い退場。なお2013年に和解。 |
1987年 11月1日 | 日本シリーズ第6戦。辻、クロマティの緩慢送球の隙をついて1塁からホームイン。そして日本一直前に■■が守備中に号泣。 |
1988年 6月7日 | 近鉄デービス、大麻で逮捕され国外追放。 |
1988年 10月19日 | 伝説の「10.19」、2連勝すれば逆転優勝の近鉄が1勝1分に終わり西武の優勝が決定。 |
阪急、まさかのオリックスへの身売り。 |
1989年
日付 | 出来事 |
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4月9日 | ヤクルト・アイケルバーガー、9回裏に同点から無死満塁で暴投しサヨナラ負けという情けない来日初登板。 |
9月14日 | 阪神フィルダー、自身の三振に対する怒りのあまりバットを叩きつけた結果バットが右手を直撃・骨折。本塁打王と打点王の2冠を逃す要因に。 |
9月23日 | ■■、バット投げの後にロッテの選手たちに袋叩きにされる。 |
9月25日 | オリックス門田博光、ホームランを放った後にブーマーとハイタッチした際に肩を脱臼。 |
10月12日 | 近鉄、西武とのダブルヘッダーを連勝し10.19のリベンジを果たす。近鉄ブライアントが試合を跨いで4打数連続本塁打。 |
10月14日 | 近鉄、9年ぶりとなる悲願のリーグ制覇達成。 |
10月24日 | 加藤哲郎「巨人はロッテより弱い」 |
11月26日 | ドラフト会議。野茂、8球団競合の末近鉄が指名。一方元木がダイエーへの入団を拒否しハワイ留学へ。 |
1990年
日付 | 出来事 |
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3月15日 | 中日ディステファーノ、オープン戦にも関わらず乱闘騒ぎを起こして退場。 |
5月12日 | 広島市民球場にクモ男現れる。「巨人ハ永遠ニ不ケツデス!」の垂れ幕を全国放送に披露もあっけなく現行犯逮捕。 |
5月24日 | 中日vs巨人戦、中日ディステファーノが乱闘で暴れすぎて退場。1001「何や!! 何やこの野郎!! 来い!! 来い、コノヤロー!!」 |
8月28日 | 達川、守備中にコンタクトを落とし試合が4分間中断。 |
9月20日 | 中嶋聡、星野伸之が田中幸雄に投げたスローカーブを素手で捕球&星野よりも高速で返球。 |
11月24日 | ドラフト会議。亜大小池、8球団競合の末ロッテに指名されたが拒否。指名直後の亜大キャンパスは阿鼻叫喚に。 |
1991年
日付 | 出来事 |
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5月19日 | カネやん、近鉄トレーバーの顔面にキック。 |
6月5日 | 大洋vs広島で達川がサヨナラインフィールドフライをやらかす。 |
6月18日 | 中日彦野、サヨナラホームランを放つも一塁ベースを回った直後転倒し負傷。代走山口が告げられサヨナラ代走ホームラン爆誕。 |
11月22日 | ドラフト会議。イチロー、中村紀、金本、桧山と4位が大豊作。パンチョ伊東、最後の司会。 |
12月25日 | 大洋の中山裕章が逮捕され、背番号19の呪いの始まりとなる。 |
1992年
日付 | 出来事 |
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4月4日 | 柴田勲、ポーカー賭博で逮捕(後に起訴猶予)。記者会見でトランプのジョーカー柄のセーターを着て話題となる。 |
5月27日 | 福本豊「たこ焼きみたいやな」 |
8月16日 | 星稜松井、夏の甲子園で5打席連続敬遠される。試合終了後に帰れコールが甲子園に響き渡る。 |
9月11日 | 阪神-ヤクルト戦、八木裕の打球を巡り両チームが猛抗議。結局試合時間6時間26分の末引き分け、プロ野球史上最長試合に。 |
11月21日 | ドラフト会議。セゲオ、松井を引き当て阪神ファンを絶望させる。 |
1993年
日付 | 出来事 |
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3月2日 | 江夏の52グラム。 |
3月10日 | ヤクルト・ハドラー、球場でミミズを食べる。 |
7月26日 | 阪神郭李、股間に打球を受け戦線離脱。 |
11月8日 | 横浜、駒田獲得資金の捻出の為に高木豊、屋鋪、大門、松本、山崎、市川と主力選手を一気に解雇。 |
オフ | 松永浩美「甲子園は幼稚園の砂場」 |
1994年
日付 | 出来事 |
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1月29日 | 阪神解雇のどんでん、引退の危機をオリックスに救われる。 |
5月11日 | 神宮でグラッデンvs中西親志の殴り合い。以後危険球のルールが見直されることに。 |
5月18日 | 槙原、平成唯一の完全試合達成。一茂、三塁から真っ先にマウンドに駆け寄り槙原に抱き着く。 |
6月10日 | 中山裕章、中日で現役復帰。 |
9月20日 | イチロー、シーズン200本安打。打たれた園川「いや、別に僕1人で200本打たれたわけじゃないですし」 |
9月29日 | 日本ハムの10年ぶりの最下位に伴い大沢親分、本拠地最終戦後に土下座。 |
10月8日 | 中日-巨人の「10.8決戦」。巨人、先発三本柱を全員投入する大正義采配を披露し優勝。 |
11月4日 | パンチ佐藤引退、案の定タレントに転身。 |
オフ | 野茂、鈴木啓示監督との確執からまさかの任意引退扱いでメジャーへ移籍。 |
1995年
日付 | 出来事 |
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9月19日 | オリックスがリーグ優勝、「がんばろうKOBE」の悲願達成。 |
10月 | 巨人河原、ソープ嬢との結婚と離婚が発覚。「泡原」「泡様」の別称の由来に。 |
11月19日 | 新庄が契約更改後の会見で引退を表明し、引退未遂騒動。 |
11月22日 | ドラフト会議。近鉄佐々木監督が福留を引き当て「ヨッシャー!」の掛け声。なお近。 |
1996年
日付 | 出来事 |
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3月30日 | 王監督「開幕投手には格というものがあるだろう」 |
5月1日 | ガルベスvsジャーマン、ヘビー級の乱闘。 |
5月9日 | 生卵事件が起こる。 |
8月9日 | 横浜vs阪神で阪神が3-3の延長12回に一挙11点を挙げる馬鹿試合。 |
9月23日 | 西口文也、近鉄戦にて1人目安打→そこから27人連続凡退の「逆28人目の悲劇」を達成。 |
11月28日 | 落合、巨人を退団。自由契約ながら記者会見にナベツネ、セゲオ、信子夫人が同席し信子にはナベツネから花束が渡された。 |
オフ | 一茂、セゲオから直接戦力外を告げられ引退。 |
1997年
1998年
日付 | 出来事 |
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2月9日 | プロ野球脱税事件のコミッショナー処分が決定し、小久保、波留、鳥越らが開幕から出場停止となる。 |
2月12日 | 巨人ヒルマン「肩に小錦が乗っているようだ」 |
5月15日 | オリックス・ニール、腹痛に襲われるもDH制ゆえに最低1度は打席に立たなければならず下痢を我慢しながら見事HR。ホームイン後ナインのハイタッチスルーでトイレ直行。 |
7月7日 | 七夕の悲劇。魂のエースジョニー、崩れ落ちる。ロッテは17連敗で28年ぶりの新記録。9日に勝つまで最終的に18まで記録を伸ばした。 |
日ハム小笠原、プロ初本塁打。 | |
大魔神、阪神矢野に打たれ防御率0.00神話崩壊。この年唯一の敗戦。 | |
7月31日 | ガルベス、カルシウム不足の勢いそのままに橘高に渾身の剛速球を投げる。 |
10月8日 | ↓の近藤監督がかつて率いていた横浜、38年ぶりのセ・リーグ優勝を決める。 |
10月12日 | 最下位の責任を問われ辞任を表明したロッテ近藤昭仁監督が辞任会見で「もっと強いチームで監督をやりたかった」と発言。 |
11月31日 | 近鉄の前川克彦、契約更改をすっぽかす。 |