成瀬飛翔

Last-modified: 2021-04-09 (金) 11:12:15

成瀬善久(千葉ロッテ→東京ヤクルト→オリックス→BC栃木)が本塁打を浴びた際に見られる書き込みのこと。転じて「投手の被本塁打」(=「一発病」、またこの言葉から転じて「飛翔癖」とも)を指す。


概要

成瀬の投球スタイルはロッテ時代から奪三振の多さと与四死球の少なさが特徴。2010年はチーム最多の13勝、防御率3.31と安定した成績を残し、エースとしてロッテの日本一に貢献した。
その一方で同年の被本塁打29はリーグワースト。11敗という黒星も、この「飛翔」が原因で負ける場面の多さを象徴している。
ちなみに2008年は12本*1、翌2009年も14本*2と抑えていただけに、何故彼が突如「一発病」を発症したのかは未だ謎に包まれている。

 

翌2011年以降、成瀬の一発病が慢性化違反球時代の投高打低をものともせず、2012年には規定投球回到達者には被本塁打1桁の投手が多数いる中で21被本塁打と突出した数字を残し、貫禄を見せつけた。

2015年にヤクルトへFA移籍してからは、不振も重なりロッテ時代より投球回が大きく減少したものの、リーグが変わっても被本塁打数は上位をキープしていた*3

 

近年は飛翔を見せる度にスレが立ち、スレの定期化のあまり「【成瀬】成瀬、成瀬」のタイトルでスレ立てされていた事も*4

しかし2017年は一軍での出番が減ると、2018年は遂に一軍登板ゼロでシーズンを終え戦力外通告を受けてしまった。トライアウトではロッテ時代のチームメイトであった西岡剛(現BC栃木)に二塁打を打たれるなど結果は奮わず。

しかしロッテ時代の監督でもある西村徳文オリックス監督に就任した事から翌年の春季キャンプでテスト、制球力を評価されて入団と相成った*5
同年は2年ぶりの一軍登板、あと4勝に迫った通算100勝の期待もあったが6試合登板に留まり3年ぶりの勝利には至らず、オフに再び戦力外通告を受け12月にBC栃木に入団。一部では成瀬が栃木県小山市出身であるため成瀬飛翔を捩って「成瀬帰郷」とネタにされた。


年度ごとのデータ

シーズン投球回被本塁打数被本塁打率
200678.160.69
2007173.1100.52
2008150.2120.72
2009153.2140.82
2010203.2291.28
2011189.2150.71
2012200.2210.94
201387131.34
2014142.2181.14
201579.1161.82
201672.1131.62
201716.242.16
201919.231.37
通算1567.21741.00

青字は規定投球回到達者でリーグトップを表す

派生

以前から、被本塁打の多い投手には「一発病」という代名詞が存在していた。
さらに「成瀬飛翔」が確立する前は川越英隆(元オリックス→ロッテ)に対しての蔑称があり、特に被本塁打が目立った2007年に「柵越」が誕生。当時の一発病投手の代名詞となった。
川越以前では斎藤隆(横浜時代)*6藪恵壹(阪神時代)*7らがいる。また横浜本拠地がホームランが出やすい球場なこともあり前述の斎藤以外にも「飛ぶピッチャー」こと吉見祐治三浦大輔川村丈夫*8、巨人キラーで有名だった土肥義弘*9、後身のDeNAでも石田健大*10今永昇太*11と、定期的に「花火師」を排出している。
ちなみに甲子園球場が1992年からラッキーゾーンを撤去したのは、当時の阪神投手陣の飛翔癖が全体的に酷すぎたためとされる。

 

これらの選手以外にも「一発病」を抱える投手は存在し、近年の成瀬の不振もあってネタになりやすく、被本塁打の最も多い投手には「成瀬賞」の称号が与えられることもある。
一例として、2016年の石田と小川泰弘(ヤクルト)はともに飛翔が目立った事から、シーズン終盤に成瀬賞争いが注目された*12

 

他にも岸孝之*13(西武→楽天)、塩見貴洋(楽天)、和田毅(ソフトバンク)、金子千尋(弌大)*14(オリックス→北海道日本ハム)、有原航平(日本ハム→レンジャーズ)、大野雄大(中日)、大瀬良大地(広島)*15などが挙げられる。
これらは殆どが先発タイプの投手だが、2018年は田中正義(ソフトバンク)、上原浩治田原誠次(いずれも巨人)といった救援投手の被弾も目立った。
2019年も小川の飛翔癖が突出していたが、菅野智之(巨人)が飛翔癖を発症している*16

2020年のセ・リーグは小川の飛翔癖が頭一つ抜けていたが、新たに九里亜蓮・遠藤淳志ら広島勢の新顔が被本塁打上位に食い込んでいる。また、巨人の桜井俊貴は63.2イニングながら15被本塁打という驚異的な数字を残した。

ちなみに以下の投手たちには飛翔癖に因んだ蔑称が付いている。

  • 大瀬良大地:成瀬良大地
  • 武田翔太:武田飛翔太
  • 今永昇太:今永飛翔太
  • 井納翔一:井納飛翔一
  • 桜井俊貴:桜井飛翔*17

余談

なおロッテは千葉移転後から長打力のある打者が少ないことで知られ、自虐の意味も込めて「成瀬本塁打王獲得」などと表現されることもあったため、それを引き継いで他の選手に対しても同様の扱いをすることがある。

また、ヤクルトは成瀬が退団した2018年オフに日本ハムとのトレードで高梨裕稔*18を獲得*19。トレード報道が出た直後から、高梨に「成瀬の後継者」と期待する声が続出した。ちなみに78投球回で13被本塁打であり、成瀬には及ばなかった模様。


関連項目


*1 規定投球回到達者では最少。
*2 上記と同様、2番目に少なかった。
*3 なお、同年は79回1/3で16被本塁打を喫してリーグワースト2位タイにランクインした模様。
*4 ヤクルトの本拠地である明治神宮野球場はグラウンドが狭く、打高投低の傾向になりやすいため残念だが仕方ない
*5 トライアウト後は地元であるBC栃木入りを検討していたとの事。
*6 1996年に196.2イニングで31被本塁打、1999年には184.2イニングで32被本塁打。特に松井秀喜からの被本塁打が目立ち「ハマの花火師」と揶揄された。
*7 こちらは勝負所で被弾するケースが非常に多いため「藪から棒球」と揶揄され一発病の代名詞だった。
*8 1997年から2000年まで4年連続20被本塁打を記録。バルビーノ・ガルベス(巨人)に満塁弾を飛弾するなど相手が投手であっても飛翔しており、自身の引退試合でも自虐ネタに使われた。
*9 2桁勝利を上げた2005年に164.2イニングで30被本塁打。
*10 なお、中継ぎ転向後は逆に被本塁打が少ない投手となっている。
*11 2018年は84イニングで18被本塁打。
*12 最終的に石田は153回で21本、小川は158回で22本であり、成瀬賞は僅差で小川になった。
*13 12年間で2桁勝利を8度達成も被本塁打は多く、2009・2013・2018年にリーグワーストを記録。
*14 「弌大」は日本ハム移籍後の登録名(読みは同じ)。2017年に21被本塁打でワーストタイ。なお同年の成瀬賞は、より投球回の少ない後述の有原が受賞。
*15 2018年に22被本塁打で12球団ワーストだが、殆どがソロな事もあって防御率はリーグ3位・被打率リーグ2位。
*16 小川は159.2回で26被本塁打、菅野は136.1回で20被本塁打。小川は.273、26本、91打点の強打者として煽られる、菅野も日本シリーズ頃には桜井俊貴や戸郷翔征以下とまで言われるなど両者共に散々な結果だった。
*17 あまりの飛翔癖と嵐の櫻井翔から捩って付けられた。
*18 2018年の21被本塁打は高梨、山岡泰輔(オリックス)、岸孝之(楽天)、千賀滉大(ソフトバンク)、リック・バンデンハーク(当時ソフトバンク、現ヤクルト)の5人でパ・リーグ最多タイだが、高梨は110投球回(山岡は170投球回、岸は159投球回、千賀は141投球回、リックは138投球回。)と最も少なかった。
*19 秋吉亮・谷内亮太と高梨・太田賢吾の、2対2の交換。