吉村裕基(元横浜→ソフトバンク)の成績が低下している状態のこと。
概要
吉村は2002年ドラフトで横浜へ5位入団。2006~2008年の3年間で84本塁打を放つなど若くして覚醒。強肩に加え意外な走力も持ち合わせており、球界を代表する大器として名を馳せていた。
しかし2008年末のレーシック手術を境にスランプに陥り、内川コピペでは村田修一とともに何度も病院内で静かに息を引き取っていた。
2011年の開幕直後はそれなりに好調だったが、すぐに低迷。再び病院内で息を引き取りそうな状態を「冷たい」と表現した事が本用語の発祥である。
別称
同2011年に発生した福島第一原発事故の処理で原子炉を安定して停止させる作業になぞらえた「冷温停止」、解凍できない「よしむ.rar*1」、一気に成績を落とす様子から「急速冷凍」とも称され、特に「冷温停止」「急速冷凍」は汎用性と語呂の良さから吉村以外にも使われるほど浸透し、「カチカチ」「ヒエヒエ」など擬音語の形で使われるケースも多い。
また、調子が上向いてきた選手は「解凍」、特に打撃が好調な選手や打線は「ホカホカ」、手が付けられないレベルの絶好調な状態は「アチアチ」と表現されるようになった。
吉村・サイズモア曲線
若手時代の活躍・以降の不振といった成績の推移が元MLBのグレイディ・サイズモアと酷似していることから、度々比較対象となる。サイズモアは度重なるケガが原因で2009年以降低迷。2011年序盤は吉村と同様に好調だったがやはりケガで離脱。2016年に引退するまで結局解凍には至らなかった。吉村も後を追うように2018年限りでNPBを去っている。
| 年度 | 吉村裕基 | G.サイズモア | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 所属 | 打率 | 本塁打 | 打点 | 所属 | 打率 | 本塁打 | 打点 | |
| 2006 | 横浜 | .311 | 26 | 66 | CLE*2 | .290 | 28 | 76 |
| 2007 | .274 | 24 | 85 | .277 | 24 | 78 | ||
| 2008 | .260 | 34 | 91 | .268 | 33 | 90 | ||
| 2009 | .248 | 16 | 54 | .248 | 18 | 64 | ||
| 2010 | .205 | 3 | 11 | .211 | 0 | 13 | ||
| 2011 | .200 | 5 | 11 | .224 | 10 | 32 | ||
| 2012 | .209 | 2 | 7 | - | - | - | ||
| 2013 | 福岡 | .194 | 5 | 16 | FA(所属球団なし) | |||
| 2014 | .296 | 5 | 29 | BOS*3 | .233 | 5 | 27 | |
| PHI*4 | ||||||||
| 2015 | .217 | 3 | 15 | PHI | .253 | 6 | 33 | |
| TB*5 | ||||||||
| 2016 | .209 | 5 | 28 | FA | ||||
| 2017 | .176 | 2 | 2 | 引退 | ||||
| 2018 | - | - | - | |||||
- 打率の太字は規定打席到達。
- 2005年以前は割愛。
備考:レーシック手術と日本球界
そもそもレーシック手術とは、目の角膜にレーザーを当てて角膜の曲がり具合を変える事により、視力を矯正する手術である。吉村も視力が悪く*6術前は右の視力0.06、左が0.07だったのを右2.0左1.5に矯正している。
が、良化するとはいっても急激に視力が変わるためか、対応できるかどうかに個人差があるようだ。
同じようにレーシック手術後に成績が急落した代表例には、同チームに所属していた鈴木尚典が居る。2003年シーズン終了時点でまだ31歳ながら1305安打と2000安打が確実視されていた彼は、04年の年始にレーシック手術を行うと、そこから急激に成績が低下。5年でたった151安打しか打てず、2000どころか1500安打すら達成できないまま引退してしまった。このたった4年後に同じような成績を辿って主力級を一気に2人も失ったためか、DeNAファンにとってレーシック手術は(医学的な根拠は無いが)絶対的な死亡フラグと認定されている。
しかし、視力が良化するのでもちろん対応できればプラスの結果にもなる。その例が奇しくも同じDeNA所属の山本祐大で、彼は2021年オフにレーシック手術を受けて視力を改善させると、翌々年の2023年に覚醒。それまでの2年が打率1割前半という状態だったのが突然打率.277になって一気に正捕手の座を掴むと、翌24年も打率.291に加えGG賞*7、B9賞も獲得し、25年には侍ジャパンにまで選ばれる飛躍を果たしている。
またレーシックといえば、視力1.0からレーシック手術を受けた糸井嘉男という特殊な例があるが、元々目がいいのもあってかこちらも手術を受けた11年オフから急激に成績が下がるということはなく、成功か失敗かで言えば成功…?の側ではあると思われる。