右投手ならば左打者を、左投手ならば右打者を起用し相手投手に応じて変更する起用を揶揄する言葉。
起用法自体は「プラトーン・システム」というれっきとした野球の戦術の1つである。
概要
一般に、右打者は左投手に対して有利とされ*1、左腕投手と右腕投手の絶対数の差*2による左投手の相対的な優位性も手伝い、多かれ少なかれどのような采配においても必ず左右の相性は考慮に入れられる。
しかし、実際は左腕に強い左打者や、左打者に強い右腕も存在する。また投手に応じて選手を変えると、よほど戦力が有り余っていなければ大抵のチームではスケールの低い打者が何人か出てくることになり、チームとしての戦力が低下した状態で臨むことも考えられる。
このため、左右に応じて起用して失敗した際には「(一般的な左右の差と違うのに)相性を見ていない」「(スケールの低い打者が使われるのは)左右しか見てないから贔屓起用をして戦力を下げている」と叩かれがちであり、また左右差のセオリーと逆に起用した際には「(一般的な左右の差に応じて起用しないのは)相性を知らないのか」「相性を考えずに頑固な起用しかできないから勝てない」とも批判できる場所でもある。
理論が分かりやすいこともあり、素人でも特に考えずに後出しで叩きやすい一般人にも批判されやすい部分というのも手伝い、左右起用を重視して失敗することが目立つ采配の事を「左右病」と揶揄することが多い。
左右病の具体例
野村謙二郎
野村は、2010年~2014年の5年間で広島の監督を務めて、「5位→5位→4位→3位→3位」の成績であった。特に「機動力野球」を特徴としており、実際にチーム盗塁数は「1位→2位→2位→1位→2位」であった。
しかし、機動力野球という長所よりも、年数が経つにつれて、「左右病の采配」が目立つようになり、それがファン・メディアからの批判・ヘイトの対象になっていった。実際、『週刊ベースボール』2012年12月10日号で、「相手投手との相性や自軍の選手の状態に関係なく、積極的に行っているために打順が固定出来ない」と公然と批判されている。
監督退任後、野村自身も「メディアには“左右病”と揶揄された」と自覚していたことを、2020年のインタビュー記事で以下のように明かしている。
野村謙二郎「変わるしかなかった」【第15話】僕は本来はレギュラーを固定したかった
◆失速の原因となった打撃陣の不調
(中略)この年の失速の原因は2010年から続く打撃陣の不調だった。統一球が導入されたせいもあるが、本当に打てない。2011年シーズンの完封負けはリーグワーストの22試合。投手陣はバリントン、サファテ、福井の加入により2011年から持ち直したが、得点の少なさは致命的だった。
好調な打者がいないこともあり、毎試合のように打線を組み替えた。相手ピッチャーによってもオーダーは替えた。メディアには“左右病”と揶揄されたが、それがより一層顕著になったのがこの年だった。
誤解してほしくないのだが、僕は本来はレギュラーを固定したいと思っている。レギュラーというのは1年間活躍しただけではダメで、特に僕と緒方の中では「3年間、コンスタントに活躍して初めてレギュラーと呼べる」という共通認識を持っていた。もちろん強いチームはレギュラーも決まっており、打順も固定されている。
たとえばカープが強かった1996年は規定打席に到達した3割打者が5人もいた。西山秀二、江藤、(ルイス)ロペス、金本(知憲)、前田(智徳)が3割を超え、僕が.292。投手を除いた8人中6人が固定されていれば監督としては戦いやすいだろう。
しかし、この年のカープにはそういう選手が出てこなかった。規定打席に到達したのは(栗原)健太、東出(輝裕)、丸(佳浩)の3人だけで、しかも全員3割に到達していない。固定できないのなら固定できないままでやるしかない。そこにバッティングコーチの意見も入って、バッターを右左と並べた方が相手ピッチャーは投げにくいのではないかと、いろんな策を試してみた。
◆オーダーを組む際に考えたこと(中略)オーダーを組む際に大事にしたのはデータである。ただ、すべてをデータで決定したかというとそれもまた違う。相手ピッチャーとの相性を見て起用することもあったし、フリーバッティングの様子を見て「こいつを使うのは今しかない」と思って起用することもあった。データとにらめっこしつつ、選手の調子も見ながら考える。そのあたりは臨機応変に、というやり方で一試合一試合臨んでいた。
- 天谷宗一郎(左投左打)
年 vs右投手 vs左投手 途中出場 合計 合計 193(817-211,.258) 40(208-47,.226) 191 424(1025-258,.252) 2010 63(265-67,.253) 14(70-15,.214) 46 123(335-82,.245) 2011 37(149-33,.221) 0(18-2,.111) 63 100(167-35,.210) 2012 63(246-65,.264) 26(113-30,.265) 19 108(359-95,.265) 2013 8(50-11,.220) 0(3-0,.000) 26 34(53-11,.208) 2014 22(107-35,.327) 0(4-0,.000) 37 59(111-35,.315)
- 岩本貴裕(左投左打)
年 vs右投手 vs左投手 途中出場 合計 合計 152(651-161,.247) 38(176-45,.256) 116 306(827-206,.249) 2010 43(172-44,.256) 8(40-11,.275) 10 61(212-55,.259) 2011 36(133-32,.241) 13(46-8,.174) 11 60(179-40,.223) 2012 43(167-43,.257) 16(72-21,.292) 12 71(239-64,.268) 2013 24(133-34,.256) 0(12-3,.250) 58 82(145-37,.255) 2014 6(46-8,.174) 1(6-2,.333) 25 32(52-10,.192)
- 松山竜平(右投左打)
年 vs右投手 vs左投手 途中出場 合計 合計 223(816-231,.283) 18(122-29,.238) 78 319(1038-260,.250) 2011 45(154-42,.273) 8(42-11,.262) 15 68(196-53,.270) 2012 32(115-26,.226) 5(22-2,.091) 11 48(137-28,.204) 2013 89(336-98,.292) 3(36-7,.194) 31 123(372-105,.282) 2014 57(211-65,.308) 2(22-9,.409) 21 80(233-74,.318)
- 安部友裕(右投左打)
年 vs右投手 vs左投手 途中出場 合計 合計 57(232-58,.250) 5(33-3,.091) 77 139(265-61,.230) 2011 6(20-3,.150) 0(0-0,.000) 2 8(20-3,.150) 2012 25(96-27,.281) 4(23-3,.130) 24 53(119-30,.252) 2013 26(113-27,.239) 1(10-0,.000) 48 75(123-27,.220) 2014 0(3-1,.333) 0(0-0,.000) 3 3(3-1,.333)
- 廣瀬純(右投右打)
年 vs右投手 vs左投手 途中出場 合計 合計 213(900-241,.268) 164(492-141,.287) 99 476(1392-382,.274) 2010*3 88(355-106,.299) 41(127-43,.339) 6 135(482-149,.309) 2011 45(155-44,.284) 23(63-15,.238) 5 73(218-59,.271) 2012 46(183-44,.240) 35(111-27,.243) 21 102(294-71,.241) 2013 33(164-40,.244) 37(110-34,.309) 36 106(274-74,.270) 2014 1(43-7,.163) 28(81-22,.272) 31 60(124-29,.234)
- 赤松真人(右投右打)
年 vs右投手 vs左投手 途中出場 合計 合計 79(404-97,.240) 107(368-103,.280) 242 428(772-200,.259) 2010 33(185-51,.276) 37(106-32,.302) 43 113(291-83,.285) 2011 21(97-15,.155) 24(95-35,.368) 35 80(192-50,.260) 2012 25(100-27,.270) 32(107-23,.215) 19 76(207-50,.242) 2013 0(15-2,.133) 11(39-9,.231) 74*4 85(54-11,.204) 2014 0(7-2,.286) 3(21-4,.190) 71*5 74(28-6,.214)
- 小窪哲也(右投右打)
年 vs右投手 vs左投手 途中出場 合計 合計 63(314-67,.213) 99(350-102,.291) 140 302(664-169,.255) 2010 30(119-20,.168) 29(89-23,.258) 22 81(208-43,.207) 2011 20(78-18,.231) 14(64-19,.297) 31 65(142-37,.261) 2012 2(12-3,.250) 7(31-6,.194) 16 25(43-9,.209) 2013 7(46-6,.130) 17(64-23,.359) 29 53(110-29,.264) 2014 4(59-20,.339) 32(102-31,.304) 42 78(161-51,.317)
広島の野村謙二郎監督の5年間では上述で示した7人が「プラトーン・システム」での起用法が多かった。7人中6人が「プラトーン・システム」採用時のセオリーに見合った成績になっており、中には赤松や小窪のようにむしろこの恩恵を受けたといえる成績の選手もいるが、一方で岩本のように「プラトーン起用が必ずしも適切とはいえなかった」選手もいた。
ただ、野村監督時代の広島の場合、これほどに極端な「プラトーン・システム」が機能できていた(可能にしていた、途中出場の多さにも適応できていた)のは、7人のうち、特に天谷・廣瀬・赤松は外野の守備力(赤松は走力にも優れていた)が、小窪は内野の守備力が優れていたからでもある。
野村の監督退任は、5年目を終えての任期満了(本人による辞任申し出)での円満退任であったが、ファン側の左右病といえる選手起用へのヘイトが年々高まっている状況であったこともあり、退任の公式発表の際は肯定的な反応がむしろ多くあった。
関連項目
- マシンガン継投…投手版。
- ワンポイントフォアボーラー…投手版。
- ドヤ顔で告げろ 代打小島