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俺たちのフェラーリ

Last-modified: 2019-11-21 (木) 16:20:24

俺達」の派生用語で、元々はモータースポーツ板発祥の用語。
正式には「俺たちのフェラーリが帰ってきた」であり、「達」が「たち」である事が特徴。

スクーデリア・フェラーリとは Edit

アルファロメオのレーシングドライバーだったエンツォ・フェラーリが1929年に創設したディーラーチームが母体。自動車レース草創期の1930年代からの古豪である。
いろいろあって一旦は活動を停止したが、1947年にエンツォがフェラーリを興してから復活し今日に至る。
しかし戦前から常にゴタゴタがつきまとうチームであり特にF1においては「1982年の悲劇*1」以来1990年代中盤までマシン開発・チーム運営・スタッフやドライバーとのいざこざなどあらゆる部分で迷走を繰り返した。そんな中、プジョーのジャン・トッド(現FIA会長)を監督に就任させ、1996年にはミハエル・シューマッハやスタッフをベネトンから引き抜く。そしてシューマッハは2000年から2004年までフェラーリドライバー最多の5年連続チャンピオン獲得、チームも1999年*2から6年連続でコンストラクターズチャンピオン獲得するなど名実共に伝説となる。

が、2006年にシューマッハが引退*3。2007年こそキミ・ライコネンがチャンピオンを取ったが、ステファノ・ドメニカリ*4が監督になった2008年にフェリペ・マッサが僅差でチャンピオンを逃し*5てからはかつてのそれを思い出したかのように内紛とかやらかし*6などが目立ち、あれだけのドライバーがいてなぜ勝てないのか状態でレース成績も再びお粗末なものとなって行き現在に至るまでレッドブルやメルセデスの後塵を拝し、すでに10年以上チャンピオンから遠ざかっている。

巨人や阪神との類似点 Edit

フェラーリはネタにされやすいチームだが、NPBの巨人や阪神の性格を併せ持っているからという声もある。
他チームのドライバーやメカニックをシーズン中であろうと強引に引き抜いたり、規定変更などでは我田引水ぶりを発揮する大正義ぶりをしばしば見せつける点で「F1界の読売ジャイアンツ」と言われたりする。
一方で、不調ならばお家騒動勃発も茶飯事で知名度の高さもあり何かとネタになりやすいチームである点で「F1界の阪神タイガース」とも言われたりする。

「俺たちのフェラーリ」の浸透 Edit

2010年代に入ってからのフェラーリのやらかしぶりはネタの域と化す。この状況を目の当たりにしたモタスポ板住人は「俺たちの知っているあの頃のフェラーリが帰ってきた!」と、半分素直な歓喜・半分侮蔑*7の意味合いを含んだこの言葉を用いていった。

ちなみにこの言葉が用いられだした当時、埼玉西武ライオンズでは第一次俺達猛威を奮っていたためいつしか俺達とダブらされるようになった。

2018年以降はDAZNにおいて野球を放送し始めたことに絡み、前年からラインナップに入っていたF1の実況もなんJで毎戦立つようになったが、もちろんのことながら(元の意味合いは異なれど)「俺たち」は違和感なく受け入れられやらかす度にネタにされている。残念でもないし当然である

尚、2019年はやらかしを連発しまくったものの、なんだかんだでコンストラクターズで2位に入っている。このことについても阪神ダブらされてしまった

2019フェラーリのやらかし・トラブル集(後半のみ抜粋)

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関連項目 Edit






*1 ジル・ヴィルヌーヴとディディエ・ピローニを擁したこの年のフェラーリは優勝候補筆頭だった。しかしピローニがイタリアGPでヴィルヌーヴを裏切り激しい確執が発生。その果てにヴィルヌーヴがベルギーGPで事故死、ピローニもドイツGPで重傷を負いF1を去るという悲劇的結末を迎えた。
*2 この年はシューマッハよりもエディ・アーバインの働きの方が大きかった。
*3 2010年にメルセデスGPから復帰したが全く精彩を欠き、2012年シーズンで完全に引退。
*4 あまりの(マイナスな)手腕から、モタスポ板では「ダメニカリ」の蔑称で多く呼ばれていた。現ランボルギーニCEO。
*5 最終戦でマッサが優勝を果たしたことからチームスタッフはチャンピオンを確信しはしゃいだ。ところが争っていたハミルトンがファイナルラップの最終コーナー手前で順位を上げた結果V逸なおコンストラクターズチャンピオンは間に合った模様。
*6 2010年の「ファスターザンユー」事件など。
*7 2000年代前半の常勝期は盤石なレース運びがあまりにも大正義なために、住人の中にはアンチも多かった。