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大正義ドラフト

Last-modified: 2019-09-03 (火) 07:16:33

指名、入団した選手において、目覚ましい活躍をした人数が多いドラフトのこと。

概要 Edit

ドラフト会議で指名できる選手のレベルはその年その年でまちまちであり、不作の年もあれば豊作の年もある。その中で大豊作と言える年において、ドラフト戦略が成功すれば一軍で活躍できる選手を何人も獲得できる可能性が高いのである。後に指名した選手の成績を振り返って一流クラスの成績を残した選手が多いドラフトを大正義ドラフトと言うようになった。
大正義ドラフトと言われる明確な基準は無いが、レギュラークラスの成績を長年残し続けることができた選手が3人以上いれば大正義ドラフトと言えるだろう。


大正義ドラフトの例 Edit

ここでは概ね異論が少ない例を挙げる。名球会入会者は赤字で記する。

1968年阪急ブレーブス Edit

順位名前守備位置所属契約状況
1山田久志投手富士製鐵釜石入団
2加藤秀司内野手松下電器入団
3長谷部優投手岸和田高拒否
4柳橋明投手日本大学山形高拒否
5新井良夫投手埼玉・大宮高入団
6島崎基慈内野手大分商業高入団
7福本豊外野手松下電器入団
8柿本進内野手星林高拒否
9切通猛外野手東芝入団
10三好行夫内野手日本鉱業佐賀関拒否
11村上義則投手小豆島高拒否
12門田博光外野手クラレ岡山拒否
13石井清一郎外野手大宮工業高入団
14鈴木博投手栃木・小山高拒否
15坂出直投手倉吉東高拒否

大正義ドラフトの代表例でよく挙げられる。1位の山田、2位の加藤、7位の福本の3人が長きに渡ってチームの主力として活躍し、いずれも後に名球会入りを果たした
入団拒否されたものの、12位で指名された門田もこの翌年に南海ホークスに指名されプロ入り。共に歴代3位となる通算本塁打数と通算打点数の成績を残して名球会入りを果たしたため、このドラフト指名では実に4人の名球会入会者がいたことになる。
この年は投打ともに大豊作の年であり、他球団を見ても星野仙一山本浩二、田淵幸一、大島康徳、有藤通世、東尾修などがプロ入りをしている。

 

なお、入団拒否者が多いのはこの時代プロ野球選手が今ほど安定した職業とは言えなかったためであり、どの球団でも入団拒否者が多かったのである。
ドラフト入団拒否者が多すぎて戦力補強にならない球団もあったため、救済策として1990年までドラフト指名されなかった選手をドラフト後に入団させることができるドラフト外入団が認められていた*1


1996年ダイエーホークス Edit

順位名前守備位置所属契約状況
1井口忠仁*2内野手青山学院大学入団
2松中信彦内野手新日本製鐵君津入団
3柴原洋外野手九州共立大学入団
4倉野信次投手青山学院大学入団
5岡本克道投手東芝入団
6村上鉄也投手東北福祉大学入団
7新里紹也内野手沖縄電力入団

1位井口、2位松中を逆指名制度で獲得。井口は後にメジャー挑戦、日本復帰後はロッテに復帰するもののダイエー在籍中は盗塁王やシーズン100打点を記録するなど中軸として活躍。松中は平成唯一の三冠王という活躍で、3位柴原も外野手のレギュラーを長年に渡って務め、倉野と岡本も10年プロの世界に生き残り続けて一軍でもそれなりの成績を残すなど、ホークス黄金期の礎を作ったドラフトとも言える。倉野の活躍度はこの5人の中にあると若干霞んでしまうが、引退後ホークスの投手コーチとして投手育成での貢献度が高いことから、その点を含めても獲得して成功だったと言えるだろう。
柴原は他球団に指名される可能性もあったが、ダイエー以外から指名された場合社会人野球に進むことを公言していたため、他球団が指名を回避した。

 

この年はアトランタオリンピックが開催された後であり、指名凍結されていた選手の指名が可能となったことで社会人チーム所属の選手が豊作だった。

育成大正義ドラフト(2010年福岡ソフトバンクホークス) Edit

順位名前守備位置所属契約状況
育成1安田圭佑外野手高知ファイティングドッグス入団
育成2中原大樹内野手鹿児島城西高入団
育成3伊藤大智郎投手誉高入団
育成4千賀滉大投手蒲郡高入団
育成5牧原大成内野手熊本・城北高入団
育成6甲斐拓也捕手楊志館高入団

最下位からの3人が一軍戦力になったという育成ドラフトではまず見られない大当たりであった。千賀、甲斐はエース格、正捕手という一軍にはなくてはならない戦力となり、牧原もユーティリティプレーヤーとして一軍に定着している。
そもそも育成指名される選手は本指名で指名されるレベルの選手ではないため、戦力となる可能性は本指名選手よりも圧倒的に低い。そのため育成ドラフトで何人指名しようが、1人でも支配下登録されて一軍の試合に出られた程度でも十分成功と言われる。千賀、甲斐よりも実績が劣る牧原ですら育成ドラフト出身者という点では大成功の部類であり、これら3人を見出したホークススカウトの眼力が光ったドラフトと言えよう。
ちなみに本指名では柳田悠岐を指名しているため、ドラフト指名全体を見ても日本代表クラスの選手を3人も輩出する大正義ドラフトとなった。

関連項目 Edit






*1 なおドラフト外入団は有望な選手を進学や就職を理由にドラフト指名を回避させ、ドラフト外で入団させる「囲い込み」が横行したため、練習生制度(現在でいう育成選手制度)と共に廃止された。ドラフト外でプロ入りした選手には秋山幸二石井忠徳(琢朗)などがいる。
*2 2000年末より登録名を「井口資仁」に変更。