所沢遊撃隊

Last-modified: 2021-10-20 (水) 21:52:25

2013~2016年に埼玉西武ライオンズのショート(遊撃手)を守っていた選手の総称。用法的に事実上は蔑称。
現在では西武の控えショートたちそのものを指すようにもなる。


概要

元々ライオンズは西鉄時代の豊田泰光に始まり、伝統的に球界を代表する名遊撃手を輩出してきた。
特に1981年以降は石毛宏典*1田辺徳雄*2松井稼頭央*3中島裕之*4と常に固定されたレギュラーのショートがおり、しかもその全員がタイトルを複数回受賞するという他球団がうらやむほど順調すぎる世代交代ぶりを見せつけてきた。
しかし中島移籍以降の遊撃手候補達は「攻守の何れかに不安定」「ケガが多い」「好不調の波が激しい」等の理由でレギュラー固定に至らず、次々と入れ替わる様を「所沢遊撃隊」と呼ぶようになった。

実際中島移籍後の2013~2016年まで、主にショートを守り規定打席到達選手は4年間不在*5と、レギュラーを固定できていない事を物語る。ただしUZR自体は中島より改善されていた。
ちなみに、中島が使われていたのは守備の悪さに目を瞑れるほどの打撃を持っていたからである。*6

なおこの手のネタは野球ch時代から存在するネタであり、その手の選手達に対してことわざ「どんぐりの背比べ」を捩ったどんぐりーずという呼称が使われる。現在では巨人の二塁手、阪神、日ハム等の二遊間、DeNAの捕手に対してよく使われていることが多い。

主な隊員

名前特徴
浅村栄斗2008年ドラフト3位入団。高い打撃力を誇り、ポスト中島の筆頭と目されたが中島以上に遊撃守備に不安があったことからコンバート。
2013年は主に一塁手、2014年以降は二塁手で出場。
2018年オフにFAで楽天に移籍
金子侑司2012年ドラフト3位入団。ずば抜けた俊足の持ち主だが内野守備に難があり、故障も多く春先だけの活躍で終わることが多かった。2016年途中から主に外野手として出場。2017年からは正式に外野手登録に。
鬼崎裕司2011年に小野寺力とのトレードで西武に移籍。2013年後半にスタメン定着。
だが2014年以降は故障などから攻守に精彩を欠く。2017年に戦力外。
永江恭平2011年ドラフト4位入団。松井稼頭央二世と期待され守備には定評があったが、打撃がまったく向上せず長年守備要員に甘んじていた。2020年に戦力外。
渡辺直人2013年7月に長田秀一郎との交換トレードで移籍。
だが加齢もあり守備範囲が狭く2016年以降は殆ど遊撃に就いていなかった。
2017年に戦力外。
山崎浩司2012年11月に原拓也との交換トレードで移籍。目立った活躍はなかった。2014年に戦力外。
外崎修汰2014年ドラフト3位入団。俊足とパンチ力のある打撃を兼ね備えるも、遊撃の守備では致命的なミスを連発。
その後2017年から二塁・外野・三塁など様々なポジションを守るようになる。
2019年からは浅村の移籍に伴い二塁手に固定。
呉念庭2015年ドラフト7位入団。同年夏以降にスタメン遊撃手の座を掴むも攻守(特に打撃面)での不安定ぶりから定着できず、2017年は開幕から二軍で外野にも挑戦。2020年は主に控えながら代打と内野守備固めで起用される。2021年は二塁や三塁などでのスタメン出場が増えている。
木村昇吾2016年2月に入団テストを経て広島からFA移籍も故障で戦線離脱、同年オフ育成落ちし、翌年支配下登録されるが戦力外。


その後

2017年は前年ドラフト3位の源田壮亮が石毛以来36年ぶりの新人遊撃手開幕スタメンの座を掴む。高い走力に新人らしからぬ守備*7、さらに入団前は期待されていなかった打撃*8でも存在感を見せ開幕5試合目からは2番・遊撃手に定着するとフルイニング出場達成*9、球団最多新人安打・盗塁記録を塗り替え*10新人王を獲得。*11
めでたく球団・ファン待望の正遊撃手が誕生し、所沢遊撃隊は無事解散と相成った。

参考

ちなみに、源田が正遊撃手に定着した2017年シーズンは元所沢遊撃隊メンバーが好調だったため、下記のように元所沢遊撃隊メンバーが多数スタメン入りしていた


西武のスタメンショートだらけでワロタwwwwwwwwwwww
http://hawk.2ch.net/test/read.cgi/livejupiter/1502941323/

1 :風吹けば名無し@無断転載禁止:2017/08/17(木) 12:42:03.85 ID:FvzRyvxd0
1 (左) 金子侑 .315 4←元ショート
2 (遊) 源田 .272 3←ショート
3 (中) 秋山 .341 21
4 (二) 浅村 .312 15←元ショート
5 (一) 山川 .304 9
6 (指) 森 .667 0
7 (右) 外崎 .248 10←元ショート
8 (捕) 炭谷 .269 2
9 (三) 永江 .375 1←ショート

ショート困ってる球団一人くらい欲しいんちゃうか?


関連項目


*1 1981年に新人遊撃スタメンを勝ち取ったあと1986年までショートのレギュラーを守った。1985年の日本シリーズでの負傷が原因で1987年からはサードへとコンバート。
*2 1987年から1994年にかけてのショート。その後は松井や奈良原浩の成長、石毛の移籍などもありセカンドとサードを守ったり代打要員として活躍。
*3 1996年頃からレギュラー定着。2003年オフにメジャー移籍。2011年オフに楽天で日本球界に復帰し、2017年オフにはコーチ兼任という形で15年ぶりに西武に復帰した。その後2018年をもって引退し、現在は西武二軍監督。
*4 2000年ドラフト5位入団、2004年シーズンよりレギュラー定着。2012年までの9年に渡りレギュラーを守りメジャー移籍。2014年オフにオリックスで日本球界復帰、2016年より現在の登録名「中島宏之」に変更、2018年オフに巨人移籍。
*5 遊撃手の規定打席到達が一度もないのはパ・リーグで唯一。12球団でも東京ヤクルトスワローズしかない。
*6 西武時代は通算11年で打率.302、162本塁打、OPS846。
*7 1年目からUZR21.5という好成績をたたき出した。翌年のUZRは30を超え、ショートのシーズン補殺記録を更新しゴールデングラブ賞を受賞するなど守備の人としての地位を確立した。
*8 社会人のトヨタ自動車では主に9番打者として出場していた。
*9 新人のフルイニング出場は1961年の国鉄・徳武定之以来56年ぶり、パリーグに限れば1956年の高橋・佐々木信也以来61年ぶりで、2リーグ分立後は他には1958年の巨人・長嶋茂雄しかおらず、4人目の達成となった。遊撃手としては初の記録である。
*10 最終的に155安打・37盗塁まで伸ばした。なお安打数については1958年の巨人・長嶋茂雄の153安打を抜き歴代3位(2リーグ以降2位)の記録に。
*11 源田の活躍に、ファンの間では「#源田たまらん」というワードも流行し、西武公式ツイッターもツイートしている。