コンパクト教

Last-modified: 2019-11-22 (金) 05:55:26

前読売ジャイアンツヘッドコーチ・村田真一を教祖とする宗教である。教義は「コンパクトな打撃を意識すること」*1

のち派生形として「右打ち教」が生まれている。


野球用語としてのコンパクト Edit

野球用語としてのコンパクトは、「バットを最短距離でボールに当てること」を指す。

打撃においては、バットを遠回りさせずに最短距離でボールに当てることが、力のロスをなくすためにもボールを確実に捉えるためにも重要とされており、本塁打王獲得経験のあるブラッド・エルドレッド(元広島)やブランドン・レアード(日本ハム→ロッテ)ら数多くの強打者がスイングのコツについて「コンパクトに振ること」と述べている*2

宗教用語としてのコンパクト Edit

宗教においては、一般的な意味とは異なる使い方をされる言葉が数多くある*3。コンパクト教における「コンパクト」という用語もこの一つである。コンパクト教の教祖・村田はことあるごとに「コンパクト」という言葉を使うが、これは野球用語のコンパクトとは異なる独自の宗教用語であり、「バットを短く持ってボールに弱く当てに行く」ことを意味する*4。野球用語のコンパクトは、バットの軌道がコンパクトであることを指していたが、コンパクト教用語のコンパクトは、バットの長さと打球の飛距離がコンパクトであるという違いに注意してほしい*5
時に、「テープで両腕をガチガチに固めてミート(要するに軽打)する練習をする」という極端に思える打撃練習が行われていた事もあったという。

 

コンパクト教については、野球の実力を犠牲にする精神修行であるとの指摘がなされることがある。

例として、堂上剛裕(元中日→巨人)など二軍で結果を残してきた選手が一軍で教祖・村田の説法を受けて入信してから打てなくなったり、逆に大田泰示は日本ハム移籍で還俗したところ成績が急上昇し*6小林誠司が2017年のオールスターでパ・リーグチームから「バットを短く持たずに思い切り振れ」と邪教の教えを受けたところ、出場初打席初球でホームランを放ったなどの事例がある。

 

宗教よりも野球での結果を望む巨人ファンの間では「村田コーチの放出が最大の補強」と言われるようになり、解説者時代の金本知憲も名前こそ出してはいないものの村田の打撃理論を批判する*7など、プロの野球関係者の間でも疑問の声が上がることになった。

ちなみに、教祖・村田の打撃成績は実働15年で打率.234、98本塁打打率は低いが出会いがしらの一発があることで知られた。つまりコンパクトとは正反対の選手だったのである。


その後 Edit

2017年オフに“若返り”を名目に野手の村田が切られた一方でコーチの村田はまたも残留。野球よりも宗教を優先する球団の姿勢は巨人ファンの逆鱗に触れた。

しかし、2018年に入ると若手を中心に打線が躍動してオープン戦1位となり、シーズンではあの小林までが好調な打撃を持続*8。巨人ファンの間では「やっとカルビがコンパクト教をやめたのか」「(打撃コーチとして加入した)吉村禎章*9が有能なのではないか」などと戸惑いながらも喜ぶ声が多くなった。しかしながら相次ぐ故障で中継ぎ陣が兎達化し、2018年よりバッテリーコーチを兼任となった村田への風当たりは弱まる事はなく、高橋由伸監督が辞任を表明したことにより阪神・片岡篤史ヘッド兼打撃コーチ同様責任を取る形で辞任しコンパクト教も終焉を迎えた。


関連項目 Edit


*1 一応ネタバラししておくと、巨人打線に対する不満の捌け口として「とにかく村田真一が悪い」ことにするためによく言われている理論である。実際には村田真一ばかりが選手に悪影響を及ぼしているわけではない。しかし村田真一がコーチとして挙げた実績は何も無く不満の捌け口として叩かれるのも仕方のない事とも言える。
*2 なお、例えば鳥谷敬らが唱える、変化球への対応力を高めるためには最短距離でバットを出さない方がいいという打撃理論もあるが、ここでは省略する。
*3 仏教用語における「分身」は仏が様々な相で現れること、キリスト教用語における「執事」は助祭などの教会における職位、などのようにいくらでも例を挙げることができる。
*4 極論を言えば中島卓也(日本ハム)のような打撃である。
*5 本来の野球用語ではこの打撃は軽打という。
*6 なお、本人も巨人時代に結果が残せなかった理由として「コンパクトにいくしかないなと思っていた。それで小さくなって、逆にミートできなかったりしたのかな」と発言している。ただし、一方で巨人在籍最後の年の大田は逆に振り回す事を強要された(本塁打こそ当時のキャリアハイを記録したものの、119打席で45三振を記録して迷走)とファンから指摘されている。
*7 当時の阪神監督で打撃理論が村田と似ている和田豊に対する遠回しの批判にもなっている。
*8 ただし思い出してしまったのか、5月に入って急激に悪化し、4月を除けば寧ろ前年よりも酷い状態になっていた
*9 村田とは同い年かつ同じ関西出身で、1981年ドラフト同期(吉村は3位、村田は6位)である。